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2018/09/29

【沖縄県知事選挙】2018年9月22日 うまんちゅ大集会 玉城デニーさんの決意表明 演説 (全文)

 今月22日に沖縄おもろまちの新都心公園で行われた、うまんちゅ大集会。玉城デニーさんの決意表明の演説を映像で見ました。とても感動して、心が震わされて涙がとまりませんでした。励まされ、奮い立つ思いでした。
映像が見れない方にも聴いてほしい演説だったので、文字起こしました。私はヤマトの人間で、うちなーぐちは全く分からないので考え考えネットで調べながら表記しましたが、間違っているところがあると思います。お気を悪くされる方もいらっしゃるかも・・・と思いながらで、申し訳ないような気持ちもありながらなのですが、一人でも多くの方にデニーさんの演説を聴いて(読んで)もらいたいと思ったのでアップします。(間違ってたら、こっそり教えてもらいたいです・・・。すみません・・・。)

 映像は集会の始めから終わりまでのもので、デニーさんの演説は45分00秒くらいからです。デニーさんの演説の後、翁長知事のパートナーの翁長樹子さんがスピーチをしておられます。
辺野古のこと、基地のこと、沖縄の社会の未来、日本社会のこれから・・・。いろんな想いが胸に渦巻くけれど、何よりもとにかく愛する家族を喪われた翁長知事の御遺族が安堵される選挙結果が出てほしい。切に願っています。
今、沖縄は台風の真っ最中だということです。沖縄の皆さんの暮らしが、災害から守られますように。そして、投票日である明日は、台風が過ぎ去った青空の下で地域の方の足が強められ、皆様が無事に投票して、ご自分の意思を表明できますように。
主の平和が実現する為の大きな一歩が踏み出され、新しい闘いの幕が切って落とされますように。この空の下、心からお祈りしています。


45分00秒から玉城デニーさんの決意表明の演説です。


 はいさい、ぐすーよー ちゅうがなびらー!
県知事候補 名ぬやぎ とーる 玉城デニー いりちょーびん。
見(み)ー知っちょーてぃ きぃみせーびり! (礼)【会場拍手】

 県知事候補に名乗りを上げております玉城デニーと申します。
お見知りおき下さい。それより御挨拶をさせて頂きました。

 今日は本当にこの土曜日のお忙しい中、しかも少し雨模様のこういう状況でも
傘の用意、雨具の用意、用意をしていない方はそのまま雨に打たれながらお話を聞いて頂く。
この皆さんが寄せる私たちへの想い、私(わたくし)、玉城デニーへの強い想い、しっかりと受けとめさせて頂きます。【会場拍手、指笛】

 翁長雄志知事が亡くなられ、私たちは二期目の当選に向けてその用意を進めていました。その中で、様々な会議の調整によって私(わたくし)の名前が、翁長雄志知事からたびたび、語られていたこと。そして、皆さんが、「で、あれば本人の意思を、―私(わたくし)玉城の意思を確認した上で、それで決めようじゃないか」と固めて下さったこと。全てが私(わたくし)は今回の県知事選挙の皆さんの、お一人おひとりの想いに対して、真剣に応えていく。沖縄の未来がかかった、県知事選挙に対する使命感から来る、出馬の決心だということを今あらためて、お伝えしたいと思います。【会場拍手、指笛】

 「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらん」十本の指は、同じ長さではない。これは、母子家庭として生まれた私(わたくし)が2歳から10歳ぐらいまで、預かって育てて頂いた家庭のお母さんが、私(わたくし)に教えてくれた沖縄の言葉です。十本の指は同じ太さでも、同じ長さでもない。しかも、人間の指紋は一人びとり、それぞれの指で ぜんぶ違うんですね。しかし、大正うまれのそのお母さん、―私(わたくし)は「おっかあ」と呼んでおりましたが、おっかあは、度々いじめられて泣いて帰ってくる私に対して「なんでねー?」と訊き返します。「見た目がこうだからね」と、「だからね」って言ったら、「なんでぇ?あんたどこが違うの?」と言うんですね。「どこが違うの?」と言われて、小学生の私に理解が出来ませんでした。そこで出てきた言葉が、「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらんどぅ、みんな違ってるよ。なんで違っていることを、あんたがこんなして泣かないといけないの?」 教えてくれたんですね。
 沖縄はそのように多様性を持って、本当にいろんな人たちが暮らしている。それは、戦前・戦中・戦後、貧しいから皆で助け合いをしようと言って、畑に出てさとうきびを皆で手伝ったり、昔は萱ぶきの屋根でしたから、その萱を葺き替えをするのにその地域の皆さん総出で出て、萱の葺き替えをした。そういうところから、皆で心を寄せて手伝うことを「いーまぁーる」と言ったそうです。「いー」、これは今でいうと「結い」、結ぶという字を当てますね。「いーまぁーる」。「まぁーる」と言うのは、皆で、かわりばんこに助け合うという「まぁーる」です。相互扶助の精神は、貧しい集落に住んでいようとも、皆が同じように助け合える、そういう豊かな心を持っていた。大正うまれの おっかあは、そういう生まれ。そして戦中にダンナさんを南洋で亡くされ、南洋から引き揚げてきて、三人の娘・息子たちを育てた。そういう、たくましい自分の体験から、静かに私(わたくし)、玉城デニーに、その、「人と人は違って当然だよー。でも皆いっしょさぁ。一緒に生きてるさぁ。」ということを教えてくれたんですね。ですから、私(わたくし)は実は、アメリカ人の父親を持ち、うちなーんちゅの母親を持っている この生まれで、おっかあから「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらんどぅー」と、「人はみんな違っていいんだよ」と教えられた幼い頃から、差別をする・区別をするということが、私の気持ちのなかに芽生えませんでした。おっかあのおかげです。
小さい頃、そうやって豊かに育てられた子どもたちは、多分 私の年代、―私(わたくし)は昭和34年、1959年うまれですが、その頃いっぱいいたと思います。私(わたくし)と同じような生まれの、2つの国、3つの国をルーツに持つ、そういう子どもたちもいっぱいいたと思います。しかし、沖縄という社会は、そういう生まれの私たちであっても寛容性を持って、その可能性を見つめてくれました。見守ってくれました。それが、私(わたくし)は、これから未来に もう一度 見つめ直す《沖縄の政治の原点》でありたいというふうに思います。【会場拍手、指笛】

 さきほどない御挨拶させて頂いています言葉の中には、うちなーんちゅの「ちむぐくる(肝心)」という言葉があります。「ちむぐくる」というのは、「ちむ」というのは肝です。「くくる」というのは心。考えたり、思ったりすること。それを「ちむぐくる」という、自分の中でしっかりと受けとめ、そしてそこから湧き上がってくるものが、その人の行動であれば、それはもうその人の正義なんだ、信念なんだ、理念なんだ、そういうことを私たちは これからも大切にしていかなくてはいけません。
翁長雄志知事は、そのことを「イデオロギーよりアイデンティティー」という言葉に込めました。
「イデオロギー」はそれぞれの考え方、思想・信条です。それはお互いに尊重する。決して分け隔てするものではない。しかし、イデオロギーだけで どうしても解決できないような問題が生じた時、私たちは、では何を持ってお互いを理解する、その根本的なものを持てるのか。それが、「アイデンティティー」。つまり私たちは、沖縄のためなら、沖縄の将来のことなら、沖縄の子どもたちのためなら、思想・信条を乗り越えて、右も左も関係ない、富める人も貧しい人も関係ない、皆でひとつになって、大きな力を発揮することができる。これが、翁長雄志知事が遺してくれた未来への確かな遺言だと思います。【会場 指笛、拍手】

 私(わたくし)は、生まれ持ったその私(わたくし)の信念として、翁長雄志知事の理念を全うして貫いて参ります!【会場 指笛、拍手】

 子どもの貧困の問題は翁長雄志知事にとって、一丁目一番地の課題でした。全国で初めて、子どもの貧困についての調査を行った沖縄県。実に、三人に一人の子どもが貧困の環境にある。しかし貧困は、子どもや家族だけの問題ではない。これは、社会の深い問題であり、その為に生活をしている人たちのあらゆる場面に心を傾けていかなければならない。そういうことを、改めて私たち県民に教えてくれました。そして、真っ先に子ども貧困対策のための計画を立ち上げ、その為の予算、30億円の基金を積み上げ、「まずそれを実行しよう」と奮い立ってくれました。うちなーんちゅにとって、子どもは宝です。子どもが生まれたら、みんな喜びます。子どもがその家に居たら、「わらべ うふっちゅ じゅうにんがーえ 」と言います。「子ども一人いれば、大人 十人の賑やかさにも勝るもんだよ」。幼い子どもであっても、この命の存在に皆が喜ぶわけです。翁長雄志知事は、これからの沖縄は、その子ども達が育まれ、大切にされ、それを見守っているお父さんお母さんもだいじにされ、それを支えている社会全体が、もっと力をつけていこう!そういうことを言っていたんだと思います。【会場 呼び声、拍手】

 アジアのダイナミズムを取り入れる。そこでどんどん沖縄の可能性を伸ばしていく。しかしそれは、ただ可能性を伸ばし、利益を得(う)るだけではない、そこから得られた原資・利益は必ず沖縄の社会に還元させていって、沖縄の優しい社会を作る。そういうことを、翁長雄志知事は政策の中に盛り込んでいました。私(わたくし)も今回の政策の中に、赤ちゃんを宿したお母さんが、赤ちゃんを産む前から、母子手帳を交付されたその時点から、赤ちゃんが生まれ、そして就学に至る。今度は学校に通ったら子どもの居場所を作ってあげる。中学・高校生になったら今度は、家計費の負担にならないように、バス賃を無料にしてあげる。そういうふうに行政が出来ること。それを子どもの生まれる前から、決して貧困が発生しない、そういうことをきちんと理念を持って、それをお父さんお母さんが働く環境を整え、おじいちゃんおばあちゃんが安心してお孫さんを見ることができる。その安らかな生活につなげていく。教育、福祉、雇用、さまざまな沖縄の生きとし生ける人たちが誰一人として取り残されない。そういう政治を、翁長雄志知事の理念をしっかり引き継いで、玉城デニーは実行して参りたい!【会場 指笛、拍手】
誰一人として、取り残さない。みんなが輝く。みんなが空を見上げて、青空のなかのまぶしい太陽に目を細める。そして時には雨が降ってくることを喜び、「ああこれで、うてぃーらくぁーが降りたね。農作物もこれで順調に育つよ。」いかなる場面であっても、皆がその喜びを分かち合う。そういう政治を私(わたくし)は これから、しっかり実行していきたい。

 そして今日、お集まりの皆さんと改めて約束をしたいと思います。私たちが安らかに生活をすること、
安心して仕事を励み、そして子どもたちと晩ごはんを囲み、おしゃべりをし、「明日また元気で、笑顔で頑張ろうね」というその生活、なりわいを立てるためには平和でなければならないということです!【会場拍手】

 翁長雄志知事は、「平和と経済を両立させる」。そのことをしっかり仰っていました。想像してみて下さい。毎日が、紛争やテロで追われている国の皆さんのことを。その日の自分たちの命を守る為に追われ、子どもたちを守る為に追われ、明日(あす)の自分の身の上すら分からない。しかし私たちは、少なくとも今日、お互いのこの喜びを分かち合い、「明日また頑張ろうね」という、この平和の基盤にいる。しかしそのことに、決して甘んじたり軽んじてはいけない。だからこそ、平和であることを希求する、追い求める。その行動、その理念は決してやめてはいけない。立ち止まってはいけない。辺野古の新基地建設は、その理念と真っ向、相反するものです。辺野古に新しい基地は絶対に作らせない。そのことを改めて、約束しましょう!【会場拍手】

 普天間第二小学校の子どもたち。昨日、この子どもたちがグランドで体育の授業をしている、その間の誘導員の皆さんは、もう、その期限を終えて、その方たちの仕事が解かれました。これからは学校の校長先生や先生が飛んでくるヘリの、真上なのか、それとも飛んでこないのか、それを判断して、シェルターに逃げるか逃げないかを、判断しなさいと言っています。こんな小学校が世界のどこにあるんですか!普天間は閉鎖・返還です。【会場拍手】
 戦争で奪われた土地は、沖縄県民に還すべきです。私たちは、今回のこの県知事選挙で、あらためて誓いましょう。この選挙で、玉城デニーとともに、日本政府から、アメリカから、沖縄を取り戻す!うちなーんちゅの手に取り戻す!青空を子どもたちの為に取り戻す!【会場大拍手】
そのことをしっかり、誓いましょう。平和あっての経済、そして経済あっての発展、さらには多くの皆さんにその喜びを分かち合うために、私(わたくし)玉城デニーは先頭に立って、頑張ります。
今日は県外からも大勢の方々が来て頂いています。そして、この方々が今日、街頭でも私(わたくし)に「東京から来ました」「大阪から来ました」「熊本から来ました」。皆さんが私(わたくし)の手を握って「頑張りましょう!」と言って下さいました。それはなぜか。沖縄の県知事選挙の勝利が、自分たちの明日(あす)の勝利に繋がるということを信じているからです!【会場拍手】

 その全国の県民の皆さんに、明日(あす)の希望をもたらすのは、沖縄県民、私たちです!【会場「そうだ!」拍手】
私たちで、この県知事選挙を勝利しましょう!この勝利を全国の皆さんに届けましょう!玉城デニーに力を貸して下さい!玉城デニーは全力で頑張ります!共に勝利しましょう!
よろしくお願いします!ありがとうございました!!(礼)
【会場拍手、デニーコール、指笛、「ガンバロー」の声、アナウンスの声、喝采】

うちなーんぬ ぐすーよー!
まきてーないびらんどーー!!!
(礼)
【大きな拍手、会場の皆さんの声】(着席)