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2018/12/31

フォトジャーナリストH氏の性暴力について。第一稿


【2018年12月31日に書いた文章】

(1)
 先週の水曜日の夕方、フォトジャーナリスト広河隆一氏の性暴力の発覚ニュースをパートナーから聞いたとき頭が真っ白になりました。思いがけない訃報を聞いたときのように現実感がなく、しかし事実であることは明確に分かっている。けれど理解がついていかない、というような感覚でした。夜に、バズフィールドの小林明子さんの記事を読みました。(※この記事の冒頭にフラッシュバックへの注意喚起が必要だと思います。)
 被害にあった方たちお二人の証言が取材されていました。あまりの酷さに吐き気がし、この方たちはよくぞ生きぬいてきてくれたと思いました。世界で最も憧れた人から性暴力を受け、夢も人に対する信頼も奪われた後に、どんな人生を歩んでこられたのだろうかと考えようとしましたが、辛くて。被害にあった女性たちには、既にこの世を去っている人もいるであろうことを感じました。生き残ってくれている人も、精神疾患を抱えている方も多いだろうと思いました。その日は悲しくて辛くて、涙が溢れてきて明け方まで眠れませんでした。

 広河隆一氏は1982年にイスラエル軍が包囲するパレスチナの人たちが住むシャティーラ難民キャンプにレバノン民兵が入り数千人を虐殺した時、彼はその現場に最初に入ったジャーナリストでした。パレスチナもチェルノブイリも報道のみに留まらず子どもたちへの支援活動を組織し、チェルノブイリ支援に関しては2001年にはベラルーシから国家栄誉賞を、2011年にはウクライナの有効勲章をもらっています。彼の仕事にリスペクトを抱いていた人、彼の撮った写真に人生を方向付けられてきた人、20年間に渡り全国で1200回以上されてきた写真展に携わった人、彼の提案した運動に賛同して貢献してきた人、彼の編集雑誌デイズジャパンに写真を載せたり記事を書いた人、購読運動をしてきた人、その雑誌を講読することを通して世界の不平等と不正義の構造について考えてきた人、彼の仕事により存在を伝えられてきた全ての写真の被写体となった人たちが、この人が女性たちを蹂躙してきた事実により裏切られたのだと思います。
 この度の長年の性暴力事件の発覚は、「個人の裏切り」に留まらないだろうと私は感じています。彼がしてきた仕事が、人間の良心や善の表れ、また真実を直視する姿勢や行動が巨悪を崩していく力になりうるという価値観の形成と共有であったため、そうした思想自体が打撃を受けていくと思います。信頼を裏切られたことによって、人間の善性やジャーナリズムの役割への不信を感じるような複雑な想いが多大な人に及ぶであろうことを想像します。
一報を受けて、時間が経つにつれて、彼女たちが置かれていた被害を言い出せなかった重圧への想像が働くようになってきました。

 私は彼の仕事について、フォトジャーズムの仕事自体も、世界を変えていく上でのフォトジャーナリズムの重要性を体言した雑誌の刊行も、パレスチナの子どもたちの里親キャンペーンも、チェルノブイリで白血病になった子どもたちの保養施設も、フクシマの被爆から子どもたちを疎開させる保養キャンプも、全部ひとりの人間に出来ることの可能性の最大値を実現しているひとりで、「この働きはもう偉人だ」とさえ思っていました。ドキュメンタリー映画の中で、パレスチナ人たちのイスラエルへの抗議デモを取材中にイスラエル軍の催涙弾の煙に巻き込まれ咳をしているのを聞き、尊敬の念はより深くなりました。その時期、この映画を紹介するブログの記事に、私は「こういう人がいるから、人間への希望を諦めないで済んでいる。私も頑張っていきたい」と書いていました。しかし、私のこうした彼に対する考え方や感じ方が、被害女性たちを黙らせる彼を神格化する構造に加担していたのだと痛感しました。

 広河氏の講演会に、私も何度か行ったことがあります。講演会の主催者に知人が居て、パレスチナ雑貨の販売のお手伝いをしたこともあったと思い出しました。思い出しながら、件の記事に講演会にきた人を彼が誘い、主催者と揉めたことがあったということ書かれていたことが頭を掠めました。近年、私が住んでいる地域で彼の映画の上映会があったときに、思いきって(私にとっては高価な)写真集を買いました。買った写真集も含め、学生のときから集めてきた彼の編集してきた雑誌が本棚にあることに耐えられなくなり、引き抜いて袋に入れました。その時、二年前に写真集に書いてもらった自筆のサインと日付をみて、ゾッとしました。大学に進む前に写真の専門学校に行こうとしていた私も、もしかしたら彼の被害に逢っていたかもしれなかったと感じました。お金がなかったから無理だったけど、デイズジャパンの若手写真家養成講座に参加したいと思っていた時期があったことも思い出しました。

 本をしまう途中、雑誌の講読募集の小冊子が目に付きました。何気なく開くと、編集長である彼の写真の横に、「加害者は、必ず被害を隠す。」という言葉が書いてありました。嫌悪感で眩暈がしました。私は精神の持病で感情障害がありますが、ニュースを知ってからずっと鬱気味でしたが、これを見て解離性の鬱の症状が一層強くなりました。その夜も嗚咽が止まらなくなりました。年末で帰省しているパートナーは体調が悪そうだったため起こしたくなくて、家事をしていましたが、一人で泣いて祈っていました。言葉は出てこなくて、ひたすら「神様・・・」と呼びかけ続けていました。そして、ふと気付きました。「ずっとパレスチナ支援をしてきた、お世話になっているあの先輩は私よりもっと辛いだろう…。」そういう気持ちを短いメールにして、落ち着いたら今度お電話したいです、と送ったところたまたま起きていたその人から返信がすぐ来て、お電話できることになり、結局こちらが救われてしまいました。私も性被害の体験があるし(みんな、なにかしらあるよね・・・。)、彼の仕事に尊敬の念を抱いてきたから、これらの要素で心身がここまで反応したのだろうと感じます。そしてきっと、そういう人は少なくないだろうなと想像します。

 十年ほど前に、大阪の市民劇団の芝居でパレスチナ問題を題材にした劇に出させてもらったことがありました。私はレバノンの難民キャンプにいるパレスチナの少年の役でした。「日本のお母さんへ」という出だしで始まる台詞は、日本のパレスチナ里親キャンペーンに参加している女性への手紙の文面でした。ストーリーは、パレスチナ里親支援に参加する主婦が家計の厳しさから里親支援をやめようか迷っているとき、自分の息子も就職難で自衛隊に入隊せざるを得ない状況になっていくというもので、ガザの空爆や、ジャーナリストの体験が織り交ぜられる朗読的な要素が強い芝居でした。その中に、広河氏が1982年にレバノン、シャティーラ難民キャンプに入るときの体験が演じられる場面がありました。イスラエル軍による戒厳令がでて、宿で砲撃音を聞きながら布団をかぶって震えていた彼が、意を決して現場に赴くところが演じられていました。お芝居を見に来てもらった人に写真雑誌を買ってもらえるようにしようということで、劇団側が雑誌の事務局に連絡をとって準備して販売してくれました。「一枚の写真が国家を動かすこともある」「人々の意思が戦争を止める日が必ず来る」ってスローガンが掲げられているその雑誌を…。今、その舞台に一緒に立った皆様は、あの芝居を観に来てくれた人たちは、一体どのような気持ちでいるのだろうかと思います。


(2)
 イスラエル軍に殺された人たちの遺体。泣き叫ぶ遺族の女性たち。被弾し大怪我をした子ども。白血病で命の灯火が消えようとしている子どもに寄り添っている親。村だった場所の瓦礫。廃墟に転がる人形。音楽を奏でていたはずの打ち捨てられたピアノ。イスラエル軍に対峙する、クフィーヤ(中東の織物)をした女性が堂々と掲げるピースサイン・・・。虐げられても家族を殺され故郷を奪われても、命の限りに尊厳を求めて生きるあの人々の姿。それを写した広河さん、あなただけは、人権侵害に加担してはいけなかった。己の責任と影響力を自覚して、自分の内に巣食う支配欲を直視してほしかった。自分の弱さを自覚し、悪を律してほしかった。目の前の夢を抱いた一人の女性を、正しい指導者として守り導いてほしかった!

 私は、これまで大切だった写真たちを、これからどう取り扱ったらいいのか、全く分からなくて途方にくれています。氏への嫌悪感から捨ててしまいたい気持ちと、そこに映されている人々の姿を葬りたくないという葛藤に引き裂かれるような。どうしたらいいんだろうか。ほんとうに言葉になりません。


 私は、広河氏に訊きたい。
《いつから、いつから、そんなことをしていたんですか?
「取材でのストレスを女性たちにぶつけていたのかもしれない」って、そんなのお国のための戦争に戦って少女たちを『慰安婦』という名前で性奴隷にしたことと何が違うんですか?
フォトジャーナリズムを志した女性たちを道具にして使い捨てて、それはあなたの仕事や思想と矛盾しなかったんですか?苦しい人生を強いられた人たちを写真に撮ったのは名声と権力を得るためですか?そのための利用でしかなかったのですか?取材先の場でも同じようなことをしていたのですか?
女性たちを蹂躙しているとき、彼女たちも一人の人間であると理解していましたか?》

 そして、こう続ける。
《女性たちはあなたの仕事について尊敬を感じ、憧れていたでしょう。でもそれは、あなたを恋愛の相手として見ていたことにはならないし、もし万が一、仮に、仮にですが若い女性がそういう態度をとってきたとしても、あなたは年配の男性でしかも他の人より権力を持っている指導者の一人として、きちんと相手を導く責任がありました。あなたは勘違いをした上に、権力を利用し、一人ひとりの人生と尊厳を奪いました。あなたの内面はイスラエル軍のように、日本政府のように暴力と支配そのものになってしまった。自分の弱さ、受けた傷を直視しなかったことが彼女たちへの性暴力と搾取になったのではないですか?
国家の暴力に対峙し続けるうちに、自分の無力さを味わう一方で評価され、いつのまにか他者を自分の好き勝手にできるという万能感に侵食されてしまったのではないですか?
あなたは、パレスチナの人たちの貴重な飲み水が貯められる屋上タンクを標的にして射撃ゲームをするイスラエル兵のように、あなたは女性たちの命と尊厳を弄んだ。そのことに私は本当に失望を感じました。あなたがしてきた仕事の功績が国際的にも大きく深かったからこそ、あなたが世界に与えた失望と怒り、そして嫌悪感は一個人の人がやらかせるそれとしては世界最大級のものと私は考えます。
 パレスチナについて、チェルノブイリ原発事故について、3・11フクシマ原発事故の放射能汚染について報道してきたあなたは、多くの人々の代弁者でした。だからこそ、あなたは、あなただけは、人間として恥ずかしいことをしないように努め続けなければなりませんでした。この世界の現実・事実を伝える役割を担ってきたものの責任として。報道してきた人々の苦難の人生や歴史すら、真偽自体が曖昧に感じさせるようなことをあなたはしてしまった。どんなに偉大なことをしてきたとしても、誰かの人生を台無しにし、尊厳を奪ったことを正当化するような生き方に正義は微塵もありません。あなたの行為は決して正当化されません。あなたの仕事を人間の良心だと思ってきた人の全てが、性暴力の事実に失望しました。これは、人間の可能性と希望への壊滅的な打撃です。

 私は、これからあなたの撮った写真の一切を、やってきた支援の一切に対して、これまでのように評価することは、金輪際ないでしょう。これまでのあなたの仕事は、価値を喪ってしまったどころか、人間の愚かさの象徴になりました。あなたによる性被害を告発してくれた彼女たちは、あなたの手にかかるであろう次の性被害者を生み出さないために、勇気を持って真実を告発してくれました。私は彼女たちに感謝します。私はあなたのしたことを決して許しません。》


(3)
 ニュースにより事実を把握した水曜日の夜、パートナーと「自分だけは、この人だけは大丈夫だろうと思う気持ちが何より危ない」「一瞬たりとも油断はできない」と話し合った。子どもたちに対しても、若い人に対しても、同性に対しても、自分が加害者にならないという保証はどこにもない。差別も性暴力も、「自分はそんなことはしていない」と思っている時に発動する。そのことを肝に銘じておかなければならない。
 社会運動や平和・人権運動の場は、人間の世において、良心や善性を立証する砦だ。その砦の中で、「自分が正しい」と安心してしまったときに、誰かへの迫害や周辺化、いじめが起こり得る。20代の頃、私はそのことを全く想うことができなかった。たくさんの人を断罪し、自分の振る舞いで無責任に傷つけてきただろうと振り返る。申し訳なく、恥ずかしい。35歳になった今も、そういう一面が根深くあると思っている。「正義が自分にある」と過信した瞬間、暴力や性暴力が発動していく土壌が育ってしまう。人の世に絶望し、やっと希望ある居場所を見つけたと思っていた人が、そこで裏切られた時、その人はどこに行けるというのだろう。学生運動の中で多くの人が自死を選び、生き残ったひとも精神病を患っていったことが、自分自身の人生の最も苦しい時期とも重なる。

 私自身、性暴力の被害体験がいくつかあるが、加害の覚えもある。大事だった人を裏切り、傷つけてきた体験がある。謝れた場合もあるが、その事実は変わらない。取り返しのつかないことをしていたと今も申し訳なく胸が痛む。時は戻らないし、相手に関わり続けることもできなかったから、これからの自分の生き方で示していくしかないと考える。

 世の中の不正を告発するような場で起きた性被害は、被害の告発により権力構造の側の横暴を開き直らせてしまう可能性がある。世界や運命にに人生を奪われ、傷つけられた人たちが被写体だからこそ、被害女性たちは沈黙せざるを得なかったのだと想像する。ただでさえ告発しづらい性暴力なのに、加害者が世の不正に対して「正義」を体現しているとされる場合の言いにくさを想像できるだろうか。
 

 今回のことで、やはり人間に義人はいないのだと思い知った。人間には本来、善悪を判断できる能力があるはずだ。でも、褒められて認められて自分は正義なんだと思い込んでいってしまったら、道を踏み外す。権力と対峙するときに、権力を求めてしまうことが私自身にもある。権力に向き合い続けるときに、その暴力的な支配の思考を自分が内面化してしまっていないか厳重に注意しなければならないことを痛感する。


(4)
 現在、私には信仰がある。30歳のときに洗礼を受け5年になった。

 思えば、信仰を得る前20代のときに出逢えてきた旧日本軍に性奴隷にされたおばあさんたちにもキリスト者の方が幾人かおられた。関東でフィリピンのおばあさん二人の証言集会に参加したとき、おばあさんたちからのリクエストで最初に賛美歌「アメージング・グレース」の歌詞が配られて歌われ、びっくりしたことを覚えている。子どもの頃は日曜学校に通っていた私にとって賛美歌は懐かしかったが、人類の愚かさである戦争の苦しみを一身に体験した生存者である彼女たちが、どうして「奇しき恵み」と歌えるのか。そのときは、全く分からなかった。その時にもらった英語と日本語の歌詞が書かれている紙は、当時ずっと部屋に貼っていた。今も押入れの奥に眠っている。

 十年以上前、貢献は出来なかったが少しの間、おばあさんたちに日本に来て頂いて証言をして頂く会に所属させてもらった時期があった。日本に来てくださった台湾のおばあさんたちを訪ねる旅に一緒に連れていってもらった。フィリピンと台湾へ行った。台湾では台北以外にも花蓮へ行き、タロコ族のおばあさんたちを訪ねた。靖国神社の鳥居になった木材を切りだした森林公園にみんなで行ったとき、足がお悪かったイワル・タナハさんと他の人たちを待っていたときに、彼女がクリスチャンだと聞いて、アメージング・グレースを歌った。まだ信仰はなかったが、好きな歌手がよく歌っていたのもあり覚えていた。「クリスチャンなの?」と訊かれ(台湾のおばあさんたちは日本の植民地支配の影響で日本語が話せる方もおられた)、「ちがいますよ。子どものころは教会に行っていたけれど。」と私が言うと、「そうなの…。はやくクリスチャンになったらいいのに・・・。」と呟かれた。今、改めて台湾のおばあさんたちの写真集を開くと、イワル・タナハさん以外にも十字架をもっておられる方や、お葬式で十字架の刺繍がついた布を棺桶にかけられているお写真がある。京都に証言に来て下さったタロコ族のイアン・アパイさんも信仰のうちに亡くなったとお聞きしたのを思い出す。


 サバイバーでキリスト者だったおばあさんたちは、自分の身に起きたことを誰も知らなくても、同じような体験をした仲間とどんなに分かち合っても、誰かが一生懸命に話を聴き分かってくれようとしても、誰も本当には理解し得ないこと。でも、イエス様だけは自分の苦しみを共に体験され、分かっていて下さるって信じておられたのだろう。信仰の恵みを受けて数年たち、今ならそれが前より少しは分かる気がする。

 私の信仰は、神様は私たち人間を誰一人例外なく愛されており、人間を神様が創った人間の本来の善さに立ち返らせるために、主イエスを降誕させたという信仰だ。闇そのものである人の世に光をもらたらすため世に来られた主イエスは、当時の権力者により十字架刑で殺されたが三日目に復活された。そして、今この瞬間も全ての人の命の内で、傷みも苦しみも全部いっしょに味わい共に苦しみながら、慰め、導かれている。そう信じている。私が傷つけてしまった人たちのうちにも、私の社会が虐げている人たち、手が届かない人たちの内にも主イエスが居てくださると信じることで慰められる。そして、だからこそ、主が与えて下さった「互いに愛し合いなさい」という掟を守れるようになりたい。その力は聖書の御言葉にきき、祈り続けていかないと得られないと考えている。

 この一週間、私は、人間だけでの正義は実現しないと絶望し、本当に信頼できる正義、依り頼む存在を自分が魂の奥底から求めていることを思い知らされた。今、今回の性暴力の事実が明らかになったことによって、明らかにしてくれた被害女性たち、同じ体験をしたが声をあげられないままにこの成り行きを見守っている女性たちに、そして生きながらの悲惨な訃報、今回の事実に苦しんでいるお一人お一人におばあさんたちから手渡されてきた、私の信仰を届けたいと思う。あなたの魂の叫びと落胆を主イエスは共に味わってくれていると。

 人の弱みに付け込んで布教しようとしているように感じられるかもしれないから迷ったけど、書こうと思った。



(5)
 イラク戦争が始まって1年くらいが経った頃、私はまだ学生だった。当時友人だった現在のパートナーが言った。「今、誰も知らずにイラクの街のビルの中のトイレで、一人の子どもが人知れず死んでいったとして、世界の誰もそれを認識していなくても、その子の命は、存在は確かにあるよね」と。即座に同意した。

 私たちはいつも何も知らない。知りようがない。人間がいくら全てを把握しようとしても、それはできない。神様しか知り得ないことだ。でも、だからこそ、ジャーナリストの仕事が人類には必要なんだと言えるのではないだろうか。悲惨な事実を氷山の一角の氷の一粒でもいいから明らかにし、それを共有して、その事実が生まれてきて温存されてしまう世界の構造をどうやって変えていけるか。みんなで知恵と力を出し合って、人間の社会と世界を変えていく力がジャーナリズムには、特にフォトジャーナリズムにはある、と思ってた。そして今も、私は強くそう思っている。

 広河氏は、人間の良心的行動の指導者の一人だったと思う。神様を信じていなくても、人間にはここまで出来るのだという模範とも言えたかもしれない。神様を信じている私でも、これだけショックだったのだから、彼を尊敬していたのに裏切られた人たちは今、希望を失くしていると思った。
被害を受けた女性たちは、こういう社会的・世界的なインパクトを知っていたからこそ、沈黙してきたのだ。本当に、よく生き抜いてくれた、よくぞ告発してくれたと思う。誰か一人を犠牲にすることを正当化して成り立つ正義や真実なんて終わってる。

 人間は権力を握ると、そしてその権力による密室化が実現してしまうと、どんな酷いこともやれてしまう。今回の彼のように。日本の入管で入管職員に難民の立場の人が受けている虐待のように。被害はもう起きてしまった。傷つけられた人たちの尊厳の回復がされるように努める一方、悲惨な事実は我が事としてとらえ、教訓としなければならない。こうしたことが繰り返されないように受けとめ考え続けていくしかない。

 今朝、心身が疲れきっていたのか動かないまま枕もとの聖書を開いてマタイによる福音書5章のイエス様の山上の垂訓の御言葉を読んだ。「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。」「義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。」「義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」に触れた。
私は、まさに義に飢え渇いていたのだと自覚した。祈った。そして、神様こそが正義であり、人間は神様に立ち返り続けないと酷いことになるということを改めて自覚できた。そして、この苦しみにも主が寄り添ってくれていること。彼女たちの命のうちにも、もうこの世を去ってしまった魂たちにも神様の慰めがきっとある。そう感じた。そして、やっと少し自分に戻ってこれた。人はどんな立派なことをしている人も例外なく、自分を見つめて、弱さも自覚し、改めながらでないとああなってしまう。私も例外ではない。


 昨日、教会で今年最後の礼拝だった。牧師は説教で、「自分の力を多くの人に見せつけようとするのは《正義の闘い》ではなく《権力の戦い》である。“自分は絶対に失敗しない”で来ていたら、謝るものも謝れない。傲慢さゆえにイスラエルは滅びた。どんなひどい王や指導者がいても、だからこそ弱くされた民を救い、強さを誇る者たちに悔い改めを示される主イエスが来てくれたということの恵みがある。人間は必ず立ち直る。ひどい国であるからこそ、キリストを信じる群れが、教会が必要なのです。」と話した。そうだ、と思った。

 それぞれの立場で衝撃を受けて傷ついている方が、時間をかけて傷ついた自分をゆっくり感じ、ケアしていけますように。たくさん怒ったり悲しんだりを、なるべく気持ちを同じくできる誰かと共有しながら、辛い気持ちをしっかり語り合って。真実が明らかになることは、傷みを伴います。隠されたものをしっかり明らかにし、膿をだしていけますように。一人では辛すぎるけど、誰かが一緒にいてくれますように。神様が創られた人間には、悔い改め、善き力に立ち返る力があります。神様の前に立てば、人間はどんな人も完璧でない自分を知ることができる。人間を愛と憐れみから導いてくださる主イエスに全てのひとがつながれるように祈ります。私も神様が人間を善きものとしてお創りになったと信じ、人間の良心や善を目指すからには、自分の行いを見つめ、悔い改め続けていけるようになりたい。私を信じてくれた人を裏切らないように、祈りつつ歩まねばならないと感じています。

気持ちが整理しにくくて、同じようなことを何度も書いてしまいました。
稚拙な文章ですが、最後までお目通し頂けたことを感謝申し上げます。ほんとうに、ありがとうございました。

気持ちを分け合って、挫けずに屈さずに、生きていけますように。お守りがありますように。祈っています。
2018/12/31

【2018年大晦日の歌】 アーバンギャルド 「少女元年」




アーバンギャルド「少女元年」
作詞:松永天馬 作曲:松永天馬・おおくぼけい 編曲:アーバンギャルド

ここは何処?あたしは誰? ここはここだしあたしはあたしであたし
いまはいつ?あなたは誰? ってほらいつだっていいし誰だっていい
こんな時代に誰がした?ってか されたってかってしたのはあたし
こんな世界こわしちゃうぞって何? あたしは神?っておしえてあげる

人類最後のビョーキおしえて 人類最初のキョーキおしえて
恋って名前のウィルスうつして 唇ごしにキスでうつして

ちょっとまってよ まだ先だよって 言ってる先に時代は終わる
人類滅ぼすビョーキおしえて ハート一発で狙いさだめて
何処かの誰かまかせの時代を変えてあげる

今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 どんなときでも元年 何度でも生まれ変わるの
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 こんなときこそ元年 あした あたしの風が吹く

生産性がないって言われても 清算しちゃうの平成昭和
男も女もそれ以外もそう それぞれ私という名のあたし

人類最後のビョーキしってる
I(アイ)って名前のビョーキしってる
時代のページめくれ

今日から少女元年 ずっとつづくのあなた元年 いつだってそう元年 何度だってあなたになるの
今日から少女元年 ずっとつづくのあなた元年 こんなんじゃない元年

世界 変えてみたいなら  自分が変われば でしょ?

1192つくろう あたしの国を 894にもどそう あたしの歴史

何処かの誰かまかせの時代を変えてあげる

今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 どんなときでも元年 何度でも生まれ変わるの
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 こんなときこそ元年
世界 変えてみたけりゃ
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 どんなときでも元年 何度でもあたしになるの
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 こんなときこそ元年 あした少女元年はじまるの



URBANGARDE:浜崎容子 松永天馬 瀬々信 おおくぼけい
Guest performers:新しい学校のリーダーズ
Drums:ミワ
Chat:前衛都市学園女子ラップ部(瑠花,凛音,マルヤマリナ,Mao)
2018/12/20

2018年12月14日 辺野古 土砂投入初日に

12月14日に書いたものです。



愚かな日本政府の強行で辺野古への土砂投入が始まってしまった。
私はヤマトンチュの一人として、長年この社会の選挙権を持っている一員として、この状況を食い止められず
長年からだをはって、生活を犠牲にして、現場でヤマト社会が変化するための時間稼ぎをして下さってきた抵抗者の皆さんに応えられず
今日のこの日を迎えたことに、ほんとうに申し訳なさを覚える。
ほんとうにごめんなさい
と謝っても、何もならないし海は元に戻らない
でも、何も終わったわけではなく
これ以上取り返しのつかないことを続けないですむように、一人としての声を更にあげなければ。
この現状がこれ以上ひどくならないように自分にやれることをやるしかない。

私に何ができるか。
現実を見続けること
現実を考え続けること、そして行動につなげること。
目の前の人を大切にしながら気持ちを正直に伝え、相手の話を聴き、ともに考え、心を寄せ合い、この社会からこの世界をあきらめないで生きられるようにもっと変わらなければ。立ち上がらなければ。

ある人が「“立派”というのは立ち上がる様のこと」と書いていた。
何度うちのめされても立ち上がり抵抗する沖縄の人たちに、虐げている側の人間が今こそ真に学び、なんとしてでも応えなければならない。

沖縄の人たちを踏みつけている。
そして、同時にこれは自分を含めたすべての生きとしいけるものへの冒涜だ。
植民地支配している虐げている側ではあるが、自分たちの首も絞まっている。決して傍観者ではない。(ヤマト社会の新聞や報道は傍観者視点を改めてほしい。ヤマトの社会の中でも辺野古新基地建設反対の民意は以前より高まっているし、様々な取り組みや抵抗が生まれているのだから、そこにもっと軸足を持って報道すべきだ。教育基本法が改悪されたときも、原発再稼動反対のデモの時だって、いつだってそうだ。報道されるべきことが報道されてない。権力に阿ることが妥当なように思っている新聞各社は、むのたけじさんの本を読み直して戦後の反省に立ち返ってほしい。)

みんなが人生の中での働きから搾り取られた税金が、本来の用途に使われず、どうして人を殺す基地をつくるため、しかも海を埋めるために使われなければならないのか。それだけのお金があれば、どれだけ人の命が救えるか。生かせるか。
戦争も基地も軍隊も、人々のいのちを守らない。守らないどころか食い物にする。そのことを見破らなければ、利用する側に立っているつもりの者たちもいつかまた利用され捨てられることになる。なにより、誰かを利用して打ち捨てる側に居ることにもう私は耐えられない。人間として恥ずかしい。あまりにも貧相な見せ掛けの幸福に、これ以上すがりたくない。

いのちの本来の姿を己の都合で利用し、搾取し、踏みにじる高慢なものを引き摺り下ろせるように、また自分もそこから降りられるように、権力の横暴を意識し、食い止めるため変わらなければならない。このままだと、人間の権利を担保しているはずの憲法も喪われる。今も憲法の恩恵を受けている人ばかりではないが、もし現憲法が奪われれば、人類の暗黒の時代に再度突き進んでしまうことになる。そうなれば、次の世代の者たちにも希望の持てる明日はない。



先日、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量を2030年までに、現在の半分にしなければもう気温上昇の悪循環が止まらなくなり、その後いくら二酸化炭素の排出量を減らしても手遅れになるとICPP(気候変動に関する政府間パネル)から予測されていると聞いた。地球環境がどこまで危機に曝されているのか、自覚する必要がある。気候変動の原因となる温室効果ガスを減らすための枠組み条約からアメリカも日本もはずれ、状況は悪化の一路。このままだと自然災害は更に激化し、温室効果ガスの気温上昇で永久凍土が溶けていけば、陸地は沈み、太古のウイルスは蔓延するだろう。気候の二極化や局所化が更に進み、作物はとれなくなり値段は高沸し、化石燃料も高額になればより一層に食糧問題は深刻化する。自給率の引き上げを放棄し海外生産に頼る日本社会にも飢餓の時代が近いうちに来るだろうと考えられる。そもそもこの日本社会で今、農産物を作って下さっている生産者の人たちのどれだけが、あと何年生産を続けられるのか。生産者の高齢化、後継者の不足、政府の補助金の打ち切り・・・。いつまでも米が食べられる社会ではない。いつも食事をするたびに、「いつまでこうして食事にありつけるだろう」と思う。食べ物があるのは当たり前ではない。
水の奪い合いは世界の紛争をすでに生んでいるが、そんな中で日本も水は金の払えるものにしか供給されない社会になることが国会にて決定した。(副大臣の子どもたちが民営化企業の代表になるなんて、スハルト政権なのかここは。)

2001年に精華大学の環境社会学科二期生として学びを受ける恵みに与ったが、この18年間で伸びきったゴムが切れていくという表現が事実そうであるということを肌で感じてきた。特にこの数年間の異常気象・自然災害の常態化は、薄氷の上の日本社会の未来を暗澹とさせる。持続不可能なことばかりやり続けてきた社会の最果てに払わされる大きな代償(ツケ)を、自分のこの人生で味わうことになるのだろうと予測する。次世代に申し訳ない。実際は特になんにも出来てない体たらくではあるんだけども、「私はやれることはやってきた」と後の世代に言えるように生きたいという想いは17歳の時から変わらずに胸にある。

社会問題も枚挙に暇がない。不法な労働、パワハラ・セクハラ、いじめ、非正規雇用が労働現場のスタンダードで、それに留まらず海外から労働者をかき集め奴隷労働を強いている。貧困が拡大し、その打開策にはギャンブルが盛大に奨められる。少子化は全て女性のせいにされ、妊婦には余分な医療費を強い、性暴力は野放しにされ、正当な歴史教育は放棄され、子どもへは選民的思想である「愛国心」や「優勢思想」が植えつけられる。障害者が殺されてもほとんど問題化もされない。生活保護者が切り捨てられ、バッシングされ、被災者が路上生活に流れ、人身事故は珍しいことでもなく、子どもたちすら人間関係の苦悩から遺書を残して死んでいく。

日本社会の経済は、現時点でも破綻している状態にも関わらず、国の予算は不法に扱われ、当初の計画案などなかったかのごとく膨れ上がるオリンピックや原子力関係の予算を誰も止められないでいる。モリカケ問題の深刻さも置き去りに、形式上の民主主義も崩壊しつつある。世界最大の原発事故が起きても、この有様なこの国。西日本集中豪雨のときの自民党の「赤坂自民亭」のことを私は忘れない。その翌日に大量の死刑執行を予告した上で行ったことも。国際法を無視したアメリカの戦争に加担し、イラクに軍隊を送る一方で、人質になった若者たちを見殺しにし、「自己責任」のレッテルを貼り迫害し見捨て、軍国化の一路を辿っていく過程で、郵政も法務局業務も民営化されていった。あの沖縄戦を体験した島々に自衛隊を送り込み新たな軍事基地を作り続けている。原発銀座にちかい京都府北部のエックスバンドレーダーと米軍基地。相次ぐ原発の再稼動。
国民に背番号を背負わせてから何年が経っただろう。盗聴法も有事法制も秘密保護法も国民投票法案も出揃ったこの日本社会。
死刑と戦争という人間の命を権力のために利用し続けるこのシステムから、この国はとうとう脱却できないのだろうか・・・

この社会の内でどれだけの人が人知れず死んでいっているか。魂を傷つけられ、本来のその人ではなくされているか。
動物たちがすむ場所を奪われ、毎日何万頭という犬猫が殺され、食品にされる動植物は薬漬け・・・。
病院や施設に数え切れない人々が収容されている。超高齢化社会のなか、介護現場でどんなに大変な労働状況が悲惨な事件を誘発しているか。なんで軍機を買う金があるのに、ここまで社会を築いてきてくれた人間をここまで打ち捨てなければならないのか。スズメの涙の年金だってもらえない人たちが、ごはんが食べられず、家から追い出されて死んでいってる。中高年の独身の女性は借家すら借りられない。生活の保障がどこにもないからこそ、刑務所に戻る人も、人身売買の現場から逃れられない女性たちもいる。

過去の出来事にされている戦争や公害に、強いられた「公共事業」に、苦しめられた人生を歩む人たちが今この瞬間を喘いで生きている。

書ききれない全てのこと、今、辺野古に土砂が投げ込まれ、この瞬間そこに生きる全ての生き物が殺されていっていることは繋がっていると感じる。

本棚に二冊の絵本がある。
諫早湾で殺されていった干潟の生き物たちが「海の水、くるよね・・・。きっと来るよね」と呟いて死んでいく絵本(『海をかえして』丘修三さん・長野ヒデ子さん〈童心社〉)、産業廃棄物の山から流れ出した汚水で死んでいった日の出町の森にいた生き物たちの、「たすけてたすけて」とひたすらのたうちまわる虫や動物たちの姿が、そこに繋がる私たちの暮らしが、迫ってくる田嶋征三さんの絵本『やまからにげてきた/ゴミをぽいぽい』〈童心社〉だ・・・。

【記事】〔毎日新聞〕辺野古・大浦湾5806種の生物確認 うち262種が絶滅危惧種2018年12月14日 12時32分
https://mainichi.jp/articles/20181214/k00/00m/040/084000c



私は自分の無力さが悔しい。
踏みつけている人たちに、自然界で自由に生きられるはずの生命たちに、
またこれからを生きていかねばならない子どもたちに、ほんとうに申し訳ない。
この社会を変えたくてもがいて来たけど、自分が生き抜いてくるのに精一杯で
過酷な人生を歩んできたのに出会ってく下さった方たちにもなにも満足行くことができてこなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
14年前、生まれて初めて体験した沖縄の海。あの動くゼリーのような波の色と質感。
辺野古の青い海に座らせてもらったあの時間。
沖縄戦を体験したおばあさん、おじいさんの手の温み。
美味しかったアバサー汁。お借りしたのに、飛ばしてしまったクバ傘は青い空と海の間にたゆたい、どこまでも遠ざかっていった。あの風景の美しさと、闘いの最中それでも穏やかに流れていく時の余白。
忘れることはできない。



私に、今何ができるだろう。
隣の人に世間話ではなく、ほんとうに魂からの言葉を伝えられるだろうか。
もう言い訳する時間も残されていない。自分が変わっていく決意を、己の姿で伝えられるような生き方をしなければならない。

日本の政府にいる権力を持った人たちを、そこに居させている責任が私にはある。
自民党の政府高官の皆さん。
あなたたちに告ぐ、
私はあなた方を政治家として認めない。
私はあなた方を許さない。
沖縄を、フクシマを、水俣を、三里塚を、在日朝鮮人を、アイヌ民族を、難民や海外労働者を、女性を、子どもを、労働者を、障害者を、ハンセン病の回復者を、貧困に追いやられた人々を、
これ以上 踏みにじることを私は許さない。
人を人とも扱わない、この社会を私は心から恥ずかしく思う。
なんとか、なんとかこんなめちゃくちゃな在り方から、変わっていきたいと心から思う。

人生を奪われてきた先人たちが生き、亡くなっていった歴史の末尾で人として暮らせる恩恵を受けている以上、そう簡単には諦められない。
私には、生かされ、学びを受け、信仰を得ることができた責任がある。権力あるあなた方の好きにはさせない。
戦争につながる全てのことに各現場で抵抗する人たちと共に在れるように、私もあきらめない。この国を、この社会の得てきた人間の権利を手放すつもりはない。絶対にあきらめない。


自分の人生が辛くて苦しすぎて、過酷な生活の中で、自分の幸せを守ろうと無視を決め込んでいる人もいるかもしれない。
その一人の苦しみを、誰かと比べて軽んじたり否定したくない。ただ、「あなたの苦しみや生き辛さ、閉塞感や孤独が生まれているこの社会の構造から、ひとつひとつの問題が起きている。だから、この社会の問題に目を向けることは、自分自身をこの社会・世界の構造的暴力から己を自由にするための過程であるんだと気付いてほしい。」って伝えたい。人間の本当の気高さや強さを体言している人たちが、抵抗の現場にはいる、と私は思ってる。人間の世界に、愛とか真実とか正義がまだあるって信じさせてくれる一人一人の力がある。人間の尊厳があるんだって、目が覚めて、善というものを信じられる そういう出会いがそこにはある。社会運動に光ばかりがあるわけではないけど、矛盾から目をそらさないで生きる人は必ず居る。
そういう人たちに出会っていけば、誰もが変わりうると思う。私も、そういう人たちに出会う前は日本の戦争を肯定していた。人は、変われる。いつだって、その人が自分を問い直す機会を与えられたら。

ヘイト言説に加担して「仲間」を作ったつもりの人たちも、ほんとうは枯渇しているんだと思う。だれかを虐げないと繋がれないなんて、その嘘にみんな本当は気付いている。いつ自分が標的にされるか戦々恐々としていたところから、「日本人」である自分はもう標的から外れたと、安心できる場を見つけたと思っている人もいるかもしれない。でも、それは本当の仲間でもないし、連帯でもない。そこには愛がないのだから。暴力を肯定しないと自分が受け入れられない空間にいるなんて、そんなところでは本当に自分が大切にされはしない。他の誰でもない自分自身を認め、受け入れ、肯定し、愛してくれる場所ではない。魂の部分では、どこかで気付いていて、きっと辛いはずなんだ。でも、そこにいるしかない、他に居場所がない人たちは、矛盾に気付いたとしてもそこから離れることはできないだろう。人はさみしすぎると、真偽はどうでもよくなる。私にもそういう経験がある。だからこそ、本当の愛を示していく関係性を築き、安心できる場をつくる必要があるんだと思う。

人間の持つ、ほんとうの素晴らしさ、そういう善き力に囲まれたときに、その人の本来のいのちの光、神様から与えられたほかの誰でもないその人の賜物としての素晴らしさが発揮される。
人の世の悪が、焦燥感や無力感につけこんできても、己を失わず、人間と共に歩む幸福を選びぬいていくために、自分が愛と真理を求め続ける生き方を示していくしかないと思ってる。

人間の善き力をあきらめずに、ともに生きていこうと呼びかける人たちが叫んでいる。
立場の違う人たち、自分たちを追い込めて搾取するひとにも
人間として立ち返れと
いのちは宝なのだと
あなたのいのちも大切なんだと
戦争を許してはいけないと


辺野古への土砂の投入を止めることに、人類の存亡がかかっている。
私は未来を生きる子どもたちに神様が創ってくれたこの天と地を引き継ぎたい。
気持ちを長々と書いてしまった。誰も読んでくれなくても、書かないと生きられない。がんばる。がんばろうわたし。
今日からまた頑張ろう。



2018/12/15

お誕生日おめでとう!『あなたと、わたし』

2018/12/12

【今日の歌】 七尾旅人 "きみはうつくしい"

動けなくても、もがいてても、みっともないって言われても、なんでもいい。
今を生きてくれているあなたがいる。
悔し涙を流したり、どうにも怒ってしまったり、沈み込んでしまっても、はしゃいでいても。
今、あなたは生きている。
あなたは美しい。

ーそんな歌を届けてくれてありがとう。

2018年12月12日発売の七尾旅人さん のアルバム『Stray Dogs』より、「きみはうつくしい」のミュージックビデオです。





いつかきみはたちあがる どんなに道は険しくとも
雨にうたれ 風にふかれ 果てない壁に 阻まれても
きみはうつくしい

そしてきみはたちあがる どんなに道は険しくとも
雨にうたれ 風に吹かれ 果てない壁に 阻まれても
折れた翼で 煽られて 夜の彼方に さらわれても

微かなchanges ゆっくりとでも確かに
Great little changes 変わってくのは?

泥にまみれ あざけられ 焼けつく痛みに震えても

きみはうつくしい きみはうつくしい

ゆれるかげ

夜更けのベル 真夜中のワーニングベル ああ気づけば途切れて
誰かが最後に遺したフレーズ 読まれぬまま 流れるメール
誰かが最後に あれから迷子に そう 見逃される 無数のトレイル

どこに居たって同じさ いつまでたっても暗がり
なにをしたって同じで やり損ね ぎりぎり
気づけばもう引き返せぬ場所 永遠に無駄に見えるトライアル
でも ありえない言葉も ありにできる
望めない景色も やがて見える そう思いたいから

息することをやめないで きみがいなけりゃおれは
生きてくことをやめないで きみがいなけりゃまるで

太陽が ぎらぎらと この荒れ野を照らす時
ずっと見ていたいさ
ここで 眼の前で

いつかきみはたちあがる どんなに道は険しくとも
雨にうたれ 風に吹かれ 果てない壁に 阻まれても
影に追われ 声におびえ 荒ぶる波に さらわれても

微かなchanges ゆっくりとでも確かに
Great little changes 変わってくのは?

ぼくを忘れ 嵐に呑まれ 崖の上で 揺らいでも

きみはうつくしい きみはうつくしい

微かなchanges ゆっくりとでも確かに
Great little changes 変わってくのは?

世界よ やがて おしみなき ひかりを
Great little changes

きみはうつくしい
2018/12/01

海外の人を奴隷化し続ける日本社会で



【参考記事】 
(1)
5年間で延べ2万6千人失踪 ― 外国人技能実習制度は異常すぎないか 中村智彦 (神戸国際大学経済学部)2018/11/6〔YAHOO!JAPANニュース〕  

(2)外国人労働者が絶望する「ニッポンのブラック工場」の実態
安すぎる給料、過酷な労働条件… 出井 康博 2016/8/25 〔現代ビジネス〕

『ルポ 日本絶望工場』2016年(講談社+α新書)


(3)フリージャーナリスト志葉玲さんの記事
【入管法】山盛りの課題より安倍外遊を優先ー労基法違反7割の実習生ブラック労働、国連ダメ出しの難民冷遇
 2018/11/28〔YAHOO!JAPANニュース〕

【難民鎖国】東京入管が炎上ツイートを「削除しない」と開き直るので、国連からの勧告を列挙しますよ!2018/11/29〔YAHOO!JAPANニュース〕

(4)
「助けて下さい」技能実習生が”手紙”で日本政府に訴え、「時給400円」や「暴力」に泣き寝入りしない
巣内尚子 (ジャーナリスト) 2017/3/29 〔YAHOO!JAPANニュース〕


(5)
岐阜県の盗撮疑惑事件で垣間見えた、外国人技能実習制度の闇 2018/2/14  李小牧〔ニューズウィーク日本版〕

(6)「中絶か強制帰国、どちらか選べ」妊娠の実習生は逃げた 2018/12/1 平山亜理 [朝日新聞デジタル]
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 改めて記事を読んだら、申し訳なくて情けなくて泣けてきた。第二次世界大戦のなかで、日本がしてきた強制労働の実態と何が違うのだろう。戦争で筆舌にできない苦しみをアジア・太平洋地域の方たちに強いたのに、戦後の経済支配も環境破壊も、搾取も、奴隷労働、排外主義も虐待も・・・ この国は、いつまでやり続けるつもりなの・・・
 

 飲食店で、コンビニで、日々の生活の中で海外からの労働者の方たちに出会うと、「どちらからいらっしゃっていますか」と訊ねることにしている。私が出会う人はネパールの方が多い。「地震は大丈夫でしたか」と尋ねる。
中には、労働に従事しながら自分の親族の被災を重い言葉で教えて下さった人もおられた。
「おつかれさまです」とか「ありがとうございます」とか、声かけするとまっすぐに(その多くは笑顔で)応えて下さるあの人たちがどんな過酷な境遇で人権のない状況でいるのか・・・。

 以前、ある個人経営の飲食店で食事をした際、遠い国からきたであろう少女が輝きのかけらもない暗い瞳で黙々と従事していた。直感的に性的搾取が行われているのではないかと感じた。想像でしかないが辛くてその店には行けなくなった。自分はなんて無力なのだろうと感じざるを得ない。
 中国から来ていた女性労働者たちの狭いアパートの風呂場に監視カメラが仕掛けられていたことが発覚したが、企業も警察ももみ消したという記事も以前よんだ。(【参考記事】(5)

 人権のない奴隷労働の現場から逃れようとした人たちが、法に守れない状況で更に剥き出しの人身売買の構造に巻き込まれていくであろうことが想像される。日本の国籍保有者ですら、また正社員であっても奴隷労働を強いられているこの日本社会。国籍のない海外からきた人たちの強いられる労働の現場は、もはや労働ではなく奴隷化といえる。自分の暮らす社会のそこここで、想像もつかない恐ろしい搾取とが横行している。さまざまな理由でこれまで通りには回らなくなった日本社会の尻拭いのために、たった一度の人生と溢れる才能を使い捨てられて。泣いても仕方ないんだけど、ほんとうに申し訳なく胸が苦しい。

 入管では、人間が人間として生きるの権利を剥奪され、日本の社会の闇を凝縮したような入管職員の信じられないような暴力に曝されて暮らしを奪われている。健康が守られず、虐待を受けて命すら失う人もいる。「こどもは離れているお前のことなど忘れる」なんていう暴言には、正直 言葉を失う。なんて酷い・・・。入管の人権剥奪を野放しにしているのはこの国の、この社会の無関心だ。日本人はどこまで残虐になれるのか・・・。確信犯でいる日本政府と、無関心のままの日本社会。いや、社会の無関心も確信犯か。

 結局のところ何が自分に具体的にできるんだろうって考えたら、署名に参加するとか、稚拙な文章を(誰も見てないかもしれない)このブログに書いて想いを表明し、よいと思う記事や情報を拡散するとか・・・ 政府に対して社会に対してって、雲をつかむような話でもあるけど・・・。ただ、どうしたって世論が変わっていくしかないわけだから、諦めずに自分の意識を表現し発していき続けるいしかないなって思う。

 私は日本政府と社会の利用・搾取・植民地主義、差別。そして排外主義をどうしても看過できない。慣れたくない。
入管で行われている人権剥奪を許さない。そのことを自分が忘れないために、想いを書き続けていきたい。

 一人の人間が権力をバックにしたとき、咎められずに人を支配し続けられる状況になったとき、どこまで残虐になれるかの限界を試しているようなこの日本社会の状況を入管職員の態度は表しているように思う。彼ら彼女らの暴力性が野放しにされているのは、咎められないと思い込んでいるからだ。動向を注視されており、批判が社会的に集中していけば、露骨なやりかたを改めざるを得ないはずだ。社会に暮らす一人が声をあげることに、権力は本当は敏感に反応している。市民の無力感に拍車をかけるために、動揺していないようにみえるけど。

 そして、効果があろうとなかろうと、自分が被害当事者でなければいいとか、だれか人を虐げていて当然・それでかまわないと思って生きる人間になり下がりたくない。気付いてないことだらけだけど、知ったからには声をあげる責任がある。自覚できていない加害を知る責任もある。他の人の考えはわからないが、少なくとも私にはあると考える。

 
 山積みの課題にたいして社会的な応答責任を果たしてこず先送りに無視してきたことが、この国の社会と世界の環境をここまで絶望的なことにしてきたのだろう。今、その流れを止められないにしても、自分自身が諦めない者になるべく変わろうとし、事象と向き合い、自身の行動を決める必要がある。

 こうしてインターネットで意見を書いても効果がどこまであるのか分からないけど、ほんとうに酷いことが行われていることを監視していることを権力構造に、そして社会に示し続けたい。インターネットというツールがある時代、ひとりの人間としてエドワード・サイードの言うところの「表象(レプリゼンテーション)」が、これほど踏み出しやすい時代もないはずだと思う。



 あとは、出逢った人に何ができるかってことなんだけど・・・
実際に目の前で働いて下さっている方に挨拶とか感謝を伝えるすること・・・かなって考えている。
ここ5年以上は街中で働いている人とすれ違うときは「おつかれさまです」とか「お仕事ありがとうございます」って声に出すように心がけている。だから、近年目に見えて海外からの労働者が増えたのが実感としてわかる気がする。

 日本の人は「自分が言われてる」って思わない人が多いからか、あんまり気付いてもらえないことが多い。人と関わらないように閉じて、心身を防衛しているのもしれない。海外から来られてる人は割合すぐ気付いてくれる。そういえば、沖縄の国際通りを歩いたとき、声かけに応えてくれる人が多くて、ヤマト社会と沖縄社会の人の反応の違いを感じたことがある・・・。社会の空気が人を変えしまう部分があるんだろうな・・・。日本社会の閉塞感が人の人間らしさを奪ってるのかもしれない。

 たまにいくちょっと遠いコンビ二で、半年くらい前から働いているネパール出身の若い女性がレジ接客してくれた。何度目かだったので「げんきですか」と声かけしたら、「はい、げんきです。おひさしぶりですね!」と笑顔を見せてくれた。覚えていてくれたんだなぁって。驚いたけど、ありがたく逆になぐさめられた。

人を人として感じて、すこしでも関わりあって、だいじにしあって・・・。できたらいいなって思う。
神様が与えてくださった人間の善の部分である愛を、ちょっとずつでも日々の中で育てながら生きていきたいです・・・。