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2018/10/04

「教育勅語」肯定内閣への抵抗は、戦争の真実を学び気持ちを分け合うこと

 第二次世界大戦の大惨事を起こした日本軍。その最高責任者を神として崇めたてまつり、日本に住む一人ひとりの大切な子どもに戦争賛美を植え付け、人々を侵略行為にひた走らせた「教育勅語」を肯定しきる安倍内閣を、私は絶対に許しません。

この秋に憲法が、力づくで変えられてしまうかもしれません。憲法は戦争をしたがる国家という猛獣の首にやっと着けられた首輪です。日本社会の人間の権利であり、社会の基盤である憲法は、人権の砦です。


そして、 
私は人間です。
おなじ人間を崇めて服従するのではなく、全ての被造物である命の世界を生み出して下さった神様に感謝し、祈りながら、神様が与えて下さった自分自身という賜物を活かせるように努め、歩んでいきます。



 教育勅語に関しては、下記の記事をお読みください。
高橋源一郎の現代語訳が分かりやすく・・・・、分かりやすいゆえに勅語そのものの異常さと、悲惨な歴史を繰り返そうとする現内閣の闇に、恐怖が更に増します。改めて 戦慄する状況です。 
参考記事(BuzzFeed News):
「教育勅語は普遍性を持つ」と柴山文科相が言ったので、現代語訳を読んでみました―「はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」2018/10/03 18:01 吉川 慧 籏智 広太
https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/tyokugo-sibayama


 天 皇を神とし、人間を「臣民」「赤子」とし、「あなたの命は鳥の羽より軽いのですよ」と教えた時代。
その考えを受け入れないで意見表明する者を「非国民」と呼び、呼ばせ、権力に殺されたり逮捕されたりした時代。
一方的な侵略戦争を「聖戦」とした時代。
アジアは解放されたのではなく、侵略された。侵略された国の戦争体験者(生存者)のお一人おひとりの証言を誠実に聴こうとすれば、どれほど日本軍が残虐なことをしたかを知らざるをえません。
人の権利など皆無で、自由に歌うことも思ったことも口に出せない、一人の人間として謳歌できる生の喜びと可能性の全てを奪われた、あの暗黒の時代。

 どの時代もそうですが、その時代もその時期を生きる一人ひとりの人間の生からできていました。
幼少期の教育がどんなに重要であるか。それが権力に利用されたときにどんなに恐ろしさを発揮するか。日本の皇民化教育が、第二次世界大戦下での日本軍の残虐な行為を可能にしました。教育は、悪に蝕まれたとき、人間本来の魂における善性すら覆いつくしてしまいます。

 渡辺輝人 弁護士(京都弁護士会)のツィッターでは、今月3日に、
大臣会見の発言の裏を取れたら、また記事を書くかもしれないが、とりあえず、教育勅語がどういうものかはこちらをご覧頂きたい。稲田は防衛大臣で管轄外だったが、柴山は文科大臣なので、教育にモロにかかわる。ヤバさは格段に高い。

と書かれていますが、本当にそのとおりで、本当にヤバいです。

 ◎渡辺輝人 弁護士の記事一覧
 https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/



 文部科学省大臣に発言を撤回させ、即刻の辞任させなければ、・・・そこを皮切りにして、なんとかアベ内閣を倒さないと、大変なことになっていくのは明白です。
「お上のいうことをきいて、お上の都合のいいようにみんな命を捨てなさい」という文部科学省が、子どもの命や権利を守ってくれるわけがないんです。 熱中症で子どもが死んでも、いじめ自殺がいくら起きても、ヘリから堕ちてきそうでもあっても。本当に、命なんてどうでもいいと考えている。こんな連中に子どもの命や、その子たち一人ひとりが本来もっている人間性を奪われてたまるかってんです。心から怒りが湧いてきます。何よりも大事なだいじな子どもたちの命や未来を守らなきゃなんないです。

 歴史の教科書からは日本の戦争で日本軍が行った行為はその事実を示す単語ごと消されてしまい、社会的に歴史の事実が継承されなくなって久しいです。そうした中で、戦争についての賛美と右傾化がより一層に加速化し、強まってきています。

 モリカケ問題は、税金のダンピングが非常に大きな問題ですが、森友学園が子どもたちに教育勅語を唱和させていたことも非常に問題です。そうした教育をする学校に日本政府がえこひいきをして税金を投入してきたことは、ありえないことであり、今回の文科省長官の発言の下地になっています。

 参考記事(しんぶん赤旗):安倍政権と森友 「教育勅語」持ち込み 狙いは「戰爭出来る國」 靖国派の国政私物化
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-04-12/2017041203_01_1.html

 森友学園の籠池前理事長は、尻尾きりにあって証人喚問された後に、教育勅語を唱和させてきた経緯と今後の方針を変更することについての声明文をだしています。

 参考記事(エキサイト・ニュース/LITERA):森友学園が安倍政権の愛国教育との訣別を宣言! 一方、安倍内閣は教育勅語の復権を閣議決定!2017年4月2日https://www.excite.co.jp/News/society_g/20170402/Litera_3043.html

 (この後、籠池夫妻は「詐欺」容疑で逮捕され、裁判も開かれず家族の面会も許されないで不当に長期勾留されていました。あまりにも露骨な権力行使です。アムネスティで国家にハガキ送るレベルの事件でした。

 参考記事:(AERA.com)接見禁止、窓なし独房 籠池夫妻の長すぎる勾留に元裁判官も疑問視 亀井洋志2017.12.6
参考記事: 籠池夫妻を保釈せよ!-読む・考える・書く(Vergilさんのブログ)
http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/01/14/134815



 双極鑷子さんのツイッター記事(-2018年10月2日19:57 )では、教育勅語をもって教育された宗主国国民で編成する皇軍が行ったことが、奪い尽くし、焼き尽くし、殺し尽くし、そして犯し尽くしたことだった
と書かれていましたが、本当にこの言葉に尽きると思います。

 日本軍がアジア・太平洋地域でどのようなことをしてきたのか・・・
殺された人だけでも約2千万人もいます。その背景に、家族の命を奪われ、心身の健康を奪われ、家も故郷も燃やされた人たちがいます。娘を性奴隷にされ、息子を徴用された膨大な人数(もうその数は天文学的と言ってもいいほどの数)がいます。

 今わたしは、ずっと読みたかったが未だ読めていなかった本で、
金城重明先生の『「集団自決」を心に刻んで【沖縄キリスト者の絶望からの精神史】』(高文研・1995年)という本を読んでいます。

『「集団自決」を心に刻んで【沖縄キリスト者の絶望からの精神史】』
もくじ
Ⅰ 「皇民化教育」と沖縄
Ⅱ 極限の悲劇 「集団自決」
Ⅲ 絶望の淵から
Ⅳ 勉学と労働と信仰と
Ⅴ 牧師への道・アメリカ入学
Ⅵ 沖縄キリスト教短大の設立と発展
Ⅶ なぜ「集団自決」を語り始めたか
Ⅷ 教科書裁判の法廷に立つ
Ⅸ 問われなかった戦争責任
Ⅹ課題としてのキリスト教平和学


沖縄戦の“極限の悲劇” 「集団自決」から、はからずも生き残り、
両親、弟妹を失って孤児となった16歳の少年はその「戦後」をどう生きてきたか――。
「平和」の創造を人間が生きる核心の課題と見さだめ “歴史”の証言を語り続ける一キリスト者の精神史。(帯文章より)



という内容です。

 まだ途中までしか読めていなけれど、読みきれたら、またこのサイトに感想を書きたいです。この本の第1章と第2章を読んだら、皇民化教育の政策によって沖縄戦で何が起きたのかの確かな一部を知ることができるはず。まだの方は是非、キリスト教に興味がなくても、いちど読んでみてほしいです。



 アベ政権(イコール日本会議と言っても過言ではありません)がどんなに極右の集まりで、力づくで戦争をしようとしているのかを自覚し、抵抗する為には、
とにかく、一人ひとりが戦争の悲惨な歴史を強いられた先人たちの奪われた人生を認識しなければならないと考えます。
そのお一人お一人の幸せだったはずの人生を奪われた痛みと苦しみに満ちた叫び声を、どうにか感じ取ろうとする行為が、圧倒的な権力にも抵抗できる心の軸になるはずと思います。本当に、学ぶことと、その学びで感じたことを共有する勇気が、長期的に見てとても大切になってくるのではないでしょうか。

 しかし、日々の生活が精一杯だったり、苦しくて仕方ない人、自らで戦争証言を読むことが出来る余裕が無い人もいます。
というか、そういう人が増えていくような政治状況だからこそ、いじめの論理が発動し、歴史歪曲と暴力に満ち満ちた社会が構築されているのだと思います。一人ひとりに学び考える余裕を一切 与えようとしない社会です。

でも、だからこそ、誰か他の人が(自分に近い立場や年齢のひとが)受けとめたことの感想や想いについてのものは、生の戦争証言よりは比較的読みやすいかもしれません。
ですから、私自身は自分が聴いたことや見たこと、読んだりしたものについては、自分が主体となって情報や意思表示をしていきたいと考えています。大人として独裁政権に抵抗することは勿論だけど、これからを生きる子どもたちに、戦争証言の絵本などを読み聞かせなどで、お互いに感じたことを話していく時間を持つなど、暮らしの中で歴史を繋いでいく大切さを再認識していけたらと思います。

 歴史はわたしたち、今を生きる人の認識によって作られます。
捏造され歪曲されまた同じ過ちが繰り返され膨大な命が失われるか、事実が継承された上で過ちが繰り返されないように注意を払い平和な世界を実現できるか。
それはわたしたちの姿勢次第であると思います。善悪を委ねられた存在として、人間は善を選ぶことを天から望まれています。