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2018/09/19

追悼・樹木希林さん


樹木さんが亡くなってしまった。切ない。
演技や人柄が素晴らしいのは勿論だけど、お顔が96歳で亡くなった父方のおばあちゃんとちょっとだけ似てたからね。
あ、ちょっと似てるなぁって。子どもの頃から見るたび思ってたから・・・。

河瀬直美監督の「あん」は本当に素晴らしい演技で、とても心にのこる作品だった。原作はドリアン助川さんの小説で、これも後から読んだが素晴らしかった。古本をだいじな友達に贈った。


「万引き家族」はまだ観れてないのは、個人的にはまぁDVDでいいんだけど(なんかすいません。いい作品とは思う)、
「モリのいる場所」を映画館で観そびれたのは悔しい・・・。生きておられる間に映画館で見たかったなあ。


「人生フルーツ」のナレーションも素晴らしかった。映画も素晴らしかった。うちの冷蔵庫に映画のチラシが貼ってあるんだけど、見るたびに映像の中で心豊かな暮らしをしていた津幡さんご夫婦に流れる時間の感覚を思い出す。



樹木さんが辺野古に来られていたことは亡くなってから知った。

【記事】「無知を恥じている」 樹木希林さんが生前、沖縄について語ったこと 2018年9月18日 10:20 琉球新報
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-804395.html

【記事】 樹木希林が辺野古に現れた日! 2018年9月16日 リテラ
http://lite-ra.com/2018/09/post-4258.html

8月30日に動物病院の待合室でたまたまワイドショー流れてて、うちはテレビがないからじっと見てたら、樹木さんが手術前に内田裕也氏に電話して「いろいろ、すまなかったわね」と伝えたということをもっくんが話してたという話題が出てた。
「樹木さんらしい・・・」とちいさく笑いながら呟いたら、隣に座ってた女性がちょっと笑いながら頷いてたなぁ。
飄々としていて、演技はいつも本物で。映画だって分かってても、そうやって生きてきた人にしか思えないのがすごかった。

いつか、樹木さんみたいに本物の仕事が出来るかっこいい年のとり方が実現できる人間になりたいねぇ。
樹木さん、お疲れ様でした。どうか安らかに。
2018/09/17

NEKED!


玉城デニーさんを応援するために更なるバッシング覚悟で知事追悼と現状報告の記者会見した保育園のお母さんたちのことや、辺野古・大浦湾の本来の海の眺めをニュースの写真で見たり知ったりして、わたしなりに腹を括った。
悔いなく生きられるように、苦しくても自分を無駄に責めないで暮らせるように、自分の場所でやれること、全力で頑張る!
改めて心に決めた。

体力的限界があるから、もしかしたら中途半端に見えてしまうけど、すべてをご存知の神様に恥ずかしくないよう精一杯やっていく。踏み出したつもり。誰も犠牲にならない世界を目指す以上、自分を犠牲にはしない。でも頑張る。皆さん、この末期的な社会の中で、身を削ってやっている。過酷な状況で懸命に生き抜こうとしてくれている。わたしもがんばる。

悪の諸勢力に対して、諦めないで神様からの賜物と人間に与えられた愛と知恵を一人から発信できるように。
たった一人でもいい。生活の中で物理的に何かできなくても、まず気持ちを取り戻そう。思索と対話を試みよう。

立ち上がろう!



今日の音楽は、安室ちゃんの「NEKED」!めっちゃエンパワメントされるんですけど。
かっこいい!!
歌詞 http://www.kasi-time.com/item-55074.html




2018/09/16

安室ちゃん、ありがとう!

みんなに「自分自身でいていいよ」「どんなときも一緒にいるよ」って歌と踊りで伝え続けてきてくれてありがとう!
ほんとうに、「歌姫」でした!
ラストライブと引退記念日がお天気みたいでよかったーーー

彼女の歌をいつも追いかけていたわけじゃないけど、同時代で見れてこれてよかった。
ほんとのファンの皆さんはみんな本気で寂しくて辛いだろうけど、送り出していてすごいなって思った。

本当にありがとうございました!おつかれさまでした!!!




【youtubeでないと観れなかったのでURL→】安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ
(このミュージックビデオの安室ちゃんの歩き方がかっこよすぎて泣ける。)













2018/09/12

「あなたの勇姿を忘れない」 玉城デニーさんと頑張る!

沖縄の新しい知事は、玉城デニーさんじゃないと沖縄だけじゃなくて日本社会にも明るい未来なんて来ない!

辺野古のオレンジ色のフロートや黄色のオイルフェンス(汚濁防止膜)が撤去された大浦湾の写真をウェブニュースで見て、あんまりにも嬉しくて、泣きそうになった。
【琉球新報ウェブ記事】 辺野古の青い海戻る 埋め立て承認撤回受け浮具撤去
2018年9月14日 10:17

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-802674.html

もう二度と海を区切る人工的な浮遊物を見たくない。それどころか、日本政府側は本気で海を埋め、命の世界も、沖縄の平和な未来も、ぜんぶ潰すつもりだ。絶対に許しちゃいけない。

分断も対立も、沖縄側の問題じゃなくて、ヤマトである日本社会が強いているものだ。
平和な世界になるために、沖縄からも、日本の社会からも基地はなくしていかなければ。基地も、戦争もごめんだ。
人間を殺すなんて、冗談じゃない。

命(ぬち)どぅ宝!命こそ宝の政策をやってくれるデニーさんが知事になれるよう強く祈っています。
10月9日の翁長知事の県民葬で新知事として挨拶するのは、デニーさんじゃないと耐えられない。
できること、自分の場所でがんばります!!!!!




玉城デニーさんツイッター!
https://twitter.com/tamakidenny





豊岡マッシーTube2018/08/15 公開
 以下はYoutube掲載文章から引用、紹介します。

We won't forget your braveness.
R.I.P for Okinawa governor Takeshi Onaga
illustration&Music by TOYO
翁長知事追悼。あなたの勇姿を忘れない。翁長さんが被るはずだったエメラルドグリーンの帽子、那覇市の市花ブーゲンビリヤ。県民大会の朝に出た虹。慰霊の日に相良さんの平和の詩を聞く翁長さんの横顔。上を向いて、少し微笑んでいます。

歌詞は有名な「命どぅ宝」からの引用です。

嘆(なじ)くなよ臣下
戦世(いくさゆ)むしまち
弥勒世(みるくゆ)むやがてぃ

天国の翁長さんが、悲しむなよ、戦の世も終わる。弥勒世(平和な世)もやがてくるよ。と歌っているんです。

この琉歌を読むのは尚泰王(「首里城明け渡し」のお芝居の中でね)なのですが、でもオナガさんは王というより「お父さん」ですね。沖縄は偉大な「お父さん」を失ってしまった。その大きな喪失感がこの作品を作らせました。

これを作り上げることは自分にとって祭壇に花を飾ったりロウソクを灯したりすること。(自分の絵の作品は概ねそうなのですが)SNSでともに悲しみを共有してくれるみなさんの涙を養分に出来上がったような作品です。どうかオナガさんの蒔いた種が平和世を願う人々の心の畑で大きく育ちますように。

三線、二胡、歌、翁長知事の平和宣言、チャフチャフ、三板
ソフト音源(アップライトプアノ、ダルシマー、ベース、オーシャンドラム)



2018/09/10

ヤマトの人間の一人として、翁長知事の遺志に応えていきたい。玉城デニーさんが新知事になれますように!

2018年6月23日 沖縄全戦没者追悼式 「平和宣言」 翁長雄志 沖縄知事


2018年8月8日。翁長知事の訃報を知った瞬間、私はJRの新快速に乗って帰省している最中だった。満員にちかい電車の中で 「ウソ!!?」と大きな声をあげ、呆然としてから、涙がでてきた。(声をなるべくあげないように必死で我慢したけど、隣に座っていた方は驚いただろうな・・・。)
 この人が発していた沖縄の人たちの意志を、「沖縄の心」を、ヤマトの社会がもっと受けとめようと努力する姿勢を示していたら、この人の病はここまで進行しなかったのではなかったかと、ヤマトンチュの一人として、ほんとうに申し訳なく、現状をなんともできないできた自分の無力さが悔しくて、なかなか泣きやむことが出来なかった。

ご存知の通り、保守派の政治家だった翁長さんは東京でヘイトスピーチの嵐を受けたデモの体験から沖縄への差別を実感し、知事選を当時の現職と闘うことを決意し、怒涛の選挙を走りきり10万表差で勝利し新知事になった。そして、沖縄の民衆の代表として日本政府と米軍に対峙し続けてきた。彼は、うるま市の米軍軍属による女性殺害の事件のときも、名護海岸に墜落したオスプレイにも、やんばるに墜落した米軍CHヘリにも、宜野湾市の保育園や小学校にヘリから墜落物があったときも、ずっと沖縄の代表として怒りを表明し、対話を求め、住民の権利を求め続けた。県の代表である知事でありながら、墜落現場にすら立ち合わせてもらえない、その無力感たるやいかばかりであったろう。


2018年7月27日  辺野古承認「撤回」ノーカット版(共同) 翁長知事・最後の会見 7分1秒 
(映像公開/2018年8月9日) 



最後の会見のときは、肝癌の進行で衰弱されていて、水を飲むのも辛いほど口内炎が酷く、一人で歩くのもやっとだったらしいと後日新聞で読んだ。知事夫妻はもう命尽きることを知っていて、それでも最後の最後まで、沖縄が希求する平和、万国津梁である琉球の歴史と未来の在り方を表明し通した。4年前からは想像もつかない知事の姿を、心配しながら支えておられた「県」民の皆様のショックはいかばかりかと思うと、言葉にならない。


どんな素晴らしい仕事を成した人でも、一人の人間である以上、すべての人の理想を即座に実現する力はないだろう。現場で、平和を求めて身を削ってこられた方からは、もしかしたらもどかしいところもあったかもしれない。しかし、日本社会に生まれ、その中でも基地のない土地で育ってこれた一人のヤマトンチュである私という人間にとっても、学生時代に様々な矛盾を学び、社会の変革を心から求め生きてきた(つもりの)一人の民として、翁長さんは最期まで 「政治を担う人はこうであってほしい」と私が無意識に求めてきた政治家の姿だった。

自民党の小泉政権が誕生した2001年の春、私は大学1年生だった。秋には9・11のテロがあり、その後 日本は米国のアフガン・イラク戦争に加担し、自衛隊は派兵され、イラクでは2004年春に邦人の人質事件が起こり、その年の秋には人質にされた香田くんがイラクで見殺しにされ、その翌年には郵政が民営化された。ワンフレーズ・ポリティクスが横行し、選挙のルールはより権力寄りに変えられ続け、どんなにひどいことが起きていても、それはまったく問われないような自民圧勝の選挙結果に幾度も打ちのめされた。

政治家が公約を実現しないことはもはや常態化し、問題があることすら無視し口ざわりの良いことを無責任に述べた、その責任も問われないままになりがちなこの日本社会。そうした日本社会の在り方自体に虐げられてきた琉球・沖縄の歴史と現在の不平等・不正義に根底から向き合い、マジョリティの社会に「真摯に考えてほしい」と呼びかけ続け、平和や文化、そして民衆の権利を希求する彼のような政治家が実在したという事実。この人を知事という民衆の代表として送り出した沖縄の民衆の力は、ほんとうに言葉にならない力強さだった。
「日本政府の中で、理想を実現できる政治家はもう出てこないのではないか」とか、「闘ってくれる議員がいたとしても一議員としてしか扱われず、政治の現場で闘いきるのはもう無理なんじゃないか」とか、「どうしようもない人間を政治家に選んでしまう有権者の無意識はどうしようもないんじゃないか」とか、そういう諦めを抱いて長かった私にとって、2014年秋の沖縄知事選は、ほんとうに希望が潰えていないことを感じさせるものだった。理想を諦めず現実化していく民衆の力が、沖縄から発信されていた。改めて心の底から感じ入るものが今、 胸にある。


立ち上がった日から、最後の最後まで意志を貫き、真の政治家として走りきり人生を全うされた翁長知事。
県民葬は一ヵ月後の10月9日だそうだ。 その時の現職知事の追悼挨拶は、翁長さんの遺志を継いでいく玉城デニーさんでなければならない。デニーさんの言葉の明確さ、目の光、そして笑顔の柔らかさに、この人に本当に勝ってもらいたいと心から願ってやまない。

琉球朝日放送ニュース 特集)県知事選まで1か月 対決の構図は(2018年8月30日公開)9分18秒


玉城デニーさんが沖縄新時代の知事になれますように!

【ツイッター】 玉城デニーさんのツイッター https://twitter.com/tamakidenny
【記事】やんばる日記 「新時代沖縄の風がいま!-玉城デニーさんの出馬表明(全文紹介)」
http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/09/01/191433


自民・公明・維新から選出された佐喜眞氏は、辺野古のことは一切ださないで知事選挙に臨もうとしている。しかし、本当に普天間基地の返還を求めるのなら、故・翁長雄志沖縄知事の最後の会見(承認撤回表明)にあったように「米国の会計監査院の報告で辺野古新基地が固定翼機には滑走路が短すぎると指摘され、当時の稲田防衛大臣が辺野古新基地が完成しても民間施設の使用改善等について、米側との協議が整わなければ普天間飛行場は返還されないと答弁したこと」)について、真っ向から向き合い発言をするべきではないだろうか。

佐喜眞氏は「対立・分断から無縁な沖縄」とか「対立から協調へ」というフレーズを使っているが、それは差別構造の常態化と、国家権力への従属、奴隷化だと私は感じる。問題を無視し続け、それについて意見する人間を力でねじ伏せて黙らせようとする日本国家のやり方におもねる実態と、「協調」という言葉の意味は全く違う。それは、自分とちがう意見の表明を許さない恐怖政治でありファシズムと言えるだろうと私には感じられる。

佐喜眞氏はアベ氏と同じ日本会議のメンバーで、日本国家が行ってきた凶事を直視する歴史認識や思想性を持たないばかりか、自分が関わった会の歓迎行事として市内に住む幼稚園生たちに「教育勅語」を唱和させるようなおぞましいことを平然と行ってしまう人物だ。こうした佐喜眞氏の行動は、ヤマト政権に琉球・沖縄が植民地支配化され皇民化されてきた歴史からの現在地の問題であることにヤマトの人間として胸が痛む。

日本会議のボスであり、日本国家の総理大臣であるアベ氏の実態は、知識としては分かっているけど、喋ってる映像を見るとほんとうに論の体もなしていないどうしようもない話し方しかできない人物であることに唖然とし、愕然とする。どんなに信じられないような暴挙が明らかになり続けても、この人間が我らの社会の責任を担う総理大臣であり続けるこのヤマト主流はの社会を構成する一人ひとりは何を感じ、考えて暮らしているのだろうか・・・。
(参考:安倍晋三氏 「憲法改正」についてのツイッター記事動画

軍隊の最高司令官になりたいだけの、核兵器を持ちたいだけの、そのための憲法「改正」。支配したくてたまらないだけの、オモチャを欲しがる子のように戦争をしたくてたまらない権力者。
自民党に入れてしまう人たちは、「こんな人に自分たちの未来を決められたくない」とは思わないのかな・・・・。

今、何も考えようとしないで目をそらしていたら、近い将来、思い描いていた未来を壊されることになる。
子どもや孫が、今あるような暮らしはできなくなる。
どうか、目を覚まして、アベ政権を終わらせないと。アベに従属する人間を政治家に選んでしまうと、私たちの未来への希望は潰えていってしまう。落ち込むときは、とにかく休んで、音楽きいて鋭気を養い、元気をだして、出来ることをしていこう。
自分で考えること、隣のひとと想いを話すこと、書いたり、表現をして発信すること。
それも無理だって人も、とにかく自分自身を放り出さずに生き抜くこと!



今年1月にあった名護市長戦での翁長知事のパートナーである翁長樹子さんが稲嶺ススムさん応援スピーチをされた。
稲嶺さんは選挙に敗れたけれど、このスピーチは今、デニーさんの応援演説でもある。
動画をここに載せたかったのだけど、うまくつながらないので、下記のURLから記事を開き、youtubeのスピーチ動画を是非見てください。

以下は、2018年1月名護市長選の際の翁長知事夫人の樹子さんの訴え
【記事】やんばる日記 翁長樹子さんの稲嶺ススム応援スピーチ(動画あり)
http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/01/14/142151


沖縄県知事の家内の樹子でございます。
翁長がグアムの方に出張に行っておりますので代理という事で参りました。
なにぶん素人で、マイク前にすると上がってしまって、うまくできるか本当に自信ないんですけど頑張って務めさせてもらいますので
よろしくお願いいたします。

結婚して36年目でしょうか、政治家の女房として33年目になりましたけど、いやぁ、しかし、志位委員長と同じ壇上でご挨拶する日が来るなんて本当に夢にも思いませんで、本当に光栄に存じております。どうかよろしくお願いいたします。(会場拍手)

3年前の知事選挙、翁長が現職の方を相手に、本当に有難いことに10万票の差を持って挑戦をさせていただきました。正直、圧倒的だったと思っております、あの差で。ホッとしたんです、これでもう辺野古の問題は決着がつくんだと、名護市長がNOと言ってる、県知事もNOと言った人間が当選した。

何ですかこの3年間、
冗談じゃないですよね、皆さん。

政府は、しょっちゅう言う、「何の問題もない」と。
どこにいったい民主主義があるんですか?

どこにあるの?
私たちの自治権は?
人権どこにあるんですか?
それが何ともない事なの?

冗談じゃないと3年間、怒り続けて参りました。(会場拍手)


正直苦しいです。
夫がいつも苦しい顔をしているのを見るのは辛い、女房は。
本当ですよ、あんなに明るくて、いつもいろんなことがあっても家に帰ってくるときには玄関先でそう言った苦しいのをおいて、ただいまって笑って帰ってくる人が、この3年間、笑わないんですよね。

ちょっと時間があったらすぐ部屋にこもっていろんな法律の本ひも解いたり、しょっちゅう勉強して歩くの。言ったセリフが「こんだけ学生の頃勉強していたら俺は東大だった」って(会場笑)

いやー本当に必死に勉強しているんです、それなのに政府は言うことをコレッポチも耳を傾けてくれない、こんな苦しいこと、悔しいことはないです。

でも負けるわけにはいかないですよね、皆さん。
70年前の戦争で、私たちおじいおばあたちはもう命からがら、必死の思いで何とか生き延びて、私たちに命を継いでくれたんです。
両親と私たちの時代は米軍統治を経て、人権もなくて、憲法にも守られずに苦しい時代を過ごしました。その時代を何とかくぐり抜けて、やっと復帰して、やっとこれで憲法に守ってもらえると思ったら、政府はあの方達です。聞いてもくれない。

沖縄県民には人権がないと言わんばかりの方達が、あらん限りの権力を持って押さえつけようとしてる。
じゃあ負けて諦めるのか、 どうですか皆さん、諦められますか?
(会場「諦めない!」)

そうです。
諦められないし、必ず私たちはおじいおばあがやったように必ずこらえて押し返して、先の子供達にはもっといい沖縄を残したい。
(会場拍手「ナトンドー!(そうだ!)」)


頑張るしかないです私たちは。
心折れないで下さいよ、
大丈夫ですか?

頑張りましょうね!(拍手)


1つ、これは選挙です。



相手候補の方と稲嶺さん比べたら、Wスコアで勝っても本当におかしくないです。
当たり前、それが。

しかし相手候補には申し訳ないけど、稲嶺さんの相手は実は相手候補ではないです。国が政府があらん限りの力でもって抑えにかかってくるんです皆さん。
簡単じゃないです、これに打ち勝つのは。
私たちの心の中にちょっとでも「まあ何とか勝つでしょう」なんて気持ちがあったら結果は厳しいです。

心に刻んで、みんなで必ずこの選挙を勝って、私たちのこの闘いを必ず成就して、
私たちのこの気持ちを必ず日本政府に認めさせる、沖縄の現状を国民に知ってもらう、
それしか私たちには道がありません。
頑張りましょうね。
必ず勝利を。

頑張りましょう、 最後まで。
どうかよろしくお願いします。





諦めずに、心折れず、進みたい。
もし折れてもちょっと休んで、周りのひとに助けられ、添え木しながらまた進むんだ。
戦争を体験し生き延びて来て下さった先人たち(ヤマトの人も、世界の人も)の平和への遺志を受け継いでいける生き方を目指し続ける。

国はこれまでしてきたように、どんなやり方もしてくるだろう。けれど、平和を求める沖縄の心が一つになってデニーさんが県知事になれますように。強く祈り、自分にできること自分の場所のすべてからやっていく。
私なりに、でしかないかもしれない。でも、頑張る。 頑張るぞ。
2018/09/06

住民を守ろうとしない政権を選ばないで

朝、北海道の地震のことを知った。
あの広大な地域の全戸停電って・・・・
ガソリンが不足し、身動きがつかなくなったとき… 近隣がないお宅だって多いでしょうに・・・・
余震がないことを祈る。社会的に支援が行き届かない二次被害が懸念される。泊の原発は本当に大丈夫なのだろうか・・・。
朝から不安がきつくて、ずっと祈っている。どうかこれ以上 大地が揺れませんように。一人でも助かりますように・・・・。






大型台風の被害。関空も沈んできてる。
西日本の大水害だって、大阪の地震だって、熊本だって東北だってそのまんまで・・・ 放置されている。

もともと災害の多い国ではあるけど、異常気象の常態化や、地震の頻発で、酷いことが珍しくなくなっている。
それなのに、政府はそのことを無視しているとしか思えない。おかしいよ。

原発うごかしたり、国営カジノ作ろうとしてるばあいじゃないよ!軍隊強化したり、アメリカから一台何十億円もする軍機をたくさん買ってる場合じゃないだろ!辺野古の海つぶして基地作ろうとしてる場合じゃないよ!!

人の命を助けろよ! 道や家を再建しろよ!
家や店が無くなった人に、雀の涙の義援金がどう役に立つの??
生活が苦しい中で、家族を失った人はこれからどう生活していったらいいの?
みんなギリギリのところで暮らしているのに、家に住めなくなったり、車が廃車になったり、家電が一切使えなくなったりしてる。
阪神大震災の後、どれだけの人が路上生活に押し出されたか、だれも知らない。
そういうの一切無視してオリンピックなんてやろうとしてる場合かよ!


自衛隊は、ほんとうに人命救助一本にしていかなきゃ、この国は滅びるよ。
武器なんていらん!ミサイルも基地も要らない!人を殺そうと訓練している場合じゃないだろうよ。
「国を守る」って言うなら、領土や資本よりも、まず国に暮らしている住民の命と暮らしを守れ!!!!

軍隊は住民を守りはしない。軍隊は国家の都合と体裁のための殺人目的の集団だ。
アベ政権は年間予算の軍事費をまた増やしたという話だけど、本当にほんとうにほんとうにいいかげんにしてくれ。

道も、河川も、線路も、水道管も、何もかもガタがきてるこの社会で、ほかにお金をかけなきゃならないことはあるでしょう!
この国に、どんだけ借金あると思っているの?
働けない人間や、困窮な人たち、高齢の人たちがどれだけいると思ってる?
環境も、社会の仕組みも、農業も、福祉も、みんな5年後10年後すら描けない状態なのに、それには一切向き合わなくて、一体何がしたいの??

選挙権を持っているひと。自民党を当たり前のように選んでしまう方へ。
どうか、これ以上 自民党政権を選ばないでほしい。
巨額の税金を自分の私的な関係に使ってしまう人が、いまも権力の座についていることに危機感を抱けないのは何故?
権力を持っているひとは何をしてもいいのですか?
騙して、ウソをついて、それが明らかになっても平気で、ついに何もかもやりたい放題になってしまっている。
この連中をこのまま何の問題にもしないでのさばらせたら、そんな権力を許したら、私たち一般庶民のこれまでの暮らしは奪われる。いや、すでに暮らしや権利や、ふるさとや、安全な空気や水や食べ物を、穏やかな時間の一切を剥奪されてきた人たちのように、「今」を全ての「当たり前」「ありふれた瞬間」を私たちも奪われる。そして見殺しにされる。その時に気付いても遅い。戦争の歴史がそのことを教えている。人間の権利も、暮らしも、真実も、思ったことを口に出すことも、何もかもが潰える暗黒の社会が迫っている。
(もう既にそうなっていると言える場所も多い。)


どんな悲惨なことがおきても、人間は助け合うことができるはずなのに、そういう社会の仕組みが崩壊してる。
自民党に入れたい人に訊きたいけど、西日本集中豪雨のときに、なんの手立てもせず「赤坂自民亭」で酔ってバカ騒ぎやってたの、もう忘れたの?それとも、そんなことは何の問題もないことなの?被害の規模で言うのもおかしなことだけど、それって飲酒運転より酷いんじゃないの?
人の死を公開処刑して利用するような、その前夜に宴会の終わりに万歳三唱するような連中に、これ以上 政治を任せていたら、
助かる人も助からない。防げるものも防げない。

フクシマの原発が爆発して、石棺もない、汚染水は垂れ流し。どんな酷いことも横行する最大の前例を突き進んでいる日本社会。
(先日、十数年ぶりに本橋成一さんの映画作品 『アレクセイと泉』を観て、ほんとうに言いようのない思いがした・・・。)

人間が人間として暮らすための権利を守る根拠になる法(日本国憲法)が、日本国家に奪われる直前の今を、まず自覚しなければならない。人類が希求してきたものが滅ぼされかけていることを。

沖縄の知事選も、自民党で日本会議の彼が通ってしまった場合、普天間基地が返還されたとしても結局は富裕層の賭け事の遊び場にされるだけだ。
「ナチスの手口に学んだらどうかね」と現副総理が言った。このことの、あまりにも重大な意味を日本の有権者は把握する必要がある。これ以上 酷いことが起こるまえに、自民党に入れてきた方たちの意識の変革が迫られている。

もうこれ以上、人間を見殺しにすることをなんとも思わない自民党の連中を選ばないでほしい。
これ以上、命と真実を蔑ろにする者たちに権力を与えるのは、もう止めよう。いい加減、耐えられない。
このままでは、生まれて育ってきてくれている幼い子ども達に希望ある未来を繋げられない。
本来、人は生きる喜びを感じる為に生まれ、助け合い生きていけるはずなのに、この現状はどうだ。
人間の信頼関係や社会の基本的なルールを根底から崩壊させる自民党とアベ「首相」。
恥という概念を持ち合わせないその所業は、留まるところを知らない。
釜の底が抜け続けている。その先は今以上の生き地獄か? 
苦しむのは権力を持っていないものたちだ。権利を奪われてきたものたちだ。

ほんとうに、もうたくさんだ!!!



2018/08/29

詩 「幸福な暮らし」

だれかの苦しみを 自分の幸福の実感のための引き合いにだすのはいやだ

けれど
苦しい思いをしている人たちのことを忘れきったり
もしくは知らないままに
幸せをただ味わうのも なにかが違うと感じる

自分が持っていて当たり前だと思っているものを失った時
人は「不幸になった」と感じるのかもしれない
しかし 実際のところ「当たり前」なんてものは存在しない

新聞の投書欄に小学生の子が戦争のことを学んだという文章の書き出しに
「いまのすべてがきせきです」とあった
心から そうだと感じた


何気なく過ぎる日々に幸せを感じることを許された暮らしができる自分の立ち位置

恵みへの感謝と懺悔

子ども時代に受けるべき歓びのすべてを奪われても日々を過ごさざるを得ない少女たち
夢のカケラさえ抱けないあなたは 必死で親の代わりに弟妹を育てていた
 -私はあなたに何も出来ない 

若い頃に訪ねた廃棄物に囲まれた村で やっと笑みを返してくれた少女が その瞬間ムチで打たれ追い立てられたのを見た
 -この世界の不平等さを肌に刻んだ あの瞬間を忘れられない


どうして30年ちかく子どもを檻に閉じ込め虐待し続けてきた父親が 実質 無罪なような判決になるのだろう
 -障害がある子どもだったから? 人間として認めないままどこまでいくの?

どうして小さな女の子がやっと覚えた字で「助けてください」と懇願する文章を残して死んでいかねばならなかったのだろう
 -彼女は愛を結ぶ為に生まれてきたのに
 いつか誰かの心にやさしく触れる手紙や詩を書いただろうに


故郷を追われ生きるために今にも沈みそうな小さな船で海へ出る人々
 -船の底で圧死したあなたの姿が写された一枚の写真

働く為に家族と離れ 遠いこの国で労働する人たちの上手な日本語
 -入管に囚われまともな医療も食事もなく 虐待され続けている人たち

閉じ込められた女たちの慟哭は 時代が移り変わっても ずっとずっと繰り返され続けている
想像を絶する蹂躙

一歩でも違えばそこにいただろう苦界を想う

痛み苦しみから逃れ得ない人生を だれかが必死で過ごしている今

戦火に追われた後も 「死んだほうがマシだった」という苦しみのなかを
「もう二度と戦争はさせない」と歯を食いしばって生きぬいてきた人たちの人生が繋いでくれた現在地
私は家の中で温かい飲み物をのみながら過ごせる




何故 私はこの今に辿り着けたのだろう 
ひたすら生きることが辛かったあの時をぬけて

責め立てることなく ただ静かに その問いは私に向けられている

花々が
木が
風に揺れ なにかを伝えようとしている

真っ白い大きな雲と 全ての人の頭上にあるはずの青い空が
時代を生き抜いてきた方たちの笑顔が
生まれてきたひとの小さな身体の汗ばむような温みが
もう亡くなった方の体験が記された文面が

いつも柔らかく笑っている あの人の厳しい目線の先にあるものが


私を問う

辿り着けない/辿り着けなかった人人の声なき叫びにどう応答するのか と




真の幸福とは何だろう


目を背ければ知らないで忘れてしまえる己の立場
誰かを虐げた上での「幸福」な生活のなか
忘れがちでも 確かに在り続ける
今を幸せに感じることへの 申し訳なさ 恥ずかしさ 後ろめたさ

-ごめんね
 ごめんなさい
 あなたはその暮らしを強いられているのに
 あなたは幸せに歳を重ねていけるはずだったのに
 わたしは今こうして暮らしているのに



歴史の通過点である自分
ひとりぶんの人生

世界の全てを救うことはできなくても
誰一人として 助けだすことができないにしても

私が今 幸福を覚えることを許されたのは
誰か他の一人の人生への想像力を根底から持てるようになる為に 必要な経験であるからなのではないか



神が本来 人間に望まれた幸福をあきらめず
ちいさく見える大いなる奇跡を求め 味わい
自分や周りの人だけではなく いつか誰もが幸福に暮らせる世界を希求する
そのための幸福の体験


すべての隣人の幸福を目指す力になる幸福こそ 幸福であると信じる



私に与えられたすべてを 与えて下さった方が喜ばれる いのちのあるべき美しさに連なれるよう
生きてきた先人たちの魂が 今を生きるすべての人たちと共に笑ってもらえる日が来るよう


享受し
進もう
カタツムリの速さで

あきらめず 投げ出さず
閉じないで 繋がって

暮らしを紡いで



  



        2018年7月1日 記
2018/08/20

『沖縄スパイ戦史』を見ないで日本の戦争は語れない

三上智恵・大矢英代監督の映画 『沖縄スパイ戦史』 http://www.spy-senshi.com/観ることができた。
感想はまた書くけれど、とんでもなくすごい映画だった。必見です。一人でも多くの人とこの事実を共有したい。

◉少年ゲリラ兵、軍命による強制移住とマラリア地獄、やがて始まるスパイ虐殺…。戦後70年以上語られなかった陸軍中野学校の「秘密戦」とは?全てが一本の線で繋がるとき、明らかになるのは過去の沖縄戦の全貌だけではない。



映画 『沖縄スパイ戦史』ツイッター https://twitter.com/spy_senshi

「悲しい」だけでは終われない『沖縄スパイ戦史』大矢英代監督 舞台挨拶レポート
http://rintaroh.net/archives/11204418.html
2018/08/06

2018年8月6日の夜に。

ヒロシマ原爆投下から73年。沖縄・伊江島の米軍LCT爆発事件から70年。
残虐な死を強いられた、生き残りその後の人生を強いられた人々に、せめて、もう二度とそんなことを繰り返さないと約束したい。なのに、現実はいよいよ遠のく。でも諦めないで生きなければ。せめてもの償いとして。



ヒロシマの証言は、NHK 戦争証言 アーカイブス から映像を見ることができます。

【映像】NHK戦争証言アーカイブス 証言/戦争の証言/日本国内(空襲と原爆)
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/shogen/list.cgi?cat=war&value=%E7%A9%BA%E8%A5%B2%E3%81%A8%E5%8E%9F%E7%88%86

【映像】丸木俊さん、丸木位里さん「絵に込めた広島の惨禍」[ヒロシマの証言]被爆者は語る 放送日 1989年8月1日(21分)
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/shogen/movie.cgi?das_id=D0001130347_00000&seg_number=001




五十回忌 ―ひろしま 
                       水谷なりこ

おかあさん!
なんというなつかしいことばでしょう
あなたが消えてしまってから
四十九年がたちますのね

学徒動員、舞鶴、割れた手鏡
エノラ・ゲイ、黒い雨、破壊された人間の列
死体の山にむらがる蝿・・・・・・
あの惨劇の記憶が
何度わたしを引き裂いて過ぎたことでしょう

あなたが被爆した元安川の土手に
ことしも夾竹桃が咲きました
千、万の魂の身代わりなのでしょうか
その朝、兄さんが忘れた弁当を届けに行った帰りの
八時十五分、乗り換えの市電を降りたとき
何が起こったのか
≪たいぎいよ≫と言いながら
その日負ぶっていた照子ちゃんを
両の手にかかえたまま
あなたは遠くへ旅立って行ったのですね

読経の声と蝉しぐれが
乳呑子(みどりご)を抱いたまだ若い
不在の母の
ただ一枚の写真を通り過ぎて行きます
その赤ん坊の弟は
今年五十六歳になりました

おかあさん、私達に現今(いま)の生命をありがとう
人間が二度と過ちをしないように
十万億土の彼方から
見守っていてくださいね



   (『詩集 それでも太田川は美(うるわ)しい』 水谷なりこ 
                       編集工房ノア1995年)



ヒロシマの空
                  林 幸子


夜 野宿して
やっと避難さきにたどりついたら
お父ちゃんだけしか いなかった
――お母ちゃんと ユウちゃんが
死んだよお・・・・・・

八月の太陽は
前を流れる八幡河(やはたがわ)に反射して
父とわたしの泣く声を さえぎった

その あくる日
父は からの菓子箱をさげ
私は 鍬をかついで
ヒロシマの焼け跡へ
とぼとぼと あるいていった
やっとたどりついたヒロシマは
死人を焼く匂いにみちていた
それはサンマを焼くにおい

燃えさしの鉄橋を
よたよた渡るお父ちゃんとわたし
昨日よりも沢山の死骸
真夏の熱気にさらされ
体が ぼうちょうして
はみだす 内臓
渦巻く腸
かすかな音をたてながら
どすぐろい きいろい汁が
鼻から 口から 耳から
目から とけて流れる
ああ あそこに土蔵の石垣がみえる
なつかしい わたしの家の跡
井戸の中に 燃えかけの包丁が
浮いていた
台所のあとに
お釜がころがり
六日の朝たべた
カボチャの代用食がこげついていた
茶碗のかけらがちらばっている
瓦の中へ 鍬をうちこむと
はねかえる
お父ちゃんは瓦のうえにしゃがむと
手でそれを のけはじめた
ぐったりとした お父ちゃんは
かぼそい声で指さした
わたしは鍬をなげすてて
そこを掘る
陽にさらされて 熱くなった瓦
だまって
一心に掘りかえす父とわたし

ああ
お母ちゃんの骨だ
ああ ぎゅっとにぎりしめると
白い粉が 風に舞う
お母ちゃんの骨は 口に入れると
さみしい味がする
たえがたいかなしみが
のこされた父とわたしに襲いかかって
大きな声をあげながら
ふたりは 骨をひらう
菓子箱に入れた骨は
かさかさと 音をたてる

弟は お母ちゃんのすぐそばで
半分 骨になり
内臓が燃えきらないで
ころり と ころがっていた
その内臓に
フトンの綿がこびりついていた

――死んでしまいたい!
お父ちゃんは叫びながら
弟の内臓をだいて泣く
焼跡には鉄管がつきあげ
噴水のようにふきあげる水が
あの時のこされた唯一の生命のように
太陽のひかりを浴びる

わたしは
ひびの入った湯呑み茶碗に水をくむと
弟の内臓の前においた
父は
配給のカンパンをだした

わたしは
じっと目をつむる
お父ちゃんは
生き埋めにされた
ふたりの声をききながら
どうしょうもなかったのだ

それからしばらくして
無傷だったお父ちゃんの体に
斑点がひろがってきた

生きる希望もないお父ちゃん
それでも
のこされる わたしがかわいそうだと
ほしくもないたべ物を 喉にとおす

――ブドウが たべたいなあ
――キウリで がまんしてね
それは九月一日の朝
わたしはキウリをしぼり
お砂糖を入れて
ジュウスをつくった
お父ちゃんは
生きかえったようだとわたしを見て
わらったけれど
泣いているような
よわよわしい声

ふと お父ちゃんは
虚空をみつめ
――風がひどい
   嵐がくる・・・・・・嵐が
といった
ふーっと大きく息をついた
そのまま
がっくりとくずれて
うごかなくなった
ひと月も たたぬまに
わたしは
ひとりぼっちになってしまった

涙を流しきった あとの
焦点のない わたしの からだ

前を流れる河を
みつめる

うつくしく 晴れわたった
ヒロシマの
あおい空



     原爆で両親と弟を失う。
     当時、市内昭和町(爆心地から二キロ)に在住。
     「詩集ヒロシマ」1969
     (『第二楽章 ヒロシマの風』 吉永小百合・編、男鹿和雄・画 
      角川文庫 2000年)
2018/08/06

怒るのってだいじだ



酷いことが起き続けて、また隠されていたことが明らかになり続けているけど、日本社会の末世感がなんかもうすごすぎて・・・。言葉にならない。

先日、辺見庸さんが一連のオウム死刑のことを書いている新聞記事を読んだ。彼は数年前から、良い意味での「人間的な」という言葉を完全に使うのを止めた、と書いていた。言っておられることは、よく分かる。

「人間は善悪が分かる存在として創られた」というのは、信仰だ。

時折、心から日本人でありヤマトンチュであり和人である己の立場が恥ずかしく、社会に対しても自分の無力さに関しても失望してしまう時が多々ある。けれど、それでもやはり人間の持っている人間性は、善きものだと信じなければ全ての希望は潰えると思っている。だから私は、「神様が人間を善きものとして創られた」という信仰を見失いたくない。


人間には、他者を愛し、命を育み、誰かの痛みや苦しみを想像する力がある。
その力は奪われ、多くの場所で失われつつあるが、それでも潰えきってはいない。

現在の日本社会では、不正義や差別・抑圧・暴力に対して人間として怒りを表明することを、冷笑や否定の対象にする勢力が強い。本当に腹が立つ。トーンポリシングは決して許さない。


何に対して怒りを感じるかで、その人が分かる。その人が、なにを大切に思っているかが分かる。それは、人と人が共に生きていく上で、とても大切なことなのだと思う。

私たちは、もっと気持ちを表明していい。それこそ、怒っていいんだ。
その気持ちを共有し確認することは、生きる気力と、社会を変えていく希望を繋ぐために重要なことだ。






2018/07/26

障害者殺傷事件から2年の今日に

二年前の今日の未明に起きた、相模原 やまゆり園での障害者殺傷事件。
(一年前にここで書いた文書
 http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-640.html

今、なにかを書こうと思ったけれど、手が動かないまま。苦しい。
それでも何か書かないと耐えられない。だけど、もう言葉が・・・ 

それでも、それでも、なにかを書く。
辛すぎて、今日の今日までまたこの日のことを都合よく忘れようとしていたから。



どうして、あの人たちは殺されなければならなったのか。どうして、そんな恐怖を味わわなければならなかったの?
名前すら公表できないままで。(遺族がより被害や差別にあう この社会はいったい何なんだろう・・・。)
その場を生き残った人たちは勿論、この社会に生きている障害当事者も、あの日から言いようの無い不安と恐怖を感じながら生きているはずだ。

この社会は、この事件のことを、重大なこととして受けとめなかったように感じる。「障害者の命は健常者より軽い」と、立証したかのように。大阪淀川の監禁虐待死も、三田の長期監禁虐待事件も、どうってことないように起きてきた。(親の虐待行為への罰は、いつもあまりにも軽い。)

私は、こわい。
優性思想やありとあらゆる差別と暴力の仕組みが極まっていくこの日本社会が恐ろしい。

みんな、犯人と同じような、似たりよったりの考えしか持っていないの?
障害者だったら殺されてもいい?生産性がないなら生きてる価値ない?
それとも、「かわいそうなひとたちがかわいそうなめにあった」くらいにしか思ってないの?
自分は関係ないって思ってるの?

障害者である前に、みんな人間だ。

人間だよ。
人間が殺されたんだよ。
あなたが大切な一人のように、傷つけられ死んでいった人もだいじな一人のいのちだよ。

私たちの社会に巣食う 人間を奪う「優性思想」が、人が人を殺すことを正当化させている。それは「思想」と呼ぶことすら憚られる暴力の総念であると言える。誰か人が殺されること、誰かの魂を蹂躙することを、なんとも思わずに無視していく人たちがその行為を支持している。犯人を駆り立てた優性思想について、この社会は問わないまま突き進んでる。

(精神障害者であることを装い刑罪を軽くしようとした犯人の思惑や計画的犯行は、社会的には明らかにはされないままだ。
国は犯人の思惑は理解した上で確信的に見過ごし、「理由」のひとつとして追加して、精神障害当事者の差別を強め、具体的に監視する法律を強化しようとしていると私には感じられる。)


犯人は誰からも認めてもらえないと思って生きてきたのかもしれない。
誰かに認めてほしかったのかもしれない。誰かに「よくやってくれた」と言われたかったのかも。権力者たちに、差別と暴力を正当化する人たちから、自分を賞賛されたかったんじゃないの??
誰かに褒められるたえめに、誰かにお墨付きをもらうために。国家権力の座にある差別者と、そいつらに忠誠を持つことでしか自己を確立できない一般人が直結し、いじめの構造はヘイトクライムにまでなったように私は感じる。

政治家たちの暴言は失言と見做されなくなり、差別や暴力に対してお墨付きを与え続ける。そこに生きる意味を見出せない人たちが引きよせられ、暴力を体現するようになる。

そういう役割を率先してやってきた石原慎太郎氏も、身体の自由がきかなくなってきて、自分がしてきた言動に追い詰められているらしいと記事で読んだ。

記事:中島岳志さん 東京新聞【論壇時評】 2016年10月27日  
守るべき「弱くある自由」 「不要なもの」とされる恐怖
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/rondan/CK2016102702000244.html

中島さんの記事をよんで、なんというか改めて石原氏を始め差別者は不幸で哀れな存在だと思った。自分が差別してきたから、自分が自分自身に否定されるんだよね。そりゃ生きているの「こわい」よね。障害者は年をとって生きていったら、多かれ少なかれ身体の自由はきかなくなってくる。人は、「自分は永遠にその立場にいかないだろうから」とふんで、差別発言できるんだ。
(でも、だからこそ、自分は絶対にそうならないはず(と本人が思い込んでいる)のカテゴライズの人間に対しての差別がより火を噴くんだろう。出生エリアや、民族性や、性自認の定義からくる差別に人は加担しやすい気がする。無関心もより一層強い。朝鮮学校の子どもたちの修学旅行おみやげ剥奪事件も、ほんとうにあるまじきことだ。こんな社会で情けなく、申し訳ない・・・。)

それにしても、家父長制と男尊女卑のがベースの日本社会で自分を男性として定義し生きる人は、特に悔い改めにくいメンタリティを持っていると感じる。基本、競争があるし、勝ち負けがあるし、自分の体験を分かち合い語る文化が無いから。その一方で、権力にある座から暴言を吐きまくる男性中心の社会的強者から、「お墨付き」をもらった女性の暴力性は、すごいものがあるなといつも思わされる。例の女性議員の「生産性がない」発言には、本当に頭にくる。この人は、伊藤詩織さんのことも罵倒していたな・・・。
議員のおっさんが、「女は子どもを産む機械」みたいなこと言うのより、腹が立つんだけど、これも敵の思うツボで、悔しい。女性に言わせたほうが、女性同士でいがみ合うだろう分、おっさんたちは気楽なモンだ。そこも女性としての立場が利用されているけど(「女性の意見」的な)、この人をここまで権力に引き寄せたものはなんだったのかなぁとかも考える。


今回の「生産性がない」発言も、性的少数者への差別発言であると同時に、人間への、いのちへの冒涜だと思う。
だいたい人間は、国の生産性のために生きるわけじゃないし。ましてやお国の為に子どもを産み育てるわけではない。
一人ひとりの人間をなんだと思ってるんだよ!一人ひとりの命や人生は、国の道具やコマじゃないよ!

生産性があるとかないとか、誰が決めるんじゃ。と本気で思う。 
第二次世界大戦中かよ。気持ち悪いったらない。

ライターの小池みきさんの記事に、非常に共感したので紹介。まだ読んでおられない方は是非。
記事:小池みきさん 2018/07/22 12:47 note
「生産性のない人たちの支援は後回しだ」とかいうスーパーむかつく思想との戦い方
https://note.mu/mikipond/n/nd5ee09126075



目の前で起きる差別について、歴史歪曲について、流さないこと。きちんと伝えること。自分も差別をしていることが多々あることを肝に銘じて、考えるのをやめずに暮らすこと。ほんとうに、大切なことだと思う。

ナチスが600万人のユダヤ人虐殺以外にも、障害者や性的少数者やロマ民族を20万人という規模で殺したことも、関東大震災最中の朝鮮人・中国人の虐殺(日本の人も殺されている)が起きたことも、ほんとうにあったことなんだと現日本社会から肌で感じる。未来のそれを食い止めていくには自分自身と目の前にいる人たちと向き合うしかないのだと思う。

人が差別をしているとき、また周りがそれを見過ごすとき、それに対峙するのはやっぱりコワイけれど、それに同調するのは誰かの命や尊厳を奪う行為になる。そして、誰かの権利を奪う云々以前に、誰かを貶めることで上手くやれるような関係なんて、私は一切ごめんだ。自分に与えられているはずの人間としての尊厳を削り、溝に捨てるような真似はしたくない。それは私自身の人生と、このいのちを与えてくれた神様を裏切る行為になるからだ。

誰も私の生き方について、私以外に評価しきることはできないし、してほしくない。というか人間が人間に勝手にそんなことするのは許されない。
やまゆり園で優性思想による殺人行為の犠牲になった人たちの人生だって、そう。
生きていていいかわるいか、だれにも他の人間に評価される、ましてや命を奪われる謂れはない!!!

殺された19人の方たち。会うこともできなかったし、名前も分からないけど、忘れません。これからの自分の生き方に皆さんの存在が刻まれるように生きたいです。

19のいのち-障害者殺傷事件https://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/で、お一人おひとりのことが御家族や施設職員さんによって書かれています。

犯行者の行為を後押しするようなこの社会の風潮に、精一杯 抵抗していく。
誰かを誰かの都合で、その人の命や人生の意味をなかったことにしたり、ウソつき呼ばわりしたりすることを、私は絶対に許さない。







そこかしこで人間の尊厳が侵されている。

被災地をほったらかしにしたうえでカジノ法案決めてく、国会。山本太郎さんの怒りの質問に涙がでる。
被災地では猛暑でほとんど活動できないほどの状況らしい。(先日の新聞には熱中症で全国で21000人以上の人が倒れ、確認できるだけで一週間で65人もの人が亡くなっていると知った。)
みなさん、家族や隣人のいのちも失い、ケガをし、家をなくし、故郷の景色を失ったなかで、懸命に生きておられる。デマのフェイクニュースが人々を疑心暗鬼にさせる勢力がある。被災地に生きる人たちを支えようともしない、放ったらかしにして笑っている政治家たち。
原発が爆発しても、放射能は危なくないって言うし、沖縄の海を埋めて人を殺し儲けるための戦争基地にしようとしている人たちだから、ほんとうに人間の命や暮らしを踏みにじることをなんとも感じられないんだ。ということは頭では分かっていたけど、でもここまで、そうなんだね・・・。ほんとうに、そういう国なんだね・・・。
こんなにも腐敗しきった政治を、ほんとうにどうして私たちは変えられないのか。悔しくて悔しくてたまらない。


女性や子どもへの性暴力の横行と、それが問題として見做されない風潮がいよいよ極まっていることへの嫌悪感も募る。
東京23区で、ある妊婦さんに男子高生が近づいてきて「ひざかっくんしていいですか?」「なんでナカダシしたんですか?」と笑いながら言ってきたという体験をツイッター上でみたけど、今まで家庭や学校や職場で起きていたことの枠が拡がっているのを改めて実感する。私自身、電車の中で見も知らない学生たちにセクハラ発言されたことがある(その時は三人の男の子のなかでもイジリという名目で虐めがあり、二重に見ていられなかった)。見も知らない人にそれをやっても大丈夫と彼らが思えるのは、バレたとしても罰せられない社会だと見越しているからだ。
最近もらった「ふぇみん」の紙面に、痴漢は依存症だという記事が載っていた。競争社会で社畜化することを強いられている男性たちが、そのストレスから女性や子どもに性暴力をふるう。(女性からの暴力を受けている立場の人も勿論いるけれど。)
日本軍性奴隷制度の歴史的隠蔽と責任放棄は、今、私たちの社会にこんなにも現れている。

性交渉が愛にみちたコミュニケーションである世界は死んだのかって思う。
性への暴力、人間の尊厳の蹂躙と、支配欲。
それはもはや性欲ですらない。
富山市の集団性暴力事件も、加害者も警察の処分も絶対に許さない。
暴力による支配を正当化する彼らが、人間の恥を自覚できるようになるには、何が変わる必要があるのか。
子どもや女性を、そして人間を支配する対象としてしか捉えられないという認識が常識化するなら、シャレじゃなく人類存亡の危機だ。日本社会はこれ以上ない瀬戸際だ。ほんとうに、こんなことを看過しては未来は無い。

自分が変わっていくこと、一人ひとりが変わっていくことで、社会が変わる。その可能性を捨てないために、自分はどう生きるか。無念の死を強制された死者たちに、声なき叫びをあげている人たちに、そして未来を生きるはずのいのちに伝えられるものが、どうかありますように。今日も日が暮れた。今日も生きている。
想いを書きながら、祈りながら、最後まで生きぬく決意を新たにする。
2018/07/17

キリスト者として生きようとする一人として、イスラエルのパレスチナ占領と虐殺に抗います。

私は不十分で未熟な者だけれど、イエス様が私の主であり、いのちの根源だと信じているし、いつか真実のキリスト者になりたいと思って生きている。洗礼を受けても求道は続く。

今日は、賛美歌を歌っている十代の歌手の存在を知り、嬉しくなった矢先、そのひとたちがイスラエルを賛美しパレスチナの人たちのことを貶める情報を発信していることにショックを受けた。そういう人が多いのは分かってるんだけど、ああ・・・って思った。悲しい。歌っている映像をみて、ギターも、歌声も素晴らしく、とてもいいなと感じたものだから、なおさらに、せっかくみつけた宝物が人殺しの道具だったことを知ってしまったような 恥ずかしく悔しく情けない気持ちになる。
才能のあるひとたちは、その才能を いのちの主である神様に喜ばれるように使わなければいけない。
きれいな音楽で神を讃えて人の心をあたためても、その一方で人を殺す思想を賛美し、拡散することはいのちそのものである神様への冒涜だ。
信じている神様が違うように見えても、関係ない。パレスチナの人たちは人間だ。なにもかもを奪われて、殺され続けて、それでも人間として尊厳を求め続けている。解放を求めてデモをしただけで、どうして撃ち殺されねばならないのか。旗を持っているひとが撃たれる映像をみた。なんでこんなひどいことが何十年も起き続けるのか。
街を瓦礫の山にされ続け、狭いせまい土地に閉じ込められ、囚われ、無人機で殺され続けて。


主イエスは、こんなこと断じて許さない。
主は互いに愛し合いなさいと「命令」された。
神様の教えは至ってシンプルだ。

-神様に感謝し、神様が生み出されたすべてのいのちを大切にし、お互いに愛し合いなさい。悔い改めることをやめないで、世の悪の勢力(それは自分自身の内にもある)と闘い続けなさい。

それだけなはずなのに、その信仰を持っているはずの人間が、どうして無残に人を殺していく勢力に簡単に加担するの???


聖書のなかに書かれているイスラエルという単語。礼拝のときに交読詩篇などで、イスラエルを賛美するようなとき、いつもとても辛い。それは、この数十年のイスラエルではない、離散して苦しんでいるイスラエルであり、今のイスラエルではないと心の中で言い訳しながら読んでいる。現在のイスラエルは神に許されていないと私は強く思う。
キリスト教書店のなかにもイスラエルのパレスチナへの占領と虐殺を無視した、イスラエル本は多い。パレスチナの人たちを殺し続けるイスラエル軍や政府を、「人道的」であるとする「クリスチャン」の罪はより重いと、私は信仰者の末端のひとりとして思う。

イスラエルの蛮行は宗教戦争ではなく、軍事と占領、戦争の問題だ。
麻生太郎をはじめ、クリスチャンだと名乗る権力者は多い。しかし、主イエスはこういう連中と闘い続けたから十字架刑にされた。戦争をするときに、聖書に手を置き、「正義の戦争」を宣言する歴代の米国大統領たち。神をも畏れぬ冒涜である。
「自分たちだけは間違っていないと過信するな」と、「一番愚かであるからこそあなたたちは(私も)選ばれたのだ。悔い改めて神が求める道を歩みなさい」と。そういう神様への畏怖と生かされている感謝を覚え、またこの人の世の罪を自分の罪として向かい合う必要がある。それが主をイエスだと言い表す最低限のラインでは無いのか。私自身、自戒を持って歩まなければならない。

実際は殺している側なのに、無視して差別している側なのに、あたかも自分は理解があるようなふりをしている人間にはなりたくないと思っているが、実際はそうなってることが多いと思う。
土壇場で「自分は関係ない」って思ってることが出てしまう。それは差別であり、自己正当化だ。自分は大丈夫と思っていると、知らないうちに人を傷つけている。社会は酷いものだけど、自分だって例外じゃない。己の中だけでも罪はいくらでも繰り返されている。自分を正しい存在だと安心しきって、知らずしらずのうちに隣人の心を傷めつけ、それにも気付かずにいることも起きているはずだ。いつも、肝に銘じなきゃならない。遠くにも近くにもおなじ空の下で虐げられ奪われる人たちがいる。その声なき叫びを聞こうともせず、考えず暮らすことは、権力や戦争に罪悪感さえ持たずに加担する生き方だ。これは、主イエスが私たちに求める生き方と真反対のはずだ。

アウシュビッツを、ホロコーストを経験した人たちが、国家となったら、今度はパレスチナの人たちを文字通り滅ぼそうとしている。これは人類の愚かさと悲劇の象徴でもある。何が彼らをそうさせているのか、野放しにさせ加速させているのか、今いちど考えなければならないのではないか。いじめられた人間は、痛みが分かる分 人をいじめないようになると思われやすいが、より暴力的に他人を支配しようとする場合がある。ストレスを受けた人間が、だれかにそのストレスを横流しにする。一番弱いニワトリがいじめ殺され続けるように。その原理は私自身の人生からもよくわかる。虐待が虐待をうみ、ハラスメントは連鎖する。日本のいじめやハラスメント、貧困や差別の連鎖がヘイトスピーチをヘイトクライムに進めてしまってきた経緯と、イスラエルやヨーロッパの右傾化、難民への蔑視、黒人差別の巻き返しの状況は どこか連動しているように感じる。

しかし、そうした悪い連鎖の中でも、それに抗う人たちは存在する。死刑囚の解放を求める被害者遺族もこの世界には何人もいるしし、9・11の被害者遺族にもアフガニスタンへの攻撃に反対する人たちがいたのも確かだ。2010年にあったパレスチナへの支援船 レイチェル・コリー号のイスラエル軍襲撃事件のときも、たしか、ホロコースト体験者の方が乗船していたと記憶している。この方は、どのような想いだっただろうか。想像に余りある。
河野義行さんも、松本サリン事件の被害者であり警察による冤罪の被害者でもあるが、死刑に反対され、死刑にされた人たちに面会してこられたという。
(記事:http://www.jprime.jp/articles/-/5912

受けた暴力を、暴力で返したり、だれかに八つ当たりしないで昇華させてきた非暴力の精神を想う。
ガンジー、キング牧師、そして阿波根 昌鴻さん(あはごん しょうこうさん)。
琉球沖縄が非暴力の道を切り開いてきたのは、ほんとうにすごいことだと思う。

人間は、強さと弱さの極限を持っている。どちらを選ぶかは、境遇もあるがやはり一人ひとりに委ねられている。それが人間の尊厳だ。選択が間違っても、心から後悔できるようになれば、人は生き直せる。そのためには、他者の寄り添いや語りかけが必要だと感じる。

今、私の頭の中には、中国の撫順(ブジュン)戦犯管理所で過ごした元日本兵の人たちのことと、米国の海兵隊だった故 アレン・ネルソンさんのことがある。そして、もうひとつは沖縄の読谷村 チビチリガマを「肝試し」と称して荒らした少年たちのこと・・・。
少年たちは、人々に見守られて、チビチリガマがどういう場所であるかを学び、金城実さんと野仏をつくり、慰霊祭では遺族へ自分たちのしてしまった罪を悔いている手紙を書いたそうだ。
社会のなかで抑圧されているひとたちが、また違う誰かを抑圧したり、暴力をしたりする負の連鎖を止めようと、少年たちの近くにいき、やったことを自覚できるようにさせた沖縄の方たちは凄いと思う。死刑制度と正反対の思想と実践だと感じる。ヤマトの人間である私は、自分が生まれ育ってきた社会でこうしたことがやれるとは残念ながら、思えない。
「なんてひどいことをしたのか」とか「哀れな連中だ」と自分と切り離すのではなくて、「自分たちの社会がこういう子どもを存在させていることに責任を感じている」と共に過ごし、遺骨を踏み荒らした彼らに働きかけてきた方たちの愛は、すごいとしか言いようがない。


信仰は「自分を正しい」と思い込むことではなく、自分を問い続け、悔い改め続けることだと思う。

相手が自分にとって都合よく変わることを祈るのではなく、まずは、己が神様が望まれるように変われるように祈ること。自分が変わることで相手に示していけるよう、そういう力を自分に与えて頂けるように祈りつつ歩むことが私には必要だ。とても難しい。聖書にあるとおり、ほんとうに、愛とは寛容であり忍耐そのものだ。愛ゆえに決心して対話しなければならないとき、楽な関係ではいられないこともある。だれかを非難するだけでは、自分の弱さと向きあえない。自分の非を認めていかないと相手は言葉を受け入れない。

神様が私に望まれていることは何なのか。神様が今、なぜこれを他でも無い自分に体験させているのかをいつも考え、祈りつつ応えられるようになるため御言葉にきき、祈り求め、歩まなければならないと強く思う。


宣教師であるスタンレー・ジョーンズ博士が、ガンジーに 
「キリスト教がインド社会に土着するために、キリスト者はどうすればよいのか」質問したとき、
ガンジーは、「まずあなた方すべてのキリスト教徒が、宣教師であってもまた誰であっても、イエス・キリストのように生活することである。」と言ったそうだ。
 (榎本恵牧師 『石ころも叫びだす』いのちのことば社 p151-152より)

それを自分の人生でいつか実現できるよう希いつつ歩む。


イエス様は本当のところ、このような状況の人間社会にものすごく怒っておられるだろう。それでも愛を持って導いて下さっている。「私は罪びとのために来た」と言ってくださり、愚かな人間でも悔い改めれば変われると信じてくれているから、待ってくださっている。変わらぬ愛をもって、導いてくださっている。

神はすべての命の根源である。隣人には寛容にならなければならないが、いのちの世界を壊し、人間を殺すことを厭わない権力に対しては真っ向から闘わなければならない。(社会運動しろって意味じゃなくて、真に生きるということ。)
人の世の罪悪が、構造的暴力や無関心にあること、暴力の正当化にあることを知らずに、主イエスのようには歩めない。
すべてを支配する力を持っていながらも、それを使わず、いつも座って静かに語りかけ続け、無視されてきた弱くされたひとたちを訪ね癒し、解放された主イエス。私も泥沼のような人間の苦しみから、主よって支えられ光の世界に向かって解放されたひとりだからこそ、まだ囚われている一人のために生きなければならない。

どのような戦争も差別もこれ以上、許したくない。自分も加担者であるという苦しみを忘れずに生きるためには、神様の御守りと愛が私には必要不可欠だ。空気がないと水がないと生きられないように。人の世に愛がなくても、光がなくても、それはすべての命の最も近い場所におられる主イエスから来る。信仰のあるなしに関わらずどの人にもそれは与えられているが、気付くか気付かないかは一人ひとりに委ねられている。


私は旧約聖書と新約聖書から成る聖書を御言葉とするキリストの信仰者の一人として、イスラエル政府のパレスチナ占領と民族虐殺の正当化を絶対に許しません。(旧約聖書のみの信仰のユダヤ教だって、今のイスラエル政府のやり方はおかしいって人は必ずいます。)

イスラエル政府・軍隊はパレスチナ民衆を殺すのを今すぐ止めて、軍事占領ではなく対話を始めなさい!
日本政府はイスラエルにODA支援してはいけません!税金を人殺しに勝手に使うことは許しません!
コカコーラもスターバックスもハーゲンダッツもイスラエル支援企業です(他にもいろいろある)。ボイコットしましょう。

もちろん日本の国家がやってきたこと、やっていることも許されません。

国家の正義ではなく、神様の正義が実現しなければなりません。
国家の正義なんて戦争という暴力と支配の正当化でしかない。

私が、国境を越えた全ての信仰の同胞と改めて共有したいこと。それは、イエス・キリストを信仰する者であるならば、すべての戦争と差別と暴力に抗わなければならないという当たり前の原則です。声なき声を聴くために、自己への慢心ではなく、自分にある罪への恥の感知と悔い改めが求められています。
自分ではなく、自分の内におられるイエス様を信じる。相手の内におられるイエス様を信じる。誰一人、見殺しにはできません。

ほんとうに難しい生き方だけど、主イエスのように生きるっていうことは、暴力的な人間の世に徹底的に愛で抗い続ける生き方だから、そこは覚悟を持って、お互いに励ましあいながらがんばっていけたらと思います。すべての教会が主にのぞまれた教会になりますように。

読んでくださってありがとうございました。


音楽は、塩谷達也さんと美和さんの You set me free を。



You set me free 歌詞
対訳:
※主よ、あなたは私を自由にして下さいました
 燃えるような聖霊を与えて下さいました
 あなたの愛を感じます
 今、私もあなたを愛します
 主よ、あなたは私を自由にして下さいました
 燃えるような聖霊を与えて下さいました
 初めにあなたの愛がありました
 いのちの限り あなたを愛します
 私を世に遣わせてください
 人々にみことばを伝えるために
 かつて私がそうだったように
 今も暗闇の中を何とか生きている
 人々のために
 私を世に遣わせてください
 よき知らせを広めるために
 かつて私がそうだったように
 今も暗闇の中を生きている
 人々のために
 あなたの御名を口にしないではいられません
 あなたの愛を歌わずにはいられません
 私は唇を押さえられません
 なぜなら・・・・・ ※repeat

2018/07/14

八方塞でも地面と空


気持ちが話せること

トモダチじゃなくて、友達と話した後は息がホントに楽になる。
なんにも状況は変わらないはずなのに、どうしてこんなに?って思うくらいだ。
不思議に自由になれる。
さっきまで袋小路で八方塞で真っ暗な闇の中にいた心なのに、気持ちが清々しくなる。

思ったことや感じたこと、そのまま話せるってのがいいんだろうと思う。

森田ゆりさんの『気持ちの本』という絵本を持ってる。
こう書いてある。
《誰かが、分かち合ってくれたら、喜ぶ気持ちは2倍に、悲しい気持ちは半分になるよ!》って。
これ、人間の真実のうちの一つじゃないか?と読むたび思う。

友達と話していると、久しぶりでもしみじみ安心できたり、もうずっと前に分かってたはずのいろんなこと思い出せたりする。そういう関係がどれだけ稀有なものか、歳を重ねるほど有難さが沁みてくるかんじがある。「それでいいよ」って時も、「それは違うんじゃない?」って時も 気持ちを伝えてくれる心強さといったら。その人にしか言えない、いってもらえない言葉がある。

お互い生きてるからこそ、今の自分と今のその人で話ができるわけで。
なんとかそっちの世界をサバイヴしてくれてるから、また話せたから、「生きててくれてありがとう」って思う。
「あなたが この今を生きていてくれてることが私の希望です」と心から思う。
私も生きてられてよかった。
子どものときは学校ではいつも寂しかったし、大人になってからも重苦しい時期があったけど、それで今 感じられることもあったりして。人生わからんもんだ。でも、そういう重苦しい時のことを、聴いて受けとめてくれた人たちがいてくれたから、なんとかここまで荷を降ろせてきたんだなとしみじみする。仲間にも恵まれた。

世界でたった一人しかいない一人ひとりの大切なあなた方、居てくれてありがとう。
無事でいてください。祈っています。
出逢わせて下さった神様に、とてもとても感謝しています。



誰かが話す為には、聴く人が必要。


聴いてもらえるのは勿論ありがたい。でも、話してもらえるってのも、幸せなことだと感じる。
「このヒトは聞いてくれそうかも?」ってちょっとだけでも、どこか信じてもらえたってことかなぁって思うから。
最近は、「きいてあげなきゃ!」より、「今、何を感じてるのかなー」って思うようになった気がする。どんなに近い間柄でも言葉にしなきゃわからないことだらけだ。話し合うことは大切だと、つくづく思う。

おとなにしてもこどもにしても、想いを話すのは勇気がいることだから、せっかく話してもらえたことは、少しでもちゃんと受けとめられるようになりたい。歴史や事実の生き証人としてのサバイバーや各地の当事者の方たちの声も、身近な人も、一期一会の人も。諦めながらもどっかで人間を信じる勇気をだして、みんな声にしてる。

話し始めてくれた一人をそれ以上独りにしないために、もっと受けとめられる人になりたい。直接の対話じゃなくても、読んだり見たり書いたり話したりしながら、ほんのちょっとずつでも、聴こうとしたい。信じてもらった者として、何らかの応えをしていかな!と思う。

(子どもたちが一生懸命に話そうとしてくれてるときの、「えっとね、えっとね、」を待てる大人になりたい。
 子どもたちが与えてくれるエネルギーは、ホントにすごくて、毎度 感動する。
 ※もちろん待てない時や素通りしちゃう方が多く、そのたび反省と自己嫌悪ですが・・・。)

読んでもらえるかもしれない感謝


こんな一人言でも、世界のどこかに読んでくれている人もいるかもしれないと想うと、書くことができる。
そんな人が実際いるのかは分からないけど、もしかしたら誰かが読んでくれるかもしれないから、気持ちを書くことができます。
稚拙でもなんでも、気持ちを書くことができるから、生きられています。このブログを読んでくださっている方、お一人おひとりが誰か知ることも出来なくても、今読んでくださっているあなたの存在が、私を支えてくださっています。本当にありがとうございます。

こんな世の中で、心身を保ち生きてくことは大変だけど、おかげさまで、「もうすこしもうすこし」って息継ぎしながら、なんとかやってけそうです。
どこもかしこもお暑いので、水分はもちろん、塩分補給もお忘れなく。(飴が苦手な方は、塩分タブレット!個包装のがおススメです~)

何はなくともどうか御自愛くださいませ。

わたしも人生初のぎっくり腰から低空飛行です。いや~痛かった!
身体が動くって、歩けるって、すごいこと・・・。

 ぼちぼちいきますーー


2018/07/11

大水害の最中に酒盛りをしていたアベ政権(自民党)。許せない。

首相を始め、アベ政権の中枢にいるやつらを引き降ろさないと、この国の住民の命を守ろうとする姿勢を政府が持つことはないだろう。多くの人が大洪水で苦しんでいるのに、その最中にも大宴会して、外遊したいがためになんの決断もしないで家にいて。政府としてやるべきことをやらない以上に、こんなひどい態度をしていいわけない。すぐに動いていれば、助かった人だっていたかもしれない。沈まないでいい家だって、田畑だってあったかもしれないじゃないか!

絶対に絶対に、許してはいけない。体中に怒りが渦巻く。

私は、現政権ののさばりをこれ以上 許せません。


【記事】社会問題に関する話題……本と雑誌のニュースサイト/リテラ http://lite-ra.com/

 特集1/何が「国民を守る」だ!ヒドすぎる安倍の災害対応
・ 安倍が災害無視し極右ネットTVに
・ 堤防決壊で自民党ネトサポがデマ拡散
・ 九州北部豪雨も安倍首相は帰国せず!
・ 安倍訪問中止の意図を予定国大使館がRT
・ 安倍が森友加計追及を鈍らせるため震災を政治利用
・ 官邸が震災の早期対応を拒否し政治利用
・ 安倍首相が震災対応よりTPPを優先
・ 安倍子飼い松本文明が地元職員にも暴言!
・ 安倍が被災者より先に自衛隊を激励!


自衛隊は全ての軍備を放棄し、人命救助専門の組織になるしか未来はありません。彼らは「国民」のいのちを守ろうとしているのだと思いますが(そもそも「住民」を守るという認識の変革が必須です。自分の民族さえよければじゃアウトです。)、そもそも軍隊は国民を守りません。守ろうともしない。先の大戦で、特に沖縄戦や各地の大空襲、原爆投下でそれは立証されています。


【記事】安倍首相の豪雨被災地ないがしろは続いている! 災害対応よりカジノ優先、宴会参加の官房副長官は自治体に責任転嫁
http://lite-ra.com/2018/07/post-4117.html

【記事】  共同通信 2018年7月10日https://this.kiji.is/389369291319641185?c=

【記事】 無料公開の愛媛新聞記事 2018年7月11日 
https://pbs.twimg.com/media/DhzN5bmU0AAiON0.jpg:large


【ツイッター】Spica@肉球新党さん https://twitter.com/YasukoKakuani 
大阪地震の時、視察に行って自衛隊が設営したお風呂の前で女性に声かけ。これほとんどセクハラ。おまけにテロップ見て下さい。「声を掛けられる安倍首相」となにげに敬語。この写真、炎上したら削除されました。







こちらの記事もどうぞお読み下さい。難民を強制収用して虐待し、自殺や病死に追いやる日本の入管は、ほんとうに酷すぎます。
発信し続けておられるジャーナリストや支援者の皆様がいます。



【記事】“不法滞在者”か“難民”か? ~19歳クルド人 日本への告白~ 日向史有 7/6(金) 9:30
https://news.yahoo.co.jp/byline/hyugafumiari/20180706-00088225/

※限定公開動画ですのでお早めに。「19歳クルド人男性 日本への告白」ドキュメンタリー映像。



【記事】 難民と日本人との結婚は認めない!?収容施設に拘束、自殺未遂に懲罰で追い打ち―東京入管の暴挙が酷すぎる
志葉玲 7/11(水) 11:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20180711-00088951/

【ツイッター】難民支援を続けられている織田朝日さんのツイッター
 https://twitter.com/freeasahi


【入管への抗議 送付先】
 東京入国管理局(局長宛)
  108-8255 東京都港区港南5-5-30  FAX 03-5796-7125
 東日本入国管理センター(所長宛)
  300-1288 茨城県牛久市久野町1766-1  FAX 029-830-9010


​ 現在、入管収容がますます長期化しています。当局に抗議文を送ってください! はがきまたはFAXを推奨します。以下の文例や、後掲のデータを参考にしてください。

▽ 長期収容は重大な人権侵害です。すぐに停止を!
▽ 市民の税金で人権侵害をするのをやめてください!
▽ ビザがないことよりも無期限収容のほうが不法だ!
▽ いつまた死者が出るかもしれない。長期収容反対!
▽ 憲法理念や国際人権規約は無期限収容を許さない!

  https://pinkydra.exblog.jp/27286804/より転載。



現日本政府は、人間のいのちについて、尊厳について、なんとも思っていません。
難民として必死の想いで逃れてきた人たちに対して、「不法滞在者だ」と脅迫し、虐待し続け、子どもたちから夢を奪っている。こんな社会のなかでも、やっとその人たちが辿り着いた生活を奪って・・・。
見てみぬふりは明日が我が身だと心から思います。立場の違う人への国家の暴力を許しては、自分たちにとっても酷いことが起きてくる。いや、もう起きている。


どんなに酷い天災があっても、人災があっても、「日本人」だから守られるわけでもない。3・11以降それがいよいよ明らかになっています。結局、権力の都合で、利用され、簡単に見捨てられてきている実態があります。天災だろうが、死刑だろうが、原発による放射能汚染だろうが、軍機の墜落だろうが、戦争だろうが、この社会に生きるすべての人誰もが当事者になりうることです。
「関係ない」人なんて、地球上にどこにもいない。
自分や身近な人でなけりゃ「良かったね」で済ますような社会はもうやめようよ。

こんな人命軽視の政府に、自国の政治を任せられません。
そして、こんな人道に外れた政府を許す社会ではいけません!

このままじゃいけない!ほんとうに取り返しのつかないことになります。
私たちは、いよいよ岐路に立っています。

現政府が人命や権利を守ろうともしないなら、ちゃんと人命を守ろうする政治を実現できる政府を求めるよりないのではないでしょうか。国会前に抗議に行けなくても、家族や隣人と事実を共有し、対話を始めるしかありません。想いを表明することは、こわいことかもしれない。けど、黙ったらもっとこわいことが起こります。自分や目の前にいる人が、子どもが、渦中になって「助けて」と叫んだって、その時はもう遅すぎる。

今 話はじめなきゃ、応えなきゃ、未来はいよいよ真っ暗闇です。
「頑張る」って言葉、個人的には苦手だけど、ここで踏ん張らなきゃ戦後民主主義は死に絶えます。 なんとか、なんとか一歩ずつ踏み出そう。 頑張ろう!

2018/07/08

どうしようもないときに


私は自分の住んでいる家がまだある。家族も無事でいる。大切なひとの命が失われたとか、安否がわからないとか、その状況がどれだけ不安で苦しいか、その喪失は想像もつかない。でも、息もできない思いだろう・・・。

私の家には、高価なものはない。でも、多くはなくても集めてきた大切な本とか服とか私の持ち物が詰まってる。
親が作ってくれた赤ちゃんの時のアルバムとか、自分で撮りためてきた写真やデータとか、大切な人からもらった思い出の物とか、日記やノートに記録された、今はもう亡くなった人との対話とか・・・。買ったものも、もらったものも、自分の手元にあるものはどれも経過があって、選び取って残してきたものだ。よく考えたら、自分の家にあるものは、みんなだいじなもので、かけがえのないものだった。「家は暮らしの宝石箱でなければいけない」という建築家の言葉もあった。その意味を噛み締める。

そういう私を取り巻き、私を私と為しているものが、いっぺんに沈んだら私はどうなるのか・・・ 
記憶の箱である家、そして愛する人々を失ってしまったら、私は今の自分を保てないだろう・・・

ネットでの新聞ニュースに命からがら助かった方が、飼い犬を助けられなかったとうな垂れていたと報じられていた。
ずっと一人と一匹、一緒に暮らしておられたのではないか。心中いかばかりだろうか・・・。
わたしも今ネコと暮らしているから、その切なさが伝わる気がする。
でも、「分かる」というのも言えない。言いたくない。分かるわけなんてない。
せめて、心を、感じようとする。でも何の役にもたたない、足しにもないことに思えて、途方にくれる。

まだ、こちらにはある日常の暮らしの恩恵が申し訳なく、どんな慰めの言葉を発しても、その当人が読むかもしれないと思うと、自分がとてつもなく無神経な存在であることに気がつく。しかし、それを承知でも思いを書かずにいられない私は、愚鈍で有害と言われても仕方ない。それを承知で文章を公開している。申し訳ないと感じる一方で、そうとしか生きられない己がいる。

子どもの頃、遠い祖父母の家へ帰省する車の中、高速道路の渋滞のなかで、毎回のように 「この全ての車にそれぞれの家族で乗って、それぞれの会話があって、それぞれの目的地に行くんだなぁ」としみじみと、その不思議さを感じていた。田舎に住んでいた私は、マンションが立ち並ぶ土地を眺め、「あの小さく見えるお部屋のひとつひとつに、それぞれの家庭があり、生活の時間があるんだなぁ。」と。
私は私でここにいるけど、他の車の人からみたら、ただ一瞬 横に止まってるだけの、関わるわけもないただの車なんだなぁって。

大水に沈んだ家々の屋根が、沈んだり埋まってしまった車たちの写真が、突きつける胸苦しいものをどう言い表せるか。
文字通り、言葉も無い。




絶望しきっている人の魂の叫び。希望も生活の前提も当たり前も壊された多くの人たちの嘆き。
どんな音楽も文学も絵画も、勝手な共感も、祈りも、苦界にいるその人には簡単には届かない場合もある。
善い可能性も確かにあるだろう。けれど、それも吹き飛ぶ失意。失望。当人にしか分からない痛み、苦しみ。
どんなに心配し、愛し、近く寄り添おうとすることはできても、全てをほんとうには理解しきることは どうしても不可能な人と人。
人間と人間の関係の限界。

それでも、渦中に居る方の苦しみを、想像することを最初から諦めて、投げてしまうのは人道上お話しにならないから、せめて、想おうとしている。

いつか、いつか癒されますように。
いつか、歩き出せますように。
いつか、いつか、いつか。
できるなら、その人の命の力が残っているうちに早く。







私の信仰、それは
命そのものである主イエスが、すべての人、すべての生命の奥深いところにおられ
一人ひとりの人生のなかで受ける全ての痛み苦しみを、イエス様はその一人と同時に味わい、苦しみ、その上で憐れみと愛を持って、決して諦めずに導き続けてくださる・・・というものだ。人間には不可能な慰めが、主にはある。そして、その恵みを本当に実感するために、人は人の間で出来ることの精一杯を実行して、お互いを本気で大切にしあわなければならない。あまりの苦難に生きることを本人が諦めていても、周囲の仲間がその人を見放さず諦めず主イエスの元に連れてきたからこそ、聖書に記されている奇跡はその本人に起きたのだから。


戦争は人間が起こしたものだ。原発事故も。人間は、特に国家権力は愚かだ。その罪は計り知れない。
しかし、何がどうなったかは事実として浮かび上がってくる。

では、天災は? 何故いま自分の身に起きたのかと犠牲者や遺族は天に問いたいだろう。

私は神様を信じているけれど、3・11から3年後の後の宮城県荒浜に立ったとき。
青い空と、どこまでも広がる海、白い砂浜を一望したとき、
「かみさま、なんでなんですか」って痛烈に思った。
洗礼を受けて、二ヵ月後の2014年の2月だった。

そして、そこでいっしょに行った方たちと円になり、順番にそのままの気持ちを、祈っていった。

天地も人も、全ての創造主である神様。
神様は、こんなにも人間を愛してくださっているのに。どうしてこんな悲惨なことが起きるのか、わからない。
そもそも神様の考えておられることは、私なんてちっぽけな人間には到底分からないのは承知だけど、それでも。

気候が変わって異常気象が次々起こっていること、河川や街の作り方、森や山を切り崩してきたこれまでの人間社会の変化。
どこからどこまでが天からのもので、ここからどこまでが人間の災いか、いよいよ分からないとき、
私はその渦中になったとき、何をどう整理をつけていけるのだろう。
今感じている神の愛を、証できるだろうか。やり場のない怒りやかなしみをどうするだろうか。まだ、生き残った家族や友がいるとしても、それからを生きられる力があるのだろうか。

昨日は、旧約聖書のヨブ記を通して読んだ。 これまで、はじめのところしか意味が分かってなかった。
いろいろ想うんだけど、うまく言葉にならない。

今、思い出すのは、遠く離れた近しい人の安否が不明だったとき、無事が分かるまで必死で祈り続けた幾度かの経験。
その時々の私の祈りは幸運にも叶った。
けれど、叶えられなかった祈りは・・・ 必死で祈った後に、自分が大切な人が「奪われた」とき、故郷の家を突如 流され家族が路頭に迷ったとしたら、私はどうなるのだろう・・・。自信はない。今ある信仰を、証できなくなる可能性も大いにある。

でも、それでも、私には他に術が無い。
人の命は寄る辺がない。この人さえいてくれたら、なんとか生きていけるというような愛する人がいても、その命がふいに失われたとき、自分はどうなるか。愛する人を永遠に失うかもしれない、そのリアルが迫ってきた瞬間、全ての前提が吹き飛び、「どうか助けて下さい」と神に懇願し続けた。もしそしその人の命が失われたら、自分はその人がいない世界を生きていかねばならない。それはあまりにも恐ろしいことだった。神様に頼らなければ、私はまたいつあの激しい不安と苦しみ、そして場合によっては絶望そのものになりかねないこの世界を生きることは到底、出来ないと痛感した。そのことの恐怖を実感した夜の翌朝、私は教会に赴いた。
それまで、信仰を持つと決めたのに、1年以上ぐずぐずと教会にいかなかったが、相手の無事が分かり極度の緊張と恐怖とから解き放たれたときに、「もし今の信仰がない状態の自分で、ほんとうにこの人の命を失っていたら、私は今後 生きていられなかっただろう」と理解できたからだった。

その数年前、私がこれまでの人生で最も孤独を感じ、生きることが重苦しく辛かった時期、その頃の私は、まだ神を知らなかった。いや、信じたいと教会にも通っていたが、救いは見えなかった。自分が元凶でそれまでの人間関係が崩れ去っていき、人生で経験したことの無い孤独を感じる中、自己嫌悪と後悔の嵐のような日々、なんとか命をつないでいた。比喩でなく本気で息も絶え絶えになり、胸は痛み、身体は強張り、眠れず、眠れば信じられないようなリアルな悪夢の連続で疲弊しきって目覚める。起きたのに体力は全く残っておらず、激しい眩暈に一日中 唸りながら布団に倒れていた。2分が1時間にも感じ、一日は長かった。
食事は自分で買うことも用意することも出来ず、なんとか夜に一日一食だけを近所の店で日替わり定食を食べて保っていた。夜の家路にあった光る標識を毎日眺めながら、自分はいつまで生きていなければならないのかと呆然としながら歩いていた。予定白紙のカレンダーに一日おわったら、その日の欄に丸をつけることだけ。生きているのが辛くて辛くてたまらなかった。
それでも自死だけはできなかった。
家族や大切な友は寿命が尽きるまで、「自分の力不足で自殺したんだ」と思って自分自身を責めると思うだけで、親や弟妹が気の毒だった。元気だった頃の自分が友人に「死んじゃダメだ」と偉そうに言い続けてきた手前、その子だけは裏切れないとも思っていた。もう亡くなってしまった大切な尊敬するあの人に、あの世で会えたとしても、口もきいてもらえなくなるのは辛すぎるというのもあった。

あの苦境の中でも、なんとか命をつないできた自分は、「死なないだろう」というある種 自信のようなものがあった。
しかし、たった一人の大切なその人が、やっと安心でき始めたこの日々が失われるかもしれない局面で、不安と恐怖でパニックになった。親に泣きながら電話をし、警察に問い合わせた後、自分も必死で祈り続けていた。数時間後に無事が分かったときに、自分の日常は崩れることがあるということが恐くなった。それまであった「自分は自殺だけはしない。できないんだ。」という自信は一瞬で消え去り、自分がどんなに生きようとしても、いのちの灯火が消え行くその瞬間をリアルに感じた。

「プカプカ」という歌をを歌っていた西岡恭蔵さんが、「グローリーハレルヤ」という歌を歌っていた。https://www.youtube.com/watch?v=wsAr_gJxyOI
彼は「生きよう」と呼びかける歌を作っていた。音楽の力を誰よりも感じていた一人だと思う。でも、西岡さんはパートナーの方が亡くなって、彼女の三年目のご命日に自死された。どんなに思い止まろうとされていただろうか・・・。お苦しかっただろう。

大切な人を失うのは、それが寿命を全うしたものでも、超えられない苦しみだ。
まして、突然、予想だにしない災害で、最愛の人を、親を子を友を失い、生活と思い出の全てを押し流されたら・・・?


被災された方たちに、今自分がその渦中にいないことで、できることがなにかあるのだろうか。自分が、今ここで、なんとか暮らしていることが、今を絶望している人たちに何をできるか。募金とかもあるんだろうけど、今は祈ることしか思い当たらない。自分にやれることに気付いて、それをやりきっていける力を与えてもらえるように、祈る。


神様、一人でもいのちが助かりますように、私はここで強く祈ります。
家族を亡くされた人、ケガをされたり、だれかの安否に不安と恐怖を強く覚えている人。生活のすべてを奪われた人、住んでいた町の姿すらもうない、想像を絶する苦しみや絶望。私には到底 実感できません。でも、その体験をされている一人ひとりの命の内にイエス様が共に居て下さい。言葉になりえない慟哭のすべてを感じ、共に痛み、理解し、励ましてください。
どうか被災されたお一人おひとりが、こうした絶望の深遠から、いつか生きる気力を与えられ、未来に歩みいけるように、
被災していない人間たちがやるべきことの全てををやり、みんなで力を合わせていけますように。
人間がおなじ社会に、世界に暮らす他の立場の人を置き去りにしないように導いて下さい。
東北の方たちをはじめ、各地の被災者の皆様は、オリンピックにむけてのお祭り騒ぎに、一様に置き去りにされていると感じているのではなかろうかと想います。
誰も置き去りにして、無視していかないように、神様、どうぞ人間の間にあなたが与えたもう 善き力を私たちが発動できるように想像力と思慮深さ、そして実行していく力をお与え下さい。天災に乗じた人災が、悪意からも善意からも混乱からもどうか起きませんように。

体験した辛い出来事を、いつか涙と共に気持ちを誰かに話して、悲しみを表現し、それを聞いた人が心をあわせて、閉じ込められていた悲しい怒りに満ちた心の重荷を少しでも 降ろすことができる日が来るよう、わたしたちが助け合えますように。

だれも孤独ではないように、主イエスがすべての方の命の内におられ、その痛む魂の叫びをを同様に感じて下さっていることを信じます。
どうか、人間には誰一人として不可能な主からの慰めへ、一人ひとりに辿り着きますように。いのちの火の、そのリレーが途切れませんように。神様の愛がお互いを支えあう人間の関係に宿り、その方を癒されますように。



神様、お願いします。どうかこれ以上ひどいことが起きませんように。
喪失に生きる気力を失っている人たちを、生かしめてください。









※今朝は、考えが足りない気軽な投稿をしていたのですが、恥ずかしくなり消しました。私のこのブログなど、だれも読んでないだろうなとも思うんだけど、もし読んでて気分を悪くさせた方がおられたらごめんなさい。



2018/07/07

各地の水害被害、お見舞い申し上げます

各地で水害に遭われている皆様の生活が心配。心からお見舞い申し上げます。
どうか無事でいられますように。天候が落ち着き、水が引き、一刻も早く生活が立て直せますように。

私の家族が住んでいるのも西日本のため、気にかけて連絡してくださる方たちがおり有難い。電話をしたところ、水に沈んでいる道もあるが、なんとか買い物には行けたそうだ。

このような災害が起こり続ける地球環境の不調和に、気候変動(温暖化)が原因として大きく横たわっているのだろう。
この国の政府の経済最優先・米国追随の姿勢も、この社会の生活スタイルにも責任の一端があるのは明白だが、実際に被害に遭うのは一部の逃れることのできない普通の人たち。「自分さえ関係なければいい」では大変なことになる。最近、これまで言葉で知識として知っていた様々な恐ろしさを、肌で実感し続けている気がする。


2018/07/07

七人の命を奪い、死刑は執行された。

オウム真理教の殺人の罪、サリン事件の罪は重い。多くの人の命を奪い、人生を変えてしまった。許されないことをした。
しかし、絞首刑になって、終わりになるものなのか?
そういう人たちがどうしてそれをしたのか、考えることを放棄していいのか?

では、人を死に追いやり、人生を奪った罪が死刑になるしかないならば、
旧日本軍の全責任がある男を崇めることを国民に刷り込み、違和感を口にする者は捉え殺し、その信仰を強制し、アジア・太平洋地域で「人々を解放する聖戦」と銘打って、侵略戦争(植民地支配も含む)をやった軍国であった日本国家に罪は無いのか?
数え切れない蛮行や殺人の精算を一切放棄している日本社会に罪は無いのか?

本当に裁かれるはずの人物に罪を言い渡した、女性国際民衆法廷(2000年)http://vawwrac.org/war_crimes_tribunal。そのドキュメンタリー映像をNHKが放映するとき、番組に権力からの横槍がはいり、編集映像の内容が改ざんされた事件があったことを思い起こそう。

 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク (VAWW-NETジャパン 2005年1月抗議声明)http://vawwrac.org/nhk01/nhk03_03
その当時は議員だった安倍晋三がしたことを私は忘れていない。

この国の旗は血の丸だ。

なんかヤケクソだけど、生きていくしかないぜ!みたいな気持ちが高まり
アーバンギャルドを聴いている土曜日の昼。

松永天馬さん、浜崎容子さん、アーバンギャルド!言葉と歌をありがとう。

生きているから新しい季節を迎えられる。
今年も もう夏だ。







「くちびるデモクラシー」
歌:アーバンギャルド 歌詞:松永天馬 曲:浜崎容子


あなたとわたしはルージュとリップ
エンヤコラ今夜もキスを交わすの

ミサイルよ くちづけろ くれない街に
恋ひとつできなくて何ができるか

殺すな殺すな言葉を殺すな
殺すな殺すな声を殺すな

でもでも
くちびるくちびるくちびる
くちびるデモクラシー

あなたとわたしは弾とピストル
ヨイトマケ真夜中にハートを撃つの

空襲の警報がデートの合図
恋ひとつできなけりゃ戦争なんて

燃やすな燃やすなラブレター燃やすな
燃やすな燃やすな本を燃やすな

でもでも
口紅口紅口紅
口紅つけてら、SEE

「昭和九十年。
 時に戦時中、世界はメイク中。
 少女が化粧を覚えるように、キスを覚えるように、
  口紅型のミサイルが空から降ってくる。
  戦争に反対する唯一の手段は、 自由であること。恋すること。

 時に戦時中、世界はメイキング中。
 液晶を覗いてばかりいる国民たちには知らされていない、
 既に戦争が始まっていること。
 既にみんな、幽霊だってこと。
 
 言葉を、殺すな」

殺すな殺すな心を殺すな
殺すな殺すな恋を殺すな

戦争きたって言葉を殺すな
戦争きたって声を殺すな 殺すな

くちびるくちびるくちびる
くちびるデモクラシー

あなたといられりゃどうにでもなる
あなたといられりゃ恋でもできる
あなたといられりゃ地獄もみれる
あなたとわたしの くちびるデモクラシー







ウエノ・ポエトリカン・ジャム6超絶いきたくなる・・・(無理だけど)
オープンマイク100人なんて、素晴らしいね。くちびるデモクラシー!
2018/07/06

死刑執行の日に ―死刑廃止と、アベ政権の終焉と、ジャーナリスト安田純平氏の解放への日本政府の尽力、を強く求める

また死刑が執行される。テレビのニュースで「これからです」って報じられている。
今、この瞬間に人が絞首刑になっているかもしれない。耐えられない。耐えられない。

人間は、そしてこの日本社会はどうしてここまで愚かなのか。
どうして?どうして?どうしてなの???
これ以上 もう殺さないでくれ!
こんなの、ほんとうに「公開処刑」じゃないか。なんで?
なんでなの?
ほんとうにみんな平気なの?
これから国家が人を殺しますと明言するニュースを
あなたが正気で聞いていられるなら、それは大変なことだ。
あなたの内なる命の破壊、人間の破壊だ。

どんな悪いことをした人でも 人間を人間が殺すのは許されないよ。
誰が決める権限がある? 本当なら神様以外にない力のはずなのに。
誰が決めているの?誰が煽っているの?それに賛同しちゃえるの??
何も反応しないで「そうなんだー」だったら、それってその殺人への賛同なんだよ?

もう勘弁してくれ。

筆舌には尽くせない。

こんな社会でマトモでいるほうが「狂って」いるでしょう。
平然としていられるなんておかしいよ?

権力者は人の生き死にを、いのちを、 道具として、コマとして扱っている。
人間が抱く感情の全て
 ―喜びも愛も思いやりも憎しみ悔しさも、全てを利用し、国家が人を差別し、誰か殺すことを民衆に肯定させる。
ヤスクニも死刑も、人が人を殺す戦争を肯定するためのもの。
独裁的国家権力にとって、すべての人民は守るべき存在ではなく、道具でしかない。

死刑は、罪を犯した人への真の罰ではない。権力者が、人の命を勝手に奪い、民衆の意識や世論を操作し、社会を統治するための行為で、命の利用であり、見せしめであり見世物だ。その罪を犯した人が、なぜ罪を犯したのか。その背景を考えることなく、その人を殺して解決というのでは、「臭いものに蓋」そのものにならないか。
犯罪をおかした罪を償えるとしたら、それは自分のした行為と向き合い苦悩し続けることではないか。真実を明かし、もうそんなことを誰もしないで済む社会にする為に、出来ることをするしかないのではないか。死刑囚の方たちの絵画展に行った時、会場においてあった資料から、実際に愛する人を奪われた人たちが犯人に死刑を求めないという選択をして、行動している人たちが世界に少なからずいることを知った。日本が侵略した中国の撫順(ブジュン)戦犯管理所の「撫順(ブジュン)の奇跡」を、今見つめなおさなければならないのではないのか。

大体、各地の水害で苦しんでいる被災地の人たちの現状を報じないでいいのか。
「公式処刑」執行のニュースの裏で、何が進んでいるのか。
国会で進んでいく水道の「民営化」??金のない人は水が使えないのが水道の民営化だ。貧乏人は役に立たないから死んでいいという国家の本音が透けて見える。

東京医科大と文科省の職権を乱用した賄賂の発覚。そんなことで入学なんて、本当なのだろうか。内閣が財務省の役人の切捨てて自殺させたように、矛先を役人にする為にしていることなの?どの道筋でも役人のその子は不幸だ。でっちあげにしても、事実にしても、全国で受験システムに喘いでいる子どもたちだって失望してしまう。しかも医者になるための大学なわけだから、他の大学とは意味が違ってくる。なにもかも疑わしくなり、社会への信頼は消えうせる大事件。ただ、真実はまだ分からない。この事件で動いたとされる金額とカケ問題(アベのお友達なら国の財産が勝手に運用されちゃう問題)の規模は、全く違う。カケ問題の金額の規模が大きすぎる。モリカケと一口に言ったって、お金の規模は森友学園のほうがずっと小さい。

国の財産を首相が私物化し、勝手にトモダチに横流ししていた世紀の大事件が、何故に裁かれない日本社会なのか。裁かれる連中が権力の中枢にいるからか。しかし、同時に政府寄りであることを差し引いても、事実はある程度は報道されてる。本来ならその政府は、この事件に反応した民衆に瞬時に ひっくり返されていなきゃいけないはずなのだ。しかし、「国民」の多数は気にもしていない。気にしている人がいても、「そのうち忘れてくれるだろう」とタカをくくられてる。実際に支持率の回復がそれを表していて、心底悔しい。

伊藤詩織さんを貶めた山口氏がアベのことを美化して書いている「本」の著者であるからも野放しにされてきたことも、新聞記者へのセクハラについてのことも、性暴力への理解を欠如して事実を隠蔽する言動は、人道的にも政治的にも許されてはならない。
カジノ法を審議もろくろくしないで通しながら、免罪符としてギャンブル依存の為の法律をつくるとかもありえない。社会のうちで苦しんでいる人が、どれだけパチンコに行ってしまうか、その人も家族も苦しむか知ろうともせず。裏世界に流れていく金の流れを国が法的に作り出し、保持しようとしている日本政府の方針は犯罪そのものだ。

3・11被災地のパチンコ店は開店前から行列だって、現地を案内してくれていた人がいた。どんなに震災があっても、原発が爆発し地球が汚染されても、放射能の汚染で人々が住んでいる場所を追われても、これからチェルノブイリ以上に子どもたちが死んでいくであろうことも、絶望のなか人知れず自死がとどまらなくても、全てを打ち消すためのオリンピックに莫大な金が投入されている。「オリンピックのため」と銘打って、監視と管理を強め、路上で生活する人も含めた生活者を排除したお祭り騒ぎ。そのお金は、苦しんでいる人のために使え。そのための税金だ。都合の悪い事実を、なにもかも誤魔化して、人々の意識を忘却のかなたへ押し遣ろうとしている。政府に反対する意志を表明する人たちを捕まえる法律も、罪をでっちあげて閉じ込めるための盗聴さえ正当化できる法律も、すでに通っている。憲法を変えてしまうための投票のための国民投票法(日本国憲法の改正手続きに関する法律)が違憲している状態で出来上がって十年以上たつが、さらなる改悪案が虎視眈々と進められている。

「戦争の後始末」はひとつも済んでいない。誰も救済されていない。それどころか、「その人が勝手に言っている」と嘘つき呼ばわり。日本がした侵略戦争の残虐な事実は「個人のウソ」とされて、歴史は歪曲を通り越して書きかえられている。戦争をした人たちが、やりたがる人たちが、また戦争忘れさせ、知らせずに、戦争をまたやろうとしている。
日本がそうなれば、この星での人類に明るい未来は無い。

私は腐敗の中を留まることなく許されないことが続きすぎて、なにがなんだか分からない。どんなにメチャクチャなことが次々に明らかになっても、政権への支持率が下がらないなんて、どうしたらいいんだ。どんどん決まっていく。このまま平然と進んでいくのか?私は無力だ。辛い。

ただ、新幹線が地震で動かないときに(しかも、ワールドカップの試合直前に)闇討ちのような会見をしたカケの理事長とか(実際は現場にいた記者も入れない人がいたとかだから、したうちには入らないだろうけど。)、何ヶ月も留置所に理由も明かされず不当に拘留されていた森友学園理事の籠池夫妻が今 保釈されている状態だとか、
モリカケのことを無かったことにしたいアベ政権は、それこそ必死なんだろう。これまでにない窮地に立たされているとも言える。ここで「国民」が誤魔化されるかどうかで、日本の再軍事化が完成されてしまうかどうか決まってくる。文部省役人と東京医科大との賄賂合戦のことが事実だとしても、そうでなく財務省の役人が自殺に追い込まれたときのように尻尾きりの騙しなのだとしても、アベ内閣は責任を持って今、総辞職しなければならない。

だからこその、話題をそらすための死刑執行宣言だと思わざるを得ない。


自分自身も含め、人々に問う。誤魔化されていないか?
権力構造の暴力に「そういうものだ」と従い、事実を無視し、自分のなかで一切考えないことが、「幸せ」か。
その「幸せ」は、自分だけは奪われないと呑気に思っているの?
声を持とうとする弱くされた人たちへのバッシングは、「気付かせるな!」という怒り?それとも、自己を表現できない(/しない)人生のフラストレーションの表れなのか。

2004年のイラクの人質事件のとき、当事者の「自己責任」論を仕掛けた人たちと、それに乗った人たちの憎悪。そして「我関せず」を貫き続けていった街の雰囲気を思い出す。熟成されてしまった 日本社会の いじめの仕組みが社会レベルで相互監視とバッシングのシステムとして発動した瞬間でもあった。

意図的な情報と娯楽の操作には目も当てられない。
娯楽だって、電波上のそれらの大半は、本当のそれとは程遠く暴力と差別に溢れていて、大方、人を貶めるものか性的搾取そのものだ。(みなさんに、歌丸師匠の遺された言葉を今こそ読んでほしい。)
参考記事:桂歌丸が語った戦争への危機感「戦争を知らない政治家が戦争に触れるな」 ―国策落語を作らされた落語界の暗い過去も http://lite-ra.com/2018/07/post-4104.html

麻痺させられている自分の現在地から、息を吹き返せ。世界を見ろ。

あなたも、わたしも、国家の暴力の前では
テレビの向こうに見えるこの世界で、平然と殺されてしまいかねない存在なんだ。
先の戦争で犬死していった人たち。
私たちの一人ひとりにどんなに豊かな人生があっても、愛するひとがいても、やり遂げたい仕事があっても、それを簡単に踏みにじり、指先ひとつで掻き消す力を持っている、それが国家権力だ。



この世界で起きていること、そして秘密裏に進んでいる戦争への道を辿るこの社会に生きる人たちに真実を届けようとし、危険を冒しても果敢に現場に赴き発信してきてくれたジャーナリストたちがいる。その一人に現在、中東で武装勢力に拘束されているジャーナリスト安田純平さんがおられる。
 朝日新聞記者 石川智也さん記事「安田純平さんを忘れないで」(2018年7月1日記事) http://webronza.asahi.com/politics/articles/2018062600001.html

2018年7月6日現在の動画が、拘束グループから発信された。https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20180706-00000009-nnn-int
体調は悪そうだが、まだ無事なのだ。武装勢力は日本政府と交渉しようとしている。
しかし、日本政府は一切の対話をしないつもりだろう。いつも、彼らは「屈しない」といって、この拘束を「理由」にして、嬉々として軍隊を準備する。

上記の石川智也さんの記事にもあったが、ジャーナリストの後藤さんが亡くなったとき、日本政府やメディアはこぞって、後藤さんの功績を美談として報道した。「こんな素晴らしい日本人が失われました」「許されません」とでも言うように。
彼が命をはっても守りたかった人たちを不幸に陥れた、戦争を誰が起こしたのかも問わず、自分の国の軍隊の「派遣」や軍事援助が彼の命を奪った人たちの動機であることも問わずに。

安田さんには10年以上前になると思うが、京都の講演会でお会いした。無事に帰ってほしい。祈る。政治を変えられない無力を感じる。せめて、このブログを覗いてくださる方と、情報を共有したい。そこから何かが芽吹くと、諦めつつも信じて。

・・・

2004年10月、同世代の香田証生(しょうせい)さんがイラクで囚われたとき、私は無力感に包まれて 夕方の暗くなる自分のアパートでただ呆然と座っていた。私は、当時まだ学生だった。

そのとき、大切な友人から電話がかかってきた。「今日、自衛隊を撤退するように求める街頭行動あるけど、行く・・・?」と。
私は「4月にあれだけの数の人が動いたのに、国は自衛隊を撤退させなかったんだよ。そんで、自己責任だっていって、助かった人たちをバッシングした世間だよ。なんかやって、意味なんてあるのかなぁ。」って半分、泣き声で呟きではあったが、訴えた。
同年4月のイラク人質事件のとき、必死で訴えていた私の胸には「日本の人の命の危機なら、いままでイラクの人のことを想わなかった人も、考えてくれるんじゃないか」って期待があったのを思い出していた。

友人は一呼吸おいて、
「そうだね・・・。でも、だからって、自分たちが動かないって理由にはならないんじゃないかな」と言った。
私は、その問いに、そうだなって思った。

 ―この瞬間を恐怖の中 生きている香田くんの命は明日にはもう守れないだろう。彼のご家族はもう絶望しているだろう。でも、彼の命を奪うこの日本の社会に、自分の責任も含めて向き合う姿勢を行動に移すことが、彼にできるせめてもの行動なんだ
と感じた。

そんな想いで、自転車で街一番の繁華街にいった。夜の街頭にでた人は4月事件の際の光景からは、比べられないほど少なかった。ビラを受け取ってくれる人も多くはなかった。私がその場に行ったことは何の足しにもならなかった。自己満足と言われればそれまでのことでしかなかった。日本は、自衛隊という軍隊を撤退させなかった。そして香田さんは翌日、殺された。24歳の若さで。

でも、私はそこに行けたから、彼をいまも憶えている。
あとから思うに、あの時、友人と赴いたその街頭行動はそれからの自分を生きるのに必要なものだった。


香田さん、あなたは生きていた。
悩んで考えて、戦争で苦しんでいる人の姿をその目に焼き付けて、これから自分が生きていく道を見据えようとしていた。
世間が吹聴したような考えなしの人じゃなかった。決して。
あなたの想いが私のどこかに刻まれています。
生きて帰ってこれていたらきっと、この社会の変化と世界の平和を希求する、才能ある稀有なジャーナリストになっていたと、私は確信してる。

その頃、フィリピン政府は軍隊をイラクから撤収させ、フィリピン人労働者のアンヘロ・デラクルス氏はイラク関連組織に拘束されながらも無事解放されたということを、改めて知った。香田さんは死なないで済むはずだったと思わずにはいられない。


アフガニスタンで活動されていた、ペシャワール会の伊藤和也さん(享年31歳)のことも忘れない。事件が起きた夜、明け方まで眠れなかった。
 参考記事:伊藤和也さんを悼むhttp://kajipon.sakura.ne.jp/kt/peace5.html

武装勢力の行為はどうしたって肯定できない。けど、香田さんや伊藤さんの命が奪われたのは、その地に軍事力をアメリカ軍の支援も「派遣」という派兵も含めて発動させた日本の政府とこの社会でもあると 私は考える。

彼らにはもう会えない。でも、今この瞬間、安田純平さんはまだ生きている。
絶対、無事に家族に会えないといけない!

日本政府はすぐに安田さんを拘束している勢力との交渉に応じ、安田さんの救出のために拘束グループとの対話に全力を注ぐように求める。

日本政府は軍隊や戦争を肯定しないジャーナリストを憎んでいるから、見殺しにしたがっている。どんなに望み薄であっても、でも求め続けなきゃなんない。政府はその国にすむ人間を守る責務があるはずだ! 日本政府の責任放棄を許さないで、求め続けないと、安田さんは助からない。
2004年の春、人質にされたが生きて戻ってこれた安田さんの命は、今も危機にある。でも、2018年7月6日の現在まだ灯っている。
助けなきゃ。

2003年の3月20日に夜明け前のイラクの街の中継映像から聞こえていた鳥たちの声。ライトをつけて走る車。その後、そこに爆撃が始まった瞬間を忘れない。無力感に打ちひしがれてエレベーターの中で一人泣いた。それまで、何千人もの規模のデモの中で、「イラクへの戦争を止めてみせる」って本気で思っていた。爆撃開始当日の夕方のデモは、それまでの気持ちと全く違った。よく覚えている。

泥沼のイラク戦争への日本政府の加担は、戦争の惨禍をより拡げ、多くの人々の命や暮らしを奪った。
自衛隊はイラクに派兵してはならなかった。大量破壊兵器は見つかることなく、アメリカ政府もそのことを認めている。
世界最古の図書館は焼かれ、数え切れない人たちが難民となり故郷を追われた。

日本政府はイラク戦争をしかけた米国に追随し、市民から巻き上げた税金を 軍事費として投入した。自衛隊を軍隊として武器を持たせて戦地に送った。終わらない戦争を始めてしまった米国の友軍として。なかったはずのイラク日報だって案の定、出てきた。普通に考えて、ないわけないだろう。「黒塗りがおいつかない」?おかしすぎてコメントの仕様も無い。

この15年間、日本社会は確実に悪化してきた。次の戦争がこんなにも急速に近づいた。15年前は、憲法が変えられるなんて「そんなこと有り得ないだろう」って、心のどっかで安心してた。どこかで対岸の火事だった。しかし、この10年が経って、やっぱりこれは現実なんだと痛感している。この十数年だけでもこんな状況なのに、日本がいま持っている「自衛」としての戦闘力を、軍隊としておおっぴらに動かすようになったらどうなるか・・・。
国外で人が殺されるだけではすまない事態になるだろう。9・11のビルに飛行機が突っ込んだ2001年、私は大学1年生だった。震え上がりながら、一人のアパートでニュースを見ていたあの夜。私の中で、世界の闇が初めて露に感じられた瞬間だった。
(アニメーション映画『サマーウォーズ』で最大の危機とされた原発への攻撃予定も、福島がフクシマとなった今となっちゃ現実のほうが酷い状態になった。更に、悲惨なことが起こりえる。京都・京丹後のエックスバンドレーダー基地の付近は原発銀座だ。もんじゅだってある。)

今、憲法を書きかえて、自衛隊のことを憲法に記し、再軍事化を確定させたい日本政府は、イラク戦争の真実を、それにまつわる人々の記憶を封じて抹殺しようとしている。私は、水道の民営化が国会で通っていく中、伊藤詩織さんのドキュメンタリー映像の配信が何者かに消され続けていくこの今、モリカケ問題が文科省役人の不正入学/賄賂問題である意味で最終局面を迎えていて、しかもイラク戦争の真実を知る安田純平さんの生存が分かった今日、たくさんの人の死刑がニュースで全国に予告されていることに、これまでとは違う危機感を抱いている。

3・11の後、十数万人の民衆が国会周辺で抵抗した反原発デモを政府もマスコミも無視し、初めて事故後に原発(大飯原発)が再稼動してしまった翌日、首相が尖閣諸島の国有化を宣言したあの時もその思惑に眩暈がしたが、今、更に深刻な危機を感じざるを得ない。沖縄の知事選も暗雲が立ち込めている。

このままアベ政権が続けば、平和憲法は奪われ、戦後の日本社会が築いてきた人権も民主主義という仕組みも消滅する。
憲法を奪われたら、平和への砦は崩されきってしまう。
改憲勢力が憲法を都合のいいように書き換えるための、最大のキーパーソンは《自衛隊》だ。
イラク戦争で、日本政府と自衛隊が犯した罪と、その影響を、人々が認知することを日本政府は何よりも恐れているのではないか。

元自衛隊員の発砲による殺人事件も、彼が軍隊に入らなければ起きなかっただろう。(軍の訓練を受けていなければ、警官から銃を奪い、発砲することはできなかったのではないだろうか。)
自衛隊のイラク日報が発見されて、政府の腐敗がどこまでも明らかになっている今を放置すれば、日本は先の戦争、15年戦争から始めた第二次世界大戦の旧日本軍の戦争責任を含め(アジア太平洋地域で約2000万人の人が命を失ったとも言われる)戦争に対しての責任と一切向き合わないないままに、人類の悲願である非戦平和の想いの結晶である憲法9条を、ついに放棄しきることになる。そうなれば、未来は無い。

イラク戦争の真実の証人の一人であるジャーナリスト、安田純平さんを見殺しにさせてはならない。





亡くなったジャーナリスト、むのたけじさんの記事を読んだ。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/munotakeji-kotoba?utm_term=.yqyvmPOP6#.cu2d31O15

上記の記事で見ることができる、むのさんの手書きの色紙には、こう書かれている。

嵐は、たいまつを消すことができる。だが、たいまつの火を 炎々と燃えるのも嵐の時だ。 -1976,10 むのたけじ

暗闇の中でこそ、光はお互いをみつけやすい
と、うまれて初めて行った沖縄で体験した辺野古の海上行動から帰ってから報告文に、そう書いたことを思い出した。
そのときの若い自分が一生懸命に放った言葉を、年とった自分がウソにしたくない。自分が受けた光を誰かにつないでいかなきゃ。


戦争は、始まる前に止めなければ、止まらない。
戦火の渦中でどんなに強く願っても、その現実の悪夢は消え去らない。その地獄から逃れることはできない。
沖縄戦の中で目の前で子どもを殺されたり、自ら手にかけさせられたお母さんたちの人生はこの世界の事実だ。
(丸木夫妻の絵本『おきなわ島のこえ』では、戦争に巻き込まれる前、そこには戦争の為の基地が作られ、兵隊が大勢やってきたとある。今、まさに沖縄で起きていることなのではないかと、改めて恐ろしくなった。宮古島や石垣島に自衛隊は凄い規模で押し寄せている。
辺野古があり工事が強行されている名護も、落下物や事故がやまない普天間基地のある宜野湾も、現在の市長は新基地の建設肯定派。今年の秋の沖縄県知事選も、宜野湾市の現市長の佐喜間氏が立つことになったそうだ。この人は日本会議のメンバーだ。もし、この知事選で彼が通れば、沖縄への日本政府の統治は完成し、「基地反対運動は民意の敵」とされていってしまうだろう。現知事の闘病の厳しさは写真一枚でも伝わってしまうほどのレベルだ。不安で呆然としてしまう。)



人の手を介して今、わたしの手元にある古い一冊の本がある。
塩田庄兵衛・橋本進 編の『反戦平和に生きた人々(母と子でみる8)』(草の根出版/1989年初版)には、戦前・戦中に権力に抵抗した方たちの名前がこれでもかと記されている。投獄され、獄死した人、行方不明になった人の多さ、名前の羅列に慄く。(しかし書き手は、それでも「そうなった全ての人の名前ではない。名前も分からない人が大勢いる。これは一部である。」と幾度も念をおしている。)

もう現時点で現代の治安維持法ができあがっている今、声を上げるのはいよいよ恐ろしくなっていくだろう。
けれど、黙れば、思考をとめれば、もっと後退し 人々の理想の生活は遠のく。『茶色の朝』はもう来ている。
気付くか、気付かないかは自由なのかもしれない。けれど、人の痛みや苦難を考えず、「関係ない」と暮らして、人間の真の幸福に辿り着くことは出来ないと私は思う。

自分で書かなくてもいい、現地に赴けなくてもいい。発言できる、対話できる環境も無いかもしれない。
でも、それでも
とにかく誰かが懸命に発した言葉や表現から、真実を受けとめ考え続けようとすることを止めないで生きよう。
自分を感じて、自分の内なる不自由が誰の意図するものか問い続けよう。


だから、どんなに虐げられて苦しいときであっても、
誰かが殺されたことを喜んじゃダメだ!
誰かが死んでいることを「関係ない」と切り捨てるな!

それは自らの魂を殺すことなんだよ。

人間の関係性に愛は宿る。

ともに、人間として、生きよう。
愛を失うな。
生きるんだ。生きるんだ。

何度でも言える

これ以上、殺すな!

自分も他人も、すべての生きとし生けるものを。
海を潰すな。森の中の泉を埋めないでくれ。

すべてのいのちが あるべき姿であるように。

声にならなくてもいい、叫び続けようよ。
この耳になにも聞こえてこなくても、 「届いてるからね」って応えられる命を生きたいと願いながら。

失われた命たちを慰められる現実もなく、助けられないいのちたちに懺悔しつつ、苦しみに満ちたこの時も、祈りながら書き、越えていくしかないんだ。

私はここにいる。あなたもそこに生きている。
確かに今を生きてる。

あきらめるな。
考えることを、人間として生きることをやめるな。

ともに居てくれるなら、自由と歓びに満ちた 真の平和と幸福を追い求め続けられる。



















































続きを読む

2018/07/06

BBC制作・放送の伊藤詩織さんのドキュメンタリー Japan's Secret Shame 見れた


詩織さん、ありがとう。 私もここにいます。

 
>【BCC制作ドキュメンタリー映像動画】 
BBC制作・放送の伊藤詩織さんのドキュメンタリー Japan's Secret Shame 「日本の秘められた恥」(日本語字幕付き、全編 約1時間)映像動画  https://nofile.io/f/bXSpvZERvtN
※詳細な性被害証言があります。フラッシュバックにはご注意ください。

情報で被害体験を《読む》のと、体験者の語る証言を《聴く》のは、まったく違うインパクトを引き起こします。「もう知っている」という方も、是非、お時間をつくって、画面の中の詩織さんと対面してほしいと思います。彼女の涙と目の光、身体の震え、息遣い、決意を 感じられるドキュメンタリー映像です。



>記事:2018年06月29日(BBCによる放映は6月28日)
「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送 
英語の記事




先日、BBCが制作・放映したドキュメンタリーを、BCCのウェブサイト掲載動画から、最初から最後まで見ることができました(日本語の字幕つきに感謝)。とりいそぎ情報のみアップ(7月3日)していましたが、いま見たら残念ながら期限切れでもう消えていた・・・・ だけど!まだ上記のサイトでまだ見ることができます!

それは、映像保存と拡散の為頑張ってくださっている皆様がいるから・・・。

これほどの犯罪を日本のマスコミが黙殺し続けるなか、SNSや伊藤詩織さんの著書Black Boxでこの事件を知る人たちは、字幕付きバージョンのダウンロードとアップロード&拡散を続けています。いま、こちらのNoFile.ioという国外のサイトでアップロードされた動画は、そのままストリーム視聴も、コンピュータへのダウンロード保存もできるようになっていますので、まだの方は是非どうぞ。

とのことです。 ありがとうございます!!
日本のYoutubeでは消され続けているそうで。
 記事:https://ameblo.jp/chihointokyo/entry-12388548373.html
案の定とは言え、この社会 闇すぎ・・・。





そしてそして、さっき遅ればせながら知ったのですが、
国際的メディアコンクール「New York Festivals 2018」では、監督を務めた”Lonely Deaths”(CNA)がSocial Issue部門、そしてカメラマンを担当した”Racing in Cocaine Valley”(Al Jazeera English)がSports Documentary部門で、と銀賞をダブル受賞されていたこと!
詩織さん、すごい!!!おめでとうございまーす!!!!!

記事:
2018.06.23 
Shiori Ito’s ”#MeToo” Struggles Continue 伊藤詩織さんにインタビュー  ―たたかいはつづく【前編】
Shiori Ito’s ”#MeToo” Struggles Continue 伊藤詩織さんにインタビュー──たたかいはつづく【後編】


ジャーナリズム、ジャーナリストとは何だろう。
私は真実を真実だと明らかにしようと模索し、世の諸悪の闇と闘おうとする人間の働きのことだと思う。
真実を自ら葬り隠蔽し、権力という巨悪に擦り寄る人間のことはジャーナリストとはどうしたって呼べない。
一人ひとりの人間の人生、特に弱い立場にされて封じられがちな声ならぬ叫びを聴きとり、与えられた表現方法を通じて世に響かせ、そこから世界を変えていこうとする
その信念が貫かれている人の表現こそを、ジャーナリズムと呼べると私は考える。

伊藤詩織さんはこの国の闇から、真っ向から向かい合い、耐え難い痛みや苦しみをもってさえ、真実と正義を明らかにしようと闘っている。彼女は、真のジャーナリストだと確信する。

詩織さんのやろうとしていること、やっていることは、人間の善き可能性の探求と実現そのもの。

どんな苦境にも阻まれないで開花する才能と、勇気。
 
励まされて、私もここで生きていこう。 
高校生の頃の想いを思い出す。初心忘れるべからずだな。コツコツがんばろう。




音楽はAni DiFfanco - Your Next Bold Moveを。




2018/07/05

東松山市市長選 やすとみ歩さん応援してます!

丸木美術館のある東松山市の市長選に立候補した 安冨歩(やすとみあゆみ)さん!
大好きな辛淑玉(shinsugok)さんが、ツィッターで「この人好きだ」と紹介されていて、初めてこの方のことを知りました。

街頭演説と音楽、解放的で自由。そして命に対しての骨太な思想のある人だと感じ、私も好きになっちゃった。

選挙カーの看板、気に入らないから書き込んじゃうのとかいいなぁ。
チンドン楽しいな~~!アンパンマンにウィシャルオーバーカム♪

選挙期間に公職選挙法で守られて、自由に表現できるっていうのを昔 素人の乱の松本さんもやってたけど、なんかいいよなぁ。
勿論、選挙で勝てたらいいけど、でも勝ち目がなくても、あっても、選挙期間にみんなが暮らしているところで 自由に表現して、
そこに住んでいる人と一緒に変わっていきたいっていうのが、すっごいいいと思った。
権力の座につけなくても、一人ひとりが自由になれるように自発的に変わっていけることが、現在の酷い社会を引っくり返していくことにもつながる。
やすとみさんは、そのことを力強く語っている!
(下記の内容は動画の第一声演説の私的な要約ですー)。

 ―こどもを守ること。
  これ以上 自然を破壊せず、懐かしい未来(駅前に蛍が飛んでいる等)を。
  大切なのは、食う寝る遊ぶこと。人間は幸せになるために働いているはず・・・。
  ほんとうの空がない、道が狭い東京に暮らしてもイコール幸せじゃない現実。
  競争を勝ち上っても幸せにはなれないってこと。
  近くでのんびり楽しく暮らしているひとと、お互いに助け合う。
  市長になったら、自らそういう生き方を実現していく。
  
  市長が変わってもシステムがあるため、戦艦ヤマトは止まらない。
  だけど、市民の暮らし方が変われば社会は変わる。
  そうしたら、戦艦ヤマトは止まる。
  そして、みんな自由に海を泳いでいこう!

 

などメッセージ。
選挙出馬のときに話されてた、すべての差別に対話するという姿勢。
響くーー

是非みなさんも御覧ください。選挙で勝てますように!


【街頭演説やチンドンの動画】 
※第一声の演説が(冒頭20分くらいかな)すっごい良かった!
東松山市長選 安冨歩候補「東松山ファンタジー化プロジェクト選挙、第一声」と演説&音楽ライブ、『こどもを守ろう』芸術チンドン 2018.7.1(IWJ)
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/426182

子どもと芸術表現と自然を大切にする基本理念
【東松山あゆみの会】東松山でなにをめざすのか〜地方自治の基本理念〜 

行ける人は街宣に合流してみては。楽しい方たちと仲良くなれそう。
安冨歩さんのツィッター 




そして、丸木美術館で4月末から開催していた、風間サチコさん展覧会 「ディスリンピア2680」も今週日曜日までみたいです。
遠すぎて行けないけど、めっちゃ観たいーー!!! 
(画集も出るらしいけど、この迫力は素材や大きさからも、生で見ないと真価が伝わらない気がしてしまう・・・・ )

「丸木美術館学芸員日誌」から展示されている作品の紹介
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/3068.html


一度だけ行ったことがある丸木美術館。
たっぷりした流れがある川のとなりに、静かに美術館があった。あの大きな壁画の間。
原爆、沖縄、水俣、三里塚、アウシュビッツ・・・。

久しぶりに本橋成一さんの写真集 『ふたりの画家』を開いてみよう。
絵本『おきなわ島のこえ』も。
丸木スマさんの画集、大道あやさんの文庫本に絵本、古本屋でみつけた俊さんの絵本もあるし。(うちの本棚なかなか幸せなラインナップかも。 金銭的に楽じゃない暮らしの中、どうしても欲しくて手に入れてきた本は人生の宝です。 )



自然のなかで暮らして絵を描いて、平和と人間の営みを生み出してこられた丸木俊さんと位里さんの拠点だった東松山、
安冨さんが市長になって、より 命の営みを大切にする地方自治になってほしい。

そして、すべての地域で、いのちが尊重される自治が実現できるような政治を求めます。

ひとりひとりの人がそれを自然と求めていくような、自由な風を起こしてくれている安冨歩さん、仲間の東松山と近辺の皆様。遠いけれど 祈りつつ、応援しています。




【こんな動画もありました】
丸木美術館での安冨歩さんと片岡祐介さん。今年の3月。


上記動画の企画の中、丸木夫妻の描いた原爆の図の絵に聴かされている音楽の動画作品です。

安冨歩、片岡祐介、新雅史
この作品は、原爆ドームの前で、原爆の死者に祈りを捧げながら、その霊感を受けて3人が共同で作曲した。我々は、これを原爆の死者の魂による作品と感じ、その成果を我がものとしようとするならば、その怒りを買い、想像を超えた罰を受けるのではと恐れるがゆえに、ここに全ての権利を放棄する。我々をこの判断へと導いた刈部謙一氏に感謝します。

That day in Hiroshima, the sparkle of life was lost (2016) Ayumu Yasutomi, Yusuke Kataoka, Masafumi Arata We composed this piece of music in front of the Atomic-Bomb Dome in Hiroshima, praying for the victims of the bomb. While it is us who made the music, we strongly feel that it comes not from us but from the victims’ souls. For that reason, we do not wish to claim any rights for this music, thinking that we will be punished by the angered souls if we did so. We express our gratitude to Mr. Karube Ken'ichi, who advised us on this decision.
楽譜 / Free Score https://goo.gl/lpRLkd


2018/06/24

2018年6月23日 沖縄慰霊の日 全戦没者追悼式 平和の詩「生きる」 朗読動画

今年の慰霊の日。私の想いはまた別に書きます。
毎日新聞ウェブ版から、全戦没者追悼式での平和の詩の朗読、
沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子さんの詩の朗読を是非お聴きください。



沖縄慰霊の日
平和の詩「生きる」全文 (朗読 動画あり) 

毎日新聞2018年6月23日 12時43分(最終更新 6月23日 22時37分)

https://mainichi.jp/articles/20180623/k00/00e/040/310000c



「生きる」
  沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

 

私は、生きている。

マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、

心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、

草の匂いを鼻孔に感じ、

遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

 

私は今、生きている。

 

私の生きるこの島は、

何と美しい島だろう。

青く輝く海、

岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、

山羊の嘶き、

小川のせせらぎ、

畑に続く小道、

萌え出づる山の緑、

優しい三線の響き、

照りつける太陽の光。

 

私はなんと美しい島に、

生まれ育ったのだろう。

 

ありったけの私の感覚器で、感受性で、

島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 

私はこの瞬間を、生きている。

 

この瞬間の素晴らしさが

この瞬間の愛おしさが

今と言う安らぎとなり

私の中に広がりゆく。

 

たまらなく込み上げるこの気持ちを

どう表現しよう。

大切な今よ

かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

 

七十三年前、

私の愛する島が、死の島と化したあの日。

小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

草の匂いは死臭で濁り、

光り輝いていた海の水面は、

戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、

燃えつくされた民家、火薬の匂い。

着弾に揺れる大地。血に染まった海。

魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 

みんな、生きていたのだ。

私と何も変わらない、

懸命に生きる命だったのだ。

彼らの人生を、それぞれの未来を。

疑うことなく、思い描いていたんだ。

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

仕事があった。生きがいがあった。

日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

壊されて、奪われた。

生きた時代が違う。ただ、それだけで。

無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。

奪われた命に想いを馳せて、

心から、誓う。

 

私が生きている限り、

こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

もう二度と過去を未来にしないこと。

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。

生きる事、命を大切にできることを、

誰からも侵されない世界を創ること。

平和を創造する努力を、厭わないことを。

 

あなたも、感じるだろう。

この島の美しさを。

あなたも、知っているだろう。

この島の悲しみを。

そして、あなたも、

私と同じこの瞬間(とき)を

一緒に生きているのだ。

 

今を一緒に、生きているのだ。

 

だから、きっとわかるはずなんだ。

戦争の無意味さを。本当の平和を。

頭じゃなくて、その心で。

戦力という愚かな力を持つことで、

得られる平和など、本当は無いことを。

平和とは、あたり前に生きること。

その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 

私は、今を生きている。

みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。

一日一日を大切に。

平和を想って。平和を祈って。

なぜなら、未来は、

この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

 

大好きな、私の島。

誇り高き、みんなの島。

そして、この島に生きる、すべての命。

私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 

これからも、共に生きてゆこう。

この青に囲まれた美しい故郷から。

真の平和を発進しよう。

一人一人が立ち上がって、

みんなで未来を歩んでいこう。

 

摩文仁の丘の風に吹かれ、

私の命が鳴っている。

過去と現在、未来の共鳴。

鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。


 (沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子さん)









参考記事:読む・考える・書く http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/07/01/201311
2018/06/20

天災と人災と戦争の責任  そして想像力

大阪の地震にあわれた関西の方たちの無事を状況の回復を心よりお祈りします。
どうか、これ以上 揺れませんように・・・。

家族がケガをしたり、ちいさな家族とはぐれたり、家や土地や日常のすべてが 前とは違う不安な時間のなかで過ごされている皆様が、はやくまた安心して眠れる日がきますように。

神様、どうぞ人間の間に 善き力を発動させてください。
天災に乗じた人災が、悪意からも善意からも混乱からもどうか起きませんように。 祈る。





天変地異に乗じてヘイトスピーチを発信し続ける連中に 腹の奥底からの怒りを覚える。
おまえらはもう一度、関東大震災のときの朝鮮人・中国人への大虐殺を誘発したいのか?!許されない・・・
(日本人自警団によって、反発したり発音がききとりにくいとされた日本人たちも殺されている)

『九月、東京の路上で』(ころから社)加藤直樹さんインタビュー
https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/140715/

ツィッター上のヘイトスピーチ対して声を上げている人たちのアカウントを凍結しているツィッタージャパンへの憤りも言葉にならない。(新潟県知事選でも市民派候補者のアカウント使えなくしてた時期あった。ありえない。)

カケの理事長の会見とやらも、地震があって、新幹線が動かないような状況で、岡山で・・・って?無理だし、集まった記者ですら入れない人がいたらしい。
人の不幸の混乱に乗じて、会見の二時間前に地元の記者クラブにファックスしただけで「ちゃんと会見した」なんて・・・(そんでお決まりのワールドカップ日本戦に合わせて、ですか。)
それが、日本社会のなかで最も自由に言論をいえる空間である大学の長だなんて冗談でしょう。腐ってる。
どうしてもアベを庇うなら、「自分が勝手に言ってたみたいです」くらい言えよ!自分より弱い立場のせいにして、「自分の責任は全くありません」って。それで通せるとおもっているのは、天下の政府の権力者の側に自分はいるという、ただそれだけの根拠。

A級戦犯は野放しで、BC級戦犯のほうが罰せられて、最高権力者は大往生でだった戦後日本。せっかく与えられた民主主義も人権も、おおもとではなにも変わらない。大日本帝国的な物の考え方や、都合が良すぎる植民地主義、日本軍の暴力の連鎖構造、その戦争責任の所在が問われることも反省もなく、歴史の事実を歪曲し、ひたすら堕ちていくこの日本国家。この国がここまで来てしまったのは、自らが起こした戦争についての責任の所在が社会的にも個人的にも追及されずきたことが根源に大きく大きく横たわっている。

カジノ法強行採決の乱闘に近い国会の映像も見慣れつつある。よく考えてみなくても、おかしすぎる。
いいかげん許してはならない。このままにしたら日本の戦後民主主義は完全にノックアウトされてしまうじゃないか。

(余談だが、カケ理事長の顔を初めてみて、ラグビーだかアメフトだかで子どもに試合中に暴力を命令し実行させた上でしらを切るどっかの監督とおんなじ目つきでびっくりしたよ。同じようなことやっているオッサンの目つきは似るもんだとつくづく思う。)


もうすぐ沖縄「慰霊の日」を迎える。

住民を殺し、自決を命令した日本兵たちが、自分のやったことを省みないで 戦時のことを賛美するため立てた忠魂碑の一つが、日本軍が使っていたであろう爆弾の形をしていたのを見たときに受けたあの衝撃を、いま思いだしている。

死者たちを冒涜することが、今を生きる人たちを蹂躙し続ける。

ニッポンという国よ
もうやめにしないか
そんな人として恥ずかしいことを

これ以上 上塗りできないほどの恥を どこまで続けるのか

その先に何があると思っているのか


辺野古の工事はすすみ、夏には土砂を投入するという・・・。

こんな状況で、どうしたら顔向けできるようになるのか。学生の頃のように何も考えず、現場に飛んでいってなにかできるなら、いっしょにいられるかもしれない。けれど、今の自分にそのちからはない。そのやり方をしたら身を滅ぼすことがわかるから。

願いが消し飛ぶような錯覚を覚えるほどの巨悪に、それでも向き合う人たちの姿。
無力な自分にやれることは残されているのか




ガザで苦しい生活を強いられているこどもたちが、3・11からずっと毎年三月に東日本大震災の被災者のために復興を願う凧揚げをし続けているという記事を読んだ。

安田菜津紀さんの記事:週間サラダぼうる 2018年3月5日 東京新聞

https://mainichi.jp/articles/20180305/ddm/014/070/048000c


日本の入管に監禁されている難民の方たちが、東日本大震災の被災者のためにペットボトルの容器いっぱいに募金を集めておられたことを思い出す。

どうして、そんなに苦しいところにいて、
むしろその苦しみを生み出す側の私たちの社会に生きている他の人の苦しみを想い 行動することができるのですか

涙があふれてしまう


私たちの社会はどうして
ここまできてしまったのだろう





効力がないといわれても祈りをやめることなく
誰もみていなくても自分の想いを書き続けることしかない


2018/06/17

ヒップホップと『風の谷のナウシカ』の話

ドキュメンタリー映画 「自由と壁とヒップホップ」(2008年)http://www.cine.co.jp/slingshots_hiphop/からダイジェスト版




いつか、パレスチナのDAMみたいな歌をうたえる日本語のラッパーのHIPHOPのライブに行きたいなーー!!!

以前このサイトで、HIPHOP 思想が言葉になり、言葉が音楽になったというのを書いたけど、やっぱり母語で聴ける共感できる内容のラップは格別だからね。言葉を瞬時に理解できると、それが音楽とあいまってグッとくる。

文章(思想や思考)と音楽が融合しているから歌はすごいんだけど、HIPHOPは歌詞が多く情報量があるから、そういう面では更に力があるように感じる。人の感性を掘り起こすにも、事実認識や信頼できる情報が伝わってないと、伝わるものも伝わらない場合が多々あるから。言葉で新しく知ること・学ぶこと・感じることと同時並行で音楽が来るから、DAMのラップはすごいんだな。映画では字幕があるから、彼らの音楽の凄さが分かる(日本であったライブに参加できたとしても、私じゃその真価は分からなかっただろうな・・・。母語で芸術表現や文化を享受できることは、このディアスポラな世界で、特権だ。改めて自戒しなきゃ。)


首都圏であったフェス「THE M/ALL」の存在を、一回目の開催が終わった直後くらいに知って、渋谷まではどの道 行けないけど、これに参加している人たちの存在を知ることができて元気でてた。動画もいろんなアーティストを知れてナイス。またやるらしいので首都圏の方で興味のある方は是非。
「THE M/ALL」https://twitter.com/the_mall0526?lang=ja
直接には行かないにしても、こうしたムーブメントが起こっていることを知っていたい。

このフェスに参加していた仙人掌さんというラッパーの方がこのフェスの曲をつくったそうで。良いし、フェスをやった人たちは嬉しかったでしょうね。才能も人間のセンスもありそうな人が 「政治を学ばなきゃな」って歌ってることに希望を抱く。
聴いてみたい方はこちらを→https://soundcloud.com/dogearrecords/monday-freestyle-prodaru-2?utm_source=soundcloud&utm_campaign=share&utm_medium=twitter

音楽と詩(文学・思想)が更に融合したHIPHOPが日本語でも発展していく様を感じたい。日本在住のラッパーの皆様、ドキュメンタリー映画 『自由と壁とホップホップ』観てない方は是非!!!



表現、芸術/感受し思考し共鳴する生活


怒りも苦しみも生き辛さもを表現に昇華させ、人と共有することから、つながりを生み出し、生きるチカラをお互いに再燃させ、人間としての尊厳ある抵抗を 生み出していく流れ! いのちと尊厳を守る抵抗。
音楽も、歌も、表現も、芸術も、なんにも作品はつくらなくても自分自身を隠さずそのままに生きること。自分自身を知り、他の人間やいのちと交感する。その全て、生きることの全てが 人間を奪わせない文化的な闘いだ。

社会運動や抵抗は、人間の感受性をフルに使った表現である。そこに込められている魂の叫び・呼びかけを受けとめあい、分かち合える歓びをもって、お互いの存在を確認しながら、総じてエンパワメントされていく方向を持ったとき、真価が発揮される。ガンバリズムじゃパワーレスだしナンセンス。お互いに苦しくなったり、権力構造がうまれたら本末転倒。
自由かつ、エンパワメントを強める強力なツールが芸術と表現。音楽と言葉(文学)は人間の魂を強める。CIAが沖縄の音楽をめっちゃ解析していたことが最近明らかになってきているみたいだけど、そりゃそうだ。何よりも国家権力が恐れているのは、ひとりひとりの人間性の解放とその繋がりだから。

久しぶりに、ドキュメンタリー映画 『アマンドラ!希望の歌』(2002年)を観たくてたまらなくなり、注文した中古DVDとどいた。地の果てまでの群集が、歌いながらダンスステップを踏み、少しずつ近付いてくる「トイトイ」。その迫力に武装した白人兵士たちが逃げ出すシーンがあったような気がする。それが観たい。(2002年のドキュメンタリー映画だから予告編とか動画アップがなくて、ここで映像が紹介できないのが残念。)



The personal is political 

この社会世界の中で自分が受けたすべての感情や感覚、そして個人的体験を、社会と個人の関係としても理解していくこと。それが自分を自由にする。まずは自分が生きる歓びと全ての感受性を手放さないこと。感情や体験と社会構造への理解が繋がったとき、いろんなことが見えてくるんだろうと思う。
「音楽や文学に政治を持ち込むな」なんてタワゴトだ。権力に擦り寄る連中のお決まり文句だ。人間の権利や文化への理解が全く無い彼らは、このフレーズに使われている単語の一つひとつの背後に広がる概念や存在意義をなにも理解していない。

表現や芸術の作品、そして自らの生活から文化に昇華させていく時、作品が生まれる。人と直接に交し合わなくても、作品は作者も知らないところで受け手と交感し、受け手の思想と感性を その個々人のうちで発展させ続ける。なにも作品を生み出していない人であっても、生活の中で出会った人を変えてしまうチカラを持っている人もいる。そういう人はその人が信じている何かを確実に発信している、一人の表現者だといえるだろう。


最近、「風の谷のナウシカ」原作を数年ぶりにきちんと読んだ。これまで、何度も読んだのに意味が分かっていなかったことがいろいろあったが、この度は理解できたように思い、感じるものがあった。何度も読んでいたのに、発見ばかりだった。(大学で環境問題を学んだときに、先生がこの原作を読むようにいつも薦めておられたなぁ。)

不朽の作品であることは言うまでも無いが、私自身が平均的寿命まで生きられるとしたら、人類の限界に今より更に直面することは確実である人間の一人であるわけで、そういう自分が、今現在をどう選び、生きるのか。改めて考えさせられている。
本物の作品には作家の思想と魂が込められている。受けとめられるか自分は試されていると感じている。宮崎駿さんの思想がつまった作品を享受し続けてこれた世代の一人として、自分は何を次世代に受け渡していけるだろう。

それにしても、ナウシカ原作の あの壮大な世界観に矛盾しないで、むしろあの世界を表現しきった音楽をつけた久石譲さんの凄味を、改めて痛感した。いい曲が多いから、ちょっと彼の凄さに文字通り耳慣れしすぎて甘く見てた。ナウシカは映画があるから、原作が音と色彩をもって自分の内に入ってくるのだろうなとしみじみした。音楽やアニメーション(動画)、漫画、色彩、それぞれの強みがある。作品をつくるにしても、暮らしの中で作品を受けて感応していくにしても、感想をシェアすることも、ひとりでしかできないこと、誰かとしかできないこと、みんなでないとできないこと、それぞれにあるのだと思う。

最近いろいろ一人考えていたけど、表現・芸術の思想の重なりや連なりに希望を以前よりもっと抱けているようにも感じる。
現実社会の煮詰まりは更に加速されてきている。いいものと恐ろしいものの二極化が著しい。国際情勢も戦争と平和、それぞれを求める力の境界というか、軋轢をすごく感じる。日本政府は途方もなく逆行し続けているし・・・。

時代の激しい流れにさらされ、どうにも疲れやすい。絶望の闇と希望の小さな光の粒が、混ざりに混ざっている。

公害の時代から核戦争の恐怖、東西冷戦を経て 生み出された「風の谷のナウシカ」原作。どんな悲痛な絶望の世界も、生きようと呼びかけ続けたナウシカの物語。原作の再読を大切な友人が今、薦めてくれた理由が、なんとなく分かる気もする。

外界と自分の内のバランスを模索しつつ、自分もどこかで苦しんでいる人も少しでも愛と自由に近づいていける生活/表現を目指したい。



2018/06/16

バジルの枝からアイヌモシリに。

新鮮なバジルが多めに安く手に入ったので、久しぶりにタイの料理のガパオ(バジルいりそぼろ炒め)を作った。

バジルの茎が硬かったので、葉っぱと花をとって、それぞれ料理したんだけど、その茎を何気に軽量カップに挿してみた。
そうしたら、ふいに、故・砂沢ビッキさんの作品を近江八幡のギャラリーNO-MAで昔 観れたことを思い出した。懐かしくなった。

(あ、下記URLページの左上のこの作品ですね。バジルの枝から、これを思い出したのです。http://bikkyatelier3more.wixsite.com/atelier3more/no4

この近江八幡の展示で、ビッキさんの写真集が閲覧用にあって(彼の作品も、そうだけど、彼自身を写した写真集だったんだけど)
これがどうしても欲しくて写真を撮った写真家の甲斐敬章さんに電話して問い合わせたものなぁ・・・。
(ギャラリーで買ったポストカードセットのケースにに問い合わせ先が書いてあったから。「もう手元にも1,2冊しかなくて譲れなくてすみません」ということだった。いまも残念。)


アイヌモシリ(北海道)の旭川より北にある音威子府に、彼の記念館がある。いつか必ず行きたい場所。
◆砂沢ビッキ記念館 アトリエ3モア (冬は雪のため行けないので閉館らしい。)
http://bikkyatelier3more.wixsite.com/atelier3more



アイヌ民族の木彫り師の方たちの伝統的な作品や生活のための民芸品の美しさや気高さ、力強さに加えて
彼は、芸術家として生き物の魂や風の形を木彫や絵や文章で現し続けた。
いのちの艶かしさを果てなく自由に、そして官能的に解放している。

ビッキさんの絵がプリントされてるTシャツも13年くらい着てるけど、洗濯するときはネットに入れるだけじゃなくて、いちいち裏返して洗おう。だいじにしよう・・・・ とか考えてたら、

久しぶりに大好きな歌を思い出した。

塚田タカヤさんの「森の人よ」だ。


「森の人よ」
作詞作曲、歌 塚田タカヤさん  


  俺は想う わずか200年前のこと
  あたりは全部 原始の森だ
  川は流れる その流れのままに
  谷をわたる風 青い青い空だ
  想い巡らせてごらん その頃のおまえの人生を
  深い森に生きる あのなつかしい日々を

 *Yeh Oh 森の人よ Yeh Oh 森の人よ
   Yeh Ah 森に住む人よ Yeh Ah 森に住む人よ

  祈る男たち 踊る女たち
  森をぬけて 歌う声が聞こえる
  俺は夢見る はばたくシマフクロウよ 
  夜空に響く オオカミのうたよ
  思い巡らせてごらん 何千もの鹿たちの群れよ
  あそぶヒグマたちよ わらう子供たちよ

 *repert

  思い巡らせてごらん 殺された多くの魂よ
  本当の自由よ 本当の平和なときよ

 *repert



2005年頃、この歌に支えられて仲間たちに連れられて成人してから初めてアイヌモシリに行った。「北海道」をアイヌモシリだと認識できてから初めての旅だった。(最初っていっても、それ以来いけていないけど。)
いろんな土地で、集落があった場所が森になっていたり、アイヌ民族のお墓が大学の敷地の中で「縄文人遺跡」とされていたり、公園になっていて全く分からなかったりした。北大の中にある骨が囚われている安置所は、なんの立て札も看板もなく、表からは全く分からなかった。旭川でもとてもお世話になった。私は全くお手伝いしていないのに、出来たばかりのチセ〔家〕に入れてもらったっけ。

生き証人の方たちに労力と時間を割かせて、現場を案内して頂いたことを思い出す。たいして学びもせず飛び込み、疲れきった方たちに語らせ続けることを強いていて、それに慣れきっていた。無知で無恥なことも知らない若い自分。

二風谷にも、みんなでヒッチハイクしながら行った。(見も知らない私たちをご厚意で乗せて頂いたのに、疲れてうっかり車内で眠ってしまったどうしようもない自分だったけど・・・。私とぺアになった仲間は災難だったわねぇ・・・。)


もう20年ちかく前になるけど、2000年の秋、高校3年生だった私は大学の入学前テキストで、やがて恩師になる人の文章から生まれて初めてアイヌ民族の存在を認識した。まだインターネットが身近でない時代だったけれど、たまたま高校の選択授業でパソコンでインターネットをして何か調べて感想文を書けというのがあって、アイヌ民族について知りたいと思い検索した。
そして、「アイヌとシサムのウコチャランケを実現する会」のホームページに行き当たった。アイヌの聖地の一つである二風谷に造られたダムについての裁判の資料を公開していた。ホームページに掲載されていた貝沢正さんと萱野茂さんの裁判での陳述を、 声をあげないように泣きながら読んだのを覚えている。(このサイトはもう無い。)

貝沢正さんの息子さん、貝澤耕一さんは今も森を育てるために木を植えておられる。
NPO法人 ナショナルトラスト・チコロナイ http://uwamuki.com/kinobunka/j/kikou/2005.12.21/kaizawa.html

1999年7月10日に九州大学で行われた講演録http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~tomotari/kaizawa.html


歴史を学びなおし、過酷な現在を認識し、自分の立ち位置の責任をうやむやにせずアイヌ民族のシサム(よき隣人)にいつかなれたらと、諦めず願い行動できる自分になっていきたい。

この国家によって全てを虐げられてきた全ての民族、すべての人々。今を生きる方たちと関係を紡いでもらえるような自分を生きたい。

私自身に何もできなくても、それでも
自分の暮らしの中で、昔に出逢わさせて頂いた方たちとの時間や体験と心のうちで出会いなおしていけたら、それは改めて感じ取り、学びなおす機会になるかもしれないのだ。自分次第なんだ。どんなに素晴らしい経験をさせてもらっても、忘れてしまっては、それは忘恩になってしまう。あの方たちが苦痛を経てしか受け渡されなかっただろう証言の数々。亡くなられた方も多い。この方たちが命を削ってまで若かった自分に受け渡したかったものは何だろう。

私の受けてきたものを思い出し、考え続けていく責任が私にはある。そのことを改めて実感した。
お世話になった方にお礼を述べられるような近い存在でもない自分だけど、敬愛する皆様の無事を祈りながら、その思想のカケラをいつか受け継いでいけたらなぁ。真摯に。でも柔らかく。



アイヌ語:ウコチャランケについての萱野茂さんの言葉。
ウ=お互い コ=目的 チャ=言葉 ランケ=降ろす

お互いの目的のために言葉を降ろす・・・。

人の魂を傷つける凶器としてではなく、人と人の間を繋ぎ 生命の輪を廻し続けていくための力を持つ言葉。
何を目的にして言葉は発されるのか。その目的を成就するには、何を守る必要があるのか。

自分はどういう言葉を発しているのか。何を目的にして相手と話しているのか。なぜ、今も稚拙でしかなくても書いて公表するのだろうか。

もっともっと思索を深くするために、学ぶこと、新しく感じることが必要な気がした夜だった。
感謝です。
アイヌモシリに心を向けて眠ります。今夜はもう遅いから明日以降、本棚にある絵本『イオマンテ -めぐるいのちの贈り物』(パロル舎)を読むつもり。たのしみ。

書いたものを読んでくださってありがとうございました。おやすみなさい。
2018/06/14

金敏基(キム・ミンギ)さんの歌から

いつも見に行かせてもらうブログで金敏基(キム・ミンギ)さんという方の歌が紹介されていました。

「常緑樹(荒れ野の青い松のように)」という歌でした。とても素晴らしい。歌も歌声も深くて。海のよう。



常緑樹
(荒れ野の青い松のように)  キム・ミンギ


野に立つ青い松を見よ
見守る者とてなく
風雨にさらされ
吹雪に打たれても
この世の終わりまで
青々と繁る

悲しみと痛みに満ちた過ぎし日
二度と再び
戻ってこないように
汗を流そう
目を覚まそう
荒れ果てた野に立つ松になろう

たとえ我らの持てるもの少なくとも
手に手をとり
涙を流し
我らの行く道
遠く険しくとも
うちやぶり進もう
必ず勝つのだ

(『キム・ミンギ 韓国民衆歌謡の「希望」と「壁」』より)




この歌をきいて、「朝露(アチミスル)」という韓国の民主化闘争の中で歌われ続けている歌を思い出して、うろ覚えしたのを歌っていた。楊姫銀(ヤン・ヒウン)さんという女性が歌っていたというのは覚えていたのだけど。

1975年に軍事政権下の韓国で理由も不明なまま「禁止曲」にされ、歌った人は有罪にされ、それでも抵抗運動の中で歌われてきた歌。(『放送禁止歌』(森達也さん、光文社 2003年)という本で、触れられていて初めて知ったような気もするけど、読んだのももう15年くらい前だから、はっきり確かめてない。実際に私がこの歌を初めて聴いたのは、沢知恵さんのコンサートが初めてだった気がする。)

10年くらい前、韓国・朝鮮 語を教えていた友達にもらった「朝露」の楽譜と歌詞のコピー紙をもらえて、誰に聞かせるわけでもなく、ただ歌いたくて練習してたなぁ。
(『旅の指さし会話帳⑤韓国』の間に挟まっていたなぁ・・・。まだあるかな?と思って、いま本棚みたら、あった~!そうそうこれで練習してたんだわ。だから少し歌えたんだなー。)


昨晩、「朝露」の歌詞の和訳と よみ(日本語発音表記)をインターネットで探したら、「朝露」を作った人が、キム・ミンギさんだったんだってことが分かった。

それを、知った瞬間 なんだか言葉にならない感動と嬉しさがひろがった。



作詞作曲:金敏基(キム・ミンギ)さん
歌:楊姫銀(ヤン・ヒウン)さん

「朝露(アチミスル)」



「朝露」歌詞/가사

きんぱM ちせうご ぷRいMまだめちん
긴 밤 지새우고 풀잎마다 맺힌
ちんじゅぽだとこうん あちMいすRちょろM

진주보다 더 고운 아침이슬처럼




ねまめそるみ あRらり めちRって
내 맘의 설움이 알알이 맺힐 때
あちMとんさねおRら ちゃぐんみそるR ぺうんだ

아침 동산에 올라 작은 미소를 배운다.

てやんうん みょじうぃえ ぷRけ っとおるご
태양은 묘지 위에 붉게 떠오르고
はんなじぇ っちぬんとうぃぬん なえしりょにRじら
한낮의 찌는 더위는 나의 시련일지라.

ないじぇ かのら ちょこちんこぁんやえ
나 이제 가노라, 저 거친 광야에.
そろうM もどぅ ぽりご ないじぇかのら
서러움 모두 버리고 나 이제 가노라.

◆以降繰り返し



歌詞 和訳(李政美さん/이정미版)

長い夜を暮らし草葉に宿る
真珠より美しい朝露のように

心に悲しみがみのるとき
朝の丘に立ち微笑を学ぶ

太陽は墓地の上に赤く昇り
真昼の暑さは私の試練か

私は行く、荒れ果てた荒野に
悲しみ振り捨て私は行く


(https://ameblo.jp/sonnykim/entry-12026258349.htmlより歌詞とよみを転載させて頂きました。)





画家の(詩人でもある?)
洪成潭(홍성담.ホン・ソンダム)さんの版画と詩を、京都の美術館で観て10年くらいかなぁ。
あ、これだったような??
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/notice/art-minjoong_art.htm

洪さんの作品から、民主化闘争の中の人々の想いや失われた魂の声が伝わってくる気がして、めちゃくちゃ感動した。
金さんの作る歌を聴くと、そのときの気持ちが沸き起こってくる。

今、インターネットで検索していたら、洪さん、めっちゃ活躍されているみたい!
http://www.labornetjp.org/news/2015/0725hokoku
丸木夫妻の作品に近い迫力!と思っていたら、2005年に丸木美術館で展示をされていたそう。それは凄かっただろうな。いつか作品をまた生で観たい。丸木美術館、いつかまた行きたい。光州にも。



朝鮮半島の平和への歩みを、いつまで日本社会は無視するつもりだろう。
したことの責任を認めないでは、何も考え始めることはできないのに。

たいまつが蝋燭になり、蝋燭がLEDライトのロウソク型ペンライトになって・・・。
政権を変え、国から国際関係を変えていく韓国の民衆の力。
日本でも国会前で頑張っている方、沖縄の辺野古の現場におられる方、各地のカウンターに出向かれている皆さん。
光を求め続ける彼らとどこかつながっていきたいと願う。祈りつつ、うたいつつ、歩む。