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2020/03/18

미안 해요 사랑해요



양희은 아침이슬 『朝露』


日本語訳:
長い夜を暮らし草葉に宿る
真珠より美しい朝露のように

心に悲しみがみのるとき
朝の丘に立ち微笑を学ぶ

太陽は墓地の上に赤く昇り
真昼の暑さは私の試練か

私は行く、荒れ果てた荒野に
悲しみ振り捨て私は行く

    作詞作曲:金敏基(キム・ミンギ)さん
   歌:楊姫銀(ヤン・ヒウン)さん 歌詞 日本語訳:李政美(イ・ジョンミ)さん
2020/03/08

それでも 今日も生きようね
2020/03/01

今年の三一節(サミルジョル)。

1919年3月1日から101年。日本が植民地支配していた朝鮮半島で一斉に立ち上がった202万人の人たちが日本帝国に弾圧され殺され、分かっているだけでも7509名の人が命を奪われました。
(16,000余人が負傷、逮捕・拘禁された人の数は、46,000人。)
三一節
参考記事:
第100周年3.1節記念式 文在寅(ムン・ジェイン)大統領演説[全訳] (2019年3月1日)
参考記事:韓国旅行サイト「コネスト」三一節(サミルジョル)



上の絵はシュナムルさんという方が描かれたものです。許可を頂いたので載せます。

シュナムルさんのツイートより引用
 https://twitter.com/chounamoul/status/1101327037715820544
《人間が「こいつらは自分たちより下の人種だ」と見なした属性に対してどれだけ傲慢で酷薄になるかは、今の日本見てもわかると思うけど、そういう日本人が実際に権力を持って全朝鮮人の上に君臨してたのが植民地朝鮮で、まあ酷いもんですよ。俺らの父祖があの国の人たちにやらかしたことというのは。》

《今日は韓国では三一節、つまり日本からの独立を求めるデモが起きた1919年3月1日を記念する日だけど、俺らにとっても無関係な日ではもちろんなくて、自分らの父祖が植民地でやらかした加害の記録をいちど読んでみるのがいいと思う。もちろん加害者側の正当化の理屈ではなく、被害者側の証言を。》

《殴られた側は殴られたことを憶えていても、殴った側は忘れたがり、じっさい簡単に忘れる。「どっちもどっち」じゃないですよ。忘れちゃいけないんです。殴った側は殴ったことを忘れまいと努めなきゃいけない。それは倫理的な責任であると同時に、殴られた側と対等の友好を築く絶対の条件でもある。》

《そういうわけで俺は日本人として、韓国の独立運動への敬意と、自国による侵略と収奪への反省とともに三一節を記念します。大韓独立万歳。願わくば日本が理性を取り戻し、植民地主義を脱して韓国と友好を築かんことを。》

(シュナムルさんの2019年2月28日のツイートより)





私は、日本に生まれ育ちました。
この国にはいいとこや好きなものがたくさんあるし、言葉も文化も風土も多様で面白い。水にも自然にも恵まれて暮らしやすい。食べ物も好きだし、日本語文化圏に暮らせてよかったなーって思うものも多くあります。(他の言語わかんないんですけど。)
戦争を放棄した日本社会に生まれたから、自分は今の権利を持っているし、教育や医療を受けてこの人生の恵みがあると思ってます。だからこそ、この国の光の部分だけではなくて影の部分、闇の部分をしっかり引き受けていかなきゃなりません。
それが社会に今ある光の部分を次世代に引き継ぐ術だと考えるからです。

第二次世界大戦は日本が奇襲で始めた戦争です。アジア太平洋地域で2000万人の人が死ぬことになった戦争を日本が始めたこと。このことを無視して自分の人生を考えることは、私にはできません。

日本が、朝鮮半島を支配してどれほどのことを行ってきたかのか。
たった一度の人生を奪い、家族を友人を奪い、
名前を奪い、文字を、言葉を、文化を、大地を奪い、
人間が人間として暮らす権利の全てを奪った日本の侵略戦争。
兵隊として、軍夫として、強制労働者として、性奴隷として・・・。

その全貌を知ることはできないけれど、言葉で書き連ねるだけで、呆然とします。
数字だけで気の遠くなるような人数の一人ひとりの人生に、一人に起きた残虐すぎて実感できないような被害。
なんら誠実な謝罪も、謝罪どころか認知もしようとしないこの国。

無かったことにはさせない。できません。
忘却しての美化なんて、醜悪そのものです。

戦争の歴史にしても、原発にしても公害にしても、差別にしても、環境破壊にしても、誰かを虐げることを前提とした日本社会が私は恥ずかしい。イヤです。イヤ過ぎる。思想云々もあるけど、体調が悪くなるとか、隣人との関係が阻害されるとか、暮らしに影響もある。なんとかしたいです。

誇りたくても誇れない、恥ずかしく情けない国に成り下がっている現状をそのままにしたくない。改めて、強く思います。
加害の立場を自覚し続けることは楽なことではないけれど、誰かを虐げたり殺したりしてきたことを正当化したり美化したりして妄信しながら生きるよりも、ずっと人間らしい生き方ができるはずだと私は考えます。日本人だから日本の全てを肯定するって考え方より「今は抑圧者であるけれど、いつか抑圧のない社会・世界を目指して生きようとする」「とれない責任とも向き合い続けようとする」というのは、アイデンティティとしてはるかにまともじゃないかと感じます。

社会を作り変えるなんてできないけど、まずは、私自身が自分の置かれている立場、誰かを踏んで立っている今現在地を自覚する必要があると思います。踏みつけてきている立場の人たちの声をなるべく聞こうとして、受け取れたときは何度でも何度でもかみしめて感じられるように。社会的・世界的な自分の立場と責任を自覚した上で、自分がどう生きるか。
自分の加害の立場、そしてこの社会で受ける抑圧。構造的な、歴史的な背景を踏まえながら、相手を大切にし、自分の気持ちを置いてきぼりにしないで、どう生きるのか。その時点での試行錯誤して選んだ姿勢を自分の人生で示せ続けたらと願ってます。


日本社会の歴史観が歪められ、真実から遠くなればなるほどに三一節(サミルジョル)を胸に刻んでいかなきゃなりません。朝鮮半島のみならず日本帝国に奪われ、殺され、支配された人たちの人生を想うために。
それは、人々を殺したり奪ったり、飢えたり死んでいく戦地での人生ではなく、戦争がなければ送れたはずの人間らしい平凡な暮らし・人生を願っていたはずの日本軍の兵士とされた人たちの魂の叫びを真摯に受けとめることでもあるのだと私は信じています。中国から生きて帰ってきた父方の祖父の人生を想い、中国で戦死した祖父の兄の人生を想いながら、心からそう思います。
戦争はもう決してやってはいけない。自衛隊を名実ともに軍隊にさせては絶対にいけません。

今年も、春がきます。
心新たに、悔いが残らないように、できることをできるだけやりきっていきたいです。





◎ついしん
映画『パッチギ2』は名画だと思います。観てない人は是非!
2020/02/24

しんどいときほど、自分が何を求め生きているか分かる瞬間がある。

書くこと
音楽
想いを同じくする人と気持ちを交わすこと
祈ること

心が解れると涙がでる
身体をあたため、伸ばしていく
家の中を調えるひとつひとつの作業に 落ち着きが宿る。

神様の御言葉に慰められ 主に連なる人たちに支えられて生きている。
2020/02/21

2020年2月21日に。

 バイポーラー(双極性障害)と診断されて10年が経った。
個人的な人間関係や環境がどんなに変化し、物事の捉え方や暮らしが劇的に楽になり症状が良くなっても、政権の腐敗を目の当たりにするたびに極度の鬱症状に陥る。民主主義も法治国家も目の前で崩れ去っていく日本社会への危機感と無力感に打ちのめされる。「個人的なことは社会的なこと」であることは言うまでもないが、わたしの精神障害は社会的なものだと思い知る。



 どうしようもない連中が政権としてのさばってこの国を放縦している。コロナウイルスの対策にしても、人事院の答弁にしてもアベ政権の無能さは大本営発表にしか思えない。自衛隊も中東に派兵され、法律は捻じ曲げられる。憲法が改悪される前にここまで形骸化した状況。もう戦時中だ。
 子どものころ、「どうして当時の人は戦争を止めなかったのだろう」とずっと思っていた。とりかえしがつかないことが起こり続けて今。目の前で自分の生きる時代にここまでの状況になることを食い止められないできたこと、これから更に悲惨な状況になることが本当に情けなく辛くて堪らない。
人権なき時代、悲惨な人生を生きた人たちに対して、申し訳ない。あれだけの犠牲を経て、ここに辿り着いたはずなのに。また繰り返していくのか。悲惨な未来を生きるはずの人たちへの罪悪感に苛まれる。

 2011年に福島原発が爆発した映像をみたとき、ほんとうに恐ろしかった。人生でこれ以上に怖いことは起きないと思った。しかし、現実は、それ以上だ。あの時、民主党政権で菅直人が首相でなかったらと思うとぞっとする。何もかも、都合の悪いことはなかったことにするアベ政権。無法者どもが権力の中枢に居座り続け、ここまで国の基盤を崩壊させていく現在。不正がいくら明らかになっても無頓着に現状を放置し続ける国家畜化した社会の現在。これからどんな未来に行き着いてしまうのか。心から恐ろしい。

自分に今、何ができるのだろう。
2020/02/03

中東の自衛隊派兵に抗議する。首相の辞任、内閣総辞職を強く求める。

自衛隊の中東派兵が決行されてしまいました。アメリカがイランに対して行っていることを知るにつけ、2003年の春からのイラク戦争のことを思い出しています。2004年の人質事件のときに日本政府は自衛隊を撤退させず、拘束された人たちの「自己責任」とのたまいました。日本社会の自己責任論と差別にまみれて、行き場のない閉塞感のなかで相模原殺傷事件も起こったと私は感じています。
日本はこのまま戦争になだれ込んでいくのでしょうか。不景気や不平等が極まっていくと人々は国家の言うままに先導されて戦争に突き進むことは先の戦争でも明らかです。このまま憲法を喪うことは、わたしたちの人生の自由や平和が奪われるということです。なにができるのかわかりませんが、未来を生きる人たちに責任のある生き方をしたいと希っています。

以下の文章は2019年12月6日に書いたものです。再掲します。




 わたしたちの国の首相は公金を私物化を重ね、また新たな事態が発覚してもその証拠をシュレッダーで破棄し、「それをしたのは障害者職員だった」と平然とのたまっている。
昨日の新聞を読み、怒りで震えがきた。
いつまでこの男を野放しにするのか。
人々が水害で家を奪われて命の危険に曝されている際に、それを知りながら酒盛りをしている政治家たちの筆頭であるこの男を!

自衛隊を中東に派兵したら、更なる混乱と状況の悪化が起きるだろうことは明白だ。

 昔、中村哲医師が講演会で、「一昔の中東では日本はアメリカとの戦争で原爆まで落とされたのに経済復興した国として親しまれていた」と聞いた。しかし、アメリカ政府に具体的に加担しだしてから日本への視線は変わってきていると。憲法九条が日本を守ってきたこと、もし破棄することになれば、それは本当に致命的な危険を招くことになるとおっしゃっていた。
 
 2003年3月、アメリカ軍によるイラクへの攻撃が始まり戦争が開始されたときに現地におられた映像ジャーナリスト綿井健陽氏の映画『リトル・バーズ』で観た一シーンを思い出す。空爆が始まった直後、一人のイラク人男性の叫び。「ブッシュと手を組んでいるお前ら日本人を絶対に許さない。お前ら日本はこれから百年間覚えておけ!覚えていろよ!!」
彼は激怒しながら砂嵐と爆煙の街角に消えていった。何度も振りかえり、指差し叫びながら。

 2001年9月11日。旅客機がツインタワーに突っ込み崩落する様を大学1年生だった私は下宿先のアパートのテレビの前で一人で震えてみていた。そのとき、私の付き合っていた相手は高校を卒業したあと自衛隊に所属していた。そのときに、私は彼が戦地に行かねばならなくなると直感した。しかし、殺されることがあっても侵略に加担させられるという視点はなかった。今思えば、日本の戦争の歴史を全く知らなかったのだ。その後、アジア・太平洋地域で第二次世界大戦時(もしくはその以前からの15年戦争)で、日本軍がどれほど残虐な殺戮を行い、植民地支配と占領をしてきたのかを知り、沖縄戦を知り、日本の軍隊が「自衛隊」に姿を変えたとしても軍隊は人間を守らないことを学んだ。軍隊は国家を守る。国家はいのちより権力と資源や金を求め、人を見捨て殺すことを気にも留めない。

 日本社会は、自分たちの社会がどうなっていくのか思いもしないのか。政府は「不景気」になるように人間の権利と労働環境を削り取り、排外主義とナショナリズムを意図的に高めている。人々がまた戦争に突入していくことを望むように仕向けているようにしか思えない。

 米軍や基地への莫大な税金贈与し続け沖縄を基地として提供し続けてきた日本政府と社会。
9.11以降の米軍のアフガン・イラク戦争への自衛隊は「後方支援」をした。2003年にはイラク派兵もされ、2004年には人質事件も起きた。その後、香田証生さんも伊藤和也さんも後藤健二さんも殺された。2012年から五年間のスーダンへの派兵があった。そして今また自衛隊を中東地域に派兵することが発表された。しかもこれまでの派兵と、また一線を画す内容で、だ。
特定秘密保護法も施行され何年も経ち、市民が情報を得る権利ももう保障されていない。なし崩し的に、いよいよ戦争に突入している。
私の父方の祖母は生前、「戦争が始まったときみんなどうだったの?」と質問した私に、「みんな気付かないのよ!気付かないようにやるんだもの戦争なんて!!」と間髪いれず叫んだ。すこし認知症が始まっていたとは思えない明瞭な答えだった。


 こういう中で、9・11のようなことが自分たちに起こらないとどうして思えるのか。自分たちだけは安全だと?それは都合のいい思い込みであり虚構だ。
原発になにか撃ち込まれたら、どのようなことになるか。フクシマで原発が爆発してもまだ分からないのか?
それとも、東京よりも米軍基地や自衛隊の基地が集中している沖縄が標的になるだろうと高をくくっているのか?
ハワイを植民地化し、基地化し、狙いやすいようにして 日本軍の「奇襲攻撃」から第二次世界大戦に応戦した米国のように?

 中村医師が殺されたのは、ただの「紛争地の治安の悪化」ではない。この20年のアメリカの戦争と侵略、それに追随してきた日本政府と社会の姿勢が大いに影響している。戦争は天災ではない。干ばつだって気候変動の地球規模での進行が背景にある。アメリカと日本の政府がどれほど未来を食い物にして、自己中心的な横暴に身を任せているのかに対して、改めて考え意思を表明して生きることが必要だと感じる。

 首相は、特にここ数年の民主主義の破壊について責任をとり即刻辞任するべきだ。彼らがそうできないなら、市民の批判からそうさせなければならない。このような人間を権力の座に放置したらわたしたちの未来は滅びでしかない。思考停止は現状放置という選択である。私はこれからを生きる子どもたちに将来、戦争と飢餓を味わわせるような選択をしたくない。今まで頑張って社会を築いてきた先達たちが、年老いて医療も受けられないような社会は許せない。
私はアベ政治、現内閣の在り方を断固拒否する。何ができるかはわからないが、その決意をここに表明する。この気持ちを分かち合い、共有し、共にそれぞれの生活から狼煙をあげたい。




参考記事: 読む・考える・書く「中村哲医師の死を9条攻撃に利用する者たち 」 2019年12月7日

2019/12/18

伊藤詩織さん裁判勝訴!

2019/10/18

お誕生日おめでとう

あなたがいてくれたから 今、わたしは生きています。
あなたが心を注いでくれたから どうにかいのちをつなげて今日に辿り着くことができました。

わたしのことを これ以上ないほど大切にしてくれたのに
わたしはあなたをこれ以上ないくらい傷つけました。
一言に表すことはできないけれど、ほんとうにごめんなさい。

そのことを忘れず あなたの幸福をこれからも祈ります。
あなたらしく生きられますように。素晴らしい人生になりますように。

出逢えたこと 過ごせた時間に感謝します。
お誕生日おめでとう。
どうか いつまでも元気で。
2019/10/13

SION 「12号室」



懐かしい歌。

今年もまた十月がきました。
もう12年になるのですね。
あなたに口をきいてもらえなくなるのが怖すぎて、どうしようもないときも命を投げ出さず踏みとどまれました。
おかげさまで、これまで生きてこられました。今、とても幸せです。
たくさんのありがとうとごめんなさい。時々声にだして謝っているけど… 聴こえてるかな。

天国にいるあの人に、出会い続けられる自分でいられるよう、祈り、歩みたいです。

2019/10/04

うむいごと

Vergilさんのブログ「読む・考える・書く」より
「地球環境危機は手遅れ寸前。冷笑などしている場合ではない。」 
http://vergil.hateblo.jp/entry/2019/09/28/142201


読んでない方は是非ご一読ください。改めて事実に目を向けると絶句する危機的な状況です。
未来に絶望しか遺せないのではないかと胸が苦しくなります。
戦争は最大の人権侵害であり環境破壊。戦闘がない時期でも、基地や軍事練習の大気汚染・土壌汚染・水質汚染は深刻です。特に軍隊保有国が自国以外に基地を持っている場合は。沖縄の米軍基地はもちろん、宮古島の自衛隊新基地も燃料の漏れ出しなどでの地下水の汚染が懸念されています。地下水が汚染されたら宮古島は人が住めなくなるでしょう。
誰も責任は取れません。空気や水が汚染されて、生き物である私たちが影響を受けないとでも思うのでしょうか。原発が爆発しても反省できないどころか、事実を歪めて開き直り続けるこの国の政府を、それを批判することもできない社会をどうやって正し、立て直せるのか。諦めるわけにはいきません。でも、何ができるのか・・・。



 前から観たいなと思っていた、セックスセラピストのおばあちゃんのドキュメンタリー映画 『おしえて!ドクター・ルース』の記事が新聞記事に出ていました。「あ、もうすぐやるのね~」と思って記事を読んでいたら、(ホロコースト体験者だっていうのは知っていたけど、)「終戦後はパレスチナでスナイパーとして活動した」と書いてあり愕然としました。観たかった気持ちが一気に失せ、言いようのない気持ちです。ホロコーストの歴史、イスラエル建国はパレスチナのナクバ(大災厄)、日々殺され、土地を削られ、虐げられ続けているパレスチナの人たちの現在を想います。人類の歴史が辛く、痛いです。




 ずっと読みたかった本、水俣病センター相思社の永野三智さんが書いた 『みな、やっとの思いで坂をのぼる ―水俣病患者相談のいま』(ころから社)を先日やっと読むことができました。
 
 水俣は私にとって原点でもある大切な場所で、何度も訪ねたけれど、患者さんたちの身体的な苦しみについて無頓着だった自分を恥ずかしく思いました。自分の身体は取り替えることは出来ない。そのことは幼いころからの心身の不調から私も人並みに感じてきました。でも、私は恵まれていて、今はある程度の健康を維持できる立場です。
食べ物から有機水銀を取り込んだことによって生じているお一人お一人の人生を貫く重い症状。肩こりや腰痛、身体の重さ、酷い耳鳴りで眠ることも人と話すことも不自由、寝ていても足がつって起きてしまい痛くて眠ることができない、手足の震え、味や匂いが分からず食事の栄養問題などから他の病気が出てきてしまう等・・・。治る方法がなく年齢を重ねるごとに悪化していく症状への絶望。「水俣病」であることを家族や親族の間で共有することもできないくらいの地域社会の日常・・・。

 苦しいけれど、その人生を逃れ得ない方たちの苦しみを読む前よりほんの少しでも知ることができたような気がします。読むことができて良かったです。私にとって生涯、大切な一冊となると思います。
丁寧な文章で読みやすく、でも日々の中で出会う患者さんたち一人一人の人生の重さが淡々と記録されています。
「悶え加勢」しながら患者さんたちに寄り添い続ける彼女の手記を、ひとりでも多くの方と共有したいと思いました。この本を一人でも多くの方と共有したいと思い、ここに書きました。まだの方は、是非一度お読み頂ければと思います。

2019/09/29

change.orgキャンペーン、ネット署名しました。まだの方、是非どうぞ。
文化庁は「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金交付中止を撤回してください。

【緊急署名】東電刑事裁判元経営陣「無罪」判決に控訴してください!



今日の新聞に、関西電力の会長ら20人が福井県高浜町の元助役から7年間で3億2000万円の金品を受領していたと報道されていた。原発のために、どれだけのお金が動いてきたんだろうと改めて考える。社長たちも会長も辞任はしないという。倫理が破綻した、釜の底が抜け落ちてしまった日本社会。こんなことは許してはならない。


思想信条への検閲、弾圧
民族差別と排外主義、愛国・国粋主義、優勢思想、天皇制、死刑
基地開発、軍隊、戦争と原発
歴史の隠蔽と改ざん
憲法と民主主義の破壊。
何もかもが相俟って一直線に破滅に向かっていく。

環境、社会の「当たり前」が目の前で喪われ、崩れ落ちていく。


先日のグレタ・トゥェンベリさんの魂からの怒りと懸念のスピーチも茶化し、向き合わない日本のメディアにはいい加減に吐き気がする。私は大人の一人として彼女の訴えが骨身に堪えた。大学で環境社会学を専攻し、何かしなければと感じながらも現状を結局のところ野放しにしたまま生きてきたから。今おき続けている自然災害は予見されていながら、手を打ってこなかった世界・社会の人災とも言える。このままだと、これから生まれてくる命たちに絶望しか遺せない。人類滅亡のシナリオは冗談ではなくリアリティだ。

この数年間の災害に、どれだけの人の人生が変えられただろう。世界で、この数秒の間にどれだけの森林が燃やされ、どれだけの種が絶滅しているか。知れば簡単に絶望してしまえる現状がある。だからって見ないままに、後の世代に全部押し付けてしまえるのか。
環境汚染された土地で、苦しみ続けている人たちがいることを想う。
海を埋め立てられ、堰き止められ、のたうち殺されていく命があることを想う。

わたしには何ができるのだろう。
なにも出来ないのだとしても何を目指し、生きていけるだろう。諦めないで命を燃やせるだろうか。試されている。




2019/09/18

防備録2019年9月18日

オスプレイ17機3600億円
イージスアショア2基6000億円
F35ステルス戦闘機147機6兆2000億円
辺野古新基地2兆5000億円
加計学園グループに流れた血税176億円
米国の遺伝子組み換え余剰トウモロコシ数百億買取


千葉の停電復旧などに予備費13.2億円 首相が方針
要介護1.2給付外し
増税



おかしくなりそう。
2019/08/11

全国一斉フラワーデモに寄せて

フラワーデモ https://www.flowerdemo.org/

今日の全国一斉行動、夏風邪で行けなくて残念です。
性被害者を更に貶め、性暴力を「肯定」し続ける日本社会の在り方を心から拒否します。
誰もが脅かされずに暮らせる世界に向かっていけるよう、願いをこめて花を捧げます。

DSCN0902.jpg


[短歌]
・エプロンの固き結び目 ふと解け 想い一輪 フラワーデモへ
・それぞれの胸に抱きし苦しみは 言葉にならぬ一輪の花
・花は言う 「あなたは何も悪くない」「 ここにいるよ」とみな集まりぬ
・ 夏の日の街に現る花畑 性暴力にNOを突きつけ
・それぞれの色に香りに誰しもが 天に向かって咲く日を願う



もうやっている時間のところもあるけれど連帯の気持ちをこめて情報を転載します。

【2019年8月11日全国一斉行動】
北海道札幌市  大通公園3丁目駅前通り側(西側)銅像付近 19:00
岩手県盛岡市  北上川河川敷・開運橋の下(盛岡駅側)18:00〜18:30
宮城県仙台市  仙台駅西口ペデストリアンデッキ 19:00〜19:30
※サイレントスタンディング
東京駅     行幸通り(東京駅丸の内口新丸ビルと丸ビルの間)19:00〜
千葉県幕張市 京葉線・海浜幕張駅 南口広場 16:00~17:00
岐阜県     JR岐阜駅北口信長ゆめ広場  19:00〜20:00
愛知県名古屋市 久屋大通公園 希望の広場噴水前 19:00〜19:30
※サイレントスタンディング
長野県長野市  長野駅善光寺口・うなぎの岩井屋近くのオブジェ 19:00
京都府京都市  御射山公園 19:00
大阪府大阪市  なにわ橋①出口 中央公会堂向い 19:00
兵庫県明石市  明石駅前 18:00〜19:00
兵庫県神戸市  東遊園地北芝生広場  19:00
愛媛県松山市  坊っちゃん広場 11:00〜12:00
広島県福山市  JR福山駅南口釣り人の像前 14:30 〜16:30
福岡県福岡市  警固公園 19:00〜 
熊本県熊本市  辛島公園 19:00〜21:00
鹿児島県鹿児島市 鹿児島中央駅東口広場(若き薩摩の群像の前) 18:30〜20:00
沖縄県名護市 県庁前・県民広場 19:00


In March this year, 4 sexual assault cases (including 2 incest cases) ended with not-guilty verdicts.
In order to protest these gross injustices, and to stand in solidarity for survivors, the next “Flower Demonstration Movement” will take place on Saturday, 11th August on the following 18 places all over Japan.

Survivors of rape and sexual assault can speak out their feelings and share their own story in an atmosphere of safety, and participants encourage them, holding flowers on their hands to show their support. The demonstrations have been held nationwide, on 11th of every month since last April.

Sapporo 大通西3丁目駅前通り側(西側)銅像付近(By the Monument on the Western side of Oodorinishi 3-chome Ekimae-Dori-Street)  19:00
Morioka 北上川河川敷・開運橋の下(盛岡駅側)(Under Kaiun Bridge on Kitakami-River ( Morioka Station side))from 18:00 to 18:30
Sendai 仙台駅西口ペデストリアンデッキ(Sendai Station West Exit Pedestrian Deck) *silent demonstration
Tokyo 東京駅行幸通り(Tokyo Station Gyoukou Street) from 19:00 to 21:00
Chiba 京葉線・海浜幕張駅 南口広場(Minamiguchi-Hiroba(Sourth-Exit Square) of JR Keiyo Line Kaihinmakuhari Station)from 16:00 to 17:00
Nagoya 久屋大通公園 希望の広場噴水前(Hisaya Oodori Park, Kibou-no-Hiroba, in front of the fountain) from 19:00 to 19:30 *silent demonstration

Gifu JR岐阜駅北口信長ゆめ広場(North Exit of JR Gifu Station, Nobunaga-Yume-Hiroba)from 19:00 to 20:00
Nagano 長野駅善光寺口・うなぎの岩井屋近くのオブジェ(In front of Art object close to Iwaiya (Unagi-Restaurant), Zenkoji Exit Nagano Station)from 19:00
Kyoto 御射山公園(Misayama-Park)from 19:00
Osaka なにわ橋1番出口・中央公会堂向かい(Exit 1 of Naniwabashi Station, across from Chuou Koukaidou)
Kobe 東遊園地北芝生広場(Higashi Yuenchi Shibafu Hiroba)from 19:00
Akashi 明石駅前(In front of Akashi Station)from 18:00 to 19:00
Matsuyama 坊っちゃん広場(Botchan Hiroba)from 11:00 to 12:00
Fukuyama JR福山駅南口 釣り人の像前(In front of Fish man statue, South Exit of JR Fukuyama Station)from 14:30 to 16:30
Fukuoka 警固公園(Kego Park) from 19:00 to 20:00
Kumamoto 辛島公園(Karashima Park)from 19:00 to 21:00
Kagoshima 鹿児島中央駅東口広場 若き薩摩の群像の前(in front of “Statue of Satsuma students dispatched to the West” at East Exit Square of Kagoshima Chuo Station)
Okinawa 県庁前・県民広場(Kenmin Hiroba, Okinawa Kencho-Mae) 19:00

For more info: https://www.flowerdemo.org/
#metoo #withyou

2019/08/05

抵抗

いのちの権利と尊厳の敵にとって、何よりも恐ろしいのは人間の善き本性である。

生きていることを、そこで抱いた想いを、他の人と共に分かちあおうとする想像力や共感力。いのちを感じ、共鳴し、信じる力。
人間が人間たる心を持つこと。持とうと努めること。
そうした気持ちを伝え合うこと。
言葉や表現、芸術、音楽は、人間の魂を天が与えたもう本来の姿に目覚めさせる力がある。


人間をコマにしかしない、道具としてしか認めない国家権力は一人ひとりがその人間性に気付くのを何よりも恐れている。
その人にしかない感覚、感情を発動させてしまったら、考え始めるようになってしまい大衆としてコントロールしにくくなるから。
「弾圧がきついときほど、敵も危機的な状況だ」というのは、そうなんだろうと思う。情勢は最低だけど、これ以上悪くしないために今、しっかり向き合わないと後悔してもしきれなくなる。瀬戸際だ。

(それにしても!津田大介さんに対してネガティブなことを言う自称知識人な方たち、ほんとうに恥ずかしくないの?と思う。
「誰が敵なのか、分かってますか?ぎりぎりのところで闘っている人に対して外野からヤジ飛ばすのやめましょうね。最高にかっこ悪いから」って言いたい。ここまで悪化した情勢のなかで、心があり、勇気をもって行動した人を偉そうに批評してパワーレスさせるのもうやめて。本当に気分が悪い。政府も社会も散々だけど、良心があるはずの側もこんな意識なのかとうんざりする。)



ピアニスト 崔 善恵(チェ・ソンエ)さんのアルバム 「Piano, my Identity」を繰り返し聴いている。 彼女のピアノは一音一音がどこまでも深く丁寧で、人間の世の慟哭の歴史、生きることの力強さと美しさをしみじみと伝えてくれる。
このアルバムはブックレット/ライナーノーツが、収録されている音楽と双璧をなす素晴らしさで、崔さんの詩のような文章が音楽の美しさと凄みを更に感じさせる。(本田雅和さんの解説も、ものすごい重み・・・。)ほんとうに大切な宝物の一枚だ。

ナチスのファシズム政権下でショパンを聴いただけで殺されていった人たちのことを想う。
アイルランドの詩歌を口にしただけで殺されていった数え切れない人たちのことも・・・。

魂の自由と歓びを、またそれを阻害する闇への抵抗。人間が人間であることを喚起する芸術、言論、音楽。表現の自由を手放すということは、自分自身として生きる機会を放棄するということ。

ここで負けてしまってはならない。
心をしっかりと持って、想いある人や歴史とつながって。
敵が一番恐れているものが、私の人生において最も求めている生きる意味そのものなんだということ。だから、この抵抗は私の人生にとっての生きる歓びと感謝、想うこと、伝えること、出逢うこと、全てがそのまま活かされる。


2019/08/05

聖書より

 初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
           (新約聖書 ヨハネによる福音書 第1章1節‐5節)

主イエスの言葉:
 「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。
しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」
           (ヨハネによる福音書 第3章 19節-21節)


 「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。」
            (ヨハネによる福音書 第15章18節‐19節)



主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え
疲れた人を励ますように
言葉を呼び覚ましてくださる。
朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
弟子として聞き従うようにしてくださる。
主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず、退かなかった。
打とうとする者には背中をまかせ
ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
主なる神が助けてくださるから
わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは顔を硬い石のようにする。
わたしは知っている
わたしが辱められることはない、と。
わたしの正しさを認める方は近くいます。
誰がわたしと共に争ってくれるのか
 われわれは共に立とう。
誰がわたしを訴えるのか
 わたしに向かって来るがよい。
見よ、主なる神が助けてくださる。
誰がわたしを罪に定めえよう。
見よ、彼らはすべて衣のように朽ち
しみに食い尽くされるであろう。

お前たちのうちにいるであろうか
主を畏れ、主の僕の声に聞き従う者が。
闇の中を歩くときも、光のないときも
主の御名に信頼し、その神を支えとする者が。
見よ、お前たちはそれぞれ、火をともし
松明を掲げている。
行け、自分の火の光に頼って
自分で燃やす松明によって。
わたしの手がこのことをお前たちに定めた。
お前たちは苦悩のうちに横たわるであろう。
      (旧約聖書 イザヤ書 第50章4節‐11節)



2019/06/11

6月11日 第3回めのフラワーデモのこと

FLOWER DEMO  https://www.flowerdemo.org/
参考記事:性暴力被害者に花で寄り添う/広がるフラワーデモ、6月11日は9カ所で 2019/6/6 15:46 全国新聞ネット(共同通信社会部=小川美沙記者)

行けないけど、参加したくて絵をかきました。


フラワーデモ



この社会にまだ正義があるのではないか、いやあるべきだと次の誰かのことを想って声をあげた一人ひとりに、捧げられる花たち。
どんなに「法律」があなたを、あなたの苦しみを無視しようとしても、「絶対にナカッタコトにはさせない!」って思ってる人間がここにも一人います!

苦悩を抱え、暮らしの中を必死に生きている「声なんてあげられないって」人も、忘れてしまっているように生きている人もいると思うけれど、そういうお一人おひとりにも捧げられているお花のデモだと思います。会えなくても、それぞれの場所で想いが繋がって、なんとかなんとかどうにか一日一日を生き抜いていけますように・・・。


性暴力は全てのいのちへの蹂躙。魂の殺人。
人権なき法の現在地は、戦時性奴隷制度を反省できなかった日本社会の成れの果てだと本当に思います。
少女だった時に被害を受けたおばあさんたちの叫びを受けた者として、放置国家 日本のなかで、まずは自分が心を確かに持たなければ。これ以上の蹂躙を決して許さないことを心に決めて、日々の暮らしのなかで示さなければと強く思います。
体験した性暴力が、自分の半生にどれだけの影響を及ぼしてきたか少し理解できるようになった今、こどもたちや他の人が被害を受けなくてすむように、また「その後」を生き抜いていくために、小さくても私にも出来ることがきっとあるはず。
勉強もしながら、生活のなかで考え続け、表現していきたいと思います。



【行けそうな方のための情報】
上記参考記事から: デモの呼び掛け人によると、
6月11日の各会場の開始時間と場所は以下の通り
(6月5日 時点の予定です)

【札幌】19時、大通西3丁目
【仙台】19時、勾当台公園市民広場
【東京】19時、行幸通り
【名古屋】19時、久屋大通公園 希望の広場噴水前
【大阪】19時、なにわ橋1番出口 中央公会堂向かい 
【神戸】19時、東遊園地北側 芝生広場
【山口】19時、下関駅東口 下関大丸前
【福岡】19時、警固公園
【鹿児島】18時、鹿児島中央駅東口広場


性差別・性暴力がどこまでも放置される現状をこれ以上追認しないために、それぞれの傷を抱えつつも集まり声をあげておられるお一人おひとりにも、心からの花束を捧げます。どこもお天気になりますように!

参考記事 2:
 父親の性的虐待は、なぜ無罪になったのか  逃げ場ない被害者の心理、司法はもっと知って (1) 全国新聞ネット 共同通信社会部=小川美沙記者、西蔭義明記者
2019/05/30


【参考記事】
信濃毎日新聞 社説「優生手術判決 違憲と断じたのならば」2019年5月29日
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190529/KP190528ETI090010000.php
信濃毎日新聞 社説「優生手術の救済 法成立で解決はしない」2019年4月25日
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190425/KP190424ETI090004000.php

【参考記事】
韓国人遺族の靖国合祀訴訟で原告敗訴 判決説明なし 2019年5月28日
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190528002500882




幼い命がいつも標的にされて奪われることが繰り返される社会
人の権利が回復されないまま国家の暴力がまかり通り続ける社会
地球環境も戦後民主主義の崩壊にも歯止めがきかない社会


新聞を読もうとして 一日のなか何度も挑戦し挫折する
現実の過酷さ 事態の進行の深刻さ

諦めるつもりなんて微塵もないんだけど
ないはずなんだけど
心のどこにもどうしても希望が見出だせない夜がある


こういうときは眠るしかない
今夜、皆様おひとりおひとりが 心身を休める睡眠を確保できますように。おやすみなさい。




2019/03/27

今あるは神の恵み

今まで私を育ててくれたあなたに
これまでの私を見ていてくれたあなたに
どんなときも心を寄せて心配してくれたあなたに
愛を貰ったのに大切にできずに裏切ってしまったあなたに
顔も声も知らないけれど私の叫びを受けとめてきてくれたあなたに
新しい命を引き受けてこの星にきてくれたあなたに
若く苦しい私に助言をくれたあなたに
優しさゆえに厳しくしてくれたあなたに
心が通わないときのことを素直に水に流せなくても、それでも私のことを覚えていてくださるあなたに

皆々様に出逢うことができて、私は今の私になれました。
まだまだ何もかもが足りないし、そのことすら分かってないみたいだけど、
でも昔より自分のことが好きだし、今に辿りつけたことが本当に有り難いです。

私は幸運にもまだ生きていますから
いつか時が満ちることを信じて
懺悔ゆえの感謝をこめて
今日からまた精一杯かみしめながら与えられた時間を生きていきたいと思います。




小さな自分ですが、それでも限界は私にも分かりません。自分が主が望む自分になっていけるように祈りながら歩みます。
いつの日か用いられ、御心である愛が自分の生を通してあらわれる時が来ますように。
頂いた自分の命を、本来のその輝きに近づけさせていけますように。
神様が創られたこの世界の美しさを感じ、人の世がやっと見出した善きものを後世の人たちに手渡していけるように
諦めず暮らしていきたいです。
天国にいるあの人たちにいつかまたお会いできる時に ちゃんと目をみて居られる自分であれるように。
どんな未来に行き着いても、後悔しないように。

 










≪それで、そのために思い上がることがないようにと、私の身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足していきます。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。≫
 (聖書 コリント信徒への第二の手紙 12章7章-10章)




弱さを隠さず、人を恐れず、引き受けていくこと。あらわしていくこと。呼びかけること。
受けとめようとすること。感じること。
心を打ち明けていったとき相手と本当に出逢うことができ、その先に人の間に愛と労わりと慈しみの恵みがあると信じます。

2019/01/29

今、聴くべきと感じる演説。


1963年8月23日 米国 リンカーン記念堂前
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師

キング牧師「I Have a Dream」演説全文&和訳
https://www.tomorokoshi.com/entry/martin-luther-king-jr




2018年9月22日 沖縄 新都心公園 【沖縄県知事選挙】うまんちゅ大集会
玉城デニー候補/現・沖縄「県」知事  決意表明演説


【沖縄県知事選挙】2018年9月22日 うまんちゅ大集会 玉城デニーさんの決意表明 演説 (全文) http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-726.html



2019年1月19日米国ニューヨーク、フォーリースクエアにおけるウィメンズ・ユニティー・ラリーの集会にて
米国史上最年少の下院議員アレクサンドリア・オカシオ・コルテスさん演説


【全訳】米国史上最年少の女性下院議員がキング牧師ばりの演説
https://courrier.jp/news/archives/150572/



★よかったらこちらも。湾岸戦争勃発の翌日の米国会議にてバーニー・サンダースの演説。
【動画】空席の国会演説 バーニー・サンダース 1991年 (日本語字幕)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=Aw21hsX8Sz0

* 1分50秒あたりの日本語字幕にミスがありました。7億ドルではなく、70億ドルです。


2018/12/15

お誕生日おめでとう!『あなたと、わたし』

2018/10/04

起ちなはれ!

第四次安倍政権発足。こいつら、本気で憲法を力づくで変えるつもりだ。
絶対に許さない。
もう戦争を繰り返す国にはさせない。
絶対に、させない!絶対に挫けない!!屈さない!!!
私はそのために、たくさんの生存者の方に苦しい証言を強いて、聞かせて頂いてきたのだから。

ここでこの侵略戦争を賛美して繰り返そうと躍起になるアベ政権を倒さないと、これまでだってそうだったけど、いよいよ本格的に取り返しがつかないことになる。
子どもたちの未来を奪わせてはならない。多くの失われた魂を踏みにじってはならない。決して。

今、戦争に奪われた人たちの発してくれた言葉を受け取って、己が心に薪をくべよう!
自分の場所から立ち上がろう!
私も持ち場を守る。





起ちなはれ 
                     砂田明


もし 人が 今でも 万物の霊長やというのやったら
こんな酷たらしい毒だらけの世の中 ひっくり返さなあきまへん
なにが文明や

蝶やとんぼや蛍や しじみや田螺(たにし)や がんや燕や、
ドジョウやメダカやゲンゴローやイモリや
数も知れん生きもの殺しておいて
首は坐らん目は見えん 耳は聞こえん口きけん 味は分からん手で持てん足で歩けん
― そんな苦しみを水俣の赤ちゃんに押し付けといて
大腸菌かてすめん海にしてしもて
なにが高度成長や なにがハイテク・財テクや


貧乏がなんどす え 思い出しなはれ
知らん人には 今どきの若い者(もん)には教えてあげなはれ
お芋の葉ァ食べたかて 生きてきたやおへんか
そのかわりに 青い空にはまぶいお陽(ひぃ)さん
せみしぐれの樹陰(こかげ)は風の涼しうて あの緑と草いきれときれいな川と池と海と・・・・・
そや 昭和二十年敗戦の夏 大阪湾の芦屋の浜で
今はチョコレートみたいな海になってる あの大阪湾で
小っちゃい鯛やら河豚(ふぐ)やら 手でとれた
そんな中で なあ にんげんは ぎょう山(さん)の生類(しょうるい)といっしょに生きておったんやて
教えてあげなはれ ――思い出さんかい


もし あんたが 人やったら
起ちなはれ 戦いなはれ
公害戦争や 原発戦争やでえ
戦争のきらいなわし等のやる戦争や 人間最後の戦争や 正念場や
勝たな あかん 勝ちぬかな
子どものために 孫のために 生きとし 生けるもののために
そうしてこの自分自身のために 一度しかない人生のために

…・・・負けたら?   
負けたら一巻の終りや 生殺しの毒地獄や
数も知れんほどぎょう山 お仲間の生類殺した霊長はんはなあ そのかわりに
ビニールやら 水銀ヘドロやら ダイオキシンやら 核廃棄物やら
数も知れんほどぎょう山のガラクタ残して
この地球から きれいな青い星から
消えてしまうだけのハナシや






  ※演劇人である砂田明さんが水俣に移り住む前、「このままでは何よりも好きな演劇が出来なくなる世界になる」との危機感から芝居をすることを一度やめて、水俣に移り住んで被害住民の方たちと共に闘われた心境が、今になり少しだけ分かるような気がする。ほんとうに。
2018/10/02

弱さの中から生まれる強さ

 人間は、他の人間の愛を持った関わりから、変化していくように思います。
悪に抵抗する人間の尊厳を、一人の人が本当に信じられるようになるには、自分の尊厳を大切にしてもらっていると感じられる体験こそが必要じゃないかと思います。
誰かについて批評したりアドバイスするのは容易い行為だけど、それでは相手を孤立させ、信頼を失い、希望には繋がりにくい場合もあるかと。
 そういう時は、ダメ出しで偉そうに教えるんじゃなくて、対等に呼びかけたらいいんだと思います。
「共に生きよう」、って。
「あなたの苦しみを少し分けてください」「私は力なき者ですが、精一杯そうしたいって思うから」って相手に伝えて、その実体を担う覚悟を持つことが大切かなと思います。
そして、助け手となろうとするその一方で、自分の弱さをさらけ出し、「どうか共に生きてください」と呼びかける、世界への信頼を投げる勇気もいるんだと思います。
(誰かを一方的に助けようとするばかりで、自分の弱さを認めないのは、自分自身を肯定するために状況が困難な他者の存在を利用し、相手からの評価を得ることに依存している場合もあるのではないでしょうか。私自身、過去への反省を持ちつつ、こういう自問自答を忘れないことが大切だと考えています。)


 人は弱さの中に、他者を必要とする。他者の助けや愛からから自分の限界や愚かさに改めて気付くことができる。そして、そういう人にこんなに広い世界でも出逢わせてくださった神様の存在に感謝し、祈れるようになっていくのだと思います。人は助け合い、共に支えあって生きていることをお互いに実感して、はじめて何事にも感謝できるようになるのではないかな、と。そこにあるのは神様が人間に望まれていた人間が助け合い幸せになれる世界の実現(キリストの「神の国」)だと感じます。

 でも、人は人だから、いつも傍にいられるわけでもないし、みんな生きるのに精一杯なときに、いつもお互いの希望どおりの展開になるわけじゃない。
どんなに信頼して愛している人との間でも、どんなに長い時間いっしょにいても、孤独や断絶は生まれる瞬間があるのが現実。
だからこそ、わたしの場合、主イエスがどんな時も自分の命と共にいて下さることに頼り、痛みと苦しみのなかでも「イエス様が今、自分とおなじように感じ、この苦しみを味わいながらも導いてくださっている」と慰められます。だから、いつも、良いときばかりでなくても、他者との、別の人間の関係を続けていける。どうしても起きてしまう関係性の危機を、そうしてやり過ごし、共に生きていくことをやめないでいられる・・・。

神様からの愛が、主イエスの存在が、私の人生にそうしたことを可能にして下さるように思えてなりません。

聖書の御言葉と歌をご紹介します。
コリント人への手紙 第二 コリントの信徒への手紙二/ 12章 5節から10節

 このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。仮にわたしが誇る気になったとしても、真実を語るのだから、愚か者にはならないでしょう。だが、誇るまい。わたしのことを見たり、わたしから話を聞いたりする以上に、わたしを過大評価する人がいるかもしれないし、 また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。
それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。 この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。
 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

 聖書の御言葉を歌われている、塩谷達也さんの「朝の歌 」ウェブサイト(サウンドクラウド)
https://morningsongs.tokyo/lyrics/lyrics19/






 あ、なんか今、安室ちゃんの歌声が頭の中から流れてきました。
安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオhttps://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ
 「振り向かなくてもいい 今までの君のまま進めばいいから あきらめないで everyday」って歌詞が、
「強くならなくてもいい、今までの君のまま進めばいいから」って歌詞になって聞こえてきた。おおー

日々あたえられる勇気!ですね。

 自分の弱さもかっこわるさも含めて、自分のオリジナルな人格(DNAから経験した全ての一つ一つまでが)神様からの賜物だものなぁ。自己嫌悪で落ち込むときもありますが、気付きを与えられたことに感謝して、祈りつつ歩ませてもらいたいです。本来の自分大事にしつつ、日々地道にカスタマイズしていけたらええなーと思ってます。どんなにがんばっても自分は自分にしかなれないもんね。

 そんで、何事も悲壮感じゃなくて、なるべく希望を抱き、楽しくやっていこうと。決めました。
だって、どんなに苦しいことだって、元凶に向き合わないで見てみぬ振りして自分を誤魔化して生きていくよりも、楽じゃなくてもしっかり向き合える状況に辿り着けたことは、どう考えたって自分は幸福なのだから。「みんななんで?!」って嘆けるほど何か知っているわけでも、何かしているわけでもないわけだし。一人ひとりの人間性に呼びかけることを投げてきたこれまでの自分を恥ずかしく感じつつ、人間の本当の芯の部分の善さを信じて、出逢ったお一人おひとりと向き合っていきたいです。

 その中では必ず、人間の尊厳や幸福を諦めない素晴らしい人たちにも出逢える。人の変化も自分自身の変化も実感できる瞬間を与えられる。自分一人は微力ではあるが、無力じゃないって実感する体験ができる。そうした体験は予想しなかった希望の感情を生み出し、その小さいけれど確かな希望は他の誰かのそれと連なって重なって、いつか平和を約束する虹になるのだと思います。

素敵なすてきな子どもの世界(歌詞が違ってもむしろいい感じなこの動画)、実現したい!



よーし。一息いれて、ゆっくりいくぞーー
お互いの感受性を解放して思索を深め、みんなで知恵と勇気を出し合って、いのちの力も生きる喜びも出力全開にしてって、
どうにかこうにか現自民党政権を倒しましょー!(どこまでも本気で!)

いいかげん、人間はあんたたちの奴隷やコマじゃないって権力者に教えてやらないと。
横暴な権力者には「教えて」きっちり分からせてやらんとあきまへん。ほんとうに。ここで食い止める。
(「ぬちかじり」っていい言葉だなぁ。)


今年も秋が来ました。学生時代も遠くなりにけり、すっかり中年になったけども相変わらずちょっと切なくなってしまうこの感じのこの時期。大好きです。

今年もあと三ヶ月。お忙しい毎日と思いますが、皆様もどうぞ御自愛ください。
読んで頂いてありがとうございました。感謝をこめて。

それでは失礼いたします。
2018/10/01

2018年沖縄県知事選挙結果を受けての私なりの決意表明

 沖縄県知事選挙、20時の時点では沖縄タイムスと朝日だけの「当確」報道だったので、かなり緊張して待っていましたが、ほんとうに玉城デニーさんの当選が決定したときは、ほっとして泣けてきました。タイムスと朝日のリスクがありながら一歩も二歩も踏み出した勇気は、ヤマト社会にもインパクトがあったと思います。(朝日の記者さんも頑張ってくれました。)
今回、国側のやり方はものすごかったようだし、デマのニュースも報道されるレベルであったということで、その中で、翁長さんの遺志を継ぐデニーさんを選び抜いた沖縄の人たちは、ほんとうにすごいと思いました。

 もちろん、沖縄に対する日本政府の姿勢が変化しているわけではないので、これまでの翁長知事の過酷な闘いが、デニーさんに引き継がれ、抵抗が継続できることになったということで、厳しい状勢には違いないだろうと感じます。 でも、希望が続いていく結果になって、翁長知事の御遺族にこうした結果が届いて、本当によかった・・・・・・と心から思いました。
デニーさんの当選は、ほんとうに日本社会の希望を生み出したといえると思います。
沖縄の人たちは、日本政府と日本社会、ヤマトの世が変わるための最期のチャンスを生み出してくれたのだと思います。
翁長さんの「 国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。 」という声に応えられるように、一生懸命 まなんだり考えたり、近くの人たちと話し合い思索を深めながら、力をつけて歩んでいきたいです。



  一夜明けて、翌日のニュースを見て、佐喜眞氏が選挙戦を敗れたことについて、アベ首相は「残念だけど仕方ない」みたいな他人事のような、軽々しい扱いのコメントで、本当に腹が立ち、またこの政権を止められないできた主権者の一人として申し訳ない気持ちになりました。 新聞記事で両候補のツイッターの内容がまとめられているのを読み、佐喜眞氏のツイッター上のコメントに、「日本人として誇りに思う」というコメントを見たとき、ほんとうに日本がしてきた皇民化教育の根の深さ、というのか、「二等国民」として扱われてきた琉球/沖縄の人たちを「日本人」になりたくさせた、魂の蹂躙と屈服が現在進行形であることを突きつけられた思いでした。ヤマトが琉球/沖縄に強いてきたことが、どれほど沖縄の人たちを翻弄し、踏み躙り、言葉や文化を奪い、同胞での対立をもたらしてきたか。想像を絶します。
 独自の王国が植民地支配され、戦争に組み込まれ、捨石にされた沖縄戦という地上戦。米軍の占領統治と日本に「復帰」「返還」の後も憲法も法律も適応されない差別とそれを野放しにしてきた日本社会の無関心。沖縄の人同士が争わされて、分断させられて、その分断を持ち込んだヤマトの社会の一員である自分の立ち位置と責任・・・。
ほんとうなら私は、こんなに軽々しく、知事選について発言ができる立場ではないはずです。けれど、「それでも」という想いがあり、書いています。加害としての立場から逃げようとは思っていませんが、それでも、醜悪を極め、ひたすら自らの責任を棚上げし、被害者の「自己責任」で個人攻撃をする日本の政治や社会の腐敗に、うんざりして、やりきれない想いがあるのも事実です。おかしいと思っている人が一定数いても、投票結果につながってこないヤマトの社会のこれまでがあり、どうにも希望が持てなくなっている中で、沖縄を厳しい状況に追い込んでいる立場にも関わらず、沖縄に希望を託してしまう自分の身勝手さも感じてきました。それでも、デニーさんが、そういうヤマトの人間の想いを、9/22日の集会の意思表明演説の中で(見たのは動画ですが、)掬ってくれたように感じました。そこに甘えきってはいけないけれど、私も沖縄の子どもたちの未来を考えたいと強く思っています。それは、ヤマトが自国の加害と支配の歴史と現実をきちんと認め、誠実に謝罪しないままでは、戦争を正当化することになる。戦争や侵略を正当化するままでは、ヤマトの子どもたちも本当に幸せにはなれないからです。誰かを踏みつけることが当然であったり、前提である「幸せ」は、真のそれではないからです。
いつか本当に世界の平和が実現した世界、国境や民族の分断がない世界で、すべての子どもがだいじにされる主の平和が実現するように祈ります。

 神様に拠り頼み祈るからには、自分にできることはしなければなりません。
今の自分に何ができるのか、何をしたらいいのか。そして、何をしてはいけないのか。
そのことについて、自分自身がもっと認識をもてるよう学び続けることが必要だと再認識しました。そして学びには果てがないから、その都度、その時点での仮定をもって、まずは動きだす決意と勇気を持たなければならないと思いました。抑圧している立場として、抑圧されている人たちが強いられているものを、想像力を常に限界まで働かせ感じ取ろうとする努力をすること。「自分は何も分かっていない」とを肝に銘じることなしに、ほんとうにこのヤマトとしての責任を担い、沖縄の人々の呼びかけに応じてことは出来ないのだとこの間、痛感しました。「大丈夫そうだ」、と思ったらもう派手にこけていて、その都度 のたうちまわる恥ずかしさは相変わらずですが、その苦しさで改めるチャンスを放り出してはおしまいだから・・・。楽じゃないけど・・・、苦しいときほどいろいろ学べるのも事実で。楽で不誠実に生きてて気付かないよりずっと幸せなはずだから、皆様に助けてもらいながら、進んでいきたいです。

 



 現在の安倍政権のメチャクチャさは、モリカケを例に挙げるまでもなく枚挙に暇がありませんが、死刑大量執行の前日に西日本集中豪雨の際に大宴会していたことだけとっても、絶対に私は許しません。その時期、立憲民主党の枝野さんの国会での三時間に渡る演説をされたということで話題になっていました。この演説がブックレットになったものを、今朝になってやっと初めて読みました(『枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』扶桑社)( ←昔、「新しい歴史教科書を作る会」の戦争賛美の教科書を作っていたけど、この20年くらい何か方向転換があったのかなぁ?それとも売れるからなの?でも、そうだとしても、よく出してくれたと思いました。もちろん、歴史歪曲教科書を売ったことは絶対に許さないけど)。
非常によくまとまっていて、重要な演説でした。胸がすく想いというか、とても力をもらいました。これをレジュメみてのアドリブで、嵐のような野次の中、三時間演説したのは、本当にすごいと思った。(その凄さを体感してみようと、試しに私も早口で朗読してみたけど、三分の二くらいでついに声がでなくなりました。政治家のバイタリティーと精神力はすごいもんだ。)

 枝野氏の演説を読み、改めて、このままこのモラルハザードを極めた政権を止められなければ、社会はこれまでの機能を失い、これまでの世の前提が崩れ、何をどう信頼して判断していいのか全く分からなくなると思いました。来るところまで来ました。ここで舵をきるしかないと感じます。

 改めて四年前の県知事選挙で当選した翁長さんの写真を、亡くなる前の写真を比べて見たときに、 もうこんなことを繰り返させてはならない、デニーさんが翁長さんのような最期を迎えないように。四年前、誰も翁長さんの最期のあの姿を想像していなかったはずです。四年後に同じような選挙で沖縄が翻弄されないように、日本の政権と社会がここで変わらなければならない。翁長さんの急逝から、その生き方を目の当たりにしたヤマトの社会も、少しずつ報道が増え、問題の認識が浸透してきているようにも感じます。これを一過性のものにしない、考え続ける努力がだいじだと思います。
今度はヤマトンチュが頑張って、日本の政治を変えていかないと。憲法は風前の灯となってます。沖縄の人たちの、強いられた分断のなかでも屈せずに諦めず、平和を求め示し続けてくれる呼びかけに、沖縄の心に応えるためヤマト側が変わっていかなければ未来はないと感じます。

 思い返せば、一年前。高江に米軍ヘリが墜落したのも選挙直前だったから、もう一年がたったんだ・・・。(ヘリの部品に使われていた放射能が検出されたと報道されていたみたいだけど、牧草や豚肉を出荷しておられた農家さんだったのに、被害にあわれた生活はどうなっているのだろう・・・。九州で自衛隊のヘリが墜落したおうちの方たちも、被害にあったのにバッシングにあったりされていたけど、今どんな状況で生活しておられるのでしょうか・・・。)

 あの時期は、衆議院議員選挙前に前原誠司氏が民主党を勝手につぶしてしまって、最悪アベ氏と小池百合子氏の極右二大政党になるのではないかと怯えてながら不安の中で暮らしてしていました。しかし、土壇場で立憲民主が出来て、共産党は立憲民主にだいぶ議席を譲ってくれて、いまの共産党は本当にすごいと思った。志井委員長は「見返りは民主主義だ」という歴史的な名言をコメント。感動しました。枝野さんの演説原稿よんで、ギリギリのところで立ち上がってきたこの流れを、もっと大きなものにしないと、取り返しがつかなくなると危機を新たにしました。

 日本の国会は戦後で最悪の状況だと思いますが、首の皮一枚で、日本の政治から希望はまだ潰えていないと信じられる気がします。頑張っている議員さんの仕事を受けとめ、学びながら、国会の外から政権を追い詰めたいです。このままだと憲法に保障された今ある人権は吹き飛びます。そうなったら、戦争で犠牲になった方たちや、選挙権の無い人たちに合わせる顔がありません。
アベ政権の日本政府の暴走を、なんとか止めなきゃいかんです。

 来年2019年2月は、普天間基地の返還予定期限です。そして、来年の4月は、統一地方選挙です。
憲法改悪と戦争に直進している現日本政府を止めるためには、日本列島に住んでいる一人ひとりが日米の安全保障についてはもちろん、この政権で自分たちの暮らしや未来が守っていけるのかを真剣に考え、また加害の歴史を繰り返さないために、これに対して明確な意思を示していくことが大切と思います。


 デニーさんが提唱した「誰一人として取り残されない政治」を、日本の政府にも強く求めます。本来、政治が目指す場所はそこではないかと。第二次世界大戦から何も変わらず、「権力者さえ大丈夫ならば、あとは犬死でいい」では、歴史を積み上げてきたことにならず、いよいよ滅びてしまいます。
 それぞれの歩みをそれぞれの場所で、静かに決意できる時が来たような気がします。一人でもいい、勇気をもって踏み出したら、他の心ある人の姿が見えてくる。希望は繋がり大きく育つ。確信をもって、そう思います。

基地はどこにもいらないし、戦争も差別も死刑も優性思想もいりません。
権力の命への冒涜を許さないし、それに追随し加担する暴力と人間性の放棄を、私自身は決して選びたくありません。

 知事選と宜野湾市長選、頑張られた皆様、本当にほんとうに、お疲れ様でした。
私も心に新しい風を受けて、自分のところから泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしながら、自分らしくではあるけれど、地道にまた取り組んでいきます。がんばるぞ!



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