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2018/10/01

2018年沖縄県知事選挙結果を受けての私なりの決意表明

 沖縄県知事選挙、20時の時点では沖縄タイムスと朝日だけの「当確」報道だったので、かなり緊張して待っていましたが、ほんとうに玉城デニーさんの当選が決定したときは、ほっとして泣けてきました。タイムスと朝日のリスクがありながら一歩も二歩も踏み出した勇気は、ヤマト社会にもインパクトがあったと思います。(朝日の記者さんも頑張ってくれました。)
今回、国側のやり方はものすごかったようだし、デマのニュースも報道されるレベルであったということで、その中で、翁長さんの遺志を継ぐデニーさんを選び抜いた沖縄の人たちは、ほんとうにすごいと思いました。

 もちろん、沖縄に対する日本政府の姿勢が変化しているわけではないので、これまでの翁長知事の過酷な闘いが、デニーさんに引き継がれ、抵抗が継続できることになったということで、厳しい状勢には違いないだろうと感じます。 でも、希望が続いていく結果になって、翁長知事の御遺族にこうした結果が届いて、本当によかった・・・・・・と心から思いました。
デニーさんの当選は、ほんとうに日本社会の希望を生み出したといえると思います。
沖縄の人たちは、日本政府と日本社会、ヤマトの世が変わるための最期のチャンスを生み出してくれたのだと思います。
翁長さんの「 国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。 」という声に応えられるように、一生懸命 まなんだり考えたり、近くの人たちと話し合い思索を深めながら、力をつけて歩んでいきたいです。



  一夜明けて、翌日のニュースを見て、佐喜眞氏が選挙戦を敗れたことについて、アベ首相は「残念だけど仕方ない」みたいな他人事のような、軽々しい扱いのコメントで、本当に腹が立ち、またこの政権を止められないできた主権者の一人として申し訳ない気持ちになりました。 新聞記事で両候補のツイッターの内容がまとめられているのを読み、佐喜眞氏のツイッター上のコメントに、「日本人として誇りに思う」というコメントを見たとき、ほんとうに日本がしてきた皇民化教育の根の深さ、というのか、「二等国民」として扱われてきた琉球/沖縄の人たちを「日本人」になりたくさせた、魂の蹂躙と屈服が現在進行形であることを突きつけられた思いでした。ヤマトが琉球/沖縄に強いてきたことが、どれほど沖縄の人たちを翻弄し、踏み躙り、言葉や文化を奪い、同胞での対立をもたらしてきたか。想像を絶します。
 独自の王国が植民地支配され、戦争に組み込まれ、捨石にされた沖縄戦という地上戦。米軍の占領統治と日本に「復帰」「返還」の後も憲法も法律も適応されない差別とそれを野放しにしてきた日本社会の無関心。沖縄の人同士が争わされて、分断させられて、その分断を持ち込んだヤマトの社会の一員である自分の立ち位置と責任・・・。
ほんとうなら私は、こんなに軽々しく、知事選について発言ができる立場ではないはずです。けれど、「それでも」という想いがあり、書いています。加害としての立場から逃げようとは思っていませんが、それでも、醜悪を極め、ひたすら自らの責任を棚上げし、被害者の「自己責任」で個人攻撃をする日本の政治や社会の腐敗に、うんざりして、やりきれない想いがあるのも事実です。おかしいと思っている人が一定数いても、投票結果につながってこないヤマトの社会のこれまでがあり、どうにも希望が持てなくなっている中で、沖縄を厳しい状況に追い込んでいる立場にも関わらず、沖縄に希望を託してしまう自分の身勝手さも感じてきました。それでも、デニーさんが、そういうヤマトの人間の想いを、9/22日の集会の意思表明演説の中で(見たのは動画ですが、)掬ってくれたように感じました。そこに甘えきってはいけないけれど、私も沖縄の子どもたちの未来を考えたいと強く思っています。それは、ヤマトが自国の加害と支配の歴史と現実をきちんと認め、誠実に謝罪しないままでは、戦争を正当化することになる。戦争や侵略を正当化するままでは、ヤマトの子どもたちも本当に幸せにはなれないからです。誰かを踏みつけることが当然であったり、前提である「幸せ」は、真のそれではないからです。
いつか本当に世界の平和が実現した世界、国境や民族の分断がない世界で、すべての子どもがだいじにされる主の平和が実現するように祈ります。

 神様に拠り頼み祈るからには、自分にできることはしなければなりません。
今の自分に何ができるのか、何をしたらいいのか。そして、何をしてはいけないのか。
そのことについて、自分自身がもっと認識をもてるよう学び続けることが必要だと再認識しました。そして学びには果てがないから、その都度、その時点での仮定をもって、まずは動きだす決意と勇気を持たなければならないと思いました。抑圧している立場として、抑圧されている人たちが強いられているものを、想像力を常に限界まで働かせ感じ取ろうとする努力をすること。「自分は何も分かっていない」とを肝に銘じることなしに、ほんとうにこのヤマトとしての責任を担い、沖縄の人々の呼びかけに応じてことは出来ないのだとこの間、痛感しました。「大丈夫そうだ」、と思ったらもう派手にこけていて、その都度 のたうちまわる恥ずかしさは相変わらずですが、その苦しさで改めるチャンスを放り出してはおしまいだから・・・。楽じゃないけど・・・、苦しいときほどいろいろ学べるのも事実で。楽で不誠実に生きてて気付かないよりずっと幸せなはずだから、皆様に助けてもらいながら、進んでいきたいです。

 



 現在の安倍政権のメチャクチャさは、モリカケを例に挙げるまでもなく枚挙に暇がありませんが、死刑大量執行の前日に西日本集中豪雨の際に大宴会していたことだけとっても、絶対に私は許しません。その時期、立憲民主党の枝野さんの国会での三時間に渡る演説をされたということで話題になっていました。この演説がブックレットになったものを、今朝になってやっと初めて読みました(『枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』扶桑社)( ←昔、「新しい歴史教科書を作る会」の戦争賛美の教科書を作っていたけど、この20年くらい何か方向転換があったのかなぁ?それとも売れるからなの?でも、そうだとしても、よく出してくれたと思いました。もちろん、歴史歪曲教科書を売ったことは絶対に許さないけど)。
非常によくまとまっていて、重要な演説でした。胸がすく想いというか、とても力をもらいました。これをレジュメみてのアドリブで、嵐のような野次の中、三時間演説したのは、本当にすごいと思った。(その凄さを体感してみようと、試しに私も早口で朗読してみたけど、三分の二くらいでついに声がでなくなりました。政治家のバイタリティーと精神力はすごいもんだ。)

 枝野氏の演説を読み、改めて、このままこのモラルハザードを極めた政権を止められなければ、社会はこれまでの機能を失い、これまでの世の前提が崩れ、何をどう信頼して判断していいのか全く分からなくなると思いました。来るところまで来ました。ここで舵をきるしかないと感じます。

 改めて四年前の県知事選挙で当選した翁長さんの写真を、亡くなる前の写真を比べて見たときに、 もうこんなことを繰り返させてはならない、デニーさんが翁長さんのような最期を迎えないように。四年前、誰も翁長さんの最期のあの姿を想像していなかったはずです。四年後に同じような選挙で沖縄が翻弄されないように、日本の政権と社会がここで変わらなければならない。翁長さんの急逝から、その生き方を目の当たりにしたヤマトの社会も、少しずつ報道が増え、問題の認識が浸透してきているようにも感じます。これを一過性のものにしない、考え続ける努力がだいじだと思います。
今度はヤマトンチュが頑張って、日本の政治を変えていかないと。憲法は風前の灯となってます。沖縄の人たちの、強いられた分断のなかでも屈せずに諦めず、平和を求め示し続けてくれる呼びかけに、沖縄の心に応えるためヤマト側が変わっていかなければ未来はないと感じます。

 思い返せば、一年前。高江に米軍ヘリが墜落したのも選挙直前だったから、もう一年がたったんだ・・・。(ヘリの部品に使われていた放射能が検出されたと報道されていたみたいだけど、牧草や豚肉を出荷しておられた農家さんだったのに、被害にあわれた生活はどうなっているのだろう・・・。九州で自衛隊のヘリが墜落したおうちの方たちも、被害にあったのにバッシングにあったりされていたけど、今どんな状況で生活しておられるのでしょうか・・・。)

 あの時期は、衆議院議員選挙前に前原誠司氏が民主党を勝手につぶしてしまって、最悪アベ氏と小池百合子氏の極右二大政党になるのではないかと怯えてながら不安の中で暮らしてしていました。しかし、土壇場で立憲民主が出来て、共産党は立憲民主にだいぶ議席を譲ってくれて、いまの共産党は本当にすごいと思った。志井委員長は「見返りは民主主義だ」という歴史的な名言をコメント。感動しました。枝野さんの演説原稿よんで、ギリギリのところで立ち上がってきたこの流れを、もっと大きなものにしないと、取り返しがつかなくなると危機を新たにしました。

 日本の国会は戦後で最悪の状況だと思いますが、首の皮一枚で、日本の政治から希望はまだ潰えていないと信じられる気がします。頑張っている議員さんの仕事を受けとめ、学びながら、国会の外から政権を追い詰めたいです。このままだと憲法に保障された今ある人権は吹き飛びます。そうなったら、戦争で犠牲になった方たちや、選挙権の無い人たちに合わせる顔がありません。
アベ政権の日本政府の暴走を、なんとか止めなきゃいかんです。

 来年2019年2月は、普天間基地の返還予定期限です。そして、来年の4月は、統一地方選挙です。
憲法改悪と戦争に直進している現日本政府を止めるためには、日本列島に住んでいる一人ひとりが日米の安全保障についてはもちろん、この政権で自分たちの暮らしや未来が守っていけるのかを真剣に考え、また加害の歴史を繰り返さないために、これに対して明確な意思を示していくことが大切と思います。


 デニーさんが提唱した「誰一人として取り残されない政治」を、日本の政府にも強く求めます。本来、政治が目指す場所はそこではないかと。第二次世界大戦から何も変わらず、「権力者さえ大丈夫ならば、あとは犬死でいい」では、歴史を積み上げてきたことにならず、いよいよ滅びてしまいます。
 それぞれの歩みをそれぞれの場所で、静かに決意できる時が来たような気がします。一人でもいい、勇気をもって踏み出したら、他の心ある人の姿が見えてくる。希望は繋がり大きく育つ。確信をもって、そう思います。

基地はどこにもいらないし、戦争も差別も死刑も優性思想もいりません。
権力の命への冒涜を許さないし、それに追随し加担する暴力と人間性の放棄を、私自身は決して選びたくありません。

 知事選と宜野湾市長選、頑張られた皆様、本当にほんとうに、お疲れ様でした。
私も心に新しい風を受けて、自分のところから泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしながら、自分らしくではあるけれど、地道にまた取り組んでいきます。がんばるぞ!



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