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2018/02/09

滞在難民の虐待が未だに続いている日本の入管。メルバンさんの為、抗議を!

下記の記事をご覧ください。

記事:

新婚女性を拘束、吐血・痙攣しても薬を与えず、口封じの脅迫―東京入管の難民虐待が酷すぎる
志葉玲 | フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
2/7(水) 11:00

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20180207-00081337/



私もパニック障害になったことがあるが、その症状の人から薬を奪い、監禁し虐待するということは、直接的に命に関わる本当に危険な状況だ。肌で感じる。メルバンさんが入管から出て、夫と暮らせるようになっても、その体験のPTSD(トラウマ)に苦しめられることが想像される。一秒でも早く彼女を入管から解放しなければならない。

メルバンさんは暴力と恐怖と支配と闘っている。監獄の中で、人間の権利のために。
この境遇で抵抗し続けている彼女のすごさに圧倒される。この人を奪われてはならない。

直接入管に行くことができなくても、
電話、ファックス、メールで、声を叩きつけなければ。今!


【緊急】日本育ちのクルド女性メルバン・ドゥールスンを直ちに解放するよう東京入管に訴えてください。パニック障害で、自分の薬すら使わせてもらえない彼女に、これ以上の収容は危険すぎます。皆様、どうかよろしくお願いします。(FAX)03-5796-7125、 (電話) 03-5796-7111、(メール) info-tokyo@i.moj.go.jp


【メルバンについて続報】

1月23日にこのキャンペーンを始めて次の日24日、メルバン(MEHRIBAN・DURSUN)は女性職員B466に呼び出され「電話やFAXを続けるならお前を解放しない」「これで外に出れると思うなよ」「面会も禁止させるぞ」などの卑劣な恐喝を受けました。そして次の日、脅しに屈しなかったメルバンに、なにかまずいと感じたのか、B466は手のひらを反すように急に態度を変え「そんなつもりはなかったのよ~」と言ってきました。まったく気持ちが悪いです。

しかし、吐血をした件で、今まで連れて行ってくれなかった外の病院にやっと連れて行って貰えたそうです。現在、検査中です。
メルバンは覚悟を決めていて、弁護士もどんどんやってくれと言ってくれているので続行します。
皆様、引き続き東京入管にメルバンを解放しろと電話やFAXをお願いします。私たちの力でメルバンを救い出しましょう。

東京入管 03-5796-7125 (FAX) 03-5796-7111 (電話) info-tokyo@i.moj.go.jp

Pinkydragon ~ SYI (収容者友人有志一同: Immigration Detainee's Friends)




様々な理由で日本に暮らす、祖国以外の場所で暮らさざるを得ない人たち。日本で育った在日外国人の人たち。絶対権力の日本政府 法務省 入管に、脅され続け、生活を簡単に奪われ、入管の中で非人間的に扱われ、医者にかかることも、薬をのむことも許されない、そんな暴力が日常的に起きている。虐待され、ほぼ確実にその人の命や生活を奪う「本国」に無慈悲に「送還」しようとする。入管の中で殺される人もいる。

日本の入管で起きていることは、日本社会がどこまで人間に対して残酷かということの極みのひとつだと言える。日本社会で育った子どもに対して、「この国から出て行け」脅迫する「デモ」が行われだして何年たつだろうか。(10年は経ってると思う…。)社会の構成員資格がルーツや血筋にのみあるというのは、この社会に智徳が無いことの何よりの証明だと言える。

政府の姿勢や入管の職員への責任追及が必須なことは勿論のことだ。けれど、この問題を知らずに済ましている、…いや、もっと言えば、「自分は意識を持っている」と都合よく現場を忘れ、油断して日々を過ごしている私自身にも重大な責任がある。そのことを痛感している。

日本社会のアパルトヘイトウォールは全くもってヒビさえ入っておらず、むしろ壁は分厚く、高くなり続けている。
その見えない壁が、自分の心の中に入り込んでいたことを認めざるを得ない。

何故なら、私は2004年夏に東京青山の国連大学前で座り込みをしていたクルド難民のカザンキランさん御一家、ドーランさん御一家にお会いしたことがあるからだ。にも関わらず、そのことを今やっとのことで思い出している…。
夏の灼熱の日差しを受け、夜は蚊に刺されながら、国連大学の前で全てを懸けて座り込みをしていたクルド人難民の二家族。近くにある水道で身体を洗われている小さな子どもたち。「もう戻る家もない」と話してくれたカザンキランさんの覚悟した目と話口を思い出す。強制排除がきたとき、自身にガソリンをかけ抗議の焼身自殺をしようとしたカザンキランさん
http://www.mkimpo.com/diary/2004/kurd_sit_in_2004_articles.html
そして年が変わり、カザンキランさん親子は、2015年1月17日にトルコに強制送還された。(今、生きておられるかどうか・・・。)
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200501190443.htm

私がカザンキランさんがトルコに強制送還されたことを知った日、万博を控えた名古屋・白川公園で野宿生活者の方のテントが強制排除が強行された。この二つの権力の横暴が、稚拙でも未熟でも、とにかく自分で発信していく責任があると、初めて自分のブログを立ち上げるきっかけだったことを思い起こした。


その後、知人に誘われてビルマでお正月に行われるという水かけ祭に参加させてもらったこともあった。難民として、また働く為に日本に来られた大勢のビルマの人たちが楽しい祭が始まる前に、軍事政権に対しての抗議の声をあげていた。それまで笑顔だった大勢の人たちの顔に、強い怒りと苦しみ、厳しさが浮かんでいた。祖国によって祖国が奪われ、逃れてきた日本でも酷い目にあう。どれだけの苦労を強いているのか想像を絶すると感じた。


布団で簀巻きにされ子どもと引き離され荷物として「送還」された女性の身に起きたことを、ラフィック(RAFIQ 在日難民との共生ネットワーク http://www.rafiq.jp/)の人たちが平和のための集会で再現してくれた時のことも思い出す。http://0000000000.net/p-navi/info/column/200502020646.htm
泣き叫ぶ女性を押し倒し、力づくで布団で簀巻きにしていく入管職員たちの姿・・・。凄まじい現実が、在り続けていることに呆然とする。人間はどこまでも残酷になれる。例え手を汚さなくても。

そのことに向き合い行動し続けている支援者の方たちがいる。自分にとっては当たり前のことを、自分が構成する社会から奪われ続けている人たちと共に生き続けようと日々必死に当事者を支援している人たちがおられる。

Pinkydragon ~ SYI (収容者友人有志一同: Immigration Detainee's Friends) Blog
http://pinkydra.exblog.jp/26252899/

【これは見る責任がある記録だと思う】SYIメンバー織田朝日さんの4コマ「ある日の入管」掲載ページ
 http://pinkydra.exblog.jp/i9/


SYIメンバー 織田朝日さんツィッター

https://twitter.com/freeasahi?ref_src=twsrc%5Etfw&ref_url=https%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Fbyline%2Fshivarei%2F20180207-00081337%2F



  
うまく言葉にならない

私はといえば、上に書いたような体験があったというのに、メルバンさんのことを知るまで、この問題から目をそらして暮らしていた。自覚のない無関心や、その場だけのただの同情から、一歩でも踏み出していかなければならない。そのことを強く感じる。

繰り返され続けている暴力を受けている一人ひとりの当事者は、当たり前だが全て違う人だ。起きている事象は多々あれど、毎回 誰かがたった一度の人生を奪われていく。

すべての問題に関われはしないし、日常の中で常に苦しい立場の人に想いを寄せ続けることは、私のように弱い人間には簡単ではない。しかし、だからこそ、今回のような呼びかけにその都度 応えることが大切なんだと思う。


暴力を認知せずに放置し続けることは、暴力を維持し、更に激化させる。
私は抗議の声を入管に届けなければならない。電話し、ファックスを送ろうとしている。メールも。

とにかく情報は早く拡散されねばならないので、まだ行動していないけれど、ここに載せた。私のブログなど見てくれている人がいるのかいないのか全く分からないけど、とにかくこの世界の中で生きている一人ひとりの力を出し合い、皆で一人のひとを救わなければならない。



イスラエル軍のブルドーザーからパレスチナ人の家を守ろうとして、轢死(れきし)させられた
レイチェル・コリーさん(享年23歳)の言葉

「こんなことはもう終わりにしなければ。私たちみんなが、すべてを投げ捨てて、これを終わりにするために自分たちの人生を捧げるというのは、いい考えだと思います。それは、もはや過激な考えではないと思います。」



そして、聖書からイエス・キリストの御言葉

 「わたしがあながたを愛したように、互いに愛しあいなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」
(ヨハネ福音書15章12節〜17節)




知らないことも知らず、知っても無視し、体験しても忘れてしまうことが多々ある私自身をどう変えていけるだろうか。自分を見つめることは怖い。精一杯やれてるか、自問自答し続けていくことも怖い。不断の意識が必要だ。臆病で全くダメな自分に打ちひしがれながらも、気付けた幸運に感謝して、ちいさな歩みを続ける他ない。

それは、「苦しんでいる誰か」の為だけじゃなく、自分自身を解放していく道かもしれない。



それで、ここまで書いて
今、おださんの4コママンガを現在掲載されているものを全て読んだ。・・・・嗚咽がとまらない。

支配から一人ひとりを解放しなきゃ。こんな暴力と横暴ゆるされないよ。
おかれた立場によって、こんなにも不平等なこと・・・・。

「頑張る」って言葉、あんまり好きじゃないけど、頑張ろうと思う。
動かない酷い状況があり続けても尚、当事者に寄り添い続けている人に力をもらいながら、せめて自分の分だけでも頑張ろう。

誰かの苦境と自分の無力さへの悔し涙がとまったとき、時間が経っても泣いていたことを覚え続けて歩んでいけるようにならなくちゃ・・・。