稲荷屋

つれづれなるままに。 環境/社会問題、発酵食品に関心有り。 melma!blog 閉店から右往左往してここに流れ着きました。 どうぞよろしくお願い致します。

不健康宣言 2009夏

―どうやら私は健康ではないらしい。です!


いつも元気なやつとして認識してもらっていただけに、「元気じゃないと稲荷屋じゃないよ!」と言われる。
励まされて嬉しいというよりは、正直、「どうもすんません・・・」的な哀しいかんじになってしまう。
(元気がなくてもいいじゃないかぁ〜)

昨年の春、ゴールデンウイークを明けたころに「パニック障害」というものになった。
私の場合は過呼吸になったり、心臓のあたりが痛くなったり、手足が震えたりした。
どうもストレスが原因らしかった。
会社員だった私は、同僚の女子社員に嫌われてしまって、毎日が怖くて、ただでさえ多いミスが余計多くなってしまっていた。今、振り返ってみると、田舎の中学校で体験したことをまた繰り返されるということが、あんなに心身に堪えるとは夢にも思わなかった。
休職をさせてもらい、傷病手当で食いつないだ。(たまたま正社員で助かった。)
「完全に元の体調になっていないと復帰してもらえない」と言われたのもあって半年後に会社を辞めた。

秋くらいから元気になってきたので、年明けからアルバイトなどしてみたが3月になるころにはまたへたばってしまった。身体がしんどくてしんどくて、歩いていても座り込んでしまう。
寝ているしかない状態。困った。


そのころ出会った友人が、ずっと診てもらっているという病院に行って、そこに変えることにした。

それまでの病院はいい先生だったんだけれど、どうにも怖くて緊張した。悪気はないのだけど、話を聴いてもらえない感がいなめなかった。どうしても相性ってある。特に立場が違って、強い側と弱い側になってしまうときには。
お医者さんによって、診断が違ったりすることもあるだろうし、お薬の種類や量が違うことだってある。

自分のしんどい状態と付き合っていく道のりは長いから、そういうのを治すプロの手助けを借りる。
身体が苦しいのを、少しでもマシにするためにお薬をのむ。
薬のリスクを知っていて、私の話すことを 聴いてくれる先生に出会えた私はすごく幸運だと思う。
ありがとう友達、先生。

(病院に行ってるって言うと「薬なんかで良くならないよ!」とか言ってくれる人もいる。
じゃあ、どうしろっていうの。しんどいなぁ。
と、昔そういうことを言ったような自分を想いつつ思ったりする。
やれることは自分なりにやってる。やれないことを言われても正直 辛い。)



先生の診断だと、睡眠障害みたい。病名はナルコレプシーっていうらしい。
寝れているけど、睡眠がきちんと取れていなくて、睡眠発作とか脱力発作とかになるそうな。
原因はよく分らんけど、幼少期からの朝の弱さや、学校期の身体のしんどさや金縛りの頻繁さが説明できた気がして、「なるほど」と思ったり。
それがずっと、「怠け者でやる気のない自分」という自責の念からの解放だなぁと思って、なんだか ほっとしたり・・・。
説明されることに飛びついているだけになっていないか、気にしつつ、それでも「腑に落ちる」って感じで。それは、自分にしか分らない感覚で…。だからきっとそうなんだろうと思う。
(説明できてるかしら…。)



ダウンして、1年と2ヶ月が経ち、前より自分のことが分かるようになってきたとは思う。

自分の中に、否定されてきた、無視されてきた体験が刻み込まれている。
人が怖くて、
自信なんて持ちようがなくて、
毎日が嫌で仕方なくて、ずっと消えてしまいたいと思っていた。
色んな事があるたびに、それが浮きあがってきていたんだろう。

人はそれを忘れたり昇華しながらすすんでいく。
私の場合、そうなるにはもう少し、時間がかかるみたいだ。
「どうしても、そのこと自体を分かっていかないと もう歩けない」と身体が動かなくなったのも、
もう少し時間をかけてやれっていう天の声だと思うことにした。


ひ弱な心身だけれど、
そんな自分でいいって私自身が言えるようにならなきゃあ。
誰がいてくれても、くれなくても。
こんな私であっても、愛してくれてる人たちのことをいつも覚えていられるように。

そんな心持ちで
ぼちぼち、2009年の初夏を過ごしています。
心配してくださる皆さん、迷惑かけている皆さん、ごめんなさい。ありがとうございます。

やっとちょっと書けるかんじになったので報告を。
心は割と元気だと思うんで、まあご心配なく。
暑くて蒸し暑い毎日、皆様も御自愛ください。

こんな報告ではありますけれど、
やっと、やっと書けました。はー。
また文章を、詩を書けるようになっていくのかもしれません。
また覗いてやってください。

それでは。

  1. 2009/07/01(水) 23:35:52|
  2. 【話したいこと】
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「ナヌムの家」ドキュメンタリー映画三部作上映会@京都大学★6月 (無料です!)


京都大学での「ナヌムの家」三部作の映画上映会が企画されています。
今年の証言集会は韓国からおばあさんをお招きする予定だそうです。
(うう、はやく会議にまた行けるようになりたい〜!実行委のみなさん、ほんと心身虚弱でごめんなさい〜)

上映会、いきたいな。一緒に銀幕の中にいるハルモ二たちに会いたいと思っています。




 韓国で元「慰安婦」被害者たちが共同で暮らす「ナヌムの家(分かち合いの家)」。ここで暮らすおばあさんたちの日常を映し出したドキュメンタリー映画三部作があります。
京都実行委では、京都の各大学で映画「ナヌムの家」「ナヌムの家鵺」「息づかい」の連続上映会を企画しています。
(京都精華大学・立命館大学の上映企画は終了しました)


★「ナヌムの家」ドキュメンタリー映画三部作上映会@京都大学★

※京都大学では三部作すべて上映します。三日間ともキャンパス及び会場が違いますのでご注意ください。当日はDVDの上映となります。いずれも入場無料です!

●『ナヌムの家』(1995年/98分)
 6月16日(火)18:30上映開始、文学部新館第三講義室(本部構内)

 ※キャンパスマップ http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_y.htm
  地図の中央やや上側にある「文学部校舎」と書かれている建物2階です
●『ナヌムの家�』(1997年/71分)
 6月22日(月)18:30上映開始、農学部総合館W214講義室(今出川通り北側の北部構内)

 ※キャンパスマップ http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_n.htm
●『息づかい』(1999年/77分)
 6月30日(火)18:30上映開始、総合人間学部1102教室(東一条通り南側の吉田南構内)

 ※キャンパスマップ http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_ys.htm
 

★映画紹介★

「ナヌムの家」(1995年、98分)
「ナヌムの家�」(1997年、71分)
「息づかい」(1999年、77分)

ナヌムとは「わかちあい」という意味です。「ナヌムの家」は韓国で日本軍性奴隷被害女性たちが共同して暮す家です。同監督による「ナヌムの家�」は1995年に撮られました。当時27歳のビョン・ヨンジュ監督による、被害女性たちの日常を静かに追った作品です。
「ナヌムの家鵺」の時はソウル市内に「ナヌムの家」はありましたが、「鵺」ではソウル近郊の自然豊かな田園地帯に引越しています。1998年には日本軍「慰安婦」歴史館も併設されました。映画はカン・ドッキョンさんというナヌムの家に暮すおばあさんのお葬式ら始まります。象徴的な場面から、新しい「ナヌムの家」での生活が描かれています。
「息づかい」は「慰安婦」被害者であるイ・ヨンスさんがインタビュアーとなり、韓国の各地やフィリピンなどを訪れて同じ被害者たちの現在を映し出しています。

この映画に登場するおばあさんたちの多くが、すでにこの世を去りました。今はもう亡くなっているおばあさんたちが元気にしていた姿はとても辛いです。時間をとり戻すことはできませんが、静かなメッセージを感じとることはできるのではないでしょうか。
学外の方も大歓迎です。ぜひみなさん、スクリーンの中のおばあさんたちに会いに足をお運びください。
  1. 2009/06/16(火) 12:03:46|
  2. 日本軍性奴隷問題の解決を!
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外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ

自分ではない「誰か」を見下しすことでしか、己を肯定できない人たちの人間性は限りなく貧困だと思う。
誰かを排斥することでしか、人とつながる方法を知らないというのは気の毒なことですらある。
人間は愛情や信頼で結ばれるもので、暴力や差別で結ばれるものであってはならない。

今回の外国人排斥デモは、自分は明るいところにいるくせ、苦境にいる人たちを愚弄する差別行為だ。
特に蕨市で子どもを標的にバッシングのデモをした人たちを、私はほんとうに許せない。許さない。
それを知った時には、情けなくて恥ずかしくて涙がでたよ。
「日本人やめますか、それとも人間やめますか。」ってね。

わたしは人間、やめたくないわ。

大事な人たちの顔がいっぱいいっぱい思い浮かぶ。
みなさん、ほんとうに大切な人たち。大切にしてくれる人たち。大好きな友達。
みんな、ここで暮らす権利がある。ちゃんと大切にされるべき一人ひとりだ。
その人たちを傷つけるようなこと、大手を振ってしてるやつらが ここ京都でデモをする。
あーもう本当に厭。嫌!!

賛同・コメント、ブログのアップさえ
ついに当日になってしまいましたが(ごめんなさい!)

排斥デモ、断固抗議します。(身体、動いてくれるかなあ〜)



◆外国人排斥を許さない6・13緊急行動ブログ
http://613action.blog85.fc2.com/



-----以下、転送転載歓迎です-----

<外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ>
★Join a 6.13 Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai

★6月13日にデモを企画しています★
 音楽あり踊りありシュプレヒコールありのデモです。
 在特会の主張に違和感を持つ方は、その気持ちを表現するために是非!是非!ご参加下さい。一人でも多くの方の参加が本当に必要です!
 当日の参加が無理な方は、匿名でも構いませんので賛同をお願いいたします!
 (↓当日のスケジュール、賛同の送り先は下の方にあります↓)
 
 2009年4月11日埼玉県蕨市で、不法滞在を理由として両親が強制送還され、日本政府により家族と別れて暮らすことを強いられた女子中学生の自宅・学校に押しかけるという卑劣なデモがありました。その内容は外国人を犯罪者と断定し、日本から追い出せという主張でした。主催したのは「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などです。

 今回その在特会などが、京都市で外国人参政権に反対するデモをしようとしています。私たちは今回の彼らの行動が、京都にとどまるものではなく、また外国人参政権を巡る問題だけにとどまるものでもなく、日本に新しく現れた排外主義的な動きであると捉えています。今はまだ彼らの動きは大きくないものに見えますが、不況下においてファシズムや外国人差別が肥大化した歴史を思い起こすとき、今回の動きを見過ごすことは出来ません。そこで私たちは今回彼らがデモをしようとしている6月13日に抗議の意味を込めて、「外国人排斥許さない6・13緊急行動」としてデモを企画しました。

 このような外国人排斥の風潮を許さないのだという強い意志を全国的に示すことが今必要とされているのではないでしょうか。時間が限られた中で恐縮ですが、本行動への皆様の参加と賛同を広く呼びかけます。

  On April 11th, 2009, there was a demonstration which insists the foreign people as criminals and tries to ostracize foreign people from Japan. As a part of the demonstration, participants called at a house and a school of a girl who was compelled to live alone because her parents had been extradite as illegal immigrant by Japanese Government.
  This demonstration was organized by ZaiTokuKai. This group is now planning a new demonstration in Kyoto against enfranchisement of foreign people.
  We consider this movement is not only Kyoto province, or enfranchisement of foreign people, but an action of newly risen exclusivism in Japan. This movement has not been sophisticate, but we can not overlook their activities as we remember growing Fascism and Exclusivism during depression.
  Now, we planned an anti-action against ZaiTokuKai as “6.13 Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai.” Although, there is not enough time till this action, we call on for your participate and adhesion.

★外国人排斥を許さない6・13緊急行動 6.13 Emergency Action★
◆日時 6月13日(土)
 11:00 京都・三条河川敷集合→11:30 デモ出発→12:30 デモ解散(三条河川敷)→13:30 三条河川敷集合後、ビラ配り
 11:00  We meet at River area of Sanjo, Kyoto→11:30 Demo. Start→12:30 Demo. finish→13:30 We meet again at the River area of Sanjo before handing the leaflets on a street.
◆主催:外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会
 Organized by Executive Committee of 6.13 Emergency Action
◆連絡先:613action@gmail.com
◆ブログ:http://613action.blog85.fc2.com/
(現時点で500名を超える方々から賛同をいただいております。ありがとうございます。ブログには賛同者の一覧や、いただいたメッセージが掲載されてあります)

■注意事項
・在特会はネット上への動画のアップを戦術的に行っていますので、当日私たちの行動に対する撮影が予想されます。不当な撮影には抗議していきますので、その際は実行委員に声をかけるようにして下さい。それでも撮影を完全に防ぐことは難しいので、顔を写されたくない方は各自で工夫をお願いいたします。
・当日の撮影は、基本的に実行委員会のみに限らせていただきます。撮影を希望される方は事前に613action@gmail.comまで連絡を下さい。
■NOTE
 We regulate shooting of demonstration. But ZaiTokuKai may take photos of you without permission. Please be aware to protect your own privacy.
If any of participants would like to take photos of the demo., please contact to the committee (613action@gmail.com) beforehand.

==メールフォーム(下記をコピー&ペーストして613action@gmail.comまでお願いします)==

●外国人排斥を許さない6・13緊急行動に賛同します。
○賛同団体・個人名(肩書きがあれば)

○公表します・公表しません

○一言メッセージなどあればお願いします

==================================================

==MAIL FORM(Please copy & paste the following and send to 613action@gmail.com)==

●I sympathize with the “6.13 Emergency Action.”
○Name(individual or group)

○Can we publish the name? (Yes or No)

○Post your message, if you have.

==================================================
 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。それからナチスは学校、新聞、障害者、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、そのたびに不安は増したが、それでもなお行動にでることはなかった。そしてナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であったから行動にでた。しかし、そのとき自分のために声を上げてくれる者はいなかった。
(マルティン・ニーメラー/ナチスに抵抗したルター派牧師)

[外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ]の続きを読む
  1. 2009/06/13(土) 00:50:23|
  2. 抗議を!
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こうの史代 さん 『この世界の片隅で』 完結

『夕凪の街、桜の国』 を描いた こうの史代さんの 『この世界の片隅に』 が完結しました。

ヒロシマの「戦後」を描いた『夕凪の街、桜の国』。
初めて読んでから幾年もが過ぎたけれど、何度も読み返しています。
「本当のものは、長期の鑑賞に耐える」と ある先生に教えられましたけれど、
この本もそうだなぁと感じます。
きっと生涯、目にしていくだろう大切な本(漫画)の一冊です。

そして、『この世界の片隅に』。
絵を描くことが好きな主人公 すずが、広島で大きくなって、呉にお嫁に行って・・・。

すずが過ごしていく時間。 彼女の人生。
彼女を取り巻く人たちの人生・・・。

人が生きること、共に暮らすこと 。
ありふれたように見える営みの中の喜びや悲しみ。幸せ。
流れていく毎日の変化。
暗い雲のように音もなく忍び寄り、軽々と奪っていく 「戦争」 というもの。

それでも、生きていく人たちの間に見出される小さな光。


その灯火の先にあるはずの現在地が、こんな今でいいわけないねぇ・・・。
憲法をねじ曲げて、兵隊さんを戦地に送ってさ。
原発どころかプルトニウムまでプルサーマル計画で作ろうとしちゃってさー。
懸命に生きてきた人のことも、簡単に見捨ててきた人のことも、なんとも思ってない。

繰り返さないために、知らなくちゃいけないことがあって、
それは数では分からないほんとうの被害だ。
(そもそも、その数にさえ入ってない人だっているんだ。)

たった一人のその人は、どう感じ、どう人生を 終わらざるを得なかった/続けてきたのか。
感受性を総動員して、想いを馳せられるか。どれだけ、感じられるか。

世界は広くって、生きてる人はいっぱい。死んじゃった人はもっといっぱいいて。
問題はそこここに山積みで、自分はあんまりにも小さくて。
ほんとうの「想像」は、言うほど容易いことじゃない。
(涙を落とすことが想像であると勘違いしていた頃の自分を思い出すと、とても恥ずかしい。)

でも、だからこそ
世界の「そこ」に着眼し、持っている方法で表現してくれる誰かの力を借りながら、可能な限りやってみたい。


画線と文字を用いた漫画という手法。
わたしは子どもの頃からずっと漫画を読んできた。
(本と漫画がなかったら、私は京都に出てくるまでの歳月を生きてこれた自信がない。)

描かれた世界の中、生きる人々の姿。
そこに描かれているもの、
そのまた向こうにある 選択的に描かれていないもの・・・。
言葉に言い表せない気持ちが、仕草や目線や空気や景色になって・・・。


掃いて捨てる(失礼!)ほど たくさんの漫画家が居るけれど、
こうの史代は、日本の漫画史に残る人だと思います。
『この世界の片隅に』(双葉社)、上中下巻から成り立つこの物語に、どうぞ 一人でも多くの人が触れられますように・・・。

[こうの史代 さん 『この世界の片隅で』 完結]の続きを読む
  1. 2009/05/18(月) 00:33:43|
  2. 【話したいこと】
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ぼんやりします

しばらくぼんやり暮してきましたが、
もうちょっと本格的にぼうっとしようと思います。

動きたくないのか動けないのか、それもよく分らないけれど、
とりあえず 観念して ぼうっとしようと思います。

自分がやりたいこともやるべきことも
迷惑かけていることも、ほんとにいっぱいあるんだけれど
ぜんぶがぜんぶ動けるようになってからにします。

自分を甘やかすことに飽きたら、歩けるようにも走れるようにもなるでしょう。

みなさまも御自愛くださいませ。
  1. 2009/05/13(水) 13:00:30|
  2. 【話したいこと】
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朴保(パクポー)関西ライブ(伊丹5/6、梅田5/8)へ!


稲荷屋が日本で1番の歌い手だと思っている朴保(パクポー)のライブのご案内です。
自信を持っておすすめします。

関西にお住まいの方、是非とも御来場ください!!

♪朴保(パクポー)公式ウェブサイト
http://www.pakpoe.com/

♪朴保100人委員会のブログ
http://pakpoe100ninn2009.blog114.fc2.com/


◆2009年5月6日(水・GW)兵庫・伊丹
クロスロードカフェ
http://www.crossroadcafe.jp/
(阪急伊丹またはJR伊丹)

                  開場  18時
                  開演  18時30分
       料金 3,500円(1ドリンク付き)

        
       ★ライブ中は アルコール、ソフトドリンクとも出しますが
         食事はできません。
       ★終了後近くの居酒屋で打ち上げ予定してます。

◆2009年5月8日(金)大阪・梅田
ART CAFE & MUSIC BAR FAIRY(フェアリー)
URL:http://www.music-fairy.jp/
大阪市北区野崎町6-8トレックノース梅田ビルB1
TEL:06-6361-0984
E-mail : info@music-fairy.jp
・OPEN:18:00 START:19:00 
・料金  3500円 (1drink付)
・予約/問合せ:06-6361-0984(17:00〜)
info@music-fairy.jp

◎ここは150人も入るライブハウスです。
 Tomoさんのキーボード、朴保バンドのドラマー清水さんのチャンゴ(韓国、朝鮮の民族楽器。太鼓)があるスペシャル豪華ライブです。お楽しみに。

●問合せ先●
  きむはんすん 09050448835 
  こかんほ    09023898805  
  1. 2009/05/06(水) 13:01:05|
  2. 【話したいこと】
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恥を知れ!埼玉県わらび市、「外国人追い出しデモ反対行動」不当逮捕2名(4/11)

人間としてやっていいことと、悪いことがあるはずだ。

懸命に生きる人を貶めることを平気でして、そこに悦を感じる者を、もはや人とは言わない。
中でもマイノリティの子どもたちを標的にする屑が、この国には掃いて捨てるほどいる。
警察は、そうした連中を止めるのではなく、とうとう積極的にその暴力に加担した。
子どもへの攻撃を止めようとした、良心ある人間を、日本という国は法的にも貶めた。
身体が震えるほどの怒りと、凄まじい恥ずかしさを覚える。

自己を意識することや、他人と協力することを
暴力を持って人を貶めることでしか出来ない連中がいる。
彼等は人間の尊厳を自らドブに捨てたのだ。

「恥を知れ」という言葉は、「人間であれ」という先人たちから贈られた教訓だ。




「生きることは犯罪じゃない」 in わらび行動 
http://www.mkimpo.com/diary/2009/warabi_09-04-11.html

「外国人追い出しデモ反対行動」救援会


http://d.hatena.ne.jp/oidashino/





救援会声明文

「排外主義扇動を終らせることを求めて逮捕された二人を救援しよう」

4月11日、外国人「追い出しデモ」に抗議した二人の男性が埼玉県警蕨署に逮捕される事件が起きました。ひとりは「追い出しデモ」の主催者が掲げていた紙製の横断幕を「盗んだ」容疑で、もうひとりはそのおよそ3時間後、公務執行妨害容疑での逮捕でした。彼らの友人として、私たちは両名の救援を呼びかけるとともに、彼らの行動の意義と逮捕の不当性を訴え、埼玉県警に即時釈放を求めます。

この日、外国人「追い出しデモ」を主催したのは、「在日特権を許さない市民の会」という右翼団体でした。彼らはこれまであちらこちらで「外国人=犯罪者」という扇動を続けてきた団体です。彼らはあたり前に地域と関係を作り暮らしている外国籍の人々を「犯罪者」扱いして、国外への追放を求める活動を続けています。そのあげく彼らは個人攻撃を開始し、長期に地域に滞在する一家を「追い出せ」とまで言いだしたのです。

このことをネットなどで知り、当日「在特会」のデモに抗議しようと蕨市外から駅前に40名ほどの個人が集まりました。それぞれの思いは異なるにしても、共通していたのは彼らの煽る排外主義への危機感と、弱い立場にある人を標的にして攻撃する彼らの卑劣さへの怒りでした。

あろうことかこの日のデモコースには、長期滞在の外国人ご一家のお子さんが通っていた小学校と、現在も通っている中学校が含まれていました。そこで彼らが「一家を追放せよ」と叫ぶことは、その一家に対してだけでなく、長期滞在するすべての外国人に対する暴力です。「特権を許さない」と彼らは言います。しかし、彼らが攻撃の標的としたのは、もっともこの社会の特権からは遠い外国人の、しかも子どもです。彼らの言う「国民大行進」は、そのような卑劣かつ卑怯なデモだったのです。

午後1時から「在特会」は「一家の追放」を叫ぶ集会を駅近くの公園で開始しました。その集会の終わりごろになって、公園の入口に彼らが作成した紙製の横断幕が運ばれてきたのです。そこに書かれていたのは「不法入国は犯罪だ。『かわいそう』のペテンにだまされるな」という文字でした。蕨に住む家族を明らかに標的としたこの言葉は言葉の名に値するものではありません。これは地域に住む超過滞在の外国人を攻撃する暴力なのです。「追い出しデモ」への抗議に参加していた彼が行ったのはこの暴力への抵抗でした。警察は当初、彼に「任意同行」を求め、彼もそれに応じました。ところが「在特会」はあろうことか「窃盗」事件として被害届を出し、そのため彼は「窃盗犯」として逮捕されいまなお蕨署に留置されています。

その後、抗議活動に参加した人々の多くは蕨署に集まり、正規の手続きに則って逮捕された人への面会を求めました。ところが蕨警察署はバリケードを築き警察官を配置し、根拠も無く面会を拒みました。それどころか弁護士が身分を提示して面会を求めても1時間以上にわたって面会を拒否し続けたのです。そして突如そこに蕨警察署に先導された右翼が登場しました。彼らは抗議活動に参加した人々に罵声を浴びせかけ、その際に生じた混乱の中で一名が公務執行妨害容疑で逮捕されたのです。

今回の行動については、参加者の間に充分な意思統一がはかれず、抗議行動を呼びかけた側の不手際も多々あったようです。抗議行動を呼びかけた側はその点を十分認識しなければならないと私たちも考えます。しかし、抗議行動が企図した「在特会」への抗議そのものは正当なものだと私たちは考えます。彼らの行ったデモは多くの外国籍で暮らす不安定な法的地位の人々を恐怖にさらす重大な犯罪です。裁かれるべきは彼らです。

一方で、「在特会」が「犯罪者」と叫び排除を求めているのは、この社会で生き、働き、人々と友情関係を結ぶ人々です。ビザがないことはだれを傷つけているわけでも誰を侵害しているわけでもないのです。

生きることは犯罪ではありません。私たちは排外主義扇動を終らせることを求めて逮捕された二人をただちに釈放することを要求します。

2009年4月12日

「外国人追い出しデモ反対行動」救援会


■カンパの御願い■
2名をいちはやく釈放させるために両名の友人が中心となってボランティアで活動しています。差し入れ、面会、弁護士の手配などにお金が必要です。まことに心苦しい限りですが、救援会にカンパを寄せて下さい。よろしくお願いします。

銀行振込 みずほ銀行 早稲田支店 店番068普 2223022 タノ シンイチ
  1. 2009/04/21(火) 08:52:03|
  2. より急ぎの抗議!
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「アフガンに緑の大地を」 伊藤和也さん 追悼写真展(19日3時まで)

   「名残り桜の下で彷徨う 
     ぼくらにも明日は来るけれど
       きみがいない 月のした
        眩いもので世界溢れ  
          届かない手紙をポケットに
            きみがいない 四月が来る」
                              (Cocco「四月馬鹿」)



友人が共同出資で始めた「かぜのね」で、昨年アフガニスタンで亡くなった伊藤和也さんの追悼写真展が行われています。
日曜日の3時まで。
夜の8時までなのでお仕事が終わってからでも。
場所は京阪(叡山電車)出町柳駅より徒歩一分です。

子どもたちや、村の人たちが伊藤さんに向けたまなざしが、あまりにも愛に満ちていて、
彼が失われた存在になってしまった現実が本当に重い。


菜の花の海で遊ぶアフガニスタンの子どもたちの写真を見るため、
どうぞ「かぜのね」へ足をお運びください。

鴨川の中洲に咲く 菜の花も満開です。



[転送転載歓迎]

「アフガンに緑の大地を」 伊藤和也君 追悼写真展


【期日】 2009年4月10日(金)〜19日(日) 
 12:00〜20:00 *最終日は15:00まで
【会場】 かぜのね (叡電 出町柳駅より徒歩1分)

【会場アクセス】 ⇒ 周辺地図 目印となる建物・有料駐輪場の位置
 「叡山電鉄」出町柳駅の南側出口をでて、
 東に進み、(セブンイレブンまで行かない)
 一筋目の細い路地を南に約30m。

(* 自転車でご来場の皆さまへ
かぜのねには、駐輪場スペースがありません。
出町柳駅前に8時間100円の有料駐輪場がありますので
こちらをご利用いただきますよう、お願いいたします。)

入場無料


【主催】 ペシャワール会事務局
【運営】 ピースウォーク京都
http://pwkyoto.com/
【連絡】 090-6325-8054(ピースウォーク京都)
【企画・協力】 静岡新聞社・静岡放送


 故伊藤和也君はペシャワール会の現地ワーカーとして、2003年から約5年にわたり、アフガニスタンに緑の大地を取り戻すため、現地の人々と共に懸命に働いてきました。しかしながら2008年8月26日、心ない者の凶弾に倒れ、志半ばにして31年というあまりに短い生涯を閉じてしまいました。私たちはここに、生前の伊藤君を偲び、アフガンの人々と共に彼が取り組んだ事業を継続していく決意を新たにして、追悼写真展を開催いたします。

 彼の足跡をたどる写真と、彼が現地の人々に受け入れられた何よりの証でもあるアフガンの子供たちの写真をどうぞご覧ください。
  1. 2009/04/16(木) 15:14:01|
  2. 企画紹介
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鶴見俊輔さんのETV特集。


2004年の春にイラクでの人質事件が起きたあと、友人が毎週末のデモを3ヶ月申請し呼びかけていたその頃のこと。

その日は、ものすごい土砂降りだった。
濡れ鼠になって三条大橋の下に着いた時、
私の前にいたのは苦笑いする主催者の二人がいただけだった。

バケツをひっくり返したような空の下、ぽつりぽつりと人が来て
やがて6人になった。故・林功三先生も笑顔で来られて、7人になった。

そして、時間になり歩きだそうとしたら、空が晴れた。
   
その時の
空の蒼さ、
きらめく虹色の旗を通り抜けていった陽の光。
なんだか映画みたいだった。

   ひとりっきりは辛くても おなじ気持ちを持つ人が
   例え となりにいなくても、必ずいるよ きっといる
   だから歩いて行きなさい
   ずうっと歩いてお行きなさい


そんなことを言われている気がした。その時の私は大学生だった。


9・11の後、テレビが心底いやになり、家に置かなくなって早8年。
イラクで戦争が始まり、6年間がたった。
今年の桜は鈴成りで 
でも、みる間に葉桜になりどんどん春が過ぎて行く。

学んだはずのことを、ほんとうに解るようになること
すなわち体現できるようになることを
生きている間に少しでもできるようになりたいなぁ。

取り返しのつかないことをイヤというほど繰り返し、
かけがえのない一瞬を 永遠の中に映しこみながら、いまを過去にしていこう。
うつむいたり、座りこんでも、なるたけ未来に憧れて。




久しぶりに(他所のお家で)テレビを見(せて頂い)た。
NHKのETV特集で、鶴見俊輔さんのインタビュー番組だった。

(鶴見俊輔さんは「日本の戦後を代表する哲学者」。でも、鶴見さんの本は私には難しいので
一冊も読めていない。テレビを見ることにした)

84歳の鶴見さんの目力と生命力あふれる語り口。
その軌跡、見送ってこられた人たちへのことば、
声なき声の会やベ平連のスタンスに、元気を頂けたようなきがする。
なんだか書き留めたくて、夜な夜なパソコンに・・・。

ああ、弱気になってめそめそしちゃう時は新緑を感じよう。
焦らないで、でも確信的な毎日を。
ぼちぼちがんばろうっと。

いつも稲荷屋を覗いて下さる皆様、ありがとうございます。
よろしければこれからもよろしくお願いします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎今日のテレビを見ていたメモ(うろ覚え)
※あくまで個人メモなので御勘弁くださいね。

○中学校を2度退学処分に。睡眠薬での自殺未遂、5度ほど。
父親の勧めで16歳で渡米。ハーバード大学に入学。
○ ハーバード大学の学生で図書館で働いていたらヘレン・ケラーさんが来られた。その時 彼女は鶴見さんに「大学ではたくさんのことを学んだけれど、大学を出てから その知識を【学びほぐす】方が時間がかかった。」というようなことを言われたそう。
○ ハーバード大学に16歳から入学していたが、太平洋戦争が始まることになって、「日本とアメリカのどっちの国を支持するのか」と訊かれて、「どっちも支持しない」と答えたところFBIに連行されて監獄に入れられてしまう。
同時期アメリカ留学していた姉の和子さんに「戻るなら今戻らないと、日本に帰れなくなる。戦争が終わったあと、日本に戻れば後ろめたい想いをすることになるよ。」と言われて、一緒に交換船で帰ることに。最終論文を監獄で書き大学へ提出。19歳で卒業して帰国となる。

「監獄のなかにいれば、食べ物も出てくるし、爆弾で殺されることもない。けれど、日本にいる人たちと、同じように おなかを空かせて、空襲の怖さを、それぐらい 一緒に引き受けよう と思った。」
○2ヶ月の船旅。(交換船の映像あり。それを初めて見る鶴見さん)
日本の交換船に乗ったとたん、日本式の習慣(君が代、皇居にむけての参拝など)の強要があった。
○戻ったらリベラルだったはずの父親から「神風がふいた」と言われ絶望する。
「自分の息子がどれだけ戦争を憎んでいるか、すなわちどれだけ自分を憎んでいるか、全く分からなかったんだ。自分がどれだけ目の前で憎まれても分からない人間っていうのがいるんですよ!」

○市役所にいくと、20歳になっていたため徴兵検査に行かざるを得なくなる→合格。
「役所で『今年の最終検査に間に合います』と言われて本当にあの時はね、がくっと来たよ。
インドネシアでアメリカ軍の無線を盗聴し翻訳することに。
ある日、となりの部屋の人が捕虜のポリネシア人を射殺する命令を受け、実行。
 「自分は運に救われた。だから人を殺さずにすんだ」
「日本軍というのは実は阿片販売組織。吸っていた人が外出したときに、阿片を盗んで小瓶につめて、トイレで吸おうと思った。それで死のうと思った。」
肺の病かなんかで帰国。敗戦を日本でむかえる。

○帰ってきた日本兵が口をつぐんでいる。記憶の断絶。これをどう超えていけるだろう。
 60年安保で100万人の人間が動いたこと。これは日本の歴史になかったこと。
 それは、人民の記憶が「もうあんなことは嫌だ!」と燃え上がったんじゃないか。
○「思想の科学」創刊
姉の和子さんは戦争中であっても、平和を希求している人たちの文章を見抜く力があったそうだ。
そう見込んで和子さんが本人に会いに行くとやはりそうであったという。
そうして「思想の科学」の核になる人たちが最初の時点で鶴見姉弟とで7名ほどいた。
「発起人で名前を考えていたとき、物理学者の人(名前わすれちゃった)が「科学評論」はどうかと言った。それは、原爆のことを想定していたように思う。その時の自分には分からなかったが。科学が人間を幸せにするどころか、滅亡させてしまうところまで力を持ってしまった。このことについて、今まで専門家に任せるのが当たり前だったところから、一般の人々が科学を選ぶ時代になっていることについて一貫して「思想の科学」に書き続けられたと思う。」

○京都大学の助教授へ
23歳の時にかいた論文(時代々々が言葉のイメージのみで先導されてしまい、中身への思考や実践が伴わないのではないかという懸念がある。【例】戦時中/国体、八紘一宇など。戦後/自由・民主・デモクラシーなどなど。というような内容)が評価され、京大の助教授になる。
当時はGHQ統治時代でヒロシマ、ナガサキの原爆については情報が規制されており、全国にその被害はほとんど知られていなかった。占領下の「沖縄送り」にされて重労働に従事されるという噂がある中で、京大の学生たちは現地調査に入った教授から情報や資料を集め、パネルを作成。京都の百貨店で戦後初の原爆展を10日間開催した。

○声なき声の会。普通の人が普通にやれる意思表示。絵本作家の女性(あー名前でてこない)
○ベトナムに平和を市民連合 発足。小田実さんとのこと。
○ベトナム戦争の空爆反対の脱走兵 4人かくまい海外へ。記者会見も。
 いとこの東南アジア社会学者 鶴見良行さんからの電報
「ダッソウヘイデタ スグデンワタノム」。 家に電話がなかったので、北大路の喫茶店の公衆電話でかける。脱走兵をソバ屋と言い換えての電話で、周りの学生客みんなに聞き耳をたてられたとか。
○9条の会。小田実さん、加藤周一さんのこと。(お二人のご冥福をお祈りします。)
○一番長い間いっしょにいた姉の和子さんのこと(ご冥福をお祈りします)

●「水木しげるさんが小学校のときに、学校で「すべての人間が死ぬ」と教わって本当に驚いて帰ってきたということがある。50年前に50年後のことを考えたとき、そしてもう自分に残された時間がそんなに無いということを知っているけれど、それでも心の中に そういう不思議さの欠片がある。」

●数学者で哲学者の人(知らない人物名ってメモしてないとホントわからん!)の最後の講演のこと。
【建物の堆積は数字で表すことが出来るが、そこに思い出が入ると それは永遠となる】
(だったかなあ〜。感動していよいようろ覚え。)
講演の最後の一言が聞こえなくて、後日おくってもらった。
すると【精密さなんてものは作り物だ】という言葉!
(「すごく有名な方程式を説いた数学者なのに」と満面の笑い顔の鶴見さん。
それでエンドロールだったかな。)



★鶴見俊輔さんの御健康とこれからのますますの御活躍をお祈りしております!
  1. 2009/04/13(月) 03:12:56|
  2. 【話したいこと】
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詩; 「意味」

今という今が過ぎ行き

過去に流れていく。


わたしは出会う

出会うことをきっと決めていたから。


そして あなたを見送る

この悲しみすら感謝に変わる時間を過ごしたから。


神様 ご先祖さま、そして全てのたましいに

彼女に会えたことを、感謝します。

そして彼女に、私の大切な人を生み育ててくれたことを感謝します。

私の大切な人たちとの時間を作って下さったことに感謝します。


あなたに 会えたこと

存在を喜びあえたこと


それがわたしの生きる意味


そして きっと、

すべての人が生きていく意味。
  1. 2009/03/26(木) 09:43:40|
  2. 【詩】
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ユニオン・エクスタシーのストライキを応援してください

稲荷屋はユニオンエクスタシーを応援します。
ぜひ一度、京都大学時計台クスノキ前のテント村へ。


★京大時間雇用職員組合 Union Extasy (ユニオンエクスタシー)
http://extasy07.exblog.jp/5773358

★ストライキ映像のまとめ
http://extasy07.exblog.jp/i7/




わしら、スターダストや。

 私の尊敬する詩人である“かい人21面相”は、1985年3月17日、大阪城天守閣内に置き去りにされていた「挑戦状」の中で、「わしら スターダストや/はよ ほんまもんの スターになりたい/なつまでに ごついこと やったるで」と書きました。

 当時、東京で育った少年の私にとって、これは「大阪」的なるものとの驚くべき初の出会いであったわけですが、今、30代の(高学歴?)フリーターとなった私の密やかな心情に、これほどぴったりとくる言葉はありません。

 現在私は、京大のとある部局の図書室で、非常勤職員として働いています。時給は上限の1200円(ちなみに最低は900円です)。非常勤は週30時間までと決められているので、月の手取りは12万程度。それも祭日が多いと10万ちょっとになります。年収に直すと130万程度でしょうか。ずっとこれでやってきました。

 アパートは風呂なし3万。金が無いので週に1〜2回しか銭湯に行けません。クレジット会社に多重債務があって、その返済に月3万円(余談ですが、職場に督促の電話をかけてくるのはやめて頂きたいです)。食費を引いたら自由に使えるお金はいくらも残りません。もちろん貯金ゼロ。育英会の奨学金200万だって返していません。いや、返せません。

 これが京大の、非常勤職員の現実です。これでは食えないので、土日に別のバイトを掛け持ちしている人だって、何人も知っています。そしてこのような非常勤職員は、京大全体で2600人もいるのです。今回、京都大学は、このうち法人化以後に採用された1300人を、通算5年で雇い止めにすると発表しました。2010年には、まず100人を手始めに解雇するそうです。私はこの栄えある100人のうちの1人です。

 「すきなんや わしらけいさつ すきなんや」と、かつて“かい人21面相”が唄ったのと同じように、私たちは(たぶん)京大が好きなのです。たとえどんなに痛めつけられても、京大で働き続けたいと思うのです。そのために、立ち上がるしかありません。殺られる前に殺るしかありません。自分が首を切られる前に、今回の決定の責任者である大西珠枝理事(年収1700万)の首を切るしかありません。刺し違える覚悟で、こうしてストライキをしているのです。

 今回、この5年という雇用期限は、最終的には撤回されると思います。なぜなら、このような規定に何の合理性もないからです。実際、5年でクビにした後には、また新たな新人を雇わざるを得ないわけですから、人件費削減にも何にもなりません。職場のノウハウは蓄積されず、スキルが無駄に使い捨てられていくだけです。佐賀大学をはじめ、同様の規定は次々と廃止され始めています。

 しかし、ここが大事なのですが、仮にこの5年条項が撤回されたからといって、私たちの貧しい生活は、今後も何ひとつ変わることがないのです。せめて風呂に入るために時給を100円上げてほしい。貯金をするためにボーナスがほしい。そのようなささやかな願いでさえ、この京都大学は平然と踏みにじってきたからです。「同一労働同一賃金」の原則にもとづき、非常勤職員の待遇を改善しなければ、そして大学における雇用制度を根本から見直さなければ、この問題はまったく解決しないのです。

 そもそも、「1年ごとに契約を更新する」という仕組み自体がおかしい。これだけは強く言っておきたいと思います。先日、大西珠枝理事(年収1700万)は、団交の席で「非常勤には(正職員とちがって)配置換えなどの業務責任を課していない」と発言したそうですが、これには怒りを覚えました。私は、この5年間たらずの間に、理学部→文学部→総人→農学部 etc. と、何度も職場を渡り歩いてきました。そのたびに雇い止めを通告され、新たに職探しをしなければなりませんでした。これを書いている今も、この3月には契約更新がありません。4月からの職場は見つかっていません。必死で何通も履歴書を書いているところなのです。

 「非常勤の業務は臨時的で補助的」「(解雇しても)新たな人を雇うまでだ」――大西珠枝理事(年収1700万)は、このような物言いが、どれだけ働く人の気持ちを傷つけるか、考えたことがあるのでしょうか。生活保護水準なみの低賃金で2600人もの職員を働かせておいて、5年たったら使い捨て。ここはトヨタやキャノンの工場ですか。これじゃまるで京大は現代版「蟹工船」、いや――京大非常勤の85%は女性ですから――むしろ現代版「女工哀史」ではないですか。その背後にはパート労働の問題、つまり女性の労働力をいいように安く買い叩いてきた、長い歴史があります。

 星くず(スターダスト)にだって意地はあります。人を人として扱わず、まるで奴隷か機械のように見下すからには、それなりの報いがあるのは覚悟の上なんでしょうね、大西珠枝さん(年収1700万)! あなたに売られたケンカ、よろこんで買いましょう。

 往年の時代劇「破れ傘刀舟」では、主人公の萬屋錦之介が、ドラマの最後に必ず怒り大爆発し、次のような決めゼリフとともに悪党どもをバッサバッサと斬りまくるのが常でした。

 「てめえら人間じゃあねえ!!!叩っ斬ってやる!!!」

  1. 2009/03/10(火) 22:07:54|
  2. ぼちぼちと労働運動も
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朴保(パクポー)関西ライブ3月ツアーのお知らせが!

今週末です。

私はこの朴保(パクポー)という人の歌がほんとうに好きで、体調が悪くてお布団から離れられないときもよく聴いています。

朴保(パクポー)さんの歌を聴くと、いつも思います。
もし私が過去に、独りぼっちだと思って辛かった時、
(それで一番に浮かんでくるのは小学校や中学生の時ですけれど…)
出会えていたら、ほんとうに励まされただろうなぁ。と。

みんな職場や、学校や、いろんなところで辛い思いをして、自分を責めている今だから
朴保(パクポー)さんの歌が自然と流れて、多くの人が
この人のつくった歌と出会えたらいいのにな〜。
スーパーとかで歌謡曲がかかっていたりすると、ふと そう感じている自分がいます。


朴保の歌のいいところは
(そして、これは本物の芸術や音楽や、表現について全般に言えることなんだと私は思いますが)、
その歌をきいた人が持つ力を回復したり、育てたり、解放したりできる ところ。

「こんなことができてすごい」と人が思う時、
「それなのに自分は…」と卑下するのではなく、「それならば自分は…」という気力が湧いてくる ところ。

ありのままで、そのままでいいのだと、自分をきちんと認める力。
それは、向上心がないのとは違う。いま、ここからを見据える力だ。
他の人からどんなに言われても、やっぱり自分で思えなければ、その力は培えない。
(これは痛感するところです。)

春だからなのか、寒暖の差が激しいからなのか、どうにもここのところ具合が悪くて、ちょっと落ち込んでいます。
年末からの様子だと、今年は割かし元気になっている予定だったので、けっこう途方にくれています。
でも、ライブは本当に素晴らしいし、励まされるので今回も行こうと思います。
良かったら、ぜひ、ご一緒に。



☆★☆

あなたが生きているという、ただそれだけで明日という日を忘れない
(朴保「いつの日にか、きっと」)

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朴保(パクポー)ライブ@2009年3月関西ツアー
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こんにちは/こんばんは。
直前のお知らせで恐縮ですが、今週末(!)の朴保ライブのご案内です。

今年はメジャーデビューから30周年の朴保。
こんな日本であっても自らの生き方と音楽を貫いてきた、この歌手をこのまま終わらせてはいけない!と
30周年記念CDの制作をバックアップし、1000人の販路を確保する自主販売企画、「新アルバム制作100人委員会」が関西を中心に立ち上がりました。
http://pakpoe100ninn2009.blog114.fc2.com/

そんなわけで今年の春は、赤字覚悟(主催者が)で関西ライブが続きますよ〜

三月のライブは迫り来る今週末、です。(アップが遅くなってすみません!!)
CDの制作にむけて気力十分! 渾身のライブを聴きにいらして下さい。


一人がまたひとりを繋ぎ、彼の歌と出会えることを願っています。
まだ朴保を知らない方へ「百聞は一聴に如かず」と、お声かけ、お誘い合わせの上どうぞご来場ださいませ。
会場で楽しい時間を御一緒できますように。
よろしくお願い致します。


【スケジュール】

いちにちめ
★2009年 3月6日(金)大阪・茨木「ゆんたく」

朴保(vo.g)  開場 18:30/開演19:00
4000円
(ゆんたく逸品+1ドリンク付、
ライブ中、その他ドリンク=キャッシュオンデリバリー)
(限定20名・要予約)
予約・問合せ:こ かんほ
kokangho@hera.eonet.ne.jp  090-2389-8805
ゆんたく: 大阪府茨木市中津町3−26
TEL:072-652-3769

ふつかめ
★2009年 3月7日(土)
京都 日本バプテスト京都教会


朴保(vo.g)
開場 15:30/開演16:00
前売2000円/当日3000円(限定80名・要予約)
予約・問合せ:こ かんほkokangho@hera.eonet.ne.jp
090-2389-8805

日本バプテスト京都教会
京都市上京区荒神口通河原町東入る122‐1
TEL:075-231-1351

URL:http://church.ne.jp/bapren-kyoto/index.html

ラストみっかめ
★2009年 3月8日(日)大阪・扇町  「セムト」


朴保(vo.g)
開場 16:30/開演17:00
6000円
(懇親会セムトおまかせ逸品込、飲まない方−1000円)
(限定50名・要予約) 
予約・問合せ:こ かんほ
kokangho@hera.eonet.ne.jp  090-2389-8805
セムト: 大阪市北区末広町2番37号
URL:http://church.ne.jp/bapren-kyoto/index.html

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朴保オフィシャルサイトウェブページ
http://www.pakpoe.com/index.htm
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  1. 2009/03/04(水) 19:12:35|
  2. 企画紹介
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ホロコーストの生存者 ローズマリー・コーツィー追悼展【日本初!】〜3/29

楽しみにしていたローズマリー・コーツィー展が寺町二条を上がったところにあるギャルリー宮脇さんで始まったので、友人と観に行った。

ローズマリー・コーツィー追悼展
2009年2月20日(金)〜3月29日(日)
AM11〜PM6 ※月曜のみ休廊 ★入場無料★
ギャルリー宮脇
http://www.galerie-miyawaki.com/


 ローズマリー・コーツィー(1939〜2007)は、4歳から6歳までをナチスの強制収容所で奴隷労働を体験している。
しかも、親と引き離されて。
衰弱しきった彼女は、1945年の解放後も戦争難民キャンプとなった同収容所で延長収容されていた。
家族と離散したままカトリック系の規律の厳しい孤児院に入れられ、ようやくローズを探し当てて訪ねてきた母親の面会さえ許されず、そのまま二人は二度と会えなかったそうだ。

20歳のときにやっと、孤児院をでて、
働きながら独学で美術を学び、ジュネーブの美術学校に入って気鋭のタペストリー作家になった彼女は、1975年からドローイング(線画)に取り組むようになった。

「強制収容所の極限状態の中、孤独に、無残に、死んでいった犠牲者たちに、品位と尊厳にみちた葬祭をあたえるため、毎日それを描き続けたのでした。
生涯で一万数千点にものぼったドローイングには、【わたしはあなたに経帷子(きょうかたびら)を織ってあげる】という彼女のことばが記されています。」

(ギャルリー宮脇チラシ説明文より)。



かけがえのない、素朴で愛しい人々は
あまりにも簡単に殺されていって、もうこの世界にはいない。

彼女は、初めからいなかったみたいに、忘れ去られている一人ひとりを、大切に空に送るための素敵な洋服を織り続けた。
そして、転移性乳がんのため2007年の12月に68歳で亡くなり、日本初である展覧会は、追悼展となってしまった。




わたしは、絵をみていて
死者の苦しみと優しさに打ちのめされていた。

なんて、なんて優しい目をするんだ。あなたは殺されてしまったというのに!

恨んでいるんじゃない、
死者はただ、何でなんだって問いかけて、問いかけ続けているんだ。
いまも無の中で。
なぜ、自分の人生はこうなってしまったのか
独裁者を責めるより、ずっと自分を責めている。その慟哭や声ならない叫び。
虐げられ殺された者たちから、これからを生きることが許されている私は問いと力をもらう。
これ以上、わたしは彼らから何を与えてもらおうというのだろう。


ふと、彼女は死者に向き合い続けたから、最後まで生きることをやめなかったのかもしれない
と思った。

もちろん一概には言えない。
けれど、同じ生存者でもプリーモ・レーヴィーは自ら命を絶ってしまった。
ちゃんと著作を読んでないのに、論じてはいけないが、(すみません…)
彼は、世界に絶望したから死を選んだんだと思う。

やっとの思いで生き残った人が、自ら死を選ぶなんて、なんて酷い世界だろう。と思う。
しかし、
そうした世界を形成しているひとりが私だ。

うまく言えないが、
自分の体験をあたかも無いことのように扱う生きている人にばかり向き合い続けたレーヴィーは
心があまりにも疲れて、もう一度 殺されてしまったから 命を絶ったのでは… と思う。

生きた世界に向き合ったレーヴィーと
自分も含めた死者の世界に向き合ったコーツィー。


決して語られはしない声なき声が、彼女の人生を通して描かれる。
芸術のちから、それは時空さえも超える人間の魂を分かち合うちからだ。
だから、独裁者は芸術を憎む。表現を迫害する。
ナチスがクレーを追いやったように。

コーツィーの作品に触れていたら レーヴィーは生きていられたかもしれない。
そう思うのは私の妄想でしかない。
でも、きっとそうだったろうと感じる。

[ホロコーストの生存者 ローズマリー・コーツィー追悼展【日本初!】〜3/29]の続きを読む
  1. 2009/02/25(水) 01:36:02|
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週末はお芝居を観に。


大学生の頃、一緒に演劇をやっていた友人たちがやっている劇団です。
初日は大成功だったみたい。私は今日見に行きます。
楽しみ!
御予定が合う方は是非とも足をお運びください。

表現は、一人ひとりに向けられたメッセージ。
芝居はほんとうにナマモノだと思います。 だからあんなに輝くのかなー。





何色何番⑧仮色企画

『ある日山田さんは、』

作/演出 たかつかな

出演
    村井春也。
    篠塚ノリコ
    岡本こずえ(nono&lili.)
    酒井美樹(四畳半ヤング)
    かどや純正(Will Be SHOCK Entrance Gate)
    萩本ハスキ(ミルキーガウス)
日時
   09年2月20日(金)19時〜
         21日(土)15時〜/19時〜
         22日(日)13時〜/17時〜 
           (開場・受付は開演の30分前)

会場 人間座スタジオ
料金
   前売/1000円 ペア/1600円
   当日/1200円
   (前売・ペアは日時指定制です)

http://ameironaniiro.koiwazurai.com/naniiromain/index.html
  1. 2009/02/21(土) 10:33:16|
  2. 【話したいこと】
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「醜態」

あたまではわかっていて
ことばではじょうずにいえることを
ほんとうにこの世界でやってみれるかどうか。


−人生は、これでしかない。



ことばを使わずに
じぶんのいきかただけで
となりのひとになっとくしてもらえるような
いつか
そんなひとになりたいな

そう焦がれながら性懲りもなく、
あくせく。じたばた。
ぺらっぺらで、なっさけねぇなあ。


それでも、こんなかっこわるい私でも生きていることに意味があろう。
そして私にあるのなら、あなたにはなおのこと。
そのことを届けたい。

傷つき、悩んでいるあなたが、生きていてくれて嬉しい。
そして私はあなたと出会いたい。

そう、伝えたい。

だから行くね。
薄紙を燃やすみたいなお話しをしに。
  1. 2009/02/11(水) 03:06:03|
  2. 【詩】
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詩:「水谷先生への手紙」

 先生、
 水谷協一せんせい。

 先生がもうこの世界にいらっしゃらないなんて。

 去年の秋、そのお知らせを知った日、わたしは事実を受けとめることが出来ませんでした。
 ソファにもたれられ、眠るように穏やかな最後だったと聞きました。
 それでも、信じることができませんでした。 そしてそのまま年が明けてしまいました。


 先週の土曜日に、「ウトロ問題を広げるつどい」に参加しました。
 先生を悼むことは、先生が生前ご尽力されてきたウトロ問題を広げることだと開かれた会でした。

 桜の木の下で微笑まれる先生の写真。
 たくさんの人たちが先生の思い出を弔辞として語られました。

 ほんとうに、ほんとうに、もうどこへ行っても先生にお会いできないのですね。
 不意に実感が湧いてきて、涙がとまらなくなりました。

 すっかり弱気になって出不精になった私が、
 気を取り直して、出る集いにはいつでも先生はおられました。
 いつものキャスケットの帽子をかぶられて、ウトロ問題を広げる会のチラシを持っておられました。

 「仕事はどうしているの?」「身体はもういいの?」と、会うたびに心配して下さいましたね。
 お姿を見ると嬉しくなって、温かい言葉をかけてもらいに御挨拶に行ったものです。

 あるときは、わざわざお誘いの電話をかけてきてくださいました。
 その時、ご一緒できなかったことが悔やまれて仕方ないです。
 
 
 京都、自衛隊大久保駐屯地の横にあるウトロ地区。
 「宇土口(うとくち)」が間違えて読まれ、この地名になったその場所。
 
 ―日本の侵略戦争の渦中で、国も文化も言葉も名前も奪われた朝鮮民族の人々が、
  海を渡り、人の暮らしがあると聞かされて行き着いたその場所。

  飛行機を作る工場の飯場は、劣悪極まりない条件ながらも働かざるを得ず、
  戦争が終わったら「さっさと出て行け」と言われ、
  苦難という言葉ではあまりにも簡単すぎる人生を歩まされた在日一世のアボジ、オモニの暮らす町。
 
 戦争が過去と言われて久しい昨今、
 軍国主義から民主主義に鞍替えしたかに見える日本の植民地支配に尚も脅かされ、
 社会から無視され、法からも見捨てられ、日本の侵略を聖戦だと言い張る人々に攻撃され続けてきた下水道すら通されないままの小さな集落。


 先生は、「ウトロ問題は日本問題だ」
 「ウトロは日本の植民地支配と、不動産登記の犠牲になった町」と言いつづけ、
 この問題を一人でも多くの人に伝えるために
 地道な活動を、いつもいつもいつも丁寧に誠実に確実にやり続けてこられました。

 雨の日にもバイクで届けてくださった会報。
 茶封筒にボールペンで書かれたわたしの住所と名前。 
   
 展望があろうが無かろうが、傷つけられ踏みにじられた境涯の人々に
 最後まで心を寄り添わせ続け、
 人とウトロを繋ぎ、出会わされ続けられた…
 温かい人柄に、明るい瞳の輝きを持って、人としての道を最後まで生き抜かれた水谷先生。

 その地道さ、実直さを、分かったふりをして素通りしていたのが私です。
 
 いつもいつも貰いっ放しで時間は過ぎてしまい、
 頂いたものの大きさに気付いた時、これからが問われるというのに、
 甘えたで怠け者の自分の不実さを、嫌と言うほど知っているから
 「先生の精神を継いで生きていきます」と言い切る強さがありません。 
 
 その上、
 自分が若いということは、生きていく限り、偉大な愛する人たちを見送ることでもあるんだと
 改めて気が付いて呆然としているのです。
 さみしくて、悲しくて、心細くて堪りません。 
 
 それでも、
 そんな私に優しくしてくださった先生に、出会い続けられる自分になるしかないのです。
 先生のような人に、すこしでも近づきたいと焦がれて生きていきましょう。
 ご冥福をお祈りしながら、またお目にかかれる日を楽しみにしています。


 せんせい、ありがとうございます。 ありがとうございました。
 
 
  1. 2009/02/02(月) 23:52:55|
  2. 【詩】
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【1/24@東京】拉致被害者家族連絡会元副代表の蓮池透さんのお話。

こんにちは、稲荷屋です。

東京の集会ですが、行ける方は是非。
蓮池透さんのお話は、お一人でも多くの人に聴いて頂きたいと思います。
彼の今の視点は、日朝友好にも、日本のナショナリズムを抑えるためにも、必要不可欠だと思います。

昨年の秋、日韓100年ネットの集会で、彼の講演を聴きました。
日本軍に戦時性奴隷にされたイ・オクソンさんの証言と、お父様を靖国に合祀されているイ・ヒジャさんの発言と同じ催しの中で、というのがより意義を深くしていたと思います。


非常にショックを受けたのは、
「拉致」された方たちが、北朝鮮民主主義人民共和国政府から
「日本は戦争の時に、何千何万というひとを拉致したり殺したんだから、それに比べたら全然だ。」と言われ続けてきたということを知った時。

恥ずかしいけれど、私は、マスコミの偏執的な「北朝鮮」報道に腹がたったときに、
同じような言葉をなんども口にしました。

おんなじように、どこかで正当化してたんだと衝撃を受けた。

そりゃ、
「拉致」は犯罪。
それとこれを計りにかけちゃだめなんだって、徐京植さんの本よんだやん私。(再読決意)


日本がしてること、してきたこと、考えたら、我が国ながら酷いものだ。
朝鮮半島を北と南に分けてしまう原因をつくった日本の植民地支配なわけだし、
金正日氏が率いる軍事独裁国家だって戦中の日本そのまんまやろーし(今だって天皇万歳やし)、それを棚上げしたプロパガンダ報道は虫唾が走る。
そうした報道に煽られて、朝鮮学校の子どもたちを脅迫し、暴力をふるう日本人は後を絶たなくて、
年に一度か二度しか許されない船の行き来すら止められて、経済制裁するなんて、ほんとふざけるなって思う。

けど、当たり前だけど、「拉致」被害者がそれを生み出したわけじゃない。
頭では分かっていても、身体のどっかで何かを感じていただろう自分が恥ずかしくて堪らない。
私は一人のいのち、一人の人生も国家の言動や国家の犯した罪によって、比較し切り捨てていたんだと思った。

被害者を見捨てておきながら、好き勝手に利用している日本政府とマスコミ。
被害者の家族や遺族が、辛さに理性を忘れている時ほど、その人に怒りを向けるんじゃなくて、
その人を利用しようとしている権力や国家体制に、対峙しなけりゃ…。
それを、そのまんまにしてきた罪が自分にはあるよなぁ・・・と思う。
なんか死刑の問題と、「拉致」問題は本当におんなじ構造だと感じる。


蓮池さんは、国家と国家の間の駒として人が扱われていることを、
国家主義の高揚のために被害を利用されていることを語り、
「日本が犯した戦争責任が未清算であることが、「拉致」事件を生み出したのではないか。」
とまで言われていた。
「支援者には右の人ばかりで、時には怒られることもあるし、この先攻撃されることもあるかもしれない。けれど、そうであっても思ったことを言いつづけていく」とも。

怒りと憎しみに駆られて、被害者として恐ろしい言葉を使って(使わされて?)しまった人が、
「敵国」の民を攻撃することをやめて、
問題の解決のために何が必要なのかを考えようとしており、とにかく、呼びかけていこうとしていた。
考え方が変わる時、人から今までの自分への非難も受けるだろうから、私だったらそれが恐くて、きっと人前にでられないだろうと思う。

愛しい人を奪われて傷つけられた人が、「世界を壊しても家族を帰してくれ!」という時に、
それを責めることは簡単かもしれないけど、その痛みを理解しえないことは忘れたくない。
とはいえ破滅に同意することはできない。

高村薫さんの言葉を借りれば
「個人的に被告(加害者)を感じそうになればなるほど、自分を鞭打ってでも、公正にならねば、と思う。非日常的な理性で死刑制度を考える。あくまで第三者である私たちの是非を決める。この責任がある。」(2008年11月1日、京都大谷ホールの講演メモより。)


被害者家族が個人感情を越えて、この第三者としての視点に血を吐くような思いで辿り着きつつあって、
これにほんとうの第三者たちが誠意を持って応えいくところだと思う。
だから多くの人に聴いてもらいたい。


自立を望む台湾の人たちを応援する人が日本の右翼ばっかりだったことの苦さを、左を自覚する人は
ちゃんと味わわなきゃいけないよね。
私はわたしなりに発信しよう。と今日はこれを書きました。

不出来な文章ですが、これで蓮池透さんの今に出会ってみようと思ってくれる人がいたらいいなと思います。


*******(ここから・転送開始)*******

何が拉致問題の解決を阻んでいるのか
マスメディアと日本政府、救う会、家族会の功罪を問う

2009年1月24日(土)18:45〜21:00
文京区民センター(3A会議室)
東京都文京区本郷4-15-14 都営地下鉄春日駅すぐ
参加費:会員・学生1000円、ビジター1500円、ワーキングプア(自己申告)
1000円
※予約不要 ※どなたでも参加できます 
※会場へのお問い合わせはご遠慮ください

ゲスト
蓮池透さん(拉致被害者家族連絡会元副代表)


1回日朝首脳会談から6年3カ月。拉致問題はいまだに解決に向けた交渉の
糸口すらつかめず、完全に暗礁に乗り上げた形だ。
米ブッシュ政権による北朝鮮テロ国家指定解除を受けても、「救う会」や拉致被害者家族の一部から
日本による独自の追加制裁と対北朝鮮「テロ国家指定」を主張する声は鳴り止まない。
北朝鮮に対する日本側の偏狭なナショナリズムは高まるばかりだ。

北朝鮮側も過去の清算、拉致被害者の帰国に際しての日朝間の約束を4度にわたって日本政府が違えたとして、不信感を募らせてきた。

なぜ、お互いに怒りと憎しみをぶつけ合うようなことが続くのか。
1月定例会では、拉致被害者家族連絡会元副代表の蓮池透さんをゲストにお招きします。
蓮池さんからは、「救う会」とべったりの関係になりながら批判を恐れる余り、
一方的な情報だけを垂れ流し真実を伝えてこなかったマスメディアと「救う会」の
果たしてきた役割、
出向元からのローテーションで拉致問題を担当してきた官僚の仕事ぶりを、
「家族会」から離れることになった経緯も含め、拉致問題解決を阻んできた現場の実情として語っていただきます。
あわせて拉致問題解決のために、過去の清算も含めた交渉のあり方についても言及していただきます。

チラシをダウンロードする
http://apc.cup.com/apc200901.pdf

アジア記者クラブ(APC)
http://apc.cup.com
  1. 2009/01/23(金) 15:20:03|
  2. 企画紹介
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詩:「あかちゃんのこと」 (2009年改定版)

「あかちゃんのこと」(2009年)


昔、一月ほど子守りのアルバイトをしたことがあった。

生後七ヶ月の男の子は、白いぷくぷくの手足をばたつかせ
あかい頬と、くるくる動く真っ黒な瞳でよく笑ってくれた。

数日でも日があくと、ぐっと重くなっていくのだから驚く。


「ぼくは、一瞬いっしゅんを吸収して大きくなる!」
そう伝えんばかりに太鼓の演奏は続く。
その音は、先日のそれより力強い振動となり私の腹に心地よく響く。



 笑う顔をみて、思う
 眠る顔をみて、思う
 勿論、毎日ではないからこそ言えることなのだろうけれど、
 彼が ぐずって泣いている時ですら、その存在に心動かされている自分がそこにはいた。
  

 ( 生きてきた人の誰しもが、いつかはこんな小さな子だったんだなぁ。)



そして、呆然となった。


こんなに大切な、未来そのものと言える命が、あんまりにも簡単に奪われているこの現実に。

これまで、どれほどの数の小さな哲学者が死を強制され、そして今まさに殺されようとしているのか。


生涯を小さなままに閉じられて 時を亡くした人たちに、もう誰も会うことはでき無い。

二度と動かない愛しい子の身体(からだ)を前に、人はどうやってこれからの生に漕ぎ出せるというのだろう。




水をたたえ、息づくこの小さな生き物。

この子が奇跡でなくてなんだろう。

「ひとりの命は地球より重い」のではなく、

一人の命に地球上のいのちと、その歴史が秘められている。



坊やの寝顔を眺めながら
そんなことをぼやぼや考えているうち、
彼を抱く手が熱くなり、自然と涙がこぼれていった。

そんな初夏の午後だった。


[詩:「あかちゃんのこと」 (2009年改定版)]の続きを読む
  1. 2009/01/19(月) 00:54:50|
  2. 【詩】
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これ以上ガザの人を殺さないで

風邪をひいている。大熱も久々にでて堪えた。
デモもスタンディングも行けそうにない週末。
おうちでやれることをする。
行けそうな人、行きたい人は最後に関西の行動のせときます。

パレスチナからの手紙。読んでみた。読んでみて。
転載します。

***転載***

終わることのない葬列、埋葬する余地もない墓地

エヴァ・バートレット
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月8日


昨日の朝、パレスチナ赤新月社の救急車同伴のシフトを終えてから、私たちは国連が運営するジャバリヤのアル・ファフーラ学校に行った。前の日(6日)、家を失って避難していた少なくとも40人の人がイスラエルのミサイルの直撃を受けて殺された場所だ。
私たちが着いた時は礼拝の時間に当たっていて、学校の前の道路で祈りが捧げられていた。
屋外で祈りが捧げられているのは、パレスチナとエジプトで、これまでも何度も目にしてきている。
でも、今は、アル・シファ病院の前で、ジャバリヤのあちこちの路上で、大勢の人が祈りを捧げているのを見るたびに、破壊された多くのモスクのこと、失われた多くの命と避難所のことを考えずにはいられない。
昨日、アル・ファフーラ学校爆撃のニュースを聞いた時も、私の頭にまず浮かんだのは、またひとつ安全な(はずの)避難所が失われたということだった。

いたるところに悲しみが満ちている。悲しみと嘆きと、いきどおりが。
ひとりが強い口調で「いったい、私たちはどこで過ごしたらいいんだ」と言う。
「どれだけ死んだら充分だというんだ? どれだけたくさんの人が死んだら?」
同じ問いが、12月27日以来、繰り返し私の頭の中に響いている。

ファフーラ通りを隔てて学校の反対側、15メートルほど行った道沿いに巨大な穴が開いている。
ディーブ一家の家があったところだ。これから焼こうと丸められて並べられたいくつもの丸いパンが、ミサイルの直撃を受けた時に一家が何をしていたのかを物語っている。
生き残った家族のひとりが私たちに話をしてくれた。
アマル・ディーブは30代の母親で、彼女とほかに9人が死んだこと。
その中には2人の男の子と3人の女の子がいたこと。ほかに4人が重傷を負ったこと。その内のひとりは両脚が吹き飛ばされていたこと。

家に近づいていくと、まだなまなましい、強い血の臭いがした。
部屋の残骸のいたるところに飛び散った血、いくつもの血だまり。
あとでジャバリヤのカマール・アドワーン病院に行き、19歳のアフラーム・ディーブを見舞ったが、彼女は、意識はあるものの、笑みを浮かべることはもとより、応答もいっさいしなかった。
付き添っていた女性が説明してくれたところでは、砲弾の破片がアフラームの全身を切り刻み、中には胃に達しているものまであるという。
アフラームは家族の10人が死んだのもまだ知らないということだった。

ファフーラ学校の前に戻ると、葬儀の参列者が集まり、死んだ人と死んだ人の体の一部を墓地に、もうこれ以上埋めるところもないほどに込み合った「休息の場所」に運んでいく準備をしていた。
葬列には、あらゆる色の旗があった。
どの派が主導権を握っているのでもない。集団的懲罰のもとの集団的な悲しみ。
同じひとつの、追悼者たちの悲しみ。

狭い通りを進んでいくうちに葬列に加わる人の数はどんどん増えていった。
一行はいくつもの集団に別れ、それぞれに別の道を通って墓地に到着した。
墓地の入口付近には、以前に作られた墓であることを示す、装飾を施されたセメント板が並んでいる。まだセメントとスペースがある時に作られたものだ。
一方、つい最近埋葬された者の墓はただの土盛りで、ごく浅いところに埋められて土がかぶせてあるだけ。もちろん、これでいいと思っている者などいはしない。
墓であることを示すセメントブロックもところどころにあるけれど、葉っぱやツタが置かれてあるだけのものが多く、中には、土がほんの少し盛り上がっているだけで、ほとんど墓と見えないものもある。

あまりにも詰め込まれすぎていて、どこが墓なのか判断するのさえ難しい。
充分な敬意を払うために充分なスペースをとって配置するなど、とうてい不可能な状態なのだ。

「気をつけて、そこを踏まないで」と友人のマフムードが言い、それと気づきようもないほどに小さな子供の墓を指差した。


このおびただしい死の非道さに、私は改めて頭を殴りつけられたような思いに包まれた。
殺戮と心理攻撃が始まって12日が過ぎ、私は、バラバラになった死体を見ても、以前ほどのショックは受けないようになっていた。
少しずつ無感覚になっていっていた。
こういう事態に繰り返し繰り返し向き合わされたほかの人や医師も、同じような感覚になっているのかもしれない。

今も続けられている虐殺は依然として心底恐ろしいし、瓦礫の下から引きずり出される子供の写真には、ただただ声を失いつづけている。
これからも、そんな状態が続くだろう。
それでも、死体や手足を失った人やめちゃくちゃになった生活が当たり前のようにあるという現実に、私は順応しはじめていたのだった。

土だけの間に合わせのお墓。
急いで埋葬するために、手で地面を掘る人。

必要なだけの長さがあるもの
─ただの板切れや波形のブリキ板、廃材を組んだもの、ストレッチャーなど─に載せた遺体を運んでくる人。
頭上には無人哨戒機が行き交い、100メートルかそこらのところから戦車砲の砲撃音が響いてくる。
こんなことはもうたくさんだ。
あまりにも、あまりにもひどすぎる。私は泣いた。死んだ人たちみんなのことを思って。
心に深い傷を負っているすべての人のことを思って。
ガザの人たちはみな、自分たちの血がおびただしく流され、それがこれからも続いていくということを、じっと噛みしめている。


少し前、私はハーティムにこう言われた。
パレスチナの人たちのように強くあってほしい、パレスチナの人たちのために、と。

そうあろうと、私は努力している。
けれども、誰にも想像できないような殺戮の日々は続いている。
分断されたガザのほかの場所のことは、私には手が届かない。
私はサムニー一家の記事を読み、イスラエルの戦闘機の爆撃を受けた家の瓦礫の下から引っ張り出される女の子の赤ちゃんの写真を見る。
イスラエルの爆撃で殺されたこうした人たちの写真を、フォトジャーナリストのムハンマドが撮りつづけてくれている。
そして、今日、ハーティムがこう言った。こんなことはもうたくさんだ。ハーティムはとても強いのに。

パレスチナ赤新月社の医療スタッフのニダールが、ファフーラ学校が爆撃された時のことを話してくれた。
叔父さんと叔母さんが学校のすぐそばに住んでいて、ニダール自身、爆撃があったその時に、学校にいた友達のところに行っていたのだった。

「まさに現場にいたんです。
友人たちと話をしている時に、ほんのすぐそこにミサイルが2発……僕とミサイルの間にいた人たちがシールドになってくれたようなものです。
みんな、ズタズタに引き裂かれてしまいました。 20人くらいの人たちが一瞬で」

ニダールはまだ20歳。
私が出会ったパレスチナ人の多くがそうであるように、ニダールもまた、この若さですでに近しい人を失うという経験をしている。
今回のとんでもない無差別攻撃よりも以前のこと、ニダールの父親と弟のひとりが、イスラエル軍のスナイパーの銃弾を受けて殺された(パレスチナでは「シャヒード(パレスチナに殉じて死んだ者)になった」というふうに言われる)。
その時の出来事にニダールも否応なく巻き込まれたことを、彼の右手が物語っている。
「3年前、イスラエル軍が僕たちの住んでいる地域(ジャバリヤ)に侵攻してきた時のことです。
ひとりの兵士が僕たちに向かって音響弾を投げつけました。
それを拾って遠くに放り投げようとしたんだけど、その前に手の中で爆発してしまって……」

音響弾は、西岸地区のビリーン村やニリーン村で行なわれているような、イスラエルの隔離壁に対する非暴力抗議デモの際によく使われており、
多くの若者が、小さいころから、爆発する前に投げ返す術(すべ)を身につけるようになっている。
しかし、5本の指の先端がすっぱりなくなってしまったニダールの右手は、ニダールがさほど幸運ではなかったことを示していた。
それでも、ニダールは父親や弟よりは幸運だった。
そして、ミサイルが撃ち込まれた国連の学校のすぐそばの家にいた2人の従兄弟、叔母の息子たちよりも。12歳と27歳の従兄弟は2人とも死んだ。

 複数のミサイルが炸裂したのちのシーンを医療スタッフの立場から見たウサーマの言葉。
「僕らが到着した時には、いたるところに死体が転がっていました。30体以上ありました。
死んだ子供、死んだおじいさん……あちこちに飛び散った肉片。そして、血。
大勢がパニック状態で逃げまどっていて、死んだ人や怪我人を運び出すのもたいへんでした。
人間の死体の間に死んだ動物も転がっていました。
僕は15人の遺体の搬送を手伝ったんですが、途中で3回、服を着替えなければなりませんでした。
あそこにいた人はみな、国連の学校なら安全だと思っていました。
そんな人たちを、イスラエル軍は冷酷無惨に殺したんです」

 パレスチナ赤新月社のボランティアスタッフ、ムハンマド・Kは、ファフーラの避難所が爆撃された時には別の場所にいた。
「ジャバリヤの国連のG学校で、家を失って避難してきていた人たちに話を聞いていました。
どれだけの数の人がこの学校に避難しているか、ひとりひとりがどこから逃げてきたのか、逃げてきた正確な状況・理由、この学校でどのくらい安全だと感じているか、そういった聞き取り調査をしていたんです。
僕たちがまだそこにいる時に、爆発音がして、もくもくと煙が立ち昇るのが見えて、
いったいどこがやられたんだろうと思っていたんですが……それがファフーラの学校でした」


 エヴァ・バートレットはカナダ人の人道活動家、フリーランサー。
2007年、西岸地区の各地に8カ月、カイロとラファ・クロッシングに4カ月滞在。
2008年11月に第3次フリー・ガザ運動の船でガザに到着したのち、現地にとどまり、国際連帯運動(ISM)の一員として活動を続けている。
現在、 ISMメンバーは、救急車同伴活動を実施し、イスラエルのガザ空爆・地上侵攻の目撃証言を現地から発信している。

原文:"Too much to mourn in Gaza"
Eva Bartlett writing from the occupied Gaza Strip, Live from Palestine, 8 January 2009

翻訳:山田和子

http://palestine-heiwa.org/news/200901161804.htm に掲載



★稲荷屋補足★
ちなみに、この学校の爆撃は共同通信の電子ニュースによると「死者2名」とのことです。




1/18(日)【京都】

三条でのガザ虐殺に抗議する街頭アピール

日時:1月18日(日曜) 午後5時から準備、5時半から6時半くらいまで。
場所:三条河原町アーケード前

イスラエル軍によるガザでの虐殺が止まりません。
ガザで殺された者は1000名にも迫り、そのうちの3分の1が子どもだといわれています。
庭でお茶を飲んでいた家族、避難をしていた人びと、負傷者を助けようとした救急車クルー、
……そういう人びとの上に爆弾や銃弾が浴びせられています。

何も持たないものに対して、今、くわえられている攻撃は、戦争でも戦闘でもなく、単に虐殺です。

これに抗議し、攻撃停止とガザ封鎖解除を求めて、街頭でのアピールを行うことにしました。
同じ気持ちを抱いている方はぜひ、ご参加ください。
なお、前回11日の呼びかけに対して、40人以上の人が集まりました。
国籍も年齢もバラバラな人たちが、同じ思いで、それぞれ、ビラを配ったり、プラカードを掲げたり、
抗議のハガキを広めたり、署名を集めたり、街行く人に呼びかけたり、
さまざまなやり方で訴えました。ビラは1時間ほどで1000枚を配りきってしまいました。

(参加者の報告と写真少々:http://0000000000.net/p-navi/info/column/200901120525.htm
今回もできるだけ多くの人にアピールしていきたいと思っています。

                                          (呼びかけ:さぼてん企画)

★参加される方は自分の気持ちを表現するもの(プラカードやビラ、パネルなど)をご用意ください。

さぼてん企画ではビラ配布も行いますが、その内容に賛同され、いっしょに配ってくださるのも歓迎します。

・ガザへの攻撃をやめろ
・ガザの封鎖を解除しろ
・占領を終結させろ
この3点を主に訴えていきたいと思っています。

さぼてん企画 (2003年より京都でパレスチナに関する映画上映や講演会、イベントなどを続けてきたグループです)
saboten1948(アットマーク)mail.goo.ne.jp

全文はここにもあります:http://0000000000.net/p-navi/info/info/200901142143.htm

****Stop the Killing , Stop the Aggression on Gaza!
  Protest & Appeal at Sanjo Kawaramachi, Kyoto
・18th Jan. (Sun) 17:30~18:30 (preparation 17:00~)
・Place: The east end of Sanjo
・arcaded street Organized by: Saboten Kikaku (Cacti Planing)
・saboten1948(at mark)mail.goo.ne.jp

We can not be in silence while Israel attacks the people in Gaza.
We want send a message below:
*Stop the Killing Gazans!
*Stop the aggression on Gaza!
*Lift the siege on Gaza!
*End the occupation!
★Please join us with your own sign, banner, or something expressyour protest.

1/20(火)1/22(木)【大阪での行動】

オバマ新大統領はガザの現実を見よ!アメリカはガザ虐殺・封鎖をとめろ!アメリカはイスラエル支持・支援をやめろ!1・20行動

1月20日(火)18:30〜19:30アメリカ領事館前(淀屋橋駅)

主催:1・20行動実行委員会
連絡先:パレスチナの平和を考える会palestine.forum@gmail.com

許すな!イスラエルのガザ侵攻1・22緊急行動 in 関西パレスチナ民衆を殺すな! 大阪扇町公園にて集会
1月22日(木)18〜19時 その後 アメリカ総領事館方面に向けてデモ

主催:許すな!イスラエルのガザ侵攻緊急行動実行委員会

  1. 2009/01/17(土) 16:25:27|
  2. より急ぎの抗議!
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詩: 「14年目の1月17日に」

阪神大震災があった朝
14年間。あの日から14年の歳月。

「この日は、雨だったことがない」って誰かが言ってた。
ああ、ヒロシマやナガサキと同じように 今朝もよく晴れた。


あの日、多くの人が亡くなった
そしてあの日から、多くの人が殺された。

ルミナリエの光の渦にひきこまれ、キレイとはしゃいでいたかもしれない幼い自分の影で、
地の果てのような場所にある仮設住宅で閉じ込められた幾人が死を選び、
幾人が薄氷の路上生活に流れ凍えたか。

家ごと愛するひとを失い、それでも生きなければならない人がいる
故郷に戻れず亡くなっていった人たちがいる

「首都圏には地震がくるんだから、関西はチャンスですヨ!」と俄には信じ難い言葉を吐く男が、その土地の政事(まつりごと)の長だというではないか。

今日も神戸市役所の前で、やぐらが組まれ歌が響いているんだろう。
お線香をあげるスペースに、
炊き出しのおぜんざいに、先生がだしてくださるお茶席とお干菓子があるんだろう。

どんなに踏みにじられても、それでも生き抜いてきた人たちの再会があるんだろう。

私は風邪をひいて、この詩ともよべない散文を書き散らかす。

  1. 2009/01/17(土) 16:21:17|
  2. 【詩】
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「希望」についての考えと、今年の抱負…ほか。

ありとあらゆる場所で、希望を捨てよと言わんばかりの現状の悪化があり、人生を奪われていく人たちがいる。
年末から続くイスラエル軍のガザ侵攻は、空爆のみならず地上戦になった。
800人以上の人が殺され、うち260人以上が子どもだ。無人爆撃機が神経を侵す新兵器。ガザの封鎖はここ数週間に限った話ではない。医療品が届かない病院での応急処置には、塩水が浸された脱脂綿が使われているというではないか!

おめでたやと年が明けた街。
寒空に放り出されたままの人が座る道を歩く。己が生きる術もまだ手にしていないのに、誰かを想おうとする自分の思い上がりと非力さを痛感しながら、それでも生きていくしかないと思う。
こういう時、同じ思い抱いて暮らす隣人と心を分け合える環境にいる自分の幸福さを感じないではいられない。

 戦時中に旧日本軍によって性奴隷制(いわゆる従軍「慰安婦」制度)の被害にあった女性たちと出会い、今年で早くも5年になる。
おばあさんの想像を絶する証言に触れたあの場所から月日は情け容赦なく流れ、多くの方の訃報をきいた。日本軍が行ったあまりにも取り返しのつかない蛮行の事実を知ることができたことで、私の人生は変わった。そうした歴史を生き抜いてきたサバイバーである彼女たちの立ち居姿と、愛とユーモアに溢れる人柄に触れることを許された時間は生涯に残る宝物だ。
不正義や暴力を受けた経験を語り 否定され続けることが、どんなに深い痛みを伴うのか…。想像を絶する。
−それでも仲間と励ましあい、真摯に謝罪と対話を求めつづける彼女たち。
自分のため、次の世代のため、そして今その暴力の渦中にいる人々のために。

 私は彼女たちに出会い、どんな暴力を持って人生を害されても、それでも投げ出さず最後まで生きていこうとする人間の尊厳の光を見た。
どんなに人間に傷つけられても、それでも人をまた信じようとするその途方もない愛情の存在を知った。



 私は、おばあさんたちに出会って、一人ひとりの人間が持っているはずの生きる力を、お互いに目覚めさせること、また回復し育んでいくことが本当に必要だと考えるようになった。
「正義」や「議論」ではなく、魂が感じている苦しみや抑圧を解放していけるような 関係や表現や場所を、人はお互いに創り出すことができる。
どんなに希望がないように感じられても、私はそうしたものを生み出していきたい。
運動を語らないで、日雇い労働のおじさんや道で出会った人に挨拶をしたい。
誰かが呼びかけた街頭行動になるべく参加したい。

誰かとつながったという実感があれば、一人ひとりは独りではなくなる。そうなれば絶望しないのではないかな、と思う。
「何かをしているから」ではなくて、その人が(あるいは自分が)そのまま、あるがままに存在できる状況にしていけなければ、世界の問題解決はおろかお互いの命すら守れないのではないだろうか。
最近の私は、(これは友人の言葉であるが)国家がやろうとしていること、やってきたこととは正反対の態度を持ってして生きていきたいとしみじみと思っている。
そして、こうした言葉を吐く以上、それを信じてもらえる自分自身でいるのか自問自答する必要を痛烈に感じている。けれど、不安があってもそれでも己の感受性を肯定し、自分なりのやり方で誰かに伝えていきたい。迷いの中でそれでも踏み出すこと、その繰り返しこそが本物の自信を培うと信じる。

こうした切迫した状況だからこそ、人間として生まれてきた目的「幸せになる」ということを、無関心にも諦観にも陥らないよう注意しながら、全ての人のそれを願いながら、なるべく自前でやっていこうと思っている。





…というわけで(?)今年の抱負は、「思慮深く 自分の管理ができるようになる」です。


 今日は大阪の集会とデモに行きました。500人の人が集まっていて、知り合いの人たちにも会えて、胸のつかえが少し楽になり息ができるような気がしました。
殺された赤ちゃんや子どもたちが床に寝かされている写真がたまらなく辛かった。
友人が持っている菊の花に私が慰められて。


イスラエル軍は、ガザへ封鎖を今すぐ解いて。
もうこれ以上、パレスチナの人を殺さないで。
アメリカはイスラエルを支援しないで。
日本はイスラエルへのODA支援を今すぐ中止して。
マスコミは、ちゃんとガザの真実を報道してほしい。

さっき見たCNNのニュースでガザの子どもたちが、恐怖に顔を強張らせて目にいっぱい涙をためていたよ。

頼むから あの子たちをを殺さないでちょうだい!!

そう思っている人が、一人でも二人でも、行動を起こしている。暗闇の中でそれでも火を灯す人がいる。

−私にできることは少ないけれど、それでも今 殺されている人がいる。
幸せを感じる瞬間に 胸が痛くなる。
同じ空の下、同じ土の上、閉じ込められて殺されている人がいることを感じる。

私のつたない文章を読んでくださる皆様の存在に、いつも心から感謝しています。
ありがとうございます。寒いのでどうぞ風邪をひかないよう、お気をつけて。おやすみなさい。
  1. 2009/01/10(土) 22:20:54|
  2. 【話したいこと】
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イスラエル軍はこれ以上ガザの人を殺すな!

稲荷屋です。
あけました2009年。(遅くてすみません!)
昨年は例年に増して皆様にお世話になり、多くの方にご迷惑・ご心配をおかけしました。
本当にありがとうございました。
幸せな出会いに恵まれて、なんとか今年を迎えることが出来ました。感謝します。
今年は、夢に向かって専念し努力したいと思います。

どなたさまも、心身たいせつになさってこの1年を共に生きましょう。
これからも、どうかよろしくお付き合いをお願い致します。

簡単ですが、またゆっくりとご挨拶させてください。



イスラエル軍の攻撃がクリスマスシーズンから続き、虐殺が激化しています。
最寄の抗議行動にご参加ください。私も、自分にできる範囲ではありますが参加しようと思っています。大阪のデモには行きます。


パレスチナ・ナビの管理人、ビーさんのブログに状況や抗議行動などの情報がアップされています。
http://0000000000.net/p-navi/info/
是非ご覧下さい。



【以下、転載・転送歓迎】

1月10日(土)【大阪アメリカ領事館前】

××××××××××××××××××××××××××
許すな! イスラエルのガザ侵攻 1・10緊急行動
×××××× パレスチナの民衆を殺すな! ××××××


イスラエルは、昨年末から続くガザ攻撃によって、すでに500人以上のガザ住民を殺害しています。
今も、人々は、電気や水を止められ、食料確保もままならない状況のなか、イスラエル軍の攻撃にさらされ続けています。
私たちは、イスラエル軍による虐殺行為の中止、ガザ地区の封鎖解除、そして、パレスチナにおける公正な平和の実現を広く訴える緊急集会とデモを行います。
イスラエルの暴走を止めるためには、国際社会からの圧力、抗議の声を挙げていくことが不可欠です。より多くの方の結集を!!
なお、参加される方は、プラカードや横断幕など、街頭にアピールできるものをご持参いただければと思います。

日時 ● 2008年1月10日(土) 午後2時集合〜午後2時45分デモ出発(3時半頃梅田解散)
会場 ● 中之島公園女神像前(地下鉄淀屋橋駅1番出口から徒歩3分。大阪市役所南側)
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=Air&nl=34/41/23.244&el=135/30/21.096&scl=25000&icon=home,,,,,&coco=34/41/23.244,135/30/21.096
発言 ●岡真理さん(京都大学教員)
B・サーメドさん(ガザ住民、携帯電話を通じての参加)
参加団体・個人からのアピール・行動提起

主催 ● 許すな!イスラエルのガザ侵攻1・10緊急行動実行委員会

【呼びかけ団体】
ATTAC関西アムネスティ・インターナショナル
日本釜ヶ崎医療連絡会議釜ヶ崎パトロールの会
関西共同行動
日本キリスト教団大阪教区社会委員会
パレスチナの平和のための関西連絡会
パレスチナの平和を考える会
リブ・イン・ピース☆9+25
反戦と生活のための表現解放行動

【連絡先】
関西共同行動tel: 06-6364-0123(中北法律事務所)fax: 06-6364-5247
email: kyodo★cpost.plala.or.jp(★を@にして下さい)
パレスチナの平和を考える会tel; 06-7777-4935(共同オフィスSORA)
fax: 06-7777-4925email: palestine.forum@gmail.com

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

〜〜〜〜転送歓迎〜〜〜〜
【京都】
1月10日(土)キャンドル・ビジル ガザ空襲・侵攻に抗議と殺された人々の追悼の意を込めて


 18時半〜20時頃  三条大橋 北側東詰め周辺
 集合連絡先 090−6325−8054 

街頭に立ちキャンドルを持って、プラカードなどで意志を示すものです。自分でプラカードを用意できる人は作って来てください。キャンドルは複数用意します。

ビジル【vigil】とは・・・「寝ずの番」「夜伽(よとぎ)」「お通夜」などの意。 
          キャンドルを灯し、亡くなった方たちに思いをはせる集い。       
    街に立って、意志表示することにも使います。 パレスチナの事態に対して、誰もが胸を痛めるばかりだと思いますが、ピースウォーク京都に参加している何人かで、何かできることはないか、緊急に相談し、イスラエルのガザ空襲・侵攻に対する抗議の意と、亡くなられた方への追悼の意を込めて、ビジルを行なうことにしました。みなさま、ぜひご参加下さい。

ピースウォーク京都 website : http://pwkyoto.comHelp



1月10日【京都】 アムネスティ京都・有志
ガザ封鎖解除・即時停戦を求める街頭署名&FAX行動  
●午後3時半〜4時40分 ●三条大橋の北東角

1月11日【京都】 さぼてん企画
ガザ虐殺に抗議する街頭アピール
●午後5時〜6時半ぐらいまで ●三条河原町アーケード前!
※参加される方は自分の気持ちを表現するもの(例:プラカード、チラシ、パネルなど)をお持ちください。


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☆★☆★転送・転載大歓迎★☆★☆

平和を愛するみなさん こんにちは。私はAASJA(アスジャ)という学生団体で活動している同志社大学大学院修士課程1年の古屋寛生というものです。  現在、パレスチナ・ガザではイスラエルによる陸海空からの攻撃が続いています。昨年末の空爆開始から、わかっているだけですでに600人以上の人が殺され、3000人近い人が負傷しています。 ガザはこれまでイスラエルによる封鎖に苦しめられてきました。食糧、水、燃料、住宅、医療、あらゆるものが不足しています。人々は飢え、寒さに震えています。救急車を出そうにも燃料がありません。手術をしようにも電気が、ベッドが、薬がありません。イスラエルの攻撃は、まさにこうした状況下で行なわれている蛮行です。 アメリカはハマスへの批判に終始し、国連安保理での即時停戦を求める議長声明に反対するなど、イスラエルの侵攻に「青信号」を灯し続けています。イスラエルが地上軍による侵攻を開始したのも、アメリカが地上侵攻を容認したまさに次の日でした。  私はこの年始に地元に帰省した際、駅前で一人で抗議行動をしました。しかしそのときに感じたのは無力感でした。一人の力はやはり小さい。しかしその小さな力がたくさん集まれば社会を変える大きな力になります。  ガザの状況を憂慮し、イスラエルによる攻撃に憤る人々は世界中にいます。世界のなかまたちによる抗議行動の報告も、続々と私たちの耳に入ってきます。  みなさん、私たちもそのなかの一人として、ともに声を上げましょう。 メディア関係の方は、ぜひ取材をお願いします。 以下の日程でイスラエル・アメリカに対する抗議行動をします。

内容:キャンドルビジル(ろうそくを持って抗議の意思を示す)、リレートーク、抗議声明読み上げ・提出
日時:1月11日(日)18:30〜場所:駐大阪・神戸米国総領事館前(京阪淀屋橋駅徒歩10分、各線大阪・梅田駅徒歩15分)http://osaka.usconsulate.gov/wwwhjmap.html
呼びかけ団体:AASJA(Anti-invasion Asian Students Joint Action)連絡先:070-5434-9745/fruit-republic@pdx.ne.jp (古屋)

※領事館前行動終了後、大阪駅前にある曽根崎陸橋の上に移動して再びキャンドルビジルとリレートークをします。※プラカードや横断幕など、抗議の意思を示すものを各自自由に持ち寄ってください。キャンドルはこちらである程度用意します。
※参加できる方は上記連絡先にあらかじめ連絡いただければ幸いです。もちろん飛び込み参加も大歓迎です。

※このほかにも各地で抗議行動が取り組まれています。
http://henoko.ti-da.net/e2314746.html

1月8日【神戸】
イスラエルはガザ市民を殺すな! まちかどアピールを追加    午後7:00-8:00 JR三宮駅中央改札北側 案内板前


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1月22日(木)映画上映会
【大阪】


下記映画の上映会を急遽企画いたしました。
現在停戦にむけて動きだしたようで、なんとか侵攻停止にむけた動きとなってほしいと願っています。

お時間のある方は、是非お越し下さいませ。


「レインボー Rainbow」を観る
2009年1月22日(木)14:00〜(1時間程度)

【上映作品】レインボー Rainbow
(パレスチナ/41分/2004年/監督:アブドゥッサラーム・シャハーダ)

占領下で破壊され、奪われ続けるパレスチナの人々の生活と生命。その痛み、悲しみをレンズに焼きつけるかのように、カメラはまわる。
(アース・ビジョン 第14回地球環境映像祭 アース・ビジョン大賞)


【会場】
大阪大学21世紀懐徳堂(大阪府豊中市待兼山町1-16)

会場アクセス
http://21c-kaitokudo.osaka-u.ac.jp/30a230af30bb30b9/

【主催・問い合わせ】Rainbow上映実行委員会
E-mail:okkenishida@yahoo.co.jp(西田)

【作品提供・協力】アース・ビジョン組織委員会事務局
http://www.earth-vision.jp
http://d.hatena.ne.jp/Best-of-EARTH-VISION/20090122/p1
*********************************************************


下記は
2007年6月9日にピースムービーメント実行委員会の方によって
開催された「パレスチナ映画『レインボー Rainbow』上映と講演」
の際の紹介文を転載させていただきました。
ご参考までに…

●映画紹介『レインボー Rainbow』
(「第14回地球環境映像祭」2006年度アース・ビジョン大賞受賞作品)
(2004年/パレスチナ/41分/ビデオ)
プロデューサー:ラマタン・スタジオ
監督:アブドゥッサラーム・シャハーダ

イスラエル侵攻下のガザ。
その過酷な現実を詩的かつ象徴性豊かな映像で表現し、
2006年3月、第14回地球環境映像祭でその芸術性が高く評価され、
アース・ビジョン大賞を受賞。
占領下で破壊され、奪われ続けるパレスチナの人々の生活と生命。
その痛み、悲しみをレンズに焼きつけるかのように、カメラはまわる。

「私が通り過ぎてきた人々がいる。ある者は、涙を浮かべながら建物の残骸
から立ち上がった。ある者は、自らを苛む不安を解決する道を探していた。
そしてまたある者は、現実に直面し、疲れ果てていた。皆、私にそっくりだっ
た。私はかつてカメラを愛していた。カメラは痛みを伝え、悲しみを忘れるこ
とができると信じていたのだ。いや、私が信じていたのは、希望やより良い人
生といったものだったのかもしれない」

○監督プロフィールなど

■アブドゥッサラーム・M・A・シャハーダ監督。
パレスチナ出身。ロンドンで映像について学ぶ。
この作品は、2004年5月、イスラエル軍がパレスチナ南部ラファ地区の一般
市民の住居を破壊し、多数の死傷者を出しながら侵攻、強制退去を迫った、
「レインボー」作戦に取材している。パレスチナで生まれ育った監督はラファ
に赴き、破壊された住居を見、狙い撃ちされ攻撃の犠牲になった子どもたちや
人々の家族の言葉を聞く。犠牲になった人、一人一人の顔を象徴する砂のレリ
ーフを作る芸術家の言葉や何度か登場する海の映像など、深く人の心に届く深
みのある映像作品である。


【関東】

1月8日【東京】 「広河隆一アーカイブス・パレスチナ1948NAKBA(ナクバ)」完成報告と試写会    午後7:00開演 文京シビックホール小ホール(東京都文京区春日1-16-21)1月10日【那覇】イスラエルによるガザ侵攻に対する抗議の集会とデモ 平和市民連絡会    午後3時 県民広場 午後4時より国際通りをデモ

1月10日【東京】1/10 ガザに光を! 即時停戦を求めるピースパレード&シンポジウム     パレード  :午後3:30-8:30 芝公園23号地   
シンポジウム:午後6:30-8:30 聖アンデレ教会(最寄駅・神谷町、芝公園そば)
●ピースパレード
15:30 「芝公園23号地」 集合
(都営三田線「御成門」駅A1出口から徒歩5分。東京タワー近く)
16:00 出発、パレード開始
17:10 「六本木 三河台公園」にてパレード終了。キャンドルで祈りを捧げる。
(ほか、プレイベントやシンポジウム、詳細は http://ccpnews.blog57.fc2.com/blog-entry-11.html に)


1月11日【東京】
******以下、転載・転送可******
東京外国語大学・中東イスラーム研究教育プロジェクト

緊急集会「イスラエルによるガザ侵攻を考える」

昨年12月27日にイスラエル軍が開始したガザ地区への攻撃が激しさを増しています。1月3日からは地上侵攻も始まり、6日現在でパレスチナ側には600人を超える死者と3000人近い負傷者が出ています。パレスチナにおけるこの事態を受けて、東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクトでは緊急ワークショップを開催します。中東地域・パレスチナに長年関わってきた学内外の研究者を中心に、今の状態を招いた背景と今後の展望、訴えていくべき内容や取るべき行動について考えます。皆様のご来場をお待ちしております。

日時 1月11日(日) 11:00 〜 14:00(11時開場、11時15分開始)

会場 如水会館 1階 如水コンファレンスルーム(参加費:無料、最大 100名まで)東京都千代田区一ツ橋2−1−1(Tel 03-3261-1101 (代))
アクセス
http://www.kaikan.co.jp/josui/company/access.html
・地下鉄東西線 竹橋駅下車 1b出口 徒歩4分
・地下鉄半蔵門線・三田線・都営新宿線 神保町下車 A8・A9出口 徒歩3分

講演者
 酒井啓子(東京外国語大学・教授)
臼杵陽(日本女子大学・教授)
川上泰徳(朝日新聞・編集委員)
飯塚正人(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授)
黒木英充(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授)
山本薫(東京外国語大学・助教)
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・非常勤研究員)

問合せ先 東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクト事務局
Tel &Fax 042-330-5568/5618

******

■■以下、転送歓迎■■---------------------------------
1月11日(日)【東京】
============================
スピークアウト&デモ:イスラエルは占領とガザ侵攻をやめろ!
============================


日時:1月11日(日)
14時開場/14時30分開始(14時から映像上映あり)
16時45分終了(デモ出発は17時00分)

場所:四谷地域センター・多目的ホール(12階)
地下鉄丸ノ内線「新宿御苑前」駅より徒歩5分(四谷方向に向かってまっすぐ歩き、右手/新宿区内藤町87番地)
http://www2.odn.ne.jp/~hao65350/page002.html

■アピール:
阿部浩己さん(国際人権法/神奈川大学法科大学院教授) 
鵜飼哲さん(ティーチイン沖縄/一橋大学教員)
 小倉利丸さん(ピープルズプラン研究所/富山大学経済学部教員)
 

■リレーアピール:
 国富建治さん(新しい反安保行動をつくる実行委員会)
 杉原浩司さん(核とミサイル防衛にNO!キャンペーン)
 園良太さん(憲法カフェ)
北林岳彦さん ほか 
※当日の飛び入りアピールも受け付けます。

■デモ:
四谷地域センターを出発し、新宿方向に向けてデモを行います。
※出来るだけ、各自で手作りのプラカードなどを持参して下さい(主催者側も用意します)。

=============================
イスラエルはついに地上戦を開始しました。40年以上も占領を続け、人権を侵害して苦しめてきた人々を逃げ場のない空間の中で追いつめて殺すという、こんな酷い行為は一刻も早く止めさせなくてなりません。

イスラエルを非難する国際的な声は鈍く、多くのマスコミはイスラエルとハマースの「暴力の応酬」という構図を作り上げて事態を矮小化し、イスラエルの占領行為を免罪しています。しかし2006年のレバノン戦争と同様、イスラエルが「自衛」戦争を演出し続けなくてはならないような事態を作り出したのは、他でもないイスラエルによる占領です。

ガザのむごい光景は、私たちの無惨な日常生活の延長上にあります。アメリカのイラク占領を支援するためイラクに自衛隊を送り、インド洋で給油活動を続けることでアフガニスタン攻撃を支えて来た日本。目先の「安全」や政権の安定を得るために「対テロ」の名目で人を殺すことが当たり前のようになっている世界。もうこりごりです。
この日本社会の中から、今こそ戦争と占領をやめろ!という声を大きく響かせましょう。
=============================

主催:「スピークアウト&デモ:イスラエルは占領とガザ侵攻をやめろ!」実行委員会

<連絡先>
メールアドレス:speakout.demo@gmail.com
 電話:090-6498-6448
郵便物送付:〒162-0823東京都新宿区神楽河岸1 - 1 東京ボランティア・市民活動センター メールボックスNo.114 ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉気付



--------------------------------------------------------------------------------


1月11日【仙台】パレスチナ──ガザ地区の平和を求める緊急市民集会    午後1:30-4:00 戦災復興記念館4階研修室(仙台市青葉区大町二丁目12番1号)
1月11日【広島】ガザ無差別攻撃抗議集会 二回目のヒロシマ行動    午後5:00- 平和記念公園・原爆ドーム前
1月18日【東京】 「戦争反対─戦争終結/ガザ攻撃に抗議する」 映画『レインボー』上映+岡真理講演    午後2:00-5:00 ラパスホール(東京労働会館ホール JR大塚駅南口)1月19日【大阪】(月)ガザ?この現実 映像とトークの夕べ




  1. 2009/01/09(金) 11:08:01|
  2. より急ぎの抗議!
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オバマ次期大統領への公開質問状に是非ご賛同(参加)を★2009年1月7日まで!

こんにちは〜 稲荷屋です〜。
気ばかり焦って走りたいのに、身体はふらつく年の瀬です〜
みなさん、風邪ひかれていませんか?
今日はクリスマスですねー。

小さい頃は、起きたこともないような早い時間に飛び起きて、プレゼントの元へ走ってたなぁ…。
日曜学校にも通っていて、毎週クリスマスまで、本当に楽しかった。先生おげんきかしら…。

大人になってみて、サンタさんがサンタさんになる動機(と書くと悪いことのような気がするのは何でだろ?)が、分かりかけてきた気がする…。

プレゼントを貰って嬉しいって喜ぶ様子を見ること以上に、
自分が誰かに大切に想われている、いつも見守ってもらっていると思う体験や記憶にあるんだろな…と考えていました。
大切にされているって感じ、どこか安心して大きくなることって、子どもに一番たいせつなことである気がしています。


見も知らぬけれど、寒い中プレゼントを持ってきてくれる「誰か」に対する
彼女たち、彼らたちの思いやりと感謝を伝える行動。
−例えば<サンタさんへ>で始まるクレヨンで書かれた手紙。
「可愛い」と微笑むのではなくて、感動を抱き 真摯に学びたいと思います。

全ての小さいお人が楽しみに幸せに、この日の朝を迎えられたら、どんなにいいか。
『闇の子どもたち』(ヤン・ソギル氏。幻冬舎文庫)を読んだあとだから、本当にそう思う。


そんなこんなで、あるがままフィナーレに向かう2008年。
ピープルズプランさんがオバマ次期大統領に、
非常に真っ当で必要な公開質問状を作られております。
この忙しく、のんびりしたい時期に、躊躇わず賛同募集される気力に敬服です〜…(涙)

来る新年2009年1月7日まで!
どうぞこの公開質問状にご賛同、ご参加ください!

公開質問状の内容を検討しながら
あらためて、総理大臣より、天皇より、米帝の大統領の決断に国政を支配しているこの実感。
(勿論、天皇「陛下」は日本国国家国民の神様であられます(!)から、心的にも制度的にも支配し君臨されておられるわけでおますけれどもねー。
何であんたらの誕生日が休日やねーん。街中が日の丸だらけで嫌になるよーーー。)

属国日本から一矢報いましょう〜★☆★





【転送・転載 大歓迎!】 【重複お詫びいたします】
★「チェンジ」ならブッシュ・ラムズフェルド戦略の公然たる破棄を!
□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□
   日本列島住民からの質問・要請の公開状を
  バラク・オバマ次期米国大統領に送るキャンペーンへの
  団体・個人賛同募集 (賛同締め切り2009年1月7日)

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□

 私たちは「チェンジ」を訴えたバラク・オバマさんが米国次期大統領に選ばれ、8年にわたるブッシュ政権の方向性に明確なNOがつきつけられたことを素直に喜びたいと思います。オバマ次期大統領は、しかし、ブッシュ政権の下、急速かつ強引にすすめられた米軍の大再編――「トランスフォーメーション」――を「チェンジ」するのかについては、まったく触れていません。

 そこで私たちは、米軍大再編計画のなかで進められている米日同盟強化の見直し、米軍基地・軍事力強化措置の凍結と見直し、在沖縄米軍の見直しと撤退、グアムにおける新米軍基地建設の中止、憲法9条改変への米国からの圧力の停止、東アジア非核地帯構想の積極的推進をオバマ次期大統領に要請し、彼の考えを明らかにしてもらう公開状を出すことにしました。

 この公開状は英文に訳し、オバマ大統領の就任予定日である2008年1月20日頃、ホワイトハウスに送付する予定です。また、米国の東アジア戦略についての関心が高いとはいえない米国の平和運動との共通の認識を形成することをめざし、オバマ候補を支援した草の根ネットワークとその人びとを含む、米国のさまざまなネットワークにも広く送る予定です。

━━━━━━━━
■バラク・オバマ米大統領への公開質問・要請状に賛同します。
━━━━━━━━
【団体賛同】
・団体名:<日本語>          <あれば英語>
・※団体名の公開  可 不可

<連絡先>
・emailアドレス:
・電話&FAX:
・住所:
--------------
【個人賛同】
・個人名:<日本語>          <ローマ字>
・あれば肩書き:<日本語>          <あれば英語>
・ふりがな:
・※氏名の公開  可 不可

<連絡先>
・emailアドレス:
・電話&FAX:
・住所:
━━━━━━━

公開状にご賛同いただける方は、2009年1月7日(水)までに、上記のフォームを賛同送り先メール:
obamaletter ★ excite.co.jpまでお送りください。 
(※お手数ですが、★に@を入れて送信してください)

※なお、名前の公開可・不可は必ずご記入ください。公開可の方の名前は、オバマ大統領に送付する手紙および、国内外のさまざまな団体へのキャンペーンのお知らせに掲載されます。
FAX番号がわかれば、FAXしておいてもらえたらありがたいです。
上記連絡先としてご記入いただいた情報は、ピープルズ・プラン研究所でこのキャンペーンの連絡先として管理する以外の目的としては使用いたしません。


=============
このキャンペーンに関するお問い合わせ先
=============
ピープルズ・プラン研究所
〒112-0014 東京都文京区関口1-44-3信生堂ビル2F
電話: 03-6424-5748 FAX: 03-6424-5749
Email: ppsg★jca.apc.org (お手数ですが、★を@にして送ってください)
=============

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以下 質問状!

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□
         <<公開質問・要請状>>
「チェンジ」なら、ブッシュ・ラムズフェルド戦略の公然たる破棄を!

□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□


拝啓 バラク・オバマ大統領殿

 大統領に当選されたことにお祝いを申し上げます。

 2期8年にわたるジョージ・ブッシュ政権は、反テロの名による国際法無視の戦争と単独行動主義による世界支配によって、世界中の民衆に恐るべき破壊と災悪をもたらしました。あなたはそれを変えること、「チェンジ」を公約し、アメリカ合衆国の草の根民衆――とくに若い世代――の心をじかにつかみ、揺り動かし、希望を吹き込み、人権や性別や階層を超えた共感をつくりだして当選されました。あなたは、アメリカの有権者一人一人の最良の部分のひとつである理想主義に訴えかけ、その力を呼び覚ますことで勝利したに違いありません。私たちはそれを歓迎するものです。

しかし「チェンジ」とは、合州国市民だけでなく、ブッシュの単独行動主義の被害を受けてきた世界の民衆へのあなたの公約であることを、おわかりでしょうか。

 ジョ−ジ・ブッシュ合州国大統領が始めた終わりなき戦争から抜け出たいと望む私たちは、あなたがこの公約に沿って、ブッシュ政権の世界軍事戦略をどのように「チェンジ」しようとしているか、切実に知りたいと思っています。新保守主義の世界観によってつくられ実施されてきたブッシュ・ラムズフェルド軍事戦略と防衛改革プログラム(Defense Transformation Program)を破棄し、軍事戦略もふくめて、もっと控え目で、現実的な対外政策をあなたが採用するかどうか、私たちは注目しています。そして、アメリカ合州国大統領として、そのような根本的軍事戦略見直しに着手されるかどうか、お返事を願いたいと考えます。

とくに、私たちは、世界とアジアの平和を願う日本在住の市民として、あなたが、ブッシュ、ラムズフェルドの東アジア太平洋戦略を根本的に変えることを期待し、それを要請いたします。

 ブッシュ政権の下で、日本は、日本の防衛ともアジアの平和とも関係のない米国の世界支配のための軍事体制、新保守主義者の定義する米国の軍事的、政治的、経済的利益にのみ捧げられた戦略の下に軍事的に統合されました。

 2005〜6年に米国の主導で結ばれた一連の取り決めにおいて、「成熟した同盟」といううたい文句の下、もともと違憲であった日本の自衛隊は、米国の一元的指揮下に置かれ、ブッシュ政権の開始した永続的戦争の補助的部隊に編入されました。
沖縄では、住民の反対を押し切って、新しい基地の建設が強行され、これにたいして、沖縄の人びとは強い抵抗を続けています。日本本土でも岩国、横須賀、座間、横田などで米軍基地が強化され、住民の根強い抵抗にあっています。
ブッシュ政権のもとでの急速な日本の軍事化政策と米軍のグローバル戦略への日本の編入は、日本に軍備の放棄を規定した憲法の改変を強要する内政干渉を意味するものでした。さらに、グアムを世界戦略のための米軍配置の要とし、新たに巨大な海兵隊基地に変える計画が、日本の国家予算すなわち税金を使って強行されようとしているのです。
これらはアジア太平洋における平和と安全に資するどころか、中国との軍拡競争を誘発し、新しい冷戦をアジアにおいても導入する危険があります。

 私たちは、あなたの政府が、以下のような私たちの提案を真剣に考慮し、採択されるよう要請いたします。私たちにとって、「チェンジ」とは最低でもこのようなことを意味するのですから。

1 2005年10月29日に調印された「米日同盟:未来への変革と再編」とそれに基づく日本との軍事取り決めの根本的見直しと廃棄、それに基づいておこなわれている基地強化、再編措置の凍結。日米関係を現行安保にかわる新たな非軍事的日米取り決めに向けて再編する。

2 沖縄における新たな基地拡張計画の見直しとそれに基づく中止、沖縄における米軍の存在の見直しと米軍の引き揚げへの展望の設定。

3 グアムにおける新たな米軍基地建設計画の撤回。

4 日本国憲法9条の改変への日本への要求や圧力の中止。東北アジアの安全保障を、米軍の引き上げと日本非武装の見通しのなかで、地域の多国間とりきめによって行う政策の選択。その第一歩として東北アジア非核地帯構想の積極的推進。


 新政権の政策の策定にあたって、私たちの以上の要請を取り入れるつもりがあるかどうか、速やかに回答されるようお願いするものです。

                                                        敬具
  1. 2008/12/25(木) 16:49:52|
  2. より急ぎの抗議!
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朴保(パクポー) ドキュメンタリー映画・仮完成記念上映会&ライブ @京都12/26・大阪12/27

朴保(パクポー)さんの歌、いいです。
今、日本語で歌っている40代、50代の歌手として、もっと光が当たっているべき実力の持ち主です。

なんで無名なのかなぁ・・・。
こういうこと疑問を持つに当たる人って 歌に限ってもどこかしこに結構いるかもしれないけど、この人はほんとにそうだと思うんだけども。
(うーん。ファン的心理か?でも、「私、ファンなんです〜!!」っていうんじゃなくて、
「あー これがプロの力なんだーー」って直感するものがあるんですよー。
もっと正当に評価されるべきミュージシャンだと思います。はい。)

お一人でも多くの方が聴きにきてくれたらいいなーーと思って、転載いたします。



転送転載大歓迎! 
■■■■■■■■■■■□□□□□□□□□□□
朴保(パクポー)
ドキュメンタリー映画・仮完成記念上映会&ライブ
−−−12/27(土)京都・12/28(日)大阪−−−−−−
□□□□□□□□□□□■■■■■■■■■■■


田中幸夫監督作品『Pak Poe』は、在日2世のシンガーソングライター、朴保(パク・ポー)氏を10年に渡り撮り続けたドキュメンタリー映画です。
1979年「広瀬友剛」の名でワーナー・パイオニアからメジャーデビューした朴氏は、デビューの翌年に韓国を訪れ、自らのルーツに目覚めます。
そして通名(日本名)ではなく「朴保」の名を選び、アメリカ、そして日本で歌い続けてきました。
来年でデビュー30年を迎える朴保。
日本社会の中で彼の名を知る人は多くはないかもしれませんが、その歌声は人の心を揺さぶる確かな力に溢れています。

映画の仮完成上映会とライブを東京に引き続き、京都と大阪にて行います。
年の瀬の目の回るような忙しさではあると思いますが、どうぞ会場に足をお運び下さいますようお願い申し上げます。

★京都公演★12月27日(土)
 会場;荒神口/バプテスト京都教会
 午後3時開始

  <前売り券>2000円・<当日券>3000円

 ・3時〜4時10分ドキュメンタリ映画Pak Poe上映
 ・4時半〜6時半ライブ

★大阪公演★12月28日(日)


 会場;扇町/セムト扇町店
 午後3時開始
<前売り券>4000円・<当日券>5000円
 ※セムトのお食事(韓国逸品コース/3000円相当)込みのお値段です!※
  ・3時〜4時10分ドキュメンタリ映画Pak Poe上映
 ・4時半〜6時半ライブ・ライブ終了に引き続き打ち上げ(8時終了)

【両日ライブ出演者】朴保(ボーカル・ギター)/ Sassy Tomo(キーボード)


 《朴保プロフィール》
 ぱくぽー
 1979年に広瀬友剛の名でメジャーデビュー。
 80年の訪韓を機に自らのルーツに目覚めて改名。
 ロック、レゲエ、ソウル、朝鮮民謡を混在させたパワフルな音を身上とする。
 83年に単身渡米、サンフランシスコでロックバンドを結成し活躍。
 92年に帰国する。

 その後も様々なバンドを結成・参加し、1997年に兄の朴実氏を含む「朴保Band」を結成し活動。
 ピースボートには2度乗船しており、2001年には朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国の両国での
 ライブを実現。
  毎年行われるワンコリアフェスティバルや春一番コンサートなどのイベントにも、積極的に参加している。

 ● 主な仕事 ● 
 ドキュメンタリー映画『A』(森達也監督1998年作品)、日韓合作映画『夜を賭けて』(金守珍監督2002年作品、原作;ヤン・ソギル、脚本;丸山昇一)の音楽を全面担当。
サウンドトラック『夜を賭けて』発表(2002)。
宮城県在住の在日朝鮮人「慰安婦」被害女性、ソン・シンドさんのドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』(安海龍監督2007年作品)のエンドロール挿入歌として「傷痍軍人・従軍慰安婦・松代大本営」採用。

◎オフィシャルサイト◎ http://www.pakpoe.com/

《主催・問い合わせ》 医療ゲリラ(朝鮮に暮らす人達に医療支援をする会)
kohshika☆beige.plala.or.jp(☆を@にしてください)
電話;090-2389-8805(夜間。昼間は留守電になります)FAX;075-841-0072
  1. 2008/12/18(木) 22:14:55|
  2. 企画紹介
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近況と報告。

こんばんは、稲荷屋です。夜更かししています。

私、こんなんで大人の年令に達している自分に不意に恐れ戦く時があります。
精進していくしかないのだと気を取り直し(諦め)て、 また新しい日々。

やっと身体の調子が良くなって、やりたいことも見つかって始められ、仕事の見通しもつきつつあります。在り難いことだー・・・・。
毎日が過ぎていくのが嬉しいと感じられるのは、ほんとうに幸せです。

物事を決め付けて己を正当化したり、相手を否定していじけたり、
そんなどうしようもない自分を生きているわけで、
まわりの人には申し訳ない限りなんだけれど、
それでも それもまあ稲荷だし と、付き合ってくれている皆さんに感謝の気持ちを忘れんと
やっていきたいと思う今日この頃です。

台湾の呉秀妹(ウ・シュウメイ)さんの謙虚さと感謝の気持ちに、アマー(おばあさん)が帰られたあともじわじわと自分を揺り動かされています。
というか、恥ずかしくなってます。自分が。

私、ほんっとーーーーに厚かましい
人の善意とか好意とか、恩恵に与りまくりながら生かされているのに、
どっかでそれを当たり前だと思ってきたって気付かされた。
自分の運の良さへの過信とか・・・(最低だ。)


言葉なんかじゃなくて、自分で気付いたこと体現していかにゃあかんのですが、
あまりにも喉元すぎると忘れる性格なので、
自他共に公開し、近況と反省にさせていただきます。 はぁ。

寒くなってきたので風邪と火の元にお気をつけて。
最近、書道教室に十数年ぶりに通って心ときめいています。
お正月は書初めしたいなぁ。
今年もあとわずかですが、どうぞよろしくお願いしまーす。
ではまた。今後とも御贔屓に!
  1. 2008/12/12(金) 02:52:36|
  2. 【話したいこと】
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詩 「生きること」

気付いたら、直す。
気付いたら、治す。


勝手に決めつけて怒って終わったふりをしたって、
逃げられないのに気づかないようにしていたから、こんなにもやもや霧の中。


       ― 気付きかけている自分に気がつくことのなんという難しさ。


生きることはなおすことの繰り返し。
常に再び生まれる自分であるために、必要なのは学ぶこと。


「何度 忘れても転倒して思い出せ。
他のいのちに触れた時、自心の温度に息をのめ。」

あなたに繋がる空と地平をみて思うことは、
無恥な私を映しだす水辺に いつでもすっきりと立っていたいということ。
  1. 2008/12/12(金) 01:41:39|
  2. 【詩】
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 2008年の証言集会、無事に終わりました

こんにちは、稲荷です。
もう12月。はやいですね。師走とはよく言ったものです。

さて。証言集会が無事に終わりました。
当日に来ていただいた方、カンパを下さった方、気にかけてくださった方、皆々様 ありがとうございました。

11月26日の夜から12月1日の朝まで、台湾の呉秀妹(ウー・シュウメイ)アマー(おばあさん)と、例によってゲストハウスを貸切、みんなで過ごしました。92歳になられたアマーと京都へまたお招きできたこと、ほんとうに嬉しかったです。アマーが京都に来ることをとっても楽しみされているのが伝わってきました。
アマーは2年前に来られた時よりも、台湾を訪ねた時よりも、1年前に函館でお会いした時よりも、若返っておられました。髪も来日の前日にわざわざ栗色に染め、パーマをかけておられて。セットが崩れるのが嫌で、飛行機の中でもヘッドフォンをつけなかったんですって。(可愛い!)

今までにあった気負いや不安よりも、おばあさんと一緒にいられることにリラックスしていて、心からしみじみと幸せでした。
今回は、立命館宇治高校での二日連続の証言もあり、アマーとの交流がマックスに達したあたりでメインの証言集会を開催できました。主催の自分たちも、おばあさん自身も、 気持ちがすごく入って今までにない気持ちのつながりを実感できたと思います。


いろんなことを語りだしたらきりがないんだけれど、何よりも嬉しいことはアマーが笑ってくれていて、幸せだと感じてくれている その活動の一端に自分がいることを許されているということでした。

「私は何で、こんな人生だったのか。前世でよっぽど悪いことをしてきたんだろうかと思って、ずっと苦しんでいました。けれど、婦援会や日本のAさんやMさんに出会えて、みなさんに出会って、ようやく自分の人生にも光が見えてきました。」


私はほんとにちっぽけで、体力もないし、気力も弱いし、デモや集会では声が大きいから目立つけど、実際はちゃんと運動できてないな私って時々思うんだ けど、それでも無力かもしれないけど、この人と出会えたことは私の人生においてあまりにも大きな財産だから、どんなに小さくても、やれることをやっていきたいと改めて思いました。
1人でも多くの人に彼女たちと出あってもらいたい。

立命館宇治高校で、アマーの話に聴き入る高校生たちを見ながら、涙がこみ上げてきました。
それは私自身がまともな歴史教育を受けられなかったために、小林よしのりの『戦争論』を信じて、被害にあった方たちを貶めるようなものの考え方をしていたことへの悔しさでした。
私は、大学に入らないで自衛隊に入ってしまった同い年の付き合った人を引き戻すことができなかった。
本当の教育を受けることができたら、彼は軍隊には入らなかっただろうし、私もそれを肯定しなかったはずだと思うと、悔しくて悔しくて仕方がない。過去を教えないことが、未来も同じように奪う。
今 行われている歴史教育で、人間の尊厳を奪う戦争を「正義」とする人間が無尽蔵に生み出されている。
日本一高い学費の高校で、意識ある先生のご尽力により、これだけの人がアマーに出会えたわけでそれは素晴らしいことで。だけど、それだけ恵まれた人しか歴史の事実を知ることができない。 それは人間の尊厳を奪われないための必要不可欠な学びであるというのに・・・あんまりにも不公平じゃないか。
私は、たまたま幸運にも愛国少女から人間に戻れたけれど・・・。
正直に言えば、アマーと出会えた高校生の子達が羨ましかった。きちんとした先生に出会えた生徒たちが羨ましかった。

国がそれをしない以上、自分たちでやっていくしかない。私が拾い上げてもらったように、あきらめないで話し続けるしかないんだなぁ・・・・。がんばろう。


世界中の誰にも苦しみを受け止めてもらえず、人間として扱われなかった1人の女性。
文字を読むことも、誰かと愛し合うこともできなかった人生。
その人の手を温めることや、笑わせることができるって、なんて幸せなことだろうかって思います。
(準備したうちの1人にカウントされるのが申し訳ないと思うくらい、私ダメだなあって思うことばかりなんだけどさ。)

アマーにピンクのドレスを着せた仮装バースディ&クリスマスパーティー!大きなケーキにチンドンにサムルノリとでたらめなダンス!
(なんか今年は病気で倒れていたのに、人生でもっとも多く踊った一年なような気がするわ・・・・。)
喜んで下さって、今までにない充足感あふれる集会・パーティーになりました。来てくださったフンバルクイナと韓学同のみなさん、楽しい音をありがとう!!

おばあさんに出会えて、その謙虚さとか感謝や思いやりの気持ちとか、気遣いとか、自分をあきらめないで生活を積み重ねることとか、今回すごく学べた気がする。
ほんとうに誇りと尊厳を持ったチャーミングでユーモラスで、賢くて可愛くてお茶目な方で・・・。
私は、アマーに出会えて
人間として生きるために必要なことを なんて多く教えられているんかなぁ・・・って恥ずかしくなっちゃう。

日本政府が彼女に謝るように、今、できることをやろう。街頭で1人でも多くの中高生にビラを渡そう。
第一水曜の三条河原町でのビラまき、今回は修学旅行生にかなり渡せて満足。
マイクでしゃべった後に、居酒屋の呼び込みのお姉さんにビラを渡したら「聞いてたら泣きそうになった」って言われて、こっちが泣きそうになったよ。

気持ちを分け合える仲間を着実に増やしながら、
おばあさんが観光だけしに日本に来れる日を迎えられるように歩んでいきたいと思います。
  1. 2008/12/05(金) 11:35:11|
  2. 日本軍性奴隷問題の解決を!
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日曜日は台湾のおばあさんのお話をききに、証言集会にお越しください!

こんにちは、稲荷屋です。
今年も、ついに、あっという間に証言集会の季節がやってきました!!
2年前にお招きした台湾のおばあさん(アマ−)たち3名のうちの1人、秀妹(シューメイ)アマ−が来日されます!!

是非、91歳の素晴らしくキュートなアマ−に会いにいらして下さい!
ご予定つかない方は、6時からの交流会(証言集会の会場と同じフロア)のみでも是非!!!
アマ−の大バースデイパーティーというコンセプトです!

一人ひとりの体験が、人生が、歴史を紡ぐことを、私はおばあさんたちに教えてもらいました。
一人の人として、物事を糾していこうとすることは、辛く苦しいこともたくさんあるけれど、それでも
出会えた喜びや、過ごした時間のきらめき、おばあさんの手の温かさが 険しい道を歩む光となって自分を支えてくれると思います。

日本軍に人生を奪われながらも、辛く苦しい道を歩みながらも
アマ−が取り戻してこられたものを受け取りに、日曜日はどうぞ会場にお越しください。





当日のお手伝いをしてもいいよ!言って下さる方は12時に会場にお越しください〜

★旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画2008@京都★
今年は台湾から被害女性と、被害女性を支援している婦援会のスタッフをお招きしてお話をうかがいます。

11月30日(日)午後1時30分開場 午後2時開始
場所:ひとまち交流館 大会議室(河原町五条下る)
参加費:一般500円/学生300円/18歳以下無料
(終了後交流会も同じ会館で予定、ぜひご参加ください)

呉秀妹(ウ・シュウメイ)さん
1917年生まれ、23歳で強制的に前線の「慰安所」に行かされた。
好奇心旺盛でとても明るい。2006年、京都で証言。再会を楽しみにしている。
呉慧玲(ウ・ホエリン)さん
台北市の支援団体・婦援会のソーシャルワーカー、30代。
台湾でのアマーたちのおかれている状況、ケアのための活動などを写真をみながら紹介していただきます。

主催 全国同時企画・京都実行委員会 welcomeharumoni@hotmail.com
※おばあさんたちの招請、滞在費用にカンパをお願いします!郵便口座 00970-8-167088(証言京都)

◆今年の呼びかけ文◆

『私と「慰安婦」問題』 o.hiromi

 なぜ私がこの問題と関わっているのか―――そう聞かれても「気がついたらここにいた」が最初に出てくる答えだ。理由なんて多分後付けのものだと思うが、書いてみることにする。
 私がこの問題と関わっている一番の理由は、「被害者の証言に感情移入してしまった」から。後付けの理由は「風が吹けば桶屋が儲かる」ことを信じているからだ。

最初に自国の歴史を知らないのは恥ずかしいと思い、聞きかじっただけの「慰安婦」問題を学ぶため「被害者の証言集」等の書籍を読み漁った。そして単純に「慰安婦」の被害状況に泣き、解決されずに隠されつつある今の状況が悔しかった。絶対におかしい、風化させてはいけないと思った。今もその想いで動いている。
しかし実際に元「慰安婦」のおばあさんの話を聞いた後で、自分が感情移入したと思ったのは自分の奢りであったことにすぐに気づいた被害を受けた後も心身の障害、社会的差別や偏見に苦しめられ、そして老いを抱えるおばあさんの気持ちなど私は全く想像できていなかった。今のおばあさんの暮らしぶりを聞くと、迫る時間のなさに愕然とさせられることもあるが、同時におばあさんたちのチャーミングで明るい人柄に笑ってしまう。年を経ても背筋をピンと伸ばして壇上に上がる様には、こちらも律しされる。「慰安婦」問題に関わると、本の行間に書かれていないことをたくさん教えられる。だから実際話を聞きに来て欲しいのだ。

2番目の「風が吹けば桶屋が儲かる」とは、意外なところに影響が出ること、また、あてにならない期待をすることのたとえのことだ。
この問題を知ったからには、この問題に携わってもらいたいのが本望だ。しかしその誰かが、後に違う問題にも興味を持ってなんらかの形で関わってくれたらそれでもいいと思っている。例えば私がメインに取り組んでいるのは環境問題だ。環境と戦争は関係ないように思えるが、大いに関係がある。なぜなら戦争こそ最大の環境破壊だからだ。私がいくら「自然を守りましょう」と言っても、戦場で二酸化炭素や化学物質をクラスター爆弾やら劣化ウラン弾によってばらまかれたら無駄なのだ。戦争、貧困、人権、環境、原子力発電、貯金、私たちの消費活動・・・一見関係ないように思えるそれらも実は戦争と繋がっている。このことは戦争と環境を同時に学んでいるから気づいたことだ。私は「慰安婦」問題に携わる過程で、問題意識を持つようになったからどんどん違うことにも興味が持つことができたのだ。
またドイツのヴァイツゼッカー元首相が「過去に目を閉ざす者は、結局のところは現在にも盲目になる」と言ったように過去と未来もまた関係がある。この問題を知ると、過去の戦争のことだけでなく、現在の歴史教育や世界中のセックス・ワーカー、日本の女性の人権などなどいろんな問題が見えてくる。「慰安婦」問題は過去の問題ではない。被害者の方が生き、現在も世界中に女性差別や人身売買が残っているように現在進行形で考えなければならない問題なのだ。
自分がこの問題から、違う問題へと興味を持ったように、「慰安婦」問題を知った誰かが、違う分野であれ何かしら行動をしてもらえば嬉しい。そうやっていろんな分野で派生していっても、ゴール(=世界平和)は同じだ。そのように風が吹けば(=慰安婦問題を知る)、桶屋が儲かる(=戦争、貧困、環境問題が解決)と信じている。その一歩として私は風を起こせただろうか。この呼びかけ文が誰かの心に吹き込むことを願いたい。
  1. 2008/11/25(火) 01:10:04|
  2. 日本軍性奴隷問題の解決を!
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写真展が終わりました。ありがとうございました。

こんにちは、稲荷です。

キッチン•ハリーナさんでの写真展が日曜日に終わりました。
お忙しい中、時間をつくってご来場頂いたみなさん、気にかけて頂いたみなさんに、深く感謝します。
そして、このような時代に、おばあさんたちの写真展の開催を許して頂いたハリーナさんに心からお礼申し上げます。

フィリピンのロラ(おばあさん)たちが壁に並ぶハリーナで、たくさんの出会いや再会がありました。

2006年の2月から、時間が過ぎてしまったけれど、
まだおばあさんたちが生きておられる間に、写真展をやることができて良かった。
(お会いした方の中にも亡くなった方はおられるのですが・・・。)
11月30日(日)の証言集会に、一人でも多くの方が台湾のアマー(おばあさん)に会いに来て下さるきっかけになれたら、これ以上嬉しいことはありません。

日曜日は、クロージングのライブまでさせて頂いて、生まれて初めての個展は賑やかに無事終了できました。来て下さった皆さん、ライブに参加して下さった皆様、ありがとうございました。

終了した翌日に近くに住む友達がお店に来て、名前も言わず、外してあった額から写真を全部とってくれたと聞きました。

私は本当に幸せ者です。

多くの人たちに支えられて、自分があるということを改めて感じています。
この心と身体で、やれることをやっていきたいし、
生きていることを喜んで暮らしていける自分でありたい、と思っています。


このような私ではありますが、願わくば、これからもどうぞ宜しくお付き合い下さいませ。
ほんとうに、ありがとうございました。
  1. 2008/11/11(火) 21:00:16|
  2. 【話したいこと】
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写真展のラストで何故か歌います。

キッチン・ハリーナでのロラ(フィリピンのおばあさん)写真展も終盤です。
明日がお休みで、金・土の夜9時まで。日曜の6時半でおしまいです。

見に来て頂いた方に心から感謝しています。ありがとうございました。
11月5日の毎日新聞の京都版にも載せて頂きました。ありがたいことです。
これで一人でも多くの方が11月30日のアマ-(台湾のおばあさん)の証言集会に来て下さいますように…。

最終日の9日(日曜日)の晩、6時からキッチン・ハリーナさんでミニライブをすることになりました。
最近、歌をつくりだした友達にも歌ってもらいます。
私はギターが弾けないので、知るひとぞ知る藤村直樹さんにギターをつけて頂くことになりました。
勿体なさ過ぎて頭の毛が抜け落ちそうです。うー。
せっかくの機会なのでなるべく緊張しないでのびのび楽しくやります。

お近くの方、良ければ是非おこしくださいね。




★☆★☆★☆ いなりあきこ写真展@キッチンハリーナ
---------------------------------------- ロラを訪ねて。
        ※ロラはフィリピン語で「おばあさん」です。

日時:2008年10月26日(日曜)→11月9日(日曜)
    日〜水 11:00〜18:30  金・土 11:00〜21:00

  ※【定休日】第一日曜日、毎週木曜日  
   11月6日(木曜)はお休みです。   

場所:キッチン ハリーナ http://kitchen-halina.net/ 
 京都市左京区東大路に面した東鞍馬口通りの南東  

 
 ≪ミニ!ライブ ≫
 出演 : いなりあきこ  こばやしふみ
  11月9日(日) 18時 〜 18時半 キッチン・ハリーナ
  1. 2008/11/06(木) 00:01:19|
  2. 企画紹介
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