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2019/12/06

首相の辞任、内閣総辞職を強く求める

 わたしたちの国の首相は公金を私物化を重ね、また新たな事態が発覚してもその証拠をシュレッダーで破棄し、「それをしたのは障害者職員だった」と平然とのたまっている。
昨日の新聞を読み、怒りで震えがきた。
いつまでこの男を野放しにするのか。
人々が水害で家を奪われて命の危険に曝されている際に、それを知りながら酒盛りをしている政治家たちの筆頭であるこの男を!

自衛隊を中東に派兵したら、更なる混乱と状況の悪化が起きるだろうことは明白だ。

 昔、中村哲医師が講演会で、「一昔の中東では日本はアメリカとの戦争で原爆まで落とされたのに経済復興した国として親しまれていた」と聞いた。しかし、アメリカ政府に具体的に加担しだしてから日本への視線は変わってきていると。憲法九条が日本を守ってきたこと、もし破棄することになれば、それは本当に致命的な危険を招くことになるとおっしゃっていた。
 
 2003年3月、アメリカ軍によるイラクへの攻撃が始まり戦争が開始されたときに現地におられた映像ジャーナリスト綿井健陽氏の映画『リトル・バーズ』で観た一シーンを思い出す。空爆が始まった直後、一人のイラク人男性の叫び。「ブッシュと手を組んでいるお前ら日本人を絶対に許さない。お前ら日本はこれから百年間覚えておけ!覚えていろよ!!」
彼は激怒しながら砂嵐と爆煙の街角に消えていった。何度も振りかえり、指差し叫びながら。

 2001年9月11日。旅客機がツインタワーに突っ込み崩落する様を大学1年生だった私は下宿先のアパートのテレビの前で一人で震えてみていた。そのとき、私の付き合っていた相手は高校を卒業したあと自衛隊に所属していた。そのときに、私は彼が戦地に行かねばならなくなると直感した。しかし、殺されることがあっても侵略に加担させられるという視点はなかった。今思えば、日本の戦争の歴史を全く知らなかったのだ。その後、アジア・太平洋地域で第二次世界大戦時(もしくはその以前からの15年戦争)で、日本軍がどれほど残虐な殺戮を行い、植民地支配と占領をしてきたのかを知り、沖縄戦を知り、日本の軍隊が「自衛隊」に姿を変えたとしても軍隊は人間を守らないことを学んだ。軍隊は国家を守る。国家はいのちより権力と資源や金を求め、人を見捨て殺すことを気にも留めない。

 日本社会は、自分たちの社会がどうなっていくのか思いもしないのか。政府は「不景気」になるように人間の権利と労働環境を削り取り、排外主義とナショナリズムを意図的に高めている。人々がまた戦争に突入していくことを望むように仕向けているようにしか思えない。

 米軍や基地への莫大な税金贈与し続け沖縄を基地として提供し続けてきた日本政府と社会。
9.11以降の米軍のアフガン・イラク戦争への自衛隊は「後方支援」をした。2003年にはイラク派兵もされ、2004年には人質事件も起きた。その後、香田証生さんも伊藤和也さんも後藤健二さんも殺された。2012年から五年間のスーダンへの派兵があった。そして今また自衛隊を中東地域に派兵することが発表された。しかもこれまでの派兵と、また一線を画す内容で、だ。
特定秘密保護法も施行され何年も経ち、市民が情報を得る権利ももう保障されていない。なし崩し的に、いよいよ戦争に突入している。
私の父方の祖母は生前、「戦争が始まったときみんなどうだったの?」と質問した私に、「みんな気付かないのよ!気付かないようにやるんだもの戦争なんて!!」と間髪いれず叫んだ。すこし認知症が始まっていたとは思えない明瞭な答えだった。


 こういう中で、9・11のようなことが自分たちに起こらないとどうして思えるのか。自分たちだけは安全だと?それは都合のいい思い込みであり虚構だ。
原発になにか撃ち込まれたら、どのようなことになるか。フクシマで原発が爆発してもまだ分からないのか?
それとも、東京よりも米軍基地や自衛隊の基地が集中している沖縄が標的になるだろうと高をくくっているのか?
ハワイを植民地化し、基地化し、狙いやすいようにして 日本軍の「奇襲攻撃」から第二次世界大戦に応戦した米国のように?

 中村医師が殺されたのは、ただの「紛争地の治安の悪化」ではない。この20年のアメリカの戦争と侵略、それに追随してきた日本政府と社会の姿勢が大いに影響している。戦争は天災ではない。干ばつだって気候変動の地球規模での進行が背景にある。アメリカと日本の政府がどれほど未来を食い物にして、自己中心的な横暴に身を任せているのかに対して、改めて考え意思を表明して生きることが必要だと感じる。

 首相は、特にここ数年の民主主義の破壊について責任をとり即刻辞任するべきだ。彼らがそうできないなら、市民の批判からそうさせなければならない。このような人間を権力の座に放置したらわたしたちの未来は滅びでしかない。思考停止は現状放置という選択である。私はこれからを生きる子どもたちに将来、戦争と飢餓を味わわせるような選択をしたくない。今まで頑張って社会を築いてきた先達たちが、年老いて医療も受けられないような社会は許せない。
私はアベ政治、現内閣の在り方を断固拒否する。何ができるかはわからないが、その決意をここに表明する。この気持ちを分かち合い、共有し、共にそれぞれの生活から狼煙をあげたい。


2019/12/04

「武器ではなく命の水を」 医師 中村哲とアフガニスタン

今日、中村哲先生の訃報を知り、呆然としながら観ました。
いつまで観られるかわからないけど、一人でも多くの人と共有したく動画をアップします。



彼は立って、群れを養う。
主の力、神である主の御名の威厳を持って。
彼は安らかに住まう。
今や、彼は大いなるものとなり
その力は地の果てに及ぶからだ。
彼こそ、まさしく平和である。
アッシリアが我々の国を襲い
我々の城郭を踏みにじろうとしても
我々は彼らに立ち向かい
七人の牧者、八人の君主を立てる。(聖書 ミカ書5章3節から4節)



 すると、ある律法の専門化が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスが、「律法に何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」
しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。
イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると道の向こう側を通っていった。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱して下さい。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」
そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」
                  (ルカによる福音書10章25節から37節)



(2019年12月6日 追記)
 ペシャワール会の中村哲先生が、凶弾に倒れ亡くなられた。訃報を知り、言葉がでなかった。悲しくて、やるせない思いでいっぱいになった。晩御飯を作りながら泣いた。
 私は20代前半に暮らしていた京都で幾度か先生の講演会にてお話を聴く機会に恵まれた。初めて講演を聞いたときは井戸を200箇所ほど掘ったとお聞きした。そして、その数年後には灌漑水路のプロジェクトを成功させておられた。水路に初めて水が通るところを笑顔で歩いていく先生の後姿と、出来る前に灰色一色だった大地が一面緑の穀倉地帯になっているスライド写真に移ったときの衝撃と感動は今も忘れられない。「一人の人間には、ここまでのことができる力があるのか」と天を仰ぐような気持ちで先生の講演を聞いていた。飄々とした佇まい、朴訥としたどこまでも穏やかな語り口だった。

 80年代にハンセン病患者のために国境なき医師団に入られ、アフガニスタン難民の人たちと出会い、アフガニスタンの地に活動を決め、診療所をつくり、人々の命と生活再建のために干ばつの大地に立ち向かい、緑を甦らせた中村哲先生。そのお働きを支え続けたご家族とペシャワール会の皆様、アフガニスタン現地の方たちの喪失はいかばかりだろう。現場で共に殺された方たちの無念さを想う。
新聞を読むとご長男が私と同い年だった。先生のお連れ合いの尚子さんは夫を日本から、国境なき医師団の働きに送り出された。そういう中で、幼いお子さんたちを育てあげられたのだろう。貧困と干ばつの地、そしていよいよ戦乱の地になっていったアフガニスタンに送り出し続けられた。米軍による機銃掃射で危なかったことなど、現地での話を聞くたびに寿命が縮まったであろうと思う。めったにない帰国滞在されるときに家で休んでほしくても、全国各地での講演会に送り出されていたのだろう。先生は講演会で支援を訴えられていた。寸暇をおしんで医師として病院でも働かれ、活動資金の足しにされていたと聞いたことがある。本当にご家族のご労苦と理解が先生の偉業を支えてこられたのだと思う。中村哲医師に惚れ込んだペシャワール会のおひとりおひとりの地道な活動と募金があって、各地の講演会を企画した人たちの働きと、そこに集まった人たちの共感が資金となってあの緑の大地は実現した。

 訃報を知った昨日の夜、上記のETVドキュメンタリーを改めて動画で観た。
初めに診療所を作るときに、哲先生は集まられた村の長老たちに「あなたたちの築いてきた文化を踏みにじるつもりはありません」と話し、「あなたも、すぐに去ってしまうのではないですか」という質問に「自分が死んでもこの診療所は続けたい」と応えておられた。イスラム教式の挨拶をし、長老たちを尊重し接しておられる姿があった。
診療所を作り、大干ばつに苦しむ人たちに「まずは生きておれ」と井戸を掘り、灌漑の水路工事に着手した。「無謀だ」という声に、
「やるしかない」と決意を淡々と話される先生の語りを、部屋いっぱいに座っているアフガニスタンの住民のひとりひとりが聴いていた。そして日本で集められた三億円の資金を投下し、計画は動き出した。働いた人には日当が配られた。(ドキュメンタリー映像の中で日当を配っていた日本人スタッフさんは、2008年に殺された伊藤和也さんだったように思う。伊藤さんが殺害され、先生は日本人スタッフを帰し、ご自分は現地に留まられた。)

 今朝の新聞を読むとペシャワール会で掘った井戸の数は約1600箇所だという。映像の中で、先生は住民の人たちへの指揮をとるだけでなく、同じように肉体労働に従事されていた。重機を動かし、土嚢を担ぎ、地面に寝転び足で巨石を蹴り出す一員になっておられた。4日のペシャワール会の会見では1万6500ヘクタールという広大な土地を命を甦らせたと。60万人の人たちが故郷で農業ができて家族と暮らせるようになった。農作業に勤しむ人々の笑顔。子どもたちの姿。広げられる食卓・・・。

 このドキュメンタリー映像を観て、マルワリード水路が完成した後にモスクが建てられ完成していたことを初めて知った。モスクでは無料の学校もスタートしていた。先生は、アフガニスタンの人たちの生活や文化を尊重した。ご自身がキリスト者であることはおくびにも出さずに、アフガニスタンの人々を隣人として愛しぬき、すべての力を尽くされた。信仰が別であっても、そんなことは問題とせず、その土地の住民たちが魂から希求していたモスクを建てられた。ドキュメンタリー映像の中で、モスク完成の式典で知事がアッラーへの祈りを終えテープカットしたとき、先生の「アーメン」という呟きが聴こえた。涙が出た。先生の主イエスへの信仰がどれほどのものであるかを思い知った気がする。

アメリカ軍の病院に運ばれる前に息を引き取られたとニュースで聞いた。先生は米軍の病院で治療を受けることを望まなかったのではないかと感じる。「米軍の病院に着く前に亡くなられたのか・・・」と、思った。うまくコトバにできないけれど。
アメリカがアフガニスタンを空爆しなければ、また日本政府がアメリカ政府に加担しなければ、ここまでの状況になっただろうかと改めてこの二十年の戦争の歳月を想う。

今、先生は天国で神様に労われているだろうと思う。
先生がされようとしていたアフガニスタンの人たちへの土木技師養成の学校の計画は、これからもペシャワール会が引き継いでいくのだろう。訃報で、中村哲医師を知らなかっただろう多くの人がこの一人の偉大な人を知り、自分の生き方を考えている最中かもしれない。それが、日本の社会の中で波及していくことを祈らないではいられない。数え切れない心ある人たちの胸のうちに先生は生き続けると信じる。わたしもその一人になれるよう歩んでいきたい。

中村哲先生、お疲れ様でした。本当にありがとうございました。私は私の命を頑張って生きていきます。


2019/11/29

11月29日はパレスチナ人民連帯国際デー

昨年の11月29日に当ブログ掲載文章です。



 前から紹介したいと思ってたハンダラくんのこと、今日こそアップしようと思って準備していたら パレスチナ・アマルさんのウェブサイトで今日11月29日が「パレスチナ人民連帯国際デー」であることを知りました。

 学ぶことの大切さは言うまでもないのだけど、人間はそんなに強くないから日々の生活に必死で、遠くへの意識を持ち続けることはむずかしい。だからこそ、その土地で作られたものを身に纏ったり、食べたり、生活のなかで使うことが重要になってくる気がします。遠い土地に住むひとたちの暮らしと、具体的に繋がれるお仕事をしてくださっている皆様に感謝します。

【パレスチナ支援の販売いろいろウェブサイト】
パレスチナ・アマル(Amal Falestini)オンラインショップ
パレスチナ・オリーブのウェブサイト
パレスチナ子どものキャンペーン
 パレスチナ刺繍 タトリーズ
日本国際ボランティアセンター(JVC)クラフト雑貨



 一方で、パレスチナ民衆の権利を奪う勢力のものを拒否することも大切だと思います。スターバックスには入らない、コカコーラは飲まないようにする、とか。
日本政府のイスラエル支援のODA(政府開発援助)も到底許されるものではありません・・・。自分たちの税金によって、イスラエル国家が支援されていることを恥ずかしく申し訳なく思います・・・。(イスラエルに限らず日本のODAの問題は非常に根深いものですが・・・)

暮らしの中に織り交ぜられる悪に対して、注意深くあるために学びと意識化が必要だと感じます。 最後のパレスチナ織物の工房から生み出された私のラスト・カフィーヤ、これからも大切にします。シリア産の黒のカフィーヤも・・・。



 12年くらい前にパレスチナ問題の集会で購入させて頂いた、パレスチナの人たちがつくった刺繍が美しい素敵なめがねケース(上記紹介のJVCさんの取り扱い商品でした。私は、毎朝つかう体温計をいれています。)に、イラストが描かれたタグがついていています。はだしの男の子の後ろ姿・・・。50歳で暗殺されたパレスチナの風刺画家ナジ・アル・アリ(Naji Al-Ali)が描いた、パレスチナ難民の男の子ハンダラくんです。ハンダラくんはいつも後ろ姿で描かれています。

 ハンダラくんを初めて見たとき、そして画家が暗殺されたことを知ったときは衝撃を受けました。当時知人から購入したハンダラくんのカレンダーはホッチキス留めが外れてしまった今もクリアファイルにだいじにとってあります。

【参考記事】
(1)「ハンダラ パレスチナの良心」 JVCパレスチナ現地代表 小林 和香子さん記事 2003年6月 3日
(2)Handhala (ハンダラ パレスチナの子ども) ブログ「愉しい寄り道」さん 2012年5月29日記事

【参考動画】(アラビア語と思われます・・・・)



ハンダラくんの原画はこちらでも観ることが出来ます。
【ウェブサイト】Hanndara.org(英語)
http://www.handala.org/cartoons/index.html

その中でも私にとって印象的だった、ハンダラくんとイエス様。
ハンダラくんとイエス様

世界が見ない振りを決め込んでも、パレスチナで実際に起きてきたこと/起き続けている現実を見続けるハンダラくん。
真実から目を背けずに、徹底的に目撃し続けるということが抵抗なんだとハンダラくんはその姿で教えてくれているように感じます。





最後に古居みずえさんの映画の予告動画を二本紹介します。

古居みずえドキュメンタリー映画支援の会 http://support-miz.thyme.jp/index.html

映画 『ガーダ ―パレスチナの詩』(2006年)予告編  


映画『ぼくたちは見た −ガザ・サムニ家の子どもたち−』(2011年)予告編


 昔、舞台に立たせてもらったときに演じさせてもらったパレスチナの難民の少年や、イスラエルの戦車に轢死させられたレイチェル・コリーさんの言葉が、いまも身体のどこかに響いています。

 暮らしのなかで、パレスチナを忘れないように想い続け、生活していくなかでの平和の祈りを紡いでいきます。いつか、誰かと想いを分かち合える何かを私も生み出していけるよう、地道に力をつけていきたいです。



2019/11/19

石木ダム用地の明け渡し期限

参考記事:

石木ダム用地 明け渡し期限 家屋撤去 代執行請求可能に
2019/11/19 10:19 長崎新聞社


【ニュース動画ありの記事】
KTNテレビ長崎
 「いつものように住んでいます」県の求めに応じられずと抗議 石木ダムは”土地の明け渡し期限”で重要局面…
2019年11月18日 19:57



石木川まもり隊:長崎県川棚(こうばる)町 ホームページ





 昨日、新聞記事で遅まきながら長崎の石木ダム問題を知った。
今日が強制代執行請求可能の期限日になったそうだ。
一人一人の権利や自然や住環境を奪って成り立つ「公共の福祉」なんて在り得ない。
国家の詭弁でしかない。
成田空港が作られた三里塚でも、いろんな公園でもたくさんの人の住まいが力づくで奪われた。
「戦後」、アジアの国々で日本のODA(政府開発援助)で作られたダムによってどれほどの人の人生が破壊されてきたか。
国家権力の暴力がいよいよ剥き出しになっていく。
これまで作られ続けてきたダムの現状から、滞砂問題ひとつとってもダムが治水としても発電としても適していないことを国だって、もうとうに知っている。建前とされている目的を満たす方法は、探そうとすればある。それでも「公共事業」と銘打っての土木行政の甘い汁がその矛盾を野放しにし、ダム建設の強行は止まらない。
石木ダムも辺野古も、ほったらかしの被災地も、未だに止まらない原発建設も。権力の暴挙と逆走は激化している。肌で感じる。

 高校三年生のとき、進学が決まった大学のテキストの中で二風谷ダムの問題を知った。(その時、アイヌモシリが植民地化されて「北海道」になったことを初めて自覚した。)その後、高校在学時に授業でインターネットで調べものをしてレポートをするという課題があったとき、二風谷(にぶたに・ニプタイ)ダムのことを知りたいと思い「アイヌとシサムのウコチャランケを実現する会」のホームページに行き着いた。
 裁判を闘われた貝沢正さん、萱野茂さんの裁判所での意見書を読み、涙が止まらなかった。
アイヌ民族の聖地である沙流川の上流に作られたダムは、19997年の裁判で違法ダムであることを認定された。しかし、今も二風谷ダムはそのままだ。2005年に初めてその地を訪ねてその違法ダムをこの目で見て、歩いた。泥や砂がたまり、泥水色の水の底にアイヌ民族の聖地が沈められていた。
鮭が通れるようにという名目でコンクリートで「魚道」という水路が作られていた。鮭がどうやってそこにたどり着けるのか。辿りついたとしてもV字にターンなんてできるわけない。実際に実物を見て、その発想のばかばかしさに絶句した。
下流で、人間によって作られた段差を越えられず、それでも産卵のために何度もジャンプし上流に還ろうとする鮭たちの姿に申し訳なくて涙がでた。
沙流川の支流の額平川の上流では平取ダムが建設されている。

 人間が自然を破壊していて、人間が人間の暮らしを奪っていくこの日本社会の在り方。
いったいいつまで続けるんだ?気候変動問題がどこまで深刻化しているか、こんなに災害が続いても分からずに自然を破壊し続けるのか。人の暮らしを壊し続けるのか。このままじゃ、どの道 滅びる。

 長崎県と佐世保市はちゃんと住民の人たちの想いを受けとめて、方向を転換してほしい。
それを成せるかどうかは、このことを知った全国の人たちの反応や声がどう届くかだと思う。強制代執行なんて絶対許されない。なんとか止めたい。わたしはオンライン署名くらいしかできないんだけど…。とにかくここに気持ちを書いて、皆さんと少しでも想いを共有できたらと思いました…。寒い中、現場で耐えられている皆様が安心して暖をとれる日がはやく来ますように。


【オンライン署名】
説明不足のまま進む、税金538億円を費やす石木ダム建設。長崎県は一度立ち止まり、公開討論会を開いてください。
2019/10/18

お誕生日おめでとう

あなたがいてくれたから 今、わたしは生きています。
あなたが心を注いでくれたから どうにかいのちをつなげて今日に辿り着くことができました。

わたしのことを これ以上ないほど大切にしてくれたのに
わたしはあなたをこれ以上ないくらい傷つけました。
一言に表すことはできないけれど、ほんとうにごめんなさい。

そのことを忘れず あなたの幸福をこれからも祈ります。
あなたらしく生きられますように。素晴らしい人生になりますように。

出逢えたこと 過ごせた時間に感謝します。
お誕生日おめでとう。
どうか いつまでも元気で。
2019/10/13

SION 「12号室」



懐かしい歌。

今年もまた十月がきました。
もう12年になるのですね。
あなたに口をきいてもらえなくなるのが怖すぎて、どうしようもないときも命を投げ出さず踏みとどまれました。
おかげさまで、これまで生きてこられました。今、とても幸せです。
たくさんのありがとうとごめんなさい。時々声にだして謝っているけど… 聴こえてるかな。

天国にいるあの人に、出会い続けられる自分でいられるよう、祈り、歩みたいです。

2019/10/04

うむいごと

Vergilさんのブログ「読む・考える・書く」より
「地球環境危機は手遅れ寸前。冷笑などしている場合ではない。」 
http://vergil.hateblo.jp/entry/2019/09/28/142201


読んでない方は是非ご一読ください。改めて事実に目を向けると絶句する危機的な状況です。
未来に絶望しか遺せないのではないかと胸が苦しくなります。
戦争は最大の人権侵害であり環境破壊。戦闘がない時期でも、基地や軍事練習の大気汚染・土壌汚染・水質汚染は深刻です。特に軍隊保有国が自国以外に基地を持っている場合は。沖縄の米軍基地はもちろん、宮古島の自衛隊新基地も燃料の漏れ出しなどでの地下水の汚染が懸念されています。地下水が汚染されたら宮古島は人が住めなくなるでしょう。
誰も責任は取れません。空気や水が汚染されて、生き物である私たちが影響を受けないとでも思うのでしょうか。原発が爆発しても反省できないどころか、事実を歪めて開き直り続けるこの国の政府を、それを批判することもできない社会をどうやって正し、立て直せるのか。諦めるわけにはいきません。でも、何ができるのか・・・。



 前から観たいなと思っていた、セックスセラピストのおばあちゃんのドキュメンタリー映画 『おしえて!ドクター・ルース』の記事が新聞記事に出ていました。「あ、もうすぐやるのね~」と思って記事を読んでいたら、(ホロコースト体験者だっていうのは知っていたけど、)「終戦後はパレスチナでスナイパーとして活動した」と書いてあり愕然としました。観たかった気持ちが一気に失せ、言いようのない気持ちです。ホロコーストの歴史、イスラエル建国はパレスチナのナクバ(大災厄)、日々殺され、土地を削られ、虐げられ続けているパレスチナの人たちの現在を想います。人類の歴史が辛く、痛いです。




 ずっと読みたかった本、水俣病センター相思社の永野三智さんが書いた 『みな、やっとの思いで坂をのぼる ―水俣病患者相談のいま』(ころから社)を先日やっと読むことができました。
 
 水俣は私にとって原点でもある大切な場所で、何度も訪ねたけれど、患者さんたちの身体的な苦しみについて無頓着だった自分を恥ずかしく思いました。自分の身体は取り替えることは出来ない。そのことは幼いころからの心身の不調から私も人並みに感じてきました。でも、私は恵まれていて、今はある程度の健康を維持できる立場です。
食べ物から有機水銀を取り込んだことによって生じているお一人お一人の人生を貫く重い症状。肩こりや腰痛、身体の重さ、酷い耳鳴りで眠ることも人と話すことも不自由、寝ていても足がつって起きてしまい痛くて眠ることができない、手足の震え、味や匂いが分からず食事の栄養問題などから他の病気が出てきてしまう等・・・。治る方法がなく年齢を重ねるごとに悪化していく症状への絶望。「水俣病」であることを家族や親族の間で共有することもできないくらいの地域社会の日常・・・。

 苦しいけれど、その人生を逃れ得ない方たちの苦しみを読む前よりほんの少しでも知ることができたような気がします。読むことができて良かったです。私にとって生涯、大切な一冊となると思います。
丁寧な文章で読みやすく、でも日々の中で出会う患者さんたち一人一人の人生の重さが淡々と記録されています。
「悶え加勢」しながら患者さんたちに寄り添い続ける彼女の手記を、ひとりでも多くの方と共有したいと思いました。この本を一人でも多くの方と共有したいと思い、ここに書きました。まだの方は、是非一度お読み頂ければと思います。

2019/09/29

change.orgキャンペーン、ネット署名しました。まだの方、是非どうぞ。
文化庁は「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金交付中止を撤回してください。

【緊急署名】東電刑事裁判元経営陣「無罪」判決に控訴してください!



今日の新聞に、関西電力の会長ら20人が福井県高浜町の元助役から7年間で3億2000万円の金品を受領していたと報道されていた。原発のために、どれだけのお金が動いてきたんだろうと改めて考える。社長たちも会長も辞任はしないという。倫理が破綻した、釜の底が抜け落ちてしまった日本社会。こんなことは許してはならない。


思想信条への検閲、弾圧
民族差別と排外主義、愛国・国粋主義、優勢思想、天皇制、死刑
基地開発、軍隊、戦争と原発
歴史の隠蔽と改ざん
憲法と民主主義の破壊。
何もかもが相俟って一直線に破滅に向かっていく。

環境、社会の「当たり前」が目の前で喪われ、崩れ落ちていく。


先日のグレタ・トゥェンベリさんの魂からの怒りと懸念のスピーチも茶化し、向き合わない日本のメディアにはいい加減に吐き気がする。私は大人の一人として彼女の訴えが骨身に堪えた。大学で環境社会学を専攻し、何かしなければと感じながらも現状を結局のところ野放しにしたまま生きてきたから。今おき続けている自然災害は予見されていながら、手を打ってこなかった世界・社会の人災とも言える。このままだと、これから生まれてくる命たちに絶望しか遺せない。人類滅亡のシナリオは冗談ではなくリアリティだ。

この数年間の災害に、どれだけの人の人生が変えられただろう。世界で、この数秒の間にどれだけの森林が燃やされ、どれだけの種が絶滅しているか。知れば簡単に絶望してしまえる現状がある。だからって見ないままに、後の世代に全部押し付けてしまえるのか。
環境汚染された土地で、苦しみ続けている人たちがいることを想う。
海を埋め立てられ、堰き止められ、のたうち殺されていく命があることを想う。

わたしには何ができるのだろう。
なにも出来ないのだとしても何を目指し、生きていけるだろう。諦めないで命を燃やせるだろうか。試されている。




2019/09/18

防備録2019年9月18日

オスプレイ17機3600億円
イージスアショア2基6000億円
F35ステルス戦闘機147機6兆2000億円
辺野古新基地2兆5000億円
加計学園グループに流れた血税176億円
米国の遺伝子組み換え余剰トウモロコシ数百億買取


千葉の停電復旧などに予備費13.2億円 首相が方針
要介護1.2給付外し
増税



おかしくなりそう。
2019/09/08

【今日の歌】 Amazing Grace 



驚くばかりの恵みなりき この身の汚れを知れる我に
恵みは我が身の恐れを消し まかする心を起こさせたり
危険を罠をも避け得たるは 恵みの御業と言う他なし
御国につく朝いよよ高く 恵みの御業を讃え奉らん


2019/08/30

韓国との関係について思うこと その3


 韓国からの対話を無視し、一方的に悪者にする日本の政府。大本営発表よろしくヘイトスピーチを垂れ流すテレビ。軍事力を持つことの理由となっていた「北朝鮮」の脅威が揺らぐ朝鮮半島の和平を妨害したくてたまらないのだ。朝鮮半島が分断された下地を作ったのは日本の植民地支配なのに。そのことを反省しないどころか真実を闇に葬り、自分たちのしてきたことを認知することさえ「自虐史観」だという日本社会に未来は無いとつくづく思う。
 日本政府が韓国政府に罵詈雑言はいて 暴挙の限りを尽くしておいて、対話を無視し続けてきた末に 韓国が軍事協定を破棄するのは当たり前ではないの。韓国政府の態度は真っ当だと私は思う。むしろ、よく耐えて対話を模索してきてくれているとさえ思う。

 日本政府は自分たちの不正義と失策から目をそらすため、また社会の基盤が崩れている現状への不満を逸らすためにに韓国を仮想敵国化している。一人一人の抑圧された生活の怒りやストレスが、ヘイトスピーチに回収され、憎悪に転がされる社会。私は日本の住民として、日本社会の成人として、今の日本社会の状態が恥ずかしく情けない。この社会で15年以上大人として生きてきたにも関わらず、ここまでの状況になることを何ともできなかったことが申し訳ない。

 日本の起こした戦争により故郷を追われて(また、日本の植民地支配があったからこそ起きてしまった朝鮮戦争で)今も日本で暮らしておられる在日韓国人・朝鮮人の方たちへ日本社会がしてきた酷い仕打ちは時代が進むごとに罪を増している。ヘイトが日常になってしまった現在で、安心して暮らすことはいよいよ難しくなっているのだろう。朝鮮学校の無償化をしないことは、朝鮮半島を植民地支配したときに名前も言葉も奪い去った歴史の現在地だ。(先日の最高裁の判決も酷かった・・・。)

先の戦争は私たちの国が始めたことを思い出さなければならない。朝鮮半島の人たちの名前を奪い、言葉を奪い、土地を奪い、人の暮らしを、命をモノとして扱ったことを。いや、「知ろう」と言ったほうが今の時代に合うのかもしれない。歴史の真実を踏まえず、経緯を踏まえず、今の情勢を語ろうとしてもそれは日本国家の暴力への加担でしかない。

 日本の敵は、隣りの国じゃない。韓国の文在寅大統領は、民衆が国のあるべき姿を目指して選ばれた代表だ。もちろん、国家や権力者は嘘をつくものだ。人間は権力を握ると人の命なんてなんとも思わなくなりがちだ。成熟した民主主義の国の住民たちはそのことを本当に自覚し警戒している。韓国社会の人たちは、どんなに理想に近いと感じる政治家であっても油断していない。韓国社会の民主主義の成熟ぶりを知れば知るほど、自国である日本社会の現状がより情けなく恥ずかしい。

(それにしても沖縄に対してもそうなんだけど、本当に日本政府は立場の違う相手と話をする気がない。自分の都合だけを強権的に通し続ける。そうかと思えば、強者と崇めたアメリカ様には彼らのいらなくなった武器も余剰穀物も法外な値段で高価に買い取る。粗暴な独裁国家か 何を言われても言いなりになる隷属国家、その二択しかないのかこの国の態度は!)

 今、韓国の悪口を言っている人たちに言いたい。「ほんとうの敵は、自国民である日本人さえ本当はどうとも思っていない日本政府・日本国家の権力の中枢にいるあいつらじゃないですか?」って。福島の原発が爆発しても原発をやめず、東北を置き去りにして東京オリンピックをしようとする連中が政治の中枢に居座ってる。西日本集中豪雨の夜に酒盛りをしていたことがどうして責任に問われないのか。都合に合わせて人を死刑にして。莫大な税金を個人的な友好関係者に贈与したモリカケ問題や、公文書の改ざんが放置されるのか。人を不幸にするカジノや、命の砦である水を民営化することがどうして問われないまま、彼らは権力の中枢に居座っていられるのか。ここまで私物化できるのか。本当に国を愛している者にはこんなことは絶対に出来ない。

 やつらの好き放題を認知できない、認知したとしても止められない 成す術もない日本社会の一人ひとりの暮らしの抑圧と疲弊。社会基盤と人間性の崩壊。
国家の暴力や虚偽を野放しにする民ばかりであれば、民主主義はただの独裁国家より性質が悪い。このまま憲法もやつらの好きにさせ、戦争をしようとする国家の首輪を外すのか?
それは今ある全ての権利をドブに捨てるということだ。今ある幸せや自由の権利はもう守られない。日本国家は日本の住民を守らない。国家の甘言に騙されてはならない。

人間の敵を許すな。人間の敵に取り込まれるな。
国家により人間としての本来の生を奪われてきた人たちと、今の社会での生き辛さを抱える私たち一人ひとりの痛みや苦しみは本当はつながれる。それを分断し、お互いを憎むような構造を強化し続ける権力者の思惑が差別だ。歴史の隠蔽と改ざんだ。一人ひとりの感情を操ろうとする国家権力の不正義にのまれるな。

人間であろうとしよう。
隣人と言ってもらえる存在になろうとしよう。
「国や民族が違っても、私たちは力を合わせて人間を食い物にしようとする勢力に抗うことができる」と 韓国の友人たちは呼びかけてくれていると私は感じる。その声に応えたい。
精一杯の生活の中で何が出来るかはわからない。でも考えることは止めたくない。
想いを書くこと、伝えること、怖くても気持ちを話すこと。
これしかできない。読んでくれている稀有なあなた、諦めないでなんとか生きていきましょう。

私たちの国を人間の敵が支配していることを自覚し、自分自身が一人の人間として本来持てるはずの意識と思想を取り戻そう!


2019/08/29

班忠義監督のドキュメンタリー映画 「太陽がほしい」

班忠義(ハンチュウギ)監督 ドキュメンタリー映画 「太陽がほしい」
https://human-hands.com/index.html




【参考ウェブサイト】
Fight for Justice 日本軍「慰安婦」――忘却への抵抗・未来の責任
 


 中国、山西省の日本軍性奴隷被害。大娘(ダーニャン:中国語で「おばあさん」という意味)たちは亡くなっても、彼女たちの慟哭の人生は消えない。
「「慰安婦」はいなかった」と言う人は、実際にその人生を強いられた人の存在をしっかりと受けとめ、己に刻み付ける体験をしたことが無い。たった一度の人生を痛みと苦しみと屈辱しかないものにされてしまった彼女たちの存在を受けとめもせず、「政治的」な議論をするのは愚かなことだ。それは他者の人生を冒涜する行為だ。

生きていた彼女たちと会えなかった人も、映像の中でもいいから出逢い、その体験から 「日本という国は、今も尚この人たちを貶め続けるのか」という腹の底からの憤りを持たなければ、この倒錯した時代の流れで抗い続けることはできないと感じる。確固たる気概を持たなければ、歴史を歴史として保持することも叶わない社会だ。歴史はこの社会を、世界を生きる一人ひとりの認識で成り立っている。注意深くしていないと、国家や権力者の都合で簡単に塗り替えられてしまう。それが歴史の真実だと思う。

 現在の日本社会の女性蔑視、女性や子どもたちへの性暴力、DV被害、異性愛中心主義、性的人身売買の横行、性暴力が法的に裁かれない状況・・・。こうした問題の根源は、戦時中の日本軍による性奴隷制度問題の歴史的認知と反省がないが故にここまで酷くなったのだと思う。

 私の祖父は私が0歳の時に亡くなったが、戦時中はこの映画の舞台 山西省のとなりの山東省に日本軍として駐留していた。なんとか生きて帰ってきて、帰りを待っていた祖母と結婚し、翌年 父が生まれた。父の名前の由来は「戦争のない日本を」という願いが込められていた。祖父がどんな悲惨なことを体験したのか。そして、中国の人たちにどんな悲惨なことを体験させたのか。私は想像するしかない。

 日本軍の兵士として戦場に行かされなければ人を殺すこともなく、女性を襲うことのない人生を送った人が大半だったのではないかと思わされる。軍隊の中で、日々の行為の異常さ、軍の中でのストレスが占領地の女性子どもたちへの性暴力となった。日本軍は兵隊を統治するために、また性病蔓延による軍事力の低下を防ぐために女性を物資として管理する「慰安所」をつくった。(日本軍の性奴隷被害の実態は「慰安所」形式だけには留まらないが。)

 普通の人間の暮らしをするはずだった人たちが、戦争で「お国のために」と戦地に送られ、残虐に人を殺し、当たり前のように略奪をし、違和感を持たないままに強かんをした歴史。それが日本の起こした侵略戦争だ。その歴史の真実を「不名誉」だと言い「お国のために戦った人たちを汚すな」と言うのなら、そんなことをさせた連中の責任を問えよと思う。事実を隠蔽し歪曲し正当化するのではなくて、そうした非人間的なことをしてしまった・させられた人たちの魂の叫びを受けとめなければならないのではないだろうか。戦死していった人たちは皆、本当は軍神になんてなりたくなかった。そういう言葉を残した人も幼少期からの軍国教育を受けなければ、そんなことを言ったとは思えない。どの人も、ありきたりで、でも唯一無二のかけがえのない自分の人生を愛しい人たちと生きたかったはずだ。

 私の父方の祖父の兄は弁護士の資格をとって、弁護士事務所で働きだしたところを日本軍に徴収された。そして中国大陸に送られてすぐ、小隊長として切り込み隊長をさせられ22、3歳で戦死した。眉間を打ち抜かれて亡くなったらしいと子どものころ祖母から聞かされた。世のため人のために働きたいと、苦労して勉学しただろう若き大叔父の命を想う。
 祖母は90歳ちかくなり認知症が進みだした頃、「戦争が始まったとき、どんな感じだった?」と訊ねた私に、「みんな気付かないのよ!気付かないようにやるんだもの、戦争なんて!」と間髪入れずに大声で答えた。忘れられない。彼女は下町育ちで、幼少期に大正デモクラシーの頃を過ごし、若い頃 日本が戦争に突入していく時期を東京で生きた。朝鮮人・中国人への日本人自警団による虐殺が行われた関東大震災も、東京大空襲も生き延びた。
 第二次世界大戦があと半年ながければ、予科練生として戦闘訓練を受けていた母方の祖父も、フィリピン沖で船ごと沈没して死んでいただろう。母方の祖母も田舎の畦道で子ども時代に機銃掃射をなんとか逃れ生き抜いた。
一歩違えば私は生まれてこれなかった。そして、住民の4人に1人が命を奪われた沖縄戦のことを想う。

 中国に、朝鮮半島に、台湾に、シンガポールに、ビルマに、インドネシアに、フィリピンに、シンガポールに、南洋諸島の各地を侵略した日本の軍隊。「我らこそが正義だ」と植民地支配を強い、軍事力で制圧し何もかもを奪った恥ずべき歴史。それを丸ごと忘れてしまおうとし、何もなかったかのようにまた過ちを繰り返そうとする現在の日本社会。

 この国で今、最も貶められているものの一つが、真実だ。日本政府の妄言を垂れ流すテレビを信じてしまえば、私たちの国は今度こそ滅亡に向かう。いや、今、向かっていることを感じている。このままじゃだめだ。なんとかしていかなければ。

 歴史の真実は最も虐げられた人の人生にこそ表れていると私は思います。
虐げられ、世界に置いてきぼりにされていった人たちの声は、この社会ではなかなか聴こえてきません。でも、国家は嘘をつくこと、戦争で権力者は死なないこと、そして、一度きりの唯一無二の人生をこれ以上ない暴力で傷みしかないものにされた当事者である彼女たちの存在を受けとめようとして学び続ければ、歴史の真実にいつか行き着けると私は確信しています。
若き日にその体験を強いられ、生き残っておばあさんになった彼女たちの姿に、言葉に、まなざしに戦争の、人類の真実が表れていると感じます。

 班監督が20年もおばあさんたちに寄り添った貴重な時間が凝縮されたこの映画を観て、揺るがないものを培い、激流のような暴力の時代にあっても心を喪わずに生きていきたいです。





2019/08/25

【今日の歌】 Jewel「Hands」



Hands(Jewel) 対訳:
世界に向けてひとこと言えるとしたら
こういうわ 私たちは大丈夫
心配しないで
心配なんてするだけ無駄だし、こんな時代にはなんの役にも立たないもの

私は役立たずにはならない
絶望して投げやりにはならない
信仰を拠りどころに気持ちを引き締める
闇がもっとも恐れるのは光なのだから

私の手はこの通り小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない


黄金の靴をあなたから奪った貧困も
あなたの笑い声までは奪えなかった
私のもとを訪れた傷心も 
永遠に続くというわけじゃなかった


私たちは闘う
悪意からではなく 正義のために誰かが立ち上がらねばならないからよ
声なき人がいるのなら
みんなの声を合わせて歌いましょう

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない

結局 やさしささえあればいい
結局 やさしささえあればいい

私はひざまずいて祈る
私はひざまずいて祈る
私はひざまずいて祈る

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない
私たちは決してくじけない

私たちは神の目
神の手
神の精神
私たちは神の目
神の手
神のこころ
私たちは神の目
神の手 神の目 私たちは神の手
私たちは神の手


   「ハンズ」 (ジュエル『スピリット』三曲目 対訳 内田久美子さん)






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2019/08/25

日本と韓国の関係について思うこと2:韓国ヘイトの日本社会

 自国がしてきたこと、していることについて都合の悪いことを全て忘れてしまって隣国への根拠の無い憎悪を募らせる日本社会。
暴力と偏見、勘違いした「愛国」主義、構造的に強いられたストレスを標的にした仮想敵国に向けさせられて。排外主義にまみれたこの国で、恥ずかしさに窒息しそうだ。実際、これからの日本社会の行く末をおもうと、不安で自由に息をすることも難しいときがある。

 私は日本が朝鮮半島を植民地支配し、言葉も名前も文化も土地も社会基盤も人の権利も、全てを奪い取った歴史を覚えて生きる。(いや、もっと学ばなければならない。学びすぎるということはない。忘却や油断がまた同じ悲惨さを招くからだ。)

 日本国家に強制労働を強いられた人たちに未だ真っ当な謝罪も補償もしていないことを、日本政府は恥じもしない。日本軍に性奴隷にされた数え切れない女性たちの尊厳を踏みにじり続ける日本政府と社会に、韓国政府を罵倒する資格は一切ない。
第二次世界大戦でアジア・太平洋地域を軍事支配したことを、日本国民だけが都合よく忘れ傍若無人に振舞っているのを世界は見ている。日本軍が性奴隷にしたのは韓国の女性たちだけでは無い。「慰安所」マップからも分かるとおり、日本軍が戦時中にいた場所にはどこにも性奴隷にされた女性(男性の被害もある)がいた。
日本の軍事侵略の歴史を知らないままに育てられた日本人が大半で、真実の歴史認識を持てないことが他国の個人個人との人間関係をどれほど阻害しているのか。それにすらほとんどの日本人は気付けないままだ。

 日本の軍事化の根拠となっている前提を失いたくないために、日本は朝鮮半島の和平を妨害し続けている。
また自国の政治腐敗と社会の崩落を直視させないために、隣国への憎悪を先導している。日本政府が悪意に満ちた意図で、社会をコントロールしようとしている。(テレビはヘイトスピーチの拡散装置そのもので、ワイドショーなどは一分でも見ていると吐き気がする。)

 一人ひとりが閉塞的な社会の中で疲弊し、自分が尊重さないことへの悲しみと憤りを感じている。権力構造はこうした感情を差別によって集約し、本当の原因(権力者たちの失策や利権から生じる政治の私物化)から目をそらせようとする。
誰もが自分を大切に思いたくても思えない状況に社会的にも貶められているからこそ、他の誰かを罵倒し自分を高く感じようとする虐め・差別のシステムが発動が誘発される。ナショナリズムに囚われ、扇動に乗りやすくなり、国家にとっては都合がいい。

 国家が一人一人の人間を守ってくれると思っているのなら、それは勘違いでしかない。日本国家がどれほど一人ひとりの人間をどうでもいいと思っているか。先の大戦を学べばそれは明らかだ。鳥の羽より軽い命とされ、家族が死んでも泣くことすら許されなかったのだから。
 だいたい「反日」ではなく「反アベ」なのに、アベと自国を区分すらできないこの社会の認識は本当に異常で深刻だ。
アベが私たち日本社会の住民の権利を守ったことがあっただろうか?冷静に自分の置かれている状況を感じ、考えていくことなしには、私たちは「肉屋を支持する豚」のままだ。

 恥を恥とも思わない、まさに厚顔無恥で不誠実で、正義から最もかけ離れた世界。日本社会が良い社会だと思ったことは無かったが、この一ヶ月糸が切れるようにここまで偏狭的、独裁的な状態になっている日本社会を目の当たりにして、どうやって生きていったらいいのだろうかと呆然とする。虐げられる人たちに対して、また真っ当な友人たちへの暴虐をどんなに食い止めたくても時代の流れに一石も投じられない無力さ。これ以上の情けなさと恥辱はないのではないだろうかと思わされる。
けれど、このどうしようもない日本の政治と社会の一員である自分の責任からは逃れられない。過去に生きた人たちにも、これからを生きる人たちにも、顔向けできないような現状であるけれど諦める資格はない。今を生かされているのだから。先人たちの苦闘により手渡された権利を、せめて最低限は次世代に手渡さねばならない。


 自分を失わないように心許せるひととの会話やつながりを大切にしよう。
そして、目の前にあらわれる一人一人と対話しよう。
会話にしても書いて公表するにしても、自分の想いを言葉にして放つことからしか、なにも始まらない。
向こう側に連れていかれた人を論破するのではなく、説得して引き戻さなきゃならない。
「あなたは私にとって大切なひとだ」と、そして「同じぐらい顔を見たこともない隣国の人も大切な人なんだ」と。(パブロ・カザルスの言葉を思い出す。)

 誰かと話すなんてそんな気力がない人も多いと思う。とにかく、生き抜こうだね。まずは、自分が、あなたが生きていなくちゃ。
どんなに小さなことに見えても、誰にとっても自分の暮らしが主戦場。



2019/08/17

詩 「幸福な暮らし」

だれかの苦しみを 自分の幸福の実感のための引き合いにだすのはいやだ

けれど
苦しい思いをしている人たちのことを忘れきったり
もしくは知らないままに
幸せをただ味わうのも なにかが違うと感じる

自分が持っていて当たり前だと思っているものを失った時
人は「不幸になった」と感じるのかもしれない
しかし 実際のところ「当たり前」なんてものは存在しない

新聞の投書欄に小学生の子が戦争のことを学んだという文章の書き出しに
「いまのすべてがきせきです」とあった
心から そうだと感じた


何気なく過ぎる日々に幸せを感じることを許された暮らしができる自分の立ち位置

恵みへの感謝と懺悔

子ども時代に受けるべき歓びのすべてを奪われても日々を過ごさざるを得ない少女たち
夢のカケラさえ抱けないあなたは 必死で親の代わりに弟妹を育てていた
 -私はあなたに何も出来ない 

若い頃に訪ねた廃棄物に囲まれた村で やっと笑みを返してくれた少女が その瞬間ムチで打たれ追い立てられたのを見た
 -この世界の不平等さを肌に刻んだ あの瞬間を忘れられない


どうして30年ちかく子どもを檻に閉じ込め虐待し続けてきた父親が 実質 無罪なような判決になるのだろう
 -障害がある子どもだったから? 人間として認めないままどこまでいくの?

どうして小さな女の子がやっと覚えた字で「助けてください」と懇願する文章を残して死んでいかねばならなかったのだろう
 -彼女は愛を結ぶ為に生まれてきたのに
 いつか誰かの心にやさしく触れる手紙や詩を書いただろうに


故郷を追われ生きるために今にも沈みそうな小さな船で海へ出る人々
 -船の底で圧死したあなたの姿が写された一枚の写真

働く為に家族と離れ 遠いこの国で労働する人たちの上手な日本語
 -入管に囚われまともな医療も食事もなく 虐待され続けている人たち

閉じ込められた女たちの慟哭は 時代が移り変わっても ずっとずっと繰り返され続けている
想像を絶する蹂躙

一歩でも違えばそこにいただろう苦界を想う

痛み苦しみから逃れ得ない人生を だれかが必死で過ごしている今

戦火に追われた後も 「死んだほうがマシだった」という苦しみのなかを
「もう二度と戦争はさせない」と歯を食いしばって生きぬいてきた人たちの人生が繋いでくれた現在地
私は家の中で温かい飲み物をのみながら過ごせる




何故 私はこの今に辿り着けたのだろう 
ひたすら生きることが辛かったあの時をぬけて

責め立てることなく ただ静かに その問いは私に向けられている

花々が
木が
風に揺れ なにかを伝えようとしている

真っ白い大きな雲と 全ての人の頭上にあるはずの青い空が
時代を生き抜いてきた方たちの笑顔が
生まれてきたひとの小さな身体の汗ばむような温みが
もう亡くなった方の体験が記された文面が

いつも柔らかく笑っている あの人の厳しい目線の先にあるものが


私を問う

辿り着けない/辿り着けなかった人人の声なき叫びにどう応答するのか と




真の幸福とは何だろう


目を背ければ知らないで忘れてしまえる己の立場
誰かを虐げた上での「幸福」な生活のなか
忘れがちでも 確かに在り続ける
今を幸せに感じることへの 申し訳なさ 恥ずかしさ 後ろめたさ

-ごめんね
 ごめんなさい
 あなたはその暮らしを強いられているのに
 あなたは幸せに歳を重ねていけるはずだったのに
 わたしは今こうして暮らしているのに



歴史の通過点である自分
ひとりぶんの人生

世界の全てを救うことはできなくても
誰一人として 助けだすことができないにしても

私が今 幸福を覚えることを許されたのは
誰か他の一人のあるべき人生への想像力を根底から持てるようになる為に 必要な経験だからではないのか



神が本来 人間に望まれた幸福をあきらめず
ちいさく見える大いなる奇跡を求め 味わい
自分や周りの人だけではなく いつか誰もが幸福に暮らせる世界を希求する
そのための幸福の体験


すべての隣人の幸福を目指す力になる幸福こそ 幸福であると信じる



私に与えられたすべてを 与えて下さった方が喜ばれる いのちのあるべき美しさに連なれるよう
生きてきた先人たちの魂が 今を生きるすべての人たちと共に笑ってもらえる日が来るよう


享受し
進もう
カタツムリの速さで

あきらめず 投げ出さず
閉じないで 繋がって

暮らしを紡いで







 










(2018.7.1)
http://konnnahibinokurasi.blog.fc2.com/blog-entry-172.html
 
2019/08/11

全国一斉フラワーデモに寄せて

フラワーデモ https://www.flowerdemo.org/

今日の全国一斉行動、夏風邪で行けなくて残念です。
性被害者を更に貶め、性暴力を「肯定」し続ける日本社会の在り方を心から拒否します。
誰もが脅かされずに暮らせる世界に向かっていけるよう、願いをこめて花を捧げます。

DSCN0902.jpg


[短歌]
・エプロンの固き結び目 ふと解け 想い一輪 フラワーデモへ
・それぞれの胸に抱きし苦しみは 言葉にならぬ一輪の花
・花は言う 「あなたは何も悪くない」「 ここにいるよ」とみな集まりぬ
・ 夏の日の街に現る花畑 性暴力にNOを突きつけ
・それぞれの色に香りに誰しもが 天に向かって咲く日を願う



もうやっている時間のところもあるけれど連帯の気持ちをこめて情報を転載します。

【2019年8月11日全国一斉行動】
北海道札幌市  大通公園3丁目駅前通り側(西側)銅像付近 19:00
岩手県盛岡市  北上川河川敷・開運橋の下(盛岡駅側)18:00〜18:30
宮城県仙台市  仙台駅西口ペデストリアンデッキ 19:00〜19:30
※サイレントスタンディング
東京駅     行幸通り(東京駅丸の内口新丸ビルと丸ビルの間)19:00〜
千葉県幕張市 京葉線・海浜幕張駅 南口広場 16:00~17:00
岐阜県     JR岐阜駅北口信長ゆめ広場  19:00〜20:00
愛知県名古屋市 久屋大通公園 希望の広場噴水前 19:00〜19:30
※サイレントスタンディング
長野県長野市  長野駅善光寺口・うなぎの岩井屋近くのオブジェ 19:00
京都府京都市  御射山公園 19:00
大阪府大阪市  なにわ橋①出口 中央公会堂向い 19:00
兵庫県明石市  明石駅前 18:00〜19:00
兵庫県神戸市  東遊園地北芝生広場  19:00
愛媛県松山市  坊っちゃん広場 11:00〜12:00
広島県福山市  JR福山駅南口釣り人の像前 14:30 〜16:30
福岡県福岡市  警固公園 19:00〜 
熊本県熊本市  辛島公園 19:00〜21:00
鹿児島県鹿児島市 鹿児島中央駅東口広場(若き薩摩の群像の前) 18:30〜20:00
沖縄県名護市 県庁前・県民広場 19:00


In March this year, 4 sexual assault cases (including 2 incest cases) ended with not-guilty verdicts.
In order to protest these gross injustices, and to stand in solidarity for survivors, the next “Flower Demonstration Movement” will take place on Saturday, 11th August on the following 18 places all over Japan.

Survivors of rape and sexual assault can speak out their feelings and share their own story in an atmosphere of safety, and participants encourage them, holding flowers on their hands to show their support. The demonstrations have been held nationwide, on 11th of every month since last April.

Sapporo 大通西3丁目駅前通り側(西側)銅像付近(By the Monument on the Western side of Oodorinishi 3-chome Ekimae-Dori-Street)  19:00
Morioka 北上川河川敷・開運橋の下(盛岡駅側)(Under Kaiun Bridge on Kitakami-River ( Morioka Station side))from 18:00 to 18:30
Sendai 仙台駅西口ペデストリアンデッキ(Sendai Station West Exit Pedestrian Deck) *silent demonstration
Tokyo 東京駅行幸通り(Tokyo Station Gyoukou Street) from 19:00 to 21:00
Chiba 京葉線・海浜幕張駅 南口広場(Minamiguchi-Hiroba(Sourth-Exit Square) of JR Keiyo Line Kaihinmakuhari Station)from 16:00 to 17:00
Nagoya 久屋大通公園 希望の広場噴水前(Hisaya Oodori Park, Kibou-no-Hiroba, in front of the fountain) from 19:00 to 19:30 *silent demonstration

Gifu JR岐阜駅北口信長ゆめ広場(North Exit of JR Gifu Station, Nobunaga-Yume-Hiroba)from 19:00 to 20:00
Nagano 長野駅善光寺口・うなぎの岩井屋近くのオブジェ(In front of Art object close to Iwaiya (Unagi-Restaurant), Zenkoji Exit Nagano Station)from 19:00
Kyoto 御射山公園(Misayama-Park)from 19:00
Osaka なにわ橋1番出口・中央公会堂向かい(Exit 1 of Naniwabashi Station, across from Chuou Koukaidou)
Kobe 東遊園地北芝生広場(Higashi Yuenchi Shibafu Hiroba)from 19:00
Akashi 明石駅前(In front of Akashi Station)from 18:00 to 19:00
Matsuyama 坊っちゃん広場(Botchan Hiroba)from 11:00 to 12:00
Fukuyama JR福山駅南口 釣り人の像前(In front of Fish man statue, South Exit of JR Fukuyama Station)from 14:30 to 16:30
Fukuoka 警固公園(Kego Park) from 19:00 to 20:00
Kumamoto 辛島公園(Karashima Park)from 19:00 to 21:00
Kagoshima 鹿児島中央駅東口広場 若き薩摩の群像の前(in front of “Statue of Satsuma students dispatched to the West” at East Exit Square of Kagoshima Chuo Station)
Okinawa 県庁前・県民広場(Kenmin Hiroba, Okinawa Kencho-Mae) 19:00

For more info: https://www.flowerdemo.org/
#metoo #withyou