FC2ブログ
2018/10/24

米国で放送された「慰安婦」問題の特集番組        The Apology(謝罪)

 強いられた「恥辱」により黙らせてきた罪
無知蒙昧で悔い改めないことにより語らせ続けてきた罪
おばあさんたち、ごめんなさい。こんな日本の政府と社会で、本当にごめんなさい。なにも変えられないままな私でごめんなさい。
でも、諦めません。頂いたものを忘れません。日常に流されても、無力を思い知らされても、なんの足しにもなれなくても、決して決して諦めません。

 「オレの心は負けてねぇから!」 宋神道(ソン・シンド)さんの声が胸に響きます。私の心も、負けない。負けません。
女性や子ども、(このカテゴライズに当てはまらなくても)弱者の性を蹂躪して利用する連中に、決して屈さないで生きていきたいです。



【動画】10月22日に米国で放送された「慰安婦」問題の映像

The Apology
The Apology follows three former “comfort women” who were among the 200,000 girls and young women kidnapped and forced into military sexual slavery by the Imperial Japanese Army during World War II. Seventy years after their imprisonment, the survivors give their first-hand accounts of the truth for the record, seeking apology and the hope that this horrific chapter of history not be forgotten.

http://www.pbs.org/pov/theapology/video-theapology/


 この1時間23分の映像は、10月22日に米国で放送された旧日本軍戦時性暴力制度「慰安婦」問題の特集番組です。 第二次世界大戦中に日本の軍隊によって拉致され、強制的に軍の性奴隷にされた20万人の少女と若い女性たちのうちの3人の、元の「慰安婦」制度を体験させられた生存者の方たちが、筆舌には尽くせない体験から70年経った後の証言の記録映像です。

 私は日本語以外は全くできないので、字幕の意味がほとんど理解できなかったけど、ハルモニ、大娘(ダーニャン)、ロラたちの映像を見せてもらいました。
(※おばあさん:ハルモニ/朝鮮語、大娘(ダーニャン)/中国語、ロラ/タガログ語(フィリピン))

 私が若き日に出逢えた韓国、フィリピン、台湾の(阿媽・アマー)おばあさんたちの声や笑み、涙や歌声、一緒に踊ったこと、その体験をされたお身体をマッサージさせて頂いた時の温みを思い出しながら。映画や本で出逢った中国やインドネシアのおばあさんたちのことを思い出しながら。
 
 2005年、ピラール・フィリアスさんの前で、「日本政府が謝るまで、私は決して諦めません」とスピーチで約束したのに、ピラールさんも、出逢えたほとんどの生存された証言者が亡くなってしまった現在に。嗚咽しながら、悲しいほどに美しい映像を見ていました。
生存者が長く重すぎる沈黙を破り、命の限りに訴えたのに、日本はそれを無視し、確信的に歴史の真実を隠蔽し、また戦争をやろうとしています(もう参加しているとも言える)。

 今、自分の生に許された「幸福」に感動するたびに、被害にあわれたおばあさんたちや、その後の人生もなく殺された女性たちへの申し訳なさに胸に痛みを感じます。戦争が起きていても起きていなくても、この社会/世界の日常に満ち満ちた性暴力の嵐。この地球上に何十億人もいる人たちのなかで、どれだけの人が本当に自分の心身を尊重し合える関係の中で、自分を大切に感じられる暮らしを実現しているでしょうか。

 私が若かった当時も日本社会は酷かった。けれど、十年以上の歳月が過ぎ、社会の無恥で暴力的な流れは加速し続け、あの頃と比較にならないほど悪い状況になった。日本政府の蛮行を例に出すまでもなく。糸が切れるように奈落へ転がり続けるこの社会の流れを止められないできた自分に悔しさと無力さと申し訳なさを覚えます。私自身、自分が生きぬくのに精一杯で何もできないできてしまった。

 でも、諦めたわけじゃない。
絶対に、諦めないでいるための心を、おばあさんたちは私に与えて下さいました。

 大学生4年生の冬、初めて日本軍性奴隷制度についての証言を李容珠(イ・ヨンス)さんの証言を集会で聞きました。耳を塞ぎたくなる恐ろしい体験が語られ、それでも「この人は実際にそれを十代で体験し、生き抜いてこられたのだから、私は聞くくらい耐えなければ」と歯を食いしばって聞きました。
 あなた方にこの世界を生きる上で描けたはずの夢や希望、人間として体験できる幸福を、すべて奪い苦しめ続けた日本の起こした戦争の加害を決して許しません。おばあさんたちの証言は、「いついかなる時も(戦争であっても、社会が平和に見えるときでも)、女性や子ども、弱い立場の男性や、性別に違和感のある人も、性別を選ばない人も、全ての人の誰にも尊厳を蹂躪する性暴力を許してはならない」と明確に言いきれる力を私に与えて下さいました。

 私自身、証言を聴き、始めは分からなかったけれど、自分の身に起きたことについて振り返り考えることが実現してきたと思います。私は、彼女たちが幼き日や若き日に強いられた事実について知り学ぶうちに、ずっと蓋をしていた自分自身の体験した子どもの頃の体験について考え始めることができました。若き日にも様々な形での体験がありました。若くなくなり、安全な場所にきて日常の中でやっと少しずつ自覚できてくるような体験。それは、自分で自覚していたものよりもずっと深い傷でした。性暴力は、そういう耐え難い重たさを持ったものだと、今になり実感しています。自分の過去に起きた出来事の、その後の人生への余波の自覚から鑑みるとき、日本軍によって女性たちに起きたこと(人類史上で最も愚かで罪深い制度の犠牲であった悲惨な体験の歴史)の、果てしない闇、筆舌にはしえない苦しみと失われた人生を、想像することなど到底できないことを改めて知る思いです。

 言語的に壁があっても、おばあさんたちの暮らしのワンシーンを切り取ったこの美しい映像を一人でも見てほしいと願い、紹介します。目線や息遣いを映像で見ることで、感じられるものが必ずあるはずです。
同じ女性であること以前に、裁判所に入る車椅子のおばあさんに、そのまま放映すらされないような罵倒を投げかける「日本人」の側の社会の一人として。ありとあらゆる形に姿を変えて性奴隷制度を続けているこの日本社会。近代日本国家の愚かさを凝縮したアベ政権が繰り返そうとしている暴力の最たる戦争と再軍国化を、なんとしてでも食い止めたいと心から思います。がんばります。