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2018/11/03

2018年11月3日 憲法交付日に

 辺野古の、大浦湾の海を埋めさせたくない。
これ以上、沖縄を踏みにじりたくない。
これまで数え切れない人の命を奪った、日本の侵略と戦争の歴史。
先の大戦の謝罪も補償も実現しないまま、また戦争をしようとしてる。
戦争したくない。させたくない。もうこれ以上は。もうごめんだ。
どうして命を奪うほうにばかり向かうのか。いのちのために集めた税金のはずなのに、削られていくばかりで。毟り取るばかりで。
金と権力があれば、優越感が満たされたらそれでいいのか。本当にもうイヤだ。自分もこの社会の一員であること、人生の中で選挙権を持って長いことが、心底申し訳なくて恥ずかしくてたまらない。

 愚かさと無恥の極地。悪いほうにどこまでもどこまでも奈落の底に落ちていくこの日本社会の現在地。
ヤマトの人間である以上、日本民族で国籍もある以上、日本という国家が重ねてきた罪と、恥を、少なくともひとりぶんは引き受けて生きなければならないから、そこから逃げるつもりはないのだけど、次から次へと本当に。おかしいことがありすぎて、ちゃんと怒れているのか、判断できているのか。よくわからなくなってきている気がして不安が消えない。でもこの不安は誤魔化したらアウトで、そうなったら終わってしまう気がする。

 この愚劣な政権の暴虐をどうやったら止められるのか。倒したい。ほんとうに、ほんとうに、なんとかしたい。許せない。許したくない。
これまで人類が得てきたすべてのよきものが、負の遺産から得た教訓が、溝に捨てられて破滅にむかっている。絶対に、憲法は奪わせない。幼い子どもたちに希望のない世界を手渡すのは耐えられない。今日の自分にある権利を得られず死んでいった人たちに申し訳なさすぎる。

焦っても、と思う一方で、ここで焦らないと手遅れになると直感している。

あきらめたって、あきらめなくったって、やることは同じ。
少しでも希望がつなげるように生ききるしかないじゃんね。
だったら、諦めないで生きる方法を模索し続ける。手遅れにならないうちに、やれることはやらなきゃ。
考えてることはお蔵入りさせず実行しよう。思ったことや考えたことは、表そう。
とにかく、隣り人と心を分け合って励ましあっていくしかない。
そこにはかすかでも確実な希望が生み出される。

恐れず、臆さず、やるしかない。一歩さきにすすみたい。





 徐京植(ソ・キョンシュク)さんの『過ぎ去らない人々-難民の世紀の墓碑銘』(影書房 2001年)を沖縄知事選の期間から読み直していた。大学生の頃に初めて読んだから、もう15年くらい前か。紹介された49人のうち、パブロ・カザルスやビクトル・ハラ、プリーモ・レービィー、ハーヴェイ・ミルク、金子文子、長谷川テル、尹東柱(ユン・ドンジュ)、ガッサーン・カナファーニーの記事は特に印象に残ってたのを思い起こした。
 今回は、この人たちはもちろん、サッコとバンセッティ、エルンスト・トラー、サルバドル・アジェンデ、エーリヒ・ケストナー、リヒャルト・ゾルゲ、尾崎秀実、原 民喜、キム・サン、趙文相(チョウ・ムンサン)、が印象にのこった。
最後に記されたのは、徐さんのオモニ(おかあさん) 呉己順(オ・ギスン)さんの記事。息を引き取られる直前の一言が聞こえてくるようだった。

歴史に残る名著だと思う。 

 一人の人間としてどう生きるのか。歴史の末尾を生きる私たちは、人類社会の在り方と未来への選択に常に対峙していると感じる。どんなにトンネルの闇が深くても、光の残る世界を次世代に手渡せるよう暮らしていきたいと希う。