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2019/04/21

2019年イースターの日に。

イースターの日に1


イースターおめでとうございます。
主イエス様の復活を心よりお慶び申し上げます。
神様、私を生かしてくださり愛してくださり、ありがとうございます。
すべての人が、すべての命が神様により愛されていることを知れて、私は幸せです。
世の不正と悪は止まるところを知らず、私自身も己の愚かさを日々痛感させられ自暴自棄になりそうなときがありますが、
それでも私に生きていく力を与えて頂き、今を生きています。
あなたと、あなたによって出逢わされた大切な人々に心から感謝します。

神様。すべての傷みをすべての苦しみを共に分かち、私と共に、そしてすべての人と共におられる主、イエス様に出逢わせて下さって、ほんとうにありがとうございます。
主イエスは、世に弱くされた者たちのために権力に向かい、十字架刑にかけられて、死にて葬られ黄泉に下さりながら三日後に復活されました。今日がその日、イースターです。今日は体調が優れず礼拝に行くことができませんでしたが、それでも主が共にいて下さることを深く感じました。
神様の正義が実現されることを信じて、私の道を歩みます。

「互いに愛し合いなさい」と主イエスは私に命じます。
愚かな私は人を傷つけ、どうしようもない結果・痛手を与え、本当に悔いても悔いきれないこれまでを歩んできました。
謝っても謝りきれません。後悔のうちに死にそうになっていたけれど、私は主によって生かされています。
本当にあの人たちに幸福な人生があるように祈ります。
イエス様が私の罪のために傷を負わせ、利用し貶めた人たちを、きっときっと守って幸せにしてくださいますように。
いつも祈っています。

苦しみの果てに死に追いやられた人たちも、今、神様の元で穏やかに過ごされ、私たちを見守って下さっているでしょう。
神様は愛で、公正、平らかな正義。
私たちは人の世の悪に、苦しみのうちに人生を終わらされた人たちのことを覚えて、歩まなければならないと思います。
戦争・差別は、人の世の悪です。
平和は愛の実り。
神様は人の間の関係に、神様の愛を発動させる。
私たちは生きて出逢い、心を分け合う。
もし、もう二度と会わないとしてもそれぞれの場で懸命に生き抜いていきましょう。
私には何もできないけれど、全能の神に他でもないあなたの幸せを祈ります。

今年のイースター、4月21日。スリランカの同時多発デモで殺された信徒の方たちの魂に。事故にまきこまれた人たち、残された人々に主によるお慰めがありますように。魂の平安がありますように。もう二度とこのようなことが無いよう、世界に向き合っていけますように。

命が尽きても、その人の魂は、愛は、想いとなって生きている人に受け継がれ生き続ける。生きていけば、生きていければ。
お一人おひとりが、耐え難い苦しみの中でそれでも命を最期まで手放さないで生きられるように祈っています。
あなたの全ての感情を主イエスがご存知です。共におられる主がいるから、すべての人は孤独ではない。そう信じます。

主にある平和が世界に行き渡りますように。祈り歩みます。



2019年4月21日 イースターの日に。

イースターの日に2
イースターの日に3
イースターの日に4
イースターの日に5
尹東柱(ユン・ドンジュ )の幼馴染であり、牧師であり、詩人であられた 文 益煥(むん・いくふぁん)先生の
 『民衆による平和と統一』 矢野百合子さん訳 (新教出版)より。


木蓮







2019/04/02

【短歌】日常

・神が知り 人は知らぬも 路傍花(ろぼうばな) 命の光 輝き充ちて

ゆうなの花

・春眠(しゅんみん)や 筆取りつつも 二度寝かな
・雲薄く月の光は円となり 二人眺めつ夜は更けゆく
・誕生日 あなたに逢えて今があり 感謝このとき 文(ふみ)を送りぬ

・遠方の友が来たりて 話し聴き 語る言葉に胸を打たれぬ
・古き友 訪ねてくれて有り難く 歩み正され 夜が過ぎゆく
・懐かしい話とまらず はしゃぎ過ぎ 大騒ぎして冷や汗をかき
・「また会おう」旅立つ人の背中にぞ 希望あれよと祈り見送る

・歌を詠む文字を知り得ぬ人々も 時空を越えて言葉 遺さん
・一本の鉛筆の価値 見失い 文字は躍るも儚く消ゆる
・次々と歌に成りゆく言葉たち 己(おの)が身体(からだ)に秘められし書(ふみ)
・歌を読む あなたの想い刻まれた 古き良き歌 心新たに

・病床の心弱りし時こそが あなたに贈る歌を育てぬ
・弱き我(われ)想い声にし呼びかけり応えうる声に 愛を知り生く
・己(おの)心 文(ふみ)で表す定型詩 届け届けよ 貴方の元へ
2019/04/02

【短歌】 上井幸子さん写真集『太古の系譜 沖縄宮古島の祭祀(さいし)』出版記念 もろさわようこさん講演会

太古の系譜
【参考記事】:(琉球新報) 祭祀と生活 克明に 復帰直後の宮古を記録 故・上井幸子さん写真集 2018年5月29日



・在りし日の貴女(あなた)が撮りし 写真たち 今甦れ八重山の神
・存在を預けられえし責任を胸に刻みつシャッターを切る
・その写真 撮りし彼女が預けしは アナタではなく もろさわようこ(※敬称略で失礼します)

――――

・「生きること迷い迷いつ来たけれど」 今振り返りつつ94年
・「逆境に強い女」と自称する もろさわさんの94年
・敗戦時 軍の資料を焼き続け 問うた祖国は国家あらずや
・「人間を損なうものと闘おう。私の国は人間だから。」
・《運命》と諦めきらず生きてきた未来開くは今日の歩みぞ

・女たち「太古の系譜」受け継いで 輝き光る太陽の縁(えん)
・生きている世界感じる直感を 養え養え 生き者として!



一橋大学大学院社会学研究科 ジェンダー社会学研究センター『ジェンダー研究を継承する』アーカイブ特設サイト
もろさわようこ(Yoko MOROSAWA)さん紹介ページ (※インタビュー動画あり)


2019/04/02

【短歌】 琉球/沖縄

・飛行機の窓から見ゆる碧き海 埋め立てられし土の面あり辺野古1
辺野古2
・盛り土の下に埋もれる生き物の 声なき叫び身に突き刺さる
・海の中 土に埋められ殺されて 合わす顔なく 空を逃げ行く
・戦世(いくさゆ)を生き延び生きる人々が 暮らし投げ打ち 今日も立たれぬ
・島々の歴史踏まえず 繰り返し ヤマトの軍は基地をつくりぬ

ジュゴン遺体1
・血眼(ちまなこ)を見開いたまま上げられし 
    人魚の遺体 我を問う也(なり)
ジュゴン遺体2

・江戸時代 薩摩の頃の支配より 解放されぬ琉球の現在(いま)
・沖縄の支配され来た歴史から 知らねばならぬ 今の社会を
・「ヤマト人(びと)」己(おのれ)の立場 踏まえつつ 暮らす者から日本変えんと
・社会問い 己(おのれ)を問うて生きること 例外はなく油断大敵

okinawa1.jpg
・青き海 心静かに聴こえくる 「それで滅びずいられるのか」と
2019/03/27

今あるは神の恵み

今まで私を育ててくれたあなたに
これまでの私を見ていてくれたあなたに
どんなときも心を寄せて心配してくれたあなたに
愛を貰ったのに大切にできずに裏切ってしまったあなたに
顔も声も知らないけれど私の叫びを受けとめてきてくれたあなたに
新しい命を引き受けてこの星にきてくれたあなたに
若く苦しい私に助言をくれたあなたに
優しさゆえに厳しくしてくれたあなたに
心が通わないときのことを素直に水に流せなくても、それでも私のことを覚えていてくださるあなたに

皆々様に出逢うことができて、私は今の私になれました。
まだまだ何もかもが足りないし、そのことすら分かってないみたいだけど、
でも昔より自分のことが好きだし、今に辿りつけたことが本当に有り難いです。

私は幸運にもまだ生きていますから
いつか時が満ちることを信じて
懺悔ゆえの感謝をこめて
今日からまた精一杯かみしめながら与えられた時間を生きていきたいと思います。




小さな自分ですが、それでも限界は私にも分かりません。自分が主が望む自分になっていけるように祈りながら歩みます。
いつの日か用いられ、御心である愛が自分の生を通してあらわれる時が来ますように。
頂いた自分の命を、本来のその輝きに近づけさせていけますように。
神様が創られたこの世界の美しさを感じ、人の世がやっと見出した善きものを後世の人たちに手渡していけるように
諦めず暮らしていきたいです。
天国にいるあの人たちにいつかまたお会いできる時に ちゃんと目をみて居られる自分であれるように。
どんな未来に行き着いても、後悔しないように。

 










≪それで、そのために思い上がることがないようにと、私の身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足していきます。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。≫
 (聖書 コリント信徒への第二の手紙 12章7章-10章)




弱さを隠さず、人を恐れず、引き受けていくこと。あらわしていくこと。呼びかけること。
受けとめようとすること。感じること。
心を打ち明けていったとき相手と本当に出逢うことができ、その先に人の間に愛と労わりと慈しみの恵みがあると信じます。

2019/03/22

【観たい映画】『金子文子と朴烈(パクヨル)』

映画 『金子文子と朴烈』 http://www.fumiko-yeol.com/


参考記事:Chinefi イ・ジュンイク監督がまたもや世界を魅了する――禁断の歴史映画の誕生! 

必ず観るつもりでいる映画です。

徐京植(そ・きょんしく)さんの『過ぎ去らない人々 ―難民の世紀の墓碑銘』(2001年・影書房)の136ページから140ページまで、金子文子について紹介された文章を読んだのは、今から15年ほど前。私がちょうど彼女が縊死した年齢の頃でした。


「将来の自分を生かす為、現在の自分を殺すことは断じて出来ないのです。私はね、権力の前に膝折って生きるよりは寧(むし)ろ死んで飽くまで自分の裡(うち)に終始します。」
「私は日本人ですけれ共、日本人が憎くて憎くて腹のたぎるのを覚えます。私はその時ただ目に反射されただけの出来事は、大きな反抗の根となって私の心瞳に焼き付けられて居ります。」

という文子の言葉。

わたしは今、捕らえられているわけでなく、殺されることも自分で死を選択しきることもなく36歳になろうとしています。彼女が生き延びられなかった時代を想い、またそうした状況を繰り返していこうとする日本社会で暮らしていると実感します。まだ今の時点では、社会と切り離されずに愛するひとたちと暮らせていることを幸運に思っています。 安心とかはしてなくて、いつ何が起きてもおかしくないから、「まだ、今は」という気持ちです。今の自分の人生にある幸福について、少しでも感じ取り、かみしめて暮らそうと努めています。(環境も社会も崩壊寸前で、文字通り薄氷の上に暮らしていると考えていますし、私には「精神障害」があるので、自己決定できない境遇に閉じ込められることもあるという認識でいることも背景にあると思います。)


闇が迫っても、まだ光があります。
かすかであっても、今は光に目を向けて歩むことができると信じています。
主イエスの御言葉にもあるように、光のあるうちに光の中を歩まなければなりません。夜が来る前に。
だからこそ、日本帝国の支配と抑圧のなかで、迫り来る絶望と暗黒の中でも命の輝きを最期まで示し、人間として生きようと闘った先人たちの人生に触れ、感じ、自分のこれからへの原動力にしたいと思います。

ひとりでも多くの人と、この映画、この歴史を共有したいと願い、ご紹介させて頂きます。 

公式ウェブサイトより:各地の上映映画館 


買ったものの辛すぎて読めていなかった加藤直樹さんの関東大震災のときの日本人による朝鮮人(だけではないけど)のジェノサイドについての本『九月、東京の路上で』(ころから社)を、これを機にちゃんと読んでから観に行きたいです。
※ジェノサイドはその共同社会や民族を滅ぼすほどの大量殺害、集団殺戮(さつりく)という意味



◎追伸
同監督の『王の男』と『Radio Star』も観れて良かったです。尹東柱の映画 『空と風と星の詩人 ~尹東柱の生涯~』もホントめちゃくちゃ 観たいです!!
2019/03/22

「フォトジャーナリストH氏の性暴力についてのこと。」2019年3月22日 追記/第二稿



 フォトジャーナリストの広河隆一氏が性暴力犯であることが明らかになった2018年年末。心の奥底からの怒りを禁じえず書いた自分の文章を、よかったら読んで頂きたくて、再度アップさせて頂きます。お時間に余裕のある方、よかったらお読み下さいませ。(※だいぶ長いです)

「フォトジャーナリストH氏の性暴力について。」第一稿【2018年12月31日】
http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-779.html



 最近、薬物で逮捕された人のことなども絡め、《「犯罪をした人の作品=ダメ」としていいのか》的な議論があります。ただ、性暴力という犯罪 ―特に広河氏のやってきた確信的な性的搾取の加害行為を 薬物依存症という病気(アディクション)と、一緒にすること事態が簡単すぎる議論ではないかと思います。広河氏の加害行為について、写真家としての功績うんぬんで通り過ぎてはいけないと思います。功績があるかないかで犯罪の軽重が決まるなんて優劣主義的ナンセンスだし、彼の加害行為によってたった一度の人生を混乱させられ、傷つけられた被害者が確実に数名以上おられるという事実があるからです。

 この度、フォトジャーナリストの土井敏邦さんのこの件のコラムについて、やっと目を通せました。 読んでいていろいろなことを感じましたが私は率直なところ、「土井さんにそういう気持ちはあるのは無理からぬことだろうが、公的にこの時点での意見を書くのはやっぱりダメじゃないかなぁ」と思いました。被害にあった女性たちの体験を下地に成してきたことが、どんなに世界的に大きな影響力を持つ仕事でも、「あの仕事は意義があったことは変わらない」って言うのは私はイヤだからです。そういう態度をとってしまうことこそが、ひとりの人間を能力や立場で比べて切り捨てることを正当化していく権力の取る態度に近づいてしまいかねないのではないかと危惧します。フクシマのことを想うからこそ、この社会のこの状況下で、「権力の思うツボ」にさせたくないからこそ、被害者たちは黙らざるを得なかった。そのことを広河隆一は熟知していたでしょうから。私はその卑怯さが我慢できないし、土井さんがその論理をそのままに書いてしまったことにより、これまで私の中に育まれてきた土井さんの写真に対して親愛さや信頼感も引き下げられてしまったことが正直なところ残念です。

 私の人生は、フォトジャーナリストではないけれど、広河隆一氏の仕事によって影響されて生きてきたところがあります。写真を見ただけで直接会えたわけじゃないけれど、心に残る人たちとの出逢いがあり、みれた風景があります。だからこそ、下劣な行為を重ねてきた彼のしたことを「仕事」「功績」としては認めたくありません。

土井さんが提起している広河氏が関わってきた人道支援について継続するべきか、どう評価するかについてこそが、また別の問題として論じられる必要があると思います。これまで広河隆一の掲げてきたスローガン、「一枚の写真が戦争をとめることがある」「人々の想いが戦争をとめる日が必ず来る」という言葉の意味を喪わせないかどうかということと、彼の仕事を評価をすべてナシにしないでほしいっていうのは、別のこととして丁寧に論じることが必要ではないかと感じます。

 一方で、私自身、これまで自分がしたこと/してきたことについて これまで考えてきたことについて、よくよく捉え返さなければならないと感じ始めています。
《私は、誰かの苦難に満ちた人生を自分のために、また自分の傷の回復のために消費してこなかっただろうか?》という問いが、今 改めて自分に向いています。正直なところ、そういうところがありありとあったと認めるしかない自分がいます。自分勝手な善意を満たすために、誰かから認められたり褒められたりするために、もしくは自分を正当化するために、自分は今までやってきた。心の傷も作用して、かなりの部分がそうであり人に迷惑をかけたり、傷つけてきたのだろうと思います。実際にそういうことも思い出せます。
利己的でしかなかった部分をそうでなくさせるために、また、そうとは言えない部分が一欠片でもあったのならば、もういちどそこを明らかにし、捉えなおして育てていきたいと願います。ほんとうに生き直していくために私は何を肝に銘じなければならないのだろうか、と考えています。何よりも誰よりも、自分自身に自問自答が必要だと感じています。結局のところ、「自己満足でしかない」と誰かに言われるのだとしても、膝を折り、すべてを御存知の神様の前で祈り求めながら、己に慢心せず、人の世の悪により低くされた人と共に歩んでいける人間に少しでも近づけるように精進していきたいです。

 私は高校生のとき、写真の専門学校に行きたいと言っていたときの気持ちを改めて見つめています。12歳の時から家族の写真を撮ってきた私は、今も自分に与えられた暮らしの風景や、出会った人たちとの時間を記録するべく7年前にやっと買えたNIKONのちっちゃいデジタルカメラを大切に使っています。写真は、私にとって特別なツールです。36歳になるけれど、ほんとうに私は自分で写真を撮ることや見ることが、とても好きだし大切なことだと感じます。

 写真は被写体がいて初めて撮れます。世界があって初めて撮れる。「撮る」ということは、「取る」ということにもなってしまう。そうやって撮影させてもらう相手の人生や社会の文化や歴史があって、自然があって、それを写させて頂いて初めて「写真」になる。だから、関係性も感じ方も写り込むわけだけど、写真を撮る人だけのチカラでは写真は実現しない。写真は、他の存在を撮らせてもらってはじめて成り立つものなんだと思います。(セルフポートレートってのもあるけど、それだって自分に自己決定できる信頼があるから自由に撮れるんじゃないだろうか。)
技術よりも、その存在を相手から預けて頂いた者としての責任をどうとれるか。写った対象から託された信頼を、写真を撮った人間は、なによりも大切にしなければならないんじゃないかと感じます。

 今ならこのように思うことも、私は10年前は分かりませんでした。たくさんの方の思いや愛を無碍にして、自分のことばかり考えてきたと感じます。覚悟もありませんでした。(写真だけでなく、文章を書くことについてもそうですけど。)
とっても時間がかかって今更かもしれない。それでも、反省しないより遅くても反省したほうがマシなんだって信じて、今 想うことをこれからの時間で実現していきたいと思っています。

 写真についてはこういう個人的な思い入れもあり、だからこそ写真家としての性暴力の加害を重ねていた広河隆一氏を私は絶対に許しません。そして彼の中に育ってしまった権力と支配への渇望に私自身が絡め取られないためにも、このことについて考え続けていかなければと感じます。今後もこの件については自分の気持ちを整理しながら考え続けていくために、時折 書いていくことになると思います。


2019/03/08

大阪・枚方市に送ったパートナーシップ宣誓証明の検討についての意見書

今日、煩悩ちゃんさんのTwitterのリツイートでLGBTサークルCielarko(チェールアルコ)さんのTwitterから、大阪府枚方市のパートナーシップ宣誓の照明に関する要綱(仮称)の考えについて、意見募集中ということを知りました。

★☆★枚方市パートナーシップの宣誓の証明に関する要綱(仮称)の考え方に対する意見を募集します
[2019年2月20日~3月12日(火曜)まで]】※プライバシーは守られます。 ※枚方市以外の方もOK!

☆★☆



枚方市民でなくてもかまわないとうことなので、私も書き送りました。
3月12日(火曜日)までだそうです。
あと五日あるけど、「今やらな!」と思わないと忘れるからなぁ私。
ということで、書いて送れました。お時間ある方は、よければ御一読下さい。

《以下の色付きの文章は、今回の意見募集に送信した私のコメントです。》
 私は学生時代に、パートナーが同性であるということで婚姻を認められず人生の局面で差別を強いられた当事者の方たちの体験談を聞く会に参加する機会がありました。パートナーと築き上げてきた財産の相続が認められなかった方、パートナーの死に目に会わせてもらえなかった過去を持つ方もいました。こんな酷い差別が横行し、この現状を放置している社会であることに衝撃を受けました。何年も後に自分の人生を共に生きていきたいと思える相手と出会い、その人はたまたま異性でした。私は「自分の性の認識と身体が女性で、相手が男性ということなので【結婚】ができる。けれど、その結婚自体が制度の不公平に加担することになるのではないか」と何年か悩みました。しかし経済面の課題から税金や保険の控除、私の持病が悪化した際の面会権などのこともあり結婚することを選びました。後ろめたさを心に抱きながらも、社会的にも夫婦と認められて生活しています。

 誰しもに家族を構成し、公的に尊重される権利があります。すべての二人の門出を祝福する社会になるべきです。すべての人のパートナーシップについて公的に認められるように決まってほしいです。そうすれば少数者として切り捨てられている当事者の方だけでなく、立場が違う人も良い影響があります。自由に生きられるようになるし、誰かを差別/抑圧することから脱していく機会を得るはずです。少数派の当事者の人たちが希求する最低限の人権の実現が叶えられることは、この社会に暮らす全ての人の権利を守る力になります。枚方市行政には全ての人の人権を保障する政策をお願いします。市民の人権を守る勇気ある姿勢を枚方市が行政として打ち出せば、ロールモデルとなり良い流れが全国的にも広がっていくはずです。先月14日に平等な権利を求めて一斉提訴された原告の皆様のお声を受けとめた流れを官民ともに作りだしていきましょう。
 公的に、法律的に変えていける力を持った行政の現場に関わる皆さんは、多くの一市民の人生を左右する権限を付与されています。その力が、公務員として一市民の生活・人生の幸福追求を理念とした職務であるからこそ与えられていることは、皆さんが一番ご存知です。遠方からではありますが、お働きが実を結びますように心より応援しております。どうか御自愛しながら頑張ってください。私も暮らしの中で自分にできることを頑張ります。読んで頂きありがとうございました。






とにかく短くてもいいし、一言でもいいので、魂をこめた肯定・応援メッセージを是非!
言葉には発してからこそ届き、自分や相手を、そして社会を変える力になるんじゃないかと思います。
一人でも多くの方との肯定的な意見を届けられるように、他の誰でもない自分自身が想いを書いて、想いを深めて、その声を実際に届けること。小さく見えても、大きな力・行動になっていきます。気持ちがあるってだけじゃなくて、いつもは無理でも、こうして呼びかけがあったときに具体的に実際に参加すること。とっても大切だと考えてます。(できるときばっかりじゃないから、なおさら。)


関西・全国で 地道に闘っておられる当事者の皆様、枚方市行政内で頑張られておられる職員の皆様、尽力されている市民や議員さん全ての方、お疲れ様です。私も祈りつつ歩みたいです。


2019/03/04

四季の中で、春が一番すき。



三月になりました。
私も、お世話になった尊敬するあの方たちも、三月生まれで。

陽が長くなり、草花が芽吹いてくる。風が軽やかにすぎていく。
心も身体も伸びのびと、深く息をすったりはいたりして、重ねてきた時と今まさに過ぎていく時を想うこの季節。

いつからだろう
私にとって、春の始まりが最もうれしい季節になりました。
生きて、また新しい時季を体験できることの有り難さ。
ほんとうに、なにもかもが当たり前ではないことを忘れずに暮らしたいです。

かみさま、いのちに感謝します。
どの人も等しく平和な世界を目指して歩めますように。

2019/03/01

今年の三一節(サミルジョル)。

1919年3月1日から100年。日本が植民地支配していた朝鮮半島で一斉に立ち上がった202万人の人たちが日本帝国に弾圧され殺され、分かっているだけでも7509名の人が命を奪われました。
(16,000余人が負傷、逮捕・拘禁された人の数は、46,000人。)
三一節
参考記事:
第100周年3.1節記念式 文在寅(ムン・ジェイン)大統領演説[全訳] (2019年3月1日)
参考記事:韓国旅行サイト「コネスト」三一節(サミルジョル)



上の絵はシュナムルさんという方が描かれたものです。許可を頂いたので載せます。

シュナムルさんのツイートより引用
 https://twitter.com/chounamoul/status/1101327037715820544
《人間が「こいつらは自分たちより下の人種だ」と見なした属性に対してどれだけ傲慢で酷薄になるかは、今の日本見てもわかると思うけど、そういう日本人が実際に権力を持って全朝鮮人の上に君臨してたのが植民地朝鮮で、まあ酷いもんですよ。俺らの父祖があの国の人たちにやらかしたことというのは。》

《今日は韓国では三一節、つまり日本からの独立を求めるデモが起きた1919年3月1日を記念する日だけど、俺らにとっても無関係な日ではもちろんなくて、自分らの父祖が植民地でやらかした加害の記録をいちど読んでみるのがいいと思う。もちろん加害者側の正当化の理屈ではなく、被害者側の証言を。》

《殴られた側は殴られたことを憶えていても、殴った側は忘れたがり、じっさい簡単に忘れる。「どっちもどっち」じゃないですよ。忘れちゃいけないんです。殴った側は殴ったことを忘れまいと努めなきゃいけない。それは倫理的な責任であると同時に、殴られた側と対等の友好を築く絶対の条件でもある。》

《そういうわけで俺は日本人として、韓国の独立運動への敬意と、自国による侵略と収奪への反省とともに三一節を記念します。大韓独立万歳。願わくば日本が理性を取り戻し、植民地主義を脱して韓国と友好を築かんことを。》

(シュナムルさんの2019年2月28日のツイートより)





私は、日本に生まれ育ちました。
この国にはいいとこや好きなものがたくさんあるし、言葉も文化も風土も多様で面白い。水にも自然にも恵まれて暮らしやすい。食べ物も好きだし、日本語文化圏に暮らせてよかったなーって思うものも多くあります。(他の言語わかんないんですけど。)
戦争を放棄した日本社会に生まれたから、自分は今の権利を持っているし、教育や医療を受けてこの人生の恵みがあると思ってます。だからこそ、この国の光の部分だけではなくて影の部分、闇の部分をしっかり引き受けていかなきゃなりません。
それが社会に今ある光の部分を次世代に引き継ぐ術だと考えるからです。

第二次世界大戦は日本が奇襲で始めた戦争です。アジア太平洋地域で2000万人の人が死ぬことになった戦争を日本が始めたこと。このことを無視して自分の人生を考えることは、私にはできません。

日本が、朝鮮半島を支配してどれほどのことを行ってきたかのか。
たった一度の人生を奪い、家族を友人を奪い、
名前を奪い、文字を、言葉を、文化を、大地を奪い、
人間が人間として暮らす権利の全てを奪った日本の侵略戦争。
兵隊として、軍夫として、強制労働者として、性奴隷として・・・。

その全貌を知ることはできないけれど、言葉で書き連ねるだけで、呆然とします。
数字だけで気の遠くなるような人数の一人ひとりの人生に、一人に起きた残虐すぎて実感できないような被害。
なんら誠実な謝罪も、謝罪どころか認知もしようとしないこの国。

無かったことにはさせない。できません。
忘却しての美化なんて、醜悪そのものです。

戦争の歴史にしても、原発にしても公害にしても、差別にしても、環境破壊にしても、誰かを虐げることを前提とした日本社会が私は恥ずかしい。イヤです。イヤ過ぎる。思想云々もあるけど、体調が悪くなるとか、隣人との関係が阻害されるとか、暮らしに影響もある。なんとかしたいです。

誇りたくても誇れない、恥ずかしく情けない国に成り下がっている現状をそのままにしたくない。改めて、強く思います。
加害の立場を自覚し続けることは楽なことではないけれど、誰かを虐げたり殺したりしてきたことを正当化したり美化したりして妄信しながら生きるよりも、ずっと人間らしい生き方ができるはずだと私は考えます。日本人だから日本の全てを肯定するって考え方より「今は抑圧者であるけれど、いつか抑圧のない社会・世界を目指して生きようとする」「とれない責任とも向き合い続けようとする」というのは、アイデンティティとしてはるかにまともじゃないかと感じます。

社会を作り変えるなんてできないけど、まずは、私自身が自分の置かれている立場、誰かを踏んで立っている今現在地を自覚する必要があると思います。踏みつけてきている立場の人たちの声をなるべく聞こうとして、受け取れたときは何度でも何度でもかみしめて感じられるように。社会的・世界的な自分の立場と責任を自覚した上で、自分がどう生きるか。
自分の加害の立場、そしてこの社会で受ける抑圧。構造的な、歴史的な背景を踏まえながら、相手を大切にし、自分の気持ちを置いてきぼりにしないで、どう生きるのか。その時点での試行錯誤して選んだ姿勢を自分の人生で示せ続けたらと願ってます。


日本社会の歴史観が歪められ、真実から遠くなればなるほどに三一節(サミルジョル)を胸に刻んでいかなきゃなりません。朝鮮半島のみならず日本帝国に奪われ、殺され、支配された人たちの人生を想うために。
それは、人々を殺したり奪ったり、飢えたり死んでいく戦地での人生ではなく、戦争がなければ送れたはずの人間らしい平凡な暮らし・人生を願っていたはずの日本軍の兵士とされた人たちの魂の叫びを真摯に受けとめることでもあるのだと私は信じています。中国から生きて帰ってきた父方の祖父の人生を想い、中国で戦死した祖父の兄の人生を想いながら、心からそう思います。
戦争はもう決してやってはいけない。自衛隊を名実ともに軍隊にさせては絶対にいけません。

今年も、春がきます。
心新たに、悔いが残らないように、できることをできるだけやりきっていきたいです。





◎ついしん
映画『パッチギ2』は名画だと思います。観てない人は是非みてみて下さい!
2019/02/23

【短歌】 沖縄辺野古新基地県民投票の前日に。

・海を見よ 学べ歴史を 今を知れ
    ヤマトの暮らし 琉球の現在(いま)


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・意思表示 せねば暮らせぬ人々を いつまで黙し虐げるのか
・植民地 今も昔も続くのは 誰かの痛み「有り」とする世よ
・いつまでか いつまで示し続ければ その声届く世の中なるか
・強いられる立場にばかり繰り返し求める答え 服従強いて
・真実に問われているは私たち いつまで支配容認するか
・住んでいる人に責任押し付けて「地域の声」とよくぞ言うなり


・歴史知れ 軍隊および戦世(いくさゆ)が 平和つくりしことがあったか
・戦世(いくさゆ)を知りしあなたの言の葉が私に沁みる今日のこの時


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・押し込めた命「有き」とする社会 平和遠くも歩み続ける

2019/02/15

【詩】 2019年2月14日 ―日本社会での同性婚を求める一斉提訴の日に

すべての人にこの幸福を!
すべての人にこの面倒ごとを!
すべての人に真っ当な悲しみを!
すべての人が共有できる怒りを!
すべての人に当たり前に与えられるはずの権利を!

私たちを分断するのは誰か
私たちを同じ地平に向かわせず 意図的に争わせているのは

権利を与えられていない者が絶望し
権利を行使する側が不平等に組み込まれ 加担させられるこの制度

いつまで人間を選別し無慈悲な苦難を強いるのか
いつまで私は見殺しを続けなければならないのか
一歩違えば この仕組みに自分自身が切り捨てられる日が来ることを決して忘れず
今日のあの人たちの決意を受ける



帝国の支配の下 戦地に兵士を送るために 人々の結婚が禁止された時代
神の下 挙式を執り行っていた司祭が処刑された日

いつのまにか愛よりも先立つものが先になってしまったこの国で
真実の愛と平等を求めた二人たちが一斉に立ち上がった
―今日 権力から人間の権利と尊厳を取り戻す新しい闘いが始まった


私が今 与えられているこの「日常」が
すべてのそれを望む人に行き渡ることを希い 祈り 歩む
自分の置かれたところから 違う道を通り あの人たちと同じ場所を目指し続けられるように

立ち上がった人たちと共に立とう
この日を真実の愛の日とするために


(2019年2月14日)

参考記事: 【ハフポストnews】「天国に行くとき、最後のお別れを最愛の人と手をつないで迎えたい」同性婚が認められたら、できること。 記者:Shino Tanaka 〔2019年02月14日 21時45分〕


ポエトリー 毎日の詩(うた)
http://konnnahibinokurasi.blog.fc2.com/
2019/02/09

立春に 俳句を習い 言葉編む





・白雪の 山から降りし 風の音
・冷たくも なつかしき風 故郷(ふるさと)よ
・天と地を 吹き渡る風 春立ぬ
・冬の朝 木立まばゆく 息白し
・梅の香の広がる部屋に 光射す
・新しきセーターの色 春近し

・冬空の朝に一筋 雲が逝く
・送る日に背筋を伸ばす冬木立
・春までに寒さを超える 桜花(さくらばな)


2019/01/29

今、聴くべきと感じる演説。


1963年8月23日 米国 リンカーン記念堂前
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師

キング牧師「I Have a Dream」演説全文&和訳
https://www.tomorokoshi.com/entry/martin-luther-king-jr




2018年9月22日 沖縄 新都心公園 【沖縄県知事選挙】うまんちゅ大集会
玉城デニー候補/現・沖縄「県」知事  決意表明演説


【沖縄県知事選挙】2018年9月22日 うまんちゅ大集会 玉城デニーさんの決意表明 演説 (全文) http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-726.html



2019年1月19日米国ニューヨーク、フォーリースクエアにおけるウィメンズ・ユニティー・ラリーの集会にて
米国史上最年少の下院議員アレクサンドリア・オカシオ・コルテスさん演説


【全訳】米国史上最年少の女性下院議員がキング牧師ばりの演説
https://courrier.jp/news/archives/150572/



★よかったらこちらも。湾岸戦争勃発の翌日の米国会議にてバーニー・サンダースの演説。
【動画】空席の国会演説 バーニー・サンダース 1991年 (日本語字幕)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=Aw21hsX8Sz0

* 1分50秒あたりの日本語字幕にミスがありました。7億ドルではなく、70億ドルです。


2019/01/25

【今日の歌】NCM2 「花も」 日本語版・韓国語版





花も

ここに泉わく 涙をすぎる時
やがて実をむすび 笑い声にみちる

花も雲も風も海も
かなでよ かなでよイエスを
空にひびけ 歌え魂よ
恵みを 恵みを 恵みを

仰げ天はひらき ぼくらは見るだろう
やがて花は咲き 栄光の主がこられる

花も雲も風も海も
かなでよ かなでよイエスを
空にひびけ 歌え魂よ
恵みを 恵みを 恵みを

花も (Hanamo) – 作詞・曲:MEBIG

編曲・演奏:NCM2 CHOIR + CoroHana

NCM2 CHOIR
Junseok Lee: Lead Vocal
Michiko Hill: Piano and Soprano
Naomi Taniguchi: Alto
Yoshio Maki: Tenor
Yuri Matsuo: Alto 2
Akiko Y. Watanabe: Soprano


https://www.ncm2.com/

2019/01/23

【詩】 招待状 ―『運命 文在寅自伝』「日本語版への序文」によせて

                                                                          稲荷明古


近くて遠いあの国から
心が震えるほど美しく熱い「招待状」が届いていました

それは
人間の本当の解放を実現するための平らかな世界にむけて ともに旅立とう
という呼びかけの手紙

そうだ
海はふたつの国を隔てているが
海上には両国の先人たちが 古代からつないできた道があったのだ

「私たちの祖先が荒波を渡って相手のもとへと向かうことを可能にしたのは、友情と歓待の力でした」
「私たちはやがて真の友人となるでしょう」
とあなたは書き送って下さったのですね

すべてを奪い
知らんふりのまま一世紀を超える時を垂れ流し
むしろいいことをしてやったのにと開き直る私たちの国にさえ あなた方はこのように呼びかけて下さるというのですか

軍国主義と植民地支配により 先人たちが行き来したその道を埋めて
あなた方の故郷のなにもかもを奪い尽くした私の国に・・・・・・

憎しみも恨みも超えようとする強い愛の心に圧倒され 言葉もなく
しかし
なんとか応え生きたいと 胸の奥から琴の音色が響きます



歴史の末尾を歩む自分の足元には
いつも膨大な人生と未だ朽ち果てぬ魂があることを想わねばなりません

自国の在り方や辿ってきた道程の中 愚かな過ちを繰り返し
星の数ほどの人がただ一度の人生を奪われ 己より大切な家族と友人を奪われる苦難を強いられたことを・・・

この国での幸福に少しでも預かっている者たちは 私も含め絶えずそのことを想わなければ 誰がその歴史を教訓と出来るでしょうか

今を享受し 生きる者として どういう態度をとるのかが問われるのは至極当たり前のことであるはずなのに
「仕方がなかった」という言い逃れは あまりにも人のあたたかさからは遠いもの

「責任」
「反省」
「謝罪」
「誠実」・・・
そうした言葉の意味自体も 目の前で喪われゆくこの国で
情けなさと恥ずかしさに埋もれて窒息しそうな 私を掘り起こし
息が吸える青空の下に引き出していくあなたの手紙

この「招待状」を
一人でも多くの仲間と共に受け
あなたたちとの旅に出る決意を確認し
そして
今 心して 始めの一歩を踏み出でましょう

済州(チェジュ)出身のあの詩人がこの国の言葉に訳してくださった「序詞」を呟きながら








(2018年11月9日 記)

文在寅(ムン・ジェイン) 『運命 -文在寅自伝』 矢野百合子/訳 2018年10月 岩波書店




尹東柱 『空と風と星と詩』から「序詩」 (1941年11月20日)
 金時鐘  翻訳(2012年 岩波文庫)

死ぬ日まで天を仰ぎ
  一点の恥じ入ることもないことを、
 葉あいにおきる風にさえ
 私は思い煩(わずら)った
 星を歌う心で
 すべての絶え入るものをいとおしまねば
 そして私に与えられた道を
 歩いていかねば。

 今夜も星が 風にかすれて泣いている。
2019/01/22

近況です

いろんなことが起こるけど、久しぶりの危機を越えて一安心。
おかげさまで、有り難く過ごさせてもらってます。
穏やかに生活ができることが、どれだけ恵まれたことか。感謝ばかりです。
しんどい世界がいよいよきつくなってますが、皆様どうか無事でいてください。

闇が深ければ深いほど、ひとりの光が輝いています。

今年もよろしくお願い致します。
書く気持ち、ゆっくり温めてます。

最近、賛美歌うたうの、ほんとうに幸せです。
ゴスペル手話ダンス習いたいなぁ~


2019/01/02

【今日の歌】タテタカコさん 

これまでの私の人生で一番きついときによく聴いていた歌。
タテタカコさん 「道程」




タテタカコさん& element of the moment & 足田メロウさんの「十一月」。
音楽も映像もとても好き。




曲はアイルランド民謡のダニーボーイ、作詞はタテタカコさん
 「命ノ灯燃ヤセ」
2015年9月19日に安保法案が成立した日の夜に、暗澹たる心でひたすら聴いていた歌。



※この歌は、讃美歌もいいですよ。
 この世の波風さわぎ 讃美歌第二編157番 Londonderry


タテさんのライブにまた行きたいです。
2019/01/01

2019年1月1日(火曜日) 

初めに、神は天地を創造された。(創世記1章1節)

初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何ひとつなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
(ヨハネによる福音書1章1節から5節)
地には平和、御心に適う人にあれ
いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。

   (ルカによる福音書2章14節)


新年が明けました。“おめでとう”と言えないような気持ちもたくさんありますが、命があり、心合わせられる人たちと出会えた歓びに改めて感謝申し上げます。今年もよろしくお願いします。平和を求め続け、祈り合わせて皆様と共に歩みいけるように頑張ります。

歌はAIR(エアー)のⅠhave a dream。
こんな時代だからこそ、ひとりの夢を追求していきましょうね!


AIR 「I have a dream」

今日という日に あしたという日に
すべての命が 輝け 羽ばたけ

さあさあ 踊りだす鼓動と共に
大きく唄い出せばほら
悲しみに濡れた 今日を塗りかえる

We Shall overcome
Go my way
I have a dream


共に立ちあがる 共にわかちあう
理想に燃える力で 不可能を 打ち破れ

We are Alive 見上げた空の先に
流れる 血の河の重み
あの日の涙の 意味を忘れない

We Shall overcome
GO for it
I have a dream

We Shall overcome
GO for it
I have a dream


We Shall overcome
Go my way
I have a dream
2018/12/31

フォトジャーナリストH氏の性暴力について。第一稿


【2018年12月31日に書いた文章】

(1)
 先週の水曜日の夕方、フォトジャーナリスト広河隆一氏の性暴力の発覚ニュースをパートナーから聞いたとき頭が真っ白になりました。思いがけない訃報を聞いたときのように現実感がなく、しかし事実であることは明確に分かっている。けれど理解がついていかない、というような感覚でした。夜に、バズフィールドの小林明子さんの記事を読みました。(※この記事の冒頭にフラッシュバックへの注意喚起が必要だと思います。)
 被害にあった方たちお二人の証言が取材されていました。あまりの酷さに吐き気がし、この方たちはよくぞ生きぬいてきてくれたと思いました。世界で最も憧れた人から性暴力を受け、夢も人に対する信頼も奪われた後に、どんな人生を歩んでこられたのだろうかと考えようとしましたが、辛くて。被害にあった女性たちには、既にこの世を去っている人もいるであろうことを感じました。生き残ってくれている人も、精神疾患を抱えている方も多いだろうと思いました。その日は悲しくて辛くて、涙が溢れてきて明け方まで眠れませんでした。

 広河隆一氏は1982年にイスラエル軍が包囲するパレスチナの人たちが住むシャティーラ難民キャンプにレバノン民兵が入り数千人を虐殺した時、彼はその現場に最初に入ったジャーナリストでした。パレスチナもチェルノブイリも報道のみに留まらず子どもたちへの支援活動を組織し、チェルノブイリ支援に関しては2001年にはベラルーシから国家栄誉賞を、2011年にはウクライナの有効勲章をもらっています。彼の仕事にリスペクトを抱いていた人、彼の撮った写真に人生を方向付けられてきた人、20年間に渡り全国で1200回以上されてきた写真展に携わった人、彼の提案した運動に賛同して貢献してきた人、彼の編集雑誌デイズジャパンに写真を載せたり記事を書いた人、購読運動をしてきた人、その雑誌を講読することを通して世界の不平等と不正義の構造について考えてきた人、彼の仕事により存在を伝えられてきた全ての写真の被写体となった人たちが、この人が女性たちを蹂躙してきた事実により裏切られたのだと思います。
 この度の長年の性暴力事件の発覚は、「個人の裏切り」に留まらないだろうと私は感じています。彼がしてきた仕事が、人間の良心や善の表れ、また真実を直視する姿勢や行動が巨悪を崩していく力になりうるという価値観の形成と共有であったため、そうした思想自体が打撃を受けていくと思います。信頼を裏切られたことによって、人間の善性やジャーナリズムの役割への不信を感じるような複雑な想いが多大な人に及ぶであろうことを想像します。
一報を受けて、時間が経つにつれて、彼女たちが置かれていた被害を言い出せなかった重圧への想像が働くようになってきました。

 私は彼の仕事について、フォトジャーズムの仕事自体も、世界を変えていく上でのフォトジャーナリズムの重要性を体言した雑誌の刊行も、パレスチナの子どもたちの里親キャンペーンも、チェルノブイリで白血病になった子どもたちの保養施設も、フクシマの被爆から子どもたちを疎開させる保養キャンプも、全部ひとりの人間に出来ることの可能性の最大値を実現しているひとりで、「この働きはもう偉人だ」とさえ思っていました。ドキュメンタリー映画の中で、パレスチナ人たちのイスラエルへの抗議デモを取材中にイスラエル軍の催涙弾の煙に巻き込まれ咳をしているのを聞き、尊敬の念はより深くなりました。その時期、この映画を紹介するブログの記事に、私は「こういう人がいるから、人間への希望を諦めないで済んでいる。私も頑張っていきたい」と書いていました。しかし、私のこうした彼に対する考え方や感じ方が、被害女性たちを黙らせる彼を神格化する構造に加担していたのだと痛感しました。

 広河氏の講演会に、私も何度か行ったことがあります。講演会の主催者に知人が居て、パレスチナ雑貨の販売のお手伝いをしたこともあったと思い出しました。思い出しながら、件の記事に講演会にきた人を彼が誘い、主催者と揉めたことがあったということ書かれていたことが頭を掠めました。近年、私が住んでいる地域で彼の映画の上映会があったときに、思いきって(私にとっては高価な)写真集を買いました。買った写真集も含め、学生のときから集めてきた彼の編集してきた雑誌が本棚にあることに耐えられなくなり、引き抜いて袋に入れました。その時、二年前に写真集に書いてもらった自筆のサインと日付をみて、ゾッとしました。大学に進む前に写真の専門学校に行こうとしていた私も、もしかしたら彼の被害に逢っていたかもしれなかったと感じました。お金がなかったから無理だったけど、デイズジャパンの若手写真家養成講座に参加したいと思っていた時期があったことも思い出しました。

 本をしまう途中、雑誌の講読募集の小冊子が目に付きました。何気なく開くと、編集長である彼の写真の横に、「加害者は、必ず被害を隠す。」という言葉が書いてありました。嫌悪感で眩暈がしました。私は精神の持病で感情障害がありますが、ニュースを知ってからずっと鬱気味でしたが、これを見て解離性の鬱の症状が一層強くなりました。その夜も嗚咽が止まらなくなりました。年末で帰省しているパートナーは体調が悪そうだったため起こしたくなくて、家事をしていましたが、一人で泣いて祈っていました。言葉は出てこなくて、ひたすら「神様・・・」と呼びかけ続けていました。そして、ふと気付きました。「ずっとパレスチナ支援をしてきた、お世話になっているあの先輩は私よりもっと辛いだろう…。」そういう気持ちを短いメールにして、落ち着いたら今度お電話したいです、と送ったところたまたま起きていたその人から返信がすぐ来て、お電話できることになり、結局こちらが救われてしまいました。私も性被害の体験があるし(みんな、なにかしらあるよね・・・。)、彼の仕事に尊敬の念を抱いてきたから、これらの要素で心身がここまで反応したのだろうと感じます。そしてきっと、そういう人は少なくないだろうなと想像します。

 十年ほど前に、大阪の市民劇団の芝居でパレスチナ問題を題材にした劇に出させてもらったことがありました。私はレバノンの難民キャンプにいるパレスチナの少年の役でした。「日本のお母さんへ」という出だしで始まる台詞は、日本のパレスチナ里親キャンペーンに参加している女性への手紙の文面でした。ストーリーは、パレスチナ里親支援に参加する主婦が家計の厳しさから里親支援をやめようか迷っているとき、自分の息子も就職難で自衛隊に入隊せざるを得ない状況になっていくというもので、ガザの空爆や、ジャーナリストの体験が織り交ぜられる朗読的な要素が強い芝居でした。その中に、広河氏が1982年にレバノン、シャティーラ難民キャンプに入るときの体験が演じられる場面がありました。イスラエル軍による戒厳令がでて、宿で砲撃音を聞きながら布団をかぶって震えていた彼が、意を決して現場に赴くところが演じられていました。お芝居を見に来てもらった人に写真雑誌を買ってもらえるようにしようということで、劇団側が雑誌の事務局に連絡をとって準備して販売してくれました。「一枚の写真が国家を動かすこともある」「人々の意思が戦争を止める日が必ず来る」ってスローガンが掲げられているその雑誌を…。今、その舞台に一緒に立った皆様は、あの芝居を観に来てくれた人たちは、一体どのような気持ちでいるのだろうかと思います。


(2)
 イスラエル軍に殺された人たちの遺体。泣き叫ぶ遺族の女性たち。被弾し大怪我をした子ども。白血病で命の灯火が消えようとしている子どもに寄り添っている親。村だった場所の瓦礫。廃墟に転がる人形。音楽を奏でていたはずの打ち捨てられたピアノ。イスラエル軍に対峙する、クフィーヤ(中東の織物)をした女性が堂々と掲げるピースサイン・・・。虐げられても家族を殺され故郷を奪われても、命の限りに尊厳を求めて生きるあの人々の姿。それを写した広河さん、あなただけは、人権侵害に加担してはいけなかった。己の責任と影響力を自覚して、自分の内に巣食う支配欲を直視してほしかった。自分の弱さを自覚し、悪を律してほしかった。目の前の夢を抱いた一人の女性を、正しい指導者として守り導いてほしかった!

 私は、これまで大切だった写真たちを、これからどう取り扱ったらいいのか、全く分からなくて途方にくれています。氏への嫌悪感から捨ててしまいたい気持ちと、そこに映されている人々の姿を葬りたくないという葛藤に引き裂かれるような。どうしたらいいんだろうか。ほんとうに言葉になりません。


 私は、広河氏に訊きたい。
《いつから、いつから、そんなことをしていたんですか?
「取材でのストレスを女性たちにぶつけていたのかもしれない」って、そんなのお国のための戦争に戦って少女たちを『慰安婦』という名前で性奴隷にしたことと何が違うんですか?
フォトジャーナリズムを志した女性たちを道具にして使い捨てて、それはあなたの仕事や思想と矛盾しなかったんですか?苦しい人生を強いられた人たちを写真に撮ったのは名声と権力を得るためですか?そのための利用でしかなかったのですか?取材先の場でも同じようなことをしていたのですか?
女性たちを蹂躙しているとき、彼女たちも一人の人間であると理解していましたか?》

 そして、こう続ける。
《女性たちはあなたの仕事について尊敬を感じ、憧れていたでしょう。でもそれは、あなたを恋愛の相手として見ていたことにはならないし、もし万が一、仮に、仮にですが若い女性がそういう態度をとってきたとしても、あなたは年配の男性でしかも他の人より権力を持っている指導者の一人として、きちんと相手を導く責任がありました。あなたは勘違いをした上に、権力を利用し、一人ひとりの人生と尊厳を奪いました。あなたの内面はイスラエル軍のように、日本政府のように暴力と支配そのものになってしまった。自分の弱さ、受けた傷を直視しなかったことが彼女たちへの性暴力と搾取になったのではないですか?
国家の暴力に対峙し続けるうちに、自分の無力さを味わう一方で評価され、いつのまにか他者を自分の好き勝手にできるという万能感に侵食されてしまったのではないですか?
あなたは、パレスチナの人たちの貴重な飲み水が貯められる屋上タンクを標的にして射撃ゲームをするイスラエル兵のように、あなたは女性たちの命と尊厳を弄んだ。そのことに私は本当に失望を感じました。あなたがしてきた仕事の功績が国際的にも大きく深かったからこそ、あなたが世界に与えた失望と怒り、そして嫌悪感は一個人の人がやらかせるそれとしては世界最大級のものと私は考えます。
 パレスチナについて、チェルノブイリ原発事故について、3・11フクシマ原発事故の放射能汚染について報道してきたあなたは、多くの人々の代弁者でした。だからこそ、あなたは、あなただけは、人間として恥ずかしいことをしないように努め続けなければなりませんでした。この世界の現実・事実を伝える役割を担ってきたものの責任として。報道してきた人々の苦難の人生や歴史すら、真偽自体が曖昧に感じさせるようなことをあなたはしてしまった。どんなに偉大なことをしてきたとしても、誰かの人生を台無しにし、尊厳を奪ったことを正当化するような生き方に正義は微塵もありません。あなたの行為は決して正当化されません。あなたの仕事を人間の良心だと思ってきた人の全てが、性暴力の事実に失望しました。これは、人間の可能性と希望への壊滅的な打撃です。

 私は、これからあなたの撮った写真の一切を、やってきた支援の一切に対して、これまでのように評価することは、金輪際ないでしょう。これまでのあなたの仕事は、価値を喪ってしまったどころか、人間の愚かさの象徴になりました。あなたによる性被害を告発してくれた彼女たちは、あなたの手にかかるであろう次の性被害者を生み出さないために、勇気を持って真実を告発してくれました。私は彼女たちに感謝します。私はあなたのしたことを決して許しません。》


(3)
 ニュースにより事実を把握した水曜日の夜、パートナーと「自分だけは、この人だけは大丈夫だろうと思う気持ちが何より危ない」「一瞬たりとも油断はできない」と話し合った。子どもたちに対しても、若い人に対しても、同性に対しても、自分が加害者にならないという保証はどこにもない。差別も性暴力も、「自分はそんなことはしていない」と思っている時に発動する。そのことを肝に銘じておかなければならない。
 社会運動や平和・人権運動の場は、人間の世において、良心や善性を立証する砦だ。その砦の中で、「自分が正しい」と安心してしまったときに、誰かへの迫害や周辺化、いじめが起こり得る。20代の頃、私はそのことを全く想うことができなかった。たくさんの人を断罪し、自分の振る舞いで無責任に傷つけてきただろうと振り返る。申し訳なく、恥ずかしい。35歳になった今も、そういう一面が根深くあると思っている。「正義が自分にある」と過信した瞬間、暴力や性暴力が発動していく土壌が育ってしまう。人の世に絶望し、やっと希望ある居場所を見つけたと思っていた人が、そこで裏切られた時、その人はどこに行けるというのだろう。学生運動の中で多くの人が自死を選び、生き残ったひとも精神病を患っていったことが、自分自身の人生の最も苦しい時期とも重なる。

 私自身、性暴力の被害体験がいくつかあるが、加害の覚えもある。大事だった人を裏切り、傷つけてきた体験がある。謝れた場合もあるが、その事実は変わらない。取り返しのつかないことをしていたと今も申し訳なく胸が痛む。時は戻らないし、相手に関わり続けることもできなかったから、これからの自分の生き方で示していくしかないと考える。

 世の中の不正を告発するような場で起きた性被害は、被害の告発により権力構造の側の横暴を開き直らせてしまう可能性がある。世界や運命にに人生を奪われ、傷つけられた人たちが被写体だからこそ、被害女性たちは沈黙せざるを得なかったのだと想像する。ただでさえ告発しづらい性暴力なのに、加害者が世の不正に対して「正義」を体現しているとされる場合の言いにくさを想像できるだろうか。
 

 今回のことで、やはり人間に義人はいないのだと思い知った。人間には本来、善悪を判断できる能力があるはずだ。でも、褒められて認められて自分は正義なんだと思い込んでいってしまったら、道を踏み外す。権力と対峙するときに、権力を求めてしまうことが私自身にもある。権力に向き合い続けるときに、その暴力的な支配の思考を自分が内面化してしまっていないか厳重に注意しなければならないことを痛感する。


(4)
 現在、私には信仰がある。30歳のときに洗礼を受け5年になった。

 思えば、信仰を得る前20代のときに出逢えてきた旧日本軍に性奴隷にされたおばあさんたちにもキリスト者の方が幾人かおられた。関東でフィリピンのおばあさん二人の証言集会に参加したとき、おばあさんたちからのリクエストで最初に賛美歌「アメージング・グレース」の歌詞が配られて歌われ、びっくりしたことを覚えている。子どもの頃は日曜学校に通っていた私にとって賛美歌は懐かしかったが、人類の愚かさである戦争の苦しみを一身に体験した生存者である彼女たちが、どうして「奇しき恵み」と歌えるのか。そのときは、全く分からなかった。その時にもらった英語と日本語の歌詞が書かれている紙は、当時ずっと部屋に貼っていた。今も押入れの奥に眠っている。

 十年以上前、貢献は出来なかったが少しの間、おばあさんたちに日本に来て頂いて証言をして頂く会に所属させてもらった時期があった。日本に来てくださった台湾のおばあさんたちを訪ねる旅に一緒に連れていってもらった。フィリピンと台湾へ行った。台湾では台北以外にも花蓮へ行き、タロコ族のおばあさんたちを訪ねた。靖国神社の鳥居になった木材を切りだした森林公園にみんなで行ったとき、足がお悪かったイワル・タナハさんと他の人たちを待っていたときに、彼女がクリスチャンだと聞いて、アメージング・グレースを歌った。まだ信仰はなかったが、好きな歌手がよく歌っていたのもあり覚えていた。「クリスチャンなの?」と訊かれ(台湾のおばあさんたちは日本の植民地支配の影響で日本語が話せる方もおられた)、「ちがいますよ。子どものころは教会に行っていたけれど。」と私が言うと、「そうなの…。はやくクリスチャンになったらいいのに・・・。」と呟かれた。今、改めて台湾のおばあさんたちの写真集を開くと、イワル・タナハさん以外にも十字架をもっておられる方や、お葬式で十字架の刺繍がついた布を棺桶にかけられているお写真がある。京都に証言に来て下さったタロコ族のイアン・アパイさんも信仰のうちに亡くなったとお聞きしたのを思い出す。


 サバイバーでキリスト者だったおばあさんたちは、自分の身に起きたことを誰も知らなくても、同じような体験をした仲間とどんなに分かち合っても、誰かが一生懸命に話を聴き分かってくれようとしても、誰も本当には理解し得ないこと。でも、イエス様だけは自分の苦しみを共に体験され、分かっていて下さるって信じておられたのだろう。信仰の恵みを受けて数年たち、今ならそれが前より少しは分かる気がする。

 私の信仰は、神様は私たち人間を誰一人例外なく愛されており、人間を神様が創った人間の本来の善さに立ち返らせるために、主イエスを降誕させたという信仰だ。闇そのものである人の世に光をもらたらすため世に来られた主イエスは、当時の権力者により十字架刑で殺されたが三日目に復活された。そして、今この瞬間も全ての人の命の内で、傷みも苦しみも全部いっしょに味わい共に苦しみながら、慰め、導かれている。そう信じている。私が傷つけてしまった人たちのうちにも、私の社会が虐げている人たち、手が届かない人たちの内にも主イエスが居てくださると信じることで慰められる。そして、だからこそ、主が与えて下さった「互いに愛し合いなさい」という掟を守れるようになりたい。その力は聖書の御言葉にきき、祈り続けていかないと得られないと考えている。

 この一週間、私は、人間だけでの正義は実現しないと絶望し、本当に信頼できる正義、依り頼む存在を自分が魂の奥底から求めていることを思い知らされた。今、今回の性暴力の事実が明らかになったことによって、明らかにしてくれた被害女性たち、同じ体験をしたが声をあげられないままにこの成り行きを見守っている女性たちに、そして生きながらの悲惨な訃報、今回の事実に苦しんでいるお一人お一人におばあさんたちから手渡されてきた、私の信仰を届けたいと思う。あなたの魂の叫びと落胆を主イエスは共に味わってくれていると。

 人の弱みに付け込んで布教しようとしているように感じられるかもしれないから迷ったけど、書こうと思った。



(5)
 イラク戦争が始まって1年くらいが経った頃、私はまだ学生だった。当時友人だった現在のパートナーが言った。「今、誰も知らずにイラクの街のビルの中のトイレで、一人の子どもが人知れず死んでいったとして、世界の誰もそれを認識していなくても、その子の命は、存在は確かにあるよね」と。即座に同意した。

 私たちはいつも何も知らない。知りようがない。人間がいくら全てを把握しようとしても、それはできない。神様しか知り得ないことだ。でも、だからこそ、ジャーナリストの仕事が人類には必要なんだと言えるのではないだろうか。悲惨な事実を氷山の一角の氷の一粒でもいいから明らかにし、それを共有して、その事実が生まれてきて温存されてしまう世界の構造をどうやって変えていけるか。みんなで知恵と力を出し合って、人間の社会と世界を変えていく力がジャーナリズムには、特にフォトジャーナリズムにはある、と思ってた。そして今も、私は強くそう思っている。

 広河氏は、人間の良心的行動の指導者の一人だったと思う。神様を信じていなくても、人間にはここまで出来るのだという模範とも言えたかもしれない。神様を信じている私でも、これだけショックだったのだから、彼を尊敬していたのに裏切られた人たちは今、希望を失くしていると思った。
被害を受けた女性たちは、こういう社会的・世界的なインパクトを知っていたからこそ、沈黙してきたのだ。本当に、よく生き抜いてくれた、よくぞ告発してくれたと思う。誰か一人を犠牲にすることを正当化して成り立つ正義や真実なんて終わってる。

 人間は権力を握ると、そしてその権力による密室化が実現してしまうと、どんな酷いこともやれてしまう。今回の彼のように。日本の入管で入管職員に難民の立場の人が受けている虐待のように。被害はもう起きてしまった。傷つけられた人たちの尊厳の回復がされるように努める一方、悲惨な事実は我が事としてとらえ、教訓としなければならない。こうしたことが繰り返されないように受けとめ考え続けていくしかない。

 今朝、心身が疲れきっていたのか動かないまま枕もとの聖書を開いてマタイによる福音書5章のイエス様の山上の垂訓の御言葉を読んだ。「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。」「義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。」「義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」に触れた。
私は、まさに義に飢え渇いていたのだと自覚した。祈った。そして、神様こそが正義であり、人間は神様に立ち返り続けないと酷いことになるということを改めて自覚できた。そして、この苦しみにも主が寄り添ってくれていること。彼女たちの命のうちにも、もうこの世を去ってしまった魂たちにも神様の慰めがきっとある。そう感じた。そして、やっと少し自分に戻ってこれた。人はどんな立派なことをしている人も例外なく、自分を見つめて、弱さも自覚し、改めながらでないとああなってしまう。私も例外ではない。


 昨日、教会で今年最後の礼拝だった。牧師は説教で、「自分の力を多くの人に見せつけようとするのは《正義の闘い》ではなく《権力の戦い》である。“自分は絶対に失敗しない”で来ていたら、謝るものも謝れない。傲慢さゆえにイスラエルは滅びた。どんなひどい王や指導者がいても、だからこそ弱くされた民を救い、強さを誇る者たちに悔い改めを示される主イエスが来てくれたということの恵みがある。人間は必ず立ち直る。ひどい国であるからこそ、キリストを信じる群れが、教会が必要なのです。」と話した。そうだ、と思った。

 それぞれの立場で衝撃を受けて傷ついている方が、時間をかけて傷ついた自分をゆっくり感じ、ケアしていけますように。たくさん怒ったり悲しんだりを、なるべく気持ちを同じくできる誰かと共有しながら、辛い気持ちをしっかり語り合って。真実が明らかになることは、傷みを伴います。隠されたものをしっかり明らかにし、膿をだしていけますように。一人では辛すぎるけど、誰かが一緒にいてくれますように。神様が創られた人間には、悔い改め、善き力に立ち返る力があります。神様の前に立てば、人間はどんな人も完璧でない自分を知ることができる。人間を愛と憐れみから導いてくださる主イエスに全てのひとがつながれるように祈ります。私も神様が人間を善きものとしてお創りになったと信じ、人間の良心や善を目指すからには、自分の行いを見つめ、悔い改め続けていけるようになりたい。私を信じてくれた人を裏切らないように、祈りつつ歩まねばならないと感じています。

気持ちが整理しにくくて、同じようなことを何度も書いてしまいました。
稚拙な文章ですが、最後までお目通し頂けたことを感謝申し上げます。ほんとうに、ありがとうございました。

気持ちを分け合って、挫けずに屈さずに、生きていけますように。お守りがありますように。祈っています。
2018/12/31

【2018年大晦日の歌】 アーバンギャルド 「少女元年」




アーバンギャルド「少女元年」
作詞:松永天馬 作曲:松永天馬・おおくぼけい 編曲:アーバンギャルド

ここは何処?あたしは誰? ここはここだしあたしはあたしであたし
いまはいつ?あなたは誰? ってほらいつだっていいし誰だっていい
こんな時代に誰がした?ってか されたってかってしたのはあたし
こんな世界こわしちゃうぞって何? あたしは神?っておしえてあげる

人類最後のビョーキおしえて 人類最初のキョーキおしえて
恋って名前のウィルスうつして 唇ごしにキスでうつして

ちょっとまってよ まだ先だよって 言ってる先に時代は終わる
人類滅ぼすビョーキおしえて ハート一発で狙いさだめて
何処かの誰かまかせの時代を変えてあげる

今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 どんなときでも元年 何度でも生まれ変わるの
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 こんなときこそ元年 あした あたしの風が吹く

生産性がないって言われても 清算しちゃうの平成昭和
男も女もそれ以外もそう それぞれ私という名のあたし

人類最後のビョーキしってる
I(アイ)って名前のビョーキしってる
時代のページめくれ

今日から少女元年 ずっとつづくのあなた元年 いつだってそう元年 何度だってあなたになるの
今日から少女元年 ずっとつづくのあなた元年 こんなんじゃない元年

世界 変えてみたいなら  自分が変われば でしょ?

1192つくろう あたしの国を 894にもどそう あたしの歴史

何処かの誰かまかせの時代を変えてあげる

今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 どんなときでも元年 何度でも生まれ変わるの
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 こんなときこそ元年
世界 変えてみたけりゃ
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 どんなときでも元年 何度でもあたしになるの
今日から少女元年 きっとはじまるあたし元年 こんなときこそ元年 あした少女元年はじまるの



URBANGARDE:浜崎容子 松永天馬 瀬々信 おおくぼけい
Guest performers:新しい学校のリーダーズ
Drums:ミワ
Chat:前衛都市学園女子ラップ部(瑠花,凛音,マルヤマリナ,Mao)