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2018/10/02

弱さの中から生まれる強さ

 人間は、他の人間の愛を持った関わりから、変化していくように思います。
悪に抵抗する人間の尊厳を、一人の人が本当に信じられるようになるには、自分の尊厳を大切にしてもらっていると感じられる体験こそが必要じゃないかと思います。
誰かについて批評したりアドバイスするのは容易い行為だけど、それでは相手を孤立させ、信頼を失い、希望には繋がりにくい場合もあるかと。
 そういう時は、ダメ出しで偉そうに教えるんじゃなくて、対等に呼びかけたらいいんだと思います。
「共に生きよう」、って。
「あなたの苦しみを少し分けてください」「私は力なき者ですが、精一杯そうしたいって思うから」って相手に伝えて、その実体を担う覚悟を持つことが大切かなと思います。
そして、助け手となろうとするその一方で、自分の弱さをさらけ出し、「どうか共に生きてください」と呼びかける、世界への信頼を投げる勇気もいるんだと思います。
(誰かを一方的に助けようとするばかりで、自分の弱さを認めないのは、自分自身を肯定するために状況が困難な他者の存在を利用し、相手からの評価を得ることに依存している場合もあるのではないでしょうか。私自身、過去への反省を持ちつつ、こういう自問自答を忘れないことが大切だと考えています。)


 人は弱さの中に、他者を必要とする。他者の助けや愛からから自分の限界や愚かさに改めて気付くことができる。そして、そういう人にこんなに広い世界でも出逢わせてくださった神様の存在に感謝し、祈れるようになっていくのだと思います。人は助け合い、共に支えあって生きていることをお互いに実感して、はじめて何事にも感謝できるようになるのではないかな、と。そこにあるのは神様が人間に望まれていた人間が助け合い幸せになれる世界の実現(キリストの「神の国」)だと感じます。

 でも、人は人だから、いつも傍にいられるわけでもないし、みんな生きるのに精一杯なときに、いつもお互いの希望どおりの展開になるわけじゃない。
どんなに信頼して愛している人との間でも、どんなに長い時間いっしょにいても、孤独や断絶は生まれる瞬間があるのが現実。
だからこそ、わたしの場合、主イエスがどんな時も自分の命と共にいて下さることに頼り、痛みと苦しみのなかでも「イエス様が今、自分とおなじように感じ、この苦しみを味わいながらも導いてくださっている」と慰められます。だから、いつも、良いときばかりでなくても、他者との、別の人間の関係を続けていける。どうしても起きてしまう関係性の危機を、そうしてやり過ごし、共に生きていくことをやめないでいられる・・・。

神様からの愛が、主イエスの存在が、私の人生にそうしたことを可能にして下さるように思えてなりません。

聖書の御言葉と歌をご紹介します。
コリント人への手紙 第二 コリントの信徒への手紙二/ 12章 5節から10節

 このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。仮にわたしが誇る気になったとしても、真実を語るのだから、愚か者にはならないでしょう。だが、誇るまい。わたしのことを見たり、わたしから話を聞いたりする以上に、わたしを過大評価する人がいるかもしれないし、 また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。
それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。 この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。
 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

 聖書の御言葉を歌われている、塩谷達也さんの「朝の歌 」ウェブサイト(サウンドクラウド)
https://morningsongs.tokyo/lyrics/lyrics19/






 あ、なんか今、安室ちゃんの歌声が頭の中から流れてきました。
安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオhttps://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ
 「振り向かなくてもいい 今までの君のまま進めばいいから あきらめないで everyday」って歌詞が、
「強くならなくてもいい、今までの君のまま進めばいいから」って歌詞になって聞こえてきた。おおー

日々あたえられる勇気!ですね。

 自分の弱さもかっこわるさも含めて、自分のオリジナルな人格(DNAから経験した全ての一つ一つまでが)神様からの賜物だものなぁ。自己嫌悪で落ち込むときもありますが、気付きを与えられたことに感謝して、祈りつつ歩ませてもらいたいです。本来の自分大事にしつつ、日々地道にカスタマイズしていけたらええなーと思ってます。どんなにがんばっても自分は自分にしかなれないもんね。

 そんで、何事も悲壮感じゃなくて、なるべく希望を抱き、楽しくやっていこうと。決めました。
だって、どんなに苦しいことだって、元凶に向き合わないで見てみぬ振りして自分を誤魔化して生きていくよりも、楽じゃなくてもしっかり向き合える状況に辿り着けたことは、どう考えたって自分は幸福なのだから。「みんななんで?!」って嘆けるほど何か知っているわけでも、何かしているわけでもないわけだし。一人ひとりの人間性に呼びかけることを投げてきたこれまでの自分を恥ずかしく感じつつ、人間の本当の芯の部分の善さを信じて、出逢ったお一人おひとりと向き合っていきたいです。

 その中では必ず、人間の尊厳や幸福を諦めない素晴らしい人たちにも出逢える。人の変化も自分自身の変化も実感できる瞬間を与えられる。自分一人は微力ではあるが、無力じゃないって実感する体験ができる。そうした体験は予想しなかった希望の感情を生み出し、その小さいけれど確かな希望は他の誰かのそれと連なって重なって、いつか平和を約束する虹になるのだと思います。

素敵なすてきな子どもの世界(歌詞が違ってもむしろいい感じなこの動画)、実現したい!



よーし。一息いれて、ゆっくりいくぞーー
お互いの感受性を解放して思索を深め、みんなで知恵と勇気を出し合って、いのちの力も生きる喜びも出力全開にしてって、
どうにかこうにか現自民党政権を倒しましょー!(どこまでも本気で!)

いいかげん、人間はあんたたちの奴隷やコマじゃないって権力者に教えてやらないと。
横暴な権力者には「教えて」きっちり分からせてやらんとあきまへん。ほんとうに。ここで食い止める。
(「ぬちかじり」っていい言葉だなぁ。)


今年も秋が来ました。学生時代も遠くなりにけり、すっかり中年になったけども相変わらずちょっと切なくなってしまうこの感じのこの時期。大好きです。

今年もあと三ヶ月。お忙しい毎日と思いますが、皆様もどうぞ御自愛ください。
読んで頂いてありがとうございました。感謝をこめて。

それでは失礼いたします。
2018/10/01

2018年沖縄県知事選挙結果を受けての私なりの決意表明

 沖縄県知事選挙、20時の時点では沖縄タイムスと朝日だけの「当確」報道だったので、かなり緊張して待っていましたが、ほんとうに玉城デニーさんの当選が決定したときは、ほっとして泣けてきました。タイムスと朝日のリスクがありながら一歩も二歩も踏み出した勇気は、ヤマト社会にもインパクトがあったと思います。(朝日の記者さんも頑張ってくれました。)
今回、国側のやり方はものすごかったようだし、デマのニュースも報道されるレベルであったということで、その中で、翁長さんの遺志を継ぐデニーさんを選び抜いた沖縄の人たちは、ほんとうにすごいと思いました。

 もちろん、沖縄に対する日本政府の姿勢が変化しているわけではないので、これまでの翁長知事の過酷な闘いが、デニーさんに引き継がれ、抵抗が継続できることになったということで、厳しい状勢には違いないだろうと感じます。 でも、希望が続いていく結果になって、翁長知事の御遺族にこうした結果が届いて、本当によかった・・・・・・と心から思いました。
デニーさんの当選は、ほんとうに日本社会の希望を生み出したといえると思います。
沖縄の人たちは、日本政府と日本社会、ヤマトの世が変わるための最期のチャンスを生み出してくれたのだと思います。
翁長さんの「 国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。 」という声に応えられるように、一生懸命 まなんだり考えたり、近くの人たちと話し合い思索を深めながら、力をつけて歩んでいきたいです。



  一夜明けて、翌日のニュースを見て、佐喜眞氏が選挙戦を敗れたことについて、アベ首相は「残念だけど仕方ない」みたいな他人事のような、軽々しい扱いのコメントで、本当に腹が立ち、またこの政権を止められないできた主権者の一人として申し訳ない気持ちになりました。 新聞記事で両候補のツイッターの内容がまとめられているのを読み、佐喜眞氏のツイッター上のコメントに、「日本人として誇りに思う」というコメントを見たとき、ほんとうに日本がしてきた皇民化教育の根の深さ、というのか、「二等国民」として扱われてきた琉球/沖縄の人たちを「日本人」になりたくさせた、魂の蹂躙と屈服が現在進行形であることを突きつけられた思いでした。ヤマトが琉球/沖縄に強いてきたことが、どれほど沖縄の人たちを翻弄し、踏み躙り、言葉や文化を奪い、同胞での対立をもたらしてきたか。想像を絶します。
 独自の王国が植民地支配され、戦争に組み込まれ、捨石にされた沖縄戦という地上戦。米軍の占領統治と日本に「復帰」「返還」の後も憲法も法律も適応されない差別とそれを野放しにしてきた日本社会の無関心。沖縄の人同士が争わされて、分断させられて、その分断を持ち込んだヤマトの社会の一員である自分の立ち位置と責任・・・。
ほんとうなら私は、こんなに軽々しく、知事選について発言ができる立場ではないはずです。けれど、「それでも」という想いがあり、書いています。加害としての立場から逃げようとは思っていませんが、それでも、醜悪を極め、ひたすら自らの責任を棚上げし、被害者の「自己責任」で個人攻撃をする日本の政治や社会の腐敗に、うんざりして、やりきれない想いがあるのも事実です。おかしいと思っている人が一定数いても、投票結果につながってこないヤマトの社会のこれまでがあり、どうにも希望が持てなくなっている中で、沖縄を厳しい状況に追い込んでいる立場にも関わらず、沖縄に希望を託してしまう自分の身勝手さも感じてきました。それでも、デニーさんが、そういうヤマトの人間の想いを、9/22日の集会の意思表明演説の中で(見たのは動画ですが、)掬ってくれたように感じました。そこに甘えきってはいけないけれど、私も沖縄の子どもたちの未来を考えたいと強く思っています。それは、ヤマトが自国の加害と支配の歴史と現実をきちんと認め、誠実に謝罪しないままでは、戦争を正当化することになる。戦争や侵略を正当化するままでは、ヤマトの子どもたちも本当に幸せにはなれないからです。誰かを踏みつけることが当然であったり、前提である「幸せ」は、真のそれではないからです。
いつか本当に世界の平和が実現した世界、国境や民族の分断がない世界で、すべての子どもがだいじにされる主の平和が実現するように祈ります。

 神様に拠り頼み祈るからには、自分にできることはしなければなりません。
今の自分に何ができるのか、何をしたらいいのか。そして、何をしてはいけないのか。
そのことについて、自分自身がもっと認識をもてるよう学び続けることが必要だと再認識しました。そして学びには果てがないから、その都度、その時点での仮定をもって、まずは動きだす決意と勇気を持たなければならないと思いました。抑圧している立場として、抑圧されている人たちが強いられているものを、想像力を常に限界まで働かせ感じ取ろうとする努力をすること。「自分は何も分かっていない」とを肝に銘じることなしに、ほんとうにこのヤマトとしての責任を担い、沖縄の人々の呼びかけに応じてことは出来ないのだとこの間、痛感しました。「大丈夫そうだ」、と思ったらもう派手にこけていて、その都度 のたうちまわる恥ずかしさは相変わらずですが、その苦しさで改めるチャンスを放り出してはおしまいだから・・・。楽じゃないけど・・・、苦しいときほどいろいろ学べるのも事実で。楽で不誠実に生きてて気付かないよりずっと幸せなはずだから、皆様に助けてもらいながら、進んでいきたいです。

 



 現在の安倍政権のメチャクチャさは、モリカケを例に挙げるまでもなく枚挙に暇がありませんが、死刑大量執行の前日に西日本集中豪雨の際に大宴会していたことだけとっても、絶対に私は許しません。その時期、立憲民主党の枝野さんの国会での三時間に渡る演説をされたということで話題になっていました。この演説がブックレットになったものを、今朝になってやっと初めて読みました(『枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』扶桑社)( ←昔、「新しい歴史教科書を作る会」の戦争賛美の教科書を作っていたけど、この20年くらい何か方向転換があったのかなぁ?それとも売れるからなの?でも、そうだとしても、よく出してくれたと思いました。もちろん、歴史歪曲教科書を売ったことは絶対に許さないけど)。
非常によくまとまっていて、重要な演説でした。胸がすく想いというか、とても力をもらいました。これをレジュメみてのアドリブで、嵐のような野次の中、三時間演説したのは、本当にすごいと思った。(その凄さを体感してみようと、試しに私も早口で朗読してみたけど、三分の二くらいでついに声がでなくなりました。政治家のバイタリティーと精神力はすごいもんだ。)

 枝野氏の演説を読み、改めて、このままこのモラルハザードを極めた政権を止められなければ、社会はこれまでの機能を失い、これまでの世の前提が崩れ、何をどう信頼して判断していいのか全く分からなくなると思いました。来るところまで来ました。ここで舵をきるしかないと感じます。

 改めて四年前の県知事選挙で当選した翁長さんの写真を、亡くなる前の写真を比べて見たときに、 もうこんなことを繰り返させてはならない、デニーさんが翁長さんのような最期を迎えないように。四年前、誰も翁長さんの最期のあの姿を想像していなかったはずです。四年後に同じような選挙で沖縄が翻弄されないように、日本の政権と社会がここで変わらなければならない。翁長さんの急逝から、その生き方を目の当たりにしたヤマトの社会も、少しずつ報道が増え、問題の認識が浸透してきているようにも感じます。これを一過性のものにしない、考え続ける努力がだいじだと思います。
今度はヤマトンチュが頑張って、日本の政治を変えていかないと。憲法は風前の灯となってます。沖縄の人たちの、強いられた分断のなかでも屈せずに諦めず、平和を求め示し続けてくれる呼びかけに、沖縄の心に応えるためヤマト側が変わっていかなければ未来はないと感じます。

 思い返せば、一年前。高江に米軍ヘリが墜落したのも選挙直前だったから、もう一年がたったんだ・・・。(ヘリの部品に使われていた放射能が検出されたと報道されていたみたいだけど、牧草や豚肉を出荷しておられた農家さんだったのに、被害にあわれた生活はどうなっているのだろう・・・。九州で自衛隊のヘリが墜落したおうちの方たちも、被害にあったのにバッシングにあったりされていたけど、今どんな状況で生活しておられるのでしょうか・・・。)

 あの時期は、衆議院議員選挙前に前原誠司氏が民主党を勝手につぶしてしまって、最悪アベ氏と小池百合子氏の極右二大政党になるのではないかと怯えてながら不安の中で暮らしてしていました。しかし、土壇場で立憲民主が出来て、共産党は立憲民主にだいぶ議席を譲ってくれて、いまの共産党は本当にすごいと思った。志井委員長は「見返りは民主主義だ」という歴史的な名言をコメント。感動しました。枝野さんの演説原稿よんで、ギリギリのところで立ち上がってきたこの流れを、もっと大きなものにしないと、取り返しがつかなくなると危機を新たにしました。

 日本の国会は戦後で最悪の状況だと思いますが、首の皮一枚で、日本の政治から希望はまだ潰えていないと信じられる気がします。頑張っている議員さんの仕事を受けとめ、学びながら、国会の外から政権を追い詰めたいです。このままだと憲法に保障された今ある人権は吹き飛びます。そうなったら、戦争で犠牲になった方たちや、選挙権の無い人たちに合わせる顔がありません。
アベ政権の日本政府の暴走を、なんとか止めなきゃいかんです。

 来年2019年2月は、普天間基地の返還予定期限です。そして、来年の4月は、統一地方選挙です。
憲法改悪と戦争に直進している現日本政府を止めるためには、日本列島に住んでいる一人ひとりが日米の安全保障についてはもちろん、この政権で自分たちの暮らしや未来が守っていけるのかを真剣に考え、また加害の歴史を繰り返さないために、これに対して明確な意思を示していくことが大切と思います。


 デニーさんが提唱した「誰一人として取り残されない政治」を、日本の政府にも強く求めます。本来、政治が目指す場所はそこではないかと。第二次世界大戦から何も変わらず、「権力者さえ大丈夫ならば、あとは犬死でいい」では、歴史を積み上げてきたことにならず、いよいよ滅びてしまいます。
 それぞれの歩みをそれぞれの場所で、静かに決意できる時が来たような気がします。一人でもいい、勇気をもって踏み出したら、他の心ある人の姿が見えてくる。希望は繋がり大きく育つ。確信をもって、そう思います。

基地はどこにもいらないし、戦争も差別も死刑も優性思想もいりません。
権力の命への冒涜を許さないし、それに追随し加担する暴力と人間性の放棄を、私自身は決して選びたくありません。

 知事選と宜野湾市長選、頑張られた皆様、本当にほんとうに、お疲れ様でした。
私も心に新しい風を受けて、自分のところから泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしながら、自分らしくではあるけれど、地道にまた取り組んでいきます。がんばるぞ!



Protest/Revolution songs!

 







2018/09/29

【沖縄県知事選挙】2018年9月22日 うまんちゅ大集会 玉城デニーさんの決意表明 演説 (全文)

 今月22日に沖縄おもろまちの新都心公園で行われた、うまんちゅ大集会。玉城デニーさんの決意表明の演説を映像で見ました。とても感動して、心が震わされて涙がとまりませんでした。励まされ、奮い立つ思いでした。
映像が見れない方にも聴いてほしい演説だったので、文字起こしました。私はヤマトの人間で、うちなーぐちは全く分からないので考え考えネットで調べながら表記しましたが、間違っているところがあると思います。お気を悪くされる方もいらっしゃるかも・・・と思いながらで、申し訳ないような気持ちもありながらなのですが、一人でも多くの方にデニーさんの演説を聴いて(読んで)もらいたいと思ったのでアップします。(間違ってたら、こっそり教えてもらいたいです・・・。すみません・・・。)

 映像は集会の始めから終わりまでのもので、デニーさんの演説は45分00秒くらいからです。デニーさんの演説の後、翁長知事のパートナーの翁長樹子さんがスピーチをしておられます。
辺野古のこと、基地のこと、沖縄の社会の未来、日本社会のこれから・・・。いろんな想いが胸に渦巻くけれど、何よりもとにかく愛する家族を喪われた翁長知事の御遺族が安堵される選挙結果が出てほしい。切に願っています。
今、沖縄は台風の真っ最中だということです。沖縄の皆さんの暮らしが、災害から守られますように。そして、投票日である明日は、台風が過ぎ去った青空の下で地域の方の足が強められ、皆様が無事に投票して、ご自分の意思を表明できますように。
主の平和が実現する為の大きな一歩が踏み出され、新しい闘いの幕が切って落とされますように。この空の下、心からお祈りしています。


45分00秒から玉城デニーさんの決意表明の演説です。


 はいさい、ぐすーよー ちゅうがなびらー!
県知事候補 名ぬやぎ とーる 玉城デニー いりちょーびん。
見(み)ー知っちょーてぃ きぃみせーびり! (礼)【会場拍手】

 県知事候補に名乗りを上げております玉城デニーと申します。
お見知りおき下さい。それより御挨拶をさせて頂きました。

 今日は本当にこの土曜日のお忙しい中、しかも少し雨模様のこういう状況でも
傘の用意、雨具の用意、用意をしていない方はそのまま雨に打たれながらお話を聞いて頂く。
この皆さんが寄せる私たちへの想い、私(わたくし)、玉城デニーへの強い想い、しっかりと受けとめさせて頂きます。【会場拍手、指笛】

 翁長雄志知事が亡くなられ、私たちは二期目の当選に向けてその用意を進めていました。その中で、様々な会議の調整によって私(わたくし)の名前が、翁長雄志知事からたびたび、語られていたこと。そして、皆さんが、「で、あれば本人の意思を、―私(わたくし)玉城の意思を確認した上で、それで決めようじゃないか」と固めて下さったこと。全てが私(わたくし)は今回の県知事選挙の皆さんの、お一人おひとりの想いに対して、真剣に応えていく。沖縄の未来がかかった、県知事選挙に対する使命感から来る、出馬の決心だということを今あらためて、お伝えしたいと思います。【会場拍手、指笛】

 「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらん」十本の指は、同じ長さではない。これは、母子家庭として生まれた私(わたくし)が2歳から10歳ぐらいまで、預かって育てて頂いた家庭のお母さんが、私(わたくし)に教えてくれた沖縄の言葉です。十本の指は同じ太さでも、同じ長さでもない。しかも、人間の指紋は一人びとり、それぞれの指で ぜんぶ違うんですね。しかし、大正うまれのそのお母さん、―私(わたくし)は「おっかあ」と呼んでおりましたが、おっかあは、度々いじめられて泣いて帰ってくる私に対して「なんでねー?」と訊き返します。「見た目がこうだからね」と、「だからね」って言ったら、「なんでぇ?あんたどこが違うの?」と言うんですね。「どこが違うの?」と言われて、小学生の私に理解が出来ませんでした。そこで出てきた言葉が、「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらんどぅ、みんな違ってるよ。なんで違っていることを、あんたがこんなして泣かないといけないの?」 教えてくれたんですね。
 沖縄はそのように多様性を持って、本当にいろんな人たちが暮らしている。それは、戦前・戦中・戦後、貧しいから皆で助け合いをしようと言って、畑に出てさとうきびを皆で手伝ったり、昔は萱ぶきの屋根でしたから、その萱を葺き替えをするのにその地域の皆さん総出で出て、萱の葺き替えをした。そういうところから、皆で心を寄せて手伝うことを「いーまぁーる」と言ったそうです。「いー」、これは今でいうと「結い」、結ぶという字を当てますね。「いーまぁーる」。「まぁーる」と言うのは、皆で、かわりばんこに助け合うという「まぁーる」です。相互扶助の精神は、貧しい集落に住んでいようとも、皆が同じように助け合える、そういう豊かな心を持っていた。大正うまれの おっかあは、そういう生まれ。そして戦中にダンナさんを南洋で亡くされ、南洋から引き揚げてきて、三人の娘・息子たちを育てた。そういう、たくましい自分の体験から、静かに私(わたくし)、玉城デニーに、その、「人と人は違って当然だよー。でも皆いっしょさぁ。一緒に生きてるさぁ。」ということを教えてくれたんですね。ですから、私(わたくし)は実は、アメリカ人の父親を持ち、うちなーんちゅの母親を持っている この生まれで、おっかあから「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらんどぅー」と、「人はみんな違っていいんだよ」と教えられた幼い頃から、差別をする・区別をするということが、私の気持ちのなかに芽生えませんでした。おっかあのおかげです。
小さい頃、そうやって豊かに育てられた子どもたちは、多分 私の年代、―私(わたくし)は昭和34年、1959年うまれですが、その頃いっぱいいたと思います。私(わたくし)と同じような生まれの、2つの国、3つの国をルーツに持つ、そういう子どもたちもいっぱいいたと思います。しかし、沖縄という社会は、そういう生まれの私たちであっても寛容性を持って、その可能性を見つめてくれました。見守ってくれました。それが、私(わたくし)は、これから未来に もう一度 見つめ直す《沖縄の政治の原点》でありたいというふうに思います。【会場拍手、指笛】

 さきほどない御挨拶させて頂いています言葉の中には、うちなーんちゅの「ちむぐくる(肝心)」という言葉があります。「ちむぐくる」というのは、「ちむ」というのは肝です。「くくる」というのは心。考えたり、思ったりすること。それを「ちむぐくる」という、自分の中でしっかりと受けとめ、そしてそこから湧き上がってくるものが、その人の行動であれば、それはもうその人の正義なんだ、信念なんだ、理念なんだ、そういうことを私たちは これからも大切にしていかなくてはいけません。
翁長雄志知事は、そのことを「イデオロギーよりアイデンティティー」という言葉に込めました。
「イデオロギー」はそれぞれの考え方、思想・信条です。それはお互いに尊重する。決して分け隔てするものではない。しかし、イデオロギーだけで どうしても解決できないような問題が生じた時、私たちは、では何を持ってお互いを理解する、その根本的なものを持てるのか。それが、「アイデンティティー」。つまり私たちは、沖縄のためなら、沖縄の将来のことなら、沖縄の子どもたちのためなら、思想・信条を乗り越えて、右も左も関係ない、富める人も貧しい人も関係ない、皆でひとつになって、大きな力を発揮することができる。これが、翁長雄志知事が遺してくれた未来への確かな遺言だと思います。【会場 指笛、拍手】

 私(わたくし)は、生まれ持ったその私(わたくし)の信念として、翁長雄志知事の理念を全うして貫いて参ります!【会場 指笛、拍手】

 子どもの貧困の問題は翁長雄志知事にとって、一丁目一番地の課題でした。全国で初めて、子どもの貧困についての調査を行った沖縄県。実に、三人に一人の子どもが貧困の環境にある。しかし貧困は、子どもや家族だけの問題ではない。これは、社会の深い問題であり、その為に生活をしている人たちのあらゆる場面に心を傾けていかなければならない。そういうことを、改めて私たち県民に教えてくれました。そして、真っ先に子ども貧困対策のための計画を立ち上げ、その為の予算、30億円の基金を積み上げ、「まずそれを実行しよう」と奮い立ってくれました。うちなーんちゅにとって、子どもは宝です。子どもが生まれたら、みんな喜びます。子どもがその家に居たら、「わらべ うふっちゅ じゅうにんがーえ 」と言います。「子ども一人いれば、大人 十人の賑やかさにも勝るもんだよ」。幼い子どもであっても、この命の存在に皆が喜ぶわけです。翁長雄志知事は、これからの沖縄は、その子ども達が育まれ、大切にされ、それを見守っているお父さんお母さんもだいじにされ、それを支えている社会全体が、もっと力をつけていこう!そういうことを言っていたんだと思います。【会場 呼び声、拍手】

 アジアのダイナミズムを取り入れる。そこでどんどん沖縄の可能性を伸ばしていく。しかしそれは、ただ可能性を伸ばし、利益を得(う)るだけではない、そこから得られた原資・利益は必ず沖縄の社会に還元させていって、沖縄の優しい社会を作る。そういうことを、翁長雄志知事は政策の中に盛り込んでいました。私(わたくし)も今回の政策の中に、赤ちゃんを宿したお母さんが、赤ちゃんを産む前から、母子手帳を交付されたその時点から、赤ちゃんが生まれ、そして就学に至る。今度は学校に通ったら子どもの居場所を作ってあげる。中学・高校生になったら今度は、家計費の負担にならないように、バス賃を無料にしてあげる。そういうふうに行政が出来ること。それを子どもの生まれる前から、決して貧困が発生しない、そういうことをきちんと理念を持って、それをお父さんお母さんが働く環境を整え、おじいちゃんおばあちゃんが安心してお孫さんを見ることができる。その安らかな生活につなげていく。教育、福祉、雇用、さまざまな沖縄の生きとし生ける人たちが誰一人として取り残されない。そういう政治を、翁長雄志知事の理念をしっかり引き継いで、玉城デニーは実行して参りたい!【会場 指笛、拍手】
誰一人として、取り残さない。みんなが輝く。みんなが空を見上げて、青空のなかのまぶしい太陽に目を細める。そして時には雨が降ってくることを喜び、「ああこれで、うてぃーらくぁーが降りたね。農作物もこれで順調に育つよ。」いかなる場面であっても、皆がその喜びを分かち合う。そういう政治を私(わたくし)は これから、しっかり実行していきたい。

 そして今日、お集まりの皆さんと改めて約束をしたいと思います。私たちが安らかに生活をすること、
安心して仕事を励み、そして子どもたちと晩ごはんを囲み、おしゃべりをし、「明日また元気で、笑顔で頑張ろうね」というその生活、なりわいを立てるためには平和でなければならないということです!【会場拍手】

 翁長雄志知事は、「平和と経済を両立させる」。そのことをしっかり仰っていました。想像してみて下さい。毎日が、紛争やテロで追われている国の皆さんのことを。その日の自分たちの命を守る為に追われ、子どもたちを守る為に追われ、明日(あす)の自分の身の上すら分からない。しかし私たちは、少なくとも今日、お互いのこの喜びを分かち合い、「明日また頑張ろうね」という、この平和の基盤にいる。しかしそのことに、決して甘んじたり軽んじてはいけない。だからこそ、平和であることを希求する、追い求める。その行動、その理念は決してやめてはいけない。立ち止まってはいけない。辺野古の新基地建設は、その理念と真っ向、相反するものです。辺野古に新しい基地は絶対に作らせない。そのことを改めて、約束しましょう!【会場拍手】

 普天間第二小学校の子どもたち。昨日、この子どもたちがグランドで体育の授業をしている、その間の誘導員の皆さんは、もう、その期限を終えて、その方たちの仕事が解かれました。これからは学校の校長先生や先生が飛んでくるヘリの、真上なのか、それとも飛んでこないのか、それを判断して、シェルターに逃げるか逃げないかを、判断しなさいと言っています。こんな小学校が世界のどこにあるんですか!普天間は閉鎖・返還です。【会場拍手】
 戦争で奪われた土地は、沖縄県民に還すべきです。私たちは、今回のこの県知事選挙で、あらためて誓いましょう。この選挙で、玉城デニーとともに、日本政府から、アメリカから、沖縄を取り戻す!うちなーんちゅの手に取り戻す!青空を子どもたちの為に取り戻す!【会場大拍手】
そのことをしっかり、誓いましょう。平和あっての経済、そして経済あっての発展、さらには多くの皆さんにその喜びを分かち合うために、私(わたくし)玉城デニーは先頭に立って、頑張ります。
今日は県外からも大勢の方々が来て頂いています。そして、この方々が今日、街頭でも私(わたくし)に「東京から来ました」「大阪から来ました」「熊本から来ました」。皆さんが私(わたくし)の手を握って「頑張りましょう!」と言って下さいました。それはなぜか。沖縄の県知事選挙の勝利が、自分たちの明日(あす)の勝利に繋がるということを信じているからです!【会場拍手】

 その全国の県民の皆さんに、明日(あす)の希望をもたらすのは、沖縄県民、私たちです!【会場「そうだ!」拍手】
私たちで、この県知事選挙を勝利しましょう!この勝利を全国の皆さんに届けましょう!玉城デニーに力を貸して下さい!玉城デニーは全力で頑張ります!共に勝利しましょう!
よろしくお願いします!ありがとうございました!!(礼)
【会場拍手、デニーコール、指笛、「ガンバロー」の声、アナウンスの声、喝采】

うちなーんぬ ぐすーよー!
まきてーないびらんどーー!!!
(礼)
【大きな拍手、会場の皆さんの声】(着席)


2018/09/29

2018年 沖縄慰霊の日 知事平和宣言 (全文)

2018年 沖縄慰霊の日 知事平和宣言の全文を、Youtube動画字幕から文字起こしさせて頂きました。(有料のウェブ上の新聞記事もあったみたいだけど・・・)

よかったら、坂本龍一さんと古謝美佐子さんのおられる《うないぐみ》の『弥勒世果報 (みるくゆがふ)』を新しいタブかウインドウで開いて、音楽を小さくかけて、同時に動画を再生し、どちらも聴きながら、翁長さんの慰霊の日の平和宣言を聴いてみてください。
なんだかとても、ぴったりだと思いました。
うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-694.html




(文字起こし全文)
平和宣言。
二十数万人余の尊い命を奪い去った地上戦が繰り広げられてから、73年目となる6月23日を迎えました。私たちは、この悲惨な体験から戦争の愚かさ、命の尊さという教訓を学び、平和を希求する「沖縄のこころ」を大事に今日を生きています。戦後焼け野原となった沖縄で、私たちはこの「沖縄のこころ」をよりどころとして、復興と発展の道を力強く歩んできました。
 しかしながら、戦後実に73年を経た現在においても、日本の国土面積の約0.6%にすぎないこの沖縄に、 米軍専用施設面積の約70.3%が存在し続けており、県民は広大な米軍基地から派生する事件・事故・騒音をはじめとする環境問題等に苦しみ、悩まされ続けています。

 昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化をしており、先日の米朝首脳会議においても、朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きが始まっています。平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからも微塵も揺らぐことはありません。これまで、歴代の沖縄県知事が何度も訴えてきた通り、沖縄の米軍基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべきものであります。国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。

 東アジアでの対話の進展の一方で、依然として世界では、地域紛争やテロなどにより、人権侵害、難民、飢餓、貧困などの多くの問題が山積をしております。世界中の人々が、民族や宗教、そして価値観の違いを乗り越えて、強い意志で平和を求め、協力して取り組んでいかなければなりません。
 かつて沖縄は「万国津梁」の精神の下、アジアの国々と交易や交流を通し、平和的共存共栄の時代を歩んできた歴史があります。そして、現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々をつなぐことができる素地ができてきており、日本とアジアの架け橋としての役割を担うことが期待されております。その期待に応えるよう、私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくと共に、沖縄戦の悲惨な実相や教訓を正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません。
 本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられたすべてのみ霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、恒久平和を希求する「沖縄のこころ」を世界に伝え、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる、「平和で誇りある豊かな沖縄」を築くため、全力で取り組んでいく決意をここに宣言をいたします。
平成30年6月23日 沖縄県知事 翁長雄志
2018/09/28

平和を求め続ける力の根源になる体験。広島での《原爆の図》展と宋神道さんのドキュメンタリー映画

平和を求め続ける力を得るためには、耐え難い人生を強いられた人たちの声を聴き、その体験を何度でも知ろうとし、心に刻み、いつも想いを新しくし続けることが大切だと思う。
希求し続けるのは楽な道じゃない。自分のことだけなら、とっくに諦めてる。でも、どうしても諦められない。
諦めてはいけないと強く思える体験をどう作っていけるだろう。



広島市で、現在 丸木位里さん・丸木俊さんの「原爆の図」展が行われているそうです。(2018年11月25日まで)
 特設サイト:広島現代美術館 丸木位里・俊 《原爆の図》をよむ https://www.hiroshima-moca.jp/maruki/#

大木正夫:交響曲第5番「ヒロシマ」より[悲歌]




どんなに、どんなに歴史を隠蔽しようとし、美化しようとしても、戦争の渦中での一人の悲惨な人生の結末は、「無かったこと」にはならない。このまま無かったことにさせたい勢力がどんなに強くなって、それが社会の主流の認識になったとしても、私は無かったことにはさせたくない。
戦争の渦中で犠牲にされた人たちの命。尊厳。
戦争がなければ、泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、愛したり愛されたりしながら、こどもから大人になり、次世代を生んだり育てたりしながら老いていき、淡々と去っていくはずだった一人ひとりの人生。暮らし。未来。続いていくはずだった時代と文化。
世界で唯一無二のその人たちを、奪い、犠牲にしたことにすら、自覚ないままに都合よく忘れ去ろうと過ごす現在。この歴史の末尾を生きる者として、これ以上はせめてもう踏みにじりたくないと希う。

《どうして、自分の命はあんなふうに奪われたのか》
《何故、あれが私に起きたのか》
答えの無い問いを堪えて、
「もうこんなことは私で最後にしてほしい」と言ってくれたその人の海よりも深い苦しみと他者(特に次世代を生きる者たち)への愛を、せめて受けとめて生きなければ。それは他の誰でもない、私自身が、なんだ。

戦争への道を食い止めたい。なにもかも違う人だって、誰だってみんな、幸せになりたいとただ願って一生懸命に生きているんだと思う。私たちは皆で幸せにならなきゃならない。だれももう犠牲にならなくてすむよう、今、助け合って選び取って、みんなで生き抜いていかなきゃ。いのちをだいじに。一番だいじなことは生きること。

平和がなければ個人の幸せは実現しない。だれか泣き寝入りする一人がいるならまだ世界平和は実現していない。
私は平和を求める。

赤ちゃんやこどもたちが元気ですくすく大きくなれるように。
おとなたちが子どもを愛で育てる幸せを感じられるように。
これまでの社会や時代を生き抜き、築いてきてくれた方たちに安心して暮らしてもらえるように。
人間が自然のなかで、ほんとうに深く息をして暮らせるように。
すべての生きとし生けるいのちが、いられる世界であるように。

諦めそうなときもあるけど、でも、平和を求め続ける。戦争や暴力、核、差別や虐めを認めない(それらに加担している今の自分に気付き、生き直したい)。

戦争や経済最優先の社会や優性思想に、たった一度の人生を奪われ、命と尊厳を奪われた方たち。
この方たちの声を聴くことなしには、平和を諦めないで求め続ける気力は生まれてこないと、最近つくづく思っている。

気落ちしてきたら、小さな声でWe Shall Overcomeを口ずさむ。
何度でも『おきなわ島のこえ』、『みなまた海のこえ』を声に出して読もうとする。都合よく忘れている自分に気付く為。

昨日は本棚にあった映画パンフから宋神道(ソン・シンド)さんと支援する会のドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』のパンフレットをふと取り出し、文字起こしされたシナリオを読みなおした。


在日の慰安婦裁判を支える会 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7486/
(今ホームページを久しぶりに見たところ一般DVDは1800円、上映も1万円で出来るみたい!)
裁判記録の本も本棚にある。久しぶりに読みたいと思った。
「私の心も負けてません」って応えられるように。宋さんは亡くなったけど、声は消えない。高裁に負けたときのあの歌も忘れない。


 負けた裁判 よろしくよかばってん
 いくら負けても オレは錆びはせぬ
 ここに集まったお客さま よく聴いて
 二度と戦争はしないでおくれよ ああ
 としこは今でも 100年生きても 明日くたばっても
 やるときゃやる
 お金がなくても 着物がなくても かざりがなくても
 やって見せる この政治家のホイトども
 あ ドッコイ あドッコイドッコイ 


想い、強くされ、歩み続けたい。






2018/09/23

玉城デニーさんの魂の演説

昨日あった沖縄おもろまちでの玉城デニーさん うまんちゅ大集会(「うまんちゅ」は「みんなで」という意味だそうです。)の映像を見ることができた。


今日はちょっと心が負けてた。そのことを話した人に、この映像を紹介してもらって、見れた。玉城デニーさんの演説を聞いて、本当に心が震え、奮い立った。心が燃えている。
おきなわの魂が、平和を諦めない、誰もおいてきぼりにしない世界を生み出す。

私も自分の場所で、自分の立場から、平和をぜったいに諦めない。命こそ宝だ。


一人でも多くの人に聴いてほしいとおもって、このブログにも映像をアップします。
45分00秒からデニーさんの演説です。




デニーさんの後に、故・翁長知事のパートナーである翁長樹子さんのスピーチがあります。

(以下は、翁長樹子さんのスピーチの文字起こししたものです。)
 泣かずにしゃべれる自信がありません。翁長雄志の家内の樹子でございます。本当にたくさんの方に支えて頂いて必死に頑張ったんですけど、8月8日に急逝いたしました。ひと月半になります。
 正直、翁長が亡くなった、頭の中では理解しているつもりなのに、心がなかなか追いつきません。洗濯物をたたんでいるときだとか、ご飯を出しているときに突然 「あっ そうだパパ」って顔をあげちゃうんですよね。
 そしたら遺影の翁長がいつも笑ってるの。「ばかだなぁ君は」って言って。翁長が恋しいです。あの笑顔がもう一度見たい。笑い声がもう一度、聞きたい。でも かなわないから。
 この選挙は正直言って翁長がいつも言っていたように、みんな同じウチナーンチュだから、みんな一生懸命考えてみんなが出した結論はもうそのことなんだということで、私は今回、本当は静かに皆さん県民の一人ひとりの方が出す結論を待とうと思っていました。

 ところが、日本政府の方のなさることが、あまりにもひどいから、たった140万人の沖縄県民に、オールジャパンと称して政府の権力を全て行使して、私たち沖縄県民をまるで愚弄するように押しつぶそうとする。民意を押しつぶそうとする。何なんですか、これは。こんなふうに出てくるというのは正直、とても躊躇しました。
 でももう、なんだか翁長が「もうしょうがないな、みんなで頑張らないといけないから君も一緒になって頑張って」と言ってくれたような気がして、今日はこの場に立っております。
 
 この沖縄は翁長が心の底から愛して、140万県民を本当に命がけで守ろうとした沖縄です。県民の心に1ミリも寄り添おうとしない相手の方に悪いけど、申し訳ないけど、私は譲りたくありません。

今、デニーさんの話を聞いて、「よかった、うちの人の心をデニーさんが継いでくれるんだ」と思ったら、涙がとまりません。残り、一週間です。簡単には勝てない、それでも簡単には負けない。
 翁長がずっと言っていた私たちウチナーンチュの心の中をすべてさらけ出してでも、マグマを噴き出させてでも、必ず勝利を勝ち取りましょう。
 みなさん。頑張りましょうね。ぬちかじり。ぬちかじりですよ。がんばりましょうね。
よろしくお願いします。
2018/09/23

ヤマトの人間の一人として、翁長知事の遺志に応えていきたい。玉城デニーさんが新知事になれますように祈ります

2018年9月10日に書いた文章ですが読んで頂きたいので再掲載します。(21日にちょっと加筆しました。)
よかったらお読み下さい。



2018年6月23日 沖縄全戦没者追悼式 「平和宣言」 翁長雄志 沖縄知事


2018年8月8日。翁長知事の訃報を知った瞬間、私はJRの新快速に乗って帰省している最中だった。満員にちかい電車の中で 「ウソ!!?」と大きな声をあげ、呆然としてから、涙がでてきた。(声をなるべくあげないように必死で我慢したけど、隣に座っていた方は驚いただろうな・・・。)
 この人が発していた沖縄の人たちの意志を、「沖縄の心」を、ヤマトの社会がもっと受けとめようと努力する姿勢を示していたら、この人の病はここまで進行しなかったのではなかったかと、ヤマトンチュの一人として、ほんとうに申し訳なく、現状をなんともできないできた自分の無力さが悔しくて、なかなか泣きやむことが出来なかった。

ご存知の通り、保守派の政治家だった翁長さんは東京でヘイトスピーチの嵐を受けたデモの体験から沖縄への差別を実感し、知事選を当時の現職と闘うことを決意し、怒涛の選挙を走りきり10万表差で勝利し新知事になった。そして、沖縄の民衆の代表として日本政府と米軍に対峙し続けてきた。彼は、うるま市の米軍軍属による女性殺害の事件のときも、名護海岸に墜落したオスプレイにも、やんばるに墜落した米軍CHヘリにも、宜野湾市の保育園や小学校にヘリから墜落物があったときも、ずっと沖縄の代表として怒りを表明し、対話を求め、住民の権利を求め続けた。県の代表である知事でありながら、墜落現場にすら立ち合わせてもらえない、その無力感たるやいかばかりであったろう。


2018年7月27日  辺野古承認「撤回」ノーカット版(共同) 翁長知事・最後の会見 7分1秒 
(映像公開/2018年8月9日) 



最後の会見のときは、肝癌の進行で衰弱されていて、水を飲むのも辛いほど口内炎が酷く、一人で歩くのもやっとだったらしいと後日新聞で読んだ。知事夫妻はもう命尽きることを知っていて、それでも最後の最後まで、沖縄が希求する平和、万国津梁である琉球の歴史と未来の在り方を表明し通した。4年前からは想像もつかない知事の姿を、心配しながら支えておられた「県」民の皆様のショックはいかばかりかと思うと、言葉にならない。


どんな素晴らしい仕事を成した人でも、一人の人間である以上、すべての人の理想を即座に実現する力はないだろう。現場で、平和を求めて身を削ってこられた方からは、もしかしたらもどかしいところもあったかもしれない。しかし、日本社会に生まれ、その中でも基地のない土地で育ってこれた一人のヤマトンチュである私という人間にとっても、学生時代に様々な矛盾を学び、社会の変革を心から求め生きてきた(つもりの)一人の民として、翁長さんは最期まで 「政治を担う人はこうであってほしい」と私が無意識に求めてきた政治家の姿だった。

自民党の小泉政権が誕生した2001年の春、私は大学1年生だった。秋には9・11のテロがあり、その後 日本は米国のアフガン・イラク戦争に加担し、自衛隊は派兵され、イラクでは2004年春に邦人の人質事件が起こり、その年の秋には人質にされた香田くんがイラクで見殺しにされ、その翌年には郵政が民営化された。ワンフレーズ・ポリティクスが横行し、選挙のルールはより権力寄りに変えられ続け、どんなにひどいことが起きていても、それはまったく問われないような自民圧勝の選挙結果に幾度も打ちのめされた。

政治家が公約を実現しないことはもはや常態化し、問題があることすら無視し口ざわりの良いことを無責任に述べた、その責任も問われないままになりがちなこの日本社会。そうした日本社会の在り方自体に虐げられてきた琉球・沖縄の歴史と、現在の不平等・不正義に根底から向き合い、マジョリティの社会に「真摯に考えてほしい」と呼びかけ続け、平和や文化、そして民衆の権利を希求する彼のような政治家が実在したという事実に圧倒される。この人を知事という民衆の代表として送り出した沖縄の民衆の力は、ほんとうに言葉にならない力強さだった。私は祈るしかできなかったけど、あの日、本当に安堵したのをよく覚えている。

「日本政府の中で、理想を実現できる政治家はもう出てこないのではないか」とか、「闘ってくれる議員がいたとしても一議員としてしか扱われず、政治の現場で闘いきるのはもう無理なんじゃないか」とか、「どうしようもない人間を政治家に選んでしまう有権者の無意識はどうしようもないんじゃないか」とか、そういう諦めを抱いて長かった私にとって、2014年秋の沖縄知事選は、ほんとうにこの社会から政治に希望を持つ可能性が潰えていないことを感じさせるものだった。理想を諦めず現実化していく民衆の力が、沖縄から発信されていた。それを同時代に生きた人間のひとりとして、ヤマトの人間の一人として受けとめていかなければと強く思わされた。改めて心の底から感じ入るものが今、 胸にある。


立ち上がった日から、最後の最後まで意志を貫き、真の政治家として走りきり人生を全うされた翁長知事。
私は、追いやった社会の側の人間の一人であるから、こうして想いを書くこと自体のおこがましさを自分でも恥ずかしく思うところもある。でも思ったことを書かずには生きられない人間であるから、申し訳ないけれど、私は書く。

県民葬は一ヵ月後の10月9日だそうだ。 その時の現職知事の追悼挨拶は、翁長さんの遺志を継いでいく玉城デニーさんでなければならないと心底思う。デニーさんの言葉の明確さ、目の光、そして笑顔の柔らかさに、この人に本当に勝ってもらいたいと心から願ってやまない。

玉城デニーさんが沖縄新時代の知事になれますように!

【ツイッター】 玉城デニーさんのツイッター https://twitter.com/tamakidenny
【記事】やんばる日記 「新時代沖縄の風がいま!-玉城デニーさんの出馬表明(全文紹介)」
http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/09/01/191433


自民・公明・維新から選出された佐喜眞氏は、辺野古のことは一切ださないで知事選挙に臨もうとしている。しかし、本当に普天間基地の返還を求めるのなら、故・翁長雄志沖縄知事の最後の会見(承認撤回表明)にあったように「米国の会計監査院の報告で辺野古新基地が固定翼機には滑走路が短すぎると指摘され、当時の稲田防衛大臣が辺野古新基地が完成しても民間施設の使用改善等について、米側との協議が整わなければ普天間飛行場は返還されないと答弁したこと」)について、真っ向から向き合い発言をするべきではないか。
佐喜眞氏は「対立・分断から無縁な沖縄」とか「対立から協調へ」というフレーズを使っているが、それは差別構造の常態化と、国家権力への従属、奴隷化だと私は感じる。問題を無視し続け、それについて意見する人間を力でねじ伏せて黙らせようとする日本国家のやり方におもねる実態と、「協調」という言葉の意味は全く違う。それは、自分とちがう意見の表明を許さない恐怖政治でありファシズムと言えるだろうと私には感じられる。デニーさんがおっしゃるように「分断を持ち込んだのは私たちの側では無い」。これは沖縄の問題ではなく、日本社会の闇だ。

佐喜眞氏はアベ氏と同じ日本会議のメンバーで、日本国家が行ってきた凶事を直視する歴史認識や思想性を持たないばかりか、自分が関わった会の歓迎行事として市内に住む幼稚園生たちに「教育勅語」を唱和させるようなおぞましいことを平然と行ってしまう人物だ。こうした佐喜眞氏の行動は、ヤマト政権に琉球・沖縄が植民地支配化され皇民化されてきた歴史からの現在地の問題である。このことにヤマトの人間として胸が痛み、申し訳ない気持ちになる。私は踏みつけてきた社会の側の人間だから、この人がこうなってきた背景に責任がある。

日本会議のボスであり、日本国家の総理大臣であるアベ氏の実態は、知識としては分かっているけど、喋ってる映像を見るとほんとうに論の体もなしていないどうしようもない話し方しかできない人物であることに唖然とし、愕然とする。どんなに信じられないような暴挙が明らかになり続けても、この人間が我らの社会の責任を担う総理大臣であり続けるこのヤマト主流はの社会を構成する一人ひとりは何を感じ、考えて暮らしているのだろうか。なにも、考えられなくなってしまったのかな・・・。
(参考:安倍晋三氏 「憲法改正」についてのツイッター記事動画

軍隊の最高司令官になりたいだけの、核兵器を持ちたいだけの、そのための憲法「改正」。支配したくてたまらないだけの、オモチャを欲しがる子のように戦争をしたくてたまらない権力者。
自動的に自民党に入れてしまう人たちは、「こんな人に自分たちの未来を決められたくない」とは思わないのかな・・・・。

今、「自分は関係ないからいいの」と考えようとしないで目をそらしていたら、近い将来、思い描いていた未来を壊されることになる。
子どもや孫は、平和な暮らしは(今も実現できてないのに)もっともっとできなくなる。それは明白なこと。
沖縄の苦しみを強いている日本社会の構造による歪みは、もう日本社会のそこここで形を変えて立ち現れてきている。
ヤマトの社会、和人の社会、日本の社会の一人ひとりの皆さん。どうか目を覚まして。一緒にアベ政権を終わらせよう?
アベ政権の勢力を政治家に選んでしまうと、私たちの未来への希望は、現時点でまだ確保されている勝ち取ってきた命の権利とともに潰えてしまう。このままでは、今ある暮らしの中の喜びも幸せも指一つでかき消される時代が来る。そもそも、これ以上、誰かを虐げ続けることに私はもう耐えられない。まだ間に合うはずだ。





今年1月にあった名護市長戦での翁長知事のパートナーである翁長樹子さんが稲嶺ススムさん応援スピーチをされた。
稲嶺さんは選挙に敗れたけれど、このスピーチは今、デニーさんの応援演説でもあると感じる。




以下は、2018年1月名護市長選の際の翁長知事夫人の樹子さんの訴え
【記事】やんばる日記 翁長樹子さんの稲嶺ススム応援スピーチ(動画あり)
http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/01/14/142151


沖縄県知事の家内の樹子でございます。
翁長がグアムの方に出張に行っておりますので代理という事で参りました。
なにぶん素人で、マイク前にすると上がってしまって、うまくできるか本当に自信ないんですけど頑張って務めさせてもらいますので
よろしくお願いいたします。

結婚して36年目でしょうか、政治家の女房として33年目になりましたけど、いやぁ、しかし、志位委員長と同じ壇上でご挨拶する日が来るなんて本当に夢にも思いませんで、本当に光栄に存じております。どうかよろしくお願いいたします。(会場拍手)

3年前の知事選挙、翁長が現職の方を相手に、本当に有難いことに10万票の差を持って挑戦をさせていただきました。正直、圧倒的だったと思っております、あの差で。ホッとしたんです、これでもう辺野古の問題は決着がつくんだと、名護市長がNOと言ってる、県知事もNOと言った人間が当選した。

何ですかこの3年間、
冗談じゃないですよね、皆さん。

政府は、しょっちゅう言う、「何の問題もない」と。
どこにいったい民主主義があるんですか?

どこにあるの?
私たちの自治権は?
人権どこにあるんですか?
それが何ともない事なの?

冗談じゃないと3年間、怒り続けて参りました。(会場拍手)


正直苦しいです。
夫がいつも苦しい顔をしているのを見るのは辛い、女房は。
本当ですよ、あんなに明るくて、いつもいろんなことがあっても家に帰ってくるときには玄関先でそう言った苦しいのをおいて、ただいまって笑って帰ってくる人が、この3年間、笑わないんですよね。

ちょっと時間があったらすぐ部屋にこもっていろんな法律の本ひも解いたり、しょっちゅう勉強して歩くの。言ったセリフが「こんだけ学生の頃勉強していたら俺は東大だった」って(会場笑)

いやー本当に必死に勉強しているんです、それなのに政府は言うことをコレッポチも耳を傾けてくれない、こんな苦しいこと、悔しいことはないです。

でも負けるわけにはいかないですよね、皆さん。
70年前の戦争で、私たちおじいおばあたちはもう命からがら、必死の思いで何とか生き延びて、私たちに命を継いでくれたんです。
両親と私たちの時代は米軍統治を経て、人権もなくて、憲法にも守られずに苦しい時代を過ごしました。その時代を何とかくぐり抜けて、やっと復帰して、やっとこれで憲法に守ってもらえると思ったら、政府はあの方達です。聞いてもくれない。

沖縄県民には人権がないと言わんばかりの方達が、あらん限りの権力を持って押さえつけようとしてる。
じゃあ負けて諦めるのか、 どうですか皆さん、諦められますか?
(会場「諦めない!」)

そうです。
諦められないし、必ず私たちはおじいおばあがやったように必ずこらえて押し返して、先の子供達にはもっといい沖縄を残したい。
(会場拍手「ナトンドー!(そうだ!)」)


頑張るしかないです私たちは。
心折れないで下さいよ、
大丈夫ですか?

頑張りましょうね!(拍手)


1つ、これは選挙です。



相手候補の方と稲嶺さん比べたら、Wスコアで勝っても本当におかしくないです。
当たり前、それが。

しかし相手候補には申し訳ないけど、稲嶺さんの相手は実は相手候補ではないです。国が政府があらん限りの力でもって抑えにかかってくるんです皆さん。
簡単じゃないです、これに打ち勝つのは。
私たちの心の中にちょっとでも「まあ何とか勝つでしょう」なんて気持ちがあったら結果は厳しいです。

心に刻んで、みんなで必ずこの選挙を勝って、私たちのこの闘いを必ず成就して、
私たちのこの気持ちを必ず日本政府に認めさせる、沖縄の現状を国民に知ってもらう、
それしか私たちには道がありません。
頑張りましょうね。
必ず勝利を。

頑張りましょう、 最後まで。
どうかよろしくお願いします。





諦めずに、心折れず、進みたい。
もし折れてもちょっと休んで、周りのひとに助けられながら、神様の愛を確認しながら、添え木してまた進むんだ。
戦争を体験し生き延びて来て下さった先人たち(沖縄の人はもちろん、ヤマトの人も、世界の人も)の平和への遺志を受け継いでいける生き方を目指し続ける。人間の権利の基盤である憲法を奪わせてはならない。

エンパワメントを生み出す流れは、嘆いたり、だれかを責めているだけでは何も生まれてこない。それどころかパワーレスになってしまい、自滅してしまう。不安は口にだしてもいいし、思ったことは言っていい。でも、諦めていく材料を探すのはもう止めた。

一人でも、立てる。
そのことで周りに示せるものがあるはず。
いま、立ち上がろう。沖縄の民衆のように。それぞれが暮らしている場所で、あきらめないで。

自分で考えること、隣のひとと想いを話すこと、書いたり、表現をして発信すること。
いろいろな形で一歩ずつ進める。
「そんなのもう今は無理」って人も、とにかく自分自身を放り出さずに己を大切にしてなんとか生き抜くこと!
落ち込んでしまうときは、無理せずに休んで、音楽きいて鋭気を養い、自分自身に出来ることをしていこう。
なんにも出来ないって思わなくてもいい。考え続けてるだけすごいし、こんな極まった社会で生きてるだけですごいんだから。
自分を失わせないように守らないと。

国はこれまでしてきたように、どんなやり方もしてくるだろう。けれど、平和を求める沖縄の人たちの心が一つになってデニーさんが知事になれますように。強く祈りながら、自分にできることを自分の場所の、すべてからやっていくことを決めた。
私なりに、でしかないかもしれない。でも、頑張る。 頑張るぞ。

「みんな」が変わらなくても、それでも自分は諦めない、絶望から希望に変わっていけるって証明できるようになっていきたい。
そしたら見えなかった光が見えて、繋がっていくはずなんだ!


2018/09/23

せやろがいおじさん

せやろがいおじさん、がんばってる~!
ヘイトスピーチを具体的に紹介しているから、気分をわるくしそうな人は今日はやめといてのアテンションにほろり。
本や言論は、暴力の道具じゃない。言葉は認識であり思想。これによる殺人だって起きてる。
海きれい。




追記 20180926
新潮45、廃刊になりました。
しかし、ちゃんと謝ってない。反省を示してせめてちゃんと謝りなさい!



追記 20180926 
せやろがいおじさんのブログ せやろがいおじさん流疲れの取り方
https://seyarogaiojisan.hatenablog.com/entry/2018/09/25/183706

2018/09/19

追悼・樹木希林さん


樹木さんが亡くなってしまった。切ない。
演技や人柄が素晴らしいのは勿論だけど、お顔が96歳で亡くなった父方のおばあちゃんとちょっとだけ似てたからね。
あ、ちょっと似てるなぁって。子どもの頃から見るたび思ってたから・・・。

河瀬直美監督の「あん」は本当に素晴らしい演技で、とても心にのこる作品だった。原作はドリアン助川さんの小説で、これも後から読んだが素晴らしかった。古本をだいじな友達に贈った。


「万引き家族」はまだ観れてないのは、個人的にはまぁDVDでいいんだけど(なんかすいません。いい作品とは思う)、
「モリのいる場所」を映画館で観そびれたのは悔しい・・・。生きておられる間に映画館で見たかったなあ。


「人生フルーツ」のナレーションも素晴らしかった。映画も素晴らしかった。うちの冷蔵庫に映画のチラシが貼ってあるんだけど、見るたびに映像の中で心豊かな暮らしをしていた津幡さんご夫婦に流れる時間の感覚を思い出す。



樹木さんが辺野古に来られていたことは亡くなってから知った。

【記事】「無知を恥じている」 樹木希林さんが生前、沖縄について語ったこと 2018年9月18日 10:20 琉球新報
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-804395.html

【記事】 樹木希林が辺野古に現れた日! 2018年9月16日 リテラ
http://lite-ra.com/2018/09/post-4258.html

8月30日に動物病院の待合室でたまたまワイドショー流れてて、うちはテレビがないからじっと見てたら、樹木さんが手術前に内田裕也氏に電話して「いろいろ、すまなかったわね」と伝えたということをもっくんが話してたという話題が出てた。
「樹木さんらしい・・・」とちいさく笑いながら呟いたら、隣に座ってた女性がちょっと笑いながら頷いてたなぁ。
飄々としていて、演技はいつも本物で。映画だって分かってても、そうやって生きてきた人にしか思えないのがすごかった。

いつか、樹木さんみたいに本物の仕事が出来るかっこいい年のとり方が実現できる人間になりたいねぇ。
樹木さん、お疲れ様でした。どうか安らかに。
2018/09/17

NEKED!


玉城デニーさんを応援するために更なるバッシング覚悟で知事追悼と現状報告の記者会見した保育園のお母さんたちのことや、辺野古・大浦湾の本来の海の眺めをニュースの写真で見たり知ったりして、わたしなりに腹を括った。
悔いなく生きられるように、苦しくても自分を無駄に責めないで暮らせるように、自分の場所でやれること、全力で頑張る!
改めて心に決めた。

体力的限界があるから、もしかしたら中途半端に見えてしまうけど、すべてをご存知の神様に恥ずかしくないよう精一杯やっていく。踏み出したつもり。誰も犠牲にならない世界を目指す以上、自分を犠牲にはしない。でも頑張る。皆さん、この末期的な社会の中で、身を削ってやっている。過酷な状況で懸命に生き抜こうとしてくれている。わたしもがんばる。

悪の諸勢力に対して、諦めないで神様からの賜物と人間に与えられた愛と知恵を一人から発信できるように。
たった一人でもいい。生活の中で物理的に何かできなくても、まず気持ちを取り戻そう。思索と対話を試みよう。

立ち上がろう!



今日の音楽は、安室ちゃんの「NEKED」!めっちゃエンパワメントされるんですけど。
かっこいい!!
歌詞 http://www.kasi-time.com/item-55074.html




2018/09/16

安室ちゃん、ありがとう!

みんなに「自分自身でいていいよ」「どんなときも一緒にいるよ」って歌と踊りで伝え続けてきてくれてありがとう!
ほんとうに、「歌姫」でした!
ラストライブと引退記念日がお天気みたいでよかったーーー

彼女の歌をいつも追いかけていたわけじゃないけど、同時代で見れてこれてよかった。
ほんとのファンの皆さんはみんな本気で寂しくて辛いだろうけど、送り出していてすごいなって思った。

本当にありがとうございました!おつかれさまでした!!!




【youtubeでないと観れなかったのでURL→】安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ
(このミュージックビデオの安室ちゃんの歩き方がかっこよすぎて泣ける。)













2018/09/12

「あなたの勇姿を忘れない」 玉城デニーさんと頑張る!

沖縄の新しい知事は、玉城デニーさんじゃないと沖縄だけじゃなくて日本社会にも明るい未来なんて来ない!

辺野古のオレンジ色のフロートや黄色のオイルフェンス(汚濁防止膜)が撤去された大浦湾の写真をウェブニュースで見て、あんまりにも嬉しくて、泣きそうになった。
【琉球新報ウェブ記事】 辺野古の青い海戻る 埋め立て承認撤回受け浮具撤去
2018年9月14日 10:17

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-802674.html

もう二度と海を区切る人工的な浮遊物を見たくない。それどころか、日本政府側は本気で海を埋め、命の世界も、沖縄の平和な未来も、ぜんぶ潰すつもりだ。絶対に許しちゃいけない。

分断も対立も、沖縄側の問題じゃなくて、ヤマトである日本社会が強いているものだ。
平和な世界になるために、沖縄からも、日本の社会からも基地はなくしていかなければ。基地も、戦争もごめんだ。
人間を殺すなんて、冗談じゃない。

命(ぬち)どぅ宝!命こそ宝の政策をやってくれるデニーさんが知事になれるよう強く祈っています。
10月9日の翁長知事の県民葬で新知事として挨拶するのは、デニーさんじゃないと耐えられない。
できること、自分の場所でがんばります!!!!!




玉城デニーさんツイッター!
https://twitter.com/tamakidenny





豊岡マッシーTube2018/08/15 公開
 以下はYoutube掲載文章から引用、紹介します。

We won't forget your braveness.
R.I.P for Okinawa governor Takeshi Onaga
illustration&Music by TOYO
翁長知事追悼。あなたの勇姿を忘れない。翁長さんが被るはずだったエメラルドグリーンの帽子、那覇市の市花ブーゲンビリヤ。県民大会の朝に出た虹。慰霊の日に相良さんの平和の詩を聞く翁長さんの横顔。上を向いて、少し微笑んでいます。

歌詞は有名な「命どぅ宝」からの引用です。

嘆(なじ)くなよ臣下
戦世(いくさゆ)むしまち
弥勒世(みるくゆ)むやがてぃ

天国の翁長さんが、悲しむなよ、戦の世も終わる。弥勒世(平和な世)もやがてくるよ。と歌っているんです。

この琉歌を読むのは尚泰王(「首里城明け渡し」のお芝居の中でね)なのですが、でもオナガさんは王というより「お父さん」ですね。沖縄は偉大な「お父さん」を失ってしまった。その大きな喪失感がこの作品を作らせました。

これを作り上げることは自分にとって祭壇に花を飾ったりロウソクを灯したりすること。(自分の絵の作品は概ねそうなのですが)SNSでともに悲しみを共有してくれるみなさんの涙を養分に出来上がったような作品です。どうかオナガさんの蒔いた種が平和世を願う人々の心の畑で大きく育ちますように。

三線、二胡、歌、翁長知事の平和宣言、チャフチャフ、三板
ソフト音源(アップライトプアノ、ダルシマー、ベース、オーシャンドラム)



2018/09/06

住民を守ろうとしない政権を選ばないで

朝、北海道の地震のことを知った。
あの広大な地域の全戸停電って・・・・
ガソリンが不足し、身動きがつかなくなったとき… 近隣がないお宅だって多いでしょうに・・・・
余震がないことを祈る。社会的に支援が行き届かない二次被害が懸念される。泊の原発は本当に大丈夫なのだろうか・・・。
朝から不安がきつくて、ずっと祈っている。どうかこれ以上 大地が揺れませんように。一人でも助かりますように・・・・。






大型台風の被害。関空も沈んできてる。
西日本の大水害だって、大阪の地震だって、熊本だって東北だってそのまんまで・・・ 放置されている。

もともと災害の多い国ではあるけど、異常気象の常態化や、地震の頻発で、酷いことが珍しくなくなっている。
それなのに、政府はそのことを無視しているとしか思えない。おかしいよ。

原発うごかしたり、国営カジノ作ろうとしてるばあいじゃないよ!軍隊強化したり、アメリカから一台何十億円もする軍機をたくさん買ってる場合じゃないだろ!辺野古の海つぶして基地作ろうとしてる場合じゃないよ!!

人の命を助けろよ! 道や家を再建しろよ!
家や店が無くなった人に、雀の涙の義援金がどう役に立つの??
生活が苦しい中で、家族を失った人はこれからどう生活していったらいいの?
みんなギリギリのところで暮らしているのに、家に住めなくなったり、車が廃車になったり、家電が一切使えなくなったりしてる。
阪神大震災の後、どれだけの人が路上生活に押し出されたか、だれも知らない。
そういうの一切無視してオリンピックなんてやろうとしてる場合かよ!


自衛隊は、ほんとうに人命救助一本にしていかなきゃ、この国は滅びるよ。
武器なんていらん!ミサイルも基地も要らない!人を殺そうと訓練している場合じゃないだろうよ。
「国を守る」って言うなら、領土や資本よりも、まず国に暮らしている住民の命と暮らしを守れ!!!!

軍隊は住民を守りはしない。軍隊は国家の都合と体裁のための殺人目的の集団だ。
アベ政権は年間予算の軍事費をまた増やしたという話だけど、本当にほんとうにほんとうにいいかげんにしてくれ。

道も、河川も、線路も、水道管も、何もかもガタがきてるこの社会で、ほかにお金をかけなきゃならないことはあるでしょう!
この国に、どんだけ借金あると思っているの?
働けない人間や、困窮な人たち、高齢の人たちがどれだけいると思ってる?
環境も、社会の仕組みも、農業も、福祉も、みんな5年後10年後すら描けない状態なのに、それには一切向き合わなくて、一体何がしたいの??

選挙権を持っているひと。自民党を当たり前のように選んでしまう方へ。
どうか、これ以上 自民党政権を選ばないでほしい。
巨額の税金を自分の私的な関係に使ってしまう人が、いまも権力の座についていることに危機感を抱けないのは何故?
権力を持っているひとは何をしてもいいのですか?
騙して、ウソをついて、それが明らかになっても平気で、ついに何もかもやりたい放題になってしまっている。
この連中をこのまま何の問題にもしないでのさばらせたら、そんな権力を許したら、私たち一般庶民のこれまでの暮らしは奪われる。いや、すでに暮らしや権利や、ふるさとや、安全な空気や水や食べ物を、穏やかな時間の一切を剥奪されてきた人たちのように、「今」を全ての「当たり前」「ありふれた瞬間」を私たちも奪われる。そして見殺しにされる。その時に気付いても遅い。戦争の歴史がそのことを教えている。人間の権利も、暮らしも、真実も、思ったことを口に出すことも、何もかもが潰える暗黒の社会が迫っている。
(もう既にそうなっていると言える場所も多い。)


どんな悲惨なことがおきても、人間は助け合うことができるはずなのに、そういう社会の仕組みが崩壊してる。
自民党に入れたい人に訊きたいけど、西日本集中豪雨のときに、なんの手立てもせず「赤坂自民亭」で酔ってバカ騒ぎやってたの、もう忘れたの?それとも、そんなことは何の問題もないことなの?被害の規模で言うのもおかしなことだけど、それって飲酒運転より酷いんじゃないの?
人の死を公開処刑して利用するような、その前夜に宴会の終わりに万歳三唱するような連中に、これ以上 政治を任せていたら、
助かる人も助からない。防げるものも防げない。

フクシマの原発が爆発して、石棺もない、汚染水は垂れ流し。どんな酷いことも横行する最大の前例を突き進んでいる日本社会。
(先日、十数年ぶりに本橋成一さんの映画作品 『アレクセイと泉』を観て、ほんとうに言いようのない思いがした・・・。)

人間が人間として暮らすための権利を守る根拠になる法(日本国憲法)が、日本国家に奪われる直前の今を、まず自覚しなければならない。人類が希求してきたものが滅ぼされかけていることを。

沖縄の知事選も、自民党で日本会議の彼が通ってしまった場合、普天間基地が返還されたとしても結局は富裕層の賭け事の遊び場にされるだけだ。
「ナチスの手口に学んだらどうかね」と現副総理が言った。このことの、あまりにも重大な意味を日本の有権者は把握する必要がある。これ以上 酷いことが起こるまえに、自民党に入れてきた方たちの意識の変革が迫られている。

もうこれ以上、人間を見殺しにすることをなんとも思わない自民党の連中を選ばないでほしい。
これ以上、命と真実を蔑ろにする者たちに権力を与えるのは、もう止めよう。いい加減、耐えられない。
このままでは、生まれて育ってきてくれている幼い子ども達に希望ある未来を繋げられない。
本来、人は生きる喜びを感じる為に生まれ、助け合い生きていけるはずなのに、この現状はどうだ。
人間の信頼関係や社会の基本的なルールを根底から崩壊させる自民党とアベ「首相」。
恥という概念を持ち合わせないその所業は、留まるところを知らない。
釜の底が抜け続けている。その先は今以上の生き地獄か? 
苦しむのは権力を持っていないものたちだ。権利を奪われてきたものたちだ。

ほんとうに、もうたくさんだ!!!



2018/08/20

『沖縄スパイ戦史』を見ないで日本の戦争は語れない

三上智恵・大矢英代監督の映画 『沖縄スパイ戦史』 http://www.spy-senshi.com/観ることができた。
感想はまた書くけれど、とんでもなくすごい映画だった。必見です。一人でも多くの人とこの事実を共有したい。

◉少年ゲリラ兵、軍命による強制移住とマラリア地獄、やがて始まるスパイ虐殺…。戦後70年以上語られなかった陸軍中野学校の「秘密戦」とは?全てが一本の線で繋がるとき、明らかになるのは過去の沖縄戦の全貌だけではない。



映画 『沖縄スパイ戦史』ツイッター https://twitter.com/spy_senshi

「悲しい」だけでは終われない『沖縄スパイ戦史』大矢英代監督 舞台挨拶レポート
http://rintaroh.net/archives/11204418.html
2018/08/06

2018年8月6日の夜に。

ヒロシマ原爆投下から73年。沖縄・伊江島の米軍LCT爆発事件から70年。
残虐な死を強いられた、生き残りその後の人生を強いられた人々に、せめて、もう二度とそんなことを繰り返さないと約束したい。なのに、現実はいよいよ遠のく。でも諦めないで生きなければ。せめてもの償いとして。



ヒロシマの証言は、NHK 戦争証言 アーカイブス から映像を見ることができます。

【映像】NHK戦争証言アーカイブス 証言/戦争の証言/日本国内(空襲と原爆)
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/shogen/list.cgi?cat=war&value=%E7%A9%BA%E8%A5%B2%E3%81%A8%E5%8E%9F%E7%88%86

【映像】丸木俊さん、丸木位里さん「絵に込めた広島の惨禍」[ヒロシマの証言]被爆者は語る 放送日 1989年8月1日(21分)
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/shogen/movie.cgi?das_id=D0001130347_00000&seg_number=001




五十回忌 ―ひろしま 
                       水谷なりこ

おかあさん!
なんというなつかしいことばでしょう
あなたが消えてしまってから
四十九年がたちますのね

学徒動員、舞鶴、割れた手鏡
エノラ・ゲイ、黒い雨、破壊された人間の列
死体の山にむらがる蝿・・・・・・
あの惨劇の記憶が
何度わたしを引き裂いて過ぎたことでしょう

あなたが被爆した元安川の土手に
ことしも夾竹桃が咲きました
千、万の魂の身代わりなのでしょうか
その朝、兄さんが忘れた弁当を届けに行った帰りの
八時十五分、乗り換えの市電を降りたとき
何が起こったのか
≪たいぎいよ≫と言いながら
その日負ぶっていた照子ちゃんを
両の手にかかえたまま
あなたは遠くへ旅立って行ったのですね

読経の声と蝉しぐれが
乳呑子(みどりご)を抱いたまだ若い
不在の母の
ただ一枚の写真を通り過ぎて行きます
その赤ん坊の弟は
今年五十六歳になりました

おかあさん、私達に現今(いま)の生命をありがとう
人間が二度と過ちをしないように
十万億土の彼方から
見守っていてくださいね



   (『詩集 それでも太田川は美(うるわ)しい』 水谷なりこ 
                       編集工房ノア1995年)



ヒロシマの空
                  林 幸子


夜 野宿して
やっと避難さきにたどりついたら
お父ちゃんだけしか いなかった
――お母ちゃんと ユウちゃんが
死んだよお・・・・・・

八月の太陽は
前を流れる八幡河(やはたがわ)に反射して
父とわたしの泣く声を さえぎった

その あくる日
父は からの菓子箱をさげ
私は 鍬をかついで
ヒロシマの焼け跡へ
とぼとぼと あるいていった
やっとたどりついたヒロシマは
死人を焼く匂いにみちていた
それはサンマを焼くにおい

燃えさしの鉄橋を
よたよた渡るお父ちゃんとわたし
昨日よりも沢山の死骸
真夏の熱気にさらされ
体が ぼうちょうして
はみだす 内臓
渦巻く腸
かすかな音をたてながら
どすぐろい きいろい汁が
鼻から 口から 耳から
目から とけて流れる
ああ あそこに土蔵の石垣がみえる
なつかしい わたしの家の跡
井戸の中に 燃えかけの包丁が
浮いていた
台所のあとに
お釜がころがり
六日の朝たべた
カボチャの代用食がこげついていた
茶碗のかけらがちらばっている
瓦の中へ 鍬をうちこむと
はねかえる
お父ちゃんは瓦のうえにしゃがむと
手でそれを のけはじめた
ぐったりとした お父ちゃんは
かぼそい声で指さした
わたしは鍬をなげすてて
そこを掘る
陽にさらされて 熱くなった瓦
だまって
一心に掘りかえす父とわたし

ああ
お母ちゃんの骨だ
ああ ぎゅっとにぎりしめると
白い粉が 風に舞う
お母ちゃんの骨は 口に入れると
さみしい味がする
たえがたいかなしみが
のこされた父とわたしに襲いかかって
大きな声をあげながら
ふたりは 骨をひらう
菓子箱に入れた骨は
かさかさと 音をたてる

弟は お母ちゃんのすぐそばで
半分 骨になり
内臓が燃えきらないで
ころり と ころがっていた
その内臓に
フトンの綿がこびりついていた

――死んでしまいたい!
お父ちゃんは叫びながら
弟の内臓をだいて泣く
焼跡には鉄管がつきあげ
噴水のようにふきあげる水が
あの時のこされた唯一の生命のように
太陽のひかりを浴びる

わたしは
ひびの入った湯呑み茶碗に水をくむと
弟の内臓の前においた
父は
配給のカンパンをだした

わたしは
じっと目をつむる
お父ちゃんは
生き埋めにされた
ふたりの声をききながら
どうしょうもなかったのだ

それからしばらくして
無傷だったお父ちゃんの体に
斑点がひろがってきた

生きる希望もないお父ちゃん
それでも
のこされる わたしがかわいそうだと
ほしくもないたべ物を 喉にとおす

――ブドウが たべたいなあ
――キウリで がまんしてね
それは九月一日の朝
わたしはキウリをしぼり
お砂糖を入れて
ジュウスをつくった
お父ちゃんは
生きかえったようだとわたしを見て
わらったけれど
泣いているような
よわよわしい声

ふと お父ちゃんは
虚空をみつめ
――風がひどい
   嵐がくる・・・・・・嵐が
といった
ふーっと大きく息をついた
そのまま
がっくりとくずれて
うごかなくなった
ひと月も たたぬまに
わたしは
ひとりぼっちになってしまった

涙を流しきった あとの
焦点のない わたしの からだ

前を流れる河を
みつめる

うつくしく 晴れわたった
ヒロシマの
あおい空



     原爆で両親と弟を失う。
     当時、市内昭和町(爆心地から二キロ)に在住。
     「詩集ヒロシマ」1969
     (『第二楽章 ヒロシマの風』 吉永小百合・編、男鹿和雄・画 
      角川文庫 2000年)
2018/08/06

怒るのってだいじだ



酷いことが起き続けて、また隠されていたことが明らかになり続けているけど、日本社会の末世感がなんかもうすごすぎて・・・。言葉にならない。

先日、辺見庸さんが一連のオウム死刑のことを書いている新聞記事を読んだ。彼は数年前から、良い意味での「人間的な」という言葉を完全に使うのを止めた、と書いていた。言っておられることは、よく分かる。

「人間は善悪が分かる存在として創られた」というのは、信仰だ。

時折、心から日本人でありヤマトンチュであり和人である己の立場が恥ずかしく、社会に対しても自分の無力さに関しても失望してしまう時が多々ある。けれど、それでもやはり人間の持っている人間性は、善きものだと信じなければ全ての希望は潰えると思っている。だから私は、「神様が人間を善きものとして創られた」という信仰を見失いたくない。


人間には、他者を愛し、命を育み、誰かの痛みや苦しみを想像する力がある。
その力は奪われ、多くの場所で失われつつあるが、それでも潰えきってはいない。

現在の日本社会では、不正義や差別・抑圧・暴力に対して人間として怒りを表明することを、冷笑や否定の対象にする勢力が強い。本当に腹が立つ。トーンポリシングは決して許さない。


何に対して怒りを感じるかで、その人が分かる。その人が、なにを大切に思っているかが分かる。それは、人と人が共に生きていく上で、とても大切なことなのだと思う。

私たちは、もっと気持ちを表明していい。それこそ、怒っていいんだ。
その気持ちを共有し確認することは、生きる気力と、社会を変えていく希望を繋ぐために重要なことだ。






2018/07/26

障害者殺傷事件から2年の今日に

二年前の今日の未明に起きた、相模原 やまゆり園での障害者殺傷事件。
(一年前にここで書いた文書
 http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-640.html

今、なにかを書こうと思ったけれど、手が動かないまま。苦しい。
それでも何か書かないと耐えられない。だけど、もう言葉が・・・ 

それでも、それでも、なにかを書く。
辛すぎて、今日の今日までまたこの日のことを都合よく忘れようとしていたから。



どうして、あの人たちは殺されなければならなったのか。どうして、そんな恐怖を味わわなければならなかったの?
名前すら公表できないままで。(遺族がより被害や差別にあう この社会はいったい何なんだろう・・・。)
その場を生き残った人たちは勿論、この社会に生きている障害当事者も、あの日から言いようの無い不安と恐怖を感じながら生きているはずだ。

この社会は、この事件のことを、重大なこととして受けとめなかったように感じる。「障害者の命は健常者より軽い」と、立証したかのように。大阪淀川の監禁虐待死も、三田の長期監禁虐待事件も、どうってことないように起きてきた。(親の虐待行為への罰は、いつもあまりにも軽い。)

私は、こわい。
優性思想やありとあらゆる差別と暴力の仕組みが極まっていくこの日本社会が恐ろしい。

みんな、犯人と同じような、似たりよったりの考えしか持っていないの?
障害者だったら殺されてもいい?生産性がないなら生きてる価値ない?
それとも、「かわいそうなひとたちがかわいそうなめにあった」くらいにしか思ってないの?
自分は関係ないって思ってるの?

障害者である前に、みんな人間だ。

人間だよ。
人間が殺されたんだよ。
あなたが大切な一人のように、傷つけられ死んでいった人もだいじな一人のいのちだよ。

私たちの社会に巣食う 人間を奪う「優性思想」が、人が人を殺すことを正当化させている。それは「思想」と呼ぶことすら憚られる暴力の総念であると言える。誰か人が殺されること、誰かの魂を蹂躙することを、なんとも思わずに無視していく人たちがその行為を支持している。犯人を駆り立てた優性思想について、この社会は問わないまま突き進んでる。

(精神障害者であることを装い刑罪を軽くしようとした犯人の思惑や計画的犯行は、社会的には明らかにはされないままだ。
国は犯人の思惑は理解した上で確信的に見過ごし、「理由」のひとつとして追加して、精神障害当事者の差別を強め、具体的に監視する法律を強化しようとしていると私には感じられる。)


犯人は誰からも認めてもらえないと思って生きてきたのかもしれない。
誰かに認めてほしかったのかもしれない。誰かに「よくやってくれた」と言われたかったのかも。権力者たちに、差別と暴力を正当化する人たちから、自分を賞賛されたかったんじゃないの??
誰かに褒められるたえめに、誰かにお墨付きをもらうために。国家権力の座にある差別者と、そいつらに忠誠を持つことでしか自己を確立できない一般人が直結し、いじめの構造はヘイトクライムにまでなったように私は感じる。

政治家たちの暴言は失言と見做されなくなり、差別や暴力に対してお墨付きを与え続ける。そこに生きる意味を見出せない人たちが引きよせられ、暴力を体現するようになる。

そういう役割を率先してやってきた石原慎太郎氏も、身体の自由がきかなくなってきて、自分がしてきた言動に追い詰められているらしいと記事で読んだ。

記事:中島岳志さん 東京新聞【論壇時評】 2016年10月27日  
守るべき「弱くある自由」 「不要なもの」とされる恐怖
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/rondan/CK2016102702000244.html

中島さんの記事をよんで、なんというか改めて石原氏を始め差別者は不幸で哀れな存在だと思った。自分が差別してきたから、自分が自分自身に否定されるんだよね。そりゃ生きているの「こわい」よね。障害者は年をとって生きていったら、多かれ少なかれ身体の自由はきかなくなってくる。人は、「自分は永遠にその立場にいかないだろうから」とふんで、差別発言できるんだ。
(でも、だからこそ、自分は絶対にそうならないはず(と本人が思い込んでいる)のカテゴライズの人間に対しての差別がより火を噴くんだろう。出生エリアや、民族性や、性自認の定義からくる差別に人は加担しやすい気がする。無関心もより一層強い。朝鮮学校の子どもたちの修学旅行おみやげ剥奪事件も、ほんとうにあるまじきことだ。こんな社会で情けなく、申し訳ない・・・。)

それにしても、家父長制と男尊女卑のがベースの日本社会で自分を男性として定義し生きる人は、特に悔い改めにくいメンタリティを持っていると感じる。基本、競争があるし、勝ち負けがあるし、自分の体験を分かち合い語る文化が無いから。その一方で、権力にある座から暴言を吐きまくる男性中心の社会的強者から、「お墨付き」をもらった女性の暴力性は、すごいものがあるなといつも思わされる。例の女性議員の「生産性がない」発言には、本当に頭にくる。この人は、伊藤詩織さんのことも罵倒していたな・・・。
議員のおっさんが、「女は子どもを産む機械」みたいなこと言うのより、腹が立つんだけど、これも敵の思うツボで、悔しい。女性に言わせたほうが、女性同士でいがみ合うだろう分、おっさんたちは気楽なモンだ。そこも女性としての立場が利用されているけど(「女性の意見」的な)、この人をここまで権力に引き寄せたものはなんだったのかなぁとかも考える。


今回の「生産性がない」発言も、性的少数者への差別発言であると同時に、人間への、いのちへの冒涜だと思う。
だいたい人間は、国の生産性のために生きるわけじゃないし。ましてやお国の為に子どもを産み育てるわけではない。
一人ひとりの人間をなんだと思ってるんだよ!一人ひとりの命や人生は、国の道具やコマじゃないよ!

生産性があるとかないとか、誰が決めるんじゃ。と本気で思う。 
第二次世界大戦中かよ。気持ち悪いったらない。

ライターの小池みきさんの記事に、非常に共感したので紹介。まだ読んでおられない方は是非。
記事:小池みきさん 2018/07/22 12:47 note
「生産性のない人たちの支援は後回しだ」とかいうスーパーむかつく思想との戦い方
https://note.mu/mikipond/n/nd5ee09126075



目の前で起きる差別について、歴史歪曲について、流さないこと。きちんと伝えること。自分も差別をしていることが多々あることを肝に銘じて、考えるのをやめずに暮らすこと。ほんとうに、大切なことだと思う。

ナチスが600万人のユダヤ人虐殺以外にも、障害者や性的少数者やロマ民族を20万人という規模で殺したことも、関東大震災最中の朝鮮人・中国人の虐殺(日本の人も殺されている)が起きたことも、ほんとうにあったことなんだと現日本社会から肌で感じる。未来のそれを食い止めていくには自分自身と目の前にいる人たちと向き合うしかないのだと思う。

人が差別をしているとき、また周りがそれを見過ごすとき、それに対峙するのはやっぱりコワイけれど、それに同調するのは誰かの命や尊厳を奪う行為になる。そして、誰かの権利を奪う云々以前に、誰かを貶めることで上手くやれるような関係なんて、私は一切ごめんだ。自分に与えられているはずの人間としての尊厳を削り、溝に捨てるような真似はしたくない。それは私自身の人生と、このいのちを与えてくれた神様を裏切る行為になるからだ。

誰も私の生き方について、私以外に評価しきることはできないし、してほしくない。というか人間が人間に勝手にそんなことするのは許されない。
やまゆり園で優性思想による殺人行為の犠牲になった人たちの人生だって、そう。
生きていていいかわるいか、だれにも他の人間に評価される、ましてや命を奪われる謂れはない!!!

殺された19人の方たち。会うこともできなかったし、名前も分からないけど、忘れません。これからの自分の生き方に皆さんの存在が刻まれるように生きたいです。

19のいのち-障害者殺傷事件https://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/で、お一人おひとりのことが御家族や施設職員さんによって書かれています。

犯行者の行為を後押しするようなこの社会の風潮に、精一杯 抵抗していく。
誰かを誰かの都合で、その人の命や人生の意味をなかったことにしたり、ウソつき呼ばわりしたりすることを、私は絶対に許さない。







そこかしこで人間の尊厳が侵されている。

被災地をほったらかしにしたうえでカジノ法案決めてく、国会。山本太郎さんの怒りの質問に涙がでる。
被災地では猛暑でほとんど活動できないほどの状況らしい。(先日の新聞には熱中症で全国で21000人以上の人が倒れ、確認できるだけで一週間で65人もの人が亡くなっていると知った。)
みなさん、家族や隣人のいのちも失い、ケガをし、家をなくし、故郷の景色を失ったなかで、懸命に生きておられる。デマのフェイクニュースが人々を疑心暗鬼にさせる勢力がある。被災地に生きる人たちを支えようともしない、放ったらかしにして笑っている政治家たち。
原発が爆発しても、放射能は危なくないって言うし、沖縄の海を埋めて人を殺し儲けるための戦争基地にしようとしている人たちだから、ほんとうに人間の命や暮らしを踏みにじることをなんとも感じられないんだ。ということは頭では分かっていたけど、でもここまで、そうなんだね・・・。ほんとうに、そういう国なんだね・・・。
こんなにも腐敗しきった政治を、ほんとうにどうして私たちは変えられないのか。悔しくて悔しくてたまらない。


女性や子どもへの性暴力の横行と、それが問題として見做されない風潮がいよいよ極まっていることへの嫌悪感も募る。
東京23区で、ある妊婦さんに男子高生が近づいてきて「ひざかっくんしていいですか?」「なんでナカダシしたんですか?」と笑いながら言ってきたという体験をツイッター上でみたけど、今まで家庭や学校や職場で起きていたことの枠が拡がっているのを改めて実感する。私自身、電車の中で見も知らない学生たちにセクハラ発言されたことがある(その時は三人の男の子のなかでもイジリという名目で虐めがあり、二重に見ていられなかった)。見も知らない人にそれをやっても大丈夫と彼らが思えるのは、バレたとしても罰せられない社会だと見越しているからだ。
最近もらった「ふぇみん」の紙面に、痴漢は依存症だという記事が載っていた。競争社会で社畜化することを強いられている男性たちが、そのストレスから女性や子どもに性暴力をふるう。(女性からの暴力を受けている立場の人も勿論いるけれど。)
日本軍性奴隷制度の歴史的隠蔽と責任放棄は、今、私たちの社会にこんなにも現れている。

性交渉が愛にみちたコミュニケーションである世界は死んだのかって思う。
性への暴力、人間の尊厳の蹂躙と、支配欲。
それはもはや性欲ですらない。
富山市の集団性暴力事件も、加害者も警察の処分も絶対に許さない。
暴力による支配を正当化する彼らが、人間の恥を自覚できるようになるには、何が変わる必要があるのか。
子どもや女性を、そして人間を支配する対象としてしか捉えられないという認識が常識化するなら、シャレじゃなく人類存亡の危機だ。日本社会はこれ以上ない瀬戸際だ。ほんとうに、こんなことを看過しては未来は無い。

自分が変わっていくこと、一人ひとりが変わっていくことで、社会が変わる。その可能性を捨てないために、自分はどう生きるか。無念の死を強制された死者たちに、声なき叫びをあげている人たちに、そして未来を生きるはずのいのちに伝えられるものが、どうかありますように。今日も日が暮れた。今日も生きている。
想いを書きながら、祈りながら、最後まで生きぬく決意を新たにする。
2018/07/17

キリスト者として生きようとする一人として、イスラエルのパレスチナ占領と虐殺に抗います。

私は不十分で未熟な者だけれど、イエス様が私の主であり、いのちの根源だと信じているし、いつか真実のキリスト者になりたいと思って生きている。洗礼を受けても求道は続く。

今日は、賛美歌を歌っている十代の歌手の存在を知り、嬉しくなった矢先、そのひとたちがイスラエルを賛美しパレスチナの人たちのことを貶める情報を発信していることにショックを受けた。そういう人が多いのは分かってるんだけど、ああ・・・って思った。悲しい。歌っている映像をみて、ギターも、歌声も素晴らしく、とてもいいなと感じたものだから、なおさらに、せっかくみつけた宝物が人殺しの道具だったことを知ってしまったような 恥ずかしく悔しく情けない気持ちになる。
才能のあるひとたちは、その才能を いのちの主である神様に喜ばれるように使わなければいけない。
きれいな音楽で神を讃えて人の心をあたためても、その一方で人を殺す思想を賛美し、拡散することはいのちそのものである神様への冒涜だ。
信じている神様が違うように見えても、関係ない。パレスチナの人たちは人間だ。なにもかもを奪われて、殺され続けて、それでも人間として尊厳を求め続けている。解放を求めてデモをしただけで、どうして撃ち殺されねばならないのか。旗を持っているひとが撃たれる映像をみた。なんでこんなひどいことが何十年も起き続けるのか。
街を瓦礫の山にされ続け、狭いせまい土地に閉じ込められ、囚われ、無人機で殺され続けて。


主イエスは、こんなこと断じて許さない。
主は互いに愛し合いなさいと「命令」された。
神様の教えは至ってシンプルだ。

-神様に感謝し、神様が生み出されたすべてのいのちを大切にし、お互いに愛し合いなさい。悔い改めることをやめないで、世の悪の勢力(それは自分自身の内にもある)と闘い続けなさい。

それだけなはずなのに、その信仰を持っているはずの人間が、どうして無残に人を殺していく勢力に簡単に加担するの???


聖書のなかに書かれているイスラエルという単語。礼拝のときに交読詩篇などで、イスラエルを賛美するようなとき、いつもとても辛い。それは、この数十年のイスラエルではない、離散して苦しんでいるイスラエルであり、今のイスラエルではないと心の中で言い訳しながら読んでいる。現在のイスラエルは神に許されていないと私は強く思う。
キリスト教書店のなかにもイスラエルのパレスチナへの占領と虐殺を無視した、イスラエル本は多い。パレスチナの人たちを殺し続けるイスラエル軍や政府を、「人道的」であるとする「クリスチャン」の罪はより重いと、私は信仰者の末端のひとりとして思う。

イスラエルの蛮行は宗教戦争ではなく、軍事と占領、戦争の問題だ。
麻生太郎をはじめ、クリスチャンだと名乗る権力者は多い。しかし、主イエスはこういう連中と闘い続けたから十字架刑にされた。戦争をするときに、聖書に手を置き、「正義の戦争」を宣言する歴代の米国大統領たち。神をも畏れぬ冒涜である。
「自分たちだけは間違っていないと過信するな」と、「一番愚かであるからこそあなたたちは(私も)選ばれたのだ。悔い改めて神が求める道を歩みなさい」と。そういう神様への畏怖と生かされている感謝を覚え、またこの人の世の罪を自分の罪として向かい合う必要がある。それが主をイエスだと言い表す最低限のラインでは無いのか。私自身、自戒を持って歩まなければならない。

実際は殺している側なのに、無視して差別している側なのに、あたかも自分は理解があるようなふりをしている人間にはなりたくないと思っているが、実際はそうなってることが多いと思う。
土壇場で「自分は関係ない」って思ってることが出てしまう。それは差別であり、自己正当化だ。自分は大丈夫と思っていると、知らないうちに人を傷つけている。社会は酷いものだけど、自分だって例外じゃない。己の中だけでも罪はいくらでも繰り返されている。自分を正しい存在だと安心しきって、知らずしらずのうちに隣人の心を傷めつけ、それにも気付かずにいることも起きているはずだ。いつも、肝に銘じなきゃならない。遠くにも近くにもおなじ空の下で虐げられ奪われる人たちがいる。その声なき叫びを聞こうともせず、考えず暮らすことは、権力や戦争に罪悪感さえ持たずに加担する生き方だ。これは、主イエスが私たちに求める生き方と真反対のはずだ。

アウシュビッツを、ホロコーストを経験した人たちが、国家となったら、今度はパレスチナの人たちを文字通り滅ぼそうとしている。これは人類の愚かさと悲劇の象徴でもある。何が彼らをそうさせているのか、野放しにさせ加速させているのか、今いちど考えなければならないのではないか。いじめられた人間は、痛みが分かる分 人をいじめないようになると思われやすいが、より暴力的に他人を支配しようとする場合がある。ストレスを受けた人間が、だれかにそのストレスを横流しにする。一番弱いニワトリがいじめ殺され続けるように。その原理は私自身の人生からもよくわかる。虐待が虐待をうみ、ハラスメントは連鎖する。日本のいじめやハラスメント、貧困や差別の連鎖がヘイトスピーチをヘイトクライムに進めてしまってきた経緯と、イスラエルやヨーロッパの右傾化、難民への蔑視、黒人差別の巻き返しの状況は どこか連動しているように感じる。

しかし、そうした悪い連鎖の中でも、それに抗う人たちは存在する。死刑囚の解放を求める被害者遺族もこの世界には何人もいるしし、9・11の被害者遺族にもアフガニスタンへの攻撃に反対する人たちがいたのも確かだ。2010年にあったパレスチナへの支援船 レイチェル・コリー号のイスラエル軍襲撃事件のときも、たしか、ホロコースト体験者の方が乗船していたと記憶している。この方は、どのような想いだっただろうか。想像に余りある。
河野義行さんも、松本サリン事件の被害者であり警察による冤罪の被害者でもあるが、死刑に反対され、死刑にされた人たちに面会してこられたという。
(記事:http://www.jprime.jp/articles/-/5912

受けた暴力を、暴力で返したり、だれかに八つ当たりしないで昇華させてきた非暴力の精神を想う。
ガンジー、キング牧師、そして阿波根 昌鴻さん(あはごん しょうこうさん)。
琉球沖縄が非暴力の道を切り開いてきたのは、ほんとうにすごいことだと思う。

人間は、強さと弱さの極限を持っている。どちらを選ぶかは、境遇もあるがやはり一人ひとりに委ねられている。それが人間の尊厳だ。選択が間違っても、心から後悔できるようになれば、人は生き直せる。そのためには、他者の寄り添いや語りかけが必要だと感じる。

今、私の頭の中には、中国の撫順(ブジュン)戦犯管理所で過ごした元日本兵の人たちのことと、米国の海兵隊だった故 アレン・ネルソンさんのことがある。そして、もうひとつは沖縄の読谷村 チビチリガマを「肝試し」と称して荒らした少年たちのこと・・・。
少年たちは、人々に見守られて、チビチリガマがどういう場所であるかを学び、金城実さんと野仏をつくり、慰霊祭では遺族へ自分たちのしてしまった罪を悔いている手紙を書いたそうだ。
社会のなかで抑圧されているひとたちが、また違う誰かを抑圧したり、暴力をしたりする負の連鎖を止めようと、少年たちの近くにいき、やったことを自覚できるようにさせた沖縄の方たちは凄いと思う。死刑制度と正反対の思想と実践だと感じる。ヤマトの人間である私は、自分が生まれ育ってきた社会でこうしたことがやれるとは残念ながら、思えない。
「なんてひどいことをしたのか」とか「哀れな連中だ」と自分と切り離すのではなくて、「自分たちの社会がこういう子どもを存在させていることに責任を感じている」と共に過ごし、遺骨を踏み荒らした彼らに働きかけてきた方たちの愛は、すごいとしか言いようがない。


信仰は「自分を正しい」と思い込むことではなく、自分を問い続け、悔い改め続けることだと思う。

相手が自分にとって都合よく変わることを祈るのではなく、まずは、己が神様が望まれるように変われるように祈ること。自分が変わることで相手に示していけるよう、そういう力を自分に与えて頂けるように祈りつつ歩むことが私には必要だ。とても難しい。聖書にあるとおり、ほんとうに、愛とは寛容であり忍耐そのものだ。愛ゆえに決心して対話しなければならないとき、楽な関係ではいられないこともある。だれかを非難するだけでは、自分の弱さと向きあえない。自分の非を認めていかないと相手は言葉を受け入れない。

神様が私に望まれていることは何なのか。神様が今、なぜこれを他でも無い自分に体験させているのかをいつも考え、祈りつつ応えられるようになるため御言葉にきき、祈り求め、歩まなければならないと強く思う。


宣教師であるスタンレー・ジョーンズ博士が、ガンジーに 
「キリスト教がインド社会に土着するために、キリスト者はどうすればよいのか」質問したとき、
ガンジーは、「まずあなた方すべてのキリスト教徒が、宣教師であってもまた誰であっても、イエス・キリストのように生活することである。」と言ったそうだ。
 (榎本恵牧師 『石ころも叫びだす』いのちのことば社 p151-152より)

それを自分の人生でいつか実現できるよう希いつつ歩む。


イエス様は本当のところ、このような状況の人間社会にものすごく怒っておられるだろう。それでも愛を持って導いて下さっている。「私は罪びとのために来た」と言ってくださり、愚かな人間でも悔い改めれば変われると信じてくれているから、待ってくださっている。変わらぬ愛をもって、導いてくださっている。

神はすべての命の根源である。隣人には寛容にならなければならないが、いのちの世界を壊し、人間を殺すことを厭わない権力に対しては真っ向から闘わなければならない。(社会運動しろって意味じゃなくて、真に生きるということ。)
人の世の罪悪が、構造的暴力や無関心にあること、暴力の正当化にあることを知らずに、主イエスのようには歩めない。
すべてを支配する力を持っていながらも、それを使わず、いつも座って静かに語りかけ続け、無視されてきた弱くされたひとたちを訪ね癒し、解放された主イエス。私も泥沼のような人間の苦しみから、主よって支えられ光の世界に向かって解放されたひとりだからこそ、まだ囚われている一人のために生きなければならない。

どのような戦争も差別もこれ以上、許したくない。自分も加担者であるという苦しみを忘れずに生きるためには、神様の御守りと愛が私には必要不可欠だ。空気がないと水がないと生きられないように。人の世に愛がなくても、光がなくても、それはすべての命の最も近い場所におられる主イエスから来る。信仰のあるなしに関わらずどの人にもそれは与えられているが、気付くか気付かないかは一人ひとりに委ねられている。


私は旧約聖書と新約聖書から成る聖書を御言葉とするキリストの信仰者の一人として、イスラエル政府のパレスチナ占領と民族虐殺の正当化を絶対に許しません。(旧約聖書のみの信仰のユダヤ教だって、今のイスラエル政府のやり方はおかしいって人は必ずいます。)

イスラエル政府・軍隊はパレスチナ民衆を殺すのを今すぐ止めて、軍事占領ではなく対話を始めなさい!
日本政府はイスラエルにODA支援してはいけません!税金を人殺しに勝手に使うことは許しません!
コカコーラもスターバックスもハーゲンダッツもイスラエル支援企業です(他にもいろいろある)。ボイコットしましょう。

もちろん日本の国家がやってきたこと、やっていることも許されません。

国家の正義ではなく、神様の正義が実現しなければなりません。
国家の正義なんて戦争という暴力と支配の正当化でしかない。

私が、国境を越えた全ての信仰の同胞と改めて共有したいこと。それは、イエス・キリストを信仰する者であるならば、すべての戦争と差別と暴力に抗わなければならないという当たり前の原則です。声なき声を聴くために、自己への慢心ではなく、自分にある罪への恥の感知と悔い改めが求められています。
自分ではなく、自分の内におられるイエス様を信じる。相手の内におられるイエス様を信じる。誰一人、見殺しにはできません。

ほんとうに難しい生き方だけど、主イエスのように生きるっていうことは、暴力的な人間の世に徹底的に愛で抗い続ける生き方だから、そこは覚悟を持って、お互いに励ましあいながらがんばっていけたらと思います。すべての教会が主にのぞまれた教会になりますように。

読んでくださってありがとうございました。


音楽は、塩谷達也さんと美和さんの You set me free を。



You set me free 歌詞
対訳:
※主よ、あなたは私を自由にして下さいました
 燃えるような聖霊を与えて下さいました
 あなたの愛を感じます
 今、私もあなたを愛します
 主よ、あなたは私を自由にして下さいました
 燃えるような聖霊を与えて下さいました
 初めにあなたの愛がありました
 いのちの限り あなたを愛します
 私を世に遣わせてください
 人々にみことばを伝えるために
 かつて私がそうだったように
 今も暗闇の中を何とか生きている
 人々のために
 私を世に遣わせてください
 よき知らせを広めるために
 かつて私がそうだったように
 今も暗闇の中を生きている
 人々のために
 あなたの御名を口にしないではいられません
 あなたの愛を歌わずにはいられません
 私は唇を押さえられません
 なぜなら・・・・・ ※repeat

2018/07/14

八方塞でも地面と空


気持ちが話せること

トモダチじゃなくて、友達と話した後は息がホントに楽になる。
なんにも状況は変わらないはずなのに、どうしてこんなに?って思うくらいだ。
不思議に自由になれる。
さっきまで袋小路で八方塞で真っ暗な闇の中にいた心なのに、気持ちが清々しくなる。

思ったことや感じたこと、そのまま話せるってのがいいんだろうと思う。

森田ゆりさんの『気持ちの本』という絵本を持ってる。
こう書いてある。
《誰かが、分かち合ってくれたら、喜ぶ気持ちは2倍に、悲しい気持ちは半分になるよ!》って。
これ、人間の真実のうちの一つじゃないか?と読むたび思う。

友達と話していると、久しぶりでもしみじみ安心できたり、もうずっと前に分かってたはずのいろんなこと思い出せたりする。そういう関係がどれだけ稀有なものか、歳を重ねるほど有難さが沁みてくるかんじがある。「それでいいよ」って時も、「それは違うんじゃない?」って時も 気持ちを伝えてくれる心強さといったら。その人にしか言えない、いってもらえない言葉がある。

お互い生きてるからこそ、今の自分と今のその人で話ができるわけで。
なんとかそっちの世界をサバイヴしてくれてるから、また話せたから、「生きててくれてありがとう」って思う。
「あなたが この今を生きていてくれてることが私の希望です」と心から思う。
私も生きてられてよかった。
子どものときは学校ではいつも寂しかったし、大人になってからも重苦しい時期があったけど、それで今 感じられることもあったりして。人生わからんもんだ。でも、そういう重苦しい時のことを、聴いて受けとめてくれた人たちがいてくれたから、なんとかここまで荷を降ろせてきたんだなとしみじみする。仲間にも恵まれた。

世界でたった一人しかいない一人ひとりの大切なあなた方、居てくれてありがとう。
無事でいてください。祈っています。
出逢わせて下さった神様に、とてもとても感謝しています。



誰かが話す為には、聴く人が必要。


聴いてもらえるのは勿論ありがたい。でも、話してもらえるってのも、幸せなことだと感じる。
「このヒトは聞いてくれそうかも?」ってちょっとだけでも、どこか信じてもらえたってことかなぁって思うから。
最近は、「きいてあげなきゃ!」より、「今、何を感じてるのかなー」って思うようになった気がする。どんなに近い間柄でも言葉にしなきゃわからないことだらけだ。話し合うことは大切だと、つくづく思う。

おとなにしてもこどもにしても、想いを話すのは勇気がいることだから、せっかく話してもらえたことは、少しでもちゃんと受けとめられるようになりたい。歴史や事実の生き証人としてのサバイバーや各地の当事者の方たちの声も、身近な人も、一期一会の人も。諦めながらもどっかで人間を信じる勇気をだして、みんな声にしてる。

話し始めてくれた一人をそれ以上独りにしないために、もっと受けとめられる人になりたい。直接の対話じゃなくても、読んだり見たり書いたり話したりしながら、ほんのちょっとずつでも、聴こうとしたい。信じてもらった者として、何らかの応えをしていかな!と思う。

(子どもたちが一生懸命に話そうとしてくれてるときの、「えっとね、えっとね、」を待てる大人になりたい。
 子どもたちが与えてくれるエネルギーは、ホントにすごくて、毎度 感動する。
 ※もちろん待てない時や素通りしちゃう方が多く、そのたび反省と自己嫌悪ですが・・・。)

読んでもらえるかもしれない感謝


こんな一人言でも、世界のどこかに読んでくれている人もいるかもしれないと想うと、書くことができる。
そんな人が実際いるのかは分からないけど、もしかしたら誰かが読んでくれるかもしれないから、気持ちを書くことができます。
稚拙でもなんでも、気持ちを書くことができるから、生きられています。このブログを読んでくださっている方、お一人おひとりが誰か知ることも出来なくても、今読んでくださっているあなたの存在が、私を支えてくださっています。本当にありがとうございます。

こんな世の中で、心身を保ち生きてくことは大変だけど、おかげさまで、「もうすこしもうすこし」って息継ぎしながら、なんとかやってけそうです。
どこもかしこもお暑いので、水分はもちろん、塩分補給もお忘れなく。(飴が苦手な方は、塩分タブレット!個包装のがおススメです~)

何はなくともどうか御自愛くださいませ。

わたしも人生初のぎっくり腰から低空飛行です。いや~痛かった!
身体が動くって、歩けるって、すごいこと・・・。

 ぼちぼちいきますーー


2018/07/11

大水害の最中に酒盛りをしていたアベ政権(自民党)。許せない。

首相を始め、アベ政権の中枢にいるやつらを引き降ろさないと、この国の住民の命を守ろうとする姿勢を政府が持つことはないだろう。多くの人が大洪水で苦しんでいるのに、その最中にも大宴会して、外遊したいがためになんの決断もしないで家にいて。政府としてやるべきことをやらない以上に、こんなひどい態度をしていいわけない。すぐに動いていれば、助かった人だっていたかもしれない。沈まないでいい家だって、田畑だってあったかもしれないじゃないか!

絶対に絶対に、許してはいけない。体中に怒りが渦巻く。

私は、現政権ののさばりをこれ以上 許せません。


【記事】社会問題に関する話題……本と雑誌のニュースサイト/リテラ http://lite-ra.com/

 特集1/何が「国民を守る」だ!ヒドすぎる安倍の災害対応
・ 安倍が災害無視し極右ネットTVに
・ 堤防決壊で自民党ネトサポがデマ拡散
・ 九州北部豪雨も安倍首相は帰国せず!
・ 安倍訪問中止の意図を予定国大使館がRT
・ 安倍が森友加計追及を鈍らせるため震災を政治利用
・ 官邸が震災の早期対応を拒否し政治利用
・ 安倍首相が震災対応よりTPPを優先
・ 安倍子飼い松本文明が地元職員にも暴言!
・ 安倍が被災者より先に自衛隊を激励!


自衛隊は全ての軍備を放棄し、人命救助専門の組織になるしか未来はありません。彼らは「国民」のいのちを守ろうとしているのだと思いますが(そもそも「住民」を守るという認識の変革が必須です。自分の民族さえよければじゃアウトです。)、そもそも軍隊は国民を守りません。守ろうともしない。先の大戦で、特に沖縄戦や各地の大空襲、原爆投下でそれは立証されています。


【記事】安倍首相の豪雨被災地ないがしろは続いている! 災害対応よりカジノ優先、宴会参加の官房副長官は自治体に責任転嫁
http://lite-ra.com/2018/07/post-4117.html

【記事】  共同通信 2018年7月10日https://this.kiji.is/389369291319641185?c=

【記事】 無料公開の愛媛新聞記事 2018年7月11日 
https://pbs.twimg.com/media/DhzN5bmU0AAiON0.jpg:large


【ツイッター】Spica@肉球新党さん https://twitter.com/YasukoKakuani 
大阪地震の時、視察に行って自衛隊が設営したお風呂の前で女性に声かけ。これほとんどセクハラ。おまけにテロップ見て下さい。「声を掛けられる安倍首相」となにげに敬語。この写真、炎上したら削除されました。







こちらの記事もどうぞお読み下さい。難民を強制収用して虐待し、自殺や病死に追いやる日本の入管は、ほんとうに酷すぎます。
発信し続けておられるジャーナリストや支援者の皆様がいます。



【記事】“不法滞在者”か“難民”か? ~19歳クルド人 日本への告白~ 日向史有 7/6(金) 9:30
https://news.yahoo.co.jp/byline/hyugafumiari/20180706-00088225/

※限定公開動画ですのでお早めに。「19歳クルド人男性 日本への告白」ドキュメンタリー映像。



【記事】 難民と日本人との結婚は認めない!?収容施設に拘束、自殺未遂に懲罰で追い打ち―東京入管の暴挙が酷すぎる
志葉玲 7/11(水) 11:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20180711-00088951/

【ツイッター】難民支援を続けられている織田朝日さんのツイッター
 https://twitter.com/freeasahi


【入管への抗議 送付先】
 東京入国管理局(局長宛)
  108-8255 東京都港区港南5-5-30  FAX 03-5796-7125
 東日本入国管理センター(所長宛)
  300-1288 茨城県牛久市久野町1766-1  FAX 029-830-9010


​ 現在、入管収容がますます長期化しています。当局に抗議文を送ってください! はがきまたはFAXを推奨します。以下の文例や、後掲のデータを参考にしてください。

▽ 長期収容は重大な人権侵害です。すぐに停止を!
▽ 市民の税金で人権侵害をするのをやめてください!
▽ ビザがないことよりも無期限収容のほうが不法だ!
▽ いつまた死者が出るかもしれない。長期収容反対!
▽ 憲法理念や国際人権規約は無期限収容を許さない!

  https://pinkydra.exblog.jp/27286804/より転載。



現日本政府は、人間のいのちについて、尊厳について、なんとも思っていません。
難民として必死の想いで逃れてきた人たちに対して、「不法滞在者だ」と脅迫し、虐待し続け、子どもたちから夢を奪っている。こんな社会のなかでも、やっとその人たちが辿り着いた生活を奪って・・・。
見てみぬふりは明日が我が身だと心から思います。立場の違う人への国家の暴力を許しては、自分たちにとっても酷いことが起きてくる。いや、もう起きている。


どんなに酷い天災があっても、人災があっても、「日本人」だから守られるわけでもない。3・11以降それがいよいよ明らかになっています。結局、権力の都合で、利用され、簡単に見捨てられてきている実態があります。天災だろうが、死刑だろうが、原発による放射能汚染だろうが、軍機の墜落だろうが、戦争だろうが、この社会に生きるすべての人誰もが当事者になりうることです。
「関係ない」人なんて、地球上にどこにもいない。
自分や身近な人でなけりゃ「良かったね」で済ますような社会はもうやめようよ。

こんな人命軽視の政府に、自国の政治を任せられません。
そして、こんな人道に外れた政府を許す社会ではいけません!

このままじゃいけない!ほんとうに取り返しのつかないことになります。
私たちは、いよいよ岐路に立っています。

現政府が人命や権利を守ろうともしないなら、ちゃんと人命を守ろうする政治を実現できる政府を求めるよりないのではないでしょうか。国会前に抗議に行けなくても、家族や隣人と事実を共有し、対話を始めるしかありません。想いを表明することは、こわいことかもしれない。けど、黙ったらもっとこわいことが起こります。自分や目の前にいる人が、子どもが、渦中になって「助けて」と叫んだって、その時はもう遅すぎる。

今 話はじめなきゃ、応えなきゃ、未来はいよいよ真っ暗闇です。
「頑張る」って言葉、個人的には苦手だけど、ここで踏ん張らなきゃ戦後民主主義は死に絶えます。 なんとか、なんとか一歩ずつ踏み出そう。 頑張ろう!

2018/07/08

どうしようもないときに


私は自分の住んでいる家がまだある。家族も無事でいる。大切なひとの命が失われたとか、安否がわからないとか、その状況がどれだけ不安で苦しいか、その喪失は想像もつかない。でも、息もできない思いだろう・・・。

私の家には、高価なものはない。でも、多くはなくても集めてきた大切な本とか服とか私の持ち物が詰まってる。
親が作ってくれた赤ちゃんの時のアルバムとか、自分で撮りためてきた写真やデータとか、大切な人からもらった思い出の物とか、日記やノートに記録された、今はもう亡くなった人との対話とか・・・。買ったものも、もらったものも、自分の手元にあるものはどれも経過があって、選び取って残してきたものだ。よく考えたら、自分の家にあるものは、みんなだいじなもので、かけがえのないものだった。「家は暮らしの宝石箱でなければいけない」という建築家の言葉もあった。その意味を噛み締める。

そういう私を取り巻き、私を私と為しているものが、いっぺんに沈んだら私はどうなるのか・・・ 
記憶の箱である家、そして愛する人々を失ってしまったら、私は今の自分を保てないだろう・・・

ネットでの新聞ニュースに命からがら助かった方が、飼い犬を助けられなかったとうな垂れていたと報じられていた。
ずっと一人と一匹、一緒に暮らしておられたのではないか。心中いかばかりだろうか・・・。
わたしも今ネコと暮らしているから、その切なさが伝わる気がする。
でも、「分かる」というのも言えない。言いたくない。分かるわけなんてない。
せめて、心を、感じようとする。でも何の役にもたたない、足しにもないことに思えて、途方にくれる。

まだ、こちらにはある日常の暮らしの恩恵が申し訳なく、どんな慰めの言葉を発しても、その当人が読むかもしれないと思うと、自分がとてつもなく無神経な存在であることに気がつく。しかし、それを承知でも思いを書かずにいられない私は、愚鈍で有害と言われても仕方ない。それを承知で文章を公開している。申し訳ないと感じる一方で、そうとしか生きられない己がいる。

子どもの頃、遠い祖父母の家へ帰省する車の中、高速道路の渋滞のなかで、毎回のように 「この全ての車にそれぞれの家族で乗って、それぞれの会話があって、それぞれの目的地に行くんだなぁ」としみじみと、その不思議さを感じていた。田舎に住んでいた私は、マンションが立ち並ぶ土地を眺め、「あの小さく見えるお部屋のひとつひとつに、それぞれの家庭があり、生活の時間があるんだなぁ。」と。
私は私でここにいるけど、他の車の人からみたら、ただ一瞬 横に止まってるだけの、関わるわけもないただの車なんだなぁって。

大水に沈んだ家々の屋根が、沈んだり埋まってしまった車たちの写真が、突きつける胸苦しいものをどう言い表せるか。
文字通り、言葉も無い。




絶望しきっている人の魂の叫び。希望も生活の前提も当たり前も壊された多くの人たちの嘆き。
どんな音楽も文学も絵画も、勝手な共感も、祈りも、苦界にいるその人には簡単には届かない場合もある。
善い可能性も確かにあるだろう。けれど、それも吹き飛ぶ失意。失望。当人にしか分からない痛み、苦しみ。
どんなに心配し、愛し、近く寄り添おうとすることはできても、全てをほんとうには理解しきることは どうしても不可能な人と人。
人間と人間の関係の限界。

それでも、渦中に居る方の苦しみを、想像することを最初から諦めて、投げてしまうのは人道上お話しにならないから、せめて、想おうとしている。

いつか、いつか癒されますように。
いつか、歩き出せますように。
いつか、いつか、いつか。
できるなら、その人の命の力が残っているうちに早く。







私の信仰、それは
命そのものである主イエスが、すべての人、すべての生命の奥深いところにおられ
一人ひとりの人生のなかで受ける全ての痛み苦しみを、イエス様はその一人と同時に味わい、苦しみ、その上で憐れみと愛を持って、決して諦めずに導き続けてくださる・・・というものだ。人間には不可能な慰めが、主にはある。そして、その恵みを本当に実感するために、人は人の間で出来ることの精一杯を実行して、お互いを本気で大切にしあわなければならない。あまりの苦難に生きることを本人が諦めていても、周囲の仲間がその人を見放さず諦めず主イエスの元に連れてきたからこそ、聖書に記されている奇跡はその本人に起きたのだから。


戦争は人間が起こしたものだ。原発事故も。人間は、特に国家権力は愚かだ。その罪は計り知れない。
しかし、何がどうなったかは事実として浮かび上がってくる。

では、天災は? 何故いま自分の身に起きたのかと犠牲者や遺族は天に問いたいだろう。

私は神様を信じているけれど、3・11から3年後の後の宮城県荒浜に立ったとき。
青い空と、どこまでも広がる海、白い砂浜を一望したとき、
「かみさま、なんでなんですか」って痛烈に思った。
洗礼を受けて、二ヵ月後の2014年の2月だった。

そして、そこでいっしょに行った方たちと円になり、順番にそのままの気持ちを、祈っていった。

天地も人も、全ての創造主である神様。
神様は、こんなにも人間を愛してくださっているのに。どうしてこんな悲惨なことが起きるのか、わからない。
そもそも神様の考えておられることは、私なんてちっぽけな人間には到底分からないのは承知だけど、それでも。

気候が変わって異常気象が次々起こっていること、河川や街の作り方、森や山を切り崩してきたこれまでの人間社会の変化。
どこからどこまでが天からのもので、ここからどこまでが人間の災いか、いよいよ分からないとき、
私はその渦中になったとき、何をどう整理をつけていけるのだろう。
今感じている神の愛を、証できるだろうか。やり場のない怒りやかなしみをどうするだろうか。まだ、生き残った家族や友がいるとしても、それからを生きられる力があるのだろうか。

昨日は、旧約聖書のヨブ記を通して読んだ。 これまで、はじめのところしか意味が分かってなかった。
いろいろ想うんだけど、うまく言葉にならない。

今、思い出すのは、遠く離れた近しい人の安否が不明だったとき、無事が分かるまで必死で祈り続けた幾度かの経験。
その時々の私の祈りは幸運にも叶った。
けれど、叶えられなかった祈りは・・・ 必死で祈った後に、自分が大切な人が「奪われた」とき、故郷の家を突如 流され家族が路頭に迷ったとしたら、私はどうなるのだろう・・・。自信はない。今ある信仰を、証できなくなる可能性も大いにある。

でも、それでも、私には他に術が無い。
人の命は寄る辺がない。この人さえいてくれたら、なんとか生きていけるというような愛する人がいても、その命がふいに失われたとき、自分はどうなるか。愛する人を永遠に失うかもしれない、そのリアルが迫ってきた瞬間、全ての前提が吹き飛び、「どうか助けて下さい」と神に懇願し続けた。もしそしその人の命が失われたら、自分はその人がいない世界を生きていかねばならない。それはあまりにも恐ろしいことだった。神様に頼らなければ、私はまたいつあの激しい不安と苦しみ、そして場合によっては絶望そのものになりかねないこの世界を生きることは到底、出来ないと痛感した。そのことの恐怖を実感した夜の翌朝、私は教会に赴いた。
それまで、信仰を持つと決めたのに、1年以上ぐずぐずと教会にいかなかったが、相手の無事が分かり極度の緊張と恐怖とから解き放たれたときに、「もし今の信仰がない状態の自分で、ほんとうにこの人の命を失っていたら、私は今後 生きていられなかっただろう」と理解できたからだった。

その数年前、私がこれまでの人生で最も孤独を感じ、生きることが重苦しく辛かった時期、その頃の私は、まだ神を知らなかった。いや、信じたいと教会にも通っていたが、救いは見えなかった。自分が元凶でそれまでの人間関係が崩れ去っていき、人生で経験したことの無い孤独を感じる中、自己嫌悪と後悔の嵐のような日々、なんとか命をつないでいた。比喩でなく本気で息も絶え絶えになり、胸は痛み、身体は強張り、眠れず、眠れば信じられないようなリアルな悪夢の連続で疲弊しきって目覚める。起きたのに体力は全く残っておらず、激しい眩暈に一日中 唸りながら布団に倒れていた。2分が1時間にも感じ、一日は長かった。
食事は自分で買うことも用意することも出来ず、なんとか夜に一日一食だけを近所の店で日替わり定食を食べて保っていた。夜の家路にあった光る標識を毎日眺めながら、自分はいつまで生きていなければならないのかと呆然としながら歩いていた。予定白紙のカレンダーに一日おわったら、その日の欄に丸をつけることだけ。生きているのが辛くて辛くてたまらなかった。
それでも自死だけはできなかった。
家族や大切な友は寿命が尽きるまで、「自分の力不足で自殺したんだ」と思って自分自身を責めると思うだけで、親や弟妹が気の毒だった。元気だった頃の自分が友人に「死んじゃダメだ」と偉そうに言い続けてきた手前、その子だけは裏切れないとも思っていた。もう亡くなってしまった大切な尊敬するあの人に、あの世で会えたとしても、口もきいてもらえなくなるのは辛すぎるというのもあった。

あの苦境の中でも、なんとか命をつないできた自分は、「死なないだろう」というある種 自信のようなものがあった。
しかし、たった一人の大切なその人が、やっと安心でき始めたこの日々が失われるかもしれない局面で、不安と恐怖でパニックになった。親に泣きながら電話をし、警察に問い合わせた後、自分も必死で祈り続けていた。数時間後に無事が分かったときに、自分の日常は崩れることがあるということが恐くなった。それまであった「自分は自殺だけはしない。できないんだ。」という自信は一瞬で消え去り、自分がどんなに生きようとしても、いのちの灯火が消え行くその瞬間をリアルに感じた。

「プカプカ」という歌をを歌っていた西岡恭蔵さんが、「グローリーハレルヤ」という歌を歌っていた。https://www.youtube.com/watch?v=wsAr_gJxyOI
彼は「生きよう」と呼びかける歌を作っていた。音楽の力を誰よりも感じていた一人だと思う。でも、西岡さんはパートナーの方が亡くなって、彼女の三年目のご命日に自死された。どんなに思い止まろうとされていただろうか・・・。お苦しかっただろう。

大切な人を失うのは、それが寿命を全うしたものでも、超えられない苦しみだ。
まして、突然、予想だにしない災害で、最愛の人を、親を子を友を失い、生活と思い出の全てを押し流されたら・・・?


被災された方たちに、今自分がその渦中にいないことで、できることがなにかあるのだろうか。自分が、今ここで、なんとか暮らしていることが、今を絶望している人たちに何をできるか。募金とかもあるんだろうけど、今は祈ることしか思い当たらない。自分にやれることに気付いて、それをやりきっていける力を与えてもらえるように、祈る。


神様、一人でもいのちが助かりますように、私はここで強く祈ります。
家族を亡くされた人、ケガをされたり、だれかの安否に不安と恐怖を強く覚えている人。生活のすべてを奪われた人、住んでいた町の姿すらもうない、想像を絶する苦しみや絶望。私には到底 実感できません。でも、その体験をされている一人ひとりの命の内にイエス様が共に居て下さい。言葉になりえない慟哭のすべてを感じ、共に痛み、理解し、励ましてください。
どうか被災されたお一人おひとりが、こうした絶望の深遠から、いつか生きる気力を与えられ、未来に歩みいけるように、
被災していない人間たちがやるべきことの全てををやり、みんなで力を合わせていけますように。
人間がおなじ社会に、世界に暮らす他の立場の人を置き去りにしないように導いて下さい。
東北の方たちをはじめ、各地の被災者の皆様は、オリンピックにむけてのお祭り騒ぎに、一様に置き去りにされていると感じているのではなかろうかと想います。
誰も置き去りにして、無視していかないように、神様、どうぞ人間の間にあなたが与えたもう 善き力を私たちが発動できるように想像力と思慮深さ、そして実行していく力をお与え下さい。天災に乗じた人災が、悪意からも善意からも混乱からもどうか起きませんように。

体験した辛い出来事を、いつか涙と共に気持ちを誰かに話して、悲しみを表現し、それを聞いた人が心をあわせて、閉じ込められていた悲しい怒りに満ちた心の重荷を少しでも 降ろすことができる日が来るよう、わたしたちが助け合えますように。

だれも孤独ではないように、主イエスがすべての方の命の内におられ、その痛む魂の叫びをを同様に感じて下さっていることを信じます。
どうか、人間には誰一人として不可能な主からの慰めへ、一人ひとりに辿り着きますように。いのちの火の、そのリレーが途切れませんように。神様の愛がお互いを支えあう人間の関係に宿り、その方を癒されますように。



神様、お願いします。どうかこれ以上ひどいことが起きませんように。
喪失に生きる気力を失っている人たちを、生かしめてください。









※今朝は、考えが足りない気軽な投稿をしていたのですが、恥ずかしくなり消しました。私のこのブログなど、だれも読んでないだろうなとも思うんだけど、もし読んでて気分を悪くさせた方がおられたらごめんなさい。



2018/07/07

各地の水害被害、お見舞い申し上げます

各地で水害に遭われている皆様の生活が心配。心からお見舞い申し上げます。
どうか無事でいられますように。天候が落ち着き、水が引き、一刻も早く生活が立て直せますように。

私の家族が住んでいるのも西日本のため、気にかけて連絡してくださる方たちがおり有難い。電話をしたところ、水に沈んでいる道もあるが、なんとか買い物には行けたそうだ。

このような災害が起こり続ける地球環境の不調和に、気候変動(温暖化)が原因として大きく横たわっているのだろう。
この国の政府の経済最優先・米国追随の姿勢も、この社会の生活スタイルにも責任の一端があるのは明白だが、実際に被害に遭うのは一部の逃れることのできない普通の人たち。「自分さえ関係なければいい」では大変なことになる。最近、これまで言葉で知識として知っていた様々な恐ろしさを、肌で実感し続けている気がする。


2018/07/07

七人の命を奪い、死刑は執行された。

オウム真理教の殺人の罪、サリン事件の罪は重い。多くの人の命を奪い、人生を変えてしまった。許されないことをした。
しかし、絞首刑になって、終わりになるものなのか?
そういう人たちがどうしてそれをしたのか、考えることを放棄していいのか?

では、人を死に追いやり、人生を奪った罪が死刑になるしかないならば、
旧日本軍の全責任がある男を崇めることを国民に刷り込み、違和感を口にする者は捉え殺し、その信仰を強制し、アジア・太平洋地域で「人々を解放する聖戦」と銘打って、侵略戦争(植民地支配も含む)をやった軍国であった日本国家に罪は無いのか?
数え切れない蛮行や殺人の精算を一切放棄している日本社会に罪は無いのか?

本当に裁かれるはずの人物に罪を言い渡した、女性国際民衆法廷(2000年)http://vawwrac.org/war_crimes_tribunal。そのドキュメンタリー映像をNHKが放映するとき、番組に権力からの横槍がはいり、編集映像の内容が改ざんされた事件があったことを思い起こそう。

 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク (VAWW-NETジャパン 2005年1月抗議声明)http://vawwrac.org/nhk01/nhk03_03
その当時は議員だった安倍晋三がしたことを私は忘れていない。

この国の旗は血の丸だ。

なんかヤケクソだけど、生きていくしかないぜ!みたいな気持ちが高まり
アーバンギャルドを聴いている土曜日の昼。

松永天馬さん、浜崎容子さん、アーバンギャルド!言葉と歌をありがとう。

生きているから新しい季節を迎えられる。
今年も もう夏だ。







「くちびるデモクラシー」
歌:アーバンギャルド 歌詞:松永天馬 曲:浜崎容子


あなたとわたしはルージュとリップ
エンヤコラ今夜もキスを交わすの

ミサイルよ くちづけろ くれない街に
恋ひとつできなくて何ができるか

殺すな殺すな言葉を殺すな
殺すな殺すな声を殺すな

でもでも
くちびるくちびるくちびる
くちびるデモクラシー

あなたとわたしは弾とピストル
ヨイトマケ真夜中にハートを撃つの

空襲の警報がデートの合図
恋ひとつできなけりゃ戦争なんて

燃やすな燃やすなラブレター燃やすな
燃やすな燃やすな本を燃やすな

でもでも
口紅口紅口紅
口紅つけてら、SEE

「昭和九十年。
 時に戦時中、世界はメイク中。
 少女が化粧を覚えるように、キスを覚えるように、
  口紅型のミサイルが空から降ってくる。
  戦争に反対する唯一の手段は、 自由であること。恋すること。

 時に戦時中、世界はメイキング中。
 液晶を覗いてばかりいる国民たちには知らされていない、
 既に戦争が始まっていること。
 既にみんな、幽霊だってこと。
 
 言葉を、殺すな」

殺すな殺すな心を殺すな
殺すな殺すな恋を殺すな

戦争きたって言葉を殺すな
戦争きたって声を殺すな 殺すな

くちびるくちびるくちびる
くちびるデモクラシー

あなたといられりゃどうにでもなる
あなたといられりゃ恋でもできる
あなたといられりゃ地獄もみれる
あなたとわたしの くちびるデモクラシー







ウエノ・ポエトリカン・ジャム6超絶いきたくなる・・・(無理だけど)
オープンマイク100人なんて、素晴らしいね。くちびるデモクラシー!
2018/07/06

死刑執行の日に ―死刑廃止と、アベ政権の終焉と、ジャーナリスト安田純平氏の解放への日本政府の尽力、を強く求める

また死刑が執行される。テレビのニュースで「これからです」って報じられている。
今、この瞬間に人が絞首刑になっているかもしれない。耐えられない。耐えられない。

人間は、そしてこの日本社会はどうしてここまで愚かなのか。
どうして?どうして?どうしてなの???
これ以上 もう殺さないでくれ!
こんなの、ほんとうに「公開処刑」じゃないか。なんで?
なんでなの?
ほんとうにみんな平気なの?
これから国家が人を殺しますと明言するニュースを
あなたが正気で聞いていられるなら、それは大変なことだ。
あなたの内なる命の破壊、人間の破壊だ。

どんな悪いことをした人でも 人間を人間が殺すのは許されないよ。
誰が決める権限がある? 本当なら神様以外にない力のはずなのに。
誰が決めているの?誰が煽っているの?それに賛同しちゃえるの??
何も反応しないで「そうなんだー」だったら、それってその殺人への賛同なんだよ?

もう勘弁してくれ。

筆舌には尽くせない。

こんな社会でマトモでいるほうが「狂って」いるでしょう。
平然としていられるなんておかしいよ?

権力者は人の生き死にを、いのちを、 道具として、コマとして扱っている。
人間が抱く感情の全て
 ―喜びも愛も思いやりも憎しみ悔しさも、全てを利用し、国家が人を差別し、誰か殺すことを民衆に肯定させる。
ヤスクニも死刑も、人が人を殺す戦争を肯定するためのもの。
独裁的国家権力にとって、すべての人民は守るべき存在ではなく、道具でしかない。

死刑は、罪を犯した人への真の罰ではない。権力者が、人の命を勝手に奪い、民衆の意識や世論を操作し、社会を統治するための行為で、命の利用であり、見せしめであり見世物だ。その罪を犯した人が、なぜ罪を犯したのか。その背景を考えることなく、その人を殺して解決というのでは、「臭いものに蓋」そのものにならないか。
犯罪をおかした罪を償えるとしたら、それは自分のした行為と向き合い苦悩し続けることではないか。真実を明かし、もうそんなことを誰もしないで済む社会にする為に、出来ることをするしかないのではないか。死刑囚の方たちの絵画展に行った時、会場においてあった資料から、実際に愛する人を奪われた人たちが犯人に死刑を求めないという選択をして、行動している人たちが世界に少なからずいることを知った。日本が侵略した中国の撫順(ブジュン)戦犯管理所の「撫順(ブジュン)の奇跡」を、今見つめなおさなければならないのではないのか。

大体、各地の水害で苦しんでいる被災地の人たちの現状を報じないでいいのか。
「公式処刑」執行のニュースの裏で、何が進んでいるのか。
国会で進んでいく水道の「民営化」??金のない人は水が使えないのが水道の民営化だ。貧乏人は役に立たないから死んでいいという国家の本音が透けて見える。

東京医科大と文科省の職権を乱用した賄賂の発覚。そんなことで入学なんて、本当なのだろうか。内閣が財務省の役人の切捨てて自殺させたように、矛先を役人にする為にしていることなの?どの道筋でも役人のその子は不幸だ。でっちあげにしても、事実にしても、全国で受験システムに喘いでいる子どもたちだって失望してしまう。しかも医者になるための大学なわけだから、他の大学とは意味が違ってくる。なにもかも疑わしくなり、社会への信頼は消えうせる大事件。ただ、真実はまだ分からない。この事件で動いたとされる金額とカケ問題(アベのお友達なら国の財産が勝手に運用されちゃう問題)の規模は、全く違う。カケ問題の金額の規模が大きすぎる。モリカケと一口に言ったって、お金の規模は森友学園のほうがずっと小さい。

国の財産を首相が私物化し、勝手にトモダチに横流ししていた世紀の大事件が、何故に裁かれない日本社会なのか。裁かれる連中が権力の中枢にいるからか。しかし、同時に政府寄りであることを差し引いても、事実はある程度は報道されてる。本来ならその政府は、この事件に反応した民衆に瞬時に ひっくり返されていなきゃいけないはずなのだ。しかし、「国民」の多数は気にもしていない。気にしている人がいても、「そのうち忘れてくれるだろう」とタカをくくられてる。実際に支持率の回復がそれを表していて、心底悔しい。

伊藤詩織さんを貶めた山口氏がアベのことを美化して書いている「本」の著者であるからも野放しにされてきたことも、新聞記者へのセクハラについてのことも、性暴力への理解を欠如して事実を隠蔽する言動は、人道的にも政治的にも許されてはならない。
カジノ法を審議もろくろくしないで通しながら、免罪符としてギャンブル依存の為の法律をつくるとかもありえない。社会のうちで苦しんでいる人が、どれだけパチンコに行ってしまうか、その人も家族も苦しむか知ろうともせず。裏世界に流れていく金の流れを国が法的に作り出し、保持しようとしている日本政府の方針は犯罪そのものだ。

3・11被災地のパチンコ店は開店前から行列だって、現地を案内してくれていた人がいた。どんなに震災があっても、原発が爆発し地球が汚染されても、放射能の汚染で人々が住んでいる場所を追われても、これからチェルノブイリ以上に子どもたちが死んでいくであろうことも、絶望のなか人知れず自死がとどまらなくても、全てを打ち消すためのオリンピックに莫大な金が投入されている。「オリンピックのため」と銘打って、監視と管理を強め、路上で生活する人も含めた生活者を排除したお祭り騒ぎ。そのお金は、苦しんでいる人のために使え。そのための税金だ。都合の悪い事実を、なにもかも誤魔化して、人々の意識を忘却のかなたへ押し遣ろうとしている。政府に反対する意志を表明する人たちを捕まえる法律も、罪をでっちあげて閉じ込めるための盗聴さえ正当化できる法律も、すでに通っている。憲法を変えてしまうための投票のための国民投票法(日本国憲法の改正手続きに関する法律)が違憲している状態で出来上がって十年以上たつが、さらなる改悪案が虎視眈々と進められている。

「戦争の後始末」はひとつも済んでいない。誰も救済されていない。それどころか、「その人が勝手に言っている」と嘘つき呼ばわり。日本がした侵略戦争の残虐な事実は「個人のウソ」とされて、歴史は歪曲を通り越して書きかえられている。戦争をした人たちが、やりたがる人たちが、また戦争忘れさせ、知らせずに、戦争をまたやろうとしている。
日本がそうなれば、この星での人類に明るい未来は無い。

私は腐敗の中を留まることなく許されないことが続きすぎて、なにがなんだか分からない。どんなにメチャクチャなことが次々に明らかになっても、政権への支持率が下がらないなんて、どうしたらいいんだ。どんどん決まっていく。このまま平然と進んでいくのか?私は無力だ。辛い。

ただ、新幹線が地震で動かないときに(しかも、ワールドカップの試合直前に)闇討ちのような会見をしたカケの理事長とか(実際は現場にいた記者も入れない人がいたとかだから、したうちには入らないだろうけど。)、何ヶ月も留置所に理由も明かされず不当に拘留されていた森友学園理事の籠池夫妻が今 保釈されている状態だとか、
モリカケのことを無かったことにしたいアベ政権は、それこそ必死なんだろう。これまでにない窮地に立たされているとも言える。ここで「国民」が誤魔化されるかどうかで、日本の再軍事化が完成されてしまうかどうか決まってくる。文部省役人と東京医科大との賄賂合戦のことが事実だとしても、そうでなく財務省の役人が自殺に追い込まれたときのように尻尾きりの騙しなのだとしても、アベ内閣は責任を持って今、総辞職しなければならない。

だからこその、話題をそらすための死刑執行宣言だと思わざるを得ない。


自分自身も含め、人々に問う。誤魔化されていないか?
権力構造の暴力に「そういうものだ」と従い、事実を無視し、自分のなかで一切考えないことが、「幸せ」か。
その「幸せ」は、自分だけは奪われないと呑気に思っているの?
声を持とうとする弱くされた人たちへのバッシングは、「気付かせるな!」という怒り?それとも、自己を表現できない(/しない)人生のフラストレーションの表れなのか。

2004年のイラクの人質事件のとき、当事者の「自己責任」論を仕掛けた人たちと、それに乗った人たちの憎悪。そして「我関せず」を貫き続けていった街の雰囲気を思い出す。熟成されてしまった 日本社会の いじめの仕組みが社会レベルで相互監視とバッシングのシステムとして発動した瞬間でもあった。

意図的な情報と娯楽の操作には目も当てられない。
娯楽だって、電波上のそれらの大半は、本当のそれとは程遠く暴力と差別に溢れていて、大方、人を貶めるものか性的搾取そのものだ。(みなさんに、歌丸師匠の遺された言葉を今こそ読んでほしい。)
参考記事:桂歌丸が語った戦争への危機感「戦争を知らない政治家が戦争に触れるな」 ―国策落語を作らされた落語界の暗い過去も http://lite-ra.com/2018/07/post-4104.html

麻痺させられている自分の現在地から、息を吹き返せ。世界を見ろ。

あなたも、わたしも、国家の暴力の前では
テレビの向こうに見えるこの世界で、平然と殺されてしまいかねない存在なんだ。
先の戦争で犬死していった人たち。
私たちの一人ひとりにどんなに豊かな人生があっても、愛するひとがいても、やり遂げたい仕事があっても、それを簡単に踏みにじり、指先ひとつで掻き消す力を持っている、それが国家権力だ。



この世界で起きていること、そして秘密裏に進んでいる戦争への道を辿るこの社会に生きる人たちに真実を届けようとし、危険を冒しても果敢に現場に赴き発信してきてくれたジャーナリストたちがいる。その一人に現在、中東で武装勢力に拘束されているジャーナリスト安田純平さんがおられる。
 朝日新聞記者 石川智也さん記事「安田純平さんを忘れないで」(2018年7月1日記事) http://webronza.asahi.com/politics/articles/2018062600001.html

2018年7月6日現在の動画が、拘束グループから発信された。https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20180706-00000009-nnn-int
体調は悪そうだが、まだ無事なのだ。武装勢力は日本政府と交渉しようとしている。
しかし、日本政府は一切の対話をしないつもりだろう。いつも、彼らは「屈しない」といって、この拘束を「理由」にして、嬉々として軍隊を準備する。

上記の石川智也さんの記事にもあったが、ジャーナリストの後藤さんが亡くなったとき、日本政府やメディアはこぞって、後藤さんの功績を美談として報道した。「こんな素晴らしい日本人が失われました」「許されません」とでも言うように。
彼が命をはっても守りたかった人たちを不幸に陥れた、戦争を誰が起こしたのかも問わず、自分の国の軍隊の「派遣」や軍事援助が彼の命を奪った人たちの動機であることも問わずに。

安田さんには10年以上前になると思うが、京都の講演会でお会いした。無事に帰ってほしい。祈る。政治を変えられない無力を感じる。せめて、このブログを覗いてくださる方と、情報を共有したい。そこから何かが芽吹くと、諦めつつも信じて。

・・・

2004年10月、同世代の香田証生(しょうせい)さんがイラクで囚われたとき、私は無力感に包まれて 夕方の暗くなる自分のアパートでただ呆然と座っていた。私は、当時まだ学生だった。

そのとき、大切な友人から電話がかかってきた。「今日、自衛隊を撤退するように求める街頭行動あるけど、行く・・・?」と。
私は「4月にあれだけの数の人が動いたのに、国は自衛隊を撤退させなかったんだよ。そんで、自己責任だっていって、助かった人たちをバッシングした世間だよ。なんかやって、意味なんてあるのかなぁ。」って半分、泣き声で呟きではあったが、訴えた。
同年4月のイラク人質事件のとき、必死で訴えていた私の胸には「日本の人の命の危機なら、いままでイラクの人のことを想わなかった人も、考えてくれるんじゃないか」って期待があったのを思い出していた。

友人は一呼吸おいて、
「そうだね・・・。でも、だからって、自分たちが動かないって理由にはならないんじゃないかな」と言った。
私は、その問いに、そうだなって思った。

 ―この瞬間を恐怖の中 生きている香田くんの命は明日にはもう守れないだろう。彼のご家族はもう絶望しているだろう。でも、彼の命を奪うこの日本の社会に、自分の責任も含めて向き合う姿勢を行動に移すことが、彼にできるせめてもの行動なんだ
と感じた。

そんな想いで、自転車で街一番の繁華街にいった。夜の街頭にでた人は4月事件の際の光景からは、比べられないほど少なかった。ビラを受け取ってくれる人も多くはなかった。私がその場に行ったことは何の足しにもならなかった。自己満足と言われればそれまでのことでしかなかった。日本は、自衛隊という軍隊を撤退させなかった。そして香田さんは翌日、殺された。24歳の若さで。

でも、私はそこに行けたから、彼をいまも憶えている。
あとから思うに、あの時、友人と赴いたその街頭行動はそれからの自分を生きるのに必要なものだった。


香田さん、あなたは生きていた。
悩んで考えて、戦争で苦しんでいる人の姿をその目に焼き付けて、これから自分が生きていく道を見据えようとしていた。
世間が吹聴したような考えなしの人じゃなかった。決して。
あなたの想いが私のどこかに刻まれています。
生きて帰ってこれていたらきっと、この社会の変化と世界の平和を希求する、才能ある稀有なジャーナリストになっていたと、私は確信してる。

その頃、フィリピン政府は軍隊をイラクから撤収させ、フィリピン人労働者のアンヘロ・デラクルス氏はイラク関連組織に拘束されながらも無事解放されたということを、改めて知った。香田さんは死なないで済むはずだったと思わずにはいられない。


アフガニスタンで活動されていた、ペシャワール会の伊藤和也さん(享年31歳)のことも忘れない。事件が起きた夜、明け方まで眠れなかった。
 参考記事:伊藤和也さんを悼むhttp://kajipon.sakura.ne.jp/kt/peace5.html

武装勢力の行為はどうしたって肯定できない。けど、香田さんや伊藤さんの命が奪われたのは、その地に軍事力をアメリカ軍の支援も「派遣」という派兵も含めて発動させた日本の政府とこの社会でもあると 私は考える。

彼らにはもう会えない。でも、今この瞬間、安田純平さんはまだ生きている。
絶対、無事に家族に会えないといけない!

日本政府はすぐに安田さんを拘束している勢力との交渉に応じ、安田さんの救出のために拘束グループとの対話に全力を注ぐように求める。

日本政府は軍隊や戦争を肯定しないジャーナリストを憎んでいるから、見殺しにしたがっている。どんなに望み薄であっても、でも求め続けなきゃなんない。政府はその国にすむ人間を守る責務があるはずだ! 日本政府の責任放棄を許さないで、求め続けないと、安田さんは助からない。
2004年の春、人質にされたが生きて戻ってこれた安田さんの命は、今も危機にある。でも、2018年7月6日の現在まだ灯っている。
助けなきゃ。

2003年の3月20日に夜明け前のイラクの街の中継映像から聞こえていた鳥たちの声。ライトをつけて走る車。その後、そこに爆撃が始まった瞬間を忘れない。無力感に打ちひしがれてエレベーターの中で一人泣いた。それまで、何千人もの規模のデモの中で、「イラクへの戦争を止めてみせる」って本気で思っていた。爆撃開始当日の夕方のデモは、それまでの気持ちと全く違った。よく覚えている。

泥沼のイラク戦争への日本政府の加担は、戦争の惨禍をより拡げ、多くの人々の命や暮らしを奪った。
自衛隊はイラクに派兵してはならなかった。大量破壊兵器は見つかることなく、アメリカ政府もそのことを認めている。
世界最古の図書館は焼かれ、数え切れない人たちが難民となり故郷を追われた。

日本政府はイラク戦争をしかけた米国に追随し、市民から巻き上げた税金を 軍事費として投入した。自衛隊を軍隊として武器を持たせて戦地に送った。終わらない戦争を始めてしまった米国の友軍として。なかったはずのイラク日報だって案の定、出てきた。普通に考えて、ないわけないだろう。「黒塗りがおいつかない」?おかしすぎてコメントの仕様も無い。

この15年間、日本社会は確実に悪化してきた。次の戦争がこんなにも急速に近づいた。15年前は、憲法が変えられるなんて「そんなこと有り得ないだろう」って、心のどっかで安心してた。どこかで対岸の火事だった。しかし、この10年が経って、やっぱりこれは現実なんだと痛感している。この十数年だけでもこんな状況なのに、日本がいま持っている「自衛」としての戦闘力を、軍隊としておおっぴらに動かすようになったらどうなるか・・・。
国外で人が殺されるだけではすまない事態になるだろう。9・11のビルに飛行機が突っ込んだ2001年、私は大学1年生だった。震え上がりながら、一人のアパートでニュースを見ていたあの夜。私の中で、世界の闇が初めて露に感じられた瞬間だった。
(アニメーション映画『サマーウォーズ』で最大の危機とされた原発への攻撃予定も、福島がフクシマとなった今となっちゃ現実のほうが酷い状態になった。更に、悲惨なことが起こりえる。京都・京丹後のエックスバンドレーダー基地の付近は原発銀座だ。もんじゅだってある。)

今、憲法を書きかえて、自衛隊のことを憲法に記し、再軍事化を確定させたい日本政府は、イラク戦争の真実を、それにまつわる人々の記憶を封じて抹殺しようとしている。私は、水道の民営化が国会で通っていく中、伊藤詩織さんのドキュメンタリー映像の配信が何者かに消され続けていくこの今、モリカケ問題が文科省役人の不正入学/賄賂問題である意味で最終局面を迎えていて、しかもイラク戦争の真実を知る安田純平さんの生存が分かった今日、たくさんの人の死刑がニュースで全国に予告されていることに、これまでとは違う危機感を抱いている。

3・11の後、十数万人の民衆が国会周辺で抵抗した反原発デモを政府もマスコミも無視し、初めて事故後に原発(大飯原発)が再稼動してしまった翌日、首相が尖閣諸島の国有化を宣言したあの時もその思惑に眩暈がしたが、今、更に深刻な危機を感じざるを得ない。沖縄の知事選も暗雲が立ち込めている。

このままアベ政権が続けば、平和憲法は奪われ、戦後の日本社会が築いてきた人権も民主主義という仕組みも消滅する。
憲法を奪われたら、平和への砦は崩されきってしまう。
改憲勢力が憲法を都合のいいように書き換えるための、最大のキーパーソンは《自衛隊》だ。
イラク戦争で、日本政府と自衛隊が犯した罪と、その影響を、人々が認知することを日本政府は何よりも恐れているのではないか。

元自衛隊員の発砲による殺人事件も、彼が軍隊に入らなければ起きなかっただろう。(軍の訓練を受けていなければ、警官から銃を奪い、発砲することはできなかったのではないだろうか。)
自衛隊のイラク日報が発見されて、政府の腐敗がどこまでも明らかになっている今を放置すれば、日本は先の戦争、15年戦争から始めた第二次世界大戦の旧日本軍の戦争責任を含め(アジア太平洋地域で約2000万人の人が命を失ったとも言われる)戦争に対しての責任と一切向き合わないないままに、人類の悲願である非戦平和の想いの結晶である憲法9条を、ついに放棄しきることになる。そうなれば、未来は無い。

イラク戦争の真実の証人の一人であるジャーナリスト、安田純平さんを見殺しにさせてはならない。





亡くなったジャーナリスト、むのたけじさんの記事を読んだ。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/munotakeji-kotoba?utm_term=.yqyvmPOP6#.cu2d31O15

上記の記事で見ることができる、むのさんの手書きの色紙には、こう書かれている。

嵐は、たいまつを消すことができる。だが、たいまつの火を 炎々と燃えるのも嵐の時だ。 -1976,10 むのたけじ

暗闇の中でこそ、光はお互いをみつけやすい
と、うまれて初めて行った沖縄で体験した辺野古の海上行動から帰ってから報告文に、そう書いたことを思い出した。
そのときの若い自分が一生懸命に放った言葉を、年とった自分がウソにしたくない。自分が受けた光を誰かにつないでいかなきゃ。


戦争は、始まる前に止めなければ、止まらない。
戦火の渦中でどんなに強く願っても、その現実の悪夢は消え去らない。その地獄から逃れることはできない。
沖縄戦の中で目の前で子どもを殺されたり、自ら手にかけさせられたお母さんたちの人生はこの世界の事実だ。
(丸木夫妻の絵本『おきなわ島のこえ』では、戦争に巻き込まれる前、そこには戦争の為の基地が作られ、兵隊が大勢やってきたとある。今、まさに沖縄で起きていることなのではないかと、改めて恐ろしくなった。宮古島や石垣島に自衛隊は凄い規模で押し寄せている。
辺野古があり工事が強行されている名護も、落下物や事故がやまない普天間基地のある宜野湾も、現在の市長は新基地の建設肯定派。今年の秋の沖縄県知事選も、宜野湾市の現市長の佐喜間氏が立つことになったそうだ。この人は日本会議のメンバーだ。もし、この知事選で彼が通れば、沖縄への日本政府の統治は完成し、「基地反対運動は民意の敵」とされていってしまうだろう。現知事の闘病の厳しさは写真一枚でも伝わってしまうほどのレベルだ。不安で呆然としてしまう。)



人の手を介して今、わたしの手元にある古い一冊の本がある。
塩田庄兵衛・橋本進 編の『反戦平和に生きた人々(母と子でみる8)』(草の根出版/1989年初版)には、戦前・戦中に権力に抵抗した方たちの名前がこれでもかと記されている。投獄され、獄死した人、行方不明になった人の多さ、名前の羅列に慄く。(しかし書き手は、それでも「そうなった全ての人の名前ではない。名前も分からない人が大勢いる。これは一部である。」と幾度も念をおしている。)

もう現時点で現代の治安維持法ができあがっている今、声を上げるのはいよいよ恐ろしくなっていくだろう。
けれど、黙れば、思考をとめれば、もっと後退し 人々の理想の生活は遠のく。『茶色の朝』はもう来ている。
気付くか、気付かないかは自由なのかもしれない。けれど、人の痛みや苦難を考えず、「関係ない」と暮らして、人間の真の幸福に辿り着くことは出来ないと私は思う。

自分で書かなくてもいい、現地に赴けなくてもいい。発言できる、対話できる環境も無いかもしれない。
でも、それでも
とにかく誰かが懸命に発した言葉や表現から、真実を受けとめ考え続けようとすることを止めないで生きよう。
自分を感じて、自分の内なる不自由が誰の意図するものか問い続けよう。


だから、どんなに虐げられて苦しいときであっても、
誰かが殺されたことを喜んじゃダメだ!
誰かが死んでいることを「関係ない」と切り捨てるな!

それは自らの魂を殺すことなんだよ。

人間の関係性に愛は宿る。

ともに、人間として、生きよう。
愛を失うな。
生きるんだ。生きるんだ。

何度でも言える

これ以上、殺すな!

自分も他人も、すべての生きとし生けるものを。
海を潰すな。森の中の泉を埋めないでくれ。

すべてのいのちが あるべき姿であるように。

声にならなくてもいい、叫び続けようよ。
この耳になにも聞こえてこなくても、 「届いてるからね」って応えられる命を生きたいと願いながら。

失われた命たちを慰められる現実もなく、助けられないいのちたちに懺悔しつつ、苦しみに満ちたこの時も、祈りながら書き、越えていくしかないんだ。

私はここにいる。あなたもそこに生きている。
確かに今を生きてる。

あきらめるな。
考えることを、人間として生きることをやめるな。

ともに居てくれるなら、自由と歓びに満ちた 真の平和と幸福を追い求め続けられる。



















































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2018/07/06

BBC制作・放送の伊藤詩織さんのドキュメンタリー Japan's Secret Shame 見れた


詩織さん、ありがとう。 私もここにいます。

 
>【BCC制作ドキュメンタリー映像動画】 
BBC制作・放送の伊藤詩織さんのドキュメンタリー Japan's Secret Shame 「日本の秘められた恥」(日本語字幕付き、全編 約1時間)映像動画  https://nofile.io/f/bXSpvZERvtN
※詳細な性被害証言があります。フラッシュバックにはご注意ください。

情報で被害体験を《読む》のと、体験者の語る証言を《聴く》のは、まったく違うインパクトを引き起こします。「もう知っている」という方も、是非、お時間をつくって、画面の中の詩織さんと対面してほしいと思います。彼女の涙と目の光、身体の震え、息遣い、決意を 感じられるドキュメンタリー映像です。



>記事:2018年06月29日(BBCによる放映は6月28日)
「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送 
英語の記事




先日、BBCが制作・放映したドキュメンタリーを、BCCのウェブサイト掲載動画から、最初から最後まで見ることができました(日本語の字幕つきに感謝)。とりいそぎ情報のみアップ(7月3日)していましたが、いま見たら残念ながら期限切れでもう消えていた・・・・ だけど!まだ上記のサイトでまだ見ることができます!

それは、映像保存と拡散の為頑張ってくださっている皆様がいるから・・・。

これほどの犯罪を日本のマスコミが黙殺し続けるなか、SNSや伊藤詩織さんの著書Black Boxでこの事件を知る人たちは、字幕付きバージョンのダウンロードとアップロード&拡散を続けています。いま、こちらのNoFile.ioという国外のサイトでアップロードされた動画は、そのままストリーム視聴も、コンピュータへのダウンロード保存もできるようになっていますので、まだの方は是非どうぞ。

とのことです。 ありがとうございます!!
日本のYoutubeでは消され続けているそうで。
 記事:https://ameblo.jp/chihointokyo/entry-12388548373.html
案の定とは言え、この社会 闇すぎ・・・。





そしてそして、さっき遅ればせながら知ったのですが、
国際的メディアコンクール「New York Festivals 2018」では、監督を務めた”Lonely Deaths”(CNA)がSocial Issue部門、そしてカメラマンを担当した”Racing in Cocaine Valley”(Al Jazeera English)がSports Documentary部門で、と銀賞をダブル受賞されていたこと!
詩織さん、すごい!!!おめでとうございまーす!!!!!

記事:
2018.06.23 
Shiori Ito’s ”#MeToo” Struggles Continue 伊藤詩織さんにインタビュー  ―たたかいはつづく【前編】
Shiori Ito’s ”#MeToo” Struggles Continue 伊藤詩織さんにインタビュー──たたかいはつづく【後編】


ジャーナリズム、ジャーナリストとは何だろう。
私は真実を真実だと明らかにしようと模索し、世の諸悪の闇と闘おうとする人間の働きのことだと思う。
真実を自ら葬り隠蔽し、権力という巨悪に擦り寄る人間のことはジャーナリストとはどうしたって呼べない。
一人ひとりの人間の人生、特に弱い立場にされて封じられがちな声ならぬ叫びを聴きとり、与えられた表現方法を通じて世に響かせ、そこから世界を変えていこうとする
その信念が貫かれている人の表現こそを、ジャーナリズムと呼べると私は考える。

伊藤詩織さんはこの国の闇から、真っ向から向かい合い、耐え難い痛みや苦しみをもってさえ、真実と正義を明らかにしようと闘っている。彼女は、真のジャーナリストだと確信する。

詩織さんのやろうとしていること、やっていることは、人間の善き可能性の探求と実現そのもの。

どんな苦境にも阻まれないで開花する才能と、勇気。
 
励まされて、私もここで生きていこう。 
高校生の頃の想いを思い出す。初心忘れるべからずだな。コツコツがんばろう。




音楽はAni DiFfanco - Your Next Bold Moveを。




2018/07/05

東松山市市長選 やすとみ歩さん応援してます!

丸木美術館のある東松山市の市長選に立候補した 安冨歩(やすとみあゆみ)さん!
大好きな辛淑玉(shinsugok)さんが、ツィッターで「この人好きだ」と紹介されていて、初めてこの方のことを知りました。

街頭演説と音楽、解放的で自由。そして命に対しての骨太な思想のある人だと感じ、私も好きになっちゃった。

選挙カーの看板、気に入らないから書き込んじゃうのとかいいなぁ。
チンドン楽しいな~~!アンパンマンにウィシャルオーバーカム♪

選挙期間に公職選挙法で守られて、自由に表現できるっていうのを昔 素人の乱の松本さんもやってたけど、なんかいいよなぁ。
勿論、選挙で勝てたらいいけど、でも勝ち目がなくても、あっても、選挙期間にみんなが暮らしているところで 自由に表現して、
そこに住んでいる人と一緒に変わっていきたいっていうのが、すっごいいいと思った。
権力の座につけなくても、一人ひとりが自由になれるように自発的に変わっていけることが、現在の酷い社会を引っくり返していくことにもつながる。
やすとみさんは、そのことを力強く語っている!
(下記の内容は動画の第一声演説の私的な要約ですー)。

 ―こどもを守ること。
  これ以上 自然を破壊せず、懐かしい未来(駅前に蛍が飛んでいる等)を。
  大切なのは、食う寝る遊ぶこと。人間は幸せになるために働いているはず・・・。
  ほんとうの空がない、道が狭い東京に暮らしてもイコール幸せじゃない現実。
  競争を勝ち上っても幸せにはなれないってこと。
  近くでのんびり楽しく暮らしているひとと、お互いに助け合う。
  市長になったら、自らそういう生き方を実現していく。
  
  市長が変わってもシステムがあるため、戦艦ヤマトは止まらない。
  だけど、市民の暮らし方が変われば社会は変わる。
  そうしたら、戦艦ヤマトは止まる。
  そして、みんな自由に海を泳いでいこう!

 

などメッセージ。
選挙出馬のときに話されてた、すべての差別に対話するという姿勢。
響くーー

是非みなさんも御覧ください。選挙で勝てますように!


【街頭演説やチンドンの動画】 
※第一声の演説が(冒頭20分くらいかな)すっごい良かった!
東松山市長選 安冨歩候補「東松山ファンタジー化プロジェクト選挙、第一声」と演説&音楽ライブ、『こどもを守ろう』芸術チンドン 2018.7.1(IWJ)
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/426182

子どもと芸術表現と自然を大切にする基本理念
【東松山あゆみの会】東松山でなにをめざすのか〜地方自治の基本理念〜 

行ける人は街宣に合流してみては。楽しい方たちと仲良くなれそう。
安冨歩さんのツィッター 




そして、丸木美術館で4月末から開催していた、風間サチコさん展覧会 「ディスリンピア2680」も今週日曜日までみたいです。
遠すぎて行けないけど、めっちゃ観たいーー!!! 
(画集も出るらしいけど、この迫力は素材や大きさからも、生で見ないと真価が伝わらない気がしてしまう・・・・ )

「丸木美術館学芸員日誌」から展示されている作品の紹介
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/3068.html


一度だけ行ったことがある丸木美術館。
たっぷりした流れがある川のとなりに、静かに美術館があった。あの大きな壁画の間。
原爆、沖縄、水俣、三里塚、アウシュビッツ・・・。

久しぶりに本橋成一さんの写真集 『ふたりの画家』を開いてみよう。
絵本『おきなわ島のこえ』も。
丸木スマさんの画集、大道あやさんの文庫本に絵本、古本屋でみつけた俊さんの絵本もあるし。(うちの本棚なかなか幸せなラインナップかも。 金銭的に楽じゃない暮らしの中、どうしても欲しくて手に入れてきた本は人生の宝です。 )



自然のなかで暮らして絵を描いて、平和と人間の営みを生み出してこられた丸木俊さんと位里さんの拠点だった東松山、
安冨さんが市長になって、より 命の営みを大切にする地方自治になってほしい。

そして、すべての地域で、いのちが尊重される自治が実現できるような政治を求めます。

ひとりひとりの人がそれを自然と求めていくような、自由な風を起こしてくれている安冨歩さん、仲間の東松山と近辺の皆様。遠いけれど 祈りつつ、応援しています。




【こんな動画もありました】
丸木美術館での安冨歩さんと片岡祐介さん。今年の3月。


上記動画の企画の中、丸木夫妻の描いた原爆の図の絵に聴かされている音楽の動画作品です。

安冨歩、片岡祐介、新雅史
この作品は、原爆ドームの前で、原爆の死者に祈りを捧げながら、その霊感を受けて3人が共同で作曲した。我々は、これを原爆の死者の魂による作品と感じ、その成果を我がものとしようとするならば、その怒りを買い、想像を超えた罰を受けるのではと恐れるがゆえに、ここに全ての権利を放棄する。我々をこの判断へと導いた刈部謙一氏に感謝します。

That day in Hiroshima, the sparkle of life was lost (2016) Ayumu Yasutomi, Yusuke Kataoka, Masafumi Arata We composed this piece of music in front of the Atomic-Bomb Dome in Hiroshima, praying for the victims of the bomb. While it is us who made the music, we strongly feel that it comes not from us but from the victims’ souls. For that reason, we do not wish to claim any rights for this music, thinking that we will be punished by the angered souls if we did so. We express our gratitude to Mr. Karube Ken'ichi, who advised us on this decision.
楽譜 / Free Score https://goo.gl/lpRLkd


2018/06/24

2018年6月23日 沖縄慰霊の日 全戦没者追悼式 平和の詩「生きる」 朗読動画

今年の慰霊の日。私の想いはまた別に書きます。
毎日新聞ウェブ版から、全戦没者追悼式での平和の詩の朗読、
沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子さんの詩の朗読を是非お聴きください。



沖縄慰霊の日
平和の詩「生きる」全文 (朗読 動画あり) 

毎日新聞2018年6月23日 12時43分(最終更新 6月23日 22時37分)

https://mainichi.jp/articles/20180623/k00/00e/040/310000c



「生きる」
  沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

 

私は、生きている。

マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、

心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、

草の匂いを鼻孔に感じ、

遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

 

私は今、生きている。

 

私の生きるこの島は、

何と美しい島だろう。

青く輝く海、

岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、

山羊の嘶き、

小川のせせらぎ、

畑に続く小道、

萌え出づる山の緑、

優しい三線の響き、

照りつける太陽の光。

 

私はなんと美しい島に、

生まれ育ったのだろう。

 

ありったけの私の感覚器で、感受性で、

島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 

私はこの瞬間を、生きている。

 

この瞬間の素晴らしさが

この瞬間の愛おしさが

今と言う安らぎとなり

私の中に広がりゆく。

 

たまらなく込み上げるこの気持ちを

どう表現しよう。

大切な今よ

かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

 

七十三年前、

私の愛する島が、死の島と化したあの日。

小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

草の匂いは死臭で濁り、

光り輝いていた海の水面は、

戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、

燃えつくされた民家、火薬の匂い。

着弾に揺れる大地。血に染まった海。

魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 

みんな、生きていたのだ。

私と何も変わらない、

懸命に生きる命だったのだ。

彼らの人生を、それぞれの未来を。

疑うことなく、思い描いていたんだ。

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

仕事があった。生きがいがあった。

日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

壊されて、奪われた。

生きた時代が違う。ただ、それだけで。

無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。

奪われた命に想いを馳せて、

心から、誓う。

 

私が生きている限り、

こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

もう二度と過去を未来にしないこと。

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。

生きる事、命を大切にできることを、

誰からも侵されない世界を創ること。

平和を創造する努力を、厭わないことを。

 

あなたも、感じるだろう。

この島の美しさを。

あなたも、知っているだろう。

この島の悲しみを。

そして、あなたも、

私と同じこの瞬間(とき)を

一緒に生きているのだ。

 

今を一緒に、生きているのだ。

 

だから、きっとわかるはずなんだ。

戦争の無意味さを。本当の平和を。

頭じゃなくて、その心で。

戦力という愚かな力を持つことで、

得られる平和など、本当は無いことを。

平和とは、あたり前に生きること。

その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 

私は、今を生きている。

みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。

一日一日を大切に。

平和を想って。平和を祈って。

なぜなら、未来は、

この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

 

大好きな、私の島。

誇り高き、みんなの島。

そして、この島に生きる、すべての命。

私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 

これからも、共に生きてゆこう。

この青に囲まれた美しい故郷から。

真の平和を発進しよう。

一人一人が立ち上がって、

みんなで未来を歩んでいこう。

 

摩文仁の丘の風に吹かれ、

私の命が鳴っている。

過去と現在、未来の共鳴。

鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。


 (沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子さん)









参考記事:読む・考える・書く http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/07/01/201311