2016/09/10

広河隆一さんのドキュメンタリー映画の予告

ドキュメンタリー映画 『広河隆一 人間の戦場』
http://www.ningen-no-senjyo.com/

2015年の映画なので観るのは難しいかもしれませんが、予告だけでも。



ほんとうに尊敬できる人が存在してくれる

そのことで
まだ人類へ絶望しきらなくてすんでいる

そうした感想を持って安堵して終わるのではなく
勇気を持って 自分の歩みを踏み出していきたい





2016/08/31

夏の終わり


何も出来ないと思わないでいい

生きているだけで
あなたの存在に支えられている何かがある
つながっていく何かがある

それが何かを明確に言い表す力を私はまだ持たないけれど



あなたが生きてくれていることに意味がないわけないじゃない





もうこの世界にいないあの人が私の内に生き続けられるように
そんなふうに生きていけたらって思ってるよ

2016/08/29

おぼえがき

酷いことが起こり続けて
暗い急な坂道を転がり続けても
権力をほしいままにしている彼らに怒る余りに
自分を正義と思い込まないように

そうするうち闇の力に蝕まれてしまわないように


しあわせとは何か
愛とは何か
愛するということはどういうことか
なにを待ち望んでいるのか
そういうことを、心から、魂から、ほんとうに考え
しっかりと手放さずいなければ

人と共に生きるということへの希望を持てるよう
いつも私を守り支えて下さる方

あなたのように歩めずとも
常にあなたを目指して歩む

あなたの前に一人たたずむ人々と
国も民族も格差も超えてつながっていける

地には平和が実現する

その日を「楽観も悲観もせず」に ただ、目指し行く
2016/08/15

2016年8月15日 敗戦の日に



今日、8月15日。

日本がしかけた戦争に負けをやっと認めて発表した日。
誰が、何のためにあんなにも殺されなければならなかったのか。
人を殺したのか。殺させたのか。

フィリピンで日本兵の銃剣の上に放り投げられ、突き殺された赤ちゃんを見たというかつての少女に私は出逢った。かつての少女たちは、自分があまりにも幼いとき、日本兵の性の奴隷にされたと私に話して下さった。

中国の南京にて、家族のほとんどを惨殺され生き残ったという少女が おばあさんになって、日本に話しに来て下さったことがあった。彼女は、一緒に暮らしていた赤ちゃんが、日本兵により壁におもいきりなげつけられ殺されるのを見たと話しておられた。

日本の兵隊に召集され、戦争が終わったら、こんどはシベリアに抑留されたという韓国のおじいさんのお話を、12年ほど前に確か大阪で聞いた。

日 本軍に性奴 隷にされた台湾のおばあさんが被害を証言をされているとき、様子を詳細に思い出し話しながら、ふと上を向いた目線を忘れられない。その目線の先には天井から部屋の中を覗き見ていたという、何人もの兵士がいたんだろう。そのおばあさんも亡くなった。

5歳の時、ヒロシマで被爆されたオモニ(おかあさん)。
その人の息子である金さんは被爆二世だった。ほんとうに細い人だった。出逢い分かれた数日後亡くなった。まだ30代前半だった。

植民地支配や強制労働のなかで、身体を弱め、ハンセン氏病にかかり、殺されたり隔離されたりした人たち。
どうして、ずっと閉じ込められなきゃならなかったのか。(戦後の話になるが病気の妻の死に目に会わせてもらえなかった人もいる。)

東京の品川でアメリカ軍の捕虜を使った竹やり訓練を、23歳の時に実際にさせられたと話す日本のおばあさんと出逢えたのは、私がまだ20代半ばのとき。すこし認知症の彼女の口からでた「戦争なんて、ほんとうにしなけりゃならなかったのかね。ね。」という呟きが忘れられない。

先日、85歳の女性と話していたときに、この竹やりの訓練がいかに一人ひとりの心に傷を持たせたかを始めて理解できたように感じた。好きな歌も、思ったことも言えない状況がほんとうに嫌だったと彼女は話して下さった。

私の祖母は90歳を超えて認知症がはじまっていたとき、私の質問(戦争が始まった時どうだった?)に明確に答えた。
「みんな気付かないのよ!気付かないようにやるんだもの戦争なんて!!」。
関東大震災と東京大空襲を生き残った彼女も亡くなった。

祖父は、中 国の山東省に派兵されていた。彼が見たこと、したことは分からないけれど、少なくても新兵の時代にきっと人を殺させられただろう。そうしないと自分が殺される。それが日 本 軍だから。
きっと戦争がほんとうに嫌だったんだろう。生前の彼を知らない私にも伝わってきたことがいくつかある。

祖父の兄も中国で戦死している。弁護士になり、多くのひとを助けるはずだった人だ。


沖縄での地上戦。信じられないような人数が死んだ。
生き残った人も「死んだほうが良かった」と思うほどの苦しみを味わったときく。
疎開するための船もたくさん沈没した。

東京大空襲。
日本各地の空襲。機銃掃射。
ヒロシマ、ナガサキでの原爆投下。

泥沼のフィリピン戦に、どうして人を更に送り続けたのか。みんな周辺海域で沈められていった。

せめて、あと半年はやく戦争を終えていたら? もっとはやく負けを認めていたら?そうすれば、死なずにすんだ人が大勢いるんじゃないか
そう思わずにはいられない。




慰霊は、
「死んでくれて、あなた方の犠牲があって、いまの平和があります。ありがとう」ではいけない。
決して。

みんな死ななくてよかったんだ。殺されなくてよかったし、殺すはずじゃなかった。
みんな普通に生きて、暮らして、自然に任せて死んでいけたらどんなによかっただろう。
死んでいった人たちの無念さに、
生き残った人たちの心の中に残されている傷や、苦しさ、悲しさ、そして憤りに対して、だれか責任をとったか。
誰もとっていない。
いや、そもそも、とれるもんじゃないけれど。
でも、とろうとしようよ。せめて。

私は国家の代表でも、民族の代表でもないけれど、
一人の人間として考える責任があると思う。
自国の加害の責任を感じながら
受けた被害も考えて、少しずつでも歴史から学び、
戦争というもの本質を見極めたいと思う。

戦争は、
人間の、そして、すべてのいのちの連鎖を破壊する力を持ってしまった。

戦争はしてはいけない。
勝とうが負けようが関係ない。
戦争はいのちの敵だから。
戦争をさせないために、必要なことは
戦争をしたくてしかたのない国家をつなぐ首輪を手放さないこと。

憲法を変えてはならないよ。

古今東西、今昔、世界中の戦争の犠牲になったひとたちが切望した「殺したり殺されたりしない権利」。
それは、やっと辿り着いた人類の権利、いのちの権利なんだから。

2016/08/09

2016年8月9日 福島菊次郎さん

「ピカの毒にあたってこのざまだ。仇をとってくれんか。」
生涯をかけて中村さんのその声に応じた福島菊次郎さんの遺したものをもっとみたい。


『ニッポンの嘘-報道写真家 福島菊次郎90歳』予告編(2分)


BS11アーサー・ビナード日本人探訪 山口県福島菊次郎(24分)
敗戦までどう生き残ったかのインタビューがあります。
2016/08/03

起てよお前は朽葉ではない
                           永瀬清子
起てよお前は朽葉ではない
地中にお前の白い鬚根を
光のようにさし伸せよ。
遠山に雪の消えゆくままに
流れだせよほとばしれ。
世の中にはいまやお前の歌がいるぞ。

自分のことで悲しむ前に
お前の翅に気がつけよ
お前の翅に気がつけよ。
2016/08/03

小さくて大きないのち

ひょんなところで、
久しぶりに赤ちゃんを抱っこさせてもらった。

はじめまして。

すべての人が
こんなに小さな人から始まった。

いのちの重みは
油断すると腕から抜け落ちそうで
短い時間
一生懸命 手にちからをこめた。


すべての人が
長い時間をあっという間に駆けぬけて
大きくなっていく


なのに

突然
愛しい人たちの時間は奪われる

昨日でも
何十年も前でも

その人たちにとっては
生涯の苦しみで終わることがない

それに対して責任のある強者たちは
せめてこのようなことが二度とおきないと約束しなければならないのに


いのちはたいせつだとか
かけがえのないという
あまりにも必要最低限の前提すら滅びつつある社会で

ひとりの小さくて大きないのちを抱きしめて
新たになる想いがあった

ありがとう

あなたのために
もっと頑張っていけたらと思うよ






(20160527)

2016/07/15

友達

ほんとうの心のままに口に出せ
それを受けとめてもらえる
また言葉をもらって
いつまでも楽しくて
発見して

こんなしあわせあるんだな

夢みたい
夢じゃない

ずっと出逢いたかった

大好きなあなたたちへ
心からの感謝と愛を

どうか生きていて

離れていたとしても
きっとまた会える



2016/06/27

平和を構築する

平和とはとても言えないこの社会/世界で
それでも感じられる しあわせ

そのすべての前提となっている「平和」の
かけがえのなさを感じ、共有していくことは大切なことだと思います。

今年の沖縄慰霊の日(毎年6月23日)を経て、改めて感じたのは、
人類の苦しみや悲惨さを 受けとめようと努めることは、真の幸福とは何かを模索することなんじゃないかということでした。
闇から目を背けていては、光の明るさやあたたかさの かけがえのなさが分かりません。目を背けるままにしていたら、気付かないうちに闇に呑み込まれてしまいます。

戦争は平和なときにある当たり前の、何もかもを奪います。
例え 「勝つ」側になり命が無事としても、人間の心を壊されてしまいます。
人々は、
愛することや育むことでなく、殺すこと・排除することを求めるようになり、
自分が助かるために、もしくは自分の支配力を拡大するために、誰かを標的にし攻撃していきます。
そうやって、簡単に手に入る、安心と結束の喜びを得ようとしてしまうようになります。(いじめと戦争、そして差別は同じ構造のものであるのだと強く感じます。)

私はそういう世界は嫌です。
起きている戦争、これから起きる戦争をとめたいと心から願う一人です。


戦争をとめるために、なくすために、必要なことは何でしょうか。

何かの社会的活動をすること、例えばデモにいき気持ちを表現していくこと、人と出会うことも大切なことだと思います。

けれど、おそらく最も重要なことは人と人の間にある信頼の回復がなされていくことではないかと思います。
信頼こそが人間の愛を育み、愛と愛とを結び合わせ、
愛こそが、いのちをコマにさせない根拠として最も力を持つものだと強く思います。





もうこれ以上戦争を繰り返さないために、戦争をしてきた過去に目を向けることはどうしても必要なことです。
けれど、苦しみに目を向けることは、口で言うほど簡単なことではありません。
関係性の乏しい孤独な世界を生きている人に
突然に向き合いを求め迫っても、それは無理なのかもしれません。
日本の加害の歴史や現在を見ることは、一人きりでするには、辛すぎることなのではないかと思います。

分断に分断を重ねられてきた結果、他者を貶めることでしか、人とつながる方法を持たない孤独な人たちが社会に溢れています。だからこそ、ここまで右傾化し、歴史修正主義者が大手を振っているのだと思います。

この歪んだ社会で、正義や道理を主張するのはとても大切なことです。
同時に、この不正義がどこから生じているのかを考え、
巨大な不正義を形成している一部として生きているひとりひとりのことを、切り捨てないで考え、
自分自身も不正義の一部であるという自覚を持つことが大切なことと思います。




人は、尊重されて、初めて他の人をより大切にできるようになります。
愛されて、愛せるようになる。

こんなご時勢で、お互いに余裕のない暮らしだけれど、
近所の人に挨拶するとか、労働して下さっている人にお礼を言うとか、周りの人と思ったことを話し合う時間をつくるとか、
そういう小さなことの積み重ねがあって初めて、 人間を尊重し合える世界を求めていると言える のかもしれません。

どんな状況の人とも、隣り合い生きてけるようになるための想像力。
誰しもが持っているはずの、その想像力を花開かせるため、必要な行動・表現とはどのようなものか。
お互いに助け合える人間関係は、どうやって構築され、拡がっていくのか。

戦争の対極の世界、お金や権力ではなく、いのちを大切にする世界を実現するために、そうしたことを念頭において、実践していけたらと願います。

2016/06/12

ファンファーレ・チョカリーア

久しぶりにファンファーレチョカリーアの音を聴いたら、
2008年10月18日びわこホールに彼らが来てくれたコンサートに幸運にも行けたことを思い出しました。

やー、あの時は心底たのしかったんです。
うっかり忘れていたけど思い出しました。
演奏時間が終わっても舞台から客席へ、そしてホールで(チップを集めながら)パフォーマンスする彼ら。
その隣りで音にあわせて踊ったんでした!

自分の中にたくさん宝物があるもので。

いい思い出にもほろ苦いものがあり、
悲しい思い出にもほの明るいものがあり、
忘れていく自分も悪くないけど
こうしてポツリポツリと思い出せるところにきたんだなと思ったり。

久しぶりに聴くチョカリーアの重低音。おすすめです。



2016/06/05

「私がいじめられていた時のことと、今つらい人たちへの手紙」について。

こんにちは。
ここを覗いて、私の稚拙な文章に目を通して下さるあなた。ありがとうございます。感謝します。

10年前にかいた「私がいじめられていた時のことと、今つらい人への手紙」という文章を
このブログにずっと掲載していました。けれど、この度、 降ろすことにしました。

当時、教育基本法が改悪される直前で、いじめの自殺報道があまりにも意図的にされているように私は感じていました。
悔しくて悶々としているところに、
灰谷健次郎さんの『太陽の子(てぃだのふぁ)』を読んで、心底感動し
自分にもやれること、書けるものを書かねば とパソコンに向かいほぼ一気に書きあげた長文でした。

思えば、いろんな人に読んでもらえたなぁ・・・という気持ちがあります。
みなさんに私の体験を受けとめて頂いたことが、魂の糧になってきたことは間違いありません。
「誰か」のために書いた文章が、「自分」のためのものともなる。
それは、10年経っても変わらない・・・ いえ、もしかしたら重ねた時間のぶんだけ意味を持ちえたのではないかと思います。

文章を書いたその後も
職場や個人的な人間関係の中で、同じような問題が発生し、とても苦しみましたが
それまで「死なないで」と呼びかけてきた以上、自分が死ぬわけにもいかなくて、
なんとかいのちを投げ出さずにここまで来られました。
躓きも、不幸に見えることも、ここに至るまでの道程になったのは
生きてこられたからです。
私を見守り、支えて下さった神様に、そして周りに居続けてくれた愛する人たちに感謝する他ありません。
「いじめ」られて奪われてきた、
もしくは自分の身を守るために自ら捨ててきたものを、
ひとつひとつ拾い上げ、手渡され、学びなおし、回復してきている実感があります。

そんな日々の中で、
自分の傷を世界に広く曝けることを、ちょっとお休みしたくなりました。
ひとりひとりに手渡していけるようにしたいと思いました。


それぞれ、何かしらの傷とか重荷を背負っていると思います。
PTSD(心的外傷)とかトラウマと、口でいうのは簡単だけど、
日々の日常の中に織り交ぜられる後遺症は、根深く、本人にしかわかりません。

それが誰のどっちが大変か そういうのを比べるんじゃなくて、
たった一度の人生のなか、避けられない山がそれぞれにあるってことを尊重して考えることが大切と思います。
みんな生涯をかけて、自分の中にある大きな山に向かいあって歩んでいく。

お互いの山に登りあうことはできなくても、
自分の山に向き合うことで誰かを励ませることがあるのかもしれません。

私の辛かった体験を読んでくださった方に感謝しつつ、
「今つらい人たちへの手紙」を、このブログを通して書き続けていけたらと願います。

良かったら、これからもよろしくお付き合い下さいませ。

感謝をこめて

                                     2016年6月5日



2016/05/19

信頼

信頼は
人間の根底にある愛情を育む















2016/05/10

大きなことに目を向けて
正しいことを言っている
けれど
誰かを踏みつけている自分のことには気づかない

自身が加害側だということを忘れ
被害当事者に「寄り添い」
大きな声をあげ


きっと何よりも大切なことは
利用された人たちを
これ以上 利用しないこと
だったはずなのに

正義の実現は
ここもあそこも行き詰まる


自分の正しさのみをどこまでも信じてしまう人のみがその場に残っていく

そこに希望はあるのか


2016/05/05

1991年湾岸戦争の翌日のサンダースの演説

◆古い日記の続きの日記http://kokousa.exblog.jp/というブログがあります。
とてもいい文章で・・・ いつも感動しています。
是非、みなさんにも読んでほしくって、勝手に紹介してしまいます。
(管理者さん、すみません)

上記のブログで紹介されていたアメリカのサンダースさんの1991年の演説映像に感動して、このブログでも紹介したくなりました。

ムヒカ大統領のスピーチが光を浴びていますが
こちらも広がればいいなと思います。

私たちの国は2003年からのイラク戦争に積極的に加担し、いまの泥沼の戦争と、「テロ」に怯える現状を生み出しました。

グローバリゼーションと環境破壊。貧困。飢餓。

これらの問題を引き起こす「先進国」加害側にいたはずの
私たち日本に住む人も、終わらない戦争にまた突入していき、
弱者切り捨ての構造が激化するなかで一人ひとりが潰されてきています。

こうしたことについて、
改めて考えなければならない時だと思います。





2016/05/01

71回目のお誕生日を前に

もうすぐこの国の最高法規のお誕生日。
来年は、この5年、10年で どんな状況に?
情勢を跳ね返す力が自分にないのか、どうにも気が遠くなってしまう。

自由に生きる権利を
当たり前のことだと思っていると
国家というモンスターに気がつかないうちに丸呑みにされてしまうだろう。

巨悪なモンスターを繋いでおく鎖と首輪が憲法であることは言うまでもない。

人類の歴史に、しかも幸運にもこの国に
やっと
建前であっても人間に権利があるという瞬間が、どうにかこうにか訪れたというのに
このまままた野放しにするのか。
先人たちがいのちを捨てても手に入れられなかったこの権利は、このまま溝に捨てられるのか。


小学校の時に、先生に教えられた。

 「人間は間違いを犯します
 だからこそ振り返り、もう過ちを繰り返さないように歴史を学ぶのです。」


私は歴史から学びたい。

一人ひとりが大切にされる世界がほんとうに来るように。
人は、権力者のコマでもオモチャでもない。兵隊でもない。奴隷でもない。

私に、なにができるのだろう。
ささやかに懸命に生き、人と想いを重ねていくことのほかに。

考えることが大切。それは、分かる。
でも怖い。悔しい。
このままあの人たちの暴走に途方にくれるしかないのか
って思ってしまう瞬間が多々ある。

何が
なにができるのだろう。
今!
2016/04/01

2016年4月初日

揺れるときほど真価が問われ
自分が何を本当に大切にしようとしているのかが明らかになる

苦しいことや悲しいことがあって
はじめて自分の置かれている幸福に気付けることもある

この春が
どんな日々になるかは
私次第なのかもしれない

小さなうそが許される日に
うそではない 始まりの日を
2016/03/22

生きる喜び

生きなおせる歓び!

もうすぐあの日がやってくる

新しく己を立てる日が


それまでに
できること
もうすこしだけ
2016/02/21


いつもリスタート
今この場所から!

めぐりだす新鮮な気持ちたち

満開の梅
春のにおい
山の表情

一つずつ
気付いていけたらいい















2016/02/09

音楽は人を、世界を動かしていく

大好きなブログで書かれた記事と映像から、
久しぶりに一曲聴いた。
忌野清志郎さんの『JUMP』。
かっこよすぎで泣いちゃった。

私はこの歌を歌っている人が大好きだった。
ライブに二回も行けたことは私の人生の財産。
歌手として生きて通してくれた人。
音楽が世界を変えることを誰よりも立証してくれた偉大なる一人。
天国からでも諦めないで歌ってくれているってわかる。

清志郎さん、ありがとう。
私もがんばっていきます。


2016/02/08

光と闇

闇が深ければ深いほど
光はお互いを見つけやすい

あなたこそが光となれ
2016/01/19

こわいときは
挑戦する方へ!
2016/01/16

1月16日 土曜日

「私はここにいる!」と泣き叫んでいたあの時の私がいたから今がある。

今だって色々ほど遠い
けれど
昔より自分のことがすき。

そう言えるようになったのは
数えきれない あなたのおかげで。

ブラームスの間奏曲を聴くたびに憧れる何かに、いつか到達する日がくるといいな。


2016/01/08

酷い世界の中でも

しあわせも平和も
感じなければ
ないのと同じになってしまう

どんなに酷い世界が展開されていくのだとしても
自分自身の心のうちや
周りのいのちとの関係のなかから
幸福なもの
希望となるものを
見出していく
そういう不断の意識が求められる

こんなに酷い世界だからこそ
私たちのなかから、何か善きものを放っていきたいと願わずにはいられない
2015/12/27

所感

学校は競争と優勢思想と軍隊とをミックスした場所に成り果て
こどものひとたちは
いじめという戦争を延々と続けている/続けさせられている
(きちんとした非暴力教育プログラムを組んでいけば、いじめはなくなっていくが、それは意図的に避けられている。)

いまや
おとなのひとの世界もいじめだらけ


この苦しみが終わるとは思えないと
人生を終わらせてしまった人たちがたくさんいる

死んでしまった人は戻ってこれない
もう二度と会えない
いのちの時がとまってしまう

こどもたちが自ら命を絶つことの背景を
もっと深いところから考えないと
事態は底なしに悪化していくだろうと思う


この社会の異常さはそこここに現れていて
その理由はひとつの大きな流れから派生している

こうした流れの中、その流れに乗るのではなく、
自分はどう生きるかが 静かに強く問われている

苦境にある人、特にこどものひとたちが
暗闇の中でも未来への光を見出せるよう
自分自身も、世の中(人々)に希望を持てるように歩み
寄り添う中でその光を示せたらと希う