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2018/06/16

バジルの枝からアイヌモシリに。

新鮮なバジルが多めに安く手に入ったので、久しぶりにタイの料理のガパオ(バジルいりそぼろ炒め)を作った。

バジルの茎が硬かったので、葉っぱと花をとって、それぞれ料理したんだけど、その茎を何気に軽量カップに挿してみた。
そうしたら、ふいに、故・砂沢ビッキさんの作品を近江八幡のギャラリーNO-MAで昔 観れたことを思い出した。懐かしくなった。

(あ、下記URLページの左上のこの作品ですね。バジルの枝から、これを思い出したのです。http://bikkyatelier3more.wixsite.com/atelier3more/no4

この近江八幡の展示で、ビッキさんの写真集が閲覧用にあって(彼の作品も、そうだけど、彼自身を写した写真集だったんだけど)
これがどうしても欲しくて写真を撮った写真家の甲斐敬章さんに電話して問い合わせたものなぁ・・・。
(ギャラリーで買ったポストカードセットのケースにに問い合わせ先が書いてあったから。「もう手元にも1,2冊しかなくて譲れなくてすみません」ということだった。いまも残念。)


アイヌモシリ(北海道)の旭川より北にある音威子府に、彼の記念館がある。いつか必ず行きたい場所。
◆砂沢ビッキ記念館 アトリエ3モア (冬は雪のため行けないので閉館らしい。)
http://bikkyatelier3more.wixsite.com/atelier3more



アイヌ民族の木彫り師の方たちの伝統的な作品や生活のための民芸品の美しさや気高さ、力強さに加えて
彼は、芸術家として生き物の魂や風の形を木彫や絵や文章で現し続けた。
いのちの艶かしさを果てなく自由に、そして官能的に解放している。

ビッキさんの絵がプリントされてるTシャツも13年くらい着てるけど、洗濯するときはネットに入れるだけじゃなくて、いちいち裏返して洗おう。だいじにしよう・・・・ とか考えてたら、

久しぶりに大好きな歌を思い出した。

塚田タカヤさんの「森の人よ」だ。


「森の人よ」
作詞作曲、歌 塚田タカヤさん  


  俺は想う わずか200年前のこと
  あたりは全部 原始の森だ
  川は流れる その流れのままに
  谷をわたる風 青い青い空だ
  想い巡らせてごらん その頃のおまえの人生を
  深い森に生きる あのなつかしい日々を

 *Yeh Oh 森の人よ Yeh Oh 森の人よ
   Yeh Ah 森に住む人よ Yeh Ah 森に住む人よ

  祈る男たち 踊る女たち
  森をぬけて 歌う声が聞こえる
  俺は夢見る はばたくシマフクロウよ 
  夜空に響く オオカミのうたよ
  思い巡らせてごらん 何千もの鹿たちの群れよ
  あそぶヒグマたちよ わらう子供たちよ

 *repert

  思い巡らせてごらん 殺された多くの魂よ
  本当の自由よ 本当の平和なときよ

 *repert



2005年頃、この歌に支えられて仲間たちに連れられて成人してから初めてアイヌモシリに行った。「北海道」をアイヌモシリだと認識できてから初めての旅だった。(最初っていっても、それ以来いけていないけど。)
いろんな土地で、集落があった場所が森になっていたり、アイヌ民族のお墓が大学の敷地の中で「縄文人遺跡」とされていたり、公園になっていて全く分からなかったりした。北大の中にある骨が囚われている安置所は、なんの立て札も看板もなく、表からは全く分からなかった。旭川でもとてもお世話になった。私は全くお手伝いしていないのに、出来たばかりのチセ〔家〕に入れてもらったっけ。

生き証人の方たちに労力と時間を割かせて、現場を案内して頂いたことを思い出す。たいして学びもせず飛び込み、疲れきった方たちに語らせ続けることを強いていて、それに慣れきっていた。無知で無恥なことも知らない若い自分。

二風谷にも、みんなでヒッチハイクしながら行った。(見も知らない私たちをご厚意で乗せて頂いたのに、疲れてうっかり車内で眠ってしまったどうしようもない自分だったけど・・・。私とぺアになった仲間は災難だったわねぇ・・・。)


もう20年ちかく前になるけど、2000年の秋、高校3年生だった私は大学の入学前テキストで、やがて恩師になる人の文章から生まれて初めてアイヌ民族の存在を認識した。まだインターネットが身近でない時代だったけれど、たまたま高校の選択授業でパソコンでインターネットをして何か調べて感想文を書けというのがあって、アイヌ民族について知りたいと思い検索した。
そして、「アイヌとシサムのウコチャランケを実現する会」のホームページに行き当たった。アイヌの聖地の一つである二風谷に造られたダムについての裁判の資料を公開していた。ホームページに掲載されていた貝沢正さんと萱野茂さんの裁判での陳述を、 声をあげないように泣きながら読んだのを覚えている。(このサイトはもう無い。)

貝沢正さんの息子さん、貝澤耕一さんは今も森を育てるために木を植えておられる。
NPO法人 ナショナルトラスト・チコロナイ http://uwamuki.com/kinobunka/j/kikou/2005.12.21/kaizawa.html

1999年7月10日に九州大学で行われた講演録http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~tomotari/kaizawa.html


歴史を学びなおし、過酷な現在を認識し、自分の立ち位置の責任をうやむやにせずアイヌ民族のシサム(よき隣人)にいつかなれたらと、諦めず願い行動できる自分になっていきたい。

この国家によって全てを虐げられてきた全ての民族、すべての人々。今を生きる方たちと関係を紡いでもらえるような自分を生きたい。

私自身に何もできなくても、それでも
自分の暮らしの中で、昔に出逢わさせて頂いた方たちとの時間や体験と心のうちで出会いなおしていけたら、それは改めて感じ取り、学びなおす機会になるかもしれないのだ。自分次第なんだ。どんなに素晴らしい経験をさせてもらっても、忘れてしまっては、それは忘恩になってしまう。あの方たちが苦痛を経てしか受け渡されなかっただろう証言の数々。亡くなられた方も多い。この方たちが命を削ってまで若かった自分に受け渡したかったものは何だろう。

私の受けてきたものを思い出し、考え続けていく責任が私にはある。そのことを改めて実感した。
お世話になった方にお礼を述べられるような近い存在でもない自分だけど、敬愛する皆様の無事を祈りながら、その思想のカケラをいつか受け継いでいけたらなぁ。真摯に。でも柔らかく。



アイヌ語:ウコチャランケについての萱野茂さんの言葉。
ウ=お互い コ=目的 チャ=言葉 ランケ=降ろす

お互いの目的のために言葉を降ろす・・・。

人の魂を傷つける凶器としてではなく、人と人の間を繋ぎ 生命の輪を廻し続けていくための力を持つ言葉。
何を目的にして言葉は発されるのか。その目的を成就するには、何を守る必要があるのか。

自分はどういう言葉を発しているのか。何を目的にして相手と話しているのか。なぜ、今も稚拙でしかなくても書いて公表するのだろうか。

もっともっと思索を深くするために、学ぶこと、新しく感じることが必要な気がした夜だった。
感謝です。
アイヌモシリに心を向けて眠ります。今夜はもう遅いから明日以降、本棚にある絵本『イオマンテ -めぐるいのちの贈り物』(パロル舎)を読むつもり。たのしみ。

書いたものを読んでくださってありがとうございました。おやすみなさい。