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2020/09/12

2001年9月11日、米国同時多発「テロ」から19年だった昨日。
溢れかえる想いが心身のなかで乱反射していて眠れない。
2020/09/02

2020年9月1日 東京の路上を想う

関東大震災、朝鮮人への殺戮を行った日本人「自警団」。
その無慈悲な、残酷な殺人がどこでどのように行われたか。
こなから社から出版されている加藤直樹さんの『九月、東京の路上で』に記録されている歴史の事実。
一人ひとりはどのように殺されたのか。
知らなければならないと思い、買ったのに、無惨すぎて心身が保てず数ページ毎に断念して…の繰り返し。まだ完読できていない…。この事実のすべてを闇に葬り去り、開き直り日本社会の現在と未来が恐すぎて、思考停止しそうになる…。当事者の曝されている恐怖と危険を想えば、そんなことは許されはしないのに、我ながら情けない。

戦場ではなく生活の場で、一般の一人ひとりが集団で人々を殺害していった。銃などの武器ではない、生活空間にあるモノを使って。罪悪感なく「自警」と銘打って。その異常さ。恐ろしさ…。

差別は人に人を殺させる動機を植え付ける。
一番こわいのは人間であることを、わたしの国の歴史と現在は常に突きつけてくる。
日本社会の愚かさと醜悪さには反吐がでる。
情けなく恥ずかしくて堪らない。しかし、この現実への責任は私にもある。
歴史を歴史として、事実を事実として認識し、受けとめて未来を拓くことなしに追悼などできる訳がない。

歴史を都合よく変えてしまえると思いこんでいる権力者たちに流されない。
真実を掴み取れ。人間の敵を許すな。人間の敵になり下がるな。
2020/08/29

闘いはここから
闘いは今から


数え切れないあの日の悔しさと怒りを忘れない
いつか必ず、真なる責任をとらせねばならない
2020/08/15

人類の愚かさを極めた日本の戦争。
アジア太平洋地域で日本軍が何をしたか。
朝鮮半島で中国大陸でフィリピンで沖縄で何をしたか。
知らないのは日本だ。
知ろうとしないのは日本だ。
事実を歪め、歴史を改ざんし正当化し、「そんなことはなかった」とのたまい開き直る恥知らず。それが日本だ。
数え切れない何千万人もの一人ひとりを不幸にし、全てを奪い破壊したことを知りもせず忘れ去る。
そして自分たちもまた破局に向かう。

国家権力が自分たち一般民衆の命を毛ほども思っていないことを、コロナ惨禍は更に明らかにした。最大限に愚かな暴君を野放しに裁くことはおろか問うことすら出来ないままできたツケが現在のありとあらゆる社会の闇の根底にある。歴史を、事実を直視せねば。戦争はまた起こる。もう様々な形で起きている。棄民国家日本が日本国憲法を捨てたとき、すべての権利は喪われ人間としての自由や愛ある生活は消え去る。自分の人生でそのことを思い知らされても、その時は手遅れだ。

人間の感性を取り戻すことが必要だ。
誰かに虐げられて、誰かを虐げることで溜飲を下げ差別に飲み込まれるのではなく。人間を取り戻そう。人として生きよう。奪われた命の声を受けとめよう。
彼女たちの静かな叫びに。
2020/08/07

今日も生きる。

悲惨さの極限に向かう社会と世界。それでも、奪わせはしない。
最期の瞬間まで人間として生きる。
神様に創られた命を預かる者として。
悔しさと怒り、やるせなさ。言葉も歌も時になくしてしまいそうになりながら。
それでも、生きる。命を喜び尊ぶ。時空を超えて繋がれるものたち。わたしは闇に抗うことを決してやめない。
2020/05/15

【緊急拡散】新型コロナウィルスと介護現場~白崎朝子さんの記事

ライターの白崎朝子さんから。拡散希望の記事です。
置き去りにされる各現場。更にこれから何が起きていくのか…。


~~新型コロナウィルスと介護現場~~
白崎朝子(介護福祉士・ライター) 
《2020年5月13日発信》


■はじめに


 4月24日のAFP通信によれば、新型コロナウイルスに関連する死者のうち介護施設の入所者が占める割合は、フランス:49.4%(4月15日現在)、ベルギー:49.1%(4月16日現在)、ポルトガル:33%(4月17日現在)、スペイン:53%(4月17日現在)だという。
 5月12日のニュースでも感染者は減っているのに、高齢者の死亡者は減っていない。国内の感染者が減っても、これから施設におけるクラスターは増大していくと私は推測している。

 コロナ禍で高齢者の在宅生活を支えてきたデイサービスが次々休業に追い込まれ、最後の砦の訪問介護も60代以上の非正規の女性たちが支えている。身体介護は濃厚接触で、感染リスクが非常に高いが医療職のようには注目されず、介護崩壊の危機に晒されている。 
 添付した写真は5月11日の国会で共産党議員が総理に向けて訴えていた統計を携帯電話で撮したものだが、現在の感染者は医師143人、看護師363人に対して、介護現場の職員は453人と医師の3倍以上となっている。

 私は2月24日から首都圏や関西のネットワークを中心に、コロナ禍と闘う介護職員の声を聴いてきた。国の無策に翻弄されながら奮闘する仲間たちの姿を報告する。


■報道されない現場の実態


 3月6日、三鷹市のあるデイサービスが休業となり、そこで働く非常勤職員の女性は、約2ヶ月間、無給での自宅待機を余儀なくされた。単身で子どももいないため国の助成も対象外だった。
 私は2月末から、デイサービスが一番大変になるだろうと思っていたが、予想以上に深刻な事態になっている。(休業中の高齢者のショートスティやデイサービスは全国で858ヶ所。4月下旬、厚労省発表)


 関西のケアワーカーズ・ユニオンの志賀直輝さんは、3月から新型コロナウィルスによる休業補償について勤務先の法人と団体交渉を続けている。10割の補償を要請し、6割という回答を得た。4月からは危険手当や、自宅に帰れなくなった場合の補償も求めている。3月には、学校休校のため、有休が無くなった職員の対応などにも追われた。認知症対応型のグループホームで働く住み込みの技能実習生の女性たちのために、雇用主に消毒液やハイターを要求したが全く支給されなかった。
 また妊娠中の病院受付の職員は、安物のビニールカーテンごしで患者対応をさせられているという。
 医療知識のある病院ですら、感染したらリスクが高い妊婦に対して、配置転換等の安全配慮義務を怠っている。
 病院の夜間受付勤務のシングルマザーの友人は、バイトだからとマスクが1枚も支給されず、身の危険を感じて休職した。 

 コロナ禍の影響での解雇や経済困窮が、介護家族や利用者にも打撃を与えている。介護保険の利用者負担が払えないため、サービスを減らす家族が増加している。密室で介護を余儀なくされた家族による虐待は、DVや児童虐待同様にハイリスクだ。認知症の親に食事を与えずに放置している例も耳にした。

 一方、感染予防に神経をすり減らし、雇用も不安定な介護職員の疲弊も深刻さを増している。やり場ない怒りを利用者に向ける職員もいる。
 施設内で虐待が増加する可能性は高いが、現在、家族は面会謝絶となっており、虐待が起きても隠蔽しやすい状況にある。
 むろん多くの職員は献身的に対応しているが、コロナ禍以前から、利用者を虐待する同僚を私は何人も知っている。隠蔽工作に走る施設長や会社、私が内部告発しても動かない労働組合や自治体も見てきた。水面下での、虐待が悪化している可能性は高い。

■自分のマスクを利用者に…

 都内の訪問介護ヘルパー藤田さん(仮名)は、発熱した利用者にマスクがなく、なけなしのマスクを利用者に提供した。事業所からの支給は布マスク2枚と使い捨てマスク5枚。「仕事で使う分は請求してよい」と言われても入手は困難。無防備な状況下で、退職者も出ている。「利用者もヘルパーから感染するのではないかと、不安にかられています」と藤田さん。

 2月末から、「マスクや消毒薬がない!」という介護現場の友人たちからのメールが絶え間なく届いている。製薬会社勤務の知人は、「消毒薬は儲からないため地方の中小企業しかつくっておらず、大量生産ができないと複数の問屋から聞いています。東日本大震災のときよりも深刻な事態になるでしょう」と言う。

 3月末、利用者100人の知的障害者施設Aや小規模の訪問介護事業所などに、厚労省から布マスクが「5枚」送付された。4月初旬、施設Aに都の福祉保健局から使い捨てマスクが1500枚送付されたが、10日しかもたない量だった。施設Aの職員は、「ただでさえ忙しいのに、布マスクは消毒や洗浄が大変。その割には予防効果が薄いから使っていません」と話す。

 同時期に、都内の特別養護老人ホームの利用者・職員に各1枚の布マスクが届いたという。使いものにならない布マスクを忙しい介護職員たちが、解体し縫い直して使っているという声を複数耳にしている。
 また国から布マスクが支給されたからとサージカルマスクの支給をしなくなったのは、日本介護クラフトユニオン加入の大手企業が経営する大阪の有料老人ホームだ。

 「役所も保健所も非正規化し、肝心の防疫対策ができる人が少なく、物資が後回しにされているようだ」との声も聞く。不足が叫ばれてから3ヶ月…。最近、市場には出回ってきているようだが、介護現場のマスク不足は深刻化していて、足りているという話は耳にしない。

■『検査難民』化する介護職員


 私の息子が勤務する都内の障害者施設の施設長は、4月4日から2週間発熱と解熱を繰り返した。発熱してすぐ住居地(都外)の保健所に「福祉施設の管理職でクラスターにつながる」と掛け合うもPCR検査は受けられなかった。東京なら産業医の紹介で検査が受けられたが、39.4℃の熱で動けず、37℃に解熱したときには待機者が数千人に膨れ上がっていた。
 「検査の精度は100%ではない。もし陰性なら検査に行って感染するリスクが高い。自宅療養して体力が回復したら血液検査をし、職場復帰した方がいい」と産業医に言われ、PCR検査は断念した。

 血液検査とCTでは異常はなかったが、別な医師は、「肺に異常がなくても上気道感染している可能性もある」と検査の必要性を訴える。検査の必要な福祉支援者が『検査難民』になっている。
 「クラスターになるのは時間の問題。いつ自分が感染してもいいようにシミュレーションしている」と言いながら、息子は施設長の分も仕事をこなし施設長不在の現場を支え続けた。施設長は5月1日に職場復帰した。だがまだまだ予断は許さない状況だ。
 医療、福祉職、そしてその同居家族には症状の有無に関わらず、全員にPCR検査を義務づけるべきだ。特に介護職は、フィジカル・ディスタンスやテレワークなどは絶対にできないのだから。

■介護職員に特別手当を!
 4月15日、福岡市が介護職員へ特別給付金を支給すると発表。医療従事者へは、危険手当や診療報酬の倍増という報道もされた。東京と埼玉の訪問介護事業所が、マスク・防護服の優先的支給、感染者・濃厚接触者への訪問介護に対する介護報酬や特別手当、ヘルパー不足を解消する対策を早急に打ち出すことを国に要望した。

 4月24日には日本介護福祉士会が厚生労働大臣に「新型コロナウィルス対応に関する要望書」を提出。それに賛同した介護福祉士有志の会が「新型コロナウィルスに伴う介護職支援」の署名活動をスタート。5月17日締切で5万筆が目標という。

 大阪を中心に障がい当事者やサポーターで構成する「障がい者の人権を考える当事者の会 Future~みらい~」は、厚生労働大臣と大阪府知事・大阪市長(各市長)宛に「新型コロナウイルス対策についての緊急の要求書」を提出予定だ。
 また5月12日には、政府全体と厚労省に対して、障がい当事者や支援者のネットワークで構成する、「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会が、「新型コロナウィルス感染に関する要請書」を提出した。東京都にも提出予定だ。

■介護施設で起きたクラスター


 現在、国内最大のクラスターは千葉県の障害者福祉施設、北総育成園。 4月27日現在、121人に感染が拡大している。だが病院に比して、福祉施設のクラスター報道は極めて少ない。報道規制が敷かれているのではないか……と仲間たちと話している。

 4月25日22時、ケアマネジャー原田さん(仮名)からのメールに私は、凍りついた。彼女の担当する利用者Cさんがショートスティした特別養護老人ホーム(以下、特養B)で、新型コロナウイルス陽性者が9人(死者1人)も出たという。同じ法人のデイサービスとショートステイは休止。利用者のCさんは感染が拡大していた17~20日にショートスティを利用していた。
 Cさんは訪問介護、訪問看護、訪問診療、デイサービスを利用していたため、帰宅翌日の21日からサービスを再開した。もしCさんが感染していたら、接触した支援者、その支援者が担当している利用者やその家族、支援者の家族にも影響する。デイサービスだとCさんが接触した利用者や職員が少なくとも30人以上はいる。果てしない拡大の様相が目に浮かび、血の気が引いた。

 ネットニュースによれば、その特養では15日~21日に10人発熱。25日に9人陽性。22日に70歳の人が死亡していた。原田さんがクラスターの詳細を知ったのは、25日に自治体の危険管理情報センターからきたメールでだった。
 翌朝、原田さんは特養Bに連絡し、Cさんがいた同じフロアから感染者が出ていたと初めて知った。CさんはPCR検査の対象となったため、原田さんはご家族と相談し、デイサービスと訪問介護サービスを休止する決断をした。 

 本来、ケアマネジャーにはサービスを止める権限はないという。だが原田さんの知るヘルパーは、会社からマスクと手袋を支給されても、毎日交換できる量はなく、数日使ってから処分していた。ヘルパー自身が感染リスクをおして、薬局に並んで自腹を切ってマスクを購入しているような状況だった。いまは使い捨て手袋が入手困難となり困っている。防護服もないため、感染リスクのある利用者対応はできないのが実態だ。

■指示系統もガイドラインもない現場で…


 Cさんが感染していたら、デイサービスだけでなく訪問介護や訪問看護も中止になる。だが利用者や家族にはそのことへの理解がないという。
 利用者が感染した場合、同居家族も仕事や外出ができないと説明しても、わからない家族も多い。
 原田さんは、医療と介護の感染リスクに対する意識や考えの違いが身にしみた。それが今回の特養からの連絡遅延につながったと考えている。すぐにショートスティを中止する判断を施設がしなかったため、感染は拡大。5月7日時点でのPCR陽性者は、入所者36名、職員6名、ショートスティ利用者は4名。ショートスティ利用者を通して、地域に感染リスクが拡がった。
 「私も関係者にどこまでリスクを説明するか迷いましたが、その迷いが感染拡大に繋がるのです」と原田さん。子育て中だが、連絡調整に追われゴールデンウィークは一日も休めなかった。

 2ヶ月半と3週間、取材を続けてきたがCさんの件は、私が取材したなかで最も苛酷な事例だった。だが、現場を必死に支えている介護職員が感染しても、きちんと補償されるのだろうか?院内感染した看護師で、PTSDになった女性がいると報道されたが、本来それは労災のはずだ。
 幸いにも陰性だったが、もしCさんが陽性だったら、原田さんの心身の負担は計り知れない。利用者と共倒れにならないためにも、介護職員には自衛してもらいたい。サージカルマスクすら供給できない国が、現場を守り、責任を取るとはとても思えない。

 コロナ禍以前から、特に大企業の介護事業所は職員を使い捨ててきた。使い捨てられた職員の多くは非正規の女性たちだ。感染しても労災が適用されるかも怪しい。懸命に働いても雇用の調整弁にされたり、賃金引き下げの対象となった私は、コロナ禍が介護現場の女性たちに与える影響の甚大さに戦慄を覚える。特養Bの感染者はさらに拡大し、千葉の障がい者施設のようになる可能性があると私は見ている。

■おわりに


 5月8日、シングルマザーの看護師がコロナに感染したが、職場の協力を得られない等の複合的理由で、労災申請ができないというニュースが流れた。中島由美子さん(全国一般労働組合東京南部委員長)は、「厚労省は『感染経路が不明の場合でも、業務の内容によっては、広く業務起因性を認め、労災として認定する』という方針を示しています。事業主が労災申請に協力しなかったり、労災を隠したりするケースもあるかもしれませんが、事業主が証明を拒否しても、労災申請は労働者個人でできます。積極的に労災申請をして欲しい」とコメント。
 厳しい現状だが、介護職員には、現在ある制度を活用し、自身の人生と尊厳を守って欲しい。それが、なによりも利用者を守ることにつながるからだ。

 そして私がここに報告した実態は、5月13日時点での氷山の一角に過ぎないことを記しておく。
 人類が過去に経験したことのないパンデミックは、介護が必要な当事者や、現場で働く仲間たちの人生を変えていくだろう。
 いまはまだ展望は見えない。だが、一瞬一瞬を懸命に生き、そこに希望と解放をつないでいきたい。 

※現場実態についての原稿依頼がたくさんきてます。よろしければ、情報をお寄せください。

白崎朝子


新刊「passion ケアという『しごと』」、「介護労働を生きる」「ベーシックインカムとジェンダー」いずれも現代書館 
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2020/05/12

必死に己を保つ精一杯の暮らしの中で、身を貫くような政府への怒りと思考が止まらない。
今何ができるのか、どうやったらこの腐敗しきったアベ政権を終わらすことができるのか。
できるかできないかじゃない。終わらせなければならない。

コロナは収束なんかしていない。ろくに調べもしないでどうやって起きている/これから起きるパンデミックを把握できるのか。
不正はなされるままにやり放題。放置され続けて、税金も私腹を肥やすために使われ続けて、人がどんどん追い詰められて死んでいくのに、こいつら本当に人間の屑だ。歴史のクズかごに叩き込みたい。

このままなにもかもが溶かされて、疫病すらも自己責任化されていくのか。原発が爆発しても変われないこの国。放射能も無害ですってキャンペーンはって、コロナは調べもしないで。現実をみることができない。歴史を都合よく「修正」してきた社会の成れの果てだ。水面下で人が死に続ける、殺され続ける日本社会。
入管や海外からの労働者の人たちのことを想う。障害をもった仲間のことも。生き残ったハンセン病回復者の人たちは、今どんな思いでこの社会を見ているのか。労働現場で低賃金で働かざるを得ない非正規労働の人たち。子どもを抱えて収入を絶たれた人たちのこと。物資のない医療現場で過労と感染の恐怖に曝されながら、生活圏で差別されている人たち。生活に必要なすべての流通・生産、医療、福祉、教育に携わる人たち。毎日のごみ回収に従事してくださっている方たち。増え続けている荷物を運び続ける宅急便の配送員さん。

福祉施設では防護服の代わりにポリ袋をかぶって従事してる。集団感染は起きていても報道されない。
防護服の代わりに雨合羽?それ聞いておくるつける人が一万人もいるなんて、と聞いたときは絶望した。竹やり訓練にバケツリレーか。

差別と排外主義が極まり、経済が死んだ先にあるのは何か。危機を嬉々として権力を強める政権に嫌悪感が止まらない。
ベーシックインカムを実現させなければ。みんなが知って、勝ち取らなきゃ。命を奪うな。生きさせろ。
天災を極めつけの人災にするお前らなんかに殺されてたまるか。「飲み会もできない」って優雅に犬なでて、確かにアンタは東日本大水害で人が死んでる最中に赤坂自民亭を主催してましたよね。
「コロナに負けない」じゃない、もう人災なんだよ。ゴミ同然のマスク配るのに膨大な税金垂れ流して、しかも届いてなくて、こんな、こんな無能なアホ政権にみすみす見殺しにされてたまるか。たった一人の一人一人の命と生活を奪われる。

このままじゃコロナがなんとかなったとしても憲法が奪われて人権がある未来は潰える。戦争と環境破壊でどのみち滅びる。そんなの許さない。負けるもんか。絶対倒す。なにもできないけど、絶対に諦めない。何ができるのか。何がやれるのか。絶え間ない作業のなかで考え続けてる。

韓国や台湾の政治は、それを実現させた民衆の長い歴史。指をくわえて羨ましがってもなにもならない。実現できる政治をつくらなきゃ。黒川検察官のための法改悪に反対したTwitter上のデモ、500万人ってすごい!

沖縄の玉城デニー知事のコロナ対策施策をみると、本当にデニーさんが知事になって良かったと思った。一方で人の出入りをコントロールしきれないことが…沖縄に自治権がないことが申し訳ない。帰省するひとたち、観光客。日本「本土」から行く人たちの他に米国、日本の軍隊が闊歩している。離島の状況は更に深刻。首長にも権限がない。どうやって疫病を抑え込んでいけるのか。

最近、ペシャワール会、故・中村哲先生の「まずは生きておれ」という声を何度も何度も思い出している。
みんなで生きられる道を切り開きたい。悔いなく生きたい。

いっぱいいっぱいで、時間もないなかで思いつくままに書いた。
どうか、どうかみんな無事で。一日いちにち私も生きます。祈っています。


2020/04/19

近況

政府の無能と愚かさの極致に怒りで黒焦げになりながら不安に苛まれながらも、人間の命の光に照らされてなんとか生きてます。すべての天災を人災にするアホどもに殺されてたまるか。だいじな命を奪わせるままにしたくない。医療現場のみならず各現場で奮闘されている方たち、子どもを守るため必死に生きているすべてのひとのために祈ります。

アベ内閣はコロナウイルス対策のみならずここ数年の愚行の責任を取り即時総辞職し、まともな生活保障ができる政権を求めます。
今こそベーシックインカムの実現を。医療・福祉・流通・生産・教育に携わる人たちの労働に対してまっとうな対価を。事実を直視し、能力を把握し、各現場の現状報告に聞く耳を持ち、その声を活かせる能力のある者を政治の中枢に置かなければこの泥船は沈む。
非正規の人たちや野宿生活者や日本国籍以外の人たちの暮らしをしっかりと守る政治を実現できる者を政治家に。政治はいのちと暮らしに直結していることをみんな痛感していると思う。声をあげれば届く。声をあげなきゃ滅びる。



コロナに負けない、じゃない。人間の悪意と構造の暴力に負けない。人間には善悪を判断する知恵と心がある。
韓国や台湾をみよう。己の国を諦めないで求めなければ。事実を見据えて。こころをつないで。そこからしか希望は生まれない。

2020/04/07

歌うと絶望がすこしマシになる

そうだ、嬉しいんだ生きる喜び!
何のために生まれて何をして生きるのか?答えられないなんてそんなのはイヤだ!
何がキミのしあわせ?何をして喜ぶ?わからないままおわる。そんなのはイヤだ!


こぼしていいさ涙!だ。

最近この2曲がループ。歌ってるとなんか少しマシになる。
明日が見えなくても、生き延びよう。

深い混乱と困難の中であっても一人一人の日々が守られ、道が拓けるよう心から祈ってます。







2020/03/18

미안 해요 사랑해요



양희은 아침이슬 『朝露』


日本語訳:
長い夜を暮らし草葉に宿る
真珠より美しい朝露のように

心に悲しみがみのるとき
朝の丘に立ち微笑を学ぶ

太陽は墓地の上に赤く昇り
真昼の暑さは私の試練か

私は行く、荒れ果てた荒野に
悲しみ振り捨て私は行く

    作詞作曲:金敏基(キム・ミンギ)さん
   歌:楊姫銀(ヤン・ヒウン)さん 歌詞 日本語訳:李政美(イ・ジョンミ)さん
2020/03/18

Protest/Revolution songs!

心を潤し、燃え上がらせる 想いと音楽。わたしは歌の力を信じる。


AIR 『I have a dream』


今日という日に あしたという日に
すべての命が 輝け 羽ばたけ

さあさあ 踊りだす鼓動と共に
大きく唄い出せばほら
悲しみに濡れた 今日を塗りかえる

We Shall overcome
Go my way
I have a dream


共に立ちあがる 共にわかちあう
理想に燃える力で 不可能を 打ち破れ

We are Alive 見上げた空の先に
流れる 血の河の重み
あの日の涙の 意味を忘れない

We Shall overcome
GO for it
I have a dream

We Shall overcome
GO for it
I have a dream


We Shall overcome
Go my way
I have a dream



Pete Seeger - We shall overcome

―――

ビクトル・ハラ 『耕す者の祈り』


日本語訳:
起き上がれ そして山をごらん
川の流れを魂の風を

起き上がれ そして両手をごらん
育ちゆき 君の兄弟たちの手を握るために
共に行こう 血の絆に結ばれ
今日が明日に繋がっていくんだ

僕らを貧困へと支配するものから解放しよう
正義と平等の王国を我らのもとへ

共に行こう 血の絆に結ばれ
今も そして僕らの死のときも
アーメン!アーメン!

  (ビクトル・ハラの生涯を紹介している 文芸ジャンキーパラダイスさんのページ

―――

海勢頭 豊さん 『喜瀬武原(キセンバル)』


1喜瀬武原陽は落ちて 月が昇る頃
  君はどこにいるのか 姿もみせず
  風が泣いている 山が泣いている
  皆が泣いている 母が泣いている

 2喜瀬武原水清き 花のふるさとに
  嵐がやってくる 夜明けにやってくる
  風が呼んでいる 山が呼んでいる
  皆が呼んでいる 母が呼んでいる

 *闘い疲れて ふるさとの山に
  君はどこにいるのか 姿もみせず

 3喜瀬武原空高く のろしよ燃え上がれ
  平和の祈りこめて のろしよ燃え上がれ
  歌が聞こえるよ はるかな喜瀬武原
  皆の歌声は はるかな喜瀬武原

 *闘い疲れて家路をたどりゃ
  友の歌声が心に残る


―――

Inti Illimani  『 El pueblo unido jamás será vencido』


El pueblo unido jamás será vencido(団結した人民は決して敗れない)/不屈の民 日本語訳

日本語訳:
今こそ立ちて歌わん 闘う我らの歌
貧しき者の中に 闘志の炎は燃え
この苦しい暮らしの中 我らの道はひとつ

今こそ高く掲げん 闘う我らの旗
働く者の中に 闘志の炎は燃え
血に塗れた鎖を断つ 我らの道はひとつ

今こそ 我ら 苦しみ 乗り越え
血潮に 湧きて 叫ぶ 進め!

El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido(エル・プレブロ・ウニード・ハマセラーベンシード)
El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido

今こそ固く結ばん 闘う我らの手を
肩組む者の中に 絆は結ばれゆく
この苦しい暮らしの中 我らの道はひとつ

今こそ立ちて歌わん 闘う我らの歌
働く者の声が 大地に響き渡る
この新たな世界目指す 我らの道はひとつ

今こそ 我ら 苦しみ 乗り越え
血潮に 湧きて 叫ぶ 進め!

El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido
El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido
El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido
El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido
El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido
El pueblo u・nido ja-mase-raven-sido

El pueblo u・nido・・・



―――

양희은 아침이슬 『朝露』


日本語訳:
長い夜を暮らし草葉に宿る
真珠より美しい朝露のように

心に悲しみがみのるとき
朝の丘に立ち微笑を学ぶ

太陽は墓地の上に赤く昇り
真昼の暑さは私の試練か

私は行く、荒れ果てた荒野に
悲しみ振り捨て私は行く


    作詞作曲:金敏基(キム・ミンギ)さん
   歌:楊姫銀(ヤン・ヒウン)さん 歌詞 日本語訳:李政美(イ・ジョンミ)さん


―――

Jewel 『 Hands』


日本語訳:
世界に向けてひとこと言えるとしたら
こういうわ 私たちは大丈夫
心配しないで
心配なんてするだけ無駄だし、こんな時代にはなんの役にも立たないもの

私は役立たずにはならない
絶望して投げやりにはならない
信仰を拠りどころに気持ちを引き締める
闇がもっとも恐れるのは光なのだから

私の手はこの通り小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない


黄金の靴をあなたから奪った貧困も
あなたの笑い声までは奪えなかった
私のもとを訪れた傷心も 
永遠に続くというわけじゃなかった


私たちは闘う
悪意からではなく 正義のために誰かが立ち上がらねばならないからよ
声なき人がいるのなら
みんなの声を合わせて歌いましょう

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない

結局 やさしささえあればいい
結局 やさしささえあればいい

私はひざまずいて祈る
私はひざまずいて祈る
私はひざまずいて祈る

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない

私の手はこのとおり小さいけれど
あなたのものじゃない この手は私のもの
あなたのものじゃない この手は私のもの
私は決してくじけない
私たちは決してくじけない

私たちは神の目
神の手
神の精神
私たちは神の目
神の手
神のこころ
私たちは神の目
神の手神の目私たちは神の手
私たちは神の手

   「ハンズ」 (ジュエル『スピリット』三曲目 対訳 内田久美子さん)



―――

Tatsuya Shioya + Miwa Shioya  『 You set me free』


日本語訳:
※主よ、あなたは私を自由にして下さいました
 燃えるような聖霊を与えて下さいました
 あなたの愛を感じます
 今、私もあなたを愛します
 主よ、あなたは私を自由にして下さいました
 燃えるような聖霊を与えて下さいました
 初めにあなたの愛がありました
 いのちの限り あなたを愛します
 私を世に遣わせてください
 人々にみことばを伝えるために
 かつて私がそうだったように
 今も暗闇の中を何とか生きている
 人々のために
 私を世に遣わせてください
 よき知らせを広めるために
 かつて私がそうだったように
 今も暗闇の中を生きている
 人々のために
 あなたの御名を口にしないではいられません
 あなたの愛を歌わずにはいられません
 私は唇を押さえられません
 なぜなら・・・・・ ※repeat

2020/03/08

それでも 今日も生きようね
2020/03/01

今年の三一節(サミルジョル)。

1919年3月1日から101年。日本が植民地支配していた朝鮮半島で一斉に立ち上がった202万人の人たちが日本帝国に弾圧され殺され、分かっているだけでも7509名の人が命を奪われました。
(16,000余人が負傷、逮捕・拘禁された人の数は、46,000人。)
三一節
参考記事:
第100周年3.1節記念式 文在寅(ムン・ジェイン)大統領演説[全訳] (2019年3月1日)
参考記事:韓国旅行サイト「コネスト」三一節(サミルジョル)



上の絵はシュナムルさんという方が描かれたものです。許可を頂いたので載せます。

シュナムルさんのツイートより引用
 https://twitter.com/chounamoul/status/1101327037715820544
《人間が「こいつらは自分たちより下の人種だ」と見なした属性に対してどれだけ傲慢で酷薄になるかは、今の日本見てもわかると思うけど、そういう日本人が実際に権力を持って全朝鮮人の上に君臨してたのが植民地朝鮮で、まあ酷いもんですよ。俺らの父祖があの国の人たちにやらかしたことというのは。》

《今日は韓国では三一節、つまり日本からの独立を求めるデモが起きた1919年3月1日を記念する日だけど、俺らにとっても無関係な日ではもちろんなくて、自分らの父祖が植民地でやらかした加害の記録をいちど読んでみるのがいいと思う。もちろん加害者側の正当化の理屈ではなく、被害者側の証言を。》

《殴られた側は殴られたことを憶えていても、殴った側は忘れたがり、じっさい簡単に忘れる。「どっちもどっち」じゃないですよ。忘れちゃいけないんです。殴った側は殴ったことを忘れまいと努めなきゃいけない。それは倫理的な責任であると同時に、殴られた側と対等の友好を築く絶対の条件でもある。》

《そういうわけで俺は日本人として、韓国の独立運動への敬意と、自国による侵略と収奪への反省とともに三一節を記念します。大韓独立万歳。願わくば日本が理性を取り戻し、植民地主義を脱して韓国と友好を築かんことを。》

(シュナムルさんの2019年2月28日のツイートより)





私は、日本に生まれ育ちました。
この国にはいいとこや好きなものがたくさんあるし、言葉も文化も風土も多様で面白い。水にも自然にも恵まれて暮らしやすい。食べ物も好きだし、日本語文化圏に暮らせてよかったなーって思うものも多くあります。(他の言語わかんないんですけど。)
戦争を放棄した日本社会に生まれたから、自分は今の権利を持っているし、教育や医療を受けてこの人生の恵みがあると思ってます。だからこそ、この国の光の部分だけではなくて影の部分、闇の部分をしっかり引き受けていかなきゃなりません。
それが社会に今ある光の部分を次世代に引き継ぐ術だと考えるからです。

第二次世界大戦は日本が奇襲で始めた戦争です。アジア太平洋地域で2000万人の人が死ぬことになった戦争を日本が始めたこと。このことを無視して自分の人生を考えることは、私にはできません。

日本が、朝鮮半島を支配してどれほどのことを行ってきたかのか。
たった一度の人生を奪い、家族を友人を奪い、
名前を奪い、文字を、言葉を、文化を、大地を奪い、
人間が人間として暮らす権利の全てを奪った日本の侵略戦争。
兵隊として、軍夫として、強制労働者として、性奴隷として・・・。

その全貌を知ることはできないけれど、言葉で書き連ねるだけで、呆然とします。
数字だけで気の遠くなるような人数の一人ひとりの人生に、一人に起きた残虐すぎて実感できないような被害。
なんら誠実な謝罪も、謝罪どころか認知もしようとしないこの国。

無かったことにはさせない。できません。
忘却しての美化なんて、醜悪そのものです。

戦争の歴史にしても、原発にしても公害にしても、差別にしても、環境破壊にしても、誰かを虐げることを前提とした日本社会が私は恥ずかしい。イヤです。イヤ過ぎる。思想云々もあるけど、体調が悪くなるとか、隣人との関係が阻害されるとか、暮らしに影響もある。なんとかしたいです。

誇りたくても誇れない、恥ずかしく情けない国に成り下がっている現状をそのままにしたくない。改めて、強く思います。
加害の立場を自覚し続けることは楽なことではないけれど、誰かを虐げたり殺したりしてきたことを正当化したり美化したりして妄信しながら生きるよりも、ずっと人間らしい生き方ができるはずだと私は考えます。日本人だから日本の全てを肯定するって考え方より「今は抑圧者であるけれど、いつか抑圧のない社会・世界を目指して生きようとする」「とれない責任とも向き合い続けようとする」というのは、アイデンティティとしてはるかにまともじゃないかと感じます。

社会を作り変えるなんてできないけど、まずは、私自身が自分の置かれている立場、誰かを踏んで立っている今現在地を自覚する必要があると思います。踏みつけてきている立場の人たちの声をなるべく聞こうとして、受け取れたときは何度でも何度でもかみしめて感じられるように。社会的・世界的な自分の立場と責任を自覚した上で、自分がどう生きるか。
自分の加害の立場、そしてこの社会で受ける抑圧。構造的な、歴史的な背景を踏まえながら、相手を大切にし、自分の気持ちを置いてきぼりにしないで、どう生きるのか。その時点での試行錯誤して選んだ姿勢を自分の人生で示せ続けたらと願ってます。


日本社会の歴史観が歪められ、真実から遠くなればなるほどに三一節(サミルジョル)を胸に刻んでいかなきゃなりません。朝鮮半島のみならず日本帝国に奪われ、殺され、支配された人たちの人生を想うために。
それは、人々を殺したり奪ったり、飢えたり死んでいく戦地での人生ではなく、戦争がなければ送れたはずの人間らしい平凡な暮らし・人生を願っていたはずの日本軍の兵士とされた人たちの魂の叫びを真摯に受けとめることでもあるのだと私は信じています。中国から生きて帰ってきた父方の祖父の人生を想い、中国で戦死した祖父の兄の人生を想いながら、心からそう思います。
戦争はもう決してやってはいけない。自衛隊を名実ともに軍隊にさせては絶対にいけません。

今年も、春がきます。
心新たに、悔いが残らないように、できることをできるだけやりきっていきたいです。





◎ついしん
映画『パッチギ2』は名画だと思います。観てない人は是非!
2020/02/24

しんどいときほど、自分が何を求め生きているか分かる瞬間がある。

書くこと
音楽
想いを同じくする人と気持ちを交わすこと
祈ること

心が解れると涙がでる
身体をあたため、伸ばしていく
家の中を調えるひとつひとつの作業に 落ち着きが宿る。

神様の御言葉に慰められ 主に連なる人たちに支えられて生きている。
2020/02/21

2020年2月21日に。

 バイポーラー(双極性障害)と診断されて10年が経った。
個人的な人間関係や環境がどんなに変化し、物事の捉え方や暮らしが劇的に楽になり症状が良くなっても、政権の腐敗を目の当たりにするたびに極度の鬱症状に陥る。民主主義も法治国家も目の前で崩れ去っていく日本社会への危機感と無力感に打ちのめされる。「個人的なことは社会的なこと」であることは言うまでもないが、わたしの精神障害は社会的なものだと思い知る。



 どうしようもない連中が政権としてのさばってこの国を放縦している。コロナウイルスの対策にしても、人事院の答弁にしてもアベ政権の無能さは大本営発表にしか思えない。自衛隊も中東に派兵され、法律は捻じ曲げられる。憲法が改悪される前にここまで形骸化した状況。もう戦時中だ。
 子どものころ、「どうして当時の人は戦争を止めなかったのだろう」とずっと思っていた。とりかえしがつかないことが起こり続けて今。目の前で自分の生きる時代にここまでの状況になることを食い止められないできたこと、これから更に悲惨な状況になることが本当に情けなく辛くて堪らない。
人権なき時代、悲惨な人生を生きた人たちに対して、申し訳ない。あれだけの犠牲を経て、ここに辿り着いたはずなのに。また繰り返していくのか。悲惨な未来を生きるはずの人たちへの罪悪感に苛まれる。

 2011年に福島原発が爆発した映像をみたとき、ほんとうに恐ろしかった。人生でこれ以上に怖いことは起きないと思った。しかし、現実は、それ以上だ。あの時、民主党政権で菅直人が首相でなかったらと思うとぞっとする。何もかも、都合の悪いことはなかったことにするアベ政権。無法者どもが権力の中枢に居座り続け、ここまで国の基盤を崩壊させていく現在。不正がいくら明らかになっても無頓着に現状を放置し続ける国家畜化した社会の現在。これからどんな未来に行き着いてしまうのか。心から恐ろしい。

自分に今、何ができるのだろう。
2020/02/03

中東の自衛隊派兵に抗議する。首相の辞任、内閣総辞職を強く求める。

自衛隊の中東派兵が決行されてしまいました。アメリカがイランに対して行っていることを知るにつけ、2003年の春からのイラク戦争のことを思い出しています。2004年の人質事件のときに日本政府は自衛隊を撤退させず、拘束された人たちの「自己責任」とのたまいました。日本社会の自己責任論と差別にまみれて、行き場のない閉塞感のなかで相模原殺傷事件も起こったと私は感じています。
日本はこのまま戦争になだれ込んでいくのでしょうか。不景気や不平等が極まっていくと人々は国家の言うままに先導されて戦争に突き進むことは先の戦争でも明らかです。このまま憲法を喪うことは、わたしたちの人生の自由や平和が奪われるということです。なにができるのかわかりませんが、未来を生きる人たちに責任のある生き方をしたいと希っています。

以下の文章は2019年12月6日に書いたものです。再掲します。




 わたしたちの国の首相は公金を私物化を重ね、また新たな事態が発覚してもその証拠をシュレッダーで破棄し、「それをしたのは障害者職員だった」と平然とのたまっている。
昨日の新聞を読み、怒りで震えがきた。
いつまでこの男を野放しにするのか。
人々が水害で家を奪われて命の危険に曝されている際に、それを知りながら酒盛りをしている政治家たちの筆頭であるこの男を!

自衛隊を中東に派兵したら、更なる混乱と状況の悪化が起きるだろうことは明白だ。

 昔、中村哲医師が講演会で、「一昔の中東では日本はアメリカとの戦争で原爆まで落とされたのに経済復興した国として親しまれていた」と聞いた。しかし、アメリカ政府に具体的に加担しだしてから日本への視線は変わってきていると。憲法九条が日本を守ってきたこと、もし破棄することになれば、それは本当に致命的な危険を招くことになるとおっしゃっていた。
 
 2003年3月、アメリカ軍によるイラクへの攻撃が始まり戦争が開始されたときに現地におられた映像ジャーナリスト綿井健陽氏の映画『リトル・バーズ』で観た一シーンを思い出す。空爆が始まった直後、一人のイラク人男性の叫び。「ブッシュと手を組んでいるお前ら日本人を絶対に許さない。お前ら日本はこれから百年間覚えておけ!覚えていろよ!!」
彼は激怒しながら砂嵐と爆煙の街角に消えていった。何度も振りかえり、指差し叫びながら。

 2001年9月11日。旅客機がツインタワーに突っ込み崩落する様を大学1年生だった私は下宿先のアパートのテレビの前で一人で震えてみていた。そのとき、私の付き合っていた相手は高校を卒業したあと自衛隊に所属していた。そのときに、私は彼が戦地に行かねばならなくなると直感した。しかし、殺されることがあっても侵略に加担させられるという視点はなかった。今思えば、日本の戦争の歴史を全く知らなかったのだ。その後、アジア・太平洋地域で第二次世界大戦時(もしくはその以前からの15年戦争)で、日本軍がどれほど残虐な殺戮を行い、植民地支配と占領をしてきたのかを知り、沖縄戦を知り、日本の軍隊が「自衛隊」に姿を変えたとしても軍隊は人間を守らないことを学んだ。軍隊は国家を守る。国家はいのちより権力と資源や金を求め、人を見捨て殺すことを気にも留めない。

 日本社会は、自分たちの社会がどうなっていくのか思いもしないのか。政府は「不景気」になるように人間の権利と労働環境を削り取り、排外主義とナショナリズムを意図的に高めている。人々がまた戦争に突入していくことを望むように仕向けているようにしか思えない。

 米軍や基地への莫大な税金贈与し続け沖縄を基地として提供し続けてきた日本政府と社会。
9.11以降の米軍のアフガン・イラク戦争への自衛隊は「後方支援」をした。2003年にはイラク派兵もされ、2004年には人質事件も起きた。その後、香田証生さんも伊藤和也さんも後藤健二さんも殺された。2012年から五年間のスーダンへの派兵があった。そして今また自衛隊を中東地域に派兵することが発表された。しかもこれまでの派兵と、また一線を画す内容で、だ。
特定秘密保護法も施行され何年も経ち、市民が情報を得る権利ももう保障されていない。なし崩し的に、いよいよ戦争に突入している。
私の父方の祖母は生前、「戦争が始まったときみんなどうだったの?」と質問した私に、「みんな気付かないのよ!気付かないようにやるんだもの戦争なんて!!」と間髪いれず叫んだ。すこし認知症が始まっていたとは思えない明瞭な答えだった。


 こういう中で、9・11のようなことが自分たちに起こらないとどうして思えるのか。自分たちだけは安全だと?それは都合のいい思い込みであり虚構だ。
原発になにか撃ち込まれたら、どのようなことになるか。フクシマで原発が爆発してもまだ分からないのか?
それとも、東京よりも米軍基地や自衛隊の基地が集中している沖縄が標的になるだろうと高をくくっているのか?
ハワイを植民地化し、基地化し、狙いやすいようにして 日本軍の「奇襲攻撃」から第二次世界大戦に応戦した米国のように?

 中村医師が殺されたのは、ただの「紛争地の治安の悪化」ではない。この20年のアメリカの戦争と侵略、それに追随してきた日本政府と社会の姿勢が大いに影響している。戦争は天災ではない。干ばつだって気候変動の地球規模での進行が背景にある。アメリカと日本の政府がどれほど未来を食い物にして、自己中心的な横暴に身を任せているのかに対して、改めて考え意思を表明して生きることが必要だと感じる。

 首相は、特にここ数年の民主主義の破壊について責任をとり即刻辞任するべきだ。彼らがそうできないなら、市民の批判からそうさせなければならない。このような人間を権力の座に放置したらわたしたちの未来は滅びでしかない。思考停止は現状放置という選択である。私はこれからを生きる子どもたちに将来、戦争と飢餓を味わわせるような選択をしたくない。今まで頑張って社会を築いてきた先達たちが、年老いて医療も受けられないような社会は許せない。
私はアベ政治、現内閣の在り方を断固拒否する。何ができるかはわからないが、その決意をここに表明する。この気持ちを分かち合い、共有し、共にそれぞれの生活から狼煙をあげたい。




参考記事: 読む・考える・書く「中村哲医師の死を9条攻撃に利用する者たち 」 2019年12月7日

2020/02/03

「武器ではなく命の水を」 医師 中村哲とアフガニスタン

2019年12月4日の夜に書いたものです。



今日、中村哲先生の訃報を知り、呆然としながら観ました。
いつまで観られるかわからないけど、一人でも多くの人と共有したく動画をアップします。



彼は立って、群れを養う。
主の力、神である主の御名の威厳を持って。
彼は安らかに住まう。
今や、彼は大いなるものとなり
その力は地の果てに及ぶからだ。
彼こそ、まさしく平和である。
アッシリアが我々の国を襲い
我々の城郭を踏みにじろうとしても
我々は彼らに立ち向かい
七人の牧者、八人の君主を立てる。(聖書 ミカ書5章3節から4節)



 すると、ある律法の専門化が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスが、「律法に何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」
しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。
イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると道の向こう側を通っていった。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱して下さい。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」
そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」
                  (ルカによる福音書10章25節から37節)



(2019年12月6日 追記)
 ペシャワール会の中村哲先生が、凶弾に倒れ亡くなられた。訃報を知り、言葉がでなかった。悲しくて、やるせない思いでいっぱいになった。晩御飯を作りながら泣いた。
 私は20代前半に暮らしていた京都で幾度か先生の講演会にてお話を聴く機会に恵まれた。初めて講演を聞いたときは井戸を200箇所ほど掘ったとお聞きした。そして、その数年後には灌漑水路のプロジェクトを成功させておられた。水路に初めて水が通るところを笑顔で歩いていく先生の後姿と、出来る前に灰色一色だった大地が一面緑の穀倉地帯になっているスライド写真に移ったときの衝撃と感動は今も忘れられない。「一人の人間には、ここまでのことができる力があるのか」と天を仰ぐような気持ちで先生の講演を聞いていた。飄々とした佇まい、朴訥としたどこまでも穏やかな語り口だった。

 80年代にハンセン病患者のために国境なき医師団に入られ、アフガニスタン難民の人たちと出会い、アフガニスタンの地に活動を決め、診療所をつくり、人々の命と生活再建のために干ばつの大地に立ち向かい、緑を甦らせた中村哲先生。そのお働きを支え続けたご家族とペシャワール会の皆様、アフガニスタン現地の方たちの喪失はいかばかりだろう。現場で共に殺された方たちの無念さを想う。
新聞を読むとご長男が私と同い年だった。先生のお連れ合いの尚子さんは夫を日本から、国境なき医師団の働きに送り出された。そういう中で、幼いお子さんたちを育てあげられたのだろう。貧困と干ばつの地、そしていよいよ戦乱の地になっていったアフガニスタンに送り出し続けられた。米軍による機銃掃射で危なかったことなど、現地での話を聞くたびに寿命が縮まったであろうと思う。めったにない帰国滞在されるときに家で休んでほしくても、全国各地での講演会に送り出されていたのだろう。先生は講演会で支援を訴えられていた。寸暇をおしんで医師として病院でも働かれ、活動資金の足しにされていたと聞いたことがある。本当にご家族のご労苦と理解が先生の偉業を支えてこられたのだと思う。中村哲医師に惚れ込んだペシャワール会のおひとりおひとりの地道な活動と募金があって、各地の講演会を企画した人たちの働きと、そこに集まった人たちの共感が資金となってあの緑の大地は実現した。

 訃報を知った昨日の夜、上記のETVドキュメンタリーを改めて動画で観た。
初めに診療所を作るときに、哲先生は集まられた村の長老たちに「あなたたちの築いてきた文化を踏みにじるつもりはありません」と話し、「あなたも、すぐに去ってしまうのではないですか」という質問に「自分が死んでもこの診療所は続けたい」と応えておられた。イスラム教式の挨拶をし、長老たちを尊重し接しておられる姿があった。
診療所を作り、大干ばつに苦しむ人たちに「まずは生きておれ」と井戸を掘り、灌漑の水路工事に着手した。「無謀だ」という声に、
「やるしかない」と決意を淡々と話される先生の語りを、部屋いっぱいに座っているアフガニスタンの住民のひとりひとりが聴いていた。そして日本で集められた三億円の資金を投下し、計画は動き出した。働いた人には日当が配られた。(ドキュメンタリー映像の中で日当を配っていた日本人スタッフさんは、2008年に殺された伊藤和也さんだったように思う。伊藤さんが殺害され、先生は日本人スタッフを帰し、ご自分は現地に留まられた。)

 今朝の新聞を読むとペシャワール会で掘った井戸の数は約1600箇所だという。映像の中で、先生は住民の人たちへの指揮をとるだけでなく、同じように肉体労働に従事されていた。重機を動かし、土嚢を担ぎ、地面に寝転び足で巨石を蹴り出す一員になっておられた。4日のペシャワール会の会見では1万6500ヘクタールという広大な土地を命を甦らせたと。60万人の人たちが故郷で農業ができて家族と暮らせるようになった。農作業に勤しむ人々の笑顔。子どもたちの姿。広げられる食卓・・・。

 このドキュメンタリー映像を観て、マルワリード水路が完成した後にモスクが建てられ完成していたことを初めて知った。モスクでは無料の学校もスタートしていた。先生は、アフガニスタンの人たちの生活や文化を尊重した。ご自身がキリスト者であることはおくびにも出さずに、アフガニスタンの人々を隣人として愛しぬき、すべての力を尽くされた。信仰が別であっても、そんなことは問題とせず、その土地の住民たちが魂から希求していたモスクを建てられた。ドキュメンタリー映像の中で、モスク完成の式典で知事がアッラーへの祈りを終えテープカットしたとき、先生の「アーメン」という呟きが聴こえた。涙が出た。先生の主イエスへの信仰がどれほどのものであるかを思い知った気がする。

アメリカ軍の病院に運ばれる前に息を引き取られたとニュースで聞いた。先生は米軍の病院で治療を受けることを望まなかったのではないかと感じる。「米軍の病院に着く前に亡くなられたのか・・・」と、思った。うまくコトバにできないけれど。
アメリカがアフガニスタンを空爆しなければ、また日本政府がアメリカ政府に加担しなければ、ここまでの状況になっただろうかと改めてこの二十年の戦争の歳月を想う。

今、先生は天国で神様に労われているだろうと思う。
先生がされようとしていたアフガニスタンの人たちへの土木技師養成の学校の計画は、これからもペシャワール会が引き継いでいくのだろう。訃報で、中村哲医師を知らなかっただろう多くの人がこの一人の偉大な人を知り、自分の生き方を考えている最中かもしれない。それが、日本の社会の中で波及していくことを祈らないではいられない。数え切れない心ある人たちの胸のうちに先生は生き続けると信じる。わたしもその一人になれるよう歩んでいきたい。

中村哲先生、お疲れ様でした。本当にありがとうございました。私は私の命を頑張って生きていきます。


続きを読む

2019/12/19

Charlieさんのツイートから、ルノーの車のCM 紹介

Charlie@chivillain さんのツイートから知った車のCM動画。



Charlieさんのツイート、覗くたびにいいなぁと思います。


ちょうど今の時期、各地でお話されるみたいですね。行ける人いいなー。
19日 (木): Bar in 大阪 /21日 (土): Café in 埼玉/21日 (土): オフ会 in 東京/28日 (土): 本屋 in 北海道(ご参加ご希望の方はツイッターから御本人にDMを)


2019/12/18

伊藤詩織さん裁判勝訴!

2019/12/13

女たちは踊る

参考記事:
【BuzzFeed Japan】「加害者はあなただ」 女たちは踊る。女性に対する暴力に抗議するために。



男性優位社会が私たちを裁く
私たちの命を裁く
私たちに与えられる罰は、あなたには見えない暴力

男性優位社会が私たちを裁く
私たちの命を裁く
私たちに与えられる罰は、私たちが見たことのある暴力

それはフェミサイド
それは殺人犯への免罪
それは誰かが行方不明になること
それはレイプ

私のせいじゃない
私のいた場所や服のせいでもない(×4)

レイプしたのはあなただ
レイプしたのはあなただ

レイプしたのは警察たち
レイプしたのは裁判官たち
レイプしたのは国家
レイプしたのは大統領

圧政国家はレイピストと同じ
圧政国家はレイピストと同じ

レイプしたのはあなただ
レイプしたのはあなただ



 女性を標的にした殺人「フェミサイド」や暴力に抗議するため、チリの女性たちが始めたダンスが、世界中に広がっています。国連の調査によると、2017年には毎日137人の女性が、身近な人によって殺害されたとされています。
日本では、内閣府の調査によると、2018年に検挙された配偶者間の殺人、傷害、暴行事件は7667件にのぼり、そのうち6960件(90.8%)で被害者は女性。


#ElVioladorEresTuTokyo
#加害者は貴方でした

フラワーデモ公式Twitter
毎月11日フラワーデモ・ホームページ https://www.flowerdemo.org/
12/11(水)フラワーデモは日本全国27都道府県・29都市&バルセロナで開催されたそうです。
2019/11/29

11月29日はパレスチナ人民連帯国際デー

昨年の11月29日に当ブログ掲載文章です。



 前から紹介したいと思ってたハンダラくんのこと、今日こそアップしようと思って準備していたら パレスチナ・アマルさんのウェブサイトで今日11月29日が「パレスチナ人民連帯国際デー」であることを知りました。

 学ぶことの大切さは言うまでもないのだけど、人間はそんなに強くないから日々の生活に必死で、遠くへの意識を持ち続けることはむずかしい。だからこそ、その土地で作られたものを身に纏ったり、食べたり、生活のなかで使うことが重要になってくる気がします。遠い土地に住むひとたちの暮らしと、具体的に繋がれるお仕事をしてくださっている皆様に感謝します。

【パレスチナ支援の販売いろいろウェブサイト】
パレスチナ・アマル(Amal Falestini)オンラインショップ
パレスチナ・オリーブのウェブサイト
パレスチナ子どものキャンペーン
 パレスチナ刺繍 タトリーズ
日本国際ボランティアセンター(JVC)クラフト雑貨



 一方で、パレスチナ民衆の権利を奪う勢力のものを拒否することも大切だと思います。スターバックスには入らない、コカコーラは飲まないようにする、とか。
日本政府のイスラエル支援のODA(政府開発援助)も到底許されるものではありません・・・。自分たちの税金によって、イスラエル国家が支援されていることを恥ずかしく申し訳なく思います・・・。(イスラエルに限らず日本のODAの問題は非常に根深いものですが・・・)

暮らしの中に織り交ぜられる悪に対して、注意深くあるために学びと意識化が必要だと感じます。 最後のパレスチナ織物の工房から生み出された私のラスト・カフィーヤ、これからも大切にします。シリア産の黒のカフィーヤも・・・。



 12年くらい前にパレスチナ問題の集会で購入させて頂いた、パレスチナの人たちがつくった刺繍が美しい素敵なめがねケース(上記紹介のJVCさんの取り扱い商品でした。私は、毎朝つかう体温計をいれています。)に、イラストが描かれたタグがついていています。はだしの男の子の後ろ姿・・・。50歳で暗殺されたパレスチナの風刺画家ナジ・アル・アリ(Naji Al-Ali)が描いた、パレスチナ難民の男の子ハンダラくんです。ハンダラくんはいつも後ろ姿で描かれています。

 ハンダラくんを初めて見たとき、そして画家が暗殺されたことを知ったときは衝撃を受けました。当時知人から購入したハンダラくんのカレンダーはホッチキス留めが外れてしまった今もクリアファイルにだいじにとってあります。

【参考記事】
(1)「ハンダラ パレスチナの良心」 JVCパレスチナ現地代表 小林 和香子さん記事 2003年6月 3日
(2)Handhala (ハンダラ パレスチナの子ども) ブログ「愉しい寄り道」さん 2012年5月29日記事

【参考動画】(アラビア語と思われます・・・・)



ハンダラくんの原画はこちらでも観ることが出来ます。
【ウェブサイト】Hanndara.org(英語)
http://www.handala.org/cartoons/index.html

その中でも私にとって印象的だった、ハンダラくんとイエス様。
ハンダラくんとイエス様

世界が見ない振りを決め込んでも、パレスチナで実際に起きてきたこと/起き続けている現実を見続けるハンダラくん。
真実から目を背けずに、徹底的に目撃し続けるということが抵抗なんだとハンダラくんはその姿で教えてくれているように感じます。





最後に古居みずえさんの映画の予告動画を二本紹介します。

古居みずえドキュメンタリー映画支援の会 http://support-miz.thyme.jp/index.html

映画 『ガーダ ―パレスチナの詩』(2006年)予告編  


映画『ぼくたちは見た −ガザ・サムニ家の子どもたち−』(2011年)予告編


 昔、舞台に立たせてもらったときに演じさせてもらったパレスチナの難民の少年や、イスラエルの戦車に轢死させられたレイチェル・コリーさんの言葉が、いまも身体のどこかに響いています。

 暮らしのなかで、パレスチナを忘れないように想い続け、生活していくなかでの平和の祈りを紡いでいきます。いつか、誰かと想いを分かち合える何かを私も生み出していけるよう、地道に力をつけていきたいです。



2019/11/19

石木ダム用地の明け渡し期限

参考記事:

石木ダム用地 明け渡し期限 家屋撤去 代執行請求可能に
2019/11/19 10:19 長崎新聞社


【ニュース動画ありの記事】
KTNテレビ長崎
 「いつものように住んでいます」県の求めに応じられずと抗議 石木ダムは”土地の明け渡し期限”で重要局面…
2019年11月18日 19:57



石木川まもり隊:長崎県川棚(こうばる)町 ホームページ





 昨日、新聞記事で遅まきながら長崎の石木ダム問題を知った。
今日が強制代執行請求可能の期限日になったそうだ。
一人一人の権利や自然や住環境を奪って成り立つ「公共の福祉」なんて在り得ない。
国家の詭弁でしかない。
成田空港が作られた三里塚でも、いろんな公園でもたくさんの人の住まいが力づくで奪われた。
「戦後」、アジアの国々で日本のODA(政府開発援助)で作られたダムによってどれほどの人の人生が破壊されてきたか。
国家権力の暴力がいよいよ剥き出しになっていく。
これまで作られ続けてきたダムの現状から、滞砂問題ひとつとってもダムが治水としても発電としても適していないことを国だって、もうとうに知っている。建前とされている目的を満たす方法は、探そうとすればある。それでも「公共事業」と銘打っての土木行政の甘い汁がその矛盾を野放しにし、ダム建設の強行は止まらない。
石木ダムも辺野古も、ほったらかしの被災地も、未だに止まらない原発建設も。権力の暴挙と逆走は激化している。肌で感じる。

 高校三年生のとき、進学が決まった大学のテキストの中で二風谷ダムの問題を知った。(その時、アイヌモシリが植民地化されて「北海道」になったことを初めて自覚した。)その後、高校在学時に授業でインターネットで調べものをしてレポートをするという課題があったとき、二風谷(にぶたに・ニプタイ)ダムのことを知りたいと思い「アイヌとシサムのウコチャランケを実現する会」のホームページに行き着いた。
 裁判を闘われた貝沢正さん、萱野茂さんの裁判所での意見書を読み、涙が止まらなかった。
アイヌ民族の聖地である沙流川の上流に作られたダムは、19997年の裁判で違法ダムであることを認定された。しかし、今も二風谷ダムはそのままだ。2005年に初めてその地を訪ねてその違法ダムをこの目で見て、歩いた。泥や砂がたまり、泥水色の水の底にアイヌ民族の聖地が沈められていた。
鮭が通れるようにという名目でコンクリートで「魚道」という水路が作られていた。鮭がどうやってそこにたどり着けるのか。辿りついたとしてもV字にターンなんてできるわけない。実際に実物を見て、その発想のばかばかしさに絶句した。
下流で、人間によって作られた段差を越えられず、それでも産卵のために何度もジャンプし上流に還ろうとする鮭たちの姿に申し訳なくて涙がでた。
沙流川の支流の額平川の上流では平取ダムが建設されている。

 人間が自然を破壊していて、人間が人間の暮らしを奪っていくこの日本社会の在り方。
いったいいつまで続けるんだ?気候変動問題がどこまで深刻化しているか、こんなに災害が続いても分からずに自然を破壊し続けるのか。人の暮らしを壊し続けるのか。このままじゃ、どの道 滅びる。

 長崎県と佐世保市はちゃんと住民の人たちの想いを受けとめて、方向を転換してほしい。
それを成せるかどうかは、このことを知った全国の人たちの反応や声がどう届くかだと思う。強制代執行なんて絶対許されない。なんとか止めたい。わたしはオンライン署名くらいしかできないんだけど…。とにかくここに気持ちを書いて、皆さんと少しでも想いを共有できたらと思いました…。寒い中、現場で耐えられている皆様が安心して暖をとれる日がはやく来ますように。


【オンライン署名】
説明不足のまま進む、税金538億円を費やす石木ダム建設。長崎県は一度立ち止まり、公開討論会を開いてください。