2014/12/08

映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』 の前作品、『Little Birds(リトルバーズ)』紹介文

2005年7月11日、綿井健陽さんの初監督作品、『Little bards』の京都での先行試写会に足を運びました。
以下は
その時の講演と映画の覚え書き、私の感想です。
文章は当時のそのままなのですが(かなり恥ずかしいし、間違いもあるかもしれないけれど…)
現在公開中の新作品
『イラク チグリスに浮かぶ平和』 http://www.peace-tigris.com/
をお一人でも多くの方に 観に行って頂きたいので、よかったらお読みください。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

映画を見てから綿井氏の講演をきく。映画は(言葉では言い尽くせないが)、やはり本当に一人でも多くの人に見てもらいたい作品であった。特に家族にみてもらいたいと思う。

イラクで子ども達があまりにも呆気なく突然に殺される。このドキュメンタリーの主人公はアリ・サクバンさんという四児の父だった。だった、というのは彼は3人の子どもをアメリカ軍の爆撃で一度に失った。写真の中の子ども達の笑顔は、もうこの世界で見ることはできない。この映画のタイトル、「Little bards」は「お父さん泣かないで。私達は天国へと飛び立ちました」という言葉から来ている。この言葉は、中東・イスラム圏で比較的よく使われる。この言葉が、三人のお墓の裏に書かれていた。誰がいつのまに書いたのかは分からないけれど、書かれていた。

イラク戦争がはじまったとされる空爆は、実は一発目ではなかった。その数時間前に既に空爆は始まっていたのだ。「この瓦礫中に『イラク戦争』最初であろう犠牲者が埋まっています」という淡々とした話口に、その場所での無力的虚脱感を想像する。綿井氏の目にした景色はビデオカメラを通して「映像」となる。淡々と進む虐殺は、侵略は記録される。空けていく夜。開戦の日。その日にちが、あのニュース映像が、私のその日の京都での生活をまざまざと思いおこす。
前日は明るいマーケットだったそこに、銃弾に倒れた子供がいる。鍵をかけられたはずの店が崩れている。本当にここが、人々の笑顔が溢れていたマーケットだろうか。空爆が始まった直後、ここで一人の男性のインタビューが入る。「ブッシュと手を組んでいるお前ら日本人を絶対に許さない。お前ら日本はこれから百年間覚えておけ!覚えていろよ!!」
彼は激怒しながら砂嵐の街角に消えていった。何度も振りかえり、指差し叫びながら。

『これを撮れ』『止めてくれ』『撮ってくれ!』『何を撮っているんだ!!』
病院で、街頭で、カメラを持っている綿井氏に様々な声が飛ぶ。
空爆が始まる前の日本への態度は、本当に友好的で愛に満ちたものだったという。ヒロシマ・ナガサキが深く認知され、共感を持たれていることを日本は知ろうともせず、彼らへの攻撃に手を染めた。

空爆開始から数日後、街中に進行してきた米軍の戦車。その戦車に向かっていく女性がいた。兵士に「How many children have your kill?」と書いたプラカードを広げて叫びながら進んでいく。人間の盾のメンバー、ウズマ・バシクさんだった。
綿井氏は彼女に衝撃を受ける。「一体何人殺したの!?今すぐ病院に行ってその目で見てきなさい!」叫ぶ彼女。誰も彼女に続かないというのに、戦車の一台一台、兵士の一人一人に訴えることを止めなかった。
それから、綿井氏はカメラを米兵に向けながら問いつづける。「ここはアメリカじゃないぞ」「何しに来た」。米兵は笑顔で答える「イラクを解放しにきたのさ」。「無実の人を殺してか」と返した。またある時は、こうも問うた「大量破壊兵器はどこにあるんだ」。銃を持っている相手に。戦車に乗っている相手に。時にはかなり激しく詰問した。「頼む、これ以上殺さないでくれ」と投げつづけた。戸惑いながら若い米兵は「イラク人は俺達に感謝してる」と答えるとそそくさと去っていった。

彼は講演会の中で「彼女が叫んでいた『何人の子どもを殺したの!』というこの問いが、最も人間的な言葉だと思った」と話した。
そして「まず、一人でやることが重要。一人の根源的な問いかけを自分ができるのか。一人で声をあげなければ、他の一人は動かない。それができるかどうか。それだけです。」と続けた。



 イラク戦争はどこからはじまったのか。イラクの空爆はクリントン政権の時から始まっていたこと、国連の経済政策、イラク・イラン戦争。そして湾岸戦争…。
 綿井氏は言う。「今、起きているのは『治安の悪化』ではなく、『戦争の激化』です。よくこういったことを訊かれます。『イラクでは誰が誰と戦っているのですか?』これ、いつも答えに窮します。というのも、対等ではないから。戦争で、虐殺だからです。
現在、戦争や軍隊の周辺が無限に拡大しています。戦争の中心地なんてなくなってきている。ありとあらゆる場所が、人が、戦争に巻き込まれている。だれもその構造や対立図式を示すことはできません。例えば今、イラクには米軍・イギリス軍・自衛隊(日本軍)などがいますが、多国籍の民間軍事会社の人数というのは、米兵全て合わせた数よりも多いです。この民間軍事会社には、アジアからも出稼ぎの人がたくさん入っています。その数はフィリピンの人間だけで5千人といわれているのです。貧しい人々を世界中から、お金だけでなく権利や資格など様々な得点付きで買い取っていくんです。
イラクの人たちも、就職が出来ないから「治安維持」のための仕事につきます。「自衛隊」だってそうです。地方の就職難が直接影響している。アメリカ軍を守っているのはアメリカ兵ではない。では三つのゲートの一番危険な外側のゲートに立たされているのは誰か。死んでいくのはイラク人や多国籍出稼ぎの人々です。」

映画の中に出てくるヘリコプターや鉄条網は、見覚えのあるものだった。そう、沖縄だ。「沖縄はイラク戦争がそのまま見えます。沖縄の人たちは映画を見てこう言いました。『私達が普段聴いている音と同じですね。』と」(綿井さん)
昨年夏に沖縄国際大学に墜落したCH57もイラク上空をしっかり徘徊し、人殺しに余念がない。普天間基地、嘉手納基地からペルシャ湾を経由してイラクに飛んでいる。キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブで訓練した米兵達は、沖縄からイラクの空へ飛んでいく。
「日本のやっていることは、イラク戦争の当事者ということ」

 「戦争の周辺が無限に拡大している」ことの実例として、前日のロンドンの「自爆テロ」について触れる。
「ニューヨーク・スペイン・ロンドンと来て次は東京でしょう。東京ではテロ対策と称して警備員を増やしたりしていますが、絶対に防げない。これは絶対です。パレスチナにしてもイラクにしても、ずっとそういったことをやってきた。同じことをそこに暮す一般の人に向かって。とにかくありとあらゆることをやってきた。それを止めない限りは。
幸田さんが殺されて、彼の首が星条旗に乗せられたとき、『あんなところに行くのが悪い』という論調があったけれど、本当にそうだろうか。『テロ』『残虐、卑劣な行為』というけれど、今もイラクではあちこちで人が殺されていく。しかも指先一本動かすだけ、ボタンを押すだけで。世界は何故、9・11だけ「追悼」するのか。9・11から世界は変わったというけれど、変わらない世界で生きてきた人々の方が圧倒的に多い。「追悼」がまた別の戦争を引き起こすという意識も必要だと思う。『追悼』の中身を考えなければならない。何のためにやるのかを考えて…。別の側から見たらどうなのか。」



 綿井氏の話で最も感動したのは、「『命をかけて撮ったシーン』は1シーン、1カットもありません。無いです。」という断言だった。
 そういう主旨の賛辞を講演会などで受ける時はいつも下を向いているのだそうだ。
「命はかけられません。かけがえのない、代えることができないものだから。だから大事にしないといけない。誰も命を懸けちゃいけない。命はかけられない。それをかけているのが、軍隊や武装組織なんだと思います。『命をかけて正義を…』というのが戦争です。強要する事も絶対にしてはいけない。靖国神社というのも、まさにその『命をかけて』の連鎖です。これをどうやって断ち切れるか。」

 現在、事実があたかも無かった事のようにされ、歴史が消されていく「(戦争)周辺の変質」が起きているのだと彼は続けた。新しい歴史教科書をつくる会は、今年その目的をまた一つ達成したと「従 軍 慰 安 婦」問題の記述削除に触れる。「記憶の暗殺を防がないといけない」という言葉に、深く共感した。

映画は音声と字幕のみで色づけされないように心が配られている。
「実際に起きていることだという絶対的な現実。人の殺されての死という、絶対的な事実。」それを見てもらいたいという。
「人間が何かをする以上、『公正中立』はない。ジャーナリストの定義を決められたその瞬間、私はその存在を失うでしょう。」
「沈黙の共合」というエドワード・サイードの言葉を引用し、「戦争と暴力に中立はない。」と言い切った。綿井さんの語り口は淡々としているけれど、本当に怒りと情熱を感じるもので、その潔さに深く感銘を受けた。



 大学での上映会の前、私はキャンパスで大声を張り上げていた。「みんなでイラク戦争の現実を直視しよう!みなみ会館で封切りの映画がタダで見られるよっ」 少々恥ずかしくても、言わないほうが私自身に恥ずかしい。横の人に、前の人に、知っている人に、伝えつづけることをしなくっちゃ。自分に嘘や矛盾や言い訳が含まれていないかを常に捉え返しながら。

私は綿井さんが米兵に問いかけ続ける映像に、本当に感動した。先に映されたウズマ・バシクさんの存在が彼を突き動かしているきっかけの1つであろうと思ったからだ。実際に、彼女のあの叫びは衝撃だったと言う講演から、やはりそうだろうと思った。


綿井健陽という「一人の人間の根源的な問い」の発信であるこの映画を、一人でも多くの人に見てほしい。そこに映されるイラクの人々の姿。イラクの人々に写る私達の姿。日本の明らかな軍事力。そういったものを「理解」ではなく「実感」できた時に、「一人の行動で、となりの一人が変わる」瞬間を自分自身に感じるかもしれない。

そこに希望がある。
そこにしか、希望は無い。