2018/02/18

赤ちゃんだった私たち。



一人が生まれてきて死んでいく始めから終わりまで抱いている命と、絶えず積み重ねてきた時間による現在。
すべての命で成り立っている、かけがえのない世界。
生きること、成長していくこと。『星の王子様』に書かれているとおり、すべての人ははじめはみんな子どもだった。

人間が人間であるために、人と人の間に何が必要かを 映画『いのちのはじまり』の映像は教えてくれている。
映画本編は見損ねたけど、日本ユニセフ協会の編集映像に感謝!下記にピックアップした映像から、実感した。

人類の総数が何十億人となっても、踏みにじられてもよい人など、ひとりも存在しない。

お時間あれば、ゆっくり御覧ください。



映画『いのちのはじまり』予告1(1分58秒)

https://www.youtube.com/watch?v=yQsXMKorFoY&t=1s


映画『いのちのはじまり』予告2(2分18秒)
1と内容が違います!
https://www.youtube.com/watch?v=qOBK_TGZDfY



ふれあいを大切に(3分43秒)映画『いのちのはじまり』 から
https://www.youtube.com/watch?v=BxNVqoK04cQ

赤ちゃんは科学者(3分46秒) 映画『いのちのはじまり』 から

https://www.youtube.com/watch?v=bU7GrSdujdU&t=1s


あそびとはじぶんらしくいること(4分16秒)映画『いのちのはじまり』 から

https://www.youtube.com/watch?v=VvMWyUFJc6s


おとうさん(2分23秒)映画『いのちのはじまり』から

https://www.youtube.com/watch?v=y9C6sWpdVxo



以下は聖書のマルコによる福音書より


一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。
彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。 イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。
「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」
そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

     (マルコによる福音書 第9章 33節~37節)





イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。
「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」
そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

    (マルコによる福音書 第10章 13節~16節)







【緊急】日本育ちのクルド女性メルバン・ドゥールスンを直ちに解放するよう東京入管に訴えてください。パニック障害で、自分の薬すら使わせてもらえない彼女に、これ以上の収容は危険すぎます。皆様、どうかよろしくお願いします。
(FAX)03-5796-7125
(電話) 03-5796-7111
(メール) info-tokyo@i.moj.go.jp


Pinkydragon ~ SYI (収容者友人有志一同: Immigration Detainee's Friends)
Blog http://pinkydra.exblog.jp/26252899/
2018/02/10

メルバンさん解放を求め、東京入管に送った抗議メール文面

【緊急】日本育ちのクルド女性メルバン・ドゥールスンを直ちに解放するよう東京入管に訴えてください。パニック障害で、自分の薬すら使わせてもらえない彼女に、これ以上の収容は危険すぎます。皆様、どうかよろしくお願いします。
(FAX)03-5796-7125
(電話) 03-5796-7111
(メール) info-tokyo@i.moj.go.jp


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 今日の昼に電話してみたが、東京入管の電話は平日9時から5時しか繋がらないようだ。
職員は誰かいるに決まってるのに。人の生活を支配しておいて、この「お役所の仕事ですから時間はこちらが決めます」って態度。
違う国の意味の分からない書類を、毎回提出させられるのはそれ自体が大変な迫害なのに、日本語か英語でなければ問い合わせられないという。当たり前のように、そう説明されている入国管理センターのウェブサイトを見て、日本社会の冷酷さを改めて思い知る気がした。

 支援されている織田さんの4コママンガの記録、まだの方は読んでほしい。
「公務員」が休日してて、その間にも囚われている人は苦しめられ、生涯に残る心身への暴力を強いられている。医療もまともな食事も奪われ、家族や友人との時間も奪われ続け、衰弱しきって命を失う直前の人を、責任逃れの為に「解放」する。全てが職員の気分ひとつで行われていることを、織田さんの記録から痛感した。彼らをそうさせているのは、この日本社会の無関心という名の差別と、国家からの暴力行為へのお墨付きだ。だれにも咎められないから、大手をふるい虐待をしている。職員個人の人間性もあるが、社会構造の差別の中で、立場により個人の残虐性が増長している。虫も殺さなかったような優しいお父さん、お兄さんであった人たちが戦場で鬼になり、女も子どもも年寄りも容赦なく殺せるようになる戦争となんら変わらない。

 今日は私も休日だった。自由に家にいれたり、音楽を楽しんだり、外出して甘いもの食べたりできる立場だった。笑ったり泣いたり怒ったりしながら、いろんな人とのふれあいが許された一日だった。私の楽しく幸せな時間の足元に、踏みつけられている人たちがいる。
今この瞬間メルバンさんは、踏み躙られている。痛みと苦しみと恐怖に文字通り血を吐いて・・・。

せめて、抗議したい。少しでも、私にやれることは全てやりたい。



《以下は本日2018年2月10日(土曜)、東京入管info-tokyo@i.moj.go.jpに送ったメール。》



東京入国管理センター
並びに働かれている職員の皆様へ

 ( 氏名 )と申します。
そちらに収監されている方たちへの虐待に強く抗議します。
特にクルド女性メルバン・ドゥールスンさんを直ちに解放しなさい。

 彼女はパニック障害を持っていると聞いています。私も同じ病気を経験していますが、その状態の人を独房にいれたり脅迫し続けていることは虐待であり、殺人行為です。その上に薬すら使わせてもらえないなんて、あまりにも非人間的な仕打ちではありませんか!?これが「先進国」の法が為すことでしょうか。私は、入管でおき続けている暴力行為を想うとき、日本社会を構成する一人として恥ずかしく情けない気持ちでいっぱいになります。
国としても、ひとりの人間としても、このように同じ人間を踏み躙り続ける姿勢はは断じて許されません!

 入管で働くあなた方は私も納めている税金で雇われている公務員です。公務員はこの社会で暮らすすべての人の幸福追求のために働かなければなりません。それなのにあなた方は、おなじ人間を不幸に貶めています。今おきている差別や暴力を強権的に行うためにあなたたちは政府から給金をもらっているわけではありません。そのことを肝に銘じておく必要があります。

 暴力行為は支援者やジャーナリストによって世間に伝えられています。私もそうして声を届けようとしています。しかし例え、国家や社会が今おきている暴力を見過ごしたとしても、天は一人ひとりの行いを見ています。収容されている人を見下し、暴力的に振る舞うのを直ちに止めるべきです。

とにかく、メルバンさんのこれ以上の収容は危険すぎます。彼女を今すぐに解放してください。

彼女が解放されるまで、声をあげていきます。それでは、またお電話で。

2018年2月10日 ( 氏名 )






We cannot remain silent before the suffering of millions of people whose dignity has been wounded.
(その尊厳が傷つけられてきた数百万人の人々の苦しみを前にして、沈黙してはいられません)

教皇フランシスコ(邦訳)


2018/02/09

滞在難民の虐待が未だに続いている日本の入管。メルバンさんの為、抗議を!

下記の記事をご覧ください。

記事:

新婚女性を拘束、吐血・痙攣しても薬を与えず、口封じの脅迫―東京入管の難民虐待が酷すぎる
志葉玲 | フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
2/7(水) 11:00

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20180207-00081337/



私もパニック障害になったことがあるが、その症状の人から薬を奪い、監禁し虐待するということは、直接的に命に関わる本当に危険な状況だ。肌で感じる。メルバンさんが入管から出て、夫と暮らせるようになっても、その体験のPTSD(トラウマ)に苦しめられることが想像される。一秒でも早く彼女を入管から解放しなければならない。

メルバンさんは暴力と恐怖と支配と闘っている。監獄の中で、人間の権利のために。
この境遇で抵抗し続けている彼女のすごさに圧倒される。この人を奪われてはならない。

直接入管に行くことができなくても、
電話、ファックス、メールで、声を叩きつけなければ。今!


【緊急】日本育ちのクルド女性メルバン・ドゥールスンを直ちに解放するよう東京入管に訴えてください。パニック障害で、自分の薬すら使わせてもらえない彼女に、これ以上の収容は危険すぎます。皆様、どうかよろしくお願いします。(FAX)03-5796-7125、 (電話) 03-5796-7111、(メール) info-tokyo@i.moj.go.jp


【メルバンについて続報】

1月23日にこのキャンペーンを始めて次の日24日、メルバン(MEHRIBAN・DURSUN)は女性職員B466に呼び出され「電話やFAXを続けるならお前を解放しない」「これで外に出れると思うなよ」「面会も禁止させるぞ」などの卑劣な恐喝を受けました。そして次の日、脅しに屈しなかったメルバンに、なにかまずいと感じたのか、B466は手のひらを反すように急に態度を変え「そんなつもりはなかったのよ~」と言ってきました。まったく気持ちが悪いです。

しかし、吐血をした件で、今まで連れて行ってくれなかった外の病院にやっと連れて行って貰えたそうです。現在、検査中です。
メルバンは覚悟を決めていて、弁護士もどんどんやってくれと言ってくれているので続行します。
皆様、引き続き東京入管にメルバンを解放しろと電話やFAXをお願いします。私たちの力でメルバンを救い出しましょう。

東京入管 03-5796-7125 (FAX) 03-5796-7111 (電話) info-tokyo@i.moj.go.jp

Pinkydragon ~ SYI (収容者友人有志一同: Immigration Detainee's Friends)




様々な理由で日本に暮らす、祖国以外の場所で暮らさざるを得ない人たち。日本で育った在日外国人の人たち。絶対権力の日本政府 法務省 入管に、脅され続け、生活を簡単に奪われ、入管の中で非人間的に扱われ、医者にかかることも、薬をのむことも許されない、そんな暴力が日常的に起きている。虐待され、ほぼ確実にその人の命や生活を奪う「本国」に無慈悲に「送還」しようとする。入管の中で殺される人もいる。

日本の入管で起きていることは、日本社会がどこまで人間に対して残酷かということの極みのひとつだと言える。日本社会で育った子どもに対して、「この国から出て行け」脅迫する「デモ」が行われだして何年たつだろうか。(10年は経ってると思う…。)社会の構成員資格がルーツや血筋にのみあるというのは、この社会に智徳が無いことの何よりの証明だと言える。

政府の姿勢や入管の職員への責任追及が必須なことは勿論のことだ。けれど、この問題を知らずに済ましている、…いや、もっと言えば、「自分は意識を持っている」と都合よく現場を忘れ、油断して日々を過ごしている私自身にも重大な責任がある。そのことを痛感している。

日本社会のアパルトヘイトウォールは全くもってヒビさえ入っておらず、むしろ壁は分厚く、高くなり続けている。
その見えない壁が、自分の心の中に入り込んでいたことを認めざるを得ない。

何故なら、私は2004年夏に東京青山の国連大学前で座り込みをしていたクルド難民のカザンキランさん御一家、ドーランさん御一家にお会いしたことがあるからだ。にも関わらず、そのことを今やっとのことで思い出している…。
夏の灼熱の日差しを受け、夜は蚊に刺されながら、国連大学の前で全てを懸けて座り込みをしていたクルド人難民の二家族。近くにある水道で身体を洗われている小さな子どもたち。「もう戻る家もない」と話してくれたカザンキランさんの覚悟した目と話口を思い出す。強制排除がきたとき、自身にガソリンをかけ抗議の焼身自殺をしようとしたカザンキランさん
http://www.mkimpo.com/diary/2004/kurd_sit_in_2004_articles.html
そして年が変わり、カザンキランさん親子は、2015年1月17日にトルコに強制送還された。(今、生きておられるかどうか・・・。)
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200501190443.htm

私がカザンキランさんがトルコに強制送還されたことを知った日、万博を控えた名古屋・白川公園で野宿生活者の方のテントが強制排除が強行された。この二つの権力の横暴が、稚拙でも未熟でも、とにかく自分で発信していく責任があると、初めて自分のブログを立ち上げるきっかけだったことを思い起こした。


その後、知人に誘われてビルマでお正月に行われるという水かけ祭に参加させてもらったこともあった。難民として、また働く為に日本に来られた大勢のビルマの人たちが楽しい祭が始まる前に、軍事政権に対しての抗議の声をあげていた。それまで笑顔だった大勢の人たちの顔に、強い怒りと苦しみ、厳しさが浮かんでいた。祖国によって祖国が奪われ、逃れてきた日本でも酷い目にあう。どれだけの苦労を強いているのか想像を絶すると感じた。


布団で簀巻きにされ子どもと引き離され荷物として「送還」された女性の身に起きたことを、ラフィック(RAFIQ 在日難民との共生ネットワーク http://www.rafiq.jp/)の人たちが平和のための集会で再現してくれた時のことも思い出す。http://0000000000.net/p-navi/info/column/200502020646.htm
泣き叫ぶ女性を押し倒し、力づくで布団で簀巻きにしていく入管職員たちの姿・・・。凄まじい現実が、在り続けていることに呆然とする。人間はどこまでも残酷になれる。例え手を汚さなくても。

そのことに向き合い行動し続けている支援者の方たちがいる。自分にとっては当たり前のことを、自分が構成する社会から奪われ続けている人たちと共に生き続けようと日々必死に当事者を支援している人たちがおられる。

Pinkydragon ~ SYI (収容者友人有志一同: Immigration Detainee's Friends) Blog
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【これは見る責任がある記録だと思う】SYIメンバー織田朝日さんの4コマ「ある日の入管」掲載ページ
 http://pinkydra.exblog.jp/i9/


SYIメンバー 織田朝日さんツィッター

https://twitter.com/freeasahi?ref_src=twsrc%5Etfw&ref_url=https%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Fbyline%2Fshivarei%2F20180207-00081337%2F



  
うまく言葉にならない

私はといえば、上に書いたような体験があったというのに、メルバンさんのことを知るまで、この問題から目をそらして暮らしていた。自覚のない無関心や、その場だけのただの同情から、一歩でも踏み出していかなければならない。そのことを強く感じる。

繰り返され続けている暴力を受けている一人ひとりの当事者は、当たり前だが全て違う人だ。起きている事象は多々あれど、毎回 誰かがたった一度の人生を奪われていく。

すべての問題に関われはしないし、日常の中で常に苦しい立場の人に想いを寄せ続けることは、私のように弱い人間には簡単ではない。しかし、だからこそ、今回のような呼びかけにその都度 応えることが大切なんだと思う。


暴力を認知せずに放置し続けることは、暴力を維持し、更に激化させる。
私は抗議の声を入管に届けなければならない。電話し、ファックスを送ろうとしている。メールも。

とにかく情報は早く拡散されねばならないので、まだ行動していないけれど、ここに載せた。私のブログなど見てくれている人がいるのかいないのか全く分からないけど、とにかくこの世界の中で生きている一人ひとりの力を出し合い、皆で一人のひとを救わなければならない。



イスラエル軍のブルドーザーからパレスチナ人の家を守ろうとして、轢死(れきし)させられた
レイチェル・コリーさん(享年23歳)の言葉

「こんなことはもう終わりにしなければ。私たちみんなが、すべてを投げ捨てて、これを終わりにするために自分たちの人生を捧げるというのは、いい考えだと思います。それは、もはや過激な考えではないと思います。」



そして、聖書からイエス・キリストの御言葉

 「わたしがあながたを愛したように、互いに愛しあいなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」
(ヨハネ福音書15章12節〜17節)




知らないことも知らず、知っても無視し、体験しても忘れてしまうことが多々ある私自身をどう変えていけるだろうか。自分を見つめることは怖い。精一杯やれてるか、自問自答し続けていくことも怖い。不断の意識が必要だ。臆病で全くダメな自分に打ちひしがれながらも、気付けた幸運に感謝して、ちいさな歩みを続ける他ない。

それは、「苦しんでいる誰か」の為だけじゃなく、自分自身を解放していく道かもしれない。



それで、ここまで書いて
今、おださんの4コママンガを現在掲載されているものを全て読んだ。・・・・嗚咽がとまらない。

支配から一人ひとりを解放しなきゃ。こんな暴力と横暴ゆるされないよ。
おかれた立場によって、こんなにも不平等なこと・・・・。

「頑張る」って言葉、あんまり好きじゃないけど、頑張ろうと思う。
動かない酷い状況があり続けても尚、当事者に寄り添い続けている人に力をもらいながら、せめて自分の分だけでも頑張ろう。

誰かの苦境と自分の無力さへの悔し涙がとまったとき、時間が経っても泣いていたことを覚え続けて歩んでいけるようにならなくちゃ・・・。
2018/02/08

HIPHOP  思想が言葉になり、言葉が音楽になった

落ち込んでいたけど、ラッパー 椿さんの存在を知って少し気力が出てきた。





日本社会の男権主義が露呈している相手の低俗かつ悪趣味な言葉に対して、椿さんの反撃のカッコいいことと言ったらない!



女性蔑視ヘイト垂れ流しの男性ラッパーが、無名ってわけじゃなさそうなのも日本社会の現状の酷さを表している。こういうのを求める人が多いってことだものね。
勝ち負けを判定する人たちも人権意識うすそう。というか本来のヒップホップの持つ反権力性を理解してるの?ひっくるめて日本社会の現在地点って感じがする。
ただ、そんなところでも私が知らないだけで、必死に闘っている人もいるんだろうから、そういう人を見つけて応援していけたらいいなと思う。






映画『ソニータ』http://unitedpeople.jp/sonita/

映画 『ソニータ』予告編(1分43秒)


ソニータ 『売られる花嫁』(3分52秒)

この世界の現実を言葉と音楽で突きつけるソニータ。すごい。



映画『自由と壁とヒップホップ』http://www.cine.co.jp/slingshots_hiphop/

映画『自由と壁とヒップホップ』 予告編(2分7秒)


映画『自由と壁とヒップホップ』 ダイジェスト版(6分57秒)


久しぶりに映像をみて、彼らの存在に勇気もらえた。
悲観して諦めてしまうのは権力の思う壺だよね。身体が動かないときは休むしかないけど、状況や結果でやったりやめたりするんじゃなくて、真摯に淡々とやっていきたいと思った。



表現はその人の魂が希求するもの。それには社会や世界との関係が根幹から関わる。
政治的でない表現などないのだと思う。
そして本当の表現は受け手の生きる力を強め、人を孤立させず励ます。

励まされ、新しくなる!
2018/01/27

おきなわ名護市長選挙 稲嶺さん勝ちますように・・・・!

おきなわ名護市市長選が迫る。寒い中、頑張って街宣されている皆様も、大変お疲れ様です。稲嶺さん勝ちますように・・・。

ツィッター 「稲嶺ススム応援ピープル」から
稲嶺さんメッセージ動画(ツィッターじゃないから動画じゃなくてURL貼り付けでごめんなさい!) 
https://twitter.com/twitter/statuses/957123110750138368



今の自分には祈ること以外は何も出来ないため、不安に負けないよう北斗の拳2のオープニングを聞いてせめて元気をだそうとしている私です・・・。(己の不安の深さが我ながら分かる気もする選曲・・・・。)

しかし名曲です。

悲しみは絶望じゃなくて明日のマニュフェスト!(あ、選挙の話題につながった?)


おまけ◎カレー味もおすすめ。インド踊りすごい!
https://twitter.com/ishihama/status/754230525422821376
2018/01/14

16mm劇映画 『月夜釜合戦』

とても観たい。



『月夜釜合戦』 http://tukikama.com/index.html




上映趣旨/監視に見つめられてこわばった身体をほぐすように

老芸人のつたない一芸をみたことがあるでしょうか?
路上で通りすがりの人々に自分の持てる全ての芸を披露する姿をみたことがあるでしょうか?
その姿は美しいと呼ぶには、その言葉の枠があまりにも狭く、形容する言葉が思いつかないで言葉に窮するほどです。
映画「月夜釜合戦」が目指すのは、まさにそのような老芸人の一芸です。美しいという言葉の枠の外にある表現。囚われたフレームの枠を押し広げる何か。スクリーンの外に出ていくような映画でありたいと思っています。
なぜならば、映画の舞台にしたこの「釜ヶ崎」という場所自体が、枠からはみ出した場所でした。釜ヶ崎という街にどんどん惹きつけられたのも、そのような枠から外れたモノに惹かれたからに他なりません。
僕が初めて釜ヶ崎に来た時、ジーンズにTシャツにスニーカーと普通の格好をしているはずなのに、なぜか、そこにいる人達の視線を感じました。「部外者が入ってくるな。」「観光客気分でわしらをみるな。」そう言われているようでした。自分は、この場所に呼ばれてはいない、ここは望んでくる場所ではないと直感しました。


巨大な古びたどっしりとした建物、柱の周りや地べたに汚い格好のおっちゃんたちが座っている。「丁!半!」と声がしている。博打をしているようだ。高架下ガードの煤けた壁には「団結」「同志・橋野」など赤いスプレーの文字が書かれている。路上には、牛のようにでかい野良犬がいた。海が近いわけでもないのに裸のおっちゃんが歩いている。ゴミの山が積み上げられている。その横でアルミ缶を潰している人、銅線を剥いている人。路上に風呂敷を広げて物が売られている。公園では、焚火に人だかりができている。ブルーシートの小屋がたくさんあった。大勢のひとがうねうねと並んでいる。飯を配っているようだ。しょんべんや生ゴミや野良犬たちが入り混じって、鼻を鋭く刺激する。臭いが、街の辻々の角のひび割れた壁からたちのぼっていた。
完成までの5年間でそれらは、様変わりした。
ひび割れた壁に染み付いている入り混じった臭いは、凹凸のない白いプラスティック製の板にとってかわり、臭いがなくなった。クズ拾いの人たちにとって宝の山である積み上げられたゴミは、不法投棄として、360度見回せる監視カメラと、巡回員に常に見張られている。野宿者が暖をとるために三角公園でおこなわれる焚火は近隣からの煙の苦情がきているという理由で消された。テントが排除された後には、二度とテントを建てられぬように、花壇が作られた。路上博打の喧騒も警察の取り締まり強化でなくなった。よそ者を寄せつけぬ牛のようにでかい野良犬ももういない。
そして、自分の格好は初めて来たときと変わらないはずなのに、前の様に視線を感じなくなった。よそ者とこの街の人々との境界がなくなったようだった。なんだかよくわからない路上に溢れた人やモノの集積が釜ヶ崎とよそを分け放つオーラをつくっていた。だからこそ、それらのモノは消された。釜ヶ崎を盗ろうとする者たちにとって、それらのものは邪魔なものなのだろう。
公園はどんどん私有化されている。横になれないようにベンチに衝立ができ、夜間は封鎖され、洗濯や、焚火はもちろん、将棋すらもできないようにされている。何も私有していない者たちが使いやすい空間ではなく、既にたくさんのモノを私有している者たちが使いやすい空間としてつくり変えられている。
けっして、古い建物が好きという懐古趣味や、汚いものや臭いものが好きというような個人的な趣味でこれらの消え去った物事を擁護しているわけではない。自分たちがこの街を知り、「月夜釜合戦」の製作過程でみてきた露店やゴミやテントや焚火は、野宿者の生活の一部として、または三畳一間の空間に押し込められた生活保護者やドヤ住まいの日雇い労働者の生活空間が路上に溢れ出したものだった。押さえつけられた状況を、より良き生へと転化する創造的なものだった。また、監視やルールによって凝り固まった自分たちの身体をほぐしてくれる驚きが風景や人間の所作に息づいていた。
僕たちは野宿者のテントを新たにつくらせない為の排除用フェンスを物干しとして転用する様を見た。排除用の花壇に新たに増設された、不恰好な手作りの椅子をみた。将棋盤の升目が路上に直接マジックで書かれているのを見た。何度、警察に捕まっても、留置所から出所した次の日の早朝には、必ず路上に出てくる露店商をみた。
路上に溢れだした人々の生活そのものが、釜ヶ崎を盗ろうとする者に対峙する様を見た。
僕らも上映の中でそれらから学んだやり方で「月夜釜合戦」を上映するだろう。
上映される空間では将棋が指されるであろう。映画に映っている炊き出しの大釜が路上に溢れでるだろう。炊き出しや、食堂が出現するだろう。万が一、トラブルが発生し、上映が困難になったら、ギャグを50個披露するだろう。
僕らの「やり方」はまずもって、身振りのなかから語られる。笑いとともに。
老芸人がつたない芸を通りすがりの人々に全力で披露するように我々の持てる芸を全て披露したいと思います。

2018/01/04

2018年ご挨拶

あけましておめでとうございます
と言い難い状況に溢れていますが、お互いに生きて新年を迎えられたことは有難いことだとしみじみ思います。

政治は腐敗しきっていて目も当てられないし、権力の横暴は留まるところを知りません。
それでもこの世界に生まれてきてくれ、育ってくれている命たちがあります。
ちいさな人たちに顔向けできるように、この人たちの未来を奪いきってしまわないため、自分に出来ることは何か。
小さく見える大きなことを、積み重ねていけるよう歩めたらと思います。

想像よりも酷いいろんなことが起きているけれど、それでも分かち合い生き抜いていけますように。
今年もよろしくお願い致します。





2017/12/07

沖縄へのヘイトスピーチ問題から考えたこと。

●まとめサイトの記事〔自民系「チーム沖縄」のネトウヨ市長「辺野古反対で海保自殺」→デマでした。〕https://togetter.com/li/1081940

  うーん。ついに辺野古で抵抗して下さっている皆様への嫌がらせのために、敵方は、「人を死に追いやった連中である」なんて言い出したのか。恐ろしい嘘を考えつくよな。都合に合わせてデマで叩いて無かったことにするって寸法ですね。何事も段取り、とは言え、良心・誠実さ共に完全に皆無とは、予想以上です☆。 あまりの思い切りのよさに、驚きすぎて口が開きます。ハイ。
 今の日本はもう人間の根幹にある誠実さや愛、つまり嘘つくなとか、言ったことは責任もってやるとか、子どもや高齢者を思いやる、など!そういう人間どうしの生活約束すら滅びたのかと、全ての場所がそういうわけではないけれど、かなり侵食されているのはどうやら事実らしいと現実の寒さに身が縮みます。

 こういった方たちの人間性の酷さは予想より遥かに低俗で、正直に申し上げると、「理解不能」どころか、「人類の存在価値について心底失望してしまいそう」になります。人間は悲しいですね。


 こちら↓の映像は価値あるドキュメンタリー映像です。毎日放送2017年1月30日放映のもので、だいじな仕事です。悲惨な現実を伝えていますが、その状況を打破するのは、真実を闇の世界から表舞台に引きずり出し、人々の意識を変え、悪に立ち向かえるようにさせるしかないからです。今年の2月ごろ人に薦められ、テレビはないのでネット上で配信されていたのを視聴しました。現在、youtubeに映像が見れましたので、ご紹介させて頂きます。

●MBSドキュメンタリー 「映像’17 沖縄 さまよう木霊~基地反対運動の素顔~」


 日本(ヤマト)の右傾化、沖縄の市民へのサイバー攻撃とメディアの暴力におののきます。現状はここまで来ているのかと衝撃を受けました。まだ観ておられない方、どうかこの機会に是非ご覧ください。
私自身は、観おわったとき、現実の悲惨さに衝撃を受けて、気分が重量級となり、次の日しっかり体調を崩して寝込んでしまいました。もし、感想の持ち方次第で心身が疲れてしまわれるという方は、寝坊してもいい休日の前日などが適切かもしれません。(あくまで個人の感想です。)



 暗い歴史を都合よく忘れて、戦争や差別を再生産しようとする人たちは嘘をつくことを微塵も厭わない。自分の目的のためなら真実など捨ておく。金と権力とオトモダチに飢えている彼らは、安い「愛国家精神」により、つながっているような気になっている。オトモダチと共に誰かを標的にし、卑劣なやり方で集団で虐めぬく。

 標的を攻撃し、脅すことによってしか誰か(他人)と繋がれないヒトビト。彼ら、彼女らは今度は自分が標的かもしれないと心理の深いところでは、いつも恐れている。「仲間」を本当には信じられない。自分でそれに気がついてしまわないように、自分の気持ちには意識を向けようとしない。そのため、愛国家精神を過剰にアピールしたり、攻撃対象を次々探したり、派手なパフォーマンスで「仲間」を威圧するような意味もこめ、被害者をより一層 痛めつけようとする。このようなニワトリの虐め行動のような行為が、極めて幼稚かつ惨めな「連帯」を強めるために行われ続けている。

 彼らは、ほんとうには何がしたいのだろうか。

 いじめとヘイトは、ほぼ同じものだ。90年代の学校での いじめは、共にいじめる「友人」や「仲間」の存在があって初めて成り立つ。それは、90年代以降の虐め方が、集団(多人数)で個人(標的)に無視や虐め行為の嫌がらせをするパターンを基本にしていったからだ。
 「虐めている側の自分は《人間関係がある側の人間》なんだ」 と、自己の存在を必死で確認し、自分の無意識に言い聞かせている。この行動は、誰か(他者)との信頼関係がある、自分も一役買っている、みんなで協力できている等々と、つまるところ錯覚でも構わないから、人に必要とされ、他者と協力して何かを成し遂げたというストーリーを展開していくための言動なのだと私は考える。これをネットやメディア上も含めて社会的に実行しようとしているのがヘイトスピーチなのではないだろうか。

 2004年に起きた 春のイラク人質事件、秋のイラク人質事件の幸田さん殺害から、「自己責任」とバッシングが顕著化した印象がある。

 ヘイトスピーチといって私が思い浮かぶのは、在日や朝鮮学校への差別や暴力(朝鮮学校やウトロ地区など在日の方が住まわれている地域への在特会の暴力や嫌がらせのデモ等)。また、身体・知的・精神の障害者に対しての優勢思想に立ったヘイト(最近では相模原事件、バニラエア事件など)。中国や朝鮮半島の国々の人たちへの差別や暴言、報道もそれを煽っていること。
ハンセン病回復者の方や、原爆被災者、原発被災者や被災地への終わりなき差別と無関心。生活困窮者や、生活保護者や年金受給者など社会福祉における受給者へのバッシング。フェミニズムや性の個性や自由の保障へのバックラッシュなど。薬を盛られレイプされたことを、他の性暴力被害者をこれ以上出させないためにと、全てをかけて実名と顔出しで訴えた勇気あるサバイバー当事者 伊藤詩織さんへの攻撃やネットに溢れる暴言ツィッターの数々など、人間業とは思いたくない冷酷な低俗さだ。

 残念ながら、社会や世界はここまで来てしまった。
沖縄へのヘイトスピーチも、宗教や人種の差別も、時を追うごとに酷くなっている感がある。血の気がひく。日本社会に充満するヘイトスピーチに息が詰まるどころか、戦々恐々としている。標的にされる当事者は特にだし、今やこうした広範囲に渡る標的理由を見ると、これらから「完全に外れるきる」と言いきれる人は、そうはいないのではないかと疑ってしまう。

 ヘイトは留まるところを知らず、非常に加速している。人々は、社会的抑圧からのストレスを抱え、内心は孤独と苦しみ、そして劣等感を嫌というほど味わっている。そうした憂さを晴らしたい一人ひとりの切なるSOSが、今やほかのより弱い立場の誰かに「八つ当たり」としての「ヘイトスピーチ」となっている。そして、これが連結巨大化しヘイトクライム化する状況となってきた。
新聞は毎日のように、世界の白昼「テロ」や銃の乱射事件、車や少年兵による自爆攻撃による死者数を報道している。そこには「イスラム過激派」の事件も多いが、白人男性至上主義的な事件もある。

 日本では、関東大震災の時に起きた日本市民による朝鮮人や中国人の大虐殺事件も、確信犯の小池百合子 東京都知事によって無かったことにされつつある。兵士でもない一般市民が暴徒となって6000人殺したこの事件の歴史は、「従軍慰安婦」のように日本社会でだけ無かったことにされるのであろうか。あの石原慎太郎でも記念日には追悼文を送っていたというのに、彼女はそれをしなかったという。より酷い道を転がっている実感に寒気を感じる。
(「在日朝鮮同胞慰問会」の調査として2613名という数字を示し、さらに調査を続けた同会が〈難に遭った朝鮮人の実数は6千人以上〉と発表。また、日本語における標準語の発音がスムーズにいかなかった東北や沖縄、四国地方の人たちも殺されている。また自警団の態度に抵抗した日本人たちも存在したが、暴徒となった日本人「自警団」に殴り殺された人も少なくなかった。)
(参考:id:Vergil2010さんサイト『読む・考える・書く』から、「トロッコに乗せてくれた親切なおじさんも殺されたー9歳の少女が体験した朝鮮人虐殺」 2017年12月7日記事 )


 しかし、このようなジェノサイドが起きる直前は、そんなにヘイトも横行しておらず、表面上は普通に割合フランクに暮らしていたらしい。なのに、この行動。この被害だ。きっかけは警察の流言であっても、ふつうの人たちがこんなにも人を殺し続けたことを、どう考えるべきだろう。普段は見せないで、心の内側に持っていた差別が爆発したのだと考えられる。
では、今ならどうだろう。今、同じようなことが起きたら、どうなるのだろうか。むき出しのヘイトが横行している現在、もし同じように混乱が起き、私たち市民を守ってくれるはずの警察が90年前にやったのと同じように意図的にデマ、流言を流したら? どうなるだろうか。

想像するのも恐ろしい。

(参考:佐野由自さん記事「ヘイトクライムのピラミッドー差別と憎悪の裾野が広がっている」2016年8月5日 記事



 それにしても、せっかく人間に(しかも世界のうちでも自然環境やインフラ、また社会福祉に恵まれ、今の時点では徴兵制もない現代日本社会に)生まれたというのに、自らの生の善きものをドブに叩き込み、それに飽き足らず他の人間の尊厳まで躍起になって奪おうとし、それが実行できたら得意満面になるなんて…、一体どうなっているのだろう。だれかを傷つけて喜んでいるなんて歪んでいると思う。はっきり申し上げて、不幸としか言いようのない哀れな方たちだ。可哀想なくらいだ。この人たちは家族や友人、通りすがりの誰かでもいいが、他者に親切にされたり大切に扱ってもらったような、つまりは愛してもらった経験がないのだろうか…。
しかし、そう考えてみると、もしかするとこうした加害行為は、その人が受けた何らかの被害の裏返しかもしれない。そう思うには理由がある。私も虐められた経験があってか、そういう思想に染まったことがあるからだ。

 突然、自分の過去の話になり恐縮だが、私は中学3年生の冬(15歳のときだったが)、学校の図書館で借りた小林よしのり『戦争論』という漫画に影響され、私もそういう思想とも呼べない思想に染まっていた。それは、日本国という国家に、幸せな暮らしや命、そして人間の尊厳を奪われたアジア・太平洋地域の人々の人生を足蹴にし、存在を根源的に否定する考えだった。そして、歴史を強者の都合に合わせて書き換えるこの「歴史修正主義」は、あれだけの死者と、地獄を生きてきた生存者たちの犠牲には目もくれず、この上、更なる差別と戦争を招こうとしている。

 大学に行き教育を受けていなければ、私はそんなままだったろうと思う。大学2年の時、やっと思い直し、本を読み、小林よしのりの嘘を直視し、彼の思想を受けた自分の闇に踏み入る覚悟をした。学べる空間に送り出してくれた親と、未熟かつ無知な私を愛を持って受けとめてくれた恩師たちや学友には本当に感謝しかない。

 そして、運命的に出会えた、日本軍が侵略した様々な国の戦争体験被害当事者の皆様の存在…。次々と、お顔やお声が想い浮かび、懐かしい。声を出さないように泣きながら証を聞いた。忘れられない。

私は神様に守り導かれ、多くの人に軌道修正され続け、ついに 生命を尊ぶ世界に戻ってくることができた。

 わたしが赤ちゃんの頃に、父方の祖父は肺気腫で亡くなった。私が赤ちゃんのとき、一度だけ抱いてもらったことがある。その写真が私の1歳までのアルバムに一枚だけ貼られている。生後三ヶ月の私に初めて対面した日の翌日、祖父は天に旅立っていった。一言も会話できなかった私の祖父。戦時中は中国に出征していたと聞いた。子どものころ、彼が戦場でどんな体験をしたのか、私はとてもとても知りたかった。
(「優しかった」というおじいちゃんも中国の人を殺したのだろうか?)
ずっと心の中で問いかけていた。
しかし、誰にも訊けなかった。そのため、誰からも、何も教えてはもらえなかった。
子ども心に真実を求め、そうして学校の図書館の新刊コーナーで手に取り、読んだ本が『戦争論』だった。

 このことは想像を絶する間違いで、根深い痛手となった。今から考えると一歩間違えれば、生きる意味の損失になりかねなかった。そのように、まんまと奪われた自分の生きる意味を取り返しきるのに15年以上はかかった。しかし私がどんなに「あれは今の自分とはチガウ」と言い訳したとしても、この件については、私の一生涯の恥であり、罪だと思う。忘れてはいけないことだ。

 人間は変われる。それは、本当のことだ。しかし、言うまでもなく容易いことではない。
私は、15歳当時、家に帰ってこの歴史誤認漫画を二つ年下の弟に強くすすめ、読ませた。このことにより、彼の歴史認識は当時の私のようにしっかりとこれに染め上げられた。大人になった現在も、その考えを持ち続け、朝鮮半島を植民地にした歴史や、在日の方たちの現在についての理解は無い。この人はとても優しい気持ちの持ち主だが、その優しさや想像力は日本の戦争により苦しんだ人たちには断じて届かない。今となっては悔やんでも悔やみきれず、思い出すたびに気持ちが塞ぐ。そして、このプロパガンダの源流に対して怒りが膨れ上がってくる。

 人間というのは、誰かにどんなに上手いこと言われても、自分で自分を変えようと決意し、行動しなければ変われない。変わりようがない。自国の想像を超えた情けなく残虐な歴史の真実に目を向けることも、自分自身の恥や黒い過去と向き合うことも、どちらも覚悟と強さがいる。それは、結局のところ「どんな人間として生きたいか」という、その人の核にある決意された魂の目標のような想いじゃないだろうか。自国の侵略の歴史をどう見て、この国の中央にある国家権力にどういう視線を投げるのか。そして、自分自身の人間の尊厳の在り方をどのようなものに据えるのか。この二つは密接につながっているように思えてならない。



 へイトスピーチは、優しくて勉強もできるし社会的な問題にも関心があるような、誠実なタイプの中学高校大学生に、よく感染する。その為、大人は、日々こどもとなるべく対話をし、差別情報を得た子どもの発言に 気付き意識を向ける必要がある。その上で、否定的に叱り正しさを強要するのではなく、しっかり腰をすえて話し合うことが必要と思う。子どもが正しい情報を自分で取得ができるように心的余裕をもってアドバイスし、時には読み物や映像作品を薦め、ヘイトスピーチの間違いや差別、ヘイトに漬け込まれてしまいかねない自分の心にある闇を、ゆっくり着実に気付かせていけるようにすることが大切だと私は考える。


とはいうものの、大人自身がヘイトにまみれていて、それが当たり前なのが現代の悲惨な現状だし、社会的意識や思想を持つことも今の世の中では少数派だ。自己を問い直し続ける道は、楽じゃない。楽でもない簡単でもないことに、どうやって「取り組もう」と思わせることができるというのだろう。道のりはとんでもなく険しい。呆然とし、現実逃避したくなってしまう。


 でも、まぁ、
考えることを決して止めないで、周りの人にアクセスし続ける勇気をふり絞り、
自分自身とも周りの人とも丁寧に対話することをやめずに生きていければ、現実のどこかを、少しずつであっても、変えていけるのでしょうね。
「いやいや、そんなの無理でしょ!!自分は全くそんなことやりたくないし出来ません!」という方も、おられるかもしれません。
けれど、
とにかく現実を知り続けていこうとしていきましょう。
この末期的な現実下で、自分には何もできないと思っても、「俺はヘイトに騙されやしねぇぜ!」という心意気を持ち、誰と共有できなくても、しぶとく真実を求め続けましょう。

誠実に真実を求めていけば、いつの日か真理に辿り着けるかもしれません。
神様は聖書の中で、
「真理はあなたたちを自由にする」(新約聖書 ヨハネによる福音書8章32節より)
とおっしゃっておられます。

私は、これを真実だと思い信じています。
こんな世界でも、自由になる方法が残されています。

だから、なんとか諦めないでいきましょう。

人間を、地球を、いのちを想う祈りを止めずに、お互いの光を灯台にして、どうにか生きぬいていきましょう。ね!


   最後まで長文にお付き合い頂きありがとうございました
   感謝申し上げます









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2017/11/16

映画 『パーフェクト・レボリューション』

ちょっと照れくさくなる予告ではあるが観たい映画。リリーさんの演技すき。

映画『パーフェクト・レボリューション』http://perfect-revolution.jp/




障害者だって恋をするし、セックスもする
「社会に革命の火炎瓶を投げ込みたい」 全く新しい恋愛映画のモデルとなった熊篠慶彦さんインタビュー
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/perfectrevolution?utm_term=.dfkjy070b#.xygK9B5Br


2017/11/15

こんなにも愚かだっていうこと

少し前の話題になるけど、トランプ氏が来たときの日本政府とアベ氏の媚びへつらいに心底うんざり。
ゴルフではバンカーに落ちても見向きもされないのに、武器を買え!と言われてハイ買います!となる。娘にも膨大な金を渡す約束。「女性支援」って、どの口が言うのか。あんたのオトモダチのレイパーなんとかしなさいよ!と本気で思う。保育園の問題だって山積みじゃん。悔しくて情けなくて言葉も出ない。

そして、地に落ちたメディアの品質。
トランプ氏がきました。一緒にゴルフしました。ハンバーグ食べました。鯉にエサをやりました。ステーキ食べました。だからどうした。辺野古のことも言ってんじゃん。報道しなよ。

今回の来日に横田基地を使ったトランプ氏は、日本も俺の領地で基地だぞと某国を威圧してるという記事をみた。
これまでの大統領は日本の空港使ってたそうだから、確信犯だ。
日本が沖縄を弾除けにしてきた(今もだけど)ように、アメリカは日本を弾除けにしようとしている。

メディアはほぼ死んでる。
座間市の事件は、遺族に確認も取らないで被害者の顔写真や個人情報を垂れ流すくせにhttps://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171114-00010000-jisin-soci
(メディアはどれだけ遺族や被害者を知っている人を傷つけているのか自覚はないだろうな。その写真はどこから探してきたの?誰から買い上げた?人でなしだ。)
辺野古の工事は加速化しているが、ヤマトではほとんど報じられない。肝心なことは報道しない。

ミサイルが飛んでくるとか何とか言って、危機感を煽っておきながら、実際に何が起きるかは分かっていても答えない。

古賀茂明「『米朝有事で最大30万人が死亡』を追及した東京新聞の望月記者を黙殺した菅官房長官」
https://dot.asahi.com/dot/2017111200018.html




アベ政権が憲法を滅ぼし、自衛隊という軍隊を世界各地に送り出せばどうなるか。
日本軍が戦争でやってきた残虐な行為が、なんの反省もなくまた繰り広げられる。
人類はこんなにも愚かなのだと立証するためにこの国はあるのか。




◆目取真俊(めどるましゅん)さんのブログ 海鳴りの島から
http://blog.goo.ne.jp/awamori777
◆望月記者のツィッター
https://twitter.com/ISOKO_MOCHIZUKI
2017/10/08

レイチェル・コリーさんの歌(と私が思っている歌)

この歌は私の中で、2003年にイスラエル軍のブルドーザーからパレスチナ人の家を守ろうとして、轢死(れきし)させられたレイチェル・コリーさん(享年23歳)のイメージそのものだ。



2003年の肌寒い春の休日、デモの出発地点の公園で貰ったビラに、彼女の存在をその訃報と共に知ったときのこと、今も覚えている。その頃の私はパレスチナのこと、全く知らなくて。知らないことも知らなかった。
それから幾年も経って、朗読劇に参加させてもらえて、彼女の役になって、朗読して人に聴いてもらえる機会を二度ももらった。かつての自分はまだ20代で、今よりもっと、っていうか我がことながら恐ろしく滅茶苦茶で、周りの人にはめいいっぱい迷惑をかけた。今思い出すと心底 恥ずかしく情けなく、身体が冷えてくるくらいに申し訳ないけれども
でも、そうした機会を与えられたことを、かなり長い時が経った「今ここ」で、しみじみ感謝している。

脚本に書かれたレイチェルさんが生前にパレスチナから母国に送ったメールを繰り返し一人、部屋で読み込み、考えては声に出し、泣いてしまったりしつつ、そうして彼女と自分なりに向き合えた時間が、今これといって特に何もできていない私なんかの中にも大切な光となっているんだと思う。

当時 訪ねた朝鮮学校の子どもたちの笑顔と、レイチェルさんが出逢ったパレスチナの子どもたちのイメージが重なったりして読んでいたのも思い出す。あの朝鮮学校の子どもたちは、高校無償化から外されたリアルな世代として大きくなったんだろう。こんな社会で申し訳なく、私自身は何も変えてこられなかった。本当にごめんなさいという気持ちでいる。うまく言葉にならない。


そういう経験もあって、会ったこともないけど、私にとってレイチェル・コリーさんは特別な人だ。
この曲は、ジュエルという人が作った歌なんだけど、何回きいても、何年経っても私にはレイチェルさんからのメッセージに聴こえる。
この極限に突き進む世界の中で生きていく、その勇気を与えてくれる。

人は死んでしまっても、生き延びている人の胸に生きてくれることがあるんだって改めて感じる。
音楽は、歌は、時空さえ時に超えて、そのことも伝えてくれる。

人間の生き方の響き合い、表現は、魂のリレーみたいなものなのかもしれない。
天国にいるあの素敵な人たちに渡されたバトン、しっかり握り締めていかなやねぇ。





世界に向けてひとこと言えるとしたら
こういうわ 私たちは大丈夫
心配しないで
心配なんてするだけ無駄だし、こんな時代にはなんの役にも立たないもの

私は役立たずにはならない
絶望して投げやりにはならない
信仰を拠りどころに気持ちを引き締める
闇がもっとも恐れるのは光なのだから

私の手はこの通り小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない


黄金の靴をあなたから奪った貧困も
あなたの笑い声までは奪えなかった
私のもとを訪れた傷心も 
永遠に続くというわけじゃなかった


私たちは闘う
悪意からではなく 正義のために誰かが立ち上がらねばならないからよ
声なき人がいるのなら
みんなの声を合わせて歌いましょう

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない

結局 やさしささえあればいい
結局 やさしささえあればいい

私はひざまずいて祈る
私はひざまずいて祈る
私はひざまずいて祈る

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない
私たちは決してくじけない

私たちは神の目
神の手
神の精神
私たちは神の目
神の手
神のこころ
私たちは神の目
神の手
神の目私たちは神の手
私たちは神の手


   「ハンズ」 (ジュエル『スピリット』三曲目 対訳 内田久美子さん)

Hands(Jewel) 

If I could tell the world just one thing   
It would be,we're all okay   
And not to worry   
'Cause worry is wasteful and useless   
In times like these   

I won't be made useless   
Won't be idle with despair   
I will gather myself around my faith   
For light does the darkness most fear   

(Chorus)
My hands are small I know   
But they're not yours,they are my own   
But they're not yours,they are my own   
and I am never broken   

Poverty stole your golden shoes   
But it didn't steal your laughter   
And heartache came to visit me   
But I knew it wasn't ever after   

We'll fight,not out of spite   
For someone must stand up for what's right  
'Cause where there's a man   
who has no voice   
There ours shall go singing   

(Chorus)
My hands are small I know   
But they're not yours,they are my own   
But they're not yours,they are my own and I am never broken 


In the end only kindness matters   
In the end only kindness matters   

I will get down on my knees,and I will pray   
I will get down on my knees,and I will pray   
I will get down on my knees,and I will pray   

(Chorus)
My hands are small I know   
But they're not yours,   
they are my own   
But they're not yours,they are my own   
and I am never broken  

(Chorus)
My hands are small I know   
But they're not yours,they are my own   
But they're not yours,they are my own   
and I am never broken   

We are never broken   

We are God's eyes  
God's hands   
God's heart   
We are God's eyes   
God's hands   
God's heart   
We are God's eyes   
God's hands   
God's eyes   
We are God's hands   



(20120924)

私信:あの頃、このアルバムをプレゼントしてくれた大切なあの人に、ありがとう。
2017/10/07

辛さんの選挙応援演説の映像をみて選挙に思う。

辛淑玉(shinsugok)さんの応援演説、すごかった・・・。涙がでた。



それで、池内さんの演説もきいた。


正直、共産党に対してネガティブなことも、思ってないわけじゃなかった。
けど、こういう人もいるんだなって。新しい動きもあるんだなぁって。

考えてみれば、共産党、社民党が、頑張ってきてくれたから、まだ今、民主主義とか権利とか社会保障があるわけで・・・。
闘ってきてくれた皆さん、先人たちに感謝しかないなぁって思った。

そして、今、共産党は、ずっと頑張ってきた自分の党の候補者を下ろしても立憲民主や無所属の候補者に譲って、本当に憲法を変えさせないための野党共闘を実現しようとしている。共産党の今は、私の共産党観を塗り替えた。辛さんの言うように尊敬できる政党だと思う。


いまここで諦めたら、ほんとうにおわりだものね。
共産党、社民党だけじゃなく、立憲民主も無所属も、憲法を死守するために身体を張っている皆さんを、私は心から応援します。
議員も、その人のために頑張ってきている無数の人々も。生活の中で、時間も体力も消耗して、そのために身銭もきって。ほんとうに、すごいことです。

(20171010追記/こちらの記事も紹介します。
「二大政党制は幻だったのか。民進党が解体された今、枝野幸男氏に聞いた」2017年10月09日

http://www.huffingtonpost.jp/2017/10/09/edano-san-interview_a_23236977/)



国家という戦争がしたくてしたくてたまらない化け物をつなぐ、鎖であり首輪である憲法。
人間の暮らし、いのちの世界を滅ぼそうとしている連中の好き勝手にさせたくない。
不正をごまかしたり、軍人の格好をして喜んでいる人々に政治は任せたくない。

私は一票あるから選挙に行く。
選挙権がない人が少なくないこの国で、私は選挙権を持っている。
重い一票。
人類がここまで来るまで、女性が有権者になるまで、どんだけ闘ってきたんだろう。
ここから、また勝ち取っていくために積み重ねていく役割がこの世代にもある。

当たり前は全部がぜんぶ当たり前じゃない。

そのことに、改めて気付き、それぞれの場所で自分なりに立ち上がる。
誤解されても、持ち場で自分の言葉と行動で、伝えていく。今がその時だ。
2017/10/03

教訓Ⅰ

かなり久し振りに聴いた。しみじみする。



死んで神様と言われるよりも生きてバカだと言われましょうよネ
2017/10/01

ことば

飽きもせず殺し続ける圧倒的な世界に
わたしたちは感性ひとつで向かい立とうとする

ことばは天から与えられた人間をつなぐ光

詩を生きるわたしたちのことばは いのちの流れを汲むものでなくてはならない




確かに忘れていることがある

小さな哲学者たちがこれまでどれほど簡単に空高く旅立っていかねばならなかったか
慟哭の人生を歩んでこられた先達たちが羽虫のように殺され
子を守ろうとする大人たちの決意が打ち砕かれ続けてきたか

そして
それが今もなお終わりなく繰り拡げられているこの地上の現実を


先の大戦すら まともに振り返ることも出来ず
国は正当化という嘘を塗りたくり重ねる

下っていく急な坂道は既に奈落に近い現在地
けれど平穏に見えてしまう 今日という日


身を任せるな
立て

誰に知られずとも 声をあげずとも
立て

歯を食いしばり立ち上がり
無残な世界をやはり変えられない無力を憶え
それでも美しいこの世界を歓び讃えよう

暮らしのなか紡がれた思想は ことばとなり放たれる

ことばは 
ほんとうの善きことばは
生き残ったあなたと私をつなぐ光






2017/09/27

希望?

暗澹たる気持ち。絶望しそう。

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追記 2017.10.3
 あー やっとすこし這い上がってきました。気力体力つけてかなきゃですね。騙されないで、最善の道を。ファイト!
2017/09/18

神様

キリスト者として生きようと決意して6年。
洗礼を受けて今年のクリスマスでやっと4年。
こんな暗黒の世界で、イエス様、神様なしに私はとうてい生き抜けないと本当に腹の底から思います。

昨日の朝のニュースによると、国会は解散し選挙となるようです。
朝から恐くて、憂鬱で、しんどい気持ちになりました。
憲法破棄や戦争や核武装のカウントダウン、いよいよ始まったなぁって思って。

どうしてなんだろう。なんで彼を選び続けるのかな。
森友も加計学園も、膨大な税金を私物化して開き直って、証拠なんてありませんって言い張って通ってしまって。戦争時の帳簿や資料を焼いて無かったことにしようとした数十年前と変わってない。変わってないどころか、もっとひどい。繰り返していく罪は初犯より重いよ。権力の酷さは言うまでもなく、それを許してしまうこの社会の現在地が酷すぎるよ。
教育勅語を子どもたちに叫ばせて、その子どもたちが日本の社会の中枢にエリートとして送り込まれていく。そういうところに、にわかには信じられない巨額の税金が何の審議もされずに、つっこまれてきたわけですよねー
この構造の、意図の恐ろしさが分かる人って そんっなに少ないの???

ヘイトクライム(憎悪犯罪)が実体化している暴力レベルのこの国の未来は、あまりにも闇と直結している。
現実の悪化振りは伸びきった輪ゴムなんてとっくの昔に切れていて、急な坂道をいつまでもいつまでも転がり落ち続けていく様だ。底がない。また行き着くところまで行くつもりか。打ちのめされる。

私は戦争はいやだ。原爆の被爆国の上に、原発も爆発させて、その上の核武装なんてホントに勘弁だ。したくない。
これ以上 人が死んでいったり殺しあったりするのはいやだ。NO MEANS NO!

過ちを繰り返してまた大儲けしたいの?領土を拡げたいの?もういいじゃない。もうごめんなんだよ。いい加減に足るを知れよ。

神様が望まれている世界は、隣人を大切にし、人がお互い愛し合う世界。

自分から小さな小さな歩みでも実現していかなきゃならない。
イエス様が全ての人の内に生きている。その力を解放できる人が増えていけば、世界は動く。希望は私たちの歩みにある。
なるべく笑いも音楽も忘れずに。まずは自分から始める。自分が変わっていき、示す。それしかない。
ほんと、それしかない~~

これを読んで下さったみなさんのそれぞれのミッションに御加護がありますように。
どうか悪から守られますように。祈ります。それぞれの場所で日々を生きていきましょう。






どうすればあなたのいのちを届けられるでしょう
どうすればあなたのいのちを伝えられるでしょう
愛の冷えた世界で 暗闇に沈む人々に

ここにいます 用いて下さい すべてを捧げ行きます
心を癒すあなたの愛が人々を満たすまで






落ち込んで心が疲れているとき 困難に見舞われ 心が重く感じるとき
私は静かにここで待ちます
あなたがやってきて 私のそばに座ってくれるまで
あなたが支えて下さるから 私は山の頂に立てる
あなたが支えて下さるから 私は荒れた海も渡っていける
私は強くなれる  あなたが支えて下さるから
あなたが支えて下さるから私は自分以上の自分になれる








Glory Glory Hallelugah
愛は生きること
わたしがわたしであることを願いながら
心の中にある神様の言葉が
祈りの唄になりあなたに届くように
2017/09/16

とにもかくにも

ちょっと落ち着こうって。
怖がってる人って、不安になっちゃって考えられなくなって、こわいことしかねないからさ。
まず落ち着いて、追い詰めないように、追い詰められないようにしていこうよ。
ありとあらゆる情報を駆使して、みんなを怖がらせて何かしようとさせてる連中がいるよ。
私たちにとりかえしのつかないこと選択させようとしている。
煽ってるの、だーれだ。

2017/08/28

歴史家ハワード・ジン氏の講演映像

いつも覗かせて頂いているブログhttp://kokousa.exblog.jp/で見た、歴史家のハワード・ジン氏の講演映像を紹介します。
湾岸戦争が始まった時のバーニー・サンダース氏の演説映像ぐらい痺れました。
ので、またまた転載させてもらいます。

長いけど、一見の価値あり。頭と胸がすっとする。
この講演はオバマが当選した直後のもの。しかし今の大統領はトランプなんだ、よね・・・。

日本がこれからどうなっていくのか、とか
私たちがこれからどう歩んでいくのかに非常に大切なことがつまっている講演だと感じます。









2017/08/15

10年前に作った詩

八月を想フ ‐緑色の服を着たおばあさんへ


もういろんなことを忘れてしまったおばあさん。

一筋の記憶を受けたのか 突然、つつと語りだした。

   私は竹やりの訓練をさせられたの
   東京の品川で
   アメリカ人の捕虜を本当に連れてきてね、竹やりでつつく練習をさせられた
 
   敵だと言ったって、同じ人間じゃないの
   そんな酷いこと・・・
   とっても私はできなくてね、
   つつく真似をしたら、捕虜がこっちを「いいのか?」というように
   顔をみてうなずいてね。
   私がうなずいて、「いいから早くあっちへいけ」って顔で示したら
   痛がる真似をしてあっちに行ったんだよ

   でも本当につついている女の子もいたよ
   どうしてあんなことできたんだろうね
   戦争なんて酷いもんだよ

   学徒動員っていうものあってね
   流れ作業
   私はぐずだから、私のところで仕事が溜まるんだ
   そしたら憲兵さんが怒って叩くんだよ
   ピシーッピシーッってね、鞭で
 
   でも、今から考えたらどうしてあんなことしなきゃならなかったんだろうか
   本当に戦争に勝てると思ってたのかしら
   ねぇ?

   あのころは朝も昼も夜も関係なく
   B29が飛んできたよ
 
   となりのお兄さんが兵隊さんになる前に
   「うちの上で飛行機の翼をこう振るから見てなよ」と言ってね
   見ていたら本当にやったんだ
   こう、翼をね

   その人は、それからもう帰ってこなかった
 
   戦争って本当にしなくちゃいけなかったんだろうかね
   
   ね

 

おばあさん。
おばあさん。

これは全てを忘れても、残された記憶なのですね

60年たって、ほとんどの出来事を忘れてしまって
生活の動作すら空に溶けてしまった

なのに
あなたはその問いを捨てられない
その問いから逃れることはできなかった


あなたが23歳の娘だったときに、先の大戦は終わりました

60余年の年月がながれ
24歳の私は
ある場所で偶然に、白髪のあなたと出会いました


終始モグモグしていた口から、突如はっきりと紡がれた言葉たち


それは、あなたの人生で最も過酷な、
そして思い出深い体験だったのですね

そのことを語ったことも、覚えていたこともあなたは知らない

でも、私はその記憶を忘れないように努めます

あなたの問いから未来を選びだせるように

どうかいつまでもお元気で居てくださいますように
 そうお祈りしています
 














(2007 0510)
2017/08/15

2016年8月15日 敗戦の日に

昨年の今日に書いた文章です。



今日、8月15日。

日本がしかけた戦争に負けをやっと認めて発表した日。
誰が、何のためにあんなにも殺されなければならなかったのか。
人を殺したのか。殺させたのか。

フィリピンで日本兵の銃剣の上に放り投げられ、突き殺された赤ちゃんを見たというかつての少女に私は出逢った。かつての少女たちは、自分があまりにも幼いとき、日本兵の性の奴隷にされたと私に話して下さった。

中国の南京にて、家族のほとんどを惨殺され生き残ったという少女が おばあさんになって、日本に話しに来て下さったことがあった。彼女は、一緒に暮らしていた赤ちゃんが、日本兵により壁におもいきりなげつけられ殺されるのを見たと話しておられた。

日本の兵隊に召集され、戦争が終わったら、こんどはシベリアに抑留されたという韓国のおじいさんのお話を、12年ほど前に確か大阪で聞いた。

日 本軍に性奴 隷にされた台湾のおばあさんが被害を証言をされているとき、様子を詳細に思い出し話しながら、ふと上を向いた目線を忘れられない。その目線の先には天井から部屋の中を覗き見ていたという、何人もの兵士がいたんだろう。そのおばあさんも亡くなった。

5歳の時、ヒロシマで被爆されたオモニ(おかあさん)。
その人の息子である金さんは被爆二世だった。ほんとうに細い人だった。出逢い分かれた数日後亡くなった。まだ30代前半だった。

植民地支配や強制労働のなかで、身体を弱め、ハンセン氏病にかかり、殺されたり隔離されたりした人たち。
どうして、ずっと閉じ込められなきゃならなかったのか。(戦後の話になるが病気の妻の死に目に会わせてもらえなかった人もいる。)

東京の品川でアメリカ軍の捕虜を使った竹やり訓練を、23歳の時に実際にさせられたと話す日本のおばあさんと出逢えたのは、私がまだ20代半ばのとき。すこし認知症の彼女の口からでた「戦争なんて、ほんとうにしなけりゃならなかったのかね。ね。」という呟きが忘れられない。

先日、85歳の女性と話していたときに、この竹やりの訓練がいかに一人ひとりの心に傷を持たせたかを始めて理解できたように感じた。好きな歌も、思ったことも言えない状況がほんとうに嫌だったと彼女は話して下さった。

私の祖母は90歳を超えて認知症がはじまっていたとき、私の質問(戦争が始まった時どうだった?)に明確に答えた。
「みんな気付かないのよ!気付かないようにやるんだもの戦争なんて!!」。
関東大震災と東京大空襲を生き残った彼女も亡くなった。

祖父は、中 国の山東省に派兵されていた。彼が見たこと、したことは分からないけれど、少なくても新兵の時代にきっと人を殺させられただろう。そうしないと自分が殺される。それが日 本 軍だから。
きっと戦争がほんとうに嫌だったんだろう。生前の彼を知らない私にも伝わってきたことがいくつかある。

祖父の兄も中国で戦死している。弁護士になり、多くのひとを助けるはずだった人だ。


沖縄での地上戦。信じられないような人数が死んだ。
生き残った人も「死んだほうが良かった」と思うほどの苦しみを味わったときく。
疎開するための船もたくさん沈没した。

東京大空襲。
日本各地の空襲。機銃掃射。
ヒロシマ、ナガサキでの原爆投下。

泥沼のフィリピン戦に、どうして人を更に送り続けたのか。みんな周辺海域で沈められていった。

せめて、あと半年はやく戦争を終えていたら? もっとはやく負けを認めていたら?そうすれば、死なずにすんだ人が大勢いるんじゃないか
そう思わずにはいられない。




慰霊は、
「死んでくれて、あなた方の犠牲があって、いまの平和があります。ありがとう」ではいけない。
決して。

みんな死ななくてよかったんだ。殺されなくてよかったし、殺すはずじゃなかった。
みんな普通に生きて、暮らして、自然に任せて死んでいけたらどんなによかっただろう。
死んでいった人たちの無念さに、
生き残った人たちの心の中に残されている傷や、苦しさ、悲しさ、そして憤りに対して、だれか責任をとったか。
誰もとっていない。
いや、そもそも、とれるもんじゃないけれど。
でも、とろうとしようよ。せめて。

私は国家の代表でも、民族の代表でもないけれど、
一人の人間として考える責任があると思う。
自国の加害の責任を感じながら
受けた被害も考えて、少しずつでも歴史から学び、
戦争というもの本質を見極めたいと思う。

戦争は、
人間の、そして、すべてのいのちの連鎖を破壊する力を持ってしまった。

戦争はしてはいけない。
勝とうが負けようが関係ない。
戦争はいのちの敵だから。
戦争をさせないために、必要なことは
戦争をしたくてしかたのない国家をつなぐ首輪を手放さないこと。

憲法を変えてはならないよ。

古今東西、今昔、世界中の戦争の犠牲になったひとたちが切望した「殺したり殺されたりしない権利」。
それは、やっと辿り着いた人類の権利、いのちの権利なんだから。

2017/08/10

2012年8月6日の朝に ‐脱原発、脱核を求めて

ヒロシマ、ナガサキ、フクシマとアウシュビィッツとパレスチナ


(1)
平和への誓い(2009年8月6日 小学生代表二人)
 人は、たくさんの困難を乗り越えてこの世の中に生れてきます。お母さんが赤ちゃんを産もうとがんばり、赤ちゃんも生まれようとがんばる。新しい命が生まれ、未来につながっていきます。それは「命の奇跡」です。

 しかし、命は一度 失われると戻ってきません。戦争は、原子爆弾は尊い命を一瞬のうちに奪い、命のつながりをたち切ってしまうのです。昭和20年(1945年)8月6日 午前8時15分。それは人類が初めて戦争による被爆者をつくりだした時間であり、世界が核兵器について真剣に考え始めなければならなくなった時です。

あの日、原子爆弾は広島の街を一瞬にして飲み込みました。建物は破壊され、多くの人々が下敷きになりました。
人々の皮膚はボロ布のように垂れ下がり、「助けて」「水をください」と何度も言いながら亡くなっていったのです。
それは、人間が人間らしい最期を迎えられなかった残酷な光景でした。多くの夢や希望を一瞬にして吹き飛ばされた人たちの悲しい「闇」の世界でした。

世界の国々では 今も、紛争や戦争によりたくさんの命が奪われています。僕たちのような子どもが一番の犠牲となり、体に傷を負うだけでなく、家族を失い心に大きな傷を負っています。
日本でもまだ多くの人たちが原爆の被害で苦しんでいます。入退院を繰り返す被爆二世の人もいます。
だから、まだ戦争は終わったとは言えません。

これから先、世界が平和になるために 私たちができることはなんでしょうか。
それは、原爆や戦争、世界の国々や歴史について学ぶこと、
けんかやいじめを見過ごさないこと、
大好きな絵や音楽やいろいろな国の言葉で 世界の人たちに思いを伝えること。

今の私たちにできることは小さな一歩かもしれません。けれど、私たちは決してあきらめません。
話し合いで争いを解決する本当の勇気を持つために、核兵器を放棄する本当の強さを持つために、
原爆や戦争という「闇」から目をそむけることなく、しっかりと真実をみつめます。
そして、世界の人々に、平和への思いを訴え続けることを誓います。


私は、平和資料館で平和集会の子ども代表だった小学6年生の2人が読んだ原稿に目を奪われ、心を鷲掴みにされました。それを全てメモしてきたのが上の文章です。


深い感動に包まれ、思わず全文を写していたら時間切れになり、まだ半分しか回れていなかったのですが走って出口に向かいました。原爆投下直後の様子が再現された場所を走り抜けながら、自分が家族を捜し求めてヒロシマの街だった場所を走っているような感覚にとらわれました。

表にでて、陽の光が本当にまぶしかった。かつては材木町という町があったその場所に住んでいた人は全員が亡くなったということを知りました。説明板にある写真に写されたすべての人が、あの日、ここで原子爆弾に殺された。


年表をみて驚いたのは、原爆ドームの保存工事が終了した完成式典が、投下翌年の8月6日だったことです。それが広島平和記念集会の第一回でした。

2010年春、イラク戦争開始から7周年の3月20日に私は広島の平和公園と平和資料館に初めて行きました。民族を越えた戦争への想い、世界平和への希求が実体化した場所であることに気付き はっとしたのです。

広島をヒロシマとして後世に残したのは、ヒロシマを生き残った人たち。
自分の人生、故郷のすべて、家族や友人のすべてを一瞬で奪われた怒り、苦しみ、殺された人たちの無念さ
 ― もう二度とこんなことを起こしてはいけない。全ての戦争、すべての核は 人類には必要ない!という声なき叫び。

植えられていた椿が美しい花を咲かせていました。



(2)
日本では2011年3月11日に大型地震が起こり、その数日後 福島の原発が次々に爆発するという終末の映像を私たちは目撃しました。
美しい故郷を奪われた方たち…。
安心できる世界を改めて奪われた私たち。
移住を余儀なくされた方、
その場に留まらざるを得ない方、
そこに住み続けると決意された方たちがいます。

日本社会は放射能を意識し暮らさざるを得なくなりました。世界からは日本は現在進行形での被曝国とみなされるようになりました。

この社会のあり方について、問い直され、考える人と考えない人の境目がより一層 明白になっていきました。
首相官邸前で、福島の女性たちがダイイン(死んだふりをするパフォーマンス)をしました。4万5千人が官邸前で、デモでは17万人もの人が原発をやめろと訴えました。けれど、それを伝えるメディアはほとんどない。新聞もほとんど書きません。原子力発電をどうしても続けたい者たちが国を動かして、メディアも牛耳っているからでしょう。日本は財政難だとか、赤字があるとか、消費税を上げるとか、いろいろ言われているけれど、軍事費に匹敵する巨額な資金を原発や核燃料サイクルに投入し続けてきました。

アメリカは原爆を二回も落とした国に核兵器プラントである原発を売りつけました。許されないことですが、それを買う日本国家の罪はそれ以上だと思います。アメリカに売りつけられた原発を、現在は日本企業(東芝、日立、三菱など)が受注しています。それを海外に売りつけて儲けるため、そしてプルトニウムを作って核兵器を持つ目的があるがために原発は止められないのです。日本の財閥・軍閥が戦前・戦中・「戦後」である今現在も、この日本社会を支配してきたということの意味を考えなければならないと思います。先の大戦の責任者たちは、戦争と核兵器によって、今は原発事故と放射能被害によって国民を騙し、殺し、儲けて権力を維持しているということに激しい怒りを感じます。

原発は、核兵器をつくる工場です。そこで電気も作り、それを市民の生活に強制的に供給することで文句を言わせないという構造的な支配システムです。

核兵器には、原子力爆弾にも水素原子爆弾にもプルトニウムが使われますが、これは数年ごとに入れ替えをしなければ 核兵器として維持できません。そのため、自国でプルトニウムを生産できるようにならないと核兵器はほんとうには保持できない。しかしプルトニウムを作るための高速増殖炉もんじゅは日本に既に在ります。
発言権を強くするために核保有国の仲間入りをしたい外務省、
私欲を貪る企業、政治家たち。
そして、それを下支えする己の欲求のみを追いかけ、現実よりもロマンを求める技術者たちのメンタリティ。

原発は温暖化の防止にはなりません。二酸化炭素をつくらないのは発電時だけのことで、そこに至るまでのみちのりは、火力発電所をつくるよりも何倍も電気が必要になり、したがって二酸化炭素の排出も多くなります。燃料のウランを掘り出して精製して燃料にする過程にも、膨大な電気が使われて、そこで二酸化炭素が生まれています。

自然界にも放射能はありますが、ウランは土中に埋まっているあいだは放射線をだしません。だから、そこは先住民族の聖地である場所だったりしたのです。(例えばオーストラリアのジャビルカ鉱山はアボリジニーの聖地で「悪魔の山」として恐れられてきました。オーストラリアの電力会社と丸紅の合弁会社がそれを掘り起こし、そのウランを輸入しとるのが関西電力だったりするわけです。)

国と民を売って、原発事故後もなにも反省をせず、ひたすら核の「平和利用」として続けていこうとする権力者たちであるこの国家。許してはならないと思います。

あるドキュメント映像の中では、路上で寝たきりになった方に、原発労働に行ったことがあるか訊ねている場面がありました。消えいるようなか細い声で、原発のある地域の名前を言ったあの男性は、もうこの世におられないでしょう。

路上で生活している野宿生活者、また日雇い労働者の方たちが、全国に3万人は確実にいると言われています。(神社仏閣におられる方もカウントしたら、もっとおられるでしょうか。)大阪だけで1年のあいだに200人から800人の方が道の上で亡くなっていると言われています。この50年、どれだけの方が路上や路上に近い場所で亡くなったのでしょう。その方たちのうちのどれくらいが原発の下請け労働に従事していたことがあったのでしょうか。原発労働者、また周辺に住む人の身体に影響があるのかどうか、国はまともに調査したことは一度も無いのです。何百、何千、もしかしたら累計で万規模の被曝(ひばく)労働者を生んできたと考えても不自然ではありません。

先述した映像のあとに、「事故があるのは単純作業労働者のミスですね」と言っていた 電力会社の重役の笑みを10年たった今も私は忘れることができません。「じゃあ、あなたが炉に入って作業してください。事故が起きないように!」と私は言いたい。
人間を、他者を使い捨てる方法でしか実現できない技術なんて 欠陥です。

何のために、それが存在するのか。そこに立ち返って考えることが必要だと思います。原子力発電所の存在理由がほんとうに「人々の暮らしに必要な電気を作るため」であるならば、人体や環境への有毒性は許容されないはずです。「他人ならかまわない」という思考は、自身をも阻害していくのではないでしょうか。

2001年、美浜原発の細管破裂事故の現物を 大学の見学授業でぶ厚いガラスごしに見たとき、「原発のごみは、未だに処理する方法がないのではないですか」と訊ねる19歳の私に、関西電力の重役の方は「それを何とかするのが技術者の使命なのですよ・・・!」と潤んだ目であさってを見つめて力強く呟くように答えました。その姿を目の当たりにしたときのうすら寒さと恐さを忘れることはできません。


浜岡原発にも行ったことがありました。
原子力PR塔の最上階の展望台から眺めた日本海の夕暮れ。
左のガラスには海岸線にある5機の原発、右のガラスには街を対比したあの光景…。
「チェルノブイリの人たちもこの近さに驚いていたそうです」という解説を耳にしながら、街の家々と海岸線を染めあげる美しい夕日をみていました。雲がピンク色に染まってとても美しかった。

私の生活のための電気は、この地域の人の暮らしを犠牲にしている。
そして、「もし事故が起きたらこの地域に住む人だけではなく、自分も含めた世界のひとたちを巻きこむ危険を余りにも強く持っている」と思ったのが20歳の時でした。

そして、福島で原発事故は起き、福島はフクシマとなった……。


(3)
第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺・ホロコースト。
(※ナチスはユダヤ人のみならず、ロマ民族(ジプシー)、性的少数者、精神病者たちも大量に虐殺しました。ホロコーストを経験したユダヤ人たちは、第二次世界大戦が終わった後、つまりアウシュヴィッツ強制収容所から解放されたあとも、難民としての悲惨なキャンプ暮らしを強いられました。そこでも大勢の方が亡くなられた。そうしたホロコーストを経験した人たちが、悲願としての [祖国・イスラエル]を「建国」しました。イスラエル建国はパレスチナの人たちにとってはナクバ、(厄災)となり、パレスチナの人々は難民となりました。パレスチナに暮らす人たちへ向けられる暴力は、「民族浄化」を極めつつあります。)

「もう誰にもこんな思いはさせられたくない!」と言いながら、イスラエルはパレスチナという存在そのものをこの世から消し去ろうとしています。

ホロコーストを被害者から加害者になって再現するイスラエル・ユダヤ社会。その闇を想うときに、はっとしました。
日本はアジア太平洋地域で、死者だけでも2000万人という侵略・占領・植民地化 という戦争をやってきた。
そして、正式に謝らないままとはいえ憲法9条を表明して、建前は戦争を放棄したが、きちんとした反省をやってこなかった。
その上で、イラクへ軍隊を派兵してしまった。そして国民投票法案が通ってしまっていて憲法が改悪される状態に限りなく近い状態であること。、
世界で初めての(戦時下における)、唯一の核兵器使用被害を受けたヒロシマ・ナガサキのある日本が 原発を、ひいては核を捨てないということはどういう意味を持つのか…。そういうことを考えて生きていたら、2011年3月に福島で原発が爆発するという最悪の事態になりました。広島・長崎で被爆された二重被爆の方もいらっしゃるということです。そんなことが起こりえていいわけがないのに。

世界が原発と核兵器を放棄できるか否かは 日本にかかっているといっても過言ではないと思います。
強くそう思います。
世界中の国が核武装したとしても、日本だけは核兵器を、原発を、決して持ってはいけない。
大飯原発は、絶対に再稼働させてはならない。なのに今動いている現実があります。

放射能に汚染されてしまった世界で、何一つもとにはもどらない。
しかしそれを認めず、過ちを繰り返そうとする日本政府。

これ以上、地球を汚染させるなんて。これ以上?

イスラエル軍のブルドーザーからパレスチナ人の家を守ろうとして、轢死(れきし)させられた
レイチェル・コリーさん(享年23歳)の言葉を借りるなら、

「こんなことはもう終わりにしなければ。私たちみんなが、すべてを投げ捨てて、これを終わりにするために自分たちの人生を捧げるというのは、いい考えだと思います。それは、もはや過激な考えではないと思います。」


国家権力との長いたたかいですから燃え尽きてしまわないように。
けれど精いっぱいやらないとまた間に合わないかもしれない。



いま、何ができるでしょうか。

ヒロシマ・ナガサキ
そしてフクシマを繰り返さないため、

わたしたちは人間として生きるために、
全力で原発を、戦争を止めていかなければならないと思うのです。






2017/08/06

坂口恭平さん「どしゃぶりの雨がまっさかさま」

坂口恭平さんがボブ・ディランのカバーしていて、歌声もギターもとっても良い。
訳詩が素晴らしい!

ひどい法律が決まったときとか、身の周りでやるせないことが起こる辛い時、繰り返し聴いている。



【どしゃぶりの雨がまっさかさま
歌:坂口恭平さん Bob Dylan A Hard Rain's a-Gonna Fall cover】

https://soundcloud.com/kyohei-sakaguchi-1/bob-dylan-a-hard-rains-a-gonna-fall-cover


※坂口さんの訳したA Hard Rain's A-Gonna Fallの 歌詞は、ウェブ上になさそうだったため、聞きながら起こしました。
そのため、間違いや勘違いの表記があるかもしれません。申し訳ありませんが、あしからずご了承くださいませ。




どこほっつきまわってた目の青い坊や
どこほっつきまわってた愛しの子

十二の霞む山裾で躓いた
六つのハイウェイ歩きくたびれた
七つ森に迷い込んだ
目の前には沈黙の海さ
三千里歩き墓場の門よ
いまも強く激しく続くどしゃ降りの雨がまっさかさまに



目に映るものは何 目の青い坊や
目に映るものは何 愛しの子

赤ん坊を囲む狼の群が
無人のハイウェイ宝石みたいだ
血がたれる森の樹木が
男たちの手には血まみれのハンマー
びしょ濡れの梯子はまっしろで
呂律回らぬ語り部たちが
銃刀権もって暴れる子どもら
いまも強く激しく続く どしゃぶりの雨がまっさかさまに


どこほっつきまわってた目の青い坊や
目に映るものは何 愛しの子

十二の霞む山裾で躓いた
六つのハイウェイ歩きくたびれた
七つ森に迷い込んだ
目の前には沈黙の海さ
三千里歩き墓場の門よ
赤ん坊を囲む狼の群が
無人のハイウェイ宝石みたいだ
血がたれる森の樹木が

男たちの手には血まみれのハンマー
びしょ濡れの梯子はまっしろで
呂律回らぬ語り部たちが
銃刀権もって暴れる子どもら
いまも強く激しく続く どしゃぶりの雨がまっさかさまに

いまも強く激しく続く どしゃぶりの雨がまっさかさまに





A Hard Rain's A-Gonna Fall : Bob Dylan

  Oh, where have you been, my blue-eyed son?
  Oh, where have you been, my darling young one?
  I've stumbled on the side of twelve misty mountains,
  I've walked and I've crawled on six crooked highways,
  I've stepped in the middle of seven sad forests,
  I've been out in front of a dozen dead oceans,
  I've been ten thousand miles in the mouth of a graveyard,
  And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, and it's a hard,
  And it's a hard rain's a-gonna fall.

  Oh, what did you see, my blue-eyed son?
  Oh, what did you see, my darling young one?
  I saw a newborn baby with wild wolves all around it
  I saw a highway of diamonds with nobody on it,
  I saw a black branch with blood that kept drippin',
  I saw a room full of men with their hammers a-bleedin',
  I saw a white ladder all covered with water,
  I saw ten thousand talkers whose tongues were all broken,
  I saw guns and sharp swords in the hands of young children,
  And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, it's a hard,
  And it's a hard rain's a-gonna fall.

  And what did you hear, my blue-eyed son?
  And what did you hear, my darling young one?
  I heard the sound of a thunder, it roared out a warnin',
  Heard the roar of a wave that could drown the whole world,
  Heard one hundred drummers whose hands were a-blazin',
  Heard ten thousand whisperin' and nobody listenin',
  Heard one person starve, I heard many people laughin',
  Heard the song of a poet who died in the gutter,
  Heard the sound of a clown who cried in the alley,
  And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, it's a hard,
  And it's a hard rain's a-gonna fall.

  Oh, who did you meet, my blue-eyed son?
  Who did you meet, my darling young one?
  I met a young child beside a dead pony,
  I met a white man who walked a black dog,
  I met a young woman whose body was burning,
  I met a young girl, she gave me a rainbow,
  I met one man who was wounded in love,
  I met another man who was wounded with hatred,
  And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard,
  It's a hard rain's a-gonna fall.

  Oh, what'll you do now, my blue-eyed son?
  Oh, what'll you do now, my darling young one?
  I'm a-goin' back out 'fore the rain starts a-fallin',
  I'll walk to the depths of the deepest black forest,
  Where the people are many and their hands are all empty,
  Where the pellets of poison are flooding their waters,
  Where the home in the valley meets the damp dirty prison,
  Where the executioner's face is always well hidden,
  Where hunger is ugly, where souls are forgotten,
  Where black is the color, where none is the number,
  And I'll tell it and think it and speak it and breathe it,
  And reflect it from the mountain so all souls can see it,
  Then I'll stand on the ocean until I start sinkin',
  But I'll know my song well before I start singin',
  And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard,
  It's a hard rain's a-gonna fall.





サウンドクラウドのシステムは、もしかしたらこの夏で終わるかもしれないらしいけど、どうか終わらないで欲しい・・・。
他の曲もとってもいいので是非。
https://soundcloud.com/kyohei-sakaguchi-1


坂口恭平さんは文筆も、いのっちの電話の活動もすごい。
絵も。
建築家でモバイルハウスも作るし、今は街に森も作ろうとしてる… うーん説明困難ですね。

とにかく、人が死なないように、いのちがお金に支配されないようにするために、自分の力をあらん限り発揮して、発信している方だと感じる。
こちらも是非、ご一読を。
「ときどき死にたくなるあなたへ…坂口恭平の新政府総理談話(1)熊本大地震から1年が過ぎて」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51458

会ったこともないけど、日々 支えられている。有難い。
私も、地味にがんばっていこうと思います。