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2019/04/21

2019年イースターの日に。

イースターの日に1


イースターおめでとうございます。
主イエス様の復活を心よりお慶び申し上げます。
神様、私を生かしてくださり愛してくださり、ありがとうございます。
すべての人が、すべての命が神様により愛されていることを知れて、私は幸せです。
世の不正と悪は止まるところを知らず、私自身も己の愚かさを日々痛感させられ自暴自棄になりそうなときがありますが、
それでも私に生きていく力を与えて頂き、今を生きています。
あなたと、あなたによって出逢わされた大切な人々に心から感謝します。

神様。すべての傷みをすべての苦しみを共に分かち、私と共に、そしてすべての人と共におられる主、イエス様に出逢わせて下さって、ほんとうにありがとうございます。
主イエスは、世に弱くされた者たちのために権力に向かい、十字架刑にかけられて、死にて葬られ黄泉に降りながらも三日後に復活されました。今日がその日、イースターです。今日は体調が優れず礼拝に行くことができませんでしたが、それでも主が共にいて下さることを深く感じました。
神様の正義が実現されることを信じて、私の道を歩みます。

「互いに愛し合いなさい」と主イエスは私に命じます。
愚かな私は人を傷つけ、どうしようもない結果・痛手を与え、本当に悔いても悔いきれないこれまでを歩んできました。
謝っても謝りきれません。後悔のうちに死にそうになっていたけれど、私は主によって生かされています。
本当にあの人たちに幸福な人生があるように祈ります。
イエス様が私の罪のために傷を負わせ、利用し貶めた人たちを、きっときっと守って幸せにしてくださいますように。
いつも祈っています。

苦しみの果てに死に追いやられた人たちも、今、神様の元で穏やかに過ごされ、私たちを見守って下さっているでしょう。
神様は愛で、公正、平らかな正義。
私たちは人の世の悪に、苦しみのうちに人生を終わらされた人たちのことを覚えて、歩まなければならないと思います。
戦争・差別は、人の世の悪です。
平和は愛の実り。
神様は人の間の関係に、神様の愛を発動させる。
私たちは生きて出逢い、心を分け合う。
もし、もう二度と会わないとしてもそれぞれの場で懸命に生き抜いていきましょう。
私には何もできないけれど、全能の神に他でもないあなたの幸せを祈ります。

今年のイースター、4月21日。スリランカの同時多発デモで殺された信徒の方たちの魂に。事故にまきこまれた人たち、残された人々に主によるお慰めがありますように。魂の平安がありますように。もう二度とこのようなことが無いよう、世界に向き合っていけますように。

命が尽きても、その人の魂は、愛は、想いとなって生きている人に受け継がれ生き続ける。生きていけば、生きていければ。
お一人おひとりが、耐え難い苦しみの中でそれでも命を最期まで手放さないで生きられるように祈っています。
あなたの全ての感情を主イエスがご存知です。共におられる主がいるから、すべての人は孤独ではない。そう信じます。

主にある平和が世界に行き渡りますように。祈り歩みます。



2019年4月21日 イースターの日に。

イースターの日に2
イースターの日に3
イースターの日に4
イースターの日に5
尹東柱(ユン・ドンジュ )の幼馴染であり、牧師であり、詩人であられた 文 益煥(むん・いくふぁん)先生の
 『民衆による平和と統一』 矢野百合子さん訳 (新教出版)より。


木蓮







2019/03/22

「フォトジャーナリストH氏の性暴力についてのこと。」2019年3月22日 追記/第二稿



 フォトジャーナリストの広河隆一氏が性暴力犯であることが明らかになった2018年年末。心の奥底からの怒りを禁じえず書いた自分の文章を、よかったら読んで頂きたくて、再度アップさせて頂きます。お時間に余裕のある方、よかったらお読み下さいませ。(※だいぶ長いです)

「フォトジャーナリストH氏の性暴力について。」第一稿【2018年12月31日】
http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-779.html



 最近、薬物で逮捕された人のことなども絡め、《「犯罪をした人の作品=ダメ」としていいのか》的な議論があります。ただ、性暴力という犯罪 ―特に広河氏のやってきた確信的な性的搾取の加害行為を 薬物依存症という病気(アディクション)と、一緒にすること事態が簡単すぎる議論ではないかと思います。広河氏の加害行為について、写真家としての功績うんぬんで通り過ぎてはいけないと思います。功績があるかないかで犯罪の軽重が決まるなんて優劣主義的ナンセンスだし、彼の加害行為によってたった一度の人生を混乱させられ、傷つけられた被害者が確実に数名以上おられるという事実があるからです。

 この度、フォトジャーナリストの土井敏邦さんのこの件のコラムについて、やっと目を通せました。 読んでいていろいろなことを感じましたが私は率直なところ、「土井さんにそういう気持ちはあるのは無理からぬことだろうが、公的にこの時点での意見を書くのはやっぱりダメじゃないかなぁ」と思いました。被害にあった女性たちの体験を下地に成してきたことが、どんなに世界的に大きな影響力を持つ仕事でも、「あの仕事は意義があったことは変わらない」って言うのは私はイヤだからです。そういう態度をとってしまうことこそが、ひとりの人間を能力や立場で比べて切り捨てることを正当化していく権力の取る態度に近づいてしまいかねないのではないかと危惧します。フクシマのことを想うからこそ、この社会のこの状況下で、「権力の思うツボ」にさせたくないからこそ、被害者たちは黙らざるを得なかった。そのことを広河隆一は熟知していたでしょうから。私はその卑怯さが我慢できないし、土井さんがその論理をそのままに書いてしまったことにより、これまで私の中に育まれてきた土井さんの写真に対して親愛さや信頼感も引き下げられてしまったことが正直なところ残念です。

 私の人生は、フォトジャーナリストではないけれど、広河隆一氏の仕事によって影響されて生きてきたところがあります。写真を見ただけで直接会えたわけじゃないけれど、心に残る人たちとの出逢いがあり、みれた風景があります。だからこそ、下劣な行為を重ねてきた彼のしたことを「仕事」「功績」としては認めたくありません。

土井さんが提起している広河氏が関わってきた人道支援について継続するべきか、どう評価するかについてこそが、また別の問題として論じられる必要があると思います。これまで広河隆一の掲げてきたスローガン、「一枚の写真が戦争をとめることがある」「人々の想いが戦争をとめる日が必ず来る」という言葉の意味を喪わせないかどうかということと、彼の仕事を評価をすべてナシにしないでほしいっていうのは、別のこととして丁寧に論じることが必要ではないかと感じます。

 一方で、私自身、これまで自分がしたこと/してきたことについて これまで考えてきたことについて、よくよく捉え返さなければならないと感じ始めています。
《私は、誰かの苦難に満ちた人生を自分のために、また自分の傷の回復のために消費してこなかっただろうか?》という問いが、今 改めて自分に向いています。正直なところ、そういうところがありありとあったと認めるしかない自分がいます。自分勝手な善意を満たすために、誰かから認められたり褒められたりするために、もしくは自分を正当化するために、自分は今までやってきた。心の傷も作用して、かなりの部分がそうであり人に迷惑をかけたり、傷つけてきたのだろうと思います。実際にそういうことも思い出せます。
利己的でしかなかった部分をそうでなくさせるために、また、そうとは言えない部分が一欠片でもあったのならば、もういちどそこを明らかにし、捉えなおして育てていきたいと願います。ほんとうに生き直していくために私は何を肝に銘じなければならないのだろうか、と考えています。何よりも誰よりも、自分自身に自問自答が必要だと感じています。結局のところ、「自己満足でしかない」と誰かに言われるのだとしても、膝を折り、すべてを御存知の神様の前で祈り求めながら、己に慢心せず、人の世の悪により低くされた人と共に歩んでいける人間に少しでも近づけるように精進していきたいです。

 私は高校生のとき、写真の専門学校に行きたいと言っていたときの気持ちを改めて見つめています。12歳の時から家族の写真を撮ってきた私は、今も自分に与えられた暮らしの風景や、出会った人たちとの時間を記録するべく7年前にやっと買えたNIKONのちっちゃいデジタルカメラを大切に使っています。写真は、私にとって特別なツールです。36歳になるけれど、ほんとうに私は自分で写真を撮ることや見ることが、とても好きだし大切なことだと感じます。

 写真は被写体がいて初めて撮れます。世界があって初めて撮れる。「撮る」ということは、「取る」ということにもなってしまう。そうやって撮影させてもらう相手の人生や社会の文化や歴史があって、自然があって、それを写させて頂いて初めて「写真」になる。だから、関係性も感じ方も写り込むわけだけど、写真を撮る人だけのチカラでは写真は実現しない。写真は、他の存在を撮らせてもらってはじめて成り立つものなんだと思います。(セルフポートレートってのもあるけど、それだって自分に自己決定できる信頼があるから自由に撮れるんじゃないだろうか。)
技術よりも、その存在を相手から預けて頂いた者としての責任をどうとれるか。写った対象から託された信頼を、写真を撮った人間は、なによりも大切にしなければならないんじゃないかと感じます。

 今ならこのように思うことも、私は10年前は分かりませんでした。たくさんの方の思いや愛を無碍にして、自分のことばかり考えてきたと感じます。覚悟もありませんでした。(写真だけでなく、文章を書くことについてもそうですけど。)
とっても時間がかかって今更かもしれない。それでも、反省しないより遅くても反省したほうがマシなんだって信じて、今 想うことをこれからの時間で実現していきたいと思っています。

 写真についてはこういう個人的な思い入れもあり、だからこそ写真家としての性暴力の加害を重ねていた広河隆一氏を私は絶対に許しません。そして彼の中に育ってしまった権力と支配への渇望に私自身が絡め取られないためにも、このことについて考え続けていかなければと感じます。今後もこの件については自分の気持ちを整理しながら考え続けていくために、時折 書いていくことになると思います。


2019/03/08

大阪・枚方市に送ったパートナーシップ宣誓証明の検討についての意見書

今日、煩悩ちゃんさんのTwitterのリツイートでLGBTサークルCielarko(チェールアルコ)さんのTwitterから、大阪府枚方市のパートナーシップ宣誓の照明に関する要綱(仮称)の考えについて、意見募集中ということを知りました。

★☆★枚方市パートナーシップの宣誓の証明に関する要綱(仮称)の考え方に対する意見を募集します
[2019年2月20日~3月12日(火曜)まで]】※プライバシーは守られます。 ※枚方市以外の方もOK!

☆★☆



枚方市民でなくてもかまわないとうことなので、私も書き送りました。
3月12日(火曜日)までだそうです。
あと五日あるけど、「今やらな!」と思わないと忘れるからなぁ私。
ということで、書いて送れました。お時間ある方は、よければ御一読下さい。

《以下の色付きの文章は、今回の意見募集に送信した私のコメントです。》
 私は学生時代に、パートナーが同性であるということで婚姻を認められず人生の局面で差別を強いられた当事者の方たちの体験談を聞く会に参加する機会がありました。パートナーと築き上げてきた財産の相続が認められなかった方、パートナーの死に目に会わせてもらえなかった過去を持つ方もいました。こんな酷い差別が横行し、この現状を放置している社会であることに衝撃を受けました。何年も後に自分の人生を共に生きていきたいと思える相手と出会い、その人はたまたま異性でした。私は「自分の性の認識と身体が女性で、相手が男性ということなので【結婚】ができる。けれど、その結婚自体が制度の不公平に加担することになるのではないか」と何年か悩みました。しかし経済面の課題から税金や保険の控除、私の持病が悪化した際の面会権などのこともあり結婚することを選びました。後ろめたさを心に抱きながらも、社会的にも夫婦と認められて生活しています。

 誰しもに家族を構成し、公的に尊重される権利があります。すべての二人の門出を祝福する社会になるべきです。すべての人のパートナーシップについて公的に認められるように決まってほしいです。そうすれば少数者として切り捨てられている当事者の方だけでなく、立場が違う人も良い影響があります。自由に生きられるようになるし、誰かを差別/抑圧することから脱していく機会を得るはずです。少数派の当事者の人たちが希求する最低限の人権の実現が叶えられることは、この社会に暮らす全ての人の権利を守る力になります。枚方市行政には全ての人の人権を保障する政策をお願いします。市民の人権を守る勇気ある姿勢を枚方市が行政として打ち出せば、ロールモデルとなり良い流れが全国的にも広がっていくはずです。先月14日に平等な権利を求めて一斉提訴された原告の皆様のお声を受けとめた流れを官民ともに作りだしていきましょう。
 公的に、法律的に変えていける力を持った行政の現場に関わる皆さんは、多くの一市民の人生を左右する権限を付与されています。その力が、公務員として一市民の生活・人生の幸福追求を理念とした職務であるからこそ与えられていることは、皆さんが一番ご存知です。遠方からではありますが、お働きが実を結びますように心より応援しております。どうか御自愛しながら頑張ってください。私も暮らしの中で自分にできることを頑張ります。読んで頂きありがとうございました。






とにかく短くてもいいし、一言でもいいので、魂をこめた肯定・応援メッセージを是非!
言葉には発してからこそ届き、自分や相手を、そして社会を変える力になるんじゃないかと思います。
一人でも多くの方との肯定的な意見を届けられるように、他の誰でもない自分自身が想いを書いて、想いを深めて、その声を実際に届けること。小さく見えても、大きな力・行動になっていきます。気持ちがあるってだけじゃなくて、いつもは無理でも、こうして呼びかけがあったときに具体的に実際に参加すること。とっても大切だと考えてます。(できるときばっかりじゃないから、なおさら。)


関西・全国で 地道に闘っておられる当事者の皆様、枚方市行政内で頑張られておられる職員の皆様、尽力されている市民や議員さん全ての方、お疲れ様です。私も祈りつつ歩みたいです。


2019/02/15

【詩】 2019年2月14日 ―日本社会での同性婚を求める一斉提訴の日に

すべての人にこの幸福を!
すべての人にこの面倒ごとを!
すべての人に真っ当な悲しみを!
すべての人が共有できる怒りを!
すべての人に当たり前に与えられるはずの権利を!

私たちを分断するのは誰か
私たちを同じ地平に向かわせず 意図的に争わせているのは

権利を与えられていない者が絶望し
権利を行使する側が不平等に組み込まれ 加担させられるこの制度

いつまで人間を選別し無慈悲な苦難を強いるのか
いつまで私は見殺しを続けなければならないのか
一歩違えば この仕組みに自分自身が切り捨てられる日が来ることを決して忘れず
今日のあの人たちの決意を受ける



帝国の支配の下 戦地に兵士を送るために 人々の結婚が禁止された時代
神の下 挙式を執り行っていた司祭が処刑された日

いつのまにか愛よりも先立つものが先になってしまったこの国で
真実の愛と平等を求めた二人たちが一斉に立ち上がった
―今日 権力から人間の権利と尊厳を取り戻す新しい闘いが始まった


私が今 与えられているこの「日常」が
すべてのそれを望む人に行き渡ることを希い 祈り 歩む
自分の置かれたところから 違う道を通り あの人たちと同じ場所を目指し続けられるように

立ち上がった人たちと共に立とう
この日を真実の愛の日とするために


(2019年2月14日)

参考記事: 【ハフポストnews】「天国に行くとき、最後のお別れを最愛の人と手をつないで迎えたい」同性婚が認められたら、できること。 記者:Shino Tanaka 〔2019年02月14日 21時45分〕


ポエトリー 毎日の詩(うた)
http://konnnahibinokurasi.blog.fc2.com/
2019/01/23

【詩】 招待状 ―『運命 文在寅自伝』「日本語版への序文」によせて

                                                                          稲荷明古


近くて遠いあの国から
心が震えるほど美しく熱い「招待状」が届いていました

それは
人間の本当の解放を実現するための平らかな世界にむけて ともに旅立とう
という呼びかけの手紙

そうだ
海はふたつの国を隔てているが
海上には両国の先人たちが 古代からつないできた道があったのだ

「私たちの祖先が荒波を渡って相手のもとへと向かうことを可能にしたのは、友情と歓待の力でした」
「私たちはやがて真の友人となるでしょう」
とあなたは書き送って下さったのですね

すべてを奪い
知らんふりのまま一世紀を超える時を垂れ流し
むしろいいことをしてやったのにと開き直る私たちの国にさえ あなた方はこのように呼びかけて下さるというのですか

軍国主義と植民地支配により 先人たちが行き来したその道を埋めて
あなた方の故郷のなにもかもを奪い尽くした私の国に・・・・・・

憎しみも恨みも超えようとする強い愛の心に圧倒され 言葉もなく
しかし
なんとか応え生きたいと 胸の奥から琴の音色が響きます



歴史の末尾を歩む自分の足元には
いつも膨大な人生と未だ朽ち果てぬ魂があることを想わねばなりません

自国の在り方や辿ってきた道程の中 愚かな過ちを繰り返し
星の数ほどの人がただ一度の人生を奪われ 己より大切な家族と友人を奪われる苦難を強いられたことを・・・

この国での幸福に少しでも預かっている者たちは 私も含め絶えずそのことを想わなければ 誰がその歴史を教訓と出来るでしょうか

今を享受し 生きる者として どういう態度をとるのかが問われるのは至極当たり前のことであるはずなのに
「仕方がなかった」という言い逃れは あまりにも人のあたたかさからは遠いもの

「責任」
「反省」
「謝罪」
「誠実」・・・
そうした言葉の意味自体も 目の前で喪われゆくこの国で
情けなさと恥ずかしさに埋もれて窒息しそうな 私を掘り起こし
息が吸える青空の下に引き出していくあなたの手紙

この「招待状」を
一人でも多くの仲間と共に受け
あなたたちとの旅に出る決意を確認し
そして
今 心して 始めの一歩を踏み出でましょう

済州(チェジュ)出身のあの詩人がこの国の言葉に訳してくださった「序詞」を呟きながら








(2018年11月9日 記)

文在寅(ムン・ジェイン) 『運命 -文在寅自伝』 矢野百合子/訳 2018年10月 岩波書店




尹東柱 『空と風と星と詩』から「序詩」 (1941年11月20日)
 金時鐘  翻訳(2012年 岩波文庫)

死ぬ日まで天を仰ぎ
  一点の恥じ入ることもないことを、
 葉あいにおきる風にさえ
 私は思い煩(わずら)った
 星を歌う心で
 すべての絶え入るものをいとおしまねば
 そして私に与えられた道を
 歩いていかねば。

 今夜も星が 風にかすれて泣いている。
2018/12/31

フォトジャーナリストH氏の性暴力について。第一稿


【2018年12月31日に書いた文章】

(1)
 先週の水曜日の夕方、フォトジャーナリスト広河隆一氏の性暴力の発覚ニュースをパートナーから聞いたとき頭が真っ白になりました。思いがけない訃報を聞いたときのように現実感がなく、しかし事実であることは明確に分かっている。けれど理解がついていかない、というような感覚でした。夜に、バズフィールドの小林明子さんの記事を読みました。(※この記事の冒頭にフラッシュバックへの注意喚起が必要だと思います。)
 被害にあった方たちお二人の証言が取材されていました。あまりの酷さに吐き気がし、この方たちはよくぞ生きぬいてきてくれたと思いました。世界で最も憧れた人から性暴力を受け、夢も人に対する信頼も奪われた後に、どんな人生を歩んでこられたのだろうかと考えようとしましたが、辛くて。被害にあった女性たちには、既にこの世を去っている人もいるであろうことを感じました。生き残ってくれている人も、精神疾患を抱えている方も多いだろうと思いました。その日は悲しくて辛くて、涙が溢れてきて明け方まで眠れませんでした。

 広河隆一氏は1982年にイスラエル軍が包囲するパレスチナの人たちが住むシャティーラ難民キャンプにレバノン民兵が入り数千人を虐殺した時、彼はその現場に最初に入ったジャーナリストでした。パレスチナもチェルノブイリも報道のみに留まらず子どもたちへの支援活動を組織し、チェルノブイリ支援に関しては2001年にはベラルーシから国家栄誉賞を、2011年にはウクライナの有効勲章をもらっています。彼の仕事にリスペクトを抱いていた人、彼の撮った写真に人生を方向付けられてきた人、20年間に渡り全国で1200回以上されてきた写真展に携わった人、彼の提案した運動に賛同して貢献してきた人、彼の編集雑誌デイズジャパンに写真を載せたり記事を書いた人、購読運動をしてきた人、その雑誌を講読することを通して世界の不平等と不正義の構造について考えてきた人、彼の仕事により存在を伝えられてきた全ての写真の被写体となった人たちが、この人が女性たちを蹂躙してきた事実により裏切られたのだと思います。
 この度の長年の性暴力事件の発覚は、「個人の裏切り」に留まらないだろうと私は感じています。彼がしてきた仕事が、人間の良心や善の表れ、また真実を直視する姿勢や行動が巨悪を崩していく力になりうるという価値観の形成と共有であったため、そうした思想自体が打撃を受けていくと思います。信頼を裏切られたことによって、人間の善性やジャーナリズムの役割への不信を感じるような複雑な想いが多大な人に及ぶであろうことを想像します。
一報を受けて、時間が経つにつれて、彼女たちが置かれていた被害を言い出せなかった重圧への想像が働くようになってきました。

 私は彼の仕事について、フォトジャーズムの仕事自体も、世界を変えていく上でのフォトジャーナリズムの重要性を体言した雑誌の刊行も、パレスチナの子どもたちの里親キャンペーンも、チェルノブイリで白血病になった子どもたちの保養施設も、フクシマの被爆から子どもたちを疎開させる保養キャンプも、全部ひとりの人間に出来ることの可能性の最大値を実現しているひとりで、「この働きはもう偉人だ」とさえ思っていました。ドキュメンタリー映画の中で、パレスチナ人たちのイスラエルへの抗議デモを取材中にイスラエル軍の催涙弾の煙に巻き込まれ咳をしているのを聞き、尊敬の念はより深くなりました。その時期、この映画を紹介するブログの記事に、私は「こういう人がいるから、人間への希望を諦めないで済んでいる。私も頑張っていきたい」と書いていました。しかし、私のこうした彼に対する考え方や感じ方が、被害女性たちを黙らせる彼を神格化する構造に加担していたのだと痛感しました。

 広河氏の講演会に、私も何度か行ったことがあります。講演会の主催者に知人が居て、パレスチナ雑貨の販売のお手伝いをしたこともあったと思い出しました。思い出しながら、件の記事に講演会にきた人を彼が誘い、主催者と揉めたことがあったということ書かれていたことが頭を掠めました。近年、私が住んでいる地域で彼の映画の上映会があったときに、思いきって(私にとっては高価な)写真集を買いました。買った写真集も含め、学生のときから集めてきた彼の編集してきた雑誌が本棚にあることに耐えられなくなり、引き抜いて袋に入れました。その時、二年前に写真集に書いてもらった自筆のサインと日付をみて、ゾッとしました。大学に進む前に写真の専門学校に行こうとしていた私も、もしかしたら彼の被害に逢っていたかもしれなかったと感じました。お金がなかったから無理だったけど、デイズジャパンの若手写真家養成講座に参加したいと思っていた時期があったことも思い出しました。

 本をしまう途中、雑誌の講読募集の小冊子が目に付きました。何気なく開くと、編集長である彼の写真の横に、「加害者は、必ず被害を隠す。」という言葉が書いてありました。嫌悪感で眩暈がしました。私は精神の持病で感情障害がありますが、ニュースを知ってからずっと鬱気味でしたが、これを見て解離性の鬱の症状が一層強くなりました。その夜も嗚咽が止まらなくなりました。年末で帰省しているパートナーは体調が悪そうだったため起こしたくなくて、家事をしていましたが、一人で泣いて祈っていました。言葉は出てこなくて、ひたすら「神様・・・」と呼びかけ続けていました。そして、ふと気付きました。「ずっとパレスチナ支援をしてきた、お世話になっているあの先輩は私よりもっと辛いだろう…。」そういう気持ちを短いメールにして、落ち着いたら今度お電話したいです、と送ったところたまたま起きていたその人から返信がすぐ来て、お電話できることになり、結局こちらが救われてしまいました。私も性被害の体験があるし(みんな、なにかしらあるよね・・・。)、彼の仕事に尊敬の念を抱いてきたから、これらの要素で心身がここまで反応したのだろうと感じます。そしてきっと、そういう人は少なくないだろうなと想像します。

 十年ほど前に、大阪の市民劇団の芝居でパレスチナ問題を題材にした劇に出させてもらったことがありました。私はレバノンの難民キャンプにいるパレスチナの少年の役でした。「日本のお母さんへ」という出だしで始まる台詞は、日本のパレスチナ里親キャンペーンに参加している女性への手紙の文面でした。ストーリーは、パレスチナ里親支援に参加する主婦が家計の厳しさから里親支援をやめようか迷っているとき、自分の息子も就職難で自衛隊に入隊せざるを得ない状況になっていくというもので、ガザの空爆や、ジャーナリストの体験が織り交ぜられる朗読的な要素が強い芝居でした。その中に、広河氏が1982年にレバノン、シャティーラ難民キャンプに入るときの体験が演じられる場面がありました。イスラエル軍による戒厳令がでて、宿で砲撃音を聞きながら布団をかぶって震えていた彼が、意を決して現場に赴くところが演じられていました。お芝居を見に来てもらった人に写真雑誌を買ってもらえるようにしようということで、劇団側が雑誌の事務局に連絡をとって準備して販売してくれました。「一枚の写真が国家を動かすこともある」「人々の意思が戦争を止める日が必ず来る」ってスローガンが掲げられているその雑誌を…。今、その舞台に一緒に立った皆様は、あの芝居を観に来てくれた人たちは、一体どのような気持ちでいるのだろうかと思います。


(2)
 イスラエル軍に殺された人たちの遺体。泣き叫ぶ遺族の女性たち。被弾し大怪我をした子ども。白血病で命の灯火が消えようとしている子どもに寄り添っている親。村だった場所の瓦礫。廃墟に転がる人形。音楽を奏でていたはずの打ち捨てられたピアノ。イスラエル軍に対峙する、クフィーヤ(中東の織物)をした女性が堂々と掲げるピースサイン・・・。虐げられても家族を殺され故郷を奪われても、命の限りに尊厳を求めて生きるあの人々の姿。それを写した広河さん、あなただけは、人権侵害に加担してはいけなかった。己の責任と影響力を自覚して、自分の内に巣食う支配欲を直視してほしかった。自分の弱さを自覚し、悪を律してほしかった。目の前の夢を抱いた一人の女性を、正しい指導者として守り導いてほしかった!

 私は、これまで大切だった写真たちを、これからどう取り扱ったらいいのか、全く分からなくて途方にくれています。氏への嫌悪感から捨ててしまいたい気持ちと、そこに映されている人々の姿を葬りたくないという葛藤に引き裂かれるような。どうしたらいいんだろうか。ほんとうに言葉になりません。


 私は、広河氏に訊きたい。
《いつから、いつから、そんなことをしていたんですか?
「取材でのストレスを女性たちにぶつけていたのかもしれない」って、そんなのお国のための戦争に戦って少女たちを『慰安婦』という名前で性奴隷にしたことと何が違うんですか?
フォトジャーナリズムを志した女性たちを道具にして使い捨てて、それはあなたの仕事や思想と矛盾しなかったんですか?苦しい人生を強いられた人たちを写真に撮ったのは名声と権力を得るためですか?そのための利用でしかなかったのですか?取材先の場でも同じようなことをしていたのですか?
女性たちを蹂躙しているとき、彼女たちも一人の人間であると理解していましたか?》

 そして、こう続ける。
《女性たちはあなたの仕事について尊敬を感じ、憧れていたでしょう。でもそれは、あなたを恋愛の相手として見ていたことにはならないし、もし万が一、仮に、仮にですが若い女性がそういう態度をとってきたとしても、あなたは年配の男性でしかも他の人より権力を持っている指導者の一人として、きちんと相手を導く責任がありました。あなたは勘違いをした上に、権力を利用し、一人ひとりの人生と尊厳を奪いました。あなたの内面はイスラエル軍のように、日本政府のように暴力と支配そのものになってしまった。自分の弱さ、受けた傷を直視しなかったことが彼女たちへの性暴力と搾取になったのではないですか?
国家の暴力に対峙し続けるうちに、自分の無力さを味わう一方で評価され、いつのまにか他者を自分の好き勝手にできるという万能感に侵食されてしまったのではないですか?
あなたは、パレスチナの人たちの貴重な飲み水が貯められる屋上タンクを標的にして射撃ゲームをするイスラエル兵のように、あなたは女性たちの命と尊厳を弄んだ。そのことに私は本当に失望を感じました。あなたがしてきた仕事の功績が国際的にも大きく深かったからこそ、あなたが世界に与えた失望と怒り、そして嫌悪感は一個人の人がやらかせるそれとしては世界最大級のものと私は考えます。
 パレスチナについて、チェルノブイリ原発事故について、3・11フクシマ原発事故の放射能汚染について報道してきたあなたは、多くの人々の代弁者でした。だからこそ、あなたは、あなただけは、人間として恥ずかしいことをしないように努め続けなければなりませんでした。この世界の現実・事実を伝える役割を担ってきたものの責任として。報道してきた人々の苦難の人生や歴史すら、真偽自体が曖昧に感じさせるようなことをあなたはしてしまった。どんなに偉大なことをしてきたとしても、誰かの人生を台無しにし、尊厳を奪ったことを正当化するような生き方に正義は微塵もありません。あなたの行為は決して正当化されません。あなたの仕事を人間の良心だと思ってきた人の全てが、性暴力の事実に失望しました。これは、人間の可能性と希望への壊滅的な打撃です。

 私は、これからあなたの撮った写真の一切を、やってきた支援の一切に対して、これまでのように評価することは、金輪際ないでしょう。これまでのあなたの仕事は、価値を喪ってしまったどころか、人間の愚かさの象徴になりました。あなたによる性被害を告発してくれた彼女たちは、あなたの手にかかるであろう次の性被害者を生み出さないために、勇気を持って真実を告発してくれました。私は彼女たちに感謝します。私はあなたのしたことを決して許しません。》


(3)
 ニュースにより事実を把握した水曜日の夜、パートナーと「自分だけは、この人だけは大丈夫だろうと思う気持ちが何より危ない」「一瞬たりとも油断はできない」と話し合った。子どもたちに対しても、若い人に対しても、同性に対しても、自分が加害者にならないという保証はどこにもない。差別も性暴力も、「自分はそんなことはしていない」と思っている時に発動する。そのことを肝に銘じておかなければならない。
 社会運動や平和・人権運動の場は、人間の世において、良心や善性を立証する砦だ。その砦の中で、「自分が正しい」と安心してしまったときに、誰かへの迫害や周辺化、いじめが起こり得る。20代の頃、私はそのことを全く想うことができなかった。たくさんの人を断罪し、自分の振る舞いで無責任に傷つけてきただろうと振り返る。申し訳なく、恥ずかしい。35歳になった今も、そういう一面が根深くあると思っている。「正義が自分にある」と過信した瞬間、暴力や性暴力が発動していく土壌が育ってしまう。人の世に絶望し、やっと希望ある居場所を見つけたと思っていた人が、そこで裏切られた時、その人はどこに行けるというのだろう。学生運動の中で多くの人が自死を選び、生き残ったひとも精神病を患っていったことが、自分自身の人生の最も苦しい時期とも重なる。

 私自身、性暴力の被害体験がいくつかあるが、加害の覚えもある。大事だった人を裏切り、傷つけてきた体験がある。謝れた場合もあるが、その事実は変わらない。取り返しのつかないことをしていたと今も申し訳なく胸が痛む。時は戻らないし、相手に関わり続けることもできなかったから、これからの自分の生き方で示していくしかないと考える。

 世の中の不正を告発するような場で起きた性被害は、被害の告発により権力構造の側の横暴を開き直らせてしまう可能性がある。世界や運命にに人生を奪われ、傷つけられた人たちが被写体だからこそ、被害女性たちは沈黙せざるを得なかったのだと想像する。ただでさえ告発しづらい性暴力なのに、加害者が世の不正に対して「正義」を体現しているとされる場合の言いにくさを想像できるだろうか。
 

 今回のことで、やはり人間に義人はいないのだと思い知った。人間には本来、善悪を判断できる能力があるはずだ。でも、褒められて認められて自分は正義なんだと思い込んでいってしまったら、道を踏み外す。権力と対峙するときに、権力を求めてしまうことが私自身にもある。権力に向き合い続けるときに、その暴力的な支配の思考を自分が内面化してしまっていないか厳重に注意しなければならないことを痛感する。


(4)
 現在、私には信仰がある。30歳のときに洗礼を受け5年になった。

 思えば、信仰を得る前20代のときに出逢えてきた旧日本軍に性奴隷にされたおばあさんたちにもキリスト者の方が幾人かおられた。関東でフィリピンのおばあさん二人の証言集会に参加したとき、おばあさんたちからのリクエストで最初に賛美歌「アメージング・グレース」の歌詞が配られて歌われ、びっくりしたことを覚えている。子どもの頃は日曜学校に通っていた私にとって賛美歌は懐かしかったが、人類の愚かさである戦争の苦しみを一身に体験した生存者である彼女たちが、どうして「奇しき恵み」と歌えるのか。そのときは、全く分からなかった。その時にもらった英語と日本語の歌詞が書かれている紙は、当時ずっと部屋に貼っていた。今も押入れの奥に眠っている。

 十年以上前、貢献は出来なかったが少しの間、おばあさんたちに日本に来て頂いて証言をして頂く会に所属させてもらった時期があった。日本に来てくださった台湾のおばあさんたちを訪ねる旅に一緒に連れていってもらった。フィリピンと台湾へ行った。台湾では台北以外にも花蓮へ行き、タロコ族のおばあさんたちを訪ねた。靖国神社の鳥居になった木材を切りだした森林公園にみんなで行ったとき、足がお悪かったイワル・タナハさんと他の人たちを待っていたときに、彼女がクリスチャンだと聞いて、アメージング・グレースを歌った。まだ信仰はなかったが、好きな歌手がよく歌っていたのもあり覚えていた。「クリスチャンなの?」と訊かれ(台湾のおばあさんたちは日本の植民地支配の影響で日本語が話せる方もおられた)、「ちがいますよ。子どものころは教会に行っていたけれど。」と私が言うと、「そうなの…。はやくクリスチャンになったらいいのに・・・。」と呟かれた。今、改めて台湾のおばあさんたちの写真集を開くと、イワル・タナハさん以外にも十字架をもっておられる方や、お葬式で十字架の刺繍がついた布を棺桶にかけられているお写真がある。京都に証言に来て下さったタロコ族のイアン・アパイさんも信仰のうちに亡くなったとお聞きしたのを思い出す。


 サバイバーでキリスト者だったおばあさんたちは、自分の身に起きたことを誰も知らなくても、同じような体験をした仲間とどんなに分かち合っても、誰かが一生懸命に話を聴き分かってくれようとしても、誰も本当には理解し得ないこと。でも、イエス様だけは自分の苦しみを共に体験され、分かっていて下さるって信じておられたのだろう。信仰の恵みを受けて数年たち、今ならそれが前より少しは分かる気がする。

 私の信仰は、神様は私たち人間を誰一人例外なく愛されており、人間を神様が創った人間の本来の善さに立ち返らせるために、主イエスを降誕させたという信仰だ。闇そのものである人の世に光をもらたらすため世に来られた主イエスは、当時の権力者により十字架刑で殺されたが三日目に復活された。そして、今この瞬間も全ての人の命の内で、傷みも苦しみも全部いっしょに味わい共に苦しみながら、慰め、導かれている。そう信じている。私が傷つけてしまった人たちのうちにも、私の社会が虐げている人たち、手が届かない人たちの内にも主イエスが居てくださると信じることで慰められる。そして、だからこそ、主が与えて下さった「互いに愛し合いなさい」という掟を守れるようになりたい。その力は聖書の御言葉にきき、祈り続けていかないと得られないと考えている。

 この一週間、私は、人間だけでの正義は実現しないと絶望し、本当に信頼できる正義、依り頼む存在を自分が魂の奥底から求めていることを思い知らされた。今、今回の性暴力の事実が明らかになったことによって、明らかにしてくれた被害女性たち、同じ体験をしたが声をあげられないままにこの成り行きを見守っている女性たちに、そして生きながらの悲惨な訃報、今回の事実に苦しんでいるお一人お一人におばあさんたちから手渡されてきた、私の信仰を届けたいと思う。あなたの魂の叫びと落胆を主イエスは共に味わってくれていると。

 人の弱みに付け込んで布教しようとしているように感じられるかもしれないから迷ったけど、書こうと思った。



(5)
 イラク戦争が始まって1年くらいが経った頃、私はまだ学生だった。当時友人だった現在のパートナーが言った。「今、誰も知らずにイラクの街のビルの中のトイレで、一人の子どもが人知れず死んでいったとして、世界の誰もそれを認識していなくても、その子の命は、存在は確かにあるよね」と。即座に同意した。

 私たちはいつも何も知らない。知りようがない。人間がいくら全てを把握しようとしても、それはできない。神様しか知り得ないことだ。でも、だからこそ、ジャーナリストの仕事が人類には必要なんだと言えるのではないだろうか。悲惨な事実を氷山の一角の氷の一粒でもいいから明らかにし、それを共有して、その事実が生まれてきて温存されてしまう世界の構造をどうやって変えていけるか。みんなで知恵と力を出し合って、人間の社会と世界を変えていく力がジャーナリズムには、特にフォトジャーナリズムにはある、と思ってた。そして今も、私は強くそう思っている。

 広河氏は、人間の良心的行動の指導者の一人だったと思う。神様を信じていなくても、人間にはここまで出来るのだという模範とも言えたかもしれない。神様を信じている私でも、これだけショックだったのだから、彼を尊敬していたのに裏切られた人たちは今、希望を失くしていると思った。
被害を受けた女性たちは、こういう社会的・世界的なインパクトを知っていたからこそ、沈黙してきたのだ。本当に、よく生き抜いてくれた、よくぞ告発してくれたと思う。誰か一人を犠牲にすることを正当化して成り立つ正義や真実なんて終わってる。

 人間は権力を握ると、そしてその権力による密室化が実現してしまうと、どんな酷いこともやれてしまう。今回の彼のように。日本の入管で入管職員に難民の立場の人が受けている虐待のように。被害はもう起きてしまった。傷つけられた人たちの尊厳の回復がされるように努める一方、悲惨な事実は我が事としてとらえ、教訓としなければならない。こうしたことが繰り返されないように受けとめ考え続けていくしかない。

 今朝、心身が疲れきっていたのか動かないまま枕もとの聖書を開いてマタイによる福音書5章のイエス様の山上の垂訓の御言葉を読んだ。「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。」「義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。」「義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」に触れた。
私は、まさに義に飢え渇いていたのだと自覚した。祈った。そして、神様こそが正義であり、人間は神様に立ち返り続けないと酷いことになるということを改めて自覚できた。そして、この苦しみにも主が寄り添ってくれていること。彼女たちの命のうちにも、もうこの世を去ってしまった魂たちにも神様の慰めがきっとある。そう感じた。そして、やっと少し自分に戻ってこれた。人はどんな立派なことをしている人も例外なく、自分を見つめて、弱さも自覚し、改めながらでないとああなってしまう。私も例外ではない。


 昨日、教会で今年最後の礼拝だった。牧師は説教で、「自分の力を多くの人に見せつけようとするのは《正義の闘い》ではなく《権力の戦い》である。“自分は絶対に失敗しない”で来ていたら、謝るものも謝れない。傲慢さゆえにイスラエルは滅びた。どんなひどい王や指導者がいても、だからこそ弱くされた民を救い、強さを誇る者たちに悔い改めを示される主イエスが来てくれたということの恵みがある。人間は必ず立ち直る。ひどい国であるからこそ、キリストを信じる群れが、教会が必要なのです。」と話した。そうだ、と思った。

 それぞれの立場で衝撃を受けて傷ついている方が、時間をかけて傷ついた自分をゆっくり感じ、ケアしていけますように。たくさん怒ったり悲しんだりを、なるべく気持ちを同じくできる誰かと共有しながら、辛い気持ちをしっかり語り合って。真実が明らかになることは、傷みを伴います。隠されたものをしっかり明らかにし、膿をだしていけますように。一人では辛すぎるけど、誰かが一緒にいてくれますように。神様が創られた人間には、悔い改め、善き力に立ち返る力があります。神様の前に立てば、人間はどんな人も完璧でない自分を知ることができる。人間を愛と憐れみから導いてくださる主イエスに全てのひとがつながれるように祈ります。私も神様が人間を善きものとしてお創りになったと信じ、人間の良心や善を目指すからには、自分の行いを見つめ、悔い改め続けていけるようになりたい。私を信じてくれた人を裏切らないように、祈りつつ歩まねばならないと感じています。

気持ちが整理しにくくて、同じようなことを何度も書いてしまいました。
稚拙な文章ですが、最後までお目通し頂けたことを感謝申し上げます。ほんとうに、ありがとうございました。

気持ちを分け合って、挫けずに屈さずに、生きていけますように。お守りがありますように。祈っています。
2018/12/20

2018年12月14日 辺野古 土砂投入初日に

12月14日に書いたものです。



愚かな日本政府の強行で辺野古への土砂投入が始まってしまった。
私はヤマトンチュの一人として、長年この社会の選挙権を持っている一員として、この状況を食い止められず
長年からだをはって、生活を犠牲にして、現場でヤマト社会が変化するための時間稼ぎをして下さってきた抵抗者の皆さんに応えられず
今日のこの日を迎えたことに、ほんとうに申し訳なさを覚える。
ほんとうにごめんなさい
と謝っても、何もならないし海は元に戻らない
でも、何も終わったわけではなく
これ以上取り返しのつかないことを続けないですむように、一人としての声を更にあげなければ。
この現状がこれ以上ひどくならないように自分にやれることをやるしかない。

私に何ができるか。
現実を見続けること
現実を考え続けること、そして行動につなげること。
目の前の人を大切にしながら気持ちを正直に伝え、相手の話を聴き、ともに考え、心を寄せ合い、この社会からこの世界をあきらめないで生きられるようにもっと変わらなければ。立ち上がらなければ。

ある人が「“立派”というのは立ち上がる様のこと」と書いていた。
何度うちのめされても立ち上がり抵抗する沖縄の人たちに、虐げている側の人間が今こそ真に学び、なんとしてでも応えなければならない。

沖縄の人たちを踏みつけている。
そして、同時にこれは自分を含めたすべての生きとしいけるものへの冒涜だ。
植民地支配している虐げている側ではあるが、自分たちの首も絞まっている。決して傍観者ではない。(ヤマト社会の新聞や報道は傍観者視点を改めてほしい。ヤマトの社会の中でも辺野古新基地建設反対の民意は以前より高まっているし、様々な取り組みや抵抗が生まれているのだから、そこにもっと軸足を持って報道すべきだ。教育基本法が改悪されたときも、原発再稼動反対のデモの時だって、いつだってそうだ。報道されるべきことが報道されてない。権力に阿ることが妥当なように思っている新聞各社は、むのたけじさんの本を読み直して戦後の反省に立ち返ってほしい。)

みんなが人生の中での働きから搾り取られた税金が、本来の用途に使われず、どうして人を殺す基地をつくるため、しかも海を埋めるために使われなければならないのか。それだけのお金があれば、どれだけ人の命が救えるか。生かせるか。
戦争も基地も軍隊も、人々のいのちを守らない。守らないどころか食い物にする。そのことを見破らなければ、利用する側に立っているつもりの者たちもいつかまた利用され捨てられることになる。なにより、誰かを利用して打ち捨てる側に居ることにもう私は耐えられない。人間として恥ずかしい。あまりにも貧相な見せ掛けの幸福に、これ以上すがりたくない。

いのちの本来の姿を己の都合で利用し、搾取し、踏みにじる高慢なものを引き摺り下ろせるように、また自分もそこから降りられるように、権力の横暴を意識し、食い止めるため変わらなければならない。このままだと、人間の権利を担保しているはずの憲法も喪われる。今も憲法の恩恵を受けている人ばかりではないが、もし現憲法が奪われれば、人類の暗黒の時代に再度突き進んでしまうことになる。そうなれば、次の世代の者たちにも希望の持てる明日はない。



先日、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量を2030年までに、現在の半分にしなければもう気温上昇の悪循環が止まらなくなり、その後いくら二酸化炭素の排出量を減らしても手遅れになるとICPP(気候変動に関する政府間パネル)から予測されていると聞いた。地球環境がどこまで危機に曝されているのか、自覚する必要がある。気候変動の原因となる温室効果ガスを減らすための枠組み条約からアメリカも日本もはずれ、状況は悪化の一路。このままだと自然災害は更に激化し、温室効果ガスの気温上昇で永久凍土が溶けていけば、陸地は沈み、太古のウイルスは蔓延するだろう。気候の二極化や局所化が更に進み、作物はとれなくなり値段は高沸し、化石燃料も高額になればより一層に食糧問題は深刻化する。自給率の引き上げを放棄し海外生産に頼る日本社会にも飢餓の時代が近いうちに来るだろうと考えられる。そもそもこの日本社会で今、農産物を作って下さっている生産者の人たちのどれだけが、あと何年生産を続けられるのか。生産者の高齢化、後継者の不足、政府の補助金の打ち切り・・・。いつまでも米が食べられる社会ではない。いつも食事をするたびに、「いつまでこうして食事にありつけるだろう」と思う。食べ物があるのは当たり前ではない。
水の奪い合いは世界の紛争をすでに生んでいるが、そんな中で日本も水は金の払えるものにしか供給されない社会になることが国会にて決定した。(副大臣の子どもたちが民営化企業の代表になるなんて、スハルト政権なのかここは。)

2001年に精華大学の環境社会学科二期生として学びを受ける恵みに与ったが、この18年間で伸びきったゴムが切れていくという表現が事実そうであるということを肌で感じてきた。特にこの数年間の異常気象・自然災害の常態化は、薄氷の上の日本社会の未来を暗澹とさせる。持続不可能なことばかりやり続けてきた社会の最果てに払わされる大きな代償(ツケ)を、自分のこの人生で味わうことになるのだろうと予測する。次世代に申し訳ない。実際は特になんにも出来てない体たらくではあるんだけども、「私はやれることはやってきた」と後の世代に言えるように生きたいという想いは17歳の時から変わらずに胸にある。

社会問題も枚挙に暇がない。不法な労働、パワハラ・セクハラ、いじめ、非正規雇用が労働現場のスタンダードで、それに留まらず海外から労働者をかき集め奴隷労働を強いている。貧困が拡大し、その打開策にはギャンブルが盛大に奨められる。少子化は全て女性のせいにされ、妊婦には余分な医療費を強い、性暴力は野放しにされ、正当な歴史教育は放棄され、子どもへは選民的思想である「愛国心」や「優勢思想」が植えつけられる。障害者が殺されてもほとんど問題化もされない。生活保護者が切り捨てられ、バッシングされ、被災者が路上生活に流れ、人身事故は珍しいことでもなく、子どもたちすら人間関係の苦悩から遺書を残して死んでいく。

日本社会の経済は、現時点でも破綻している状態にも関わらず、国の予算は不法に扱われ、当初の計画案などなかったかのごとく膨れ上がるオリンピックや原子力関係の予算を誰も止められないでいる。モリカケ問題の深刻さも置き去りに、形式上の民主主義も崩壊しつつある。世界最大の原発事故が起きても、この有様なこの国。西日本集中豪雨のときの自民党の「赤坂自民亭」のことを私は忘れない。その翌日に大量の死刑執行を予告した上で行ったことも。国際法を無視したアメリカの戦争に加担し、イラクに軍隊を送る一方で、人質になった若者たちを見殺しにし、「自己責任」のレッテルを貼り迫害し見捨て、軍国化の一路を辿っていく過程で、郵政も法務局業務も民営化されていった。あの沖縄戦を体験した島々に自衛隊を送り込み新たな軍事基地を作り続けている。原発銀座にちかい京都府北部のエックスバンドレーダーと米軍基地。相次ぐ原発の再稼動。
国民に背番号を背負わせてから何年が経っただろう。盗聴法も有事法制も秘密保護法も国民投票法案も出揃ったこの日本社会。
死刑と戦争という人間の命を権力のために利用し続けるこのシステムから、この国はとうとう脱却できないのだろうか・・・

この社会の内でどれだけの人が人知れず死んでいっているか。魂を傷つけられ、本来のその人ではなくされているか。
動物たちがすむ場所を奪われ、毎日何万頭という犬猫が殺され、食品にされる動植物は薬漬け・・・。
病院や施設に数え切れない人々が収容されている。超高齢化社会のなか、介護現場でどんなに大変な労働状況が悲惨な事件を誘発しているか。なんで軍機を買う金があるのに、ここまで社会を築いてきてくれた人間をここまで打ち捨てなければならないのか。スズメの涙の年金だってもらえない人たちが、ごはんが食べられず、家から追い出されて死んでいってる。中高年の独身の女性は借家すら借りられない。生活の保障がどこにもないからこそ、刑務所に戻る人も、人身売買の現場から逃れられない女性たちもいる。

過去の出来事にされている戦争や公害に、強いられた「公共事業」に、苦しめられた人生を歩む人たちが今この瞬間を喘いで生きている。

書ききれない全てのこと、今、辺野古に土砂が投げ込まれ、この瞬間そこに生きる全ての生き物が殺されていっていることは繋がっていると感じる。

本棚に二冊の絵本がある。
諫早湾で殺されていった干潟の生き物たちが「海の水、くるよね・・・。きっと来るよね」と呟いて死んでいく絵本(『海をかえして』丘修三さん・長野ヒデ子さん〈童心社〉)、産業廃棄物の山から流れ出した汚水で死んでいった日の出町の森にいた生き物たちの、「たすけてたすけて」とひたすらのたうちまわる虫や動物たちの姿が、そこに繋がる私たちの暮らしが、迫ってくる田嶋征三さんの絵本『やまからにげてきた/ゴミをぽいぽい』〈童心社〉だ・・・。

【記事】〔毎日新聞〕辺野古・大浦湾5806種の生物確認 うち262種が絶滅危惧種2018年12月14日 12時32分
https://mainichi.jp/articles/20181214/k00/00m/040/084000c



私は自分の無力さが悔しい。
踏みつけている人たちに、自然界で自由に生きられるはずの生命たちに、
またこれからを生きていかねばならない子どもたちに、ほんとうに申し訳ない。
この社会を変えたくてもがいて来たけど、自分が生き抜いてくるのに精一杯で
過酷な人生を歩んできたのに出会ってく下さった方たちにもなにも満足行くことができてこなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
14年前、生まれて初めて体験した沖縄の海。あの動くゼリーのような波の色と質感。
辺野古の青い海に座らせてもらったあの時間。
沖縄戦を体験したおばあさん、おじいさんの手の温み。
美味しかったアバサー汁。お借りしたのに、飛ばしてしまったクバ傘は青い空と海の間にたゆたい、どこまでも遠ざかっていった。あの風景の美しさと、闘いの最中それでも穏やかに流れていく時の余白。
忘れることはできない。



私に、今何ができるだろう。
隣の人に世間話ではなく、ほんとうに魂からの言葉を伝えられるだろうか。
もう言い訳する時間も残されていない。自分が変わっていく決意を、己の姿で伝えられるような生き方をしなければならない。

日本の政府にいる権力を持った人たちを、そこに居させている責任が私にはある。
自民党の政府高官の皆さん。
あなたたちに告ぐ、
私はあなた方を政治家として認めない。
私はあなた方を許さない。
沖縄を、フクシマを、水俣を、三里塚を、在日朝鮮人を、アイヌ民族を、難民や海外労働者を、女性を、子どもを、労働者を、障害者を、ハンセン病の回復者を、貧困に追いやられた人々を、
これ以上 踏みにじることを私は許さない。
人を人とも扱わない、この社会を私は心から恥ずかしく思う。
なんとか、なんとかこんなめちゃくちゃな在り方から、変わっていきたいと心から思う。

人生を奪われてきた先人たちが生き、亡くなっていった歴史の末尾で人として暮らせる恩恵を受けている以上、そう簡単には諦められない。
私には、生かされ、学びを受け、信仰を得ることができた責任がある。権力あるあなた方の好きにはさせない。
戦争につながる全てのことに各現場で抵抗する人たちと共に在れるように、私もあきらめない。この国を、この社会の得てきた人間の権利を手放すつもりはない。絶対にあきらめない。


自分の人生が辛くて苦しすぎて、過酷な生活の中で、自分の幸せを守ろうと無視を決め込んでいる人もいるかもしれない。
その一人の苦しみを、誰かと比べて軽んじたり否定したくない。ただ、「あなたの苦しみや生き辛さ、閉塞感や孤独が生まれているこの社会の構造から、ひとつひとつの問題が起きている。だから、この社会の問題に目を向けることは、自分自身をこの社会・世界の構造的暴力から己を自由にするための過程であるんだと気付いてほしい。」って伝えたい。人間の本当の気高さや強さを体言している人たちが、抵抗の現場にはいる、と私は思ってる。人間の世界に、愛とか真実とか正義がまだあるって信じさせてくれる一人一人の力がある。人間の尊厳があるんだって、目が覚めて、善というものを信じられる そういう出会いがそこにはある。社会運動に光ばかりがあるわけではないけど、矛盾から目をそらさないで生きる人は必ず居る。
そういう人たちに出会っていけば、誰もが変わりうると思う。私も、そういう人たちに出会う前は日本の戦争を肯定していた。人は、変われる。いつだって、その人が自分を問い直す機会を与えられたら。

ヘイト言説に加担して「仲間」を作ったつもりの人たちも、ほんとうは枯渇しているんだと思う。だれかを虐げないと繋がれないなんて、その嘘にみんな本当は気付いている。いつ自分が標的にされるか戦々恐々としていたところから、「日本人」である自分はもう標的から外れたと、安心できる場を見つけたと思っている人もいるかもしれない。でも、それは本当の仲間でもないし、連帯でもない。そこには愛がないのだから。暴力を肯定しないと自分が受け入れられない空間にいるなんて、そんなところでは本当に自分が大切にされはしない。他の誰でもない自分自身を認め、受け入れ、肯定し、愛してくれる場所ではない。魂の部分では、どこかで気付いていて、きっと辛いはずなんだ。でも、そこにいるしかない、他に居場所がない人たちは、矛盾に気付いたとしてもそこから離れることはできないだろう。人はさみしすぎると、真偽はどうでもよくなる。私にもそういう経験がある。だからこそ、本当の愛を示していく関係性を築き、安心できる場をつくる必要があるんだと思う。

人間の持つ、ほんとうの素晴らしさ、そういう善き力に囲まれたときに、その人の本来のいのちの光、神様から与えられたほかの誰でもないその人の賜物としての素晴らしさが発揮される。
人の世の悪が、焦燥感や無力感につけこんできても、己を失わず、人間と共に歩む幸福を選びぬいていくために、自分が愛と真理を求め続ける生き方を示していくしかないと思ってる。

人間の善き力をあきらめずに、ともに生きていこうと呼びかける人たちが叫んでいる。
立場の違う人たち、自分たちを追い込めて搾取するひとにも
人間として立ち返れと
いのちは宝なのだと
あなたのいのちも大切なんだと
戦争を許してはいけないと


辺野古への土砂の投入を止めることに、人類の存亡がかかっている。
私は未来を生きる子どもたちに神様が創ってくれたこの天と地を引き継ぎたい。
気持ちを長々と書いてしまった。誰も読んでくれなくても、書かないと生きられない。がんばる。がんばろうわたし。
今日からまた頑張ろう。



2018/12/01

海外の人を奴隷化し続ける日本社会で



【参考記事】 
(1)
5年間で延べ2万6千人失踪 ― 外国人技能実習制度は異常すぎないか 中村智彦 (神戸国際大学経済学部)2018/11/6〔YAHOO!JAPANニュース〕  

(2)外国人労働者が絶望する「ニッポンのブラック工場」の実態
安すぎる給料、過酷な労働条件… 出井 康博 2016/8/25 〔現代ビジネス〕

『ルポ 日本絶望工場』2016年(講談社+α新書)


(3)フリージャーナリスト志葉玲さんの記事
【入管法】山盛りの課題より安倍外遊を優先ー労基法違反7割の実習生ブラック労働、国連ダメ出しの難民冷遇
 2018/11/28〔YAHOO!JAPANニュース〕

【難民鎖国】東京入管が炎上ツイートを「削除しない」と開き直るので、国連からの勧告を列挙しますよ!2018/11/29〔YAHOO!JAPANニュース〕

(4)
「助けて下さい」技能実習生が”手紙”で日本政府に訴え、「時給400円」や「暴力」に泣き寝入りしない
巣内尚子 (ジャーナリスト) 2017/3/29 〔YAHOO!JAPANニュース〕


(5)
岐阜県の盗撮疑惑事件で垣間見えた、外国人技能実習制度の闇 2018/2/14  李小牧〔ニューズウィーク日本版〕

(6)「中絶か強制帰国、どちらか選べ」妊娠の実習生は逃げた 2018/12/1 平山亜理 [朝日新聞デジタル]
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 改めて記事を読んだら、申し訳なくて情けなくて泣けてきた。第二次世界大戦のなかで、日本がしてきた強制労働の実態と何が違うのだろう。戦争で筆舌にできない苦しみをアジア・太平洋地域の方たちに強いたのに、戦後の経済支配も環境破壊も、搾取も、奴隷労働、排外主義も虐待も・・・ この国は、いつまでやり続けるつもりなの・・・
 

 飲食店で、コンビニで、日々の生活の中で海外からの労働者の方たちに出会うと、「どちらからいらっしゃっていますか」と訊ねることにしている。私が出会う人はネパールの方が多い。「地震は大丈夫でしたか」と尋ねる。
中には、労働に従事しながら自分の親族の被災を重い言葉で教えて下さった人もおられた。
「おつかれさまです」とか「ありがとうございます」とか、声かけするとまっすぐに(その多くは笑顔で)応えて下さるあの人たちがどんな過酷な境遇で人権のない状況でいるのか・・・。

 以前、ある個人経営の飲食店で食事をした際、遠い国からきたであろう少女が輝きのかけらもない暗い瞳で黙々と従事していた。直感的に性的搾取が行われているのではないかと感じた。想像でしかないが辛くてその店には行けなくなった。自分はなんて無力なのだろうと感じざるを得ない。
 中国から来ていた女性労働者たちの狭いアパートの風呂場に監視カメラが仕掛けられていたことが発覚したが、企業も警察ももみ消したという記事も以前よんだ。(【参考記事】(5)

 人権のない奴隷労働の現場から逃れようとした人たちが、法に守れない状況で更に剥き出しの人身売買の構造に巻き込まれていくであろうことが想像される。日本の国籍保有者ですら、また正社員であっても奴隷労働を強いられているこの日本社会。国籍のない海外からきた人たちの強いられる労働の現場は、もはや労働ではなく奴隷化といえる。自分の暮らす社会のそこここで、想像もつかない恐ろしい搾取とが横行している。さまざまな理由でこれまで通りには回らなくなった日本社会の尻拭いのために、たった一度の人生と溢れる才能を使い捨てられて。泣いても仕方ないんだけど、ほんとうに申し訳なく胸が苦しい。

 入管では、人間が人間として生きるの権利を剥奪され、日本の社会の闇を凝縮したような入管職員の信じられないような暴力に曝されて暮らしを奪われている。健康が守られず、虐待を受けて命すら失う人もいる。「こどもは離れているお前のことなど忘れる」なんていう暴言には、正直 言葉を失う。なんて酷い・・・。入管の人権剥奪を野放しにしているのはこの国の、この社会の無関心だ。日本人はどこまで残虐になれるのか・・・。確信犯でいる日本政府と、無関心のままの日本社会。いや、社会の無関心も確信犯か。

 結局のところ何が自分に具体的にできるんだろうって考えたら、署名に参加するとか、稚拙な文章を(誰も見てないかもしれない)このブログに書いて想いを表明し、よいと思う記事や情報を拡散するとか・・・ 政府に対して社会に対してって、雲をつかむような話でもあるけど・・・。ただ、どうしたって世論が変わっていくしかないわけだから、諦めずに自分の意識を表現し発していき続けるいしかないなって思う。

 私は日本政府と社会の利用・搾取・植民地主義、差別。そして排外主義をどうしても看過できない。慣れたくない。
入管で行われている人権剥奪を許さない。そのことを自分が忘れないために、想いを書き続けていきたい。

 一人の人間が権力をバックにしたとき、咎められずに人を支配し続けられる状況になったとき、どこまで残虐になれるかの限界を試しているようなこの日本社会の状況を入管職員の態度は表しているように思う。彼ら彼女らの暴力性が野放しにされているのは、咎められないと思い込んでいるからだ。動向を注視されており、批判が社会的に集中していけば、露骨なやりかたを改めざるを得ないはずだ。社会に暮らす一人が声をあげることに、権力は本当は敏感に反応している。市民の無力感に拍車をかけるために、動揺していないようにみえるけど。

 そして、効果があろうとなかろうと、自分が被害当事者でなければいいとか、だれか人を虐げていて当然・それでかまわないと思って生きる人間になり下がりたくない。気付いてないことだらけだけど、知ったからには声をあげる責任がある。自覚できていない加害を知る責任もある。他の人の考えはわからないが、少なくとも私にはあると考える。

 
 山積みの課題にたいして社会的な応答責任を果たしてこず先送りに無視してきたことが、この国の社会と世界の環境をここまで絶望的なことにしてきたのだろう。今、その流れを止められないにしても、自分自身が諦めない者になるべく変わろうとし、事象と向き合い、自身の行動を決める必要がある。

 こうしてインターネットで意見を書いても効果がどこまであるのか分からないけど、ほんとうに酷いことが行われていることを監視していることを権力構造に、そして社会に示し続けたい。インターネットというツールがある時代、ひとりの人間としてエドワード・サイードの言うところの「表象(レプリゼンテーション)」が、これほど踏み出しやすい時代もないはずだと思う。



 あとは、出逢った人に何ができるかってことなんだけど・・・
実際に目の前で働いて下さっている方に挨拶とか感謝を伝えるすること・・・かなって考えている。
ここ5年以上は街中で働いている人とすれ違うときは「おつかれさまです」とか「お仕事ありがとうございます」って声に出すように心がけている。だから、近年目に見えて海外からの労働者が増えたのが実感としてわかる気がする。

 日本の人は「自分が言われてる」って思わない人が多いからか、あんまり気付いてもらえないことが多い。人と関わらないように閉じて、心身を防衛しているのもしれない。海外から来られてる人は割合すぐ気付いてくれる。そういえば、沖縄の国際通りを歩いたとき、声かけに応えてくれる人が多くて、ヤマト社会と沖縄社会の人の反応の違いを感じたことがある・・・。社会の空気が人を変えしまう部分があるんだろうな・・・。日本社会の閉塞感が人の人間らしさを奪ってるのかもしれない。

 たまにいくちょっと遠いコンビ二で、半年くらい前から働いているネパール出身の若い女性がレジ接客してくれた。何度目かだったので「げんきですか」と声かけしたら、「はい、げんきです。おひさしぶりですね!」と笑顔を見せてくれた。覚えていてくれたんだなぁって。驚いたけど、ありがたく逆になぐさめられた。

人を人として感じて、すこしでも関わりあって、だいじにしあって・・・。できたらいいなって思う。
神様が与えてくださった人間の善の部分である愛を、ちょっとずつでも日々の中で育てながら生きていきたいです・・・。
 



2018/11/07

憲法死守 ― 今、決戦のとき

  日本という国の歴史上、もっとも民衆に権利があるはずのこの時代に、戦争を望んでしまう《国家》という化け物をつないだ鎖が解かれんとしている。アベ政権の現在は醜悪さの極致にまできた。現状は日本の戦後民主主義の決壊そのものだ。憲法を奪わせないために決戦の時期を迎えていると肌で感じる。

 来年春の統一地方選挙の投票結果がどうなるかは私たち次第だ。それまでにアベ政権が倒れない場合 法治国家の規範崩壊のアベ内閣が存続し続けることになる。そうなれば、人権と歴史の真実を目の敵にした彼らの意のまま、国の基である最高法規の姿は全く逆のものに変えられてしまうだろう。現在の日本国憲法は滅ぼされ、人類が希求してきた戦争放棄や人権の平等性は水泡に帰し、生まれてきた子どもたちの明るい未来の展望は望めなくなる。思ったことを言ったら 権力から標的にされ、権力者の指先一つで掻き消され、強者にすべてを支配される暗黒の世界に日本社会は再び放り込まれる。そこに今の日常の常識やモラルの基礎になっている人権は残っていない。

 この数ヶ月が勝負となると感じる。いのちを守る憲法を死守するか、破綻と滅亡にすすむ国家の暴走を誰も食い止められない世界にするのか。「人間は誰しも幸せになるために生きる」という世界が存続できるかどうか。今この瞬間、ほんとうに決戦の時だ。

 苦しい心や怒りを分かち合い解放することは必要だ。しかし、嘆いているだけでは計り知れない巨大な闇の迫りを止めることは出来ない。
まずは、自分が起ちあがろう。ガンジーもキング牧師も阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんも、私たちとおなじ一人の人間だった。彼らを支えてきた無数の一人ひとりが確かにいた。己は無力だと卑屈になる必要は全くない。

 これまでにある光、受けた熱を思い出し、こんどは自分が灯火になり周りを照らしあたためよう。私たちは感じ、考える力を与えられている。言葉も行いも方法は必ずある。小さくても必ず見つかる。隣の人に、出会った人に、自分を表すことを臆するな。

 自分で決めることよりも、社会の雰囲気に合わせてしか物事を決められないでいる人たちが一定数以上はいる日本社会で、権力の示す方向におもねる人も少なくない。しかし、周りに静かに強く姿勢を示す人がいれば、また変わってくるだろう。投じられる波は小さく見えても、みんながそれぞれの場で立ち上がり、持ち場を守っていければ、それぞれの影響は小さくても確かな希望が実感できるはずだ。出口があることを信じて模索し、臆せず実行していこう。たった一人の反乱に見えても、それは連動し繋がっている。

どんな暮らしをしていても 心のうちに自分の蝋燭を立てていよう。
蝋燭を折ってはならない。
蝋燭を手放してはいけない。

 どんな暮らしをしていても 心のうちにある蝋燭を折らないでいよう。
もしも、今どうしてもつらいなら、明かりを灯せなくてもいい。でも決して、手放さないでいよう。
私たちは誰しも種火になることができる。風が強くて火が消えても、また誰かから灯を分けてもらえる。それが仲間がいるということ。それが不屈の力の源だ。それは悪の諸勢力にはないものだ。私たちにはそれがある。恐れなくていい。

さあ、
今 未来のために起ちあがろう!
心を燃やし、己が胸のうちに在る愛と夢と希望を燃やそう!

私たちは滅びではなく、いのちある未来を選び取る力を確かに持っているのだから。









 昨夜から、韓国の大統領になった文在寅(ムン・ジェイン)氏の自伝 『運命』(岩波書店)を読み始めています。
美しく熱い招待状です。心が震えます。
序文の最初の一ページは盧 武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を見送った文氏の想いが端的に書かれています。

 《それがどのような感情であれ、私たちが受け入れなければならない現実がある。これから私たちは、生きている者としての責務を考えていかなければならない。これから私たちは、彼が残した宿題に取り組まなければならない。これから私たちは、盧 武鉉時代を超える次の時代を準備していかなければならないのだ。
 いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。衝撃、悲痛、憤激、悲しみ、憐れみ、追憶――こうした感情を胸の奥に大切にしまって、私たちがなすべきことを静かに始めていかなければならない。
 それが彼を 「時代の重荷」から解き放つ方法だ。彼が背負っていた重荷を私たちが潔く抱えることこそ、もっとも美しい別れだ。》


 この文章は、沖縄前知事の翁長さんを失った沖縄のひとたちにもそのまま当てはまる言葉と言えるのだろうと感じます。
そして、この序文に引用されている都 鍾煥 (ト・ジョンファン)氏の詩が素晴らしい。「遠く流れゆく水」という作品です。ここに引用はしないので、ぜひ本を手にとってください。
一緒にこの本を読んでいきましょう。

 私は、日本の植民地支配と朝鮮半島の分断、軍事政権化から民主化を実現してきた韓国の民衆の時代を超えた魂の叫びに学びながら、日本国家を変えていく力を育て、みんなの力で奇跡を起こしたい。沖縄の人たちに、歴史の真実と向き合う勇気と視点を与えられ続けているように、この本も非常に大切な呼びかけだと感じます。
沖縄の人たちにも、朝鮮半島の人たち、アジア太平洋地域の人たちに、心から謝罪し善き未来を模索し続け、いつか友と言ってもらえる日が来るように、祈り歩みます。

 日本国籍はあっても、自国の政治や社会の情勢に、恥ずかしさと情けなさを覚え悲嘆せざるを得ない精神的ディアスポラの日本人・やまとんちゅの仲間の皆様。
絶望は簡単です。でも、私たちは、私たちの社会に踏みつけられている側の人たちから愛ある呼びかけを受け、励まされています。だから、諦めてしまう心はまた燃え上がり、その呼びかけにきっと応えていけるはずです。
心と力を合わせて共にがんばっていきましょうね!

2018/11/03

2018年11月3日 憲法交付日に

 辺野古の、大浦湾の海を埋めさせたくない。
これ以上、沖縄を踏みにじりたくない。
これまで数え切れない人の命を奪った、日本の侵略と戦争の歴史。
先の大戦の謝罪も補償も実現しないまま、また戦争をしようとしてる。
戦争したくない。させたくない。もうこれ以上は。もうごめんだ。
どうして命を奪うほうにばかり向かうのか。いのちのために集めた税金のはずなのに、削られていくばかりで。毟り取るばかりで。
金と権力があれば、優越感が満たされたらそれでいいのか。本当にもうイヤだ。自分もこの社会の一員であること、人生の中で選挙権を持って長いことが、心底申し訳なくて恥ずかしくてたまらない。

 愚かさと無恥の極地。悪いほうにどこまでもどこまでも奈落の底に落ちていくこの日本社会の現在地。
ヤマトの人間である以上、日本民族で国籍もある以上、日本という国家が重ねてきた罪と、恥を、少なくともひとりぶんは引き受けて生きなければならないから、そこから逃げるつもりはないのだけど、次から次へと本当に。おかしいことがありすぎて、ちゃんと怒れているのか、判断できているのか。よくわからなくなってきている気がして不安が消えない。でもこの不安は誤魔化したらアウトで、そうなったら終わってしまう気がする。

 この愚劣な政権の暴虐をどうやったら止められるのか。倒したい。ほんとうに、ほんとうに、なんとかしたい。許せない。許したくない。
これまで人類が得てきたすべてのよきものが、負の遺産から得た教訓が、溝に捨てられて破滅にむかっている。絶対に、憲法は奪わせない。幼い子どもたちに希望のない世界を手渡すのは耐えられない。今日の自分にある権利を得られず死んでいった人たちに申し訳なさすぎる。

焦っても、と思う一方で、ここで焦らないと手遅れになると直感している。

あきらめたって、あきらめなくったって、やることは同じ。
少しでも希望がつなげるように生ききるしかないじゃんね。
だったら、諦めないで生きる方法を模索し続ける。手遅れにならないうちに、やれることはやらなきゃ。
考えてることはお蔵入りさせず実行しよう。思ったことや考えたことは、表そう。
とにかく、隣り人と心を分け合って励ましあっていくしかない。
そこにはかすかでも確実な希望が生み出される。

恐れず、臆さず、やるしかない。一歩さきにすすみたい。





 徐京植(ソ・キョンシュク)さんの『過ぎ去らない人々-難民の世紀の墓碑銘』(影書房 2001年)を沖縄知事選の期間から読み直していた。大学生の頃に初めて読んだから、もう15年くらい前か。紹介された49人のうち、パブロ・カザルスやビクトル・ハラ、プリーモ・レービィー、ハーヴェイ・ミルク、金子文子、長谷川テル、尹東柱(ユン・ドンジュ)、ガッサーン・カナファーニーの記事は特に印象に残ってたのを思い起こした。
 今回は、この人たちはもちろん、サッコとバンセッティ、エルンスト・トラー、サルバドル・アジェンデ、エーリヒ・ケストナー、リヒャルト・ゾルゲ、尾崎秀実、原 民喜、キム・サン、趙文相(チョウ・ムンサン)、が印象にのこった。
最後に記されたのは、徐さんのオモニ(おかあさん) 呉己順(オ・ギスン)さんの記事。息を引き取られる直前の一言が聞こえてくるようだった。

歴史に残る名著だと思う。 

 一人の人間としてどう生きるのか。歴史の末尾を生きる私たちは、人類社会の在り方と未来への選択に常に対峙していると感じる。どんなにトンネルの闇が深くても、光の残る世界を次世代に手渡せるよう暮らしていきたいと希う。

2018/10/26

ジャーナリスト安田純平さんの解放 - 再燃する「自己責任」論を許さない

 安田さんの命が助かった・・・。助かったことは本当によかった。けれど、生き残ったその後の人生の中での恐怖の揺り返しの過酷さは想像すらできない。助かった彼の命や生活を危険に曝すバッシングや、本人や家族を追い詰めるような報道の姿勢は決して許さない。奇跡的に助かったいのちを、更に危うくさせるつもりか。正気ではない。

「危険なところに行った本人が悪い」という自己責任論の考え方そのものが、この世界に危険な場所や状況を生み出している。

 2003年3月20日、大量破壊兵器があるという嘘の情報によりアメリカはイラクを攻撃し戦争が始まった。自衛隊は武器を持ち、アメリカが始めた侵略戦争を「支援」するために派兵された。それまで「ヒロシマ・ナガサキを経験させられたのに経済成長で立ち直り、戦争を放棄した日本」という親日感情があった中東で、日本人の拉致や殺害が起きるようになったのは何故か。
ジャーナリスト綿井健陽さんのドキュメンタリー映画 『Little Birds(リトルバーズ)』のワンシーンを思い起こす。

 前日は明るいマーケットだったそこに、銃弾に倒れた子供がいる。鍵をかけられたはずの店が崩れている。本当にここが、人々の笑顔が溢れていたマーケットだろうか。空爆が始まった直後、ここで一人の男性のインタビューが入る。「ブッシュと手を組んでいるお前ら日本人を絶対に許さない。お前ら日本はこれから百年間覚えておけ!覚えていろよ!!」
彼は激怒しながら砂嵐の街角に消えていった。何度も振りかえり、指差し叫びながら。

2005年時の感想からhttp://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-541.html



そこはどうして「危険な場所」となったのか、を一切考えないのは限りなく愚かで恥ずべきことだ。

 自分は無関係だと思い込むことにより、自分たちの社会の現在地の異常さや、未来に起き得るだろう惨状から目を塞ごうとする。
知ろうとしないこと、知らないことが、圧倒的な暴力の世界の構造をさらに強固なものにして、継続させている。生み出され続ける悲劇が、憎悪と暴力を再生産し続ける。これから、自分たちもそこに巻き込まれること、いやもう巻き込まれていることは明白だというのに、いつまでもいつまでも気付こうとはしない。


 ジャーナリストたちは、警告する。
私たちは誰かを見捨てることによって、自分たちの尊厳や権利を手放していると。この惨状を看過するなら破滅がまっていると。
ジャーナリストは、現代の預言者とも言えると私は感じる。


 カエルだって、入っていた水がお湯になったら危機を感じて飛び出す。茹で蛙なんて実際には存在しない。この日本社会を生きる人間たちは蛙より劣るのだろうか。炭鉱のカナリアを「うるさい」と絞め殺して、その後はたして無事に洞穴から出ることが叶うというのか。



【記事】
安田純平さん解放の報。本人を追い詰めるあらゆる対応を控え、心的外傷の治療を最優先すべき
伊藤和子 | 弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長

10/24(水) 12:50
https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20181024-00101617/

【記事】
「安田純平さんが帰ってきた -危険地を敬遠する組織メディアの記者たち。危険地取材の意義を改めて考えたい」
石川智也 朝日新聞記者

2018年10月26日(金) 
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2018102600001.html

2018/10/24

米国で放送された「慰安婦」問題の特集番組        The Apology(謝罪)

 強いられた「恥辱」により黙らせてきた罪
無知蒙昧で悔い改めないことにより語らせ続けてきた罪
おばあさんたち、ごめんなさい。こんな日本の政府と社会で、本当にごめんなさい。なにも変えられないままな私でごめんなさい。
でも、諦めません。頂いたものを忘れません。日常に流されても、無力を思い知らされても、なんの足しにもなれなくても、決して決して諦めません。

 「オレの心は負けてねぇから!」 宋神道(ソン・シンド)さんの声が胸に響きます。私の心も、負けない。負けません。
女性や子ども、(このカテゴライズに当てはまらなくても)弱者の性を蹂躪して利用する連中に、決して屈さないで生きていきたいです。



【動画】10月22日に米国で放送された「慰安婦」問題の映像

The Apology
The Apology follows three former “comfort women” who were among the 200,000 girls and young women kidnapped and forced into military sexual slavery by the Imperial Japanese Army during World War II. Seventy years after their imprisonment, the survivors give their first-hand accounts of the truth for the record, seeking apology and the hope that this horrific chapter of history not be forgotten.

http://www.pbs.org/pov/theapology/video-theapology/


 この1時間23分の映像は、10月22日に米国で放送された旧日本軍戦時性暴力制度「慰安婦」問題の特集番組です。 第二次世界大戦中に日本の軍隊によって拉致され、強制的に軍の性奴隷にされた20万人の少女と若い女性たちのうちの3人の、元の「慰安婦」制度を体験させられた生存者の方たちが、筆舌には尽くせない体験から70年経った後の証言の記録映像です。

 私は日本語以外は全くできないので、字幕の意味がほとんど理解できなかったけど、ハルモニ、大娘(ダーニャン)、ロラたちの映像を見せてもらいました。
(※おばあさん:ハルモニ/朝鮮語、大娘(ダーニャン)/中国語、ロラ/タガログ語(フィリピン))

 私が若き日に出逢えた韓国、フィリピン、台湾の(阿媽・アマー)おばあさんたちの声や笑み、涙や歌声、一緒に踊ったこと、その体験をされたお身体をマッサージさせて頂いた時の温みを思い出しながら。映画や本で出逢った中国やインドネシアのおばあさんたちのことを思い出しながら。
 
 2005年、ピラール・フィリアスさんの前で、「日本政府が謝るまで、私は決して諦めません」とスピーチで約束したのに、ピラールさんも、出逢えたほとんどの生存された証言者が亡くなってしまった現在に。嗚咽しながら、悲しいほどに美しい映像を見ていました。
生存者が長く重すぎる沈黙を破り、命の限りに訴えたのに、日本はそれを無視し、確信的に歴史の真実を隠蔽し、また戦争をやろうとしています(もう参加しているとも言える)。

 今、自分の生に許された「幸福」に感動するたびに、被害にあわれたおばあさんたちや、その後の人生もなく殺された女性たちへの申し訳なさに胸に痛みを感じます。戦争が起きていても起きていなくても、この社会/世界の日常に満ち満ちた性暴力の嵐。この地球上に何十億人もいる人たちのなかで、どれだけの人が本当に自分の心身を尊重し合える関係の中で、自分を大切に感じられる暮らしを実現しているでしょうか。

 私が若かった当時も日本社会は酷かった。けれど、十年以上の歳月が過ぎ、社会の無恥で暴力的な流れは加速し続け、あの頃と比較にならないほど悪い状況になった。日本政府の蛮行を例に出すまでもなく。糸が切れるように奈落へ転がり続けるこの社会の流れを止められないできた自分に悔しさと無力さと申し訳なさを覚えます。私自身、自分が生きぬくのに精一杯で何もできないできてしまった。

 でも、諦めたわけじゃない。
絶対に、諦めないでいるための心を、おばあさんたちは私に与えて下さいました。

 大学生4年生の冬、初めて日本軍性奴隷制度についての証言を李容珠(イ・ヨンス)さんの証言を集会で聞きました。耳を塞ぎたくなる恐ろしい体験が語られ、それでも「この人は実際にそれを十代で体験し、生き抜いてこられたのだから、私は聞くくらい耐えなければ」と歯を食いしばって聞きました。
 あなた方にこの世界を生きる上で描けたはずの夢や希望、人間として体験できる幸福を、すべて奪い苦しめ続けた日本の起こした戦争の加害を決して許しません。おばあさんたちの証言は、「いついかなる時も(戦争であっても、社会が平和に見えるときでも)、女性や子ども、弱い立場の男性や、性別に違和感のある人も、性別を選ばない人も、全ての人の誰にも尊厳を蹂躪する性暴力を許してはならない」と明確に言いきれる力を私に与えて下さいました。

 私自身、証言を聴き、始めは分からなかったけれど、自分の身に起きたことについて振り返り考えることが実現してきたと思います。私は、彼女たちが幼き日や若き日に強いられた事実について知り学ぶうちに、ずっと蓋をしていた自分自身の体験した子どもの頃の体験について考え始めることができました。若き日にも様々な形での体験がありました。若くなくなり、安全な場所にきて日常の中でやっと少しずつ自覚できてくるような体験。それは、自分で自覚していたものよりもずっと深い傷でした。性暴力は、そういう耐え難い重たさを持ったものだと、今になり実感しています。自分の過去に起きた出来事の、その後の人生への余波の自覚から鑑みるとき、日本軍によって女性たちに起きたこと(人類史上で最も愚かで罪深い制度の犠牲であった悲惨な体験の歴史)の、果てしない闇、筆舌にはしえない苦しみと失われた人生を、想像することなど到底できないことを改めて知る思いです。

 言語的に壁があっても、おばあさんたちの暮らしのワンシーンを切り取ったこの美しい映像を一人でも見てほしいと願い、紹介します。目線や息遣いを映像で見ることで、感じられるものが必ずあるはずです。
同じ女性であること以前に、裁判所に入る車椅子のおばあさんに、そのまま放映すらされないような罵倒を投げかける「日本人」の側の社会の一人として。ありとあらゆる形に姿を変えて性奴隷制度を続けているこの日本社会。近代日本国家の愚かさを凝縮したアベ政権が繰り返そうとしている暴力の最たる戦争と再軍国化を、なんとしてでも食い止めたいと心から思います。がんばります。


2018/10/14

【詩】  ことば

                                 稲荷明古

飽きもせず殺し続ける圧倒的な世界に
わたしたちは感性ひとつで向かい立とうとする

ことばは天から与えられた人間をつなぐ光

詩を生きるわたしたちのことばは いのちの流れを汲むものでなくてはならない




確かに忘れていることがある

小さな哲学者たちがこれまでどれほど簡単に空高く旅立っていかねばならなかったか
慟哭の人生を歩んでこられた先達たちが羽虫のように殺され
子を守ろうとする大人たちの決意が打ち砕かれ続けてきたか

そして
それが今もなお終わりなく繰り拡げられているこの地上の現実を


先の大戦すら まともに振り返ることも出来ず
国は正当化という嘘を塗りたくり重ねる

下っていく急な坂道は既に奈落に近い現在地
けれど平穏に見えてしまう 今日という日


身を任せるな
立て

誰に知られずとも 声をあげずとも
立て

歯を食いしばり立ち上がり
無残な世界をやはり変えられない無力を憶え
それでも美しいこの世界を歓び讃えよう

暮らしのなか紡がれた思想は ことばとなり放たれる

ことばは 
ほんとうの善きことばは
生き残ったあなたと私をつなぐ光





                  (2016年10月22日)
2018/10/14

【詩】 幸福な暮らし

                                                                   稲荷明古

だれかの苦しみを 自分の幸福の実感のための引き合いにだすのはいやだ

けれど
苦しい思いをしている人たちのことを忘れきったり
もしくは知らないままに
幸せをただ味わうのも なにかが違うと感じる

自分が持っていて当たり前だと思っているものを失った時
人は「不幸になった」と感じるのかもしれない
しかし 実際のところ「当たり前」なんてものは存在しない

新聞の投書欄に小学生の子が戦争のことを学んだという文章の書き出しに
「いまのすべてがきせきです」とあった
心から そうだと感じた


何気なく過ぎる日々に幸せを感じることを許された暮らしができる自分の立ち位置

恵みへの感謝と懺悔

子ども時代に受けるべき歓びのすべてを奪われても日々を過ごさざるを得ない少女たち
夢のカケラさえ抱けないあなたは 必死で親の代わりに弟妹を育てていた
 -私はあなたに何も出来ない 

若い頃に訪ねた廃棄物に囲まれた村で やっと笑みを返してくれた少女が その瞬間ムチで打たれ追い立てられたのを見た
 -この世界の不平等さを肌に刻んだ あの瞬間を忘れられない


どうして30年ちかく子どもを檻に閉じ込め虐待し続けてきた父親が 実質 無罪なような判決になるのだろう
 -障害がある子どもだったから? 人間として認めないままどこまでいくの?

どうして小さな女の子がやっと覚えた字で「助けてください」と懇願する文章を残して死んでいかねばならなかったのだろう
 -彼女は愛を結ぶ為に生まれてきたのに
 いつか誰かの心にやさしく触れる手紙や詩を書いただろうに


故郷を追われ生きるために今にも沈みそうな小さな船で海へ出る人々
 -船の底で圧死したあなたの姿が写された一枚の写真

働く為に家族と離れ 遠いこの国で労働する人たちの上手な日本語
 -入管に囚われまともな医療も食事もなく 虐待され続けている人たち

閉じ込められた女たちの慟哭は 時代が移り変わっても ずっとずっと繰り返され続けている
想像を絶する蹂躙

一歩でも違えばそこにいただろう苦界を想う

痛み苦しみから逃れ得ない人生を だれかが必死で過ごしている今

戦火に追われた後も 「死んだほうがマシだった」という苦しみのなかを
「もう二度と戦争はさせない」と歯を食いしばって生きぬいてきた人たちの人生が繋いでくれた現在地
私は家の中で温かい飲み物をのみながら過ごせる




何故 私はこの今に辿り着けたのだろう 
ひたすら生きることが辛かったあの時をぬけて

責め立てることなく ただ静かに その問いは私に向けられている

花々が
木が
風に揺れ なにかを伝えようとしている

真っ白い大きな雲と 全ての人の頭上にあるはずの青い空が
時代を生き抜いてきた方たちの笑顔が
生まれてきたひとの小さな身体の汗ばむような温みが
もう亡くなった方の体験が記された文面が

いつも柔らかく笑っている あの人の厳しい目線の先にあるものが


私を問う

辿り着けない/辿り着けなかった人人の声なき叫びにどう応答するのか と




真の幸福とは何だろう


目を背ければ知らないで忘れてしまえる己の立場
誰かを虐げた上での「幸福」な生活のなか
忘れがちでも 確かに在り続ける
今を幸せに感じることへの 申し訳なさ 恥ずかしさ 後ろめたさ

-ごめんね
 ごめんなさい
 あなたはその暮らしを強いられているのに
 あなたは幸せに歳を重ねていけるはずだったのに
 わたしは今こうして暮らしているのに



歴史の通過点である自分
ひとりぶんの人生

世界の全てを救うことはできなくても
誰一人として 助けだすことができないにしても

私が今 幸福を覚えることを許されたのは
誰か他の一人の人生への想像力を根底から持てるようになる為に 必要な経験であるからなのではないか



神が本来 人間に望まれた幸福をあきらめず
ちいさく見える大いなる奇跡を求め 味わい
自分や周りの人だけではなく いつか誰もが幸福に暮らせる世界を希求する
そのための幸福の体験


すべての隣人の幸福を目指す力になる幸福こそ 幸福であると信じる



私に与えられたすべてを 与えて下さった方が喜ばれる いのちのあるべき美しさに連なれるよう
生きてきた先人たちの魂が 今を生きるすべての人たちと共に笑ってもらえる日が来るよう


享受し
進もう
カタツムリの速さで

あきらめず 投げ出さず
閉じないで 繋がって

暮らしを紡いで



  



        2018年7月1日 記
2018/10/04

所感 ― 2018年10月4日 玉城デニー沖縄知事就任の日に

 

 今日、沖縄の知事に玉城デニーさんが就任されました。選挙は多数決ではないから、勝った側は選挙に負けてしまった側の候補者に入れた人たちの願いもくみ取り実現していかねばならないものであることを、改めてこの間 考えることが出来ました。また、沖縄の知事選については、ヤマトンチュはいくら基地反対で頑張っている立場であったとしても、国側の立場の候補者を貶めたり、その候補に入れた人たちを揶揄したりすることは、ほんとうに許されないんだと改めて感じるものがありました。
 沖縄社会に差別という暴力を駆使し、経済基盤の調整を阻害して基地に依存せざるを得ない状況を生み出し、人々に分断を強いてきたのがヤマトの社会であることは言うまでもありません。その加害側の社会に属している人間が、その責任を忘れてしまうと、こうした更なる分断や無理解による≪立場性から生じる暴力≫が更なる差別として起きてしまうのだということも、ツイッターの個人の発信などを目にしつつ考えざるを得ませんでした。

 もちろん、私自身も例外ではありません。改めて自分自身の思考回路や言動も含めて、恥ずかしくなるようなものの考えや言動を反省せざるを得ませんでした。国家権力の恥ずべき分断政策や勝ち負けの概念に、知らずしらずのうちに己も巻き込まれていることが多々あります。細心の注意を払い、自分自身を点検しなければならないことを強く感じます。


 沖縄知事選のために全国から駆けつけた人たちの熱い想いと、ご活躍はすごかったのだろうと想像します。
でも、どんなに平和や沖縄への想いがあったとしても、そこに暮らして引き裂かれている人にとっては、どうしても、どこか複雑な想いをさせてしまう存在であるのであろう自分の立場を想います・・・。
本当にヤマトの責任を果たしていくために、私は何をどう行動していくべきなのか・・・。果たしてそれがあるにしても、自分はそれを実行していけるのか・・・。
 ただでさえ、分かりきることが出来るわけのない他者の想いですが、その上に更に大きく圧し掛かる差別の抑圧構造の立場性から生じる責任と暴力。このことを、どう受けとめていくのかは、課題であり続けるだろうと思います。


 琉球新報の電子記事:普天間めぐる佐喜真氏の熱弁に官邸が激怒 沖縄県知事選の舞台裏2018年10月4日 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-813589.html
を読んで、更にそうした気持ちが深まり・・・。なんというか、言葉にならない気持ちでおります・・・。
 沖縄のひとたちを苦しめ、分断してきた立場の人間である自分自身の罪を、改めて思い知らされた記事でした。沖縄が引き裂かれてきた理由に想いが至らなかったから、こんなに衝撃を受けたのだろうと思います・・・。
自称「沖縄に想いがちょっとはあるヤマトンチュ」である自分は、そのことを忘れてはならないのに、油断していました。ほんとうに、恥ずかしく、沖縄の皆様に申し訳がない気持ちがします。まだ学生だった2004年年末に何も勉強せずに沖縄にいき、辺野古の海上行動に2週間だけ参加させて頂き、関西に戻ってから遅まきに無知で無恥な自分自身に気付いて、とてつもなく恥ずかしく申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだったあの時期を、痛切に思いだすようです。

 自分の立場性を踏まえて、その責任を忘れずにいることは、本当に難しいことです。私自身、過去に 「こんなに頑張っているこの私がそう言っているのに」という思考回路になって、大切だった人を傷つけたことがありました。(今も気付かないだけでやってるかもしれません・・・。)取り返しのつかない(到底、許してもらえるようなことではない)強いてしまった膨大な苦しみと搾取について考え続けること。それは決して楽な道ではないでしょう。

 加害の立場性を自覚した上で、「なにもできないけど精一杯やろう」と努める続ける人間として生きられれば、虐げられた立場の人の心が、ほんの少しでも慰められる瞬間も起こりえるかもしれません。≪自分の加害の立場を忘れないで肝に銘じることが必須≫だと思います。そうした中で、努力や誠実さが本当にあり続けられれば、虐げられた側の人が、少しでも慰められる瞬間が、希望を感じてもらえる瞬間が、もしかしたら生み出されるかもしれません。その境界線は、加害側から越えてはならないものだと思います。そして、当事者の方たちがどんなに「もう線はないよ、いっしょだよ」と言ってくれても、その言葉に甘えきってはならないのではないかと私は考えます。これは、ほんとうに難しいことですよね・・・。しかし、その道は、ただ苦しくて責められるだけの生き方とは違うんだと思います。

 ただ一人きりで加害側の一員である自分に苦悩するのはキツイけど、それを同じ立場で分かち合える友や仲間が一人でもいれば、なんとかやっていけると感じます。(そういうところで重要なところの感覚が一致できないと深刻に苦しいけど・・・。「社会運動」内での矛盾の発露は心や想いがある人を一瞬で絶望させてしまうチカラすら持ってしまうものだと感じます。(別に私は今 特になにか運動できている立場ではありませんが)自分も気をつけたいと考えます。)
 誰か居てくれるからこそ自分の想いを発見したり確認できること、また自分が居ることで相手が想いを解放できる時もあること。このことは、一人ひとりが社会を変えていく過程の一番のベースにある関係だと思います。そこには小さくても確かな希望と、生きている喜びがあるんじゃないかと感じます。

 前にも書いたんですけど、苦しい立場の人のことを黙殺したり誤魔化して自己正当化して、罪を上塗りするより、それを止めようと決意したほうが、ずっと清清しく生きられるんじゃないかな・・・と思うんですよ。
ご自身の悲痛な体験を経ても、みんなの人間の権利や将来や、自然も含めての命めぐる世界を大切に守ろうとする一人ひとりの方と出逢っていけるから、自分にとっては、それはやっぱり幸福なことで・・・。

 もちろん、人間的に素晴らしい人や力強い人、仲間や友やという意見に共感できる人だけではなくて、意見の違う人も、自分には理解できない人も、いろんな出会いには意味があって、そうやって自分が変わっていけるんだと感じます。何度も何度も、自分勝手な思い込みに満ちた「正義」を打ち崩されて、思い上がる己に気付かされて、もう大丈夫だと油断したらまた転んでて・・・。でも、そういう中で、ほんとうに人々と神様に導かれて、真の意味で成長していける気がします。
 苦しかった時期も、今思えば今の自分に至る産みの苦しみだったと感じることができるところまで、連れてきてもらったと感じます。
 勇気を出して、一歩ふみだすことが自分の人生において、かけがえのない人々との出逢いと、共に生きることから生み出されていく小さいけれど確かな手ごたえ。そして新しい心の繋がり。遠く離れていても共に生きられる「連帯」という感覚。そうした希望が、天から与えられた人びととの出逢いから与えて頂けるのではないかと思います。

 人は、一人では生きられません。人は、誰と共に分かち合えたなら、なんとか生きていけます。「人は人の支え手になれる。だから神様はそのために、こんなにたくさんの人間をつくったんだよ」とある牧師先生から聞いたことがありました。きっと、そうなんでしょう。



 それにしても、この日本国家には、これ以上の罪と恥の上塗りをしてほしくないって本気で思います。なんでなの?どうしてなの??イイカゲンにしてよ!!って、出来うる限り問うてきたつもりですが、来るところまで来てしまいました。これ以上、取り返しのつかないことを、もうやってほしくないです。私も、加担したくありません。どんなに抵抗しても加担させられる、その責任は担わざるを得ません。でもそれに甘んじない、屈服しない。正義と平等を 求め続けます。
私はアベ氏が初めて首相をやった時期に、教育の憲法である教育基本法を改悪したことを絶対に許しません。
(教育はすべての子どもの権利です。「一部のエリートと、それ以外の子どもはエリートの言うことをきく実直な精神だけあればいい」という現教育基本法は次の戦争の大きな下地になっています。教育勅語についてのことも、そうした流れと同一のものでしょう。)

 日本政府アベ内閣に対しては、どの方も政治家としての資格はありません。
政治家は権力を有します。しかし、それは人々を意のままにするために与えられたものではありません。その国に暮らす人々(「国民」ではなく「住民」!)を平和で幸福で平等な暮らしに導くリーダーとして、その権力を民衆から託されているわけです。
そのルールを記載しているのが最高法規の憲法です。問答無用で自分の都合の良いように何もかもを歪曲する人たちが、支配欲と金と、ナルシシズムに満ち満ちた自己投影で人間を使い捨てています。
これは、政治家どころか人間失格です!

即刻にお辞めになって頂きたいです。今すぐにでも。

というか、みんなの力で退陣に追い込みましょう。これ以上、人間の幸福とあまりにもかけ離れている戦争や差別や分断に、人びとが引き裂かれないで済むように。

 

 現在、日本社会は「人権」という概念が立ち現れてきた、フランス革命以前に戻ってしまうほど簡単に人類の進歩をドブに捨て去るか、今のこの社会を再出発地点として未来を豊かにし、生きとし生けるものの幸福を追求していくかの二つの道の岐路にいます。もっといえば、人類としての幸福や生存を、国家や大企業の権力者たちに根こそぎ奪われるか、人間を人間の手に取り戻せるかの瀬戸際にいるとも言えると思います。言うまでも無く、どちらの前者は私はごめんです。このままじゃホントにヤバいです。

 沖縄の人たちが勝ち取ったデニー知事の就任は、日本の戦後民主主義の行き詰まりをヤマト社会に自覚させる目覚まし時計のようです。「目を醒まそう!」「本当に自分たちの声を聞いてくれる政治家を私たちは選べるんだ!」って思える、素晴らしいロールモデルになっていかれるんだろうと感じます。物騒な予告がされたというニュースもありましたが、第二のハーヴェイミルクのような結末にさせないように、守らなくちゃ。これ以上、悲惨なことも悲しいこともごめんです。
日本の警察はしっかり捜査して、犯人を捕まえてください。本気の捜査と対策を求めます。



 金と支配を至上のものとする権力者の思惑どおりにならないように、自分自身の内にある怠惰や無関心や無責任と闘わなければなりません。誰かを批判したり非難したりする以前に、まず自分自身がどういう姿勢なのか。問われます。
ただひたすらそれを誠実に示し続けていければと願っています。自分の暮らしからみつめてって、学びながら考え続け、隣人と正直に心を分け合って、話しを始めていきましょう。ちょっとずつでも、それぞれの場所で!

(「そんな余裕なんてない!もうこれ以上は頑張れないよ、生きるのに必死なんだから!」って人は、自分をだいじにして、心身を守って生存するのは、何よりも何よりも大切な闘いですから、出来る限り しっかり休んでくださいね。しっかり怠けすぎるくらい休めて自愛できるよう状況や環境が調えられますように祈ります。とにかく、自分を責めないようにして下さい。動けない自分を恥ずかしく感じる必要は皆無ですよ。生き延びてくれてるだけで、もう、もの凄いことなんですから!
っつーか、権力のあるあの方たちが人間に立ち返り、恥を知るべきです。ほんとにホントに。しつこいけど、本当に!!)

 なんか今日はいっぱい書いてしまった・・・・。今週は、朝起きるとプロテストソングが頭の中で鳴ってたりして・・・。動物的な危機の察知というか、「負けないぞ日本政府に!今日も頑張ろう!」みたいなテンションになっていて・・・・。ははは。
うん、闘うにしても、明日からもうちょっと落ち着きましょう、ですね。身体をだいじにしつつ精一杯、で。
人間としての日々の暮らしが、抵抗そのものなんだから。

 よーし、私も明日に向けて寝ます。台風のきてる地域の皆様は、どうかお気をつけてお過ごし下さい。
これを読んで下さったお一人おひとりの方の明日一日が、確実に守られますように。無事をお祈りします。
おやすみなさい。
2018/10/04

「教育勅語」肯定内閣への抵抗は、戦争の真実を学び気持ちを分け合うこと

 第二次世界大戦の大惨事を起こした日本軍。その最高責任者を神として崇めたてまつり、日本に住む一人ひとりの大切な子どもに戦争賛美を植え付け、人々を侵略行為にひた走らせた「教育勅語」を肯定しきる安倍内閣を、私は絶対に許しません。

この秋に憲法が、力づくで変えられてしまうかもしれません。憲法は戦争をしたがる国家という猛獣の首にやっと着けられた首輪です。日本社会の人間の権利であり、社会の基盤である憲法は、人権の砦です。


そして、 
私は人間です。
おなじ人間を崇めて服従するのではなく、全ての被造物である命の世界を生み出して下さった神様に感謝し、祈りながら、神様が与えて下さった自分自身という賜物を活かせるように努め、歩んでいきます。



 教育勅語に関しては、下記の記事をお読みください。
高橋源一郎の現代語訳が分かりやすく・・・・、分かりやすいゆえに勅語そのものの異常さと、悲惨な歴史を繰り返そうとする現内閣の闇に、恐怖が更に増します。改めて 戦慄する状況です。 
参考記事(BuzzFeed News):
「教育勅語は普遍性を持つ」と柴山文科相が言ったので、現代語訳を読んでみました―「はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」2018/10/03 18:01 吉川 慧 籏智 広太
https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/tyokugo-sibayama


 天 皇を神とし、人間を「臣民」「赤子」とし、「あなたの命は鳥の羽より軽いのですよ」と教えた時代。
その考えを受け入れないで意見表明する者を「非国民」と呼び、呼ばせ、権力に殺されたり逮捕されたりした時代。
一方的な侵略戦争を「聖戦」とした時代。
アジアは解放されたのではなく、侵略された。侵略された国の戦争体験者(生存者)のお一人おひとりの証言を誠実に聴こうとすれば、どれほど日本軍が残虐なことをしたかを知らざるをえません。
人の権利など皆無で、自由に歌うことも思ったことも口に出せない、一人の人間として謳歌できる生の喜びと可能性の全てを奪われた、あの暗黒の時代。

 どの時代もそうですが、その時代もその時期を生きる一人ひとりの人間の生からできていました。
幼少期の教育がどんなに重要であるか。それが権力に利用されたときにどんなに恐ろしさを発揮するか。日本の皇民化教育が、第二次世界大戦下での日本軍の残虐な行為を可能にしました。教育は、悪に蝕まれたとき、人間本来の魂における善性すら覆いつくしてしまいます。

 渡辺輝人 弁護士(京都弁護士会)のツィッターでは、今月3日に、
大臣会見の発言の裏を取れたら、また記事を書くかもしれないが、とりあえず、教育勅語がどういうものかはこちらをご覧頂きたい。稲田は防衛大臣で管轄外だったが、柴山は文科大臣なので、教育にモロにかかわる。ヤバさは格段に高い。

と書かれていますが、本当にそのとおりで、本当にヤバいです。

 ◎渡辺輝人 弁護士の記事一覧
 https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/



 文部科学省大臣に発言を撤回させ、即刻の辞任させなければ、・・・そこを皮切りにして、なんとかアベ内閣を倒さないと、大変なことになっていくのは明白です。
「お上のいうことをきいて、お上の都合のいいようにみんな命を捨てなさい」という文部科学省が、子どもの命や権利を守ってくれるわけがないんです。 熱中症で子どもが死んでも、いじめ自殺がいくら起きても、ヘリから堕ちてきそうでもあっても。本当に、命なんてどうでもいいと考えている。こんな連中に子どもの命や、その子たち一人ひとりが本来もっている人間性を奪われてたまるかってんです。心から怒りが湧いてきます。何よりも大事なだいじな子どもたちの命や未来を守らなきゃなんないです。

 歴史の教科書からは日本の戦争で日本軍が行った行為はその事実を示す単語ごと消されてしまい、社会的に歴史の事実が継承されなくなって久しいです。そうした中で、戦争についての賛美と右傾化がより一層に加速化し、強まってきています。

 モリカケ問題は、税金のダンピングが非常に大きな問題ですが、森友学園が子どもたちに教育勅語を唱和させていたことも非常に問題です。そうした教育をする学校に日本政府がえこひいきをして税金を投入してきたことは、ありえないことであり、今回の文科省長官の発言の下地になっています。

 参考記事(しんぶん赤旗):安倍政権と森友 「教育勅語」持ち込み 狙いは「戰爭出来る國」 靖国派の国政私物化
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-04-12/2017041203_01_1.html

 森友学園の籠池前理事長は、尻尾きりにあって証人喚問された後に、教育勅語を唱和させてきた経緯と今後の方針を変更することについての声明文をだしています。

 参考記事(エキサイト・ニュース/LITERA):森友学園が安倍政権の愛国教育との訣別を宣言! 一方、安倍内閣は教育勅語の復権を閣議決定!2017年4月2日https://www.excite.co.jp/News/society_g/20170402/Litera_3043.html

 (この後、籠池夫妻は「詐欺」容疑で逮捕され、裁判も開かれず家族の面会も許されないで不当に長期勾留されていました。あまりにも露骨な権力行使です。アムネスティで国家にハガキ送るレベルの事件でした。

 参考記事:(AERA.com)接見禁止、窓なし独房 籠池夫妻の長すぎる勾留に元裁判官も疑問視 亀井洋志2017.12.6
参考記事: 籠池夫妻を保釈せよ!-読む・考える・書く(Vergilさんのブログ)
http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/01/14/134815



 双極鑷子さんのツイッター記事(-2018年10月2日19:57 )では、教育勅語をもって教育された宗主国国民で編成する皇軍が行ったことが、奪い尽くし、焼き尽くし、殺し尽くし、そして犯し尽くしたことだった
と書かれていましたが、本当にこの言葉に尽きると思います。

 日本軍がアジア・太平洋地域でどのようなことをしてきたのか・・・
殺された人だけでも約2千万人もいます。その背景に、家族の命を奪われ、心身の健康を奪われ、家も故郷も燃やされた人たちがいます。娘を性奴隷にされ、息子を徴用された膨大な人数(もうその数は天文学的と言ってもいいほどの数)がいます。

 今わたしは、ずっと読みたかったが未だ読めていなかった本で、
金城重明先生の『「集団自決」を心に刻んで【沖縄キリスト者の絶望からの精神史】』(高文研・1995年)という本を読んでいます。

『「集団自決」を心に刻んで【沖縄キリスト者の絶望からの精神史】』
もくじ
Ⅰ 「皇民化教育」と沖縄
Ⅱ 極限の悲劇 「集団自決」
Ⅲ 絶望の淵から
Ⅳ 勉学と労働と信仰と
Ⅴ 牧師への道・アメリカ入学
Ⅵ 沖縄キリスト教短大の設立と発展
Ⅶ なぜ「集団自決」を語り始めたか
Ⅷ 教科書裁判の法廷に立つ
Ⅸ 問われなかった戦争責任
Ⅹ課題としてのキリスト教平和学


沖縄戦の“極限の悲劇” 「集団自決」から、はからずも生き残り、
両親、弟妹を失って孤児となった16歳の少年はその「戦後」をどう生きてきたか――。
「平和」の創造を人間が生きる核心の課題と見さだめ “歴史”の証言を語り続ける一キリスト者の精神史。(帯文章より)



という内容です。

 まだ途中までしか読めていなけれど、読みきれたら、またこのサイトに感想を書きたいです。この本の第1章と第2章を読んだら、皇民化教育の政策によって沖縄戦で何が起きたのかの確かな一部を知ることができるはず。まだの方は是非、キリスト教に興味がなくても、いちど読んでみてほしいです。



 アベ政権(イコール日本会議と言っても過言ではありません)がどんなに極右の集まりで、力づくで戦争をしようとしているのかを自覚し、抵抗する為には、
とにかく、一人ひとりが戦争の悲惨な歴史を強いられた先人たちの奪われた人生を認識しなければならないと考えます。
そのお一人お一人の幸せだったはずの人生を奪われた痛みと苦しみに満ちた叫び声を、どうにか感じ取ろうとする行為が、圧倒的な権力にも抵抗できる心の軸になるはずと思います。本当に、学ぶことと、その学びで感じたことを共有する勇気が、長期的に見てとても大切になってくるのではないでしょうか。

 しかし、日々の生活が精一杯だったり、苦しくて仕方ない人、自らで戦争証言を読むことが出来る余裕が無い人もいます。
というか、そういう人が増えていくような政治状況だからこそ、いじめの論理が発動し、歴史歪曲と暴力に満ち満ちた社会が構築されているのだと思います。一人ひとりに学び考える余裕を一切 与えようとしない社会です。

でも、だからこそ、誰か他の人が(自分に近い立場や年齢のひとが)受けとめたことの感想や想いについてのものは、生の戦争証言よりは比較的読みやすいかもしれません。
ですから、私自身は自分が聴いたことや見たこと、読んだりしたものについては、自分が主体となって情報や意思表示をしていきたいと考えています。大人として独裁政権に抵抗することは勿論だけど、これからを生きる子どもたちに、戦争証言の絵本などを読み聞かせなどで、お互いに感じたことを話していく時間を持つなど、暮らしの中で歴史を繋いでいく大切さを再認識していけたらと思います。

 歴史はわたしたち、今を生きる人の認識によって作られます。
捏造され歪曲されまた同じ過ちが繰り返され膨大な命が失われるか、事実が継承された上で過ちが繰り返されないように注意を払い平和な世界を実現できるか。
それはわたしたちの姿勢次第であると思います。善悪を委ねられた存在として、人間は善を選ぶことを天から望まれています。