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2018/09/28

平和を求め続ける力の根源になる体験。広島での《原爆の図》展と宋神道さんのドキュメンタリー映画

平和を求め続ける力を得るためには、耐え難い人生を強いられた人たちの声を聴き、その体験を何度でも知ろうとし、心に刻み、いつも想いを新しくし続けることが大切だと思う。
希求し続けるのは楽な道じゃない。自分のことだけなら、とっくに諦めてる。でも、どうしても諦められない。
諦めてはいけないと強く思える体験をどう作っていけるだろう。



広島市で、現在 丸木位里さん・丸木俊さんの「原爆の図」展が行われているそうです。(2018年11月25日まで)
 特設サイト:広島現代美術館 丸木位里・俊 《原爆の図》をよむ https://www.hiroshima-moca.jp/maruki/#

大木正夫:交響曲第5番「ヒロシマ」より[悲歌]




どんなに、どんなに歴史を隠蔽しようとし、美化しようとしても、戦争の渦中での一人の悲惨な人生の結末は、「無かったこと」にはならない。このまま無かったことにさせたい勢力がどんなに強くなって、それが社会の主流の認識になったとしても、私は無かったことにはさせたくない。
戦争の渦中で犠牲にされた人たちの命。尊厳。
戦争がなければ、泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、愛したり愛されたりしながら、こどもから大人になり、次世代を生んだり育てたりしながら老いていき、淡々と去っていくはずだった一人ひとりの人生。暮らし。未来。続いていくはずだった時代と文化。
世界で唯一無二のその人たちを、奪い、犠牲にしたことにすら、自覚ないままに都合よく忘れ去ろうと過ごす現在。この歴史の末尾を生きる者として、これ以上はせめてもう踏みにじりたくないと希う。

《どうして、自分の命はあんなふうに奪われたのか》
《何故、あれが私に起きたのか》
答えの無い問いを堪えて、
「もうこんなことは私で最後にしてほしい」と言ってくれたその人の海よりも深い苦しみと他者(特に次世代を生きる者たち)への愛を、せめて受けとめて生きなければ。それは他の誰でもない、私自身が、なんだ。

戦争への道を食い止めたい。なにもかも違う人だって、誰だってみんな、幸せになりたいとただ願って一生懸命に生きているんだと思う。私たちは皆で幸せにならなきゃならない。だれももう犠牲にならなくてすむよう、今、助け合って選び取って、みんなで生き抜いていかなきゃ。いのちをだいじに。一番だいじなことは生きること。

平和がなければ個人の幸せは実現しない。だれか泣き寝入りする一人がいるならまだ世界平和は実現していない。
私は平和を求める。

赤ちゃんやこどもたちが元気ですくすく大きくなれるように。
おとなたちが子どもを愛で育てる幸せを感じられるように。
これまでの社会や時代を生き抜き、築いてきてくれた方たちに安心して暮らしてもらえるように。
人間が自然のなかで、ほんとうに深く息をして暮らせるように。
すべての生きとし生けるいのちが、いられる世界であるように。

諦めそうなときもあるけど、でも、平和を求め続ける。戦争や暴力、核、差別や虐めを認めない(それらに加担している今の自分に気付き、生き直したい)。

戦争や経済最優先の社会や優性思想に、たった一度の人生を奪われ、命と尊厳を奪われた方たち。
この方たちの声を聴くことなしには、平和を諦めないで求め続ける気力は生まれてこないと、最近つくづく思っている。

気落ちしてきたら、小さな声でWe Shall Overcomeを口ずさむ。
何度でも『おきなわ島のこえ』、『みなまた海のこえ』を声に出して読もうとする。都合よく忘れている自分に気付く為。

昨日は本棚にあった映画パンフから宋神道(ソン・シンド)さんと支援する会のドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』のパンフレットをふと取り出し、文字起こしされたシナリオを読みなおした。


在日の慰安婦裁判を支える会 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7486/
(今ホームページを久しぶりに見たところ一般DVDは1800円、上映も1万円で出来るみたい!)
裁判記録の本も本棚にある。久しぶりに読みたいと思った。
「私の心も負けてません」って応えられるように。宋さんは亡くなったけど、声は消えない。高裁に負けたときのあの歌も忘れない。


 負けた裁判 よろしくよかばってん
 いくら負けても オレは錆びはせぬ
 ここに集まったお客さま よく聴いて
 二度と戦争はしないでおくれよ ああ
 としこは今でも 100年生きても 明日くたばっても
 やるときゃやる
 お金がなくても 着物がなくても かざりがなくても
 やって見せる この政治家のホイトども
 あ ドッコイ あドッコイドッコイ 


想い、強くされ、歩み続けたい。