FC2ブログ
2018/11/29

今日はパレスチナ人民連帯国際デー

 前から紹介したいと思ってたハンダラくんのこと、今日こそアップしようと思って準備していたら パレスチナ・アマルさんのウェブサイトで今日11月29日が「パレスチナ人民連帯国際デー」であることを知りました。

 学ぶことの大切さは言うまでもないのだけど、人間はそんなに強くないから日々の生活に必死で、遠くへの意識を持ち続けることはむずかしい。だからこそ、その土地で作られたものを身に纏ったり、食べたり、生活のなかで使うことが重要になってくる気がします。遠い土地に住むひとたちの暮らしと、具体的に繋がれるお仕事をしてくださっている皆様に感謝します。

【パレスチナ支援の販売いろいろウェブサイト】
パレスチナ・アマル(Amal Falestini)オンラインショップ
 (パレスチナ・アマルさんは本日に限り送料無料だそうです。ラスト・クフィーヤの美しさをウェブサイトでご確認ください。)
パレスチナ・オリーブのウェブサイト
パレスチナ子どものキャンペーン
 パレスチナ刺繍 タトリーズ
日本国際ボランティアセンター(JVC)クラフト雑貨



 一方で、パレスチナ民衆の権利を奪う勢力のものを拒否することも大切だと思います。スターバックスには入らない、コカコーラは飲まないようにする、とか。
日本政府のイスラエル支援のODA(政府開発援助)も到底許されるものではありません・・・。自分たちの税金によって、イスラエル国家が支援されていることを恥ずかしく申し訳なく思います・・・。(イスラエルに限らず日本のODAの問題は非常に根深いものですが・・・)

暮らしの中に織り交ぜられる悪に対して、注意深くあるために学びと意識化が必要だと感じます。 最後のパレスチナ織物の工房から生み出された私のラスト・カフィーヤ、これからも大切にします。シリア産の黒のカフィーヤも・・・。



 12年くらい前にパレスチナ問題の集会で購入させて頂いた、パレスチナの人たちがつくった刺繍が美しい素敵なめがねケース(上記紹介のJVCさんの取り扱い商品でした。私は、毎朝つかう体温計をいれています。)に、イラストが描かれたタグがついていています。はだしの男の子の後ろ姿・・・。50歳で暗殺されたパレスチナの風刺画家ナジ・アル・アリ(Naji Al-Ali)が描いた、パレスチナ難民の男の子ハンダラくんです。ハンダラくんはいつも後ろ姿で描かれています。

 ハンダラくんを初めて見たとき、そして画家が暗殺されたことを知ったときは衝撃を受けました。当時知人から購入したハンダラくんのカレンダーはホッチキス留めが外れてしまった今もクリアファイルにだいじにとってあります。

【参考記事】
(1)「ハンダラ パレスチナの良心」 JVCパレスチナ現地代表 小林 和香子さん記事 2003年6月 3日 更
(2)Handhala (ハンダラ パレスチナの子ども) ブログ「愉しい寄り道」さん 2012年5月29日記事

【参考動画】(アラビア語と思われます・・・・)



ハンダラくんの原画はこちらでも観ることが出来ます。
【ウェブサイト】Hanndara.org(英語)
http://www.handala.org/cartoons/index.html

その中でも私にとって印象的だった、ハンダラくんとイエス様。
ハンダラくんとイエス様

世界が見ない振りを決め込んでも、パレスチナで実際に起きてきたこと/起き続けている現実を見続けるハンダラくん。
真実から目を背けずに、徹底的に目撃し続けるということが抵抗なんだとハンダラくんはその姿で教えてくれているように感じます。





最後に古居みずえさんの映画の予告動画を二本紹介します。

古居みずえドキュメンタリー映画支援の会 http://support-miz.thyme.jp/index.html

映画 『ガーダ ―パレスチナの詩』(2006年)予告編  


映画『ぼくたちは見た −ガザ・サムニ家の子どもたち−』(2011年)予告編


 昔、舞台に立たせてもらったときに演じさせてもらったパレスチナの難民の少年や、イスラエルの戦車に轢死させられたレイチェル・コリーさんの言葉が、いまも身体のどこかに響いています。

 暮らしのなかで、パレスチナを忘れないように想い続け、生活していくなかでの平和の祈りを紡いでいきます。いつか、誰かと想いを分かち合える何かを私も生み出していけるよう、地道に力をつけていきたいです。



2018/11/22

せやろがいおじさん 応援しまーす!

以前、当ブログで紹介させて頂いたせやろがいおじさんの別の動画を、また御紹介させて頂きます~
前回の紹介動画はこちらでございます。

今回の時点での個人的好みから、五本に厳選したものを御紹介します。
・・・うーん、五本は多いかな~。 まあ、でもいいかなーー
誰が見てくださっているか全く分からない当ブログ(閲覧者カウント無し)なので、応援になるか全くわかりませんがちょっとでも応援したいし、わざわざ覗いて下さる方と共有したい動画ばっかりだから。
相変わらず稚拙な当ブログなのですが、覗いてくださる奇特なあなた様には大感謝です。
本当にありがとございます。
というわけで、このまま載せさせて頂きますね。



ではお時間あるときご覧ください。











ブログも良いです。この記事すきだなー 
(1)せやろがいおじさん流疲れの取り方https://www.seyarogaiojisan.com/entry/2018/09/25/183706
(2)久しぶりに死にたくなった https://www.seyarogaiojisan.com/archive/2018/10/14

というわけで、稲荷屋は せやろがいおじさんを影ながら応援しまーす!





2018/11/19

韓国語の好きな歌。

少しずつでも歌えるようになりたいですなぁ。

밤과 별의 노래 (Starry Night) - 온유 (ONEW), 이진아



마음이 어두워서
マウミ オドゥウォソ
心が暗くて

잠드는 게 어려워져
チャムドゥヌン ゲ オリョウォジョ
眠るのが難しい

복잡한 세상들이 부지런히 괴롭혀
ポクチャッパン セサンドゥリ プジロニ ケロッピョ
複雑な世界が絶えず苦しめる

창밖에 햇살이
チャンパッケ ヘッサリ
窓の外に日差しが

내 얼굴 가득 덮어도
ネ オルグル カドゥク トポド
私の顔いっぱい覆っても

눈을 뜨는 일이 싫은 걸
ヌヌル ットゥヌン イリ シルン ゴル
目を開くのが嫌なの

이제 널 볼 수가 없는 이 현실이
イジェ ノル ボル スガ オムヌン イ ヒョンシリ
もう君に会えないというこの現実が

다시 바뀔 수 있다면
タシ パックィル ス イッタミョン
再び変わることができるなら

내가 어두운 밤이 되면 별이 되어 줘
ネガ オドゥウン パミ デミョン ピョリ テオ ジョ
私が暗い夜になったら星になって

네가 반짝반짝
ニガ パンッチャク パンッチャク
君がキラキラ

빛나는 별이 돼 줄래
ピンナヌン ピョリ デ ジュルレ
光る星になってくれる?

모두들 잠드는 침묵의 밤 너머에
モドゥドゥル チャムドゥヌン チムモゲ パム ノモエ
皆が眠る沈黙の夜の向こうに

네가 내 친구가 되어 줘
ニガ ネ チングガ テオ ジョ
君が私の友達になって

친구가 되어 줘
チングガ テオ ジョ
友達になって

얼마나 좋을까
オルマナ チョウルッカ
どれくらい良いだろう

꿈이 만약 이뤄지면
ックミ マニャク イルォジミョン
夢がもし叶うなら

너와 함께할 수 있다면
ノワ ハムッケハル ス イッタミョン
君と共にできるなら

힘겨운 하루 끝 늘 찾아오는 별처럼
ヒムギョウン ハル ックットゥ ヌル チャジャオヌン ピョルチョロム
つらい1日の終わりにいつもやってくる星のように

널 볼 수 있다면
ノル ボル ス イッタミョン
君に会えるなら

내가 어두운 밤이 되면 별이 되어 줘
ネガ オドゥウン パミ デミョン ピョリ テオ ジョ
私が暗い夜になったら星になって

네가 반짝반짝
ニガ パンッチャク パンッチャク
君がキラキラ

빛나는 별이 돼 줄래
ピンナヌン ピョリ デ ジュルレ
光る星になってくれる?

모두들 잠드는 침묵의 밤 너머에
モドゥドゥル チャムドゥヌン チムモゲ パム ノモエ
皆が眠る沈黙の夜の向こうに

네가 내 친구가 되어 줘
ニガ ネ チングガ テオ ジョ
君が私の友達になって

내가 눈물의 밤
ネガ ヌンムレ パム
僕が涙の夜の

지새면 빛이 되어 줘
チセミョン ピチ テオ ジョ
夜明けを迎えたら光になって

나도 너의 불안한 밤에 빛이 돼 줄게
ナド ノエ プラナン パメ ピチ テ ジュルケ
私も君の不安な夜に光になってあげる

내가 길을 잃고 헤매면 별이 되어 줘
ネガ キルル イルコ ヘメミョン ピョリ テオ ジョ
私が道を見失って迷ったら星になって

네가 알 수 없는 내일에 별이 돼 줄래
ニガ アル ス オムヌン ネイレ ピョリ テ ジュルレ
君が知り得ない明日 星になってくれる?

모두들 어딘가 떠나는 밤 너머에
モドゥドゥル オディンガ ットナヌン パム ノモエ
皆がどこかに旅立つ夜の向こうに

네가 내 친구가 되어 줘
ニガ ネ チングガ テオ ジョ
君が私の友達になって

별빛이 되어 줘
ピョルピチ テオ ジョ
星の光になって


 ※k-pop歌詞 りんさんの和訳から転載させて頂きました https://ameblo.jp/izumi374/entry-12189519831.html




양희은 아침이슬 楊姫銀(ヤン・ヒウン) 『朝露』



日本語訳:
長い夜を暮らし草葉に宿る
真珠より美しい朝露のように

心に悲しみがみのるとき
朝の丘に立ち微笑を学ぶ

太陽は墓地の上に赤く昇り
真昼の暑さは私の試練か

私は行く、荒れ果てた荒野に
悲しみ振り捨て私は行く

    作詞作曲:金敏基(キム・ミンギ)
   歌:楊姫銀(ヤン・ヒウン) 歌詞 日本語訳:李政美(イ・ジョンミ)



金敏基(キム・ミンギ)「常緑樹(荒れ野の青い松のように)」


金敏基(キム・ミンギ)「常緑樹(荒れ野の青い松のように)」
日本語訳:

野に立つ青い松を見よ
見守る者とてなく
風雨にさらされ
吹雪に打たれても
この世の終わりまで
青々と繁る

悲しみと痛みに満ちた過ぎし日
二度と再び
戻ってこないように
汗を流そう
目を覚まそう
荒れ果てた野に立つ松になろう

たとえ我らの持てるもの少なくとも
手に手をとり
涙を流し
我らの行く道
遠く険しくとも
うちやぶり進もう
必ず勝つのだ

(『キム・ミンギ 韓国民衆歌謡の「希望」と「壁」』より)




沢 知恵 「人生の贈り物~他に望むものはない」


楊姫銀(ヤン・ヒウン):詞
さだまさし:訳/曲
沢 知恵:うたとピアノ
平賀正明:写真
2018/11/07

憲法死守 ― 今、決戦のとき

  日本という国の歴史上、もっとも民衆に権利があるはずのこの時代に、戦争を望んでしまう《国家》という化け物をつないだ鎖が解かれんとしている。アベ政権の現在は醜悪さの極致にまできた。現状は日本の戦後民主主義の決壊そのものだ。憲法を奪わせないために決戦の時期を迎えていると肌で感じる。

 来年春の統一地方選挙の投票結果がどうなるかは私たち次第だ。それまでにアベ政権が倒れない場合 法治国家の規範崩壊のアベ内閣が存続し続けることになる。そうなれば、人権と歴史の真実を目の敵にした彼らの意のまま、国の基である最高法規の姿は全く逆のものに変えられてしまうだろう。現在の日本国憲法は滅ぼされ、人類が希求してきた戦争放棄や人権の平等性は水泡に帰し、生まれてきた子どもたちの明るい未来の展望は望めなくなる。思ったことを言ったら 権力から標的にされ、権力者の指先一つで掻き消され、強者にすべてを支配される暗黒の世界に日本社会は再び放り込まれる。そこに今の日常の常識やモラルの基礎になっている人権は残っていない。

 この数ヶ月が勝負となると感じる。いのちを守る憲法を死守するか、破綻と滅亡にすすむ国家の暴走を誰も食い止められない世界にするのか。「人間は誰しも幸せになるために生きる」という世界が存続できるかどうか。今この瞬間、ほんとうに決戦の時だ。

 苦しい心や怒りを分かち合い解放することは必要だ。しかし、嘆いているだけでは計り知れない巨大な闇の迫りを止めることは出来ない。
まずは、自分が起ちあがろう。ガンジーもキング牧師も阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんも、私たちとおなじ一人の人間だった。彼らを支えてきた無数の一人ひとりが確かにいた。己は無力だと卑屈になる必要は全くない。

 これまでにある光、受けた熱を思い出し、こんどは自分が灯火になり周りを照らしあたためよう。私たちは感じ、考える力を与えられている。言葉も行いも方法は必ずある。小さくても必ず見つかる。隣の人に、出会った人に、自分を表すことを臆するな。

 自分で決めることよりも、社会の雰囲気に合わせてしか物事を決められないでいる人たちが一定数以上はいる日本社会で、権力の示す方向におもねる人も少なくない。しかし、周りに静かに強く姿勢を示す人がいれば、また変わってくるだろう。投じられる波は小さく見えても、みんながそれぞれの場で立ち上がり、持ち場を守っていければ、それぞれの影響は小さくても確かな希望が実感できるはずだ。出口があることを信じて模索し、臆せず実行していこう。たった一人の反乱に見えても、それは連動し繋がっている。

どんな暮らしをしていても 心のうちに自分の蝋燭を立てていよう。
蝋燭を折ってはならない。
蝋燭を手放してはいけない。

 どんな暮らしをしていても 心のうちにある蝋燭を折らないでいよう。
もしも、今どうしてもつらいなら、明かりを灯せなくてもいい。でも決して、手放さないでいよう。
私たちは誰しも種火になることができる。風が強くて火が消えても、また誰かから灯を分けてもらえる。それが仲間がいるということ。それが不屈の力の源だ。それは悪の諸勢力にはないものだ。私たちにはそれがある。恐れなくていい。

さあ、
今 未来のために起ちあがろう!
心を燃やし、己が胸のうちに在る愛と夢と希望を燃やそう!

私たちは滅びではなく、いのちある未来を選び取る力を確かに持っているのだから。









 昨夜から、韓国の大統領になった文在寅(ムン・ジェイン)氏の自伝 『運命』(岩波書店)を読み始めています。
美しく熱い招待状です。心が震えます。
序文の最初の一ページは盧 武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を見送った文氏の想いが端的に書かれています。

 《それがどのような感情であれ、私たちが受け入れなければならない現実がある。これから私たちは、生きている者としての責務を考えていかなければならない。これから私たちは、彼が残した宿題に取り組まなければならない。これから私たちは、盧 武鉉時代を超える次の時代を準備していかなければならないのだ。
 いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。衝撃、悲痛、憤激、悲しみ、憐れみ、追憶――こうした感情を胸の奥に大切にしまって、私たちがなすべきことを静かに始めていかなければならない。
 それが彼を 「時代の重荷」から解き放つ方法だ。彼が背負っていた重荷を私たちが潔く抱えることこそ、もっとも美しい別れだ。》


 この文章は、沖縄前知事の翁長さんを失った沖縄のひとたちにもそのまま当てはまる言葉と言えるのだろうと感じます。
そして、この序文に引用されている都 鍾煥 (ト・ジョンファン)氏の詩が素晴らしい。「遠く流れゆく水」という作品です。ここに引用はしないので、ぜひ本を手にとってください。
一緒にこの本を読んでいきましょう。

 私は、日本の植民地支配と朝鮮半島の分断、軍事政権化から民主化を実現してきた韓国の民衆の時代を超えた魂の叫びに学びながら、日本国家を変えていく力を育て、みんなの力で奇跡を起こしたい。沖縄の人たちに、歴史の真実と向き合う勇気と視点を与えられ続けているように、この本も非常に大切な呼びかけだと感じます。
沖縄の人たちにも、朝鮮半島の人たち、アジア太平洋地域の人たちに、心から謝罪し善き未来を模索し続け、いつか友と言ってもらえる日が来るように、祈り歩みます。

 日本国籍はあっても、自国の政治や社会の情勢に、恥ずかしさと情けなさを覚え悲嘆せざるを得ない精神的ディアスポラの日本人・やまとんちゅの仲間の皆様。
絶望は簡単です。でも、私たちは、私たちの社会に踏みつけられている側の人たちから愛ある呼びかけを受け、励まされています。だから、諦めてしまう心はまた燃え上がり、その呼びかけにきっと応えていけるはずです。
心と力を合わせて共にがんばっていきましょうね!

2018/11/05

アーバンダンスキャンプ動画 3選


20181003
                                                           

20181105


20181105
                                                                         

2018/11/04

細胞レベルの解放

湧き上がる衝動と心の奥底からの歌が身体表現されたものを観ることができる歓び。
細胞レベルの魂の解放の実現。

菅原小春さん、踊ってくれてありがとう。
朝からDesire の映像3回みました。深く感謝。

今日初見のこちらも。


【Rather Be(ラザー・ビー)】の和訳:Clean Bandit(クリーン・バンディット)

We’re a thousand miles from comfort
(心地良い場所から遠く離れた場所に)

We have travelled land and sea
(私たちは陸や海を超えて旅してきた)

But as long as you are with me
(あなたがわたしと一緒にいる限り)

There’s no place I’d rather be
(他にいたいと思う場所はないわ)

I would wait forever
(わたしは永遠に待つことになろうとも)

Exulted in the scene
(この場所で喜びを覚えている)

As long as I am with you
(あなたと一緒にいる限り)

My heart continues to beat
(私の心臓は鼓動し続ける)

With every step we take, Kyoto to The Bay
(一歩一歩と歩むこの道は京都から浜辺へ続いていて)

Strolling so casually
(わたしたちはゆっくりと向っている)

We’re different and the same, gave you another name
(わたしたちは違っているようで同じものであり、他の名前が与えられている)

Switch up the batteries
(それは、バッテリーを交換するようなものなのよ)

If you gave me a chance I would take it
(もしチャンスをくれるなら、わたしは必ずそれを掴むの)

It’s a shot in the dark but I’ll make it
(暗闇の中で狙いを定めるようなものだけれど、わたしならできる)

Know with all of your heart, you can’t shake me
(あなたのことは全部分かってる、私を動かすことはできない)

When I am with you, there’s no place I’d rather be
(あなと一緒にいれば、他にいたいと思う場所なんてないの)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(そう、ここより良い場所なんてない)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(そう、ここより良い場所なんてないのよ)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(他にいたいと思う場所なんてないの)

We staked out on a mission to find our inner peace
(わたしたちは心の平穏を求めるためのミッションを遂行した)

Make it everlasting so nothing’s incomplete
(永遠に続くようにするため、そして不完全なものをなくすために)

It’s easy being with you, sacred simplicity
(あなたと一緒にいることは簡単で、本当にシンプルなことなの)

As long as we’re together, there’s no place I’d rather be
(わたしたちは一緒にいる限り、他にいたいと思う場所はないの)

With every step we take, Kyoto to The Bay
(一歩一歩と歩むこの道は京都から浜辺へ続いていて)

Strolling so casually
(わたしたちはゆっくりと向っている)

We’re different and the same, gave you another name
(わたしたちは違っているようで同じものであり、他の名前が与えられている)

Switch up the batteries
(それは、バッテリーを交換するようなものなのよ)

If you gave me a chance I would take it
(もしチャンスをくれるなら、わたしは必ずそれを掴むの)

It’s a shot in the dark but I’ll make it
(暗闇の中で狙いを定めるようなものだけれど、わたしならできる)

Know with all of your heart, you can’t shake me
(あなたのことは全部分かってる、私を動かすことはできない)

When I am with you, there’s no place I’d rather be
(あなたと一緒にいれば、他にいたいと思う場所なんてないの)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(そう、ここより良い場所なんてない)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(そう、ここより良い場所なんてないのよ)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(他にいたいと思う場所なんてないの)

When I am with you, there’s no place I’d rather be
(あなたと一緒にいられるなら、他にいたい場所なんてない)

Hmmmmmmmmmm, Hoooooooooo
Be, be, be, be, be, be, be, be, be
Yeah-e-yeah-e-yeah-e-yeah-e-yeah, yeah, yeah

If you gave me a chance I would take it
(もしチャンスをくれるなら、わたしは必ずそれを掴むの)

It’s a shot in the dark but I’ll make it
(暗闇の中で狙いを定めるようなものだけれど、わたしならできる)

Know with all of your heart, you can’t shake me
(あなたのことは全部分かってる、私を動かすことはできない)

When I am with you, there’s no place I’d rather be
(あなと一緒にいれば、他にいたいと思う場所なんてないの)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(そう、ここより良い場所なんてない)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(そう、ここより良い場所なんてないのよ)

N-n-n-no, no, no, no place I rather be
(他にいたいと思う場所なんてないの)

When I am with you, there’s no place I’d rather be
(あなたと一緒にいられるなら、他にいたい場所なんてない)

When I am with you, there’s no place I’d rather be
(あなたと一緒にいられるなら、他にいたい場所なんてない)


      洋楽翻訳ブログ「オンガクガトマラナイ」 
        https://ongakugatomaranai.com/cleanbandit_ratherbe/より




2018/11/03

38億年と35年7ヶ月と数日 生きた今日に

今日、お話できた方の言葉から懐かしい詩を思い出すことができました。

 
    谷川俊太郎


また朝が来てぼくは生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が陽だまりに寝そべってるのを

百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前な所のようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ

いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって

それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから

今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい



      (谷川俊太郎 詩集『空に小鳥がいなくなった日』 サンリオ 1990年)
 この詩集では「からだの中に」、「朝のかたち」、「祝婚断章」、「ほほえみ」、「なんにもない」、「じゃあね」も好きです。
  



歌は石橋和子さんの「ケ・サラ」を。
個人的にはこの歌は、原曲の歌詞の雰囲気より日本で歌われてきたような歌詞のほうが、曲と歌詞があってるなぁと思います。
いい歌。




とんでもなく遅かったり、急発進したかと思ったら今度はまったく動けなかったり、後ずさりしながらではありますが、しっかり歩いていきたいです。 九条実現するには倒閣実現せねば。明治を賛美するような首相は終わってます。恥ずかしい。相変わらずの大言壮語だけど、本気で心から、です。 自分にできることは、すべてやりたい。がんばろうっと。


続きを読む

2018/11/03

2018年11月3日 憲法交付日に

 辺野古の、大浦湾の海を埋めさせたくない。
これ以上、沖縄を踏みにじりたくない。
これまで数え切れない人の命を奪った、日本の侵略と戦争の歴史。
先の大戦の謝罪も補償も実現しないまま、また戦争をしようとしてる。
戦争したくない。させたくない。もうこれ以上は。もうごめんだ。
どうして命を奪うほうにばかり向かうのか。いのちのために集めた税金のはずなのに、削られていくばかりで。毟り取るばかりで。
金と権力があれば、優越感が満たされたらそれでいいのか。本当にもうイヤだ。自分もこの社会の一員であること、人生の中で選挙権を持って長いことが、心底申し訳なくて恥ずかしくてたまらない。

 愚かさと無恥の極地。悪いほうにどこまでもどこまでも奈落の底に落ちていくこの日本社会の現在地。
ヤマトの人間である以上、日本民族で国籍もある以上、日本という国家が重ねてきた罪と、恥を、少なくともひとりぶんは引き受けて生きなければならないから、そこから逃げるつもりはないのだけど、次から次へと本当に。おかしいことがありすぎて、ちゃんと怒れているのか、判断できているのか。よくわからなくなってきている気がして不安が消えない。でもこの不安は誤魔化したらアウトで、そうなったら終わってしまう気がする。

 この愚劣な政権の暴虐をどうやったら止められるのか。倒したい。ほんとうに、ほんとうに、なんとかしたい。許せない。許したくない。
これまで人類が得てきたすべてのよきものが、負の遺産から得た教訓が、溝に捨てられて破滅にむかっている。絶対に、憲法は奪わせない。幼い子どもたちに希望のない世界を手渡すのは耐えられない。今日の自分にある権利を得られず死んでいった人たちに申し訳なさすぎる。

焦っても、と思う一方で、ここで焦らないと手遅れになると直感している。

あきらめたって、あきらめなくったって、やることは同じ。
少しでも希望がつなげるように生ききるしかないじゃんね。
だったら、諦めないで生きる方法を模索し続ける。手遅れにならないうちに、やれることはやらなきゃ。
考えてることはお蔵入りさせず実行しよう。思ったことや考えたことは、表そう。
とにかく、隣り人と心を分け合って励ましあっていくしかない。
そこにはかすかでも確実な希望が生み出される。

恐れず、臆さず、やるしかない。一歩さきにすすみたい。





 徐京植(ソ・キョンシュク)さんの『過ぎ去らない人々-難民の世紀の墓碑銘』(影書房 2001年)を沖縄知事選の期間から読み直していた。大学生の頃に初めて読んだから、もう15年くらい前か。紹介された49人のうち、パブロ・カザルスやビクトル・ハラ、プリーモ・レービィー、ハーヴェイ・ミルク、金子文子、長谷川テル、尹東柱(ユン・ドンジュ)、ガッサーン・カナファーニーの記事は特に印象に残ってたのを思い起こした。
 今回は、この人たちはもちろん、サッコとバンセッティ、エルンスト・トラー、サルバドル・アジェンデ、エーリヒ・ケストナー、リヒャルト・ゾルゲ、尾崎秀実、原 民喜、キム・サン、趙文相(チョウ・ムンサン)、が印象にのこった。
最後に記されたのは、徐さんのオモニ(おかあさん) 呉己順(オ・ギスン)さんの記事。息を引き取られる直前の一言が聞こえてくるようだった。

歴史に残る名著だと思う。 

 一人の人間としてどう生きるのか。歴史の末尾を生きる私たちは、人類社会の在り方と未来への選択に常に対峙していると感じる。どんなにトンネルの闇が深くても、光の残る世界を次世代に手渡せるよう暮らしていきたいと希う。