2016/05/01

71回目のお誕生日を前に

もうすぐこの国の最高法規のお誕生日。
来年は、この5年、10年で どんな状況に?
情勢を跳ね返す力が自分にないのか、どうにも気が遠くなってしまう。

自由に生きる権利を
当たり前のことだと思っていると
国家というモンスターに気がつかないうちに丸呑みにされてしまうだろう。

巨悪なモンスターを繋いでおく鎖と首輪が憲法であることは言うまでもない。

人類の歴史に、しかも幸運にもこの国に
やっと
建前であっても人間に権利があるという瞬間が、どうにかこうにか訪れたというのに
このまままた野放しにするのか。
先人たちがいのちを捨てても手に入れられなかったこの権利は、このまま溝に捨てられるのか。


小学校の時に、先生に教えられた。

 「人間は間違いを犯します
 だからこそ振り返り、もう過ちを繰り返さないように歴史を学ぶのです。」


私は歴史から学びたい。

一人ひとりが大切にされる世界がほんとうに来るように。
人は、権力者のコマでもオモチャでもない。兵隊でもない。奴隷でもない。

私に、なにができるのだろう。
ささやかに懸命に生き、人と想いを重ねていくことのほかに。

考えることが大切。それは、分かる。
でも怖い。悔しい。
このままあの人たちの暴走に途方にくれるしかないのか
って思ってしまう瞬間が多々ある。

何が
なにができるのだろう。
今!
2016/04/01

2016年4月初日

揺れるときほど真価が問われ
自分が何を本当に大切にしようとしているのかが明らかになる

苦しいことや悲しいことがあって
はじめて自分の置かれている幸福に気付けることもある

この春が
どんな日々になるかは
私次第なのかもしれない

小さなうそが許される日に
うそではない 始まりの日を
2016/03/22

生きる喜び

生きなおせる歓び!

もうすぐあの日がやってくる

新しく己を立てる日が


それまでに
できること
もうすこしだけ
2016/02/21


いつもリスタート
今この場所から!

めぐりだす新鮮な気持ちたち

満開の梅
春のにおい
山の表情

一つずつ
気付いていけたらいい















2016/02/09

音楽は人を、世界を動かしていく

大好きなブログで書かれた記事と映像から、
久しぶりに一曲聴いた。
忌野清志郎さんの『JUMP』。
かっこよすぎで泣いちゃった。

私はこの歌を歌っている人が大好きだった。
ライブに二回も行けたことは私の人生の財産。
歌手として生きて通してくれた人。
音楽が世界を変えることを誰よりも立証してくれた偉大なる一人。
天国からでも諦めないで歌ってくれているってわかる。

清志郎さん、ありがとう。
私もがんばっていきます。


2016/02/08

光と闇

闇が深ければ深いほど
光はお互いを見つけやすい

あなたこそが光となれ
2016/01/19

こわいときは
挑戦する方へ!
2016/01/16

1月16日 土曜日

「私はここにいる!」と泣き叫んでいたあの時の私がいたから今がある。

今だって色々ほど遠い
けれど
昔より自分のことがすき。

そう言えるようになったのは
数えきれない あなたのおかげで。

ブラームスの間奏曲を聴くたびに憧れる何かに、いつか到達する日がくるといいな。


2016/01/08

酷い世界の中でも

しあわせも平和も
感じなければ
ないのと同じになってしまう

どんなに酷い世界が展開されていくのだとしても
自分自身の心のうちや
周りのいのちとの関係のなかから
幸福なもの
希望となるものを
見出していく
そういう不断の意識が求められる

こんなに酷い世界だからこそ
私たちのなかから、何か善きものを放っていきたいと願わずにはいられない
2015/12/27

所感

学校は競争と優勢思想と軍隊とをミックスした場所に成り果て
こどものひとたちは
いじめという戦争を延々と続けている/続けさせられている
(きちんとした非暴力教育プログラムを組んでいけば、いじめはなくなっていくが、それは意図的に避けられている。)

いまや
おとなのひとの世界もいじめだらけ


この苦しみが終わるとは思えないと
人生を終わらせてしまった人たちがたくさんいる

死んでしまった人は戻ってこれない
もう二度と会えない
いのちの時がとまってしまう

こどもたちが自ら命を絶つことの背景を
もっと深いところから考えないと
事態は底なしに悪化していくだろうと思う


この社会の異常さはそこここに現れていて
その理由はひとつの大きな流れから派生している

こうした流れの中、その流れに乗るのではなく、
自分はどう生きるかが 静かに強く問われている

苦境にある人、特にこどものひとたちが
暗闇の中でも未来への光を見出せるよう
自分自身も、世の中(人々)に希望を持てるように歩み
寄り添う中でその光を示せたらと希う
2015/12/22

マリリンモンロー・ノーリターン

野坂昭如さんのCD「躁と鬱」をくれた昔の友達に
多分もう、会えないけど
「ありがとう」っていいたいなぁ。

洗濯物をたたみながら、歌いながら今日も聴いてたよ。

ユーモラスな音楽と言葉。
その奥にある、野坂さんが本当に言いたかったこと。
伝わってくる。

戦争を知っている人が私たちに届けてくれたもの・・・。

《いのちが
 いのちがだいじだよ。》

《マリリンモンロー、ノーリターン》

死んだ人は帰ってこない。

かえってこないんだ。

2015/12/14

このブログのこと。

こんばんは/こんにちは。
訪問して下さったお一人おひとりに感謝します。

早いものでこのブログも10年です。
はーー。10年・・・。

どうしようもなく稚拙な
至らない考えであっても
矢継ぎ早にそれを表明し
それらを「誰かに読んでもらっている」と思わなければ
生き抜けなかった日々がありました。

それらの日々を懐かしくさえ感じる現在

何を書きたいのか
なんで書きたいのか

優しく静かに問われているように思います。

その一方で
「あんまり気負わずにやっていこう」
そう思っている自分もいます。


意味があってもなくても
私は
文章に自分の心を確認したいのです。

誰も見ていないかもしれないこのブログですが
それでも世界に開いている。
そのことは、私が文字盤をたたく大きな動機です。

ぼちぼちやっていこうと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。



                     2015年12月14日

 

2015/12/08

2015年12月8日 ある記事の感想文

ある文章をよんで共感したのでここで紹介してみる。

○グレッチェン・ケリー 「男性は知らない。すべての女性がやっていることを。」
http://www.huffingtonpost.jp/gretchen-kelly/thing-all-women-do-that-you-dont-know_b_8735974.html
(上記URLをクリックして下さい)

女性の受けている暴力を考えるとき、加害の立場の人間を「男性」とひとくくりにされるときがあるが
男性のすべての人が無神経なわけではなく、考えている人も勿論いる。
(ただ、「俺は考えている」と思っている人は残念なことに大抵だめだったりする。)
そして、逆の暴力(女性から男性)も勿論ある。
しかし、世界最大の差別といわれる女性差別は、構造的暴力としてどの社会にも根深く存在してる。

(ここでは言及しなけれど、異性愛中心主義の世界で、クィアとして生きている方たちの日常は暴力を通り越し戦場であることも考えなければならない。)

性暴力という言葉も、考え方も人によって捉え方がホントにちがう。
「そんな小さなことも?」というふうにやる側は感じても、当事者には大きな傷になることがある。
考えなしの一言が、「これが当たり前」という態度が当事者を簡単に貶める。
恐ろしいことに、人は、指先一つで他人の人生を変えてしまえる。
(大人から子どもたちへ、特に子どもに近しい大人からの性暴力の影響はほとんど表ざたにされてこない。)

誰だってすぐ加害者になってしまうからこそ、実はとても身近な暴力である性暴力について感じたり考えたりする必要があると思う。
(自分自身、いろんな人を傷つけてきているだろうと思っている。)


昔 こんなことがあった。
たこやきやの親父さんと隣りあって話していたら突然耳たぶをさわられた。かなり驚いた。
「なんでそんなことするの」と横にいた女将さん(彼のパートナー)がびっくりしてきくと、
彼は「喜ぶと思ったから。なんとなく。」とのたまった。


「喜んでいると思った」
「相手が誘った」
「そういう服装をしていた」
お決まりの文句。

加害者は自分の欲望や好奇心で、相手を自分のいいように利用してしまう。それを正当化するための文言は判で押したよう。
利用するための暴力。こうしたことを平然とやってしまう人たちは、たしかにいる。

小さな暴力の積み重ねのむこうに大きな暴力があると思う一方で、
大きな暴力の無制裁から ありとあらゆる暴力の横行が許されてしまう社会が成り立っているのだとも思う。

おばあさんたちの悲鳴と
自分のみている景色、受けてきた出来事の手触りは繋がっている。

あなたの受けてきた
誰に言えないものも きっとそうなんじゃないだろうか。

歴史はつながっている。その中で声をあげた当事者がこの世から去ろうとしている。
彼女たちの証言には、いつも「もうこんなことを誰にも味わわせたくない」とある。
今を生きる自分自身も歴史の末尾を歩いている
そのことを教えてくれた彼女たちのことを私は忘れない。
2015/11/28

2015年11月28日 雑記

自分が作ったごはんが意外とおいしいとか
好きな音楽をゆったり聴けるとか
とれてしまったボタンを付け直せたとか
大事な人から手紙が届くとか
いい写真がとれて嬉しいとか

そういうことのありがたみを丁寧に感じ取り暮らしたい。

大切なのは
小さく見えて実はあまりにも大きな幸せの、そのかけがえのなさを味わうこと。
こんなに恵まれた場所はないのだという自覚。

一瞬でかき消されるかもしれない私の暮らし。
今日のこの日を生きる。




路上で生活せざるを得ない方たちにも、寒い冬がやってきた。
家の外にもでられず、訳もわからず拘束され続けているパレスチナの人たちのことを想う。
辺野古では毎日抗議行動で命をはって闘っておられる方たちがいる。
二風谷には違法ダムがいまだ解体されずにアイヌ民族の聖地に横たわっている。
日本各地で暮らしている難民の方たちの追い詰められた現状。
学校に通うことすら脅かされている在日朝鮮・韓国人のこどもたち。
歴史の暗い闇にほうりこまれていく戦争被害者の方たちの人生。

3秒に1人のこどもが餓死する世界で、金持ちはより金持ちになり続け
そうでない貧しい人間は死ぬか兵隊になるかしかない。
兵器を使った暴力が世界各国で吹き荒れる中、世界最強の軍隊たちはいまや統合されようとしている。
「テロ」に対する恐怖から監視社会は強化されるが、「テロ」を食い止めることはできない。それに、武器を使えれば使えるほど儲けられる人々は正義を旗印にし、報復する。その泥沼は止まるところを知らないだろう。

その一方、戦争に抗う人は権力に標的にされていくはずだ。

そんなこんなで人間の世界も大変だけど、
人類が暮らしているこの星の現状も知ろうとするだけで恐ろしくなる。
「最悪の環境破壊が戦争」と大学で習って十余年。
アフガン空爆があり、イラク戦争があり、いまはシリアも大変なことになっている。

大気は汚染され、森はものすごい勢いで失われている。
真水は枯渇し、奪い合うしかないだろう未来が待っていると本で読んだ。
海は汚染水まで受けとめ、放射能を拡散し続けている。

この国は、原発が爆発したって、海水が汚染されたって、なんにもなかったような顔をしている。そんな中でオリンピックのお祭り騒ぎは東北の人たちを見捨てている象徴だと言えるかもしれない。
ただ、東北の人たちを見捨ててるんじゃない、ヒロシマ・ナガサキを忘れてるんじゃない。
国家というものは、この国の人たち、民全員を一から見捨てている。
「忘れる」どころか覚えようともしなかったはずだ。
金と権力に利用できればそれでいいのだから。

(言うまでもなく「国家」が「国」になるために首輪としての憲法があるのだけれど、いまや風前の灯。
 どうしたらいいのか・・・。)



底辺に追いやられてる人に向けられた態度は、
この社会・世界に生きるすべての人に向けられているものでもあるかもしれない。
国家権力からしても、私自身からしても。

遠く感じる人の生であっても、
それは
別の人生を生きる自分自身なんじゃないか
って感じられたらと。
そういう中で何かやっていきたいし
やっぱり何も出来ないのだとしても
想うことを止めずに祈りながら暮らしていこうと思っている。







2015/11/22

2015年11月22日 

  追い詰められる今だから
  ひとつの息を深くする

 と詩を読んで何年経っただろう


 煽られるな私

 どんなに情勢が悪くても
 これからますます悪化するにしても

 生き抜きながら
 ひたすらやれることをやっていくだけ
2015/11/17

2015 1117  散文


「テロに屈しない」といいながら
その連中に武器を売り続け、自らも武装し続け
地球を売り払っても私腹を肥やし続けるであろうあなた方に告ぐ

失われた命はあなた方の権力を増すための道具ではない
これから失われるやもしれない命もそうだ

「屈しない」ではなくて
その原因を我々がつくったこと
忘却の彼方に真実を追いやろうとしても
それが許されることはない

2015/11/03

本とピアノ

今朝、目覚めたら『父とショパン』のワンシーンを思い出していた。

今晩、久しぶりにショパンを聴いた。手紙の朗読も入っている素晴らしい一枚。

乾いた大地に雨水がしみていく様に
音が心と身体にしみわたっていった。

ショパンの、故郷を奪われた苦悩ゆえの作品が
現代を生きる私を癒してくれるなんて
なんだか言葉にならない。





『父とショパン』崔 善愛
http://www.kageshobo.co.jp/main/syohyou/tititochopin.html


ŻAL(ジャル) WKPR-8001
崔 善愛(piano) & 三宅 進(cello)
 -あなたは、ショパンの底知れぬ悲しみを知っているだろうか?
 「ŻAL」ジャル~それは本来あるべきものを失った悲しみ~

http://www.waka-kb.com/cd/173

2015/10/14

2015年10月14日 散文




汚れきったこの世への希望を失わせまいと
清く美しいものに
気付くことが準備された 日々の中の瞬間

その契機の存在
そこにある美しさと愛

ちいさく気付く大きな幸せを
どうかひとつでもふたつでも積み重ねられますように



汚染され続ける海と大地と空気
それでも生きることをやめない生き物たち
あの海を泳いできた秋刀魚の腹の色
ピカピカで
とってもおいしいよって教えてくれる

「わしはこの海で育って、魚を食べ続けてきた。水俣病の原因は魚じゃない」
といっていたおじいさんがいたと
原田正純先生の本にかいてあった

悲しいなぁ
申し訳ないなぁ

あの人も言ってたなぁ
「誰がこの世界をこんなにも汚してしまったのか」って

ああ

この世を
このめっちゃくちゃに酷い世界であるけど 生きていくしかないよなぁー

どんな悲惨なことがおこっても
生き延びていこうとしようよ

そういえる自分の立ち位置の恵まれたことといったらないわけですけど

でも
暴力かもしれないけど言うよ
死なないでって

生きていこうよって


2015/10/02

苦しいニュースに息が詰まる

命を手放さず
命を奪われず
ここまで来られたのは奇跡と思う

生きている意味にたどり着くことなしに死んでいった人たちが
あまりにも大勢おられる

十数分にひとりの人が自死されている 日本という社会の恐ろしさ

死にたくて死んだわけではない 追い詰められた方たちの命

命をここまで軽んじる世界に生きる私たちは
日々 その暴風にあおられている

心と力を合わせないと生き残れない

「そうまでしていきたくない」という声も聞こえたりしながら
それでも
一緒に生きていきたいと私は呼びかけたい

「お前なんかと一緒にいきたくない」という声が聞こえてきたら
自分を調えて向かい合い 話し合いがもてたらいいな


生きていることが
すべての人に楽しみなものになる世界が
来ないからと諦めるのではなくて
自分自身から
目の前のひとりから試みていくこと

生き残ろう
みんなで
笑い飛ばせる日が来るまで

せっかく与えられた人生なのだから
2015/09/19

2015年9月19日 散文

この夜を越え、これまでとは一線を画す 歴史を刻む朝が来てしまうだろう

けれど

与えられた道を一筋に歩むだけだ

現実に打ちのめされてもなお 希うことを止めない
そういう祈りを
自らの生きかたでみせていくしかないのだと思う
2015/08/22

2015年8月22日 散文

酷い歴史の中に在っても諦めなかった人たちの生が連なり
人の権利という観念が 一応はある時代に生きることを許された

おじいちゃん
あなたと言葉は交わせなかったけれど
あなたの強い意志を今 感じています

生きて帰ってきたあなたがどんな光景を目にしてきたのか
故郷の景色を 目の前にいる人たちを どんな想いで愛でていたのか
平和の有難さを最も知る一人だったあなたが
なぜ60代半ばで肺気腫に倒れなければならなかったのか


大おじさん
弁護士になり人を助けるはずだったあなたは
遠い土地で人を殺す役目を負い そしてあまりにも簡単に死んでいかねばならなかった

世界でたった一人のあなたが
どうして国家の争いの駒にされて
この世から消えていかねばならなかったのか

会うことができなかった 膨大な命たち

アジア・太平洋地域の戦争で2000万人の人が命をおとした
その戦争をこの国がはじめた

いつも自国の経済のために戦争を始めるアメリカの
子分となって再び日本の戦争を始める法案が
決まりそうになっている今
なにかしなければと焦る

焦燥感とは無力感とはこういうものなのかと改めて思い知る

それでも
目の前にいる人に向き合うことしかやれないんだと思う

デモにいってもいいだろう
けれど
行けなくても
行かなくても
まだやれることはある

なんにもならないと思わされているけれど
そうじゃない

まだやれること
それは
考えること

そして
できるなら考えたことを人と分かち合うこと

そうして励まし合い
思考し続ける力を養う

人に伝える勇気を持ち
人を大切に扱い続けることを決意できる

考えることをやめることや
人とのつながりを途切れさすことを
国家権力は何よりも望んでいる

― その手にのるもんか

考え続けよう
つながり続けよう
あきらめないで

どんなに馬鹿らしく暗い世界がやってきても
生きることのどこかに小さな希望を見出す
この人類の闘いが
その歴史の果てまで続いていけるよう!
2015/07/09

太陽の子

『太陽の子』(角川文庫)を久しぶりに読み返した。
(灰谷健次郎さん、この作品を世に出して下さってありがとうございました)

いま、
一人でも多くの人に、読んで頂きたい名作です。
読んだことがある方も久しぶりに手にとってもらえたらいいなと思い
ここに記します。
2015/06/29

2015年6月

為政者たちが国を国家にいよいよ近づけ 好き放題に操縦している
この暴走を止められないことに無力感を覚え
「戦後」70年の時

人間を金のための捨て駒にする
あの戦争に また到達しそうだ

どのような未来があるのだとしても
人間としての歩みを止めてはならない

出遭いに感謝し、目の前の一人が
世界に一人しかないことを
いつも思い返して

言葉を選び、
時に身体に触れながら

ともに生きる

小さく 弱くされている
本当は
大きな 強い人たちと

ともに

ともに生きる