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2019/03/22

「フォトジャーナリストH氏の性暴力についてのこと。」2019年3月22日 追記/第二稿



 フォトジャーナリストの広河隆一氏が性暴力犯であることが明らかになった2018年年末。心の奥底からの怒りを禁じえず書いた自分の文章を、よかったら読んで頂きたくて、再度アップさせて頂きます。お時間に余裕のある方、よかったらお読み下さいませ。(※だいぶ長いです)

「フォトジャーナリストH氏の性暴力について。」第一稿【2018年12月31日】
http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-779.html



 最近、薬物で逮捕された人のことなども絡め、《「犯罪をした人の作品=ダメ」としていいのか》的な議論があります。ただ、性暴力という犯罪 ―特に広河氏のやってきた確信的な性的搾取の加害行為を 薬物依存症という病気(アディクション)と、一緒にすること事態が簡単すぎる議論ではないかと思います。広河氏の加害行為について、写真家としての功績うんぬんで通り過ぎてはいけないと思います。功績があるかないかで犯罪の軽重が決まるなんて優劣主義的ナンセンスだし、彼の加害行為によってたった一度の人生を混乱させられ、傷つけられた被害者が確実に数名以上おられるという事実があるからです。

 この度、フォトジャーナリストの土井敏邦さんのこの件のコラムについて、やっと目を通せました。 読んでいていろいろなことを感じましたが私は率直なところ、「土井さんにそういう気持ちはあるのは無理からぬことだろうが、公的にこの時点での意見を書くのはやっぱりダメじゃないかなぁ」と思いました。被害にあった女性たちの体験を下地に成してきたことが、どんなに世界的に大きな影響力を持つ仕事でも、「あの仕事は意義があったことは変わらない」って言うのは私はイヤだからです。そういう態度をとってしまうことこそが、ひとりの人間を能力や立場で比べて切り捨てることを正当化していく権力の取る態度に近づいてしまいかねないのではないかと危惧します。フクシマのことを想うからこそ、この社会のこの状況下で、「権力の思うツボ」にさせたくないからこそ、被害者たちは黙らざるを得なかった。そのことを広河隆一は熟知していたでしょうから。私はその卑怯さが我慢できないし、土井さんがその論理をそのままに書いてしまったことにより、これまで私の中に育まれてきた土井さんの写真に対して親愛さや信頼感も引き下げられてしまったことが正直なところ残念です。

 私の人生は、フォトジャーナリストではないけれど、広河隆一氏の仕事によって影響されて生きてきたところがあります。写真を見ただけで直接会えたわけじゃないけれど、心に残る人たちとの出逢いがあり、みれた風景があります。だからこそ、下劣な行為を重ねてきた彼のしたことを「仕事」「功績」としては認めたくありません。

土井さんが提起している広河氏が関わってきた人道支援について継続するべきか、どう評価するかについてこそが、また別の問題として論じられる必要があると思います。これまで広河隆一の掲げてきたスローガン、「一枚の写真が戦争をとめることがある」「人々の想いが戦争をとめる日が必ず来る」という言葉の意味を喪わせないかどうかということと、彼の仕事を評価をすべてナシにしないでほしいっていうのは、別のこととして丁寧に論じることが必要ではないかと感じます。

 一方で、私自身、これまで自分がしたこと/してきたことについて これまで考えてきたことについて、よくよく捉え返さなければならないと感じ始めています。
《私は、誰かの苦難に満ちた人生を自分のために、また自分の傷の回復のために消費してこなかっただろうか?》という問いが、今 改めて自分に向いています。正直なところ、そういうところがありありとあったと認めるしかない自分がいます。自分勝手な善意を満たすために、誰かから認められたり褒められたりするために、もしくは自分を正当化するために、自分は今までやってきた。心の傷も作用して、かなりの部分がそうであり人に迷惑をかけたり、傷つけてきたのだろうと思います。実際にそういうことも思い出せます。
利己的でしかなかった部分をそうでなくさせるために、また、そうとは言えない部分が一欠片でもあったのならば、もういちどそこを明らかにし、捉えなおして育てていきたいと願います。ほんとうに生き直していくために私は何を肝に銘じなければならないのだろうか、と考えています。何よりも誰よりも、自分自身に自問自答が必要だと感じています。結局のところ、「自己満足でしかない」と誰かに言われるのだとしても、膝を折り、すべてを御存知の神様の前で祈り求めながら、己に慢心せず、人の世の悪により低くされた人と共に歩んでいける人間に少しでも近づけるように精進していきたいです。

 私は高校生のとき、写真の専門学校に行きたいと言っていたときの気持ちを改めて見つめています。12歳の時から家族の写真を撮ってきた私は、今も自分に与えられた暮らしの風景や、出会った人たちとの時間を記録するべく7年前にやっと買えたNIKONのちっちゃいデジタルカメラを大切に使っています。写真は、私にとって特別なツールです。36歳になるけれど、ほんとうに私は自分で写真を撮ることや見ることが、とても好きだし大切なことだと感じます。

 写真は被写体がいて初めて撮れます。世界があって初めて撮れる。「撮る」ということは、「取る」ということにもなってしまう。そうやって撮影させてもらう相手の人生や社会の文化や歴史があって、自然があって、それを写させて頂いて初めて「写真」になる。だから、関係性も感じ方も写り込むわけだけど、写真を撮る人だけのチカラでは写真は実現しない。写真は、他の存在を撮らせてもらってはじめて成り立つものなんだと思います。(セルフポートレートってのもあるけど、それだって自分に自己決定できる信頼があるから自由に撮れるんじゃないだろうか。)
技術よりも、その存在を相手から預けて頂いた者としての責任をどうとれるか。写った対象から託された信頼を、写真を撮った人間は、なによりも大切にしなければならないんじゃないかと感じます。

 今ならこのように思うことも、私は10年前は分かりませんでした。たくさんの方の思いや愛を無碍にして、自分のことばかり考えてきたと感じます。覚悟もありませんでした。(写真だけでなく、文章を書くことについてもそうですけど。)
とっても時間がかかって今更かもしれない。それでも、反省しないより遅くても反省したほうがマシなんだって信じて、今 想うことをこれからの時間で実現していきたいと思っています。

 写真についてはこういう個人的な思い入れもあり、だからこそ写真家としての性暴力の加害を重ねていた広河隆一氏を私は絶対に許しません。そして彼の中に育ってしまった権力と支配への渇望に私自身が絡め取られないためにも、このことについて考え続けていかなければと感じます。今後もこの件については自分の気持ちを整理しながら考え続けていくために、時折 書いていくことになると思います。