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2019/10/13

SION 「12号室」



懐かしい歌。

今年もまた十月がきました。
もう12年になるのですね。
あなたに口をきいてもらえなくなるのが怖すぎて、どうしようもないときも命を投げ出さず踏みとどまれました。
おかげさまで、これまで生きてこられました。今、とても幸せです。
たくさんのありがとうとごめんなさい。時々声にだして謝っているけど… 聴こえてるかな。

天国にいるあの人に、出会い続けられる自分でいられるよう、祈り、歩みたいです。

2019/10/04

うむいごと

Vergilさんのブログ「読む・考える・書く」より
「地球環境危機は手遅れ寸前。冷笑などしている場合ではない。」 
http://vergil.hateblo.jp/entry/2019/09/28/142201


読んでない方は是非ご一読ください。改めて事実に目を向けると絶句する危機的な状況です。
未来に絶望しか遺せないのではないかと胸が苦しくなります。
戦争は最大の人権侵害であり環境破壊。戦闘がない時期でも、基地や軍事練習の大気汚染・土壌汚染・水質汚染は深刻です。特に軍隊保有国が自国以外に基地を持っている場合は。沖縄の米軍基地はもちろん、宮古島の自衛隊新基地も燃料の漏れ出しなどでの地下水の汚染が懸念されています。地下水が汚染されたら宮古島は人が住めなくなるでしょう。
誰も責任は取れません。空気や水が汚染されて、生き物である私たちが影響を受けないとでも思うのでしょうか。原発が爆発しても反省できないどころか、事実を歪めて開き直り続けるこの国の政府を、それを批判することもできない社会をどうやって正し、立て直せるのか。諦めるわけにはいきません。でも、何ができるのか・・・。



 前から観たいなと思っていた、セックスセラピストのおばあちゃんのドキュメンタリー映画 『おしえて!ドクター・ルース』の記事が新聞記事に出ていました。「あ、もうすぐやるのね~」と思って記事を読んでいたら、(ホロコースト体験者だっていうのは知っていたけど、)「終戦後はパレスチナでスナイパーとして活動した」と書いてあり愕然としました。観たかった気持ちが一気に失せ、言いようのない気持ちです。ホロコーストの歴史、イスラエル建国はパレスチナのナクバ(大災厄)、日々殺され、土地を削られ、虐げられ続けているパレスチナの人たちの現在を想います。人類の歴史が辛く、痛いです。




 ずっと読みたかった本、水俣病センター相思社の永野三智さんが書いた 『みな、やっとの思いで坂をのぼる ―水俣病患者相談のいま』(ころから社)を先日やっと読むことができました。
 
 水俣は私にとって原点でもある大切な場所で、何度も訪ねたけれど、患者さんたちの身体的な苦しみについて無頓着だった自分を恥ずかしく思いました。自分の身体は取り替えることは出来ない。そのことは幼いころからの心身の不調から私も人並みに感じてきました。でも、私は恵まれていて、今はある程度の健康を維持できる立場です。
食べ物から有機水銀を取り込んだことによって生じているお一人お一人の人生を貫く重い症状。肩こりや腰痛、身体の重さ、酷い耳鳴りで眠ることも人と話すことも不自由、寝ていても足がつって起きてしまい痛くて眠ることができない、手足の震え、味や匂いが分からず食事の栄養問題などから他の病気が出てきてしまう等・・・。治る方法がなく年齢を重ねるごとに悪化していく症状への絶望。「水俣病」であることを家族や親族の間で共有することもできないくらいの地域社会の日常・・・。

 苦しいけれど、その人生を逃れ得ない方たちの苦しみを読む前よりほんの少しでも知ることができたような気がします。読むことができて良かったです。私にとって生涯、大切な一冊となると思います。
丁寧な文章で読みやすく、でも日々の中で出会う患者さんたち一人一人の人生の重さが淡々と記録されています。
「悶え加勢」しながら患者さんたちに寄り添い続ける彼女の手記を、ひとりでも多くの方と共有したいと思いました。この本を一人でも多くの方と共有したいと思い、ここに書きました。まだの方は、是非一度お読み頂ければと思います。

2019/09/29

change.orgキャンペーン、ネット署名しました。まだの方、是非どうぞ。
文化庁は「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金交付中止を撤回してください。

【緊急署名】東電刑事裁判元経営陣「無罪」判決に控訴してください!



今日の新聞に、関西電力の会長ら20人が福井県高浜町の元助役から7年間で3億2000万円の金品を受領していたと報道されていた。原発のために、どれだけのお金が動いてきたんだろうと改めて考える。社長たちも会長も辞任はしないという。倫理が破綻した、釜の底が抜け落ちてしまった日本社会。こんなことは許してはならない。


思想信条への検閲、弾圧
民族差別と排外主義、愛国・国粋主義、優勢思想、天皇制、死刑
基地開発、軍隊、戦争と原発
歴史の隠蔽と改ざん
憲法と民主主義の破壊。
何もかもが相俟って一直線に破滅に向かっていく。

環境、社会の「当たり前」が目の前で喪われ、崩れ落ちていく。


先日のグレタ・トゥェンベリさんの魂からの怒りと懸念のスピーチも茶化し、向き合わない日本のメディアにはいい加減に吐き気がする。私は大人の一人として彼女の訴えが骨身に堪えた。大学で環境社会学を専攻し、何かしなければと感じながらも現状を結局のところ野放しにしたまま生きてきたから。今おき続けている自然災害は予見されていながら、手を打ってこなかった世界・社会の人災とも言える。このままだと、これから生まれてくる命たちに絶望しか遺せない。人類滅亡のシナリオは冗談ではなくリアリティだ。

この数年間の災害に、どれだけの人の人生が変えられただろう。世界で、この数秒の間にどれだけの森林が燃やされ、どれだけの種が絶滅しているか。知れば簡単に絶望してしまえる現状がある。だからって見ないままに、後の世代に全部押し付けてしまえるのか。
環境汚染された土地で、苦しみ続けている人たちがいることを想う。
海を埋め立てられ、堰き止められ、のたうち殺されていく命があることを想う。

わたしには何ができるのだろう。
なにも出来ないのだとしても何を目指し、生きていけるだろう。諦めないで命を燃やせるだろうか。試されている。




2019/09/18

防備録2019年9月18日

オスプレイ17機3600億円
イージスアショア2基6000億円
F35ステルス戦闘機147機6兆2000億円
辺野古新基地2兆5000億円
加計学園グループに流れた血税176億円
米国の遺伝子組み換え余剰トウモロコシ数百億買取


千葉の停電復旧などに予備費13.2億円 首相が方針
要介護1.2給付外し
増税



おかしくなりそう。
2019/08/11

全国一斉フラワーデモに寄せて

フラワーデモ https://www.flowerdemo.org/

今日の全国一斉行動、夏風邪で行けなくて残念です。
性被害者を更に貶め、性暴力を「肯定」し続ける日本社会の在り方を心から拒否します。
誰もが脅かされずに暮らせる世界に向かっていけるよう、願いをこめて花を捧げます。

DSCN0902.jpg


[短歌]
・エプロンの固き結び目 ふと解け 想い一輪 フラワーデモへ
・それぞれの胸に抱きし苦しみは 言葉にならぬ一輪の花
・花は言う 「あなたは何も悪くない」「 ここにいるよ」とみな集まりぬ
・ 夏の日の街に現る花畑 性暴力にNOを突きつけ
・それぞれの色に香りに誰しもが 天に向かって咲く日を願う



もうやっている時間のところもあるけれど連帯の気持ちをこめて情報を転載します。

【2019年8月11日全国一斉行動】
北海道札幌市  大通公園3丁目駅前通り側(西側)銅像付近 19:00
岩手県盛岡市  北上川河川敷・開運橋の下(盛岡駅側)18:00〜18:30
宮城県仙台市  仙台駅西口ペデストリアンデッキ 19:00〜19:30
※サイレントスタンディング
東京駅     行幸通り(東京駅丸の内口新丸ビルと丸ビルの間)19:00〜
千葉県幕張市 京葉線・海浜幕張駅 南口広場 16:00~17:00
岐阜県     JR岐阜駅北口信長ゆめ広場  19:00〜20:00
愛知県名古屋市 久屋大通公園 希望の広場噴水前 19:00〜19:30
※サイレントスタンディング
長野県長野市  長野駅善光寺口・うなぎの岩井屋近くのオブジェ 19:00
京都府京都市  御射山公園 19:00
大阪府大阪市  なにわ橋①出口 中央公会堂向い 19:00
兵庫県明石市  明石駅前 18:00〜19:00
兵庫県神戸市  東遊園地北芝生広場  19:00
愛媛県松山市  坊っちゃん広場 11:00〜12:00
広島県福山市  JR福山駅南口釣り人の像前 14:30 〜16:30
福岡県福岡市  警固公園 19:00〜 
熊本県熊本市  辛島公園 19:00〜21:00
鹿児島県鹿児島市 鹿児島中央駅東口広場(若き薩摩の群像の前) 18:30〜20:00
沖縄県名護市 県庁前・県民広場 19:00


In March this year, 4 sexual assault cases (including 2 incest cases) ended with not-guilty verdicts.
In order to protest these gross injustices, and to stand in solidarity for survivors, the next “Flower Demonstration Movement” will take place on Saturday, 11th August on the following 18 places all over Japan.

Survivors of rape and sexual assault can speak out their feelings and share their own story in an atmosphere of safety, and participants encourage them, holding flowers on their hands to show their support. The demonstrations have been held nationwide, on 11th of every month since last April.

Sapporo 大通西3丁目駅前通り側(西側)銅像付近(By the Monument on the Western side of Oodorinishi 3-chome Ekimae-Dori-Street)  19:00
Morioka 北上川河川敷・開運橋の下(盛岡駅側)(Under Kaiun Bridge on Kitakami-River ( Morioka Station side))from 18:00 to 18:30
Sendai 仙台駅西口ペデストリアンデッキ(Sendai Station West Exit Pedestrian Deck) *silent demonstration
Tokyo 東京駅行幸通り(Tokyo Station Gyoukou Street) from 19:00 to 21:00
Chiba 京葉線・海浜幕張駅 南口広場(Minamiguchi-Hiroba(Sourth-Exit Square) of JR Keiyo Line Kaihinmakuhari Station)from 16:00 to 17:00
Nagoya 久屋大通公園 希望の広場噴水前(Hisaya Oodori Park, Kibou-no-Hiroba, in front of the fountain) from 19:00 to 19:30 *silent demonstration

Gifu JR岐阜駅北口信長ゆめ広場(North Exit of JR Gifu Station, Nobunaga-Yume-Hiroba)from 19:00 to 20:00
Nagano 長野駅善光寺口・うなぎの岩井屋近くのオブジェ(In front of Art object close to Iwaiya (Unagi-Restaurant), Zenkoji Exit Nagano Station)from 19:00
Kyoto 御射山公園(Misayama-Park)from 19:00
Osaka なにわ橋1番出口・中央公会堂向かい(Exit 1 of Naniwabashi Station, across from Chuou Koukaidou)
Kobe 東遊園地北芝生広場(Higashi Yuenchi Shibafu Hiroba)from 19:00
Akashi 明石駅前(In front of Akashi Station)from 18:00 to 19:00
Matsuyama 坊っちゃん広場(Botchan Hiroba)from 11:00 to 12:00
Fukuyama JR福山駅南口 釣り人の像前(In front of Fish man statue, South Exit of JR Fukuyama Station)from 14:30 to 16:30
Fukuoka 警固公園(Kego Park) from 19:00 to 20:00
Kumamoto 辛島公園(Karashima Park)from 19:00 to 21:00
Kagoshima 鹿児島中央駅東口広場 若き薩摩の群像の前(in front of “Statue of Satsuma students dispatched to the West” at East Exit Square of Kagoshima Chuo Station)
Okinawa 県庁前・県民広場(Kenmin Hiroba, Okinawa Kencho-Mae) 19:00

For more info: https://www.flowerdemo.org/
#metoo #withyou

2019/08/05

抵抗

いのちの権利と尊厳の敵にとって、何よりも恐ろしいのは人間の善き本性である。

生きていることを、そこで抱いた想いを、他の共に分かちあおうとする想像力や共感力。いのちを感じ、信じる力。
人間が人間たる心を持つこと。持とうと努めること。
それを伝え合うこと。
言葉や表現、芸術、音楽は、人間の魂を天が与えたもう本来の姿に目覚めさせる力がある。


人間をコマにしかしない、道具としてしか認めない国家権力は一人ひとりがその人間性に気付くのを何よりも恐れている。
その人にしかない感覚、感情を発動させてしまったら、考え始めるようになってしまい大衆としてコントロールしにくくなるから。
「弾圧がきついときほど、敵も危機的な状況だ」というのは、そうなんだろうと思う。情勢は最低だけど、これ以上悪くしないために今、しっかり向き合わないと後悔してもしきれなくなる。瀬戸際だ。

(それにしても!津田大介さんに対してネガティブなことを言う自称知識人な方たち、ほんとうに恥ずかしくないの?と思う。
「誰が敵なのか、分かってますか?ぎりぎりのところで闘っている人に対して外野からヤジ飛ばすのやめましょうね。最高にかっこ悪いから」って言いたい。ここまで悪化した情勢のなかで、心があり、勇気をもって行動した人を偉そうに批評してパワーレスさせるのもうやめて。本当に気分が悪い。政府も社会も散々だけど、良心があるはずの側もこんな意識なのかとうんざりする。)



ピアニスト 崔 善恵(チェ・ソンエ)さんのアルバム 「Piano, my Identity」を繰り返し聴いている。 彼女のピアノは一音一音がどこまでも深く丁寧で、人間の世の慟哭の歴史、生きることの力強さと美しさをしみじみと伝えてくれる。
このアルバムはブックレット/ライナーノーツが収録された音楽と双璧をなす素晴らしさで、崔さんの詩のような文章が音楽の美しさと凄みを更に感じさせる。(本田雅和さんの解説も、ものすごい重み・・・。)ほんとうに大切な宝物の一枚だ。

ナチスのファシズム政権下でショパンを聴いただけで殺されていった人たちのことを想う。
アイルランドの詩歌を口にしただけで殺されていった数え切れない人たちのことも・・・。

魂の自由と歓びを、またそれを阻害する闇への抵抗。人間が人間であることを喚起する芸術、言論、音楽。表現の自由を手放すということは、自分自身として生きる機会を放棄するということ。

ここで負けてしまってはならない。
心をしっかりと持って、想いある人や歴史とつながって。
敵が一番恐れているものが、私の人生において最も求めている生きる意味そのものなんだということ。だから、この抵抗は私の人生にとっての生きる歓びと感謝、想うこと、伝えること、出逢うこと、全てがそのまま活かされる。


2019/08/05

聖書より

 初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
           (新約聖書 ヨハネによる福音書 第1章1節‐5節)

主イエスの言葉:
 「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。
しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」
           (ヨハネによる福音書 第3章 19節-21節)


 「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。」
            (ヨハネによる福音書 第15章18節‐19節)



主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え
疲れた人を励ますように
言葉を呼び覚ましてくださる。
朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
弟子として聞き従うようにしてくださる。
主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず、退かなかった。
打とうとする者には背中をまかせ
ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
主なる神が助けてくださるから
わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは顔を硬い石のようにする。
わたしは知っている
わたしが辱められることはない、と。
わたしの正しさを認める方は近くいます。
誰がわたしと共に争ってくれるのか
 われわれは共に立とう。
誰がわたしを訴えるのか
 わたしに向かって来るがよい。
見よ、主なる神が助けてくださる。
誰がわたしを罪に定めえよう。
見よ、彼らはすべて衣のように朽ち
しみに食い尽くされるであろう。

お前たちのうちにいるであろうか
主を畏れ、主の僕の声に聞き従う者が。
闇の中を歩くときも、光のないときも
主の御名に信頼し、その神を支えとする者が。
見よ、お前たちはそれぞれ、火をともし
松明を掲げている。
行け、自分の火の光に頼って
自分で燃やす松明によって。
わたしの手がこのことをお前たちに定めた。
お前たちは苦悩のうちに横たわるであろう。
      (旧約聖書 イザヤ書 第50章4節‐11節)



2019/06/11

6月11日 第3回めのフラワーデモのこと

FLOWER DEMO  https://www.flowerdemo.org/
参考記事:性暴力被害者に花で寄り添う/広がるフラワーデモ、6月11日は9カ所で 2019/6/6 15:46 全国新聞ネット(共同通信社会部=小川美沙記者)

行けないけど、参加したくて絵をかきました。


フラワーデモ



この社会にまだ正義があるのではないか、いやあるべきだと次の誰かのことを想って声をあげた一人ひとりに、捧げられる花たち。
どんなに「法律」があなたを、あなたの苦しみを無視しようとしても、「絶対にナカッタコトにはさせない!」って思ってる人間がここにも一人います!

苦悩を抱え、暮らしの中を必死に生きている「声なんてあげられないって」人も、忘れてしまっているように生きている人もいると思うけれど、そういうお一人おひとりにも捧げられているお花のデモだと思います。会えなくても、それぞれの場所で想いが繋がって、なんとかなんとかどうにか一日一日を生き抜いていけますように・・・。


性暴力は全てのいのちへの蹂躙。魂の殺人。
人権なき法の現在地は、戦時性奴隷制度を反省できなかった日本社会の成れの果てだと本当に思います。
少女だった時に被害を受けたおばあさんたちの叫びを受けた者として、放置国家 日本のなかで、まずは自分が心を確かに持たなければ。これ以上の蹂躙を決して許さないことを心に決めて、日々の暮らしのなかで示さなければと強く思います。
体験した性暴力が、自分の半生にどれだけの影響を及ぼしてきたか少し理解できるようになった今、こどもたちや他の人が被害を受けなくてすむように、また「その後」を生き抜いていくために、小さくても私にも出来ることがきっとあるはず。
勉強もしながら、生活のなかで考え続け、表現していきたいと思います。



【行けそうな方のための情報】
上記参考記事から: デモの呼び掛け人によると、
6月11日の各会場の開始時間と場所は以下の通り
(6月5日 時点の予定です)

【札幌】19時、大通西3丁目
【仙台】19時、勾当台公園市民広場
【東京】19時、行幸通り
【名古屋】19時、久屋大通公園 希望の広場噴水前
【大阪】19時、なにわ橋1番出口 中央公会堂向かい 
【神戸】19時、東遊園地北側 芝生広場
【山口】19時、下関駅東口 下関大丸前
【福岡】19時、警固公園
【鹿児島】18時、鹿児島中央駅東口広場


性差別・性暴力がどこまでも放置される現状をこれ以上追認しないために、それぞれの傷を抱えつつも集まり声をあげておられるお一人おひとりにも、心からの花束を捧げます。どこもお天気になりますように!

参考記事 2:
 父親の性的虐待は、なぜ無罪になったのか  逃げ場ない被害者の心理、司法はもっと知って (1) 全国新聞ネット 共同通信社会部=小川美沙記者、西蔭義明記者
2019/05/30


【参考記事】
信濃毎日新聞 社説「優生手術判決 違憲と断じたのならば」2019年5月29日
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190529/KP190528ETI090010000.php
信濃毎日新聞 社説「優生手術の救済 法成立で解決はしない」2019年4月25日
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190425/KP190424ETI090004000.php

【参考記事】
韓国人遺族の靖国合祀訴訟で原告敗訴 判決説明なし 2019年5月28日
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190528002500882




幼い命がいつも標的にされて奪われることが繰り返される社会
人の権利が回復されないまま国家の暴力がまかり通り続ける社会
地球環境も戦後民主主義の崩壊にも歯止めがきかない社会


新聞を読もうとして 一日のなか何度も挑戦し挫折する
現実の過酷さ 事態の進行の深刻さ

諦めるつもりなんて微塵もないんだけど
ないはずなんだけど
心のどこにもどうしても希望が見出だせない夜がある


こういうときは眠るしかない
今夜、皆様おひとりおひとりが 心身を休める睡眠を確保できますように。おやすみなさい。




2019/03/27

今あるは神の恵み

今まで私を育ててくれたあなたに
これまでの私を見ていてくれたあなたに
どんなときも心を寄せて心配してくれたあなたに
愛を貰ったのに大切にできずに裏切ってしまったあなたに
顔も声も知らないけれど私の叫びを受けとめてきてくれたあなたに
新しい命を引き受けてこの星にきてくれたあなたに
若く苦しい私に助言をくれたあなたに
優しさゆえに厳しくしてくれたあなたに
心が通わないときのことを素直に水に流せなくても、それでも私のことを覚えていてくださるあなたに

皆々様に出逢うことができて、私は今の私になれました。
まだまだ何もかもが足りないし、そのことすら分かってないみたいだけど、
でも昔より自分のことが好きだし、今に辿りつけたことが本当に有り難いです。

私は幸運にもまだ生きていますから
いつか時が満ちることを信じて
懺悔ゆえの感謝をこめて
今日からまた精一杯かみしめながら与えられた時間を生きていきたいと思います。




小さな自分ですが、それでも限界は私にも分かりません。自分が主が望む自分になっていけるように祈りながら歩みます。
いつの日か用いられ、御心である愛が自分の生を通してあらわれる時が来ますように。
頂いた自分の命を、本来のその輝きに近づけさせていけますように。
神様が創られたこの世界の美しさを感じ、人の世がやっと見出した善きものを後世の人たちに手渡していけるように
諦めず暮らしていきたいです。
天国にいるあの人たちにいつかまたお会いできる時に ちゃんと目をみて居られる自分であれるように。
どんな未来に行き着いても、後悔しないように。

 










≪それで、そのために思い上がることがないようにと、私の身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足していきます。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。≫
 (聖書 コリント信徒への第二の手紙 12章7章-10章)




弱さを隠さず、人を恐れず、引き受けていくこと。あらわしていくこと。呼びかけること。
受けとめようとすること。感じること。
心を打ち明けていったとき相手と本当に出逢うことができ、その先に人の間に愛と労わりと慈しみの恵みがあると信じます。

2019/03/01

今年の三一節(サミルジョル)。

1919年3月1日から100年。日本が植民地支配していた朝鮮半島で一斉に立ち上がった202万人の人たちが日本帝国に弾圧され殺され、分かっているだけでも7509名の人が命を奪われました。
(16,000余人が負傷、逮捕・拘禁された人の数は、46,000人。)
三一節
参考記事:
第100周年3.1節記念式 文在寅(ムン・ジェイン)大統領演説[全訳] (2019年3月1日)
参考記事:韓国旅行サイト「コネスト」三一節(サミルジョル)



上の絵はシュナムルさんという方が描かれたものです。許可を頂いたので載せます。

シュナムルさんのツイートより引用
 https://twitter.com/chounamoul/status/1101327037715820544
《人間が「こいつらは自分たちより下の人種だ」と見なした属性に対してどれだけ傲慢で酷薄になるかは、今の日本見てもわかると思うけど、そういう日本人が実際に権力を持って全朝鮮人の上に君臨してたのが植民地朝鮮で、まあ酷いもんですよ。俺らの父祖があの国の人たちにやらかしたことというのは。》

《今日は韓国では三一節、つまり日本からの独立を求めるデモが起きた1919年3月1日を記念する日だけど、俺らにとっても無関係な日ではもちろんなくて、自分らの父祖が植民地でやらかした加害の記録をいちど読んでみるのがいいと思う。もちろん加害者側の正当化の理屈ではなく、被害者側の証言を。》

《殴られた側は殴られたことを憶えていても、殴った側は忘れたがり、じっさい簡単に忘れる。「どっちもどっち」じゃないですよ。忘れちゃいけないんです。殴った側は殴ったことを忘れまいと努めなきゃいけない。それは倫理的な責任であると同時に、殴られた側と対等の友好を築く絶対の条件でもある。》

《そういうわけで俺は日本人として、韓国の独立運動への敬意と、自国による侵略と収奪への反省とともに三一節を記念します。大韓独立万歳。願わくば日本が理性を取り戻し、植民地主義を脱して韓国と友好を築かんことを。》

(シュナムルさんの2019年2月28日のツイートより)





私は、日本に生まれ育ちました。
この国にはいいとこや好きなものがたくさんあるし、言葉も文化も風土も多様で面白い。水にも自然にも恵まれて暮らしやすい。食べ物も好きだし、日本語文化圏に暮らせてよかったなーって思うものも多くあります。(他の言語わかんないんですけど。)
戦争を放棄した日本社会に生まれたから、自分は今の権利を持っているし、教育や医療を受けてこの人生の恵みがあると思ってます。だからこそ、この国の光の部分だけではなくて影の部分、闇の部分をしっかり引き受けていかなきゃなりません。
それが社会に今ある光の部分を次世代に引き継ぐ術だと考えるからです。

第二次世界大戦は日本が奇襲で始めた戦争です。アジア太平洋地域で2000万人の人が死ぬことになった戦争を日本が始めたこと。このことを無視して自分の人生を考えることは、私にはできません。

日本が、朝鮮半島を支配してどれほどのことを行ってきたかのか。
たった一度の人生を奪い、家族を友人を奪い、
名前を奪い、文字を、言葉を、文化を、大地を奪い、
人間が人間として暮らす権利の全てを奪った日本の侵略戦争。
兵隊として、軍夫として、強制労働者として、性奴隷として・・・。

その全貌を知ることはできないけれど、言葉で書き連ねるだけで、呆然とします。
数字だけで気の遠くなるような人数の一人ひとりの人生に、一人に起きた残虐すぎて実感できないような被害。
なんら誠実な謝罪も、謝罪どころか認知もしようとしないこの国。

無かったことにはさせない。できません。
忘却しての美化なんて、醜悪そのものです。

戦争の歴史にしても、原発にしても公害にしても、差別にしても、環境破壊にしても、誰かを虐げることを前提とした日本社会が私は恥ずかしい。イヤです。イヤ過ぎる。思想云々もあるけど、体調が悪くなるとか、隣人との関係が阻害されるとか、暮らしに影響もある。なんとかしたいです。

誇りたくても誇れない、恥ずかしく情けない国に成り下がっている現状をそのままにしたくない。改めて、強く思います。
加害の立場を自覚し続けることは楽なことではないけれど、誰かを虐げたり殺したりしてきたことを正当化したり美化したりして妄信しながら生きるよりも、ずっと人間らしい生き方ができるはずだと私は考えます。日本人だから日本の全てを肯定するって考え方より「今は抑圧者であるけれど、いつか抑圧のない社会・世界を目指して生きようとする」「とれない責任とも向き合い続けようとする」というのは、アイデンティティとしてはるかにまともじゃないかと感じます。

社会を作り変えるなんてできないけど、まずは、私自身が自分の置かれている立場、誰かを踏んで立っている今現在地を自覚する必要があると思います。踏みつけてきている立場の人たちの声をなるべく聞こうとして、受け取れたときは何度でも何度でもかみしめて感じられるように。社会的・世界的な自分の立場と責任を自覚した上で、自分がどう生きるか。
自分の加害の立場、そしてこの社会で受ける抑圧。構造的な、歴史的な背景を踏まえながら、相手を大切にし、自分の気持ちを置いてきぼりにしないで、どう生きるのか。その時点での試行錯誤して選んだ姿勢を自分の人生で示せ続けたらと願ってます。


日本社会の歴史観が歪められ、真実から遠くなればなるほどに三一節(サミルジョル)を胸に刻んでいかなきゃなりません。朝鮮半島のみならず日本帝国に奪われ、殺され、支配された人たちの人生を想うために。
それは、人々を殺したり奪ったり、飢えたり死んでいく戦地での人生ではなく、戦争がなければ送れたはずの人間らしい平凡な暮らし・人生を願っていたはずの日本軍の兵士とされた人たちの魂の叫びを真摯に受けとめることでもあるのだと私は信じています。中国から生きて帰ってきた父方の祖父の人生を想い、中国で戦死した祖父の兄の人生を想いながら、心からそう思います。
戦争はもう決してやってはいけない。自衛隊を名実ともに軍隊にさせては絶対にいけません。

今年も、春がきます。
心新たに、悔いが残らないように、できることをできるだけやりきっていきたいです。





◎ついしん
映画『パッチギ2』は名画だと思います。観てない人は是非みてみて下さい!
2019/01/29

今、聴くべきと感じる演説。


1963年8月23日 米国 リンカーン記念堂前
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師

キング牧師「I Have a Dream」演説全文&和訳
https://www.tomorokoshi.com/entry/martin-luther-king-jr




2018年9月22日 沖縄 新都心公園 【沖縄県知事選挙】うまんちゅ大集会
玉城デニー候補/現・沖縄「県」知事  決意表明演説


【沖縄県知事選挙】2018年9月22日 うまんちゅ大集会 玉城デニーさんの決意表明 演説 (全文) http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-726.html



2019年1月19日米国ニューヨーク、フォーリースクエアにおけるウィメンズ・ユニティー・ラリーの集会にて
米国史上最年少の下院議員アレクサンドリア・オカシオ・コルテスさん演説


【全訳】米国史上最年少の女性下院議員がキング牧師ばりの演説
https://courrier.jp/news/archives/150572/



★よかったらこちらも。湾岸戦争勃発の翌日の米国会議にてバーニー・サンダースの演説。
【動画】空席の国会演説 バーニー・サンダース 1991年 (日本語字幕)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=Aw21hsX8Sz0

* 1分50秒あたりの日本語字幕にミスがありました。7億ドルではなく、70億ドルです。


2018/12/15

お誕生日おめでとう!『あなたと、わたし』

2018/10/04

起ちなはれ!

第四次安倍政権発足。こいつら、本気で憲法を力づくで変えるつもりだ。
絶対に許さない。
もう戦争を繰り返す国にはさせない。
絶対に、させない!絶対に挫けない!!屈さない!!!
私はそのために、たくさんの生存者の方に苦しい証言を強いて、聞かせて頂いてきたのだから。

ここでこの侵略戦争を賛美して繰り返そうと躍起になるアベ政権を倒さないと、これまでだってそうだったけど、いよいよ本格的に取り返しがつかないことになる。
子どもたちの未来を奪わせてはならない。多くの失われた魂を踏みにじってはならない。決して。

今、戦争に奪われた人たちの発してくれた言葉を受け取って、己が心に薪をくべよう!
自分の場所から立ち上がろう!
私も持ち場を守る。





起ちなはれ 
                     砂田明


もし 人が 今でも 万物の霊長やというのやったら
こんな酷たらしい毒だらけの世の中 ひっくり返さなあきまへん
なにが文明や

蝶やとんぼや蛍や しじみや田螺(たにし)や がんや燕や、
ドジョウやメダカやゲンゴローやイモリや
数も知れん生きもの殺しておいて
首は坐らん目は見えん 耳は聞こえん口きけん 味は分からん手で持てん足で歩けん
― そんな苦しみを水俣の赤ちゃんに押し付けといて
大腸菌かてすめん海にしてしもて
なにが高度成長や なにがハイテク・財テクや


貧乏がなんどす え 思い出しなはれ
知らん人には 今どきの若い者(もん)には教えてあげなはれ
お芋の葉ァ食べたかて 生きてきたやおへんか
そのかわりに 青い空にはまぶいお陽(ひぃ)さん
せみしぐれの樹陰(こかげ)は風の涼しうて あの緑と草いきれときれいな川と池と海と・・・・・
そや 昭和二十年敗戦の夏 大阪湾の芦屋の浜で
今はチョコレートみたいな海になってる あの大阪湾で
小っちゃい鯛やら河豚(ふぐ)やら 手でとれた
そんな中で なあ にんげんは ぎょう山(さん)の生類(しょうるい)といっしょに生きておったんやて
教えてあげなはれ ――思い出さんかい


もし あんたが 人やったら
起ちなはれ 戦いなはれ
公害戦争や 原発戦争やでえ
戦争のきらいなわし等のやる戦争や 人間最後の戦争や 正念場や
勝たな あかん 勝ちぬかな
子どものために 孫のために 生きとし 生けるもののために
そうしてこの自分自身のために 一度しかない人生のために

…・・・負けたら?   
負けたら一巻の終りや 生殺しの毒地獄や
数も知れんほどぎょう山 お仲間の生類殺した霊長はんはなあ そのかわりに
ビニールやら 水銀ヘドロやら ダイオキシンやら 核廃棄物やら
数も知れんほどぎょう山のガラクタ残して
この地球から きれいな青い星から
消えてしまうだけのハナシや






  ※演劇人である砂田明さんが水俣に移り住む前、「このままでは何よりも好きな演劇が出来なくなる世界になる」との危機感から芝居をすることを一度やめて、水俣に移り住んで被害住民の方たちと共に闘われた心境が、今になり少しだけ分かるような気がする。ほんとうに。
2018/10/02

弱さの中から生まれる強さ

 人間は、他の人間の愛を持った関わりから、変化していくように思います。
悪に抵抗する人間の尊厳を、一人の人が本当に信じられるようになるには、自分の尊厳を大切にしてもらっていると感じられる体験こそが必要じゃないかと思います。
誰かについて批評したりアドバイスするのは容易い行為だけど、それでは相手を孤立させ、信頼を失い、希望には繋がりにくい場合もあるかと。
 そういう時は、ダメ出しで偉そうに教えるんじゃなくて、対等に呼びかけたらいいんだと思います。
「共に生きよう」、って。
「あなたの苦しみを少し分けてください」「私は力なき者ですが、精一杯そうしたいって思うから」って相手に伝えて、その実体を担う覚悟を持つことが大切かなと思います。
そして、助け手となろうとするその一方で、自分の弱さをさらけ出し、「どうか共に生きてください」と呼びかける、世界への信頼を投げる勇気もいるんだと思います。
(誰かを一方的に助けようとするばかりで、自分の弱さを認めないのは、自分自身を肯定するために状況が困難な他者の存在を利用し、相手からの評価を得ることに依存している場合もあるのではないでしょうか。私自身、過去への反省を持ちつつ、こういう自問自答を忘れないことが大切だと考えています。)


 人は弱さの中に、他者を必要とする。他者の助けや愛からから自分の限界や愚かさに改めて気付くことができる。そして、そういう人にこんなに広い世界でも出逢わせてくださった神様の存在に感謝し、祈れるようになっていくのだと思います。人は助け合い、共に支えあって生きていることをお互いに実感して、はじめて何事にも感謝できるようになるのではないかな、と。そこにあるのは神様が人間に望まれていた人間が助け合い幸せになれる世界の実現(キリストの「神の国」)だと感じます。

 でも、人は人だから、いつも傍にいられるわけでもないし、みんな生きるのに精一杯なときに、いつもお互いの希望どおりの展開になるわけじゃない。
どんなに信頼して愛している人との間でも、どんなに長い時間いっしょにいても、孤独や断絶は生まれる瞬間があるのが現実。
だからこそ、わたしの場合、主イエスがどんな時も自分の命と共にいて下さることに頼り、痛みと苦しみのなかでも「イエス様が今、自分とおなじように感じ、この苦しみを味わいながらも導いてくださっている」と慰められます。だから、いつも、良いときばかりでなくても、他者との、別の人間の関係を続けていける。どうしても起きてしまう関係性の危機を、そうしてやり過ごし、共に生きていくことをやめないでいられる・・・。

神様からの愛が、主イエスの存在が、私の人生にそうしたことを可能にして下さるように思えてなりません。

聖書の御言葉と歌をご紹介します。
コリント人への手紙 第二 コリントの信徒への手紙二/ 12章 5節から10節

 このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。仮にわたしが誇る気になったとしても、真実を語るのだから、愚か者にはならないでしょう。だが、誇るまい。わたしのことを見たり、わたしから話を聞いたりする以上に、わたしを過大評価する人がいるかもしれないし、 また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。
それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。 この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。
 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

 聖書の御言葉を歌われている、塩谷達也さんの「朝の歌 」ウェブサイト(サウンドクラウド)
https://morningsongs.tokyo/lyrics/lyrics19/






 あ、なんか今、安室ちゃんの歌声が頭の中から流れてきました。
安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオhttps://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ
 「振り向かなくてもいい 今までの君のまま進めばいいから あきらめないで everyday」って歌詞が、
「強くならなくてもいい、今までの君のまま進めばいいから」って歌詞になって聞こえてきた。おおー

日々あたえられる勇気!ですね。

 自分の弱さもかっこわるさも含めて、自分のオリジナルな人格(DNAから経験した全ての一つ一つまでが)神様からの賜物だものなぁ。自己嫌悪で落ち込むときもありますが、気付きを与えられたことに感謝して、祈りつつ歩ませてもらいたいです。本来の自分大事にしつつ、日々地道にカスタマイズしていけたらええなーと思ってます。どんなにがんばっても自分は自分にしかなれないもんね。

 そんで、何事も悲壮感じゃなくて、なるべく希望を抱き、楽しくやっていこうと。決めました。
だって、どんなに苦しいことだって、元凶に向き合わないで見てみぬ振りして自分を誤魔化して生きていくよりも、楽じゃなくてもしっかり向き合える状況に辿り着けたことは、どう考えたって自分は幸福なのだから。「みんななんで?!」って嘆けるほど何か知っているわけでも、何かしているわけでもないわけだし。一人ひとりの人間性に呼びかけることを投げてきたこれまでの自分を恥ずかしく感じつつ、人間の本当の芯の部分の善さを信じて、出逢ったお一人おひとりと向き合っていきたいです。

 その中では必ず、人間の尊厳や幸福を諦めない素晴らしい人たちにも出逢える。人の変化も自分自身の変化も実感できる瞬間を与えられる。自分一人は微力ではあるが、無力じゃないって実感する体験ができる。そうした体験は予想しなかった希望の感情を生み出し、その小さいけれど確かな希望は他の誰かのそれと連なって重なって、いつか平和を約束する虹になるのだと思います。

素敵なすてきな子どもの世界(歌詞が違ってもむしろいい感じなこの動画)、実現したい!



よーし。一息いれて、ゆっくりいくぞーー
お互いの感受性を解放して思索を深め、みんなで知恵と勇気を出し合って、いのちの力も生きる喜びも出力全開にしてって、
どうにかこうにか現自民党政権を倒しましょー!(どこまでも本気で!)

いいかげん、人間はあんたたちの奴隷やコマじゃないって権力者に教えてやらないと。
横暴な権力者には「教えて」きっちり分からせてやらんとあきまへん。ほんとうに。ここで食い止める。
(「ぬちかじり」っていい言葉だなぁ。)


今年も秋が来ました。学生時代も遠くなりにけり、すっかり中年になったけども相変わらずちょっと切なくなってしまうこの感じのこの時期。大好きです。

今年もあと三ヶ月。お忙しい毎日と思いますが、皆様もどうぞ御自愛ください。
読んで頂いてありがとうございました。感謝をこめて。

それでは失礼いたします。
2018/10/01

2018年沖縄県知事選挙結果を受けての私なりの決意表明

 沖縄県知事選挙、20時の時点では沖縄タイムスと朝日だけの「当確」報道だったので、かなり緊張して待っていましたが、ほんとうに玉城デニーさんの当選が決定したときは、ほっとして泣けてきました。タイムスと朝日のリスクがありながら一歩も二歩も踏み出した勇気は、ヤマト社会にもインパクトがあったと思います。(朝日の記者さんも頑張ってくれました。)
今回、国側のやり方はものすごかったようだし、デマのニュースも報道されるレベルであったということで、その中で、翁長さんの遺志を継ぐデニーさんを選び抜いた沖縄の人たちは、ほんとうにすごいと思いました。

 もちろん、沖縄に対する日本政府の姿勢が変化しているわけではないので、これまでの翁長知事の過酷な闘いが、デニーさんに引き継がれ、抵抗が継続できることになったということで、厳しい状勢には違いないだろうと感じます。 でも、希望が続いていく結果になって、翁長知事の御遺族にこうした結果が届いて、本当によかった・・・・・・と心から思いました。
デニーさんの当選は、ほんとうに日本社会の希望を生み出したといえると思います。
沖縄の人たちは、日本政府と日本社会、ヤマトの世が変わるための最期のチャンスを生み出してくれたのだと思います。
翁長さんの「 国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。 」という声に応えられるように、一生懸命 まなんだり考えたり、近くの人たちと話し合い思索を深めながら、力をつけて歩んでいきたいです。



  一夜明けて、翌日のニュースを見て、佐喜眞氏が選挙戦を敗れたことについて、アベ首相は「残念だけど仕方ない」みたいな他人事のような、軽々しい扱いのコメントで、本当に腹が立ち、またこの政権を止められないできた主権者の一人として申し訳ない気持ちになりました。 新聞記事で両候補のツイッターの内容がまとめられているのを読み、佐喜眞氏のツイッター上のコメントに、「日本人として誇りに思う」というコメントを見たとき、ほんとうに日本がしてきた皇民化教育の根の深さ、というのか、「二等国民」として扱われてきた琉球/沖縄の人たちを「日本人」になりたくさせた、魂の蹂躙と屈服が現在進行形であることを突きつけられた思いでした。ヤマトが琉球/沖縄に強いてきたことが、どれほど沖縄の人たちを翻弄し、踏み躙り、言葉や文化を奪い、同胞での対立をもたらしてきたか。想像を絶します。
 独自の王国が植民地支配され、戦争に組み込まれ、捨石にされた沖縄戦という地上戦。米軍の占領統治と日本に「復帰」「返還」の後も憲法も法律も適応されない差別とそれを野放しにしてきた日本社会の無関心。沖縄の人同士が争わされて、分断させられて、その分断を持ち込んだヤマトの社会の一員である自分の立ち位置と責任・・・。
ほんとうなら私は、こんなに軽々しく、知事選について発言ができる立場ではないはずです。けれど、「それでも」という想いがあり、書いています。加害としての立場から逃げようとは思っていませんが、それでも、醜悪を極め、ひたすら自らの責任を棚上げし、被害者の「自己責任」で個人攻撃をする日本の政治や社会の腐敗に、うんざりして、やりきれない想いがあるのも事実です。おかしいと思っている人が一定数いても、投票結果につながってこないヤマトの社会のこれまでがあり、どうにも希望が持てなくなっている中で、沖縄を厳しい状況に追い込んでいる立場にも関わらず、沖縄に希望を託してしまう自分の身勝手さも感じてきました。それでも、デニーさんが、そういうヤマトの人間の想いを、9/22日の集会の意思表明演説の中で(見たのは動画ですが、)掬ってくれたように感じました。そこに甘えきってはいけないけれど、私も沖縄の子どもたちの未来を考えたいと強く思っています。それは、ヤマトが自国の加害と支配の歴史と現実をきちんと認め、誠実に謝罪しないままでは、戦争を正当化することになる。戦争や侵略を正当化するままでは、ヤマトの子どもたちも本当に幸せにはなれないからです。誰かを踏みつけることが当然であったり、前提である「幸せ」は、真のそれではないからです。
いつか本当に世界の平和が実現した世界、国境や民族の分断がない世界で、すべての子どもがだいじにされる主の平和が実現するように祈ります。

 神様に拠り頼み祈るからには、自分にできることはしなければなりません。
今の自分に何ができるのか、何をしたらいいのか。そして、何をしてはいけないのか。
そのことについて、自分自身がもっと認識をもてるよう学び続けることが必要だと再認識しました。そして学びには果てがないから、その都度、その時点での仮定をもって、まずは動きだす決意と勇気を持たなければならないと思いました。抑圧している立場として、抑圧されている人たちが強いられているものを、想像力を常に限界まで働かせ感じ取ろうとする努力をすること。「自分は何も分かっていない」とを肝に銘じることなしに、ほんとうにこのヤマトとしての責任を担い、沖縄の人々の呼びかけに応じてことは出来ないのだとこの間、痛感しました。「大丈夫そうだ」、と思ったらもう派手にこけていて、その都度 のたうちまわる恥ずかしさは相変わらずですが、その苦しさで改めるチャンスを放り出してはおしまいだから・・・。楽じゃないけど・・・、苦しいときほどいろいろ学べるのも事実で。楽で不誠実に生きてて気付かないよりずっと幸せなはずだから、皆様に助けてもらいながら、進んでいきたいです。

 



 現在の安倍政権のメチャクチャさは、モリカケを例に挙げるまでもなく枚挙に暇がありませんが、死刑大量執行の前日に西日本集中豪雨の際に大宴会していたことだけとっても、絶対に私は許しません。その時期、立憲民主党の枝野さんの国会での三時間に渡る演説をされたということで話題になっていました。この演説がブックレットになったものを、今朝になってやっと初めて読みました(『枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』扶桑社)( ←昔、「新しい歴史教科書を作る会」の戦争賛美の教科書を作っていたけど、この20年くらい何か方向転換があったのかなぁ?それとも売れるからなの?でも、そうだとしても、よく出してくれたと思いました。もちろん、歴史歪曲教科書を売ったことは絶対に許さないけど)。
非常によくまとまっていて、重要な演説でした。胸がすく想いというか、とても力をもらいました。これをレジュメみてのアドリブで、嵐のような野次の中、三時間演説したのは、本当にすごいと思った。(その凄さを体感してみようと、試しに私も早口で朗読してみたけど、三分の二くらいでついに声がでなくなりました。政治家のバイタリティーと精神力はすごいもんだ。)

 枝野氏の演説を読み、改めて、このままこのモラルハザードを極めた政権を止められなければ、社会はこれまでの機能を失い、これまでの世の前提が崩れ、何をどう信頼して判断していいのか全く分からなくなると思いました。来るところまで来ました。ここで舵をきるしかないと感じます。

 改めて四年前の県知事選挙で当選した翁長さんの写真を、亡くなる前の写真を比べて見たときに、 もうこんなことを繰り返させてはならない、デニーさんが翁長さんのような最期を迎えないように。四年前、誰も翁長さんの最期のあの姿を想像していなかったはずです。四年後に同じような選挙で沖縄が翻弄されないように、日本の政権と社会がここで変わらなければならない。翁長さんの急逝から、その生き方を目の当たりにしたヤマトの社会も、少しずつ報道が増え、問題の認識が浸透してきているようにも感じます。これを一過性のものにしない、考え続ける努力がだいじだと思います。
今度はヤマトンチュが頑張って、日本の政治を変えていかないと。憲法は風前の灯となってます。沖縄の人たちの、強いられた分断のなかでも屈せずに諦めず、平和を求め示し続けてくれる呼びかけに、沖縄の心に応えるためヤマト側が変わっていかなければ未来はないと感じます。

 思い返せば、一年前。高江に米軍ヘリが墜落したのも選挙直前だったから、もう一年がたったんだ・・・。(ヘリの部品に使われていた放射能が検出されたと報道されていたみたいだけど、牧草や豚肉を出荷しておられた農家さんだったのに、被害にあわれた生活はどうなっているのだろう・・・。九州で自衛隊のヘリが墜落したおうちの方たちも、被害にあったのにバッシングにあったりされていたけど、今どんな状況で生活しておられるのでしょうか・・・。)

 あの時期は、衆議院議員選挙前に前原誠司氏が民主党を勝手につぶしてしまって、最悪アベ氏と小池百合子氏の極右二大政党になるのではないかと怯えてながら不安の中で暮らしてしていました。しかし、土壇場で立憲民主が出来て、共産党は立憲民主にだいぶ議席を譲ってくれて、いまの共産党は本当にすごいと思った。志井委員長は「見返りは民主主義だ」という歴史的な名言をコメント。感動しました。枝野さんの演説原稿よんで、ギリギリのところで立ち上がってきたこの流れを、もっと大きなものにしないと、取り返しがつかなくなると危機を新たにしました。

 日本の国会は戦後で最悪の状況だと思いますが、首の皮一枚で、日本の政治から希望はまだ潰えていないと信じられる気がします。頑張っている議員さんの仕事を受けとめ、学びながら、国会の外から政権を追い詰めたいです。このままだと憲法に保障された今ある人権は吹き飛びます。そうなったら、戦争で犠牲になった方たちや、選挙権の無い人たちに合わせる顔がありません。
アベ政権の日本政府の暴走を、なんとか止めなきゃいかんです。

 来年2019年2月は、普天間基地の返還予定期限です。そして、来年の4月は、統一地方選挙です。
憲法改悪と戦争に直進している現日本政府を止めるためには、日本列島に住んでいる一人ひとりが日米の安全保障についてはもちろん、この政権で自分たちの暮らしや未来が守っていけるのかを真剣に考え、また加害の歴史を繰り返さないために、これに対して明確な意思を示していくことが大切と思います。


 デニーさんが提唱した「誰一人として取り残されない政治」を、日本の政府にも強く求めます。本来、政治が目指す場所はそこではないかと。第二次世界大戦から何も変わらず、「権力者さえ大丈夫ならば、あとは犬死でいい」では、歴史を積み上げてきたことにならず、いよいよ滅びてしまいます。
 それぞれの歩みをそれぞれの場所で、静かに決意できる時が来たような気がします。一人でもいい、勇気をもって踏み出したら、他の心ある人の姿が見えてくる。希望は繋がり大きく育つ。確信をもって、そう思います。

基地はどこにもいらないし、戦争も差別も死刑も優性思想もいりません。
権力の命への冒涜を許さないし、それに追随し加担する暴力と人間性の放棄を、私自身は決して選びたくありません。

 知事選と宜野湾市長選、頑張られた皆様、本当にほんとうに、お疲れ様でした。
私も心に新しい風を受けて、自分のところから泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしながら、自分らしくではあるけれど、地道にまた取り組んでいきます。がんばるぞ!



Protest/Revolution songs!

 







2018/09/29

【沖縄県知事選挙】2018年9月22日 うまんちゅ大集会 玉城デニーさんの決意表明 演説 (全文)

 今月22日に沖縄おもろまちの新都心公園で行われた、うまんちゅ大集会。玉城デニーさんの決意表明の演説を映像で見ました。とても感動して、心が震わされて涙がとまりませんでした。励まされ、奮い立つ思いでした。
映像が見れない方にも聴いてほしい演説だったので、文字起こしました。私はヤマトの人間で、うちなーぐちは全く分からないので考え考えネットで調べながら表記しましたが、間違っているところがあると思います。お気を悪くされる方もいらっしゃるかも・・・と思いながらで、申し訳ないような気持ちもありながらなのですが、一人でも多くの方にデニーさんの演説を聴いて(読んで)もらいたいと思ったのでアップします。(間違ってたら、こっそり教えてもらいたいです・・・。すみません・・・。)

 映像は集会の始めから終わりまでのもので、デニーさんの演説は45分00秒くらいからです。デニーさんの演説の後、翁長知事のパートナーの翁長樹子さんがスピーチをしておられます。
辺野古のこと、基地のこと、沖縄の社会の未来、日本社会のこれから・・・。いろんな想いが胸に渦巻くけれど、何よりもとにかく愛する家族を喪われた翁長知事の御遺族が安堵される選挙結果が出てほしい。切に願っています。
今、沖縄は台風の真っ最中だということです。沖縄の皆さんの暮らしが、災害から守られますように。そして、投票日である明日は、台風が過ぎ去った青空の下で地域の方の足が強められ、皆様が無事に投票して、ご自分の意思を表明できますように。
主の平和が実現する為の大きな一歩が踏み出され、新しい闘いの幕が切って落とされますように。この空の下、心からお祈りしています。


45分00秒から玉城デニーさんの決意表明の演説です。


 はいさい、ぐすーよー ちゅうがなびらー!
県知事候補 名ぬやぎ とーる 玉城デニー いりちょーびん。
見(み)ー知っちょーてぃ きぃみせーびり! (礼)【会場拍手】

 県知事候補に名乗りを上げております玉城デニーと申します。
お見知りおき下さい。それより御挨拶をさせて頂きました。

 今日は本当にこの土曜日のお忙しい中、しかも少し雨模様のこういう状況でも
傘の用意、雨具の用意、用意をしていない方はそのまま雨に打たれながらお話を聞いて頂く。
この皆さんが寄せる私たちへの想い、私(わたくし)、玉城デニーへの強い想い、しっかりと受けとめさせて頂きます。【会場拍手、指笛】

 翁長雄志知事が亡くなられ、私たちは二期目の当選に向けてその用意を進めていました。その中で、様々な会議の調整によって私(わたくし)の名前が、翁長雄志知事からたびたび、語られていたこと。そして、皆さんが、「で、あれば本人の意思を、―私(わたくし)玉城の意思を確認した上で、それで決めようじゃないか」と固めて下さったこと。全てが私(わたくし)は今回の県知事選挙の皆さんの、お一人おひとりの想いに対して、真剣に応えていく。沖縄の未来がかかった、県知事選挙に対する使命感から来る、出馬の決心だということを今あらためて、お伝えしたいと思います。【会場拍手、指笛】

 「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらん」十本の指は、同じ長さではない。これは、母子家庭として生まれた私(わたくし)が2歳から10歳ぐらいまで、預かって育てて頂いた家庭のお母さんが、私(わたくし)に教えてくれた沖縄の言葉です。十本の指は同じ太さでも、同じ長さでもない。しかも、人間の指紋は一人びとり、それぞれの指で ぜんぶ違うんですね。しかし、大正うまれのそのお母さん、―私(わたくし)は「おっかあ」と呼んでおりましたが、おっかあは、度々いじめられて泣いて帰ってくる私に対して「なんでねー?」と訊き返します。「見た目がこうだからね」と、「だからね」って言ったら、「なんでぇ?あんたどこが違うの?」と言うんですね。「どこが違うの?」と言われて、小学生の私に理解が出来ませんでした。そこで出てきた言葉が、「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらんどぅ、みんな違ってるよ。なんで違っていることを、あんたがこんなして泣かないといけないの?」 教えてくれたんですね。
 沖縄はそのように多様性を持って、本当にいろんな人たちが暮らしている。それは、戦前・戦中・戦後、貧しいから皆で助け合いをしようと言って、畑に出てさとうきびを皆で手伝ったり、昔は萱ぶきの屋根でしたから、その萱を葺き替えをするのにその地域の皆さん総出で出て、萱の葺き替えをした。そういうところから、皆で心を寄せて手伝うことを「いーまぁーる」と言ったそうです。「いー」、これは今でいうと「結い」、結ぶという字を当てますね。「いーまぁーる」。「まぁーる」と言うのは、皆で、かわりばんこに助け合うという「まぁーる」です。相互扶助の精神は、貧しい集落に住んでいようとも、皆が同じように助け合える、そういう豊かな心を持っていた。大正うまれの おっかあは、そういう生まれ。そして戦中にダンナさんを南洋で亡くされ、南洋から引き揚げてきて、三人の娘・息子たちを育てた。そういう、たくましい自分の体験から、静かに私(わたくし)、玉城デニーに、その、「人と人は違って当然だよー。でも皆いっしょさぁ。一緒に生きてるさぁ。」ということを教えてくれたんですね。ですから、私(わたくし)は実は、アメリカ人の父親を持ち、うちなーんちゅの母親を持っている この生まれで、おっかあから「十(とぅー)ぬ指(いーび)や いぬたきや ねーらんどぅー」と、「人はみんな違っていいんだよ」と教えられた幼い頃から、差別をする・区別をするということが、私の気持ちのなかに芽生えませんでした。おっかあのおかげです。
小さい頃、そうやって豊かに育てられた子どもたちは、多分 私の年代、―私(わたくし)は昭和34年、1959年うまれですが、その頃いっぱいいたと思います。私(わたくし)と同じような生まれの、2つの国、3つの国をルーツに持つ、そういう子どもたちもいっぱいいたと思います。しかし、沖縄という社会は、そういう生まれの私たちであっても寛容性を持って、その可能性を見つめてくれました。見守ってくれました。それが、私(わたくし)は、これから未来に もう一度 見つめ直す《沖縄の政治の原点》でありたいというふうに思います。【会場拍手、指笛】

 さきほどない御挨拶させて頂いています言葉の中には、うちなーんちゅの「ちむぐくる(肝心)」という言葉があります。「ちむぐくる」というのは、「ちむ」というのは肝です。「くくる」というのは心。考えたり、思ったりすること。それを「ちむぐくる」という、自分の中でしっかりと受けとめ、そしてそこから湧き上がってくるものが、その人の行動であれば、それはもうその人の正義なんだ、信念なんだ、理念なんだ、そういうことを私たちは これからも大切にしていかなくてはいけません。
翁長雄志知事は、そのことを「イデオロギーよりアイデンティティー」という言葉に込めました。
「イデオロギー」はそれぞれの考え方、思想・信条です。それはお互いに尊重する。決して分け隔てするものではない。しかし、イデオロギーだけで どうしても解決できないような問題が生じた時、私たちは、では何を持ってお互いを理解する、その根本的なものを持てるのか。それが、「アイデンティティー」。つまり私たちは、沖縄のためなら、沖縄の将来のことなら、沖縄の子どもたちのためなら、思想・信条を乗り越えて、右も左も関係ない、富める人も貧しい人も関係ない、皆でひとつになって、大きな力を発揮することができる。これが、翁長雄志知事が遺してくれた未来への確かな遺言だと思います。【会場 指笛、拍手】

 私(わたくし)は、生まれ持ったその私(わたくし)の信念として、翁長雄志知事の理念を全うして貫いて参ります!【会場 指笛、拍手】

 子どもの貧困の問題は翁長雄志知事にとって、一丁目一番地の課題でした。全国で初めて、子どもの貧困についての調査を行った沖縄県。実に、三人に一人の子どもが貧困の環境にある。しかし貧困は、子どもや家族だけの問題ではない。これは、社会の深い問題であり、その為に生活をしている人たちのあらゆる場面に心を傾けていかなければならない。そういうことを、改めて私たち県民に教えてくれました。そして、真っ先に子ども貧困対策のための計画を立ち上げ、その為の予算、30億円の基金を積み上げ、「まずそれを実行しよう」と奮い立ってくれました。うちなーんちゅにとって、子どもは宝です。子どもが生まれたら、みんな喜びます。子どもがその家に居たら、「わらべ うふっちゅ じゅうにんがーえ 」と言います。「子ども一人いれば、大人 十人の賑やかさにも勝るもんだよ」。幼い子どもであっても、この命の存在に皆が喜ぶわけです。翁長雄志知事は、これからの沖縄は、その子ども達が育まれ、大切にされ、それを見守っているお父さんお母さんもだいじにされ、それを支えている社会全体が、もっと力をつけていこう!そういうことを言っていたんだと思います。【会場 呼び声、拍手】

 アジアのダイナミズムを取り入れる。そこでどんどん沖縄の可能性を伸ばしていく。しかしそれは、ただ可能性を伸ばし、利益を得(う)るだけではない、そこから得られた原資・利益は必ず沖縄の社会に還元させていって、沖縄の優しい社会を作る。そういうことを、翁長雄志知事は政策の中に盛り込んでいました。私(わたくし)も今回の政策の中に、赤ちゃんを宿したお母さんが、赤ちゃんを産む前から、母子手帳を交付されたその時点から、赤ちゃんが生まれ、そして就学に至る。今度は学校に通ったら子どもの居場所を作ってあげる。中学・高校生になったら今度は、家計費の負担にならないように、バス賃を無料にしてあげる。そういうふうに行政が出来ること。それを子どもの生まれる前から、決して貧困が発生しない、そういうことをきちんと理念を持って、それをお父さんお母さんが働く環境を整え、おじいちゃんおばあちゃんが安心してお孫さんを見ることができる。その安らかな生活につなげていく。教育、福祉、雇用、さまざまな沖縄の生きとし生ける人たちが誰一人として取り残されない。そういう政治を、翁長雄志知事の理念をしっかり引き継いで、玉城デニーは実行して参りたい!【会場 指笛、拍手】
誰一人として、取り残さない。みんなが輝く。みんなが空を見上げて、青空のなかのまぶしい太陽に目を細める。そして時には雨が降ってくることを喜び、「ああこれで、うてぃーらくぁーが降りたね。農作物もこれで順調に育つよ。」いかなる場面であっても、皆がその喜びを分かち合う。そういう政治を私(わたくし)は これから、しっかり実行していきたい。

 そして今日、お集まりの皆さんと改めて約束をしたいと思います。私たちが安らかに生活をすること、
安心して仕事を励み、そして子どもたちと晩ごはんを囲み、おしゃべりをし、「明日また元気で、笑顔で頑張ろうね」というその生活、なりわいを立てるためには平和でなければならないということです!【会場拍手】

 翁長雄志知事は、「平和と経済を両立させる」。そのことをしっかり仰っていました。想像してみて下さい。毎日が、紛争やテロで追われている国の皆さんのことを。その日の自分たちの命を守る為に追われ、子どもたちを守る為に追われ、明日(あす)の自分の身の上すら分からない。しかし私たちは、少なくとも今日、お互いのこの喜びを分かち合い、「明日また頑張ろうね」という、この平和の基盤にいる。しかしそのことに、決して甘んじたり軽んじてはいけない。だからこそ、平和であることを希求する、追い求める。その行動、その理念は決してやめてはいけない。立ち止まってはいけない。辺野古の新基地建設は、その理念と真っ向、相反するものです。辺野古に新しい基地は絶対に作らせない。そのことを改めて、約束しましょう!【会場拍手】

 普天間第二小学校の子どもたち。昨日、この子どもたちがグランドで体育の授業をしている、その間の誘導員の皆さんは、もう、その期限を終えて、その方たちの仕事が解かれました。これからは学校の校長先生や先生が飛んでくるヘリの、真上なのか、それとも飛んでこないのか、それを判断して、シェルターに逃げるか逃げないかを、判断しなさいと言っています。こんな小学校が世界のどこにあるんですか!普天間は閉鎖・返還です。【会場拍手】
 戦争で奪われた土地は、沖縄県民に還すべきです。私たちは、今回のこの県知事選挙で、あらためて誓いましょう。この選挙で、玉城デニーとともに、日本政府から、アメリカから、沖縄を取り戻す!うちなーんちゅの手に取り戻す!青空を子どもたちの為に取り戻す!【会場大拍手】
そのことをしっかり、誓いましょう。平和あっての経済、そして経済あっての発展、さらには多くの皆さんにその喜びを分かち合うために、私(わたくし)玉城デニーは先頭に立って、頑張ります。
今日は県外からも大勢の方々が来て頂いています。そして、この方々が今日、街頭でも私(わたくし)に「東京から来ました」「大阪から来ました」「熊本から来ました」。皆さんが私(わたくし)の手を握って「頑張りましょう!」と言って下さいました。それはなぜか。沖縄の県知事選挙の勝利が、自分たちの明日(あす)の勝利に繋がるということを信じているからです!【会場拍手】

 その全国の県民の皆さんに、明日(あす)の希望をもたらすのは、沖縄県民、私たちです!【会場「そうだ!」拍手】
私たちで、この県知事選挙を勝利しましょう!この勝利を全国の皆さんに届けましょう!玉城デニーに力を貸して下さい!玉城デニーは全力で頑張ります!共に勝利しましょう!
よろしくお願いします!ありがとうございました!!(礼)
【会場拍手、デニーコール、指笛、「ガンバロー」の声、アナウンスの声、喝采】

うちなーんぬ ぐすーよー!
まきてーないびらんどーー!!!
(礼)
【大きな拍手、会場の皆さんの声】(着席)


2018/09/29

2018年 沖縄慰霊の日 知事平和宣言 (全文)

2018年 沖縄慰霊の日 知事平和宣言の全文を、Youtube動画字幕から文字起こしさせて頂きました。(有料のウェブ上の新聞記事もあったみたいだけど・・・)

よかったら、坂本龍一さんと古謝美佐子さんのおられる《うないぐみ》の『弥勒世果報 (みるくゆがふ)』を新しいタブかウインドウで開いて、音楽を小さくかけて、同時に動画を再生し、どちらも聴きながら、翁長さんの慰霊の日の平和宣言を聴いてみてください。
なんだかとても、ぴったりだと思いました。
うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-694.html




(文字起こし全文)
平和宣言。
二十数万人余の尊い命を奪い去った地上戦が繰り広げられてから、73年目となる6月23日を迎えました。私たちは、この悲惨な体験から戦争の愚かさ、命の尊さという教訓を学び、平和を希求する「沖縄のこころ」を大事に今日を生きています。戦後焼け野原となった沖縄で、私たちはこの「沖縄のこころ」をよりどころとして、復興と発展の道を力強く歩んできました。
 しかしながら、戦後実に73年を経た現在においても、日本の国土面積の約0.6%にすぎないこの沖縄に、 米軍専用施設面積の約70.3%が存在し続けており、県民は広大な米軍基地から派生する事件・事故・騒音をはじめとする環境問題等に苦しみ、悩まされ続けています。

 昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化をしており、先日の米朝首脳会議においても、朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きが始まっています。平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからも微塵も揺らぐことはありません。これまで、歴代の沖縄県知事が何度も訴えてきた通り、沖縄の米軍基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべきものであります。国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています。

 東アジアでの対話の進展の一方で、依然として世界では、地域紛争やテロなどにより、人権侵害、難民、飢餓、貧困などの多くの問題が山積をしております。世界中の人々が、民族や宗教、そして価値観の違いを乗り越えて、強い意志で平和を求め、協力して取り組んでいかなければなりません。
 かつて沖縄は「万国津梁」の精神の下、アジアの国々と交易や交流を通し、平和的共存共栄の時代を歩んできた歴史があります。そして、現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々をつなぐことができる素地ができてきており、日本とアジアの架け橋としての役割を担うことが期待されております。その期待に応えるよう、私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくと共に、沖縄戦の悲惨な実相や教訓を正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません。
 本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられたすべてのみ霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、恒久平和を希求する「沖縄のこころ」を世界に伝え、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる、「平和で誇りある豊かな沖縄」を築くため、全力で取り組んでいく決意をここに宣言をいたします。
平成30年6月23日 沖縄県知事 翁長雄志
2018/09/28

平和を求め続ける力の根源になる体験。広島での《原爆の図》展と宋神道さんのドキュメンタリー映画

平和を求め続ける力を得るためには、耐え難い人生を強いられた人たちの声を聴き、その体験を何度でも知ろうとし、心に刻み、いつも想いを新しくし続けることが大切だと思う。
希求し続けるのは楽な道じゃない。自分のことだけなら、とっくに諦めてる。でも、どうしても諦められない。
諦めてはいけないと強く思える体験をどう作っていけるだろう。



広島市で、現在 丸木位里さん・丸木俊さんの「原爆の図」展が行われているそうです。(2018年11月25日まで)
 特設サイト:広島現代美術館 丸木位里・俊 《原爆の図》をよむ https://www.hiroshima-moca.jp/maruki/#

大木正夫:交響曲第5番「ヒロシマ」より[悲歌]




どんなに、どんなに歴史を隠蔽しようとし、美化しようとしても、戦争の渦中での一人の悲惨な人生の結末は、「無かったこと」にはならない。このまま無かったことにさせたい勢力がどんなに強くなって、それが社会の主流の認識になったとしても、私は無かったことにはさせたくない。
戦争の渦中で犠牲にされた人たちの命。尊厳。
戦争がなければ、泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、愛したり愛されたりしながら、こどもから大人になり、次世代を生んだり育てたりしながら老いていき、淡々と去っていくはずだった一人ひとりの人生。暮らし。未来。続いていくはずだった時代と文化。
世界で唯一無二のその人たちを、奪い、犠牲にしたことにすら、自覚ないままに都合よく忘れ去ろうと過ごす現在。この歴史の末尾を生きる者として、これ以上はせめてもう踏みにじりたくないと希う。

《どうして、自分の命はあんなふうに奪われたのか》
《何故、あれが私に起きたのか》
答えの無い問いを堪えて、
「もうこんなことは私で最後にしてほしい」と言ってくれたその人の海よりも深い苦しみと他者(特に次世代を生きる者たち)への愛を、せめて受けとめて生きなければ。それは他の誰でもない、私自身が、なんだ。

戦争への道を食い止めたい。なにもかも違う人だって、誰だってみんな、幸せになりたいとただ願って一生懸命に生きているんだと思う。私たちは皆で幸せにならなきゃならない。だれももう犠牲にならなくてすむよう、今、助け合って選び取って、みんなで生き抜いていかなきゃ。いのちをだいじに。一番だいじなことは生きること。

平和がなければ個人の幸せは実現しない。だれか泣き寝入りする一人がいるならまだ世界平和は実現していない。
私は平和を求める。

赤ちゃんやこどもたちが元気ですくすく大きくなれるように。
おとなたちが子どもを愛で育てる幸せを感じられるように。
これまでの社会や時代を生き抜き、築いてきてくれた方たちに安心して暮らしてもらえるように。
人間が自然のなかで、ほんとうに深く息をして暮らせるように。
すべての生きとし生けるいのちが、いられる世界であるように。

諦めそうなときもあるけど、でも、平和を求め続ける。戦争や暴力、核、差別や虐めを認めない(それらに加担している今の自分に気付き、生き直したい)。

戦争や経済最優先の社会や優性思想に、たった一度の人生を奪われ、命と尊厳を奪われた方たち。
この方たちの声を聴くことなしには、平和を諦めないで求め続ける気力は生まれてこないと、最近つくづく思っている。

気落ちしてきたら、小さな声でWe Shall Overcomeを口ずさむ。
何度でも『おきなわ島のこえ』、『みなまた海のこえ』を声に出して読もうとする。都合よく忘れている自分に気付く為。

昨日は本棚にあった映画パンフから宋神道(ソン・シンド)さんと支援する会のドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』のパンフレットをふと取り出し、文字起こしされたシナリオを読みなおした。


在日の慰安婦裁判を支える会 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7486/
(今ホームページを久しぶりに見たところ一般DVDは1800円、上映も1万円で出来るみたい!)
裁判記録の本も本棚にある。久しぶりに読みたいと思った。
「私の心も負けてません」って応えられるように。宋さんは亡くなったけど、声は消えない。高裁に負けたときのあの歌も忘れない。


 負けた裁判 よろしくよかばってん
 いくら負けても オレは錆びはせぬ
 ここに集まったお客さま よく聴いて
 二度と戦争はしないでおくれよ ああ
 としこは今でも 100年生きても 明日くたばっても
 やるときゃやる
 お金がなくても 着物がなくても かざりがなくても
 やって見せる この政治家のホイトども
 あ ドッコイ あドッコイドッコイ 


想い、強くされ、歩み続けたい。






2018/09/23

玉城デニーさんの魂の演説

昨日あった沖縄おもろまちでの玉城デニーさん うまんちゅ大集会(「うまんちゅ」は「みんなで」という意味だそうです。)の映像を見ることができた。


今日はちょっと心が負けてた。そのことを話した人に、この映像を紹介してもらって、見れた。玉城デニーさんの演説を聞いて、本当に心が震え、奮い立った。心が燃えている。
おきなわの魂が、平和を諦めない、誰もおいてきぼりにしない世界を生み出す。

私も自分の場所で、自分の立場から、平和をぜったいに諦めない。命こそ宝だ。


一人でも多くの人に聴いてほしいとおもって、このブログにも映像をアップします。
45分00秒からデニーさんの演説です。




デニーさんの後に、故・翁長知事のパートナーである翁長樹子さんのスピーチがあります。

(以下は、翁長樹子さんのスピーチの文字起こししたものです。)
 泣かずにしゃべれる自信がありません。翁長雄志の家内の樹子でございます。本当にたくさんの方に支えて頂いて必死に頑張ったんですけど、8月8日に急逝いたしました。ひと月半になります。
 正直、翁長が亡くなった、頭の中では理解しているつもりなのに、心がなかなか追いつきません。洗濯物をたたんでいるときだとか、ご飯を出しているときに突然 「あっ そうだパパ」って顔をあげちゃうんですよね。
 そしたら遺影の翁長がいつも笑ってるの。「ばかだなぁ君は」って言って。翁長が恋しいです。あの笑顔がもう一度見たい。笑い声がもう一度、聞きたい。でも かなわないから。
 この選挙は正直言って翁長がいつも言っていたように、みんな同じウチナーンチュだから、みんな一生懸命考えてみんなが出した結論はもうそのことなんだということで、私は今回、本当は静かに皆さん県民の一人ひとりの方が出す結論を待とうと思っていました。

 ところが、日本政府の方のなさることが、あまりにもひどいから、たった140万人の沖縄県民に、オールジャパンと称して政府の権力を全て行使して、私たち沖縄県民をまるで愚弄するように押しつぶそうとする。民意を押しつぶそうとする。何なんですか、これは。こんなふうに出てくるというのは正直、とても躊躇しました。
 でももう、なんだか翁長が「もうしょうがないな、みんなで頑張らないといけないから君も一緒になって頑張って」と言ってくれたような気がして、今日はこの場に立っております。
 
 この沖縄は翁長が心の底から愛して、140万県民を本当に命がけで守ろうとした沖縄です。県民の心に1ミリも寄り添おうとしない相手の方に悪いけど、申し訳ないけど、私は譲りたくありません。

今、デニーさんの話を聞いて、「よかった、うちの人の心をデニーさんが継いでくれるんだ」と思ったら、涙がとまりません。残り、一週間です。簡単には勝てない、それでも簡単には負けない。
 翁長がずっと言っていた私たちウチナーンチュの心の中をすべてさらけ出してでも、マグマを噴き出させてでも、必ず勝利を勝ち取りましょう。
 みなさん。頑張りましょうね。ぬちかじり。ぬちかじりですよ。がんばりましょうね。
よろしくお願いします。
2018/09/23

ヤマトの人間の一人として、翁長知事の遺志に応えていきたい。玉城デニーさんが新知事になれますように祈ります

2018年9月10日に書いた文章ですが読んで頂きたいので再掲載します。(21日にちょっと加筆しました。)
よかったらお読み下さい。



2018年6月23日 沖縄全戦没者追悼式 「平和宣言」 翁長雄志 沖縄知事


2018年8月8日。翁長知事の訃報を知った瞬間、私はJRの新快速に乗って帰省している最中だった。満員にちかい電車の中で 「ウソ!!?」と大きな声をあげ、呆然としてから、涙がでてきた。(声をなるべくあげないように必死で我慢したけど、隣に座っていた方は驚いただろうな・・・。)
 この人が発していた沖縄の人たちの意志を、「沖縄の心」を、ヤマトの社会がもっと受けとめようと努力する姿勢を示していたら、この人の病はここまで進行しなかったのではなかったかと、ヤマトンチュの一人として、ほんとうに申し訳なく、現状をなんともできないできた自分の無力さが悔しくて、なかなか泣きやむことが出来なかった。

ご存知の通り、保守派の政治家だった翁長さんは東京でヘイトスピーチの嵐を受けたデモの体験から沖縄への差別を実感し、知事選を当時の現職と闘うことを決意し、怒涛の選挙を走りきり10万表差で勝利し新知事になった。そして、沖縄の民衆の代表として日本政府と米軍に対峙し続けてきた。彼は、うるま市の米軍軍属による女性殺害の事件のときも、名護海岸に墜落したオスプレイにも、やんばるに墜落した米軍CHヘリにも、宜野湾市の保育園や小学校にヘリから墜落物があったときも、ずっと沖縄の代表として怒りを表明し、対話を求め、住民の権利を求め続けた。県の代表である知事でありながら、墜落現場にすら立ち合わせてもらえない、その無力感たるやいかばかりであったろう。


2018年7月27日  辺野古承認「撤回」ノーカット版(共同) 翁長知事・最後の会見 7分1秒 
(映像公開/2018年8月9日) 



最後の会見のときは、肝癌の進行で衰弱されていて、水を飲むのも辛いほど口内炎が酷く、一人で歩くのもやっとだったらしいと後日新聞で読んだ。知事夫妻はもう命尽きることを知っていて、それでも最後の最後まで、沖縄が希求する平和、万国津梁である琉球の歴史と未来の在り方を表明し通した。4年前からは想像もつかない知事の姿を、心配しながら支えておられた「県」民の皆様のショックはいかばかりかと思うと、言葉にならない。


どんな素晴らしい仕事を成した人でも、一人の人間である以上、すべての人の理想を即座に実現する力はないだろう。現場で、平和を求めて身を削ってこられた方からは、もしかしたらもどかしいところもあったかもしれない。しかし、日本社会に生まれ、その中でも基地のない土地で育ってこれた一人のヤマトンチュである私という人間にとっても、学生時代に様々な矛盾を学び、社会の変革を心から求め生きてきた(つもりの)一人の民として、翁長さんは最期まで 「政治を担う人はこうであってほしい」と私が無意識に求めてきた政治家の姿だった。

自民党の小泉政権が誕生した2001年の春、私は大学1年生だった。秋には9・11のテロがあり、その後 日本は米国のアフガン・イラク戦争に加担し、自衛隊は派兵され、イラクでは2004年春に邦人の人質事件が起こり、その年の秋には人質にされた香田くんがイラクで見殺しにされ、その翌年には郵政が民営化された。ワンフレーズ・ポリティクスが横行し、選挙のルールはより権力寄りに変えられ続け、どんなにひどいことが起きていても、それはまったく問われないような自民圧勝の選挙結果に幾度も打ちのめされた。

政治家が公約を実現しないことはもはや常態化し、問題があることすら無視し口ざわりの良いことを無責任に述べた、その責任も問われないままになりがちなこの日本社会。そうした日本社会の在り方自体に虐げられてきた琉球・沖縄の歴史と、現在の不平等・不正義に根底から向き合い、マジョリティの社会に「真摯に考えてほしい」と呼びかけ続け、平和や文化、そして民衆の権利を希求する彼のような政治家が実在したという事実に圧倒される。この人を知事という民衆の代表として送り出した沖縄の民衆の力は、ほんとうに言葉にならない力強さだった。私は祈るしかできなかったけど、あの日、本当に安堵したのをよく覚えている。

「日本政府の中で、理想を実現できる政治家はもう出てこないのではないか」とか、「闘ってくれる議員がいたとしても一議員としてしか扱われず、政治の現場で闘いきるのはもう無理なんじゃないか」とか、「どうしようもない人間を政治家に選んでしまう有権者の無意識はどうしようもないんじゃないか」とか、そういう諦めを抱いて長かった私にとって、2014年秋の沖縄知事選は、ほんとうにこの社会から政治に希望を持つ可能性が潰えていないことを感じさせるものだった。理想を諦めず現実化していく民衆の力が、沖縄から発信されていた。それを同時代に生きた人間のひとりとして、ヤマトの人間の一人として受けとめていかなければと強く思わされた。改めて心の底から感じ入るものが今、 胸にある。


立ち上がった日から、最後の最後まで意志を貫き、真の政治家として走りきり人生を全うされた翁長知事。
私は、追いやった社会の側の人間の一人であるから、こうして想いを書くこと自体のおこがましさを自分でも恥ずかしく思うところもある。でも思ったことを書かずには生きられない人間であるから、申し訳ないけれど、私は書く。

県民葬は一ヵ月後の10月9日だそうだ。 その時の現職知事の追悼挨拶は、翁長さんの遺志を継いでいく玉城デニーさんでなければならないと心底思う。デニーさんの言葉の明確さ、目の光、そして笑顔の柔らかさに、この人に本当に勝ってもらいたいと心から願ってやまない。

玉城デニーさんが沖縄新時代の知事になれますように!

【ツイッター】 玉城デニーさんのツイッター https://twitter.com/tamakidenny
【記事】やんばる日記 「新時代沖縄の風がいま!-玉城デニーさんの出馬表明(全文紹介)」
http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/09/01/191433


自民・公明・維新から選出された佐喜眞氏は、辺野古のことは一切ださないで知事選挙に臨もうとしている。しかし、本当に普天間基地の返還を求めるのなら、故・翁長雄志沖縄知事の最後の会見(承認撤回表明)にあったように「米国の会計監査院の報告で辺野古新基地が固定翼機には滑走路が短すぎると指摘され、当時の稲田防衛大臣が辺野古新基地が完成しても民間施設の使用改善等について、米側との協議が整わなければ普天間飛行場は返還されないと答弁したこと」)について、真っ向から向き合い発言をするべきではないか。
佐喜眞氏は「対立・分断から無縁な沖縄」とか「対立から協調へ」というフレーズを使っているが、それは差別構造の常態化と、国家権力への従属、奴隷化だと私は感じる。問題を無視し続け、それについて意見する人間を力でねじ伏せて黙らせようとする日本国家のやり方におもねる実態と、「協調」という言葉の意味は全く違う。それは、自分とちがう意見の表明を許さない恐怖政治でありファシズムと言えるだろうと私には感じられる。デニーさんがおっしゃるように「分断を持ち込んだのは私たちの側では無い」。これは沖縄の問題ではなく、日本社会の闇だ。

佐喜眞氏はアベ氏と同じ日本会議のメンバーで、日本国家が行ってきた凶事を直視する歴史認識や思想性を持たないばかりか、自分が関わった会の歓迎行事として市内に住む幼稚園生たちに「教育勅語」を唱和させるようなおぞましいことを平然と行ってしまう人物だ。こうした佐喜眞氏の行動は、ヤマト政権に琉球・沖縄が植民地支配化され皇民化されてきた歴史からの現在地の問題である。このことにヤマトの人間として胸が痛み、申し訳ない気持ちになる。私は踏みつけてきた社会の側の人間だから、この人がこうなってきた背景に責任がある。

日本会議のボスであり、日本国家の総理大臣であるアベ氏の実態は、知識としては分かっているけど、喋ってる映像を見るとほんとうに論の体もなしていないどうしようもない話し方しかできない人物であることに唖然とし、愕然とする。どんなに信じられないような暴挙が明らかになり続けても、この人間が我らの社会の責任を担う総理大臣であり続けるこのヤマト主流はの社会を構成する一人ひとりは何を感じ、考えて暮らしているのだろうか。なにも、考えられなくなってしまったのかな・・・。
(参考:安倍晋三氏 「憲法改正」についてのツイッター記事動画

軍隊の最高司令官になりたいだけの、核兵器を持ちたいだけの、そのための憲法「改正」。支配したくてたまらないだけの、オモチャを欲しがる子のように戦争をしたくてたまらない権力者。
自動的に自民党に入れてしまう人たちは、「こんな人に自分たちの未来を決められたくない」とは思わないのかな・・・・。

今、「自分は関係ないからいいの」と考えようとしないで目をそらしていたら、近い将来、思い描いていた未来を壊されることになる。
子どもや孫は、平和な暮らしは(今も実現できてないのに)もっともっとできなくなる。それは明白なこと。
沖縄の苦しみを強いている日本社会の構造による歪みは、もう日本社会のそこここで形を変えて立ち現れてきている。
ヤマトの社会、和人の社会、日本の社会の一人ひとりの皆さん。どうか目を覚まして。一緒にアベ政権を終わらせよう?
アベ政権の勢力を政治家に選んでしまうと、私たちの未来への希望は、現時点でまだ確保されている勝ち取ってきた命の権利とともに潰えてしまう。このままでは、今ある暮らしの中の喜びも幸せも指一つでかき消される時代が来る。そもそも、これ以上、誰かを虐げ続けることに私はもう耐えられない。まだ間に合うはずだ。





今年1月にあった名護市長戦での翁長知事のパートナーである翁長樹子さんが稲嶺ススムさん応援スピーチをされた。
稲嶺さんは選挙に敗れたけれど、このスピーチは今、デニーさんの応援演説でもあると感じる。




以下は、2018年1月名護市長選の際の翁長知事夫人の樹子さんの訴え
【記事】やんばる日記 翁長樹子さんの稲嶺ススム応援スピーチ(動画あり)
http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/01/14/142151


沖縄県知事の家内の樹子でございます。
翁長がグアムの方に出張に行っておりますので代理という事で参りました。
なにぶん素人で、マイク前にすると上がってしまって、うまくできるか本当に自信ないんですけど頑張って務めさせてもらいますので
よろしくお願いいたします。

結婚して36年目でしょうか、政治家の女房として33年目になりましたけど、いやぁ、しかし、志位委員長と同じ壇上でご挨拶する日が来るなんて本当に夢にも思いませんで、本当に光栄に存じております。どうかよろしくお願いいたします。(会場拍手)

3年前の知事選挙、翁長が現職の方を相手に、本当に有難いことに10万票の差を持って挑戦をさせていただきました。正直、圧倒的だったと思っております、あの差で。ホッとしたんです、これでもう辺野古の問題は決着がつくんだと、名護市長がNOと言ってる、県知事もNOと言った人間が当選した。

何ですかこの3年間、
冗談じゃないですよね、皆さん。

政府は、しょっちゅう言う、「何の問題もない」と。
どこにいったい民主主義があるんですか?

どこにあるの?
私たちの自治権は?
人権どこにあるんですか?
それが何ともない事なの?

冗談じゃないと3年間、怒り続けて参りました。(会場拍手)


正直苦しいです。
夫がいつも苦しい顔をしているのを見るのは辛い、女房は。
本当ですよ、あんなに明るくて、いつもいろんなことがあっても家に帰ってくるときには玄関先でそう言った苦しいのをおいて、ただいまって笑って帰ってくる人が、この3年間、笑わないんですよね。

ちょっと時間があったらすぐ部屋にこもっていろんな法律の本ひも解いたり、しょっちゅう勉強して歩くの。言ったセリフが「こんだけ学生の頃勉強していたら俺は東大だった」って(会場笑)

いやー本当に必死に勉強しているんです、それなのに政府は言うことをコレッポチも耳を傾けてくれない、こんな苦しいこと、悔しいことはないです。

でも負けるわけにはいかないですよね、皆さん。
70年前の戦争で、私たちおじいおばあたちはもう命からがら、必死の思いで何とか生き延びて、私たちに命を継いでくれたんです。
両親と私たちの時代は米軍統治を経て、人権もなくて、憲法にも守られずに苦しい時代を過ごしました。その時代を何とかくぐり抜けて、やっと復帰して、やっとこれで憲法に守ってもらえると思ったら、政府はあの方達です。聞いてもくれない。

沖縄県民には人権がないと言わんばかりの方達が、あらん限りの権力を持って押さえつけようとしてる。
じゃあ負けて諦めるのか、 どうですか皆さん、諦められますか?
(会場「諦めない!」)

そうです。
諦められないし、必ず私たちはおじいおばあがやったように必ずこらえて押し返して、先の子供達にはもっといい沖縄を残したい。
(会場拍手「ナトンドー!(そうだ!)」)


頑張るしかないです私たちは。
心折れないで下さいよ、
大丈夫ですか?

頑張りましょうね!(拍手)


1つ、これは選挙です。



相手候補の方と稲嶺さん比べたら、Wスコアで勝っても本当におかしくないです。
当たり前、それが。

しかし相手候補には申し訳ないけど、稲嶺さんの相手は実は相手候補ではないです。国が政府があらん限りの力でもって抑えにかかってくるんです皆さん。
簡単じゃないです、これに打ち勝つのは。
私たちの心の中にちょっとでも「まあ何とか勝つでしょう」なんて気持ちがあったら結果は厳しいです。

心に刻んで、みんなで必ずこの選挙を勝って、私たちのこの闘いを必ず成就して、
私たちのこの気持ちを必ず日本政府に認めさせる、沖縄の現状を国民に知ってもらう、
それしか私たちには道がありません。
頑張りましょうね。
必ず勝利を。

頑張りましょう、 最後まで。
どうかよろしくお願いします。





諦めずに、心折れず、進みたい。
もし折れてもちょっと休んで、周りのひとに助けられながら、神様の愛を確認しながら、添え木してまた進むんだ。
戦争を体験し生き延びて来て下さった先人たち(沖縄の人はもちろん、ヤマトの人も、世界の人も)の平和への遺志を受け継いでいける生き方を目指し続ける。人間の権利の基盤である憲法を奪わせてはならない。

エンパワメントを生み出す流れは、嘆いたり、だれかを責めているだけでは何も生まれてこない。それどころかパワーレスになってしまい、自滅してしまう。不安は口にだしてもいいし、思ったことは言っていい。でも、諦めていく材料を探すのはもう止めた。

一人でも、立てる。
そのことで周りに示せるものがあるはず。
いま、立ち上がろう。沖縄の民衆のように。それぞれが暮らしている場所で、あきらめないで。

自分で考えること、隣のひとと想いを話すこと、書いたり、表現をして発信すること。
いろいろな形で一歩ずつ進める。
「そんなのもう今は無理」って人も、とにかく自分自身を放り出さずに己を大切にしてなんとか生き抜くこと!
落ち込んでしまうときは、無理せずに休んで、音楽きいて鋭気を養い、自分自身に出来ることをしていこう。
なんにも出来ないって思わなくてもいい。考え続けてるだけすごいし、こんな極まった社会で生きてるだけですごいんだから。
自分を失わせないように守らないと。

国はこれまでしてきたように、どんなやり方もしてくるだろう。けれど、平和を求める沖縄の人たちの心が一つになってデニーさんが知事になれますように。強く祈りながら、自分にできることを自分の場所の、すべてからやっていくことを決めた。
私なりに、でしかないかもしれない。でも、頑張る。 頑張るぞ。

「みんな」が変わらなくても、それでも自分は諦めない、絶望から希望に変わっていけるって証明できるようになっていきたい。
そしたら見えなかった光が見えて、繋がっていくはずなんだ!


2018/09/23

せやろがいおじさん

せやろがいおじさん、がんばってる~!
ヘイトスピーチを具体的に紹介しているから、気分をわるくしそうな人は今日はやめといてのアテンションにほろり。
本や言論は、暴力の道具じゃない。言葉は認識であり思想。これによる殺人だって起きてる。
海きれい。




追記 20180926
新潮45、廃刊になりました。
しかし、ちゃんと謝ってない。反省を示してせめてちゃんと謝りなさい!



追記 20180926 
せやろがいおじさんのブログ せやろがいおじさん流疲れの取り方
https://seyarogaiojisan.hatenablog.com/entry/2018/09/25/183706

2018/09/19

追悼・樹木希林さん


樹木さんが亡くなってしまった。切ない。
演技や人柄が素晴らしいのは勿論だけど、お顔が96歳で亡くなった父方のおばあちゃんとちょっとだけ似てたからね。
あ、ちょっと似てるなぁって。子どもの頃から見るたび思ってたから・・・。

河瀬直美監督の「あん」は本当に素晴らしい演技で、とても心にのこる作品だった。原作はドリアン助川さんの小説で、これも後から読んだが素晴らしかった。古本をだいじな友達に贈った。


「万引き家族」はまだ観れてないのは、個人的にはまぁDVDでいいんだけど(なんかすいません。いい作品とは思う)、
「モリのいる場所」を映画館で観そびれたのは悔しい・・・。生きておられる間に映画館で見たかったなあ。


「人生フルーツ」のナレーションも素晴らしかった。映画も素晴らしかった。うちの冷蔵庫に映画のチラシが貼ってあるんだけど、見るたびに映像の中で心豊かな暮らしをしていた津幡さんご夫婦に流れる時間の感覚を思い出す。



樹木さんが辺野古に来られていたことは亡くなってから知った。

【記事】「無知を恥じている」 樹木希林さんが生前、沖縄について語ったこと 2018年9月18日 10:20 琉球新報
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-804395.html

【記事】 樹木希林が辺野古に現れた日! 2018年9月16日 リテラ
http://lite-ra.com/2018/09/post-4258.html

8月30日に動物病院の待合室でたまたまワイドショー流れてて、うちはテレビがないからじっと見てたら、樹木さんが手術前に内田裕也氏に電話して「いろいろ、すまなかったわね」と伝えたということをもっくんが話してたという話題が出てた。
「樹木さんらしい・・・」とちいさく笑いながら呟いたら、隣に座ってた女性がちょっと笑いながら頷いてたなぁ。
飄々としていて、演技はいつも本物で。映画だって分かってても、そうやって生きてきた人にしか思えないのがすごかった。

いつか、樹木さんみたいに本物の仕事が出来るかっこいい年のとり方が実現できる人間になりたいねぇ。
樹木さん、お疲れ様でした。どうか安らかに。
2018/09/17

NEKED!


玉城デニーさんを応援するために更なるバッシング覚悟で知事追悼と現状報告の記者会見した保育園のお母さんたちのことや、辺野古・大浦湾の本来の海の眺めをニュースの写真で見たり知ったりして、わたしなりに腹を括った。
悔いなく生きられるように、苦しくても自分を無駄に責めないで暮らせるように、自分の場所でやれること、全力で頑張る!
改めて心に決めた。

体力的限界があるから、もしかしたら中途半端に見えてしまうけど、すべてをご存知の神様に恥ずかしくないよう精一杯やっていく。踏み出したつもり。誰も犠牲にならない世界を目指す以上、自分を犠牲にはしない。でも頑張る。皆さん、この末期的な社会の中で、身を削ってやっている。過酷な状況で懸命に生き抜こうとしてくれている。わたしもがんばる。

悪の諸勢力に対して、諦めないで神様からの賜物と人間に与えられた愛と知恵を一人から発信できるように。
たった一人でもいい。生活の中で物理的に何かできなくても、まず気持ちを取り戻そう。思索と対話を試みよう。

立ち上がろう!



今日の音楽は、安室ちゃんの「NEKED」!めっちゃエンパワメントされるんですけど。
かっこいい!!
歌詞 http://www.kasi-time.com/item-55074.html




2018/09/16

安室ちゃん、ありがとう!

みんなに「自分自身でいていいよ」「どんなときも一緒にいるよ」って歌と踊りで伝え続けてきてくれてありがとう!
ほんとうに、「歌姫」でした!
ラストライブと引退記念日がお天気みたいでよかったーーー

彼女の歌をいつも追いかけていたわけじゃないけど、同時代で見れてこれてよかった。
ほんとのファンの皆さんはみんな本気で寂しくて辛いだろうけど、送り出していてすごいなって思った。

本当にありがとうございました!おつかれさまでした!!!




【youtubeでないと観れなかったのでURL→】安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ
(このミュージックビデオの安室ちゃんの歩き方がかっこよすぎて泣ける。)